中島莞爾少尉の四日間 『 眞ノ大決心ノ御發揚ヲ仰ガネバナラヌ 』

中島莞爾 
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  中島莞爾
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、牛込憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ中島莞爾
年齢ハ二十五才
所属部隊ハ元鐡道第二聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ佐賀県平民
本籍地ハ佐賀県小城郡小城町百二十八番地
出生地ハ本籍地ニ同ジ
住所ハ東京市牛込區戸山町二十八番地  深井小右ｴ門方
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、恩給、年金ヲ有セザルヤ
正八位ノ外何モアリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件

其方ハ今度ノ叛亂事件ノ概要ヲ述ベヨ
昭和九年十月末日、
久留米ノ工兵第十八大隊ヨリ當地ノ津田沼鐡道第二聯隊ニ轉任、
當時ヨリ常々、陛下ノオ側ノ奸臣共ヲ討タネバナラント考ヘテ居リシ事ニ附、氣分ガ新ニナツテ來マシタ。
計畫ト云フモノハ、具體的ニハ全クナカツタノデアリマス。
殊ニ砲工學校ニ來テハ兵ハ居ラズ、
部隊外ニアツタカラ全クナカツタト云ツテモ差支ヘナイノデス。
・
栗原中尉 ( 歩一 )、村中、磯部等トハ同郷關係トカ學校關係トカニヨリ 比較的密接ニ交際シテ居リマシタ。
安田少尉トハ士官學校同期デアリ、
同志デアルト云フコトハ任官シテ文通シテ初メテ判ツタノデアリマス。
士官候補生時代ニハ、種々ノ考ヘヲ持ツタモノモアツタ様デス。
但シ別々ニシテ、少ナクトモ私ハ一人デ考ヘテヲツタノデ他人迄言フ程ハツキリシマセンデシタ。
安田トハ、信念ニ於テハ少ナクトモ無二ノ同期生位ニ考ヘテ居リマシタ。
村中氏トハ、豫科ノ時ハ他ノ區隊長デアツタカラ、種々ノ動作ヲ見聞シ立派ナ人ダト考ヘマシタ。
即チ武人的ノ人ト考ヘマシタガ、ソノ後次第ニ親シクナツテ來テ、
私ト同ジ信念ヲ持ツテ居ル人デアルトシ、先輩トシテ敬シテ居リマシタ。
栗原中尉トハ同郷デアリ、戰車隊附デアリ、市川デ家ヲ持ツテ居ツタ關係上家ニモ出入シ、
又ソノ以前ヨリ栗原氏ノ事ヲ種々聞イテ居リ、津田沼ニ來テモ話合ツテ同ジ信念ヲ持ツテ居ル人デアルト言フ事ガ判リマシタ。
磯部氏ト村中氏トハ同ジ程度知ツテオリマス。
之レハ十一月二十日事件前後、村中氏ノ家ニテ會ツテ同ジ信念ヲ持ツテ居ルモノト考ヘマシタ。
他ニハ同志デアルト云ツテ特ニ交際シタモノハアリマセン。
又、求メテ實行ノ實ヲ揚ル爲ニ同志ヲ求ムル必要モナク、
必然的ニ此信念ヲ持ツテ行ケバ同志ト期セズシテ一致スルト云フ時ニ達シ、
何時カハ實行ノ實ヲ擧ゲラルルモノダト考ヘテ居リマシタ。
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二十五日 昼迄、學校ニ居ツテ恰度實兄卓逸 ( 二十七年 航空兵中尉 ) ガ初年兵受領ノ爲、
宇品迄來タノガ二十四日夜 私ノ下宿ニ來テ泊リマシタ。
之レヲ送リテ行ク爲ニ學校ヲ早退キサセテ貰ツテ兄ト待チ合セルツモリデ
県ノ下宿 ( 四谷区元町ノ佐賀軍友會 ) ニ行キ、兄ト一時間許リ話シ、
圓タクニテ東京驛迄行キ、午後三時十五分發ノ列車ニテ送リマシタ。
此ノ時迄趣意書ニアル如ク私共ノ蹶起スル時日ガ切迫シテ居ルコトハ知ツテ居リマシタガ、
二十六日ニヤルコトハ全ク知リマセンデシタ。
送ツテ歸リマシタラ村中氏ガ留守宅ニ來テ居リマシタ。
安田モ亦學校歸リニ寄ルコトヲ約束シテ居ツタノデ來て居リマシタ。
此処デ初メテ今夜決行スルコトヲ知リマシタ。
( 時ハ午后四時三十分コロデアリマス。)
ソノ時ニ私ハ
高橋大蔵大臣ノ私ヤシキニ行クト云フコトト、
取敢ヘズ歩一栗原中尉ノ許ニ行クコト、
サスレバ近歩三ノ中橋中尉モ來ルカラ判ルコト、
ノ三點丈聞イテ居ツタノデ、
夕食後午后七時頃、圓タクデ歩一ノ栗原中尉ノ許ニ行キマシタ。
( 午后八時二十五分位前 )
其処ハ歩一ノ機關銃隊事務室デ中橋中尉ヲ待ツテ居リマシタ。
私ハ中橋中尉ト行動ヲ共ニスルコトニナツテ居ルノデ、
中橋中尉ガ兵ヲ持ツテ居ルカラ 兵ノ配備等一切ノ具體的方法ノ計畫ハ中橋中尉ニ委セタノデ、
從ツテ私ハ何モ栗原中尉ト相談スル必要モナク、午後十一時頃迄中橋中尉ヲ待ツテ居リマシタ。
午後十一時頃 中橋中尉ハ下士官二名ヲ聯レテ事務室ニ來マシタ。
此処デ中橋中尉ハ彈薬ヲ六百發位受領シマシタ。
其レハ誰カラ受領シタカハ判リマセヌ。
拳銃ハ歩一ニ於テ二六式一挺ト彈薬五十發ヲ渡サレタガ、
之ハ机ノ上ニ置イテ誰ガ準備シタカ判ラヌガ多分栗原中尉ト思ヒマス。

二十六日
ソレカラ四人シテ近歩三ノ七中隊中橋中尉ノ中隊將校室ニ行キ、
更ニ具體的ノ事ニ附 ( 高橋私邸ノ ) 約一時間話シ合ツテ
眠イノデ寝台上ニ横タハリ二時間足ラズ眠リマシタ。

午前四時一寸前ニ眼ヲ醒シ、四時三十分頃兵ハ整列シマシタ。
中橋中尉ハ中隊長代理デアルカラ自分ノ中隊ヲ集メタノデアリマス。
此時兵ハ非常呼集ニテ集合シタノデアリマス。
集合後、明治神宮參詣ノ爲ト營門ニテ衛兵指令ニ中橋中尉ガ云ヒマシタ。
營門出發後、途中高橋邸トノ中間位ニテ ( 何發カ不明 ) 實包ヲ渡シマシテ行軍シ邸迄行キマシタ。
此時初メテ高橋蔵相ヲヤツツケルト云フ事ヲ兵一般ニ達シマシタガ、
下士官兵ハ沈着シテ一嚮ニ驚イタ様デハアリマセンデシタ。
ソレデ私ハ、ドノ程度迄下士官兵ニ私達ノ信念ガ徹底サレテアルカト内心心配シテ居リマシタガ、
此狀態ヲ見テ安心シマシタ。
即チ、私達ノ信念ガ中橋中尉ニヨリ行届イテ居ルコトヲ知ツタカラデアリマス。

蔵相私邸ニ行キ、私ノ分担デアル梯子ヲカケ、之ヲ越シテ先ヅ巡査ヲ説得セシメ、
玄關ニテ執事ノ如キモノニ案内サセテグルグルト引廻シテ居リマシタガ、
ヤツト蔵相モ居ル処ガ判ツテ、
中橋中尉ハ 「 国賊 」 ト叫ビテ拳銃ヲ射チ、
私ハ軍刀ニテ左腕ト左胸ノ邊リヲ突キマシタ。
蔵相ハ一言 言ウナリタル如クシテ別ニ言葉ナク倒レマシタ。
ソノ他何等抵抗ナク實行ヲ終リ、
兵ヲ纏メテソノ内約六十名ヲ引率シテ首相官邸ニ行キマシタ。
其ノ時ハ午前五時二十分位ト思ヒマス。
・
首相官邸ニハ徒歩ニテ行キ、五時四十分頃ニ着イタト思ヒマス。
ソノ目的ヲ達シタラバ首相官邸ニ集マルコトハ中橋中尉カラ聞イテ居リマシタ。
中橋中尉ハ多分御守衛ニ行カレタモノト思ヒマスガ、ソノ點ハハツキリハ判リマセン。
首相官邸到着後ハ、此兵ハ部下デアリマセンカラ曹長ヲシテ待機ノ姿勢ニアラシメ、
自分ハ單獨ニナリ、爾後、陸相、鐡相官邸等ヲ往復シテ兵ノ監督、
庶務業務、傳令、應對等ニ任ジテ二十八日ニ至リマシタ。

二十九日ニハ
朝 「 ラジオ」 ヲ聞キ、奉勅命令的ノモノガ降ツタト云フ様ナ感ガシマシタガ、
ソレハ正式ニハ私達ニハ奉逹サレナカツタノデ如何ニス可キヤヲ種々考ヘテ、
未ダ私達ノ使命ハ達セラレナイノデ、
飽迄之ヲ達スル迄生命ノ限リ御奉公ス可キデアルト考ヘ、自殺等ノ事ハシマセンデシタ。
又、私ハ部下ヲ持チマセンガ、
部下ヲ持ツテ居ル者ハ相當考ヘサセラレテ居ツタ様デアリマス。
私トシテハ
今度ノ純眞ニ働イテ呉レタ者ガ叛亂ノ汚名ヲ兵ニキセルノハ實ニ憤慨ニ堪ヘマセン。
且ツ痛嘆ニ考ヘマシタノハ、賊軍ノ汚名ヲ着セルノハ可愛相ト思ヒ、
兵ヲ返シタ方ガヨイト思ヒマシタ。
實ニ下士官以下ハ、私ノ信念ヲ克ク考ヘテ充分ニ働イテ呉レルノハ有難キ強キ日本軍人ト考ヘラレテ
涙ニ咽ビマシタガ、之等忠良ナル人間ニ賊軍ノ汚名ヲ着セルノガ氣ノ毒ニ堪ヘマセンデシタ。
而シテ、未ダ生キテ居ツテ御奉公セネバナラント考ヘテ居ルノデ、今日ニ至ツテ居ルノデアリマス。
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二十六日ニ決行シタル理由如何
私達ニハ判リマセン。

誰ガ之ノ統制ヲトリ計畫ヲ爲シタリヤ
詳シイコトハ全然知リマセン、私ハ前述ノ如ク部隊ニハ居ラズ 部ゲモ無シ。
又 學校ニ居ツタノデソンナ餘裕ハアリマセンデシタ、
只 此ノ信念ト何時カハ之ヲ實行セネバナランコトノ考ハ常ニ持ツテ居リ、
同志モ其レヲ知ツテ居ツタカラ、誰カガ計畫シタソノ一部分的ノモノを割當テラレタノデ、
ソレヲ實行シタノデアリマス。

高橋蔵相ガ私邸ニ居ラレルコトヲ如何ニシテ知リシヤ
知リマセン。
私邸ニ居ラレナケレバ官邸ニ居ルコト故
私邸ニテ目的ヲ達セザル時ハ直チニ官邸ニ行ク決心デ居リマシタ。

此ノ事件ヲ決行スルニ 他ヨリ嗾カサレタルコトハ絶對ニ恥辱ト考ヘマス。
從ツテ軍人以外ヨリ此ノ信念ヲ増強サレタリ、嗾カサレタリシタコトハ全クアリマセン。

資金等ニ就イテ如何
今度ハ全ク軍人關係ノ仕事デアリマスノデ金ヲ使ヒマセン。
從ツテ金ハ要リマセンデシタ。
私ハ安田少尉ニ二十圓ヲ渡シタ他ニ殆ンド金ハ使ツテ居リマセン。
俸給ヲ貰ツタ許リデアルシ 前ニ兄貴ヨリ冩眞機ヲ貰ツタノガアリマシタガ、
持ツテ居ツテモ致シ方ガ無イノデ二十五日夕方頃 賣ツタノト合計五十圓アリマシタ。
其ノ冩眞機ヲ賣ツタ内カラ二十圓丈郷里ノ父母ニ其ノ時送ツテヤリマシタ。

奉勅命令ニ對シテ如何
正式ニ奉達サレマセンシ、他ヨリ聞キモ致シマセンデシタ。
然ルニ二十九日 朝 「 ラヂオ 」 デ始メテ變ナコトダト知リ、
之ハ下士官兵ヲ解散サセル餌ニデモ使ツタモノト知り、非常ニ嫌惡ノ念ヲ以テ聞キマシタ。
正式ノ命令トハ部隊内デアルカラ 軍隊ノ命令一系統ニ基キ下達サルベキモノト信ジマス。
即チ私ハ小藤部隊ニ臨時編入サレテ居ツタノデアリマスカラ、
順序ニ基キ奉勅命令ノ奉達サルベキニアルニ、不拘何ノ書物ニモ 口達ニモ　ソンナモノガ無クテ
突然 「 ラヂオ 」 ニテ下士官兵ニ對シ
「 オ前達ヲ指揮シテ居ル上官ニ達シテアルカラ・・・・」
トカ 放送サレタノデハ全ク心外ニ堪ヘヌコトト思ヒマス。
他ノ陸相官邸ニ集ツタ同志將校ハ誰モシリマセンデシタ。
勿論 奉勅命令トアレバ絶對ニ服從スベキモノト信ジマス。
正式奉達デナクトモ 「 ラヂオ 」 放送ノ結果 下士官兵ガ逆賊ノ汚名ヲ蒙ルコトハ可哀想ニ思ヒ、
涙ヲ呑ンデ下士官兵ヲ歸シタノデス。
然レニ 之ニ對シテ居ル部隊ハ誠ニ武士ノ情ヲ知ラヌ態度ヲトリ、非常ニ憤慨シマシタ。

現在ノ信念ヲ抱持スルニ至リシ理由
私ノ生立ト 私ノ見テ來タ事象 其レカラ讀ンダ書籍等ヨリ
自分ノ信念ヲタタイテ行ツテ揚句、現在ノ心境ニ達シタノデアリマス。
爾後種々國體ニ照シ不満ナル事象ニ遭遇スル毎ニ此ノ信念ガ増強サレタノデアリマス。
他カラ宣傳 乃至ハ感化等ニ基キ 斯クノ如クナツタノデハアリマセン。
然ルニ其後 國體ニ照シテ他ノ不満トスル事象 例ヘバ ロンドン條約ノ統帥權干犯、
五 ・一五事件、近クハ眞崎大將ニ對スル統帥權干犯、其レニ伴フ 相澤中佐事件 等ニ對シテモ
君側ニ仕ヘマツル重臣ハ毫モ反省スル色ヲ見ズ、
斯クテハ直接行動ニデテカカル君側ノ奸ハ絶滅ヲ期スルノ他手段ガ無イト考ヘテ、
斯クノ事ヲオコナッタノデアリマス。

實行着手當時ノ心境ト現在ノ心境如何
心境ノ變化全クアリマセん、少シモ自分ノヤッタコトニ就イテ　ヤリ過ギタトハ考ヘテ居リマセヌ。
現在ノ心境ハ未ダ未ダ此ノ信念ニ嚮ツテ御奉公シタイト思フノデアリマス。

他ノ関係者ノ狀況如何
眞將大將閣下ハ同郷ノ先輩トシテ時々御話ヲ承ツテ居リ、
又 県ノ會邊リデ御目ニ掛ツタコトモアリマスカラ眞崎閣下ハ崇拝シテ居ル人ト云フコトガ出來マス。
荒木閣下トハ話シタコトハ有リマセンガ偉イヒトニハ相違ナイガ實行力ノ人トハ思ハレマセン。
林閣下ノ如キ方ハ少ナクトモ現職ニ居テ貰ヒ度クナイ方ト思ヒマス、
要スレバ除去セネバナラヌ方ト思ヒマス。
私達ハ全部ノ軍人カ私達ノ信念實行ニ就イテ共鳴シ相共ニ行クベキト考ヘテ居ツタノニ、
不拘陸軍首脳部ハ案外冷淡曖昧ニシテ餘リニモ悠長ノ様ニ考ヘラレマス。
之ニ反シ 海軍ノ軍事參議官ハ同情ガアッタ様ニ聞キ、有難ク思ツテ居リマス。

皇軍ノ本質竝ニ威信上ニ及ボシタル影響如何
大御心ヲ悩マシタモウタ様ニ拝察セラレテ恐懼ノ次第ナルモ、
之ガ大御心ニ副ハナカツタ場合ニ於テ此ノ非常時ニ際シ、
之ヲ打破スル爲ニハ 或點迄 眞ノ大決心ノ御發揚ヲ仰ガネバナラヌト確信シテ居ルノデ、
大眼目ヨリ見テ 皇軍本質上ヨリ見テ 何等影響ヲ及ボサヌト信ジテ居リマス。
即チ私達信念ノ實現ノ爲ニ皇軍ガ共ニ行動スルコトガ皇軍ノ本質ト信ジマスガ故ニ、
區々タル形式上ノコトハ問題デハナイノデアリマス。
皇軍ノ威信モ毫モ失墜スルトキデ無ク、反ツテ發揚シテ居ルト考ヘマス。

國内的ニ及ボシタル影響如何
國内的ニハ大ニ影響ヲ及ボシタと考ヘラレマス。
即チ日本人トシテ行クベキ道ヲハツキリサセタト思ヒマスシ、
又 ハツキリシナケレバ嘘ダト考ヘルノデアリマス。

國際的ニ及ボシタル影響如何
外國ニ對シテモ皇軍ガ事實強クナルノデアリマスカラ、
皇軍ノ本質ヲ益々發揚サセテ日本人トシテ有利ナル進展ニ資シタルモノト認メマス。

皇室ノ敬虔上ニ及ボシタル影響如何
少シモ敬虔上ニ惡影響を及ボシタルモノトハ信ジラレマセヌ。
陛下ノ大御心ヲ辱ウシテ居ルモノガ
ソレヲ裏切リ奉リタル奸臣ヲ除去シタノデアリマスカラ、
敬虔上ノ度カ益々表レタモノト信ジマス。

將來ニ對スル覺悟
最後迄信念ニ嚮ツテ御奉公スルノデアリマス、
ソレ丈自分トシテハ最後迄希望ニ充テ居ルモノデアリマス。

何カ他ニ云フベキコトアリヤ
他ニ何モ云フコトハアリマセンガ、
唯々自分達ノ信念及之ニ伴ヒ行ヒシ行動ニ就イテ、ハツキリ解カツテ貰ヒ度ヒト思ヒマス。
之レヲ歪メラレテ解セラルルトセバ非常ニ遺憾ト思ヒマス。
今迄斯ルコトニ附テ眞當ノ精神ヲ察セラレズ歪メラレテ解釋サレタルコトガアツタ様ニコウヘラレマス。
申シ添エテ置キ度イト思ヒマス。

陳述人    中島莞爾
昭和十一年三月二日

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

林八郎少尉の四日間 『 私ハ最忠最良ヲ行ツタ 』

林八郎
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  林八郎
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、東京衛戍刑務所ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ林八郎
年齢ハ二十三才
所属部隊ハ元歩兵第一聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ東京府士族
本籍地ハ東京市豊島區目白三丁目三五七〇番地
出生地ハ東京市赤坂區、以下記憶ナシ
住所ハ本籍地ニ同ジ
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件

本事件惹起ヨリ鎭定迄ノ行動如何
二月二十六日午前二時三十分頃、
下士官ヲ起コシ中隊事務室ニ集合セシメ、
栗原中尉ガ
「 昭和維新ノ爲、只今リ出テ行ク。　目標ハ首相官邸 」
ト 言フ様ナ命令ヲ出シマシタ。
中隊下士官ニハ、平素ヨリ昭和維新ニ附ニテ充分敎育シテアリマシタ。
直チニ下士官ハ兵ヲ起シ武装ヲサセマシタ。
服装ハ軍装ニテ背嚢ヲ除キ、重機關銃九銃ハ實包銃身六銃、空包銃身三銃、輕機關銃四銃、
拳銃ハ所持數全部、消防用鉞、梯子ヲ携行セシメマシタ。
兵員二百八十名ヲ小銃三小隊及機關銃一小隊ニ編成シ、
中隊長栗原中尉ハ第一小隊長ヲ兼ネ、
第二小隊長ハ池田少尉、
第三小隊長ハ林、
機關銃小隊ハ尾島曹長ガ指揮ヲトリマシタ。
午前四時三十分頃、
表門ヲ出發シ交番ノナキ道ヲ選ビ、
午前五時稍前
岡田首相官邸ニ到着シマシタ。



・
林ハ首相官邸西方入口ニ、
附近ニアル巡査ヲ逮捕セシム可ク五名ヲ上等兵ニ附シヤリマシタ処ガ、
正門ノ所ニ居タ巡査ガ邸内ニ逃ゲ込ミマシタノデ、
私ノ部隊ハ其ノ後ヲ追ツテ正門入口ヨリ邸内ニ侵入シテ了ヒマシタ。
ソコデ私ハ、池田小隊ノ一部ヲ引率シテ西方入口ヨリ邸内ニ突入致シマシタ。
其時交番所ニ向ヒマシタ。
上等兵ノ一隊ハ、激シク抵抗シナガラ西方入口ノ傍迄逃レタ巡査ヲ射殺シマシタ。
西方入口リ侵入シタ林ノ小隊ハ、日本間ノ玄關ノ扉ヲ開ケヤウトシマシタガ開カナイノデ、
向ツテ右側ノ窓ヲ打チ壊シ侵入シマシタ。
其時、警察官ガ非常ニ抵抗シテ兵數名ガ負傷致シマシタノデ、
私ガソノ先頭ニ立チ斬リ込ミ追ヒ払ヒマシタ。
首相ノ室内ニハ誰モ居リマセンデシタカラ、明ルクナツテカラ捜ソウト決心シテ、
兵ヲ邸内ニ配置シテ居ルト、兵ガ人ガ居ルト言フノデ、ソノ部屋ニ行クト、
二人ノ巡査が居リマシタノデ、私ハ直ニソノ一人ヲ刺殺シマスト、
後ノ一人ガ後方カラ私ニ抱キツキ倒シマシタノデ直チニ起キ上ガリ、ソノ巡査ヲモ斬殺シテ、
尚モ室内ヲ捜シテ居ルト、
兵ガ室ノ側ノ空地ニ一人ノ男ガ居ルト言ツテ銃ヲ構エテ報告シタノデ
射テト命令シテ殺サシメマシタ。

一發デ殺シタト思ヒマシタニ、後デ調ベテ見ルト顔ト腹ニ各一發宛中ツテ居リマシタ。
尚、屋内ヲ捜シテ居ル内、
暫時經テ 栗原中尉ガ首相ガ居タト言フノデ行ツテ見ルト、
曩さきニ自分ガ命ジテ撃タセタノガソレデシタ。
寝室ノ隣ノ部屋ニ揚ゲテアツタ冩眞ト照合セタ結果、
其ノ男ガ岡田首相デアルコトヲ認メマシタノデ、首相ノ寝床ニ抱エコミ、
兵ヲ表玄關前ニ集結シマシタ。
此時ガ午前六時頃デアリマス。

此レガ濟ムト栗原中尉ハ東京朝日新聞社ヲ襲撃スル爲、
「 トラック 」 二台ニ兵六十名餘を乗セテ出發シマシタ。

暫時スルト、蔵相ヲ襲撃ノ目的ニ有シタ大江曹長ノ一隊六十名ヲ
中島少尉ガ指揮シテ來マシタノデ、之レト合併シマシタ。
負傷兵六、七名ハ衛戍病院ニ送リ、朝食トシテパンヲ市井ヨリ購入シマシタ。
パン代金ハ栗原中尉ガ支出シマシタ。
ソノ後は聯隊カラ給与ヲ受ケテ居リマシタ。
私ハ午后一時頃、陸軍大臣官邸ニ聯絡ニ行キ、約二時間位デ首相官邸ニ歸リマシタ。
陸相官邸デハ村中大尉ニ會ヒマシタ。
其処ニハ小田大尉外數名ノ將校ガ居リマシタガ、記憶ハ確實デハアリマセン。
私ハソレ以來、首相官邸ノ玄關ノ方ノ東端ノ室ヲ寝室ニ充テ、昼間ハ玄關口ニ居リマシタ。

二十八日ニ至リ、
敵 ( 戒嚴部隊ノ意 ) ガ進出シテ來タト言フ事ヲ聽イタノデ防禦配備ニ就キマシタ。
最後迄一戰ヲ交ヘル積リデシタ。

二十九日
栗原中尉ガ
「 此処迄ヤツテ來タノダガ、
 オ互イ日本軍人ガ撃チ合ツテモ仕方ガナイカラ潔ク將校ハ陛下ノオ裁キヲ受ケヤウ 」
ト 言ハレタノデ 私ハ之レニ同意シ、
兵ヲ邸内ノ表玄關口ニ集メ、尾島曹長ニ後事ヲ委シ　陸相官邸ニ參リマシタ。
官邸ニハ近歩一ノ兵ダト思ヒマスガ、既ニ警戒ニ就イテ居リマシタ。
私ハ一室内ニ入レラレ、憲兵ノ監視ヲ受ケテ居リマシタガ、
室内ニ居ルトキ自決ヲ奨メテ來タ者モアリマスガ、
將來トテモ昭和維新ノ爲働ク意志ヲ有スルノト、
何等惡イ事ヲ爲シタノデハナイト確信シテイルノデ自決ノ意志ハアリマセン。
午后五時頃、
身柄保護トイフノデ憲兵ニ刀及拳銃ヲ取リ上ゲラレ、補縄ヲ懸ケラレ、
刑務所ニ聯レラレテ來マシタ。
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首相官邸ノ室内模様ヲ研究セシヤ
官邸内ノ模様ハ豫メ栗原中尉ガ要圖ヲ入手シテオリマシタ。
要圖ハ半紙ニ複冩紙デ書イテアリマシタ。
要圖ヲ作リタルモノ如何
知リマセン。

事件中 上官ヨリ復歸命令ヲ得ズヤ
戒嚴令ガ下ツタ事ヲ知ツタ事ガアルダケデ、他ニ何等命令ヲ受ケタコトハ有リマセン。

奉勅命令ノ出タコトモ知ラナイカ
近歩三ノ聯隊長園山大佐ヨリ奉勅命令アリタルガ如クヲ聞キタルモ、
園山大佐トハ系統異ナリ 且ハ 種々ノデマモ飛ブヲ以テ少シモ信用致シマセン。
奉勅命令ノ内容ハ此処ニ居ル部隊ハ解散シテ聯隊ノ兵営ニ歸レシアッタ様デス。

事件ノ計畫ヲ知リタルハ何時カ
本年一月中旬頃知リマシタ。
私ハ計畫ニ携ラズ實行ニ参加シマシタバカリデス。

本件ニ参加セシモノ　竝 部署如何。
近歩三、歩三、鉄道聯隊ノ中島少尉等ガ參加スル事 竝 攻撃目標トヲ二月中旬頃達セラレマシタガ、
實行ノ日時ヲ達セラレマシタノハ前日デアリマス。

現在ノ思想ヲ抱持スルニ至リシ原因 竝 經過如何。
私ハ幼年學校入校前伯父青柳勝利ノ許ニ成育シ、
伯父ハ常ニ大君ノ爲ニ忠義ヲ盡セ、大君ノ爲ニ考ヘテヤレバ策ハ自然ニ生マレルモノデアル
ト 敎ヘラレ、此ノ頃カラ國士的精神ヲ培ハレテ居リマシタ。
幼年學校ニ入學シテカラ 指導生徒ノ訓示ニ依ツテ忠君愛國ノ精神ハ愈々旺盛ニナリ、
國家將來ニ附キ 深刻ニ考ヘル様ニナリマシタ。
私ガ幼年學校三年ノ時 一高在學中ノ兄ハ共産党事件關係ノ嫌疑デ警察ニ留置サレマシタ、
其頃兄カラ種々ノ話モ聞イテ居リマシタガ、
私ノ考ヘトハ天皇陛下ニ對シ奉ル事項ニ附 相違ノ點ガアリマシタ。
私ノ考ハ 父 ( 林大八大佐 ) ガ上海事變デ戰死シタ當時、
父ノ友達ガ來テ種々話ヲ聞カサレテ感奮興起シ、
大君ノ爲ニ盡クサネバナラヌト云フ考ハ一層強化サレマシタ。
然シ 其ノ當時迄ハ 私ノ考ハ主トシテ大アジア主義ノ實現ト云フ様ナ方面ニ向ケラレテ居タガ、
其ノ後 十月事件、五 ・一五事件 等々 逢着シテ國内ノ問題ヲ考ヘル様ニナリ、
右兩事件ニモ關係スル考ヘデアツタガ、先輩タル山本春一少尉ニ止メラレ、止メマシタガ、
國家改造ノ機ノ近キタル事ヲ感ゼラレマシタ。
士官學校豫科ヲ卒業シテ歩兵第一聯隊ニ配属セラレテカラハ、
將校集會所デ佐藤竜雄大尉、香田大尉、栗原中尉 等ノ話ヲ聞キ、
國内問題ニ對スル關心ヲ一層深クスルニ至リ、
士官學校本科ニ入校前
同期生ノ佐々木 ( 二郎 ) カラ一緒ニ國家改造ニ乗リ出サウデハナイカトノ話アリテ、
之ニ同意シ 爾來志ヲ同ジウスル同期生トノ交際ヲ深クシ、
本科入校後 佐々木ノ紹介デ磯部主計ト面談シタガ、
當時ノ自分ノ考ヘハ磯部主計ノ考ヘトハ少シ相違シテ居ツタ、
即チ 磯部主計ノ考ヘハ 昭和維新ノ道ニ國軍ガ一體ニナルベキダ
ト云フニ反シ、自分ノ考ヘハ
 先ヅ國軍ノ一體ヲ圖リ 而シテ後 國家改造ニ向フベキダト云フニアッタ。
本科ヲ卒業シテ歩兵第一聯隊ニ歸ツテカラ國軍ノ内容モ段々ヨク分カル様ニナツテ、
今迄ノ自分ノ考ヘハ實現不可能ト判リ、結局磯部主計ノ考ヘト一致スル様ニナリ、
十年十月第十中隊カラ機關銃隊ニ轉ジテカラハ、
栗原中尉ト一緒ニナリ種々話ヲ聞ク機會モ多クナツタガ、
多少ノ意見ノ相違ハアッテモ 目的トスル所は一ツデアルカラ、
栗原中尉ト行動ヲ共ニスル決心ヲシテ今回ノ擧ニ及ボシタ譯デス。

今申立テタ國軍ノ内容トハ如何
中央部ニアル人々ノ昭和維新ニ對スル考ヘガ極メテ薄弱デ、
到底國軍ノ一體化ヲ圖ルコトハ覺束ナイ狀態デアルコトデス。

實行ニ着手セル當時ノ心境如何
重臣財閥ヲ斃シタナラバ、昭和維新ノ大命ガ下ルモノト考ヘテ居マシタ。

現在ノ心境如何
實行當時ト何等變ワリナク、アクマデ昭和維新ノ目的ヲ達成シヨウト思ツテ居マス。

宸襟ヲ悩マシ奉リタリト思ハザリヤ
思ヒマセン。
反ツテ陛下ノ下ニアル重臣ガヨリ以上ニ宸襟ヲ悩マシ奉ツテ居タモノト思ヒマス。
私ハ最忠最良ヲ行ツタモノト思ツテイマス、
ソレハ陛下ノ大御心ヲ悩マシ奉ツタモノヲ斃シタカラデアリマス。

昭和維新ノ思想ヲ抱クニ至ツタ原因ニ附き現役軍人以外ノ者ノ訓化ヲ受ケシ事アリヤ
幼年學校ニ入校前ニ伯父カラ訓化ヲ受ケタ以外ニアリマセン。

二月二十六日ヲ選ビシ理由如何
栗原中尉ノ云フ儘ニ實行セシノミデ他ニ理由ハ有リマセン。

国際的影響ハドウダト思フカ
昭和維新ガ成功スレバ影響ナキモ
失敗デアルカラ悪影響を及ボシタモノト思ヒマス。

經費ハ如何ニシテ得タルカ
深ク知ラナイガ、栗原中尉ハ實家竝奥様 ( 玉枝 ) ノ實家ヨリ送金ヲ受ケテ居タヤウダカラ、
之ヲ充テタモノト思フ。

他ニ陳述ス可キ事ナキヤ
有リマセン。

右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月一日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  井尾 格
筆記者  陸軍憲兵軍曹  栗津 今

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

池田俊彦少尉の四日間 『 斷乎 妖雲ヲ一掃シテ、天皇御親政ノ眞ノ國體ヲ顯現セン 』

池田俊彦
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  池田俊彦
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、大塚憲兵分遺隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ池田俊彦
年齢ハ二十三才
所属部隊ハ元歩兵第一聯隊第一中隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ鹿児島県士族
本籍地ハ鹿児島県児島市西千石町八十五番地
出生地ハ大阪市、以下不詳
住所ハ歩兵第一聯隊營内居住室
職業ハ現在無職
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
位階、勲章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
位階ハ正八位デスガ、勲章、年金、恩給等ハアリマセン
学歴及陸軍生徒志願以來ノ略歴如何
昭和二年東京府立第六中學校四年修業後、陸軍士官學校ニ入學、
昭和十年九月二十七日歩兵少尉ニ任ゼラレ、歩兵第一聯隊附トナリ現在第一中隊デアリマス
家庭ノ狀況如何
父 彦助 (  当六十二才 ) ハ東京府社會課ニ勤メテオリマス
母 常 (  当五十七 才 ) ハ家庭ニアリマス
姉 孝子 ( 当 二十四才 ) ハ海軍中尉小林啓四朗ニ嫁シテ居リマス
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二 ・二六事件

國家革新運動ニ從事スル至リタル原因動機如何。
學問的、歴史的、社會的方面、皇軍將校トシテノ立場ノ順序ニ就イテ申シ述ベマス。
學問方面
陸軍士官學校豫科二学年ノ頃ヨリ漢文ニ興味ヲ持チ始メ、朱子學ヲ考究シ漸次陽明學ニ傾キ來リ、
就中安岡正篤ノ 「 王陽明ノ研究 」 ハ 特ニ感激ヲ深クシマシタ。
又 日本精神ニ關スル種々ノ書物ヲ讀ミ、佛教ノ方面モ種々研究シ、
東洋思想ノ内観的価値重大ニシテ深遠ナルヲ感ジマシタ。
西洋ノ學問ノ概念的普遍的ナルニ反シ、
東洋論理ノ玄 ( 東洋學的ノ意 ) ニシテ幽遠ナルヲ銘記シタノデアリマス。
陸軍士官學校本科ノ中頃ヨリ日本精神ノ總テヲ超越シテ尊キモノナルコトヲ更ニ感ジ、
而シテ之ハ日本國民ノ理念ト至情ナルコトヲ痛感致シマシタ。
歴史的方面
日本精神即チ皇道ハ、天御中主神ヲ中心トシテ 中心文派シ、
遠心求心兼備セル世界ノ大道宇宙 ( 自己及天體 ) ノ 眞理デアッテ
恰モ太陽ガ萬物ヲ生成育化スル如キモノデアリ、
大御心ガ世界ヲ隈ナク照ラスモノナルコトヲ確信シマシテ
而シテ此精神ノ日本ニ於テ最モ發揚セラレタル時代ハ
大化ノ改新、建武ノ中興、明治ノ維新ニアルコトハ疑ナキ事實デアリマス。
日本ノ 「 神ナガラノ道 」 ガ歪メラルレバ、其レニ對シテ常ニ天誅ノ刃ハ下サレタノデアリマス。
人間界ガ動物界ト異ナル點ハ甲ガ或ル処カラ或ル処マデヤレバ次ノ時代ノ乙ハ
又或ル処カラ始メルト云フガ如キ人間ノ意志及事業ノ繼續デアリ、
而シテ其レハ純ニシテ眞直ナルモノニアリマス。
日本ノ家族主義ガ一貫シ孝ナル事 即チ 忠ナル君民一體ﾉ國家ノ永續ニアリマス。
往昔 仁徳天皇ガ民ノ心ヲ心トナサレ給ヒシ如キ國家ノ永昌ニアルコトヲ確信スルモノデアリマス。
曽我入鹿ガ天皇ノ命ヲ勝手ニ作リ 天子ノ威ヲ着テ私腹ヲ肥ヤシ大逆ヲ敢テ爲シタルニ對シ、
中野大兄皇子ハ破邪顕正ノ劍ヲ取ツテ宮中ニテ劍ヲ抜クノ法度ヲ破リテモ、
大極殿ニ於テ天誅ノ刃ヲ下サレマシタ。
而シテ 「 神ナガラノ道 」 ニ復シ奉リ、大化ノ新政ヲ現出シ奉ツタノデアリマス。
又 建武ノ中興ニ於テモ後宇多天皇ノ御意志ニ基キ、後醍醐天皇ノ御代ニ高時ｦ破リテ、
中興ノ大業ヲ成就シマシタ。
是レ即チ 高時ノ勅ヲ奉セル命ヲ打破シテ大業ヲ翼賛シ奉ル 楠公以下忠臣ノ業ニ依ルモノガ大ナノデアリマス。
明治ノ維新亦然リデアリ、昭和ノ維新モ亦 然ル可キモノト考ヘルノデアリマス。
社會的方面
現今ノ情勢ヲ見マスルト、
天日照トシテ輝ク眞ノ國體ヲ現出セリト云フ可キカ
何人モコレヲ打破セントスル希望ニ燃ヘツツアルト思ヒマス。
但シ 現今自己ノ地位ヲ確立シアルモノハ私慾ノ爲ニ汲々トシテ現狀ヲ維持スルニ急ナノデアリマス。
米ガ餘ル程出來テ食フコトノ出來ヌモノガアル一方ニ於テ、
生産過剰ニ苦シム者アリテ、一方ニ物資ヲ持タヌ者ガアル、コレガ現今ノ矛盾ノ一ツデアリマス。
何所カニヤリクリノ惡イ所ガアル様ニ思ヒマス。
農民ハ貧苦ノドン底ニアルモ、之ニ對スル処置ハ僅少デアリマス。
帝都ノ大震災金融界ノ動揺ニ對スル救濟ハ大々的ニ爲サレマシタガ、下層民ノ窮境ニハ極メテ冷淡デアリマス。
天皇陛下ニ對シ奉リ、機關ナリトスル天皇機關説論者ヲ保護セントスルガ如キ政府ノ聲明、
党利ノミヲ第一義トスル政党政治ノ堕落ヲ見ル時、
何ントカセント忠臣ハ努力シツツアルノガ總テ法規ニ依ツテ阻止サレテ居ルノガ現狀デアリマス。
陛下ニ對シ奉リ、植物學ノ御研究ヲ御薦シ
天皇ノ大權ノ御發動ヲ御裁可ノミニ縮小シ奉リ、
自己等ノ地位權勢ヲ以テ 國家ヲ動カサントスル元老重臣ノ横暴、
而シテ 仁徳天皇ノ如ク、明治天皇ノ如く、
民ノ心ヲ十分ニ大御心ヲ以テ慈育シ給ヒタル如キコトヲセヌ、
極端ニ言ヘバ 陛下ニ蓋ヲシ奉リ、自己ノ地位ヲ保護セントスルガ如キ 實ニ慨歎ニ堪ヘマセン。
我等ハ斷乎 妖雲ヲ一掃シテ、天皇御親政ノ眞ノ國體ヲ顕現センコトヲ期スルノデアリマス。
我等ハ過去ニ於テ如何ニ善人タリトモ、如何ニ國家ニ功勞アルモ、
現在國家ノ發展ヲ阻止セントスルガ如キハ逆賊ト言ハザルヲ得ナイノデアリマス。
皇軍ノ將校トシテノ立場
軍ハ天皇親率ノ下ニ皇基ヲ恢弘シ、國威ヲ宣揚スルヲ本義トセラレテ居リマス。
而シテ 對外的對内的 何レニ對シテモ國家ノ奸タル者ハ討伐ヲセナケレバナリマセン。
平戰兩時ヲ問ハズ コノ軍ノ行動ヲ妨害スル者ハ、外人タルト 日本人タルトヲ問ハズ、
正義ノ劍ヲ振ツテ打倒スベキデアリマス。
軍ハ細民ノ爲ノ軍ニ非ズ 政党、財閥、元老、重臣ノ軍ニモ非ズ、
一ニ 天皇陛下ノ皇軍デアリマス。
軍ハ一元的中心ノ下ニ整正敏活一致シテ行動シ得ルヲ以テ本質トスルノデアリマス
即チ 統帥ノ一貫デアリマス。
コレガ歪メラレルハ軍ノ絶滅デアリマス。
而ルニ 數年來 屡々 統帥權干犯問題ヲ惹起シ、軍ヲシテ私兵化セントセル傾向ガアリマス。
今回相澤中佐殿ノ起タレタル最大ノ原因又ココニアリト信ズルノデアリマス。
軍ガ資本家ト結託シテ植民地ヲ作リ 「 ダンピング 」 ヲ以テ市場ヲ獲得シ、民ノ利害ヲ顧ミズ、
威力ヲ發展セシムルガ如キハ、所謂覇道ノ軍デアツテ、決シテ皇軍デハナイノデアリマス。
皇軍ハ萬民ヲ生成育化スル皇道精神ノ具現ニアルノデアリマス。

以上ノ様な心境ニアリマシタノデ、士官學校卒業以來
歩兵第一聯隊中隊長  大尉  山口一太郎 殿
同  機關銃隊附  中尉  栗原安秀 殿
同  右  少尉  林八郎 氏
ト 語ル機會ガ多ク益々改造運動ニ努力致シ度ク思ツテ居リマシタガ、
特ニ初年兵敎育ヲ担任シテ身上調査ヲシテミテ 深刻ニ國家組織ノ欠陥ヲ認識シマシタガ、
更ニ現ニ行ハレツツアル相澤中佐殿ノ公判狀況ヲ
元歩兵大尉  村中孝次 氏
ヨリ 聞クニ及ビ憤慨ノ至リニ堪ヘズ、
ドウシテモ軍ノ力ニ依ツテ國家ヲ改造シナケレバナラナイト思フ様ニナッタノデアリマス。

二月二十六日軍隊ヲ率い國家ヲ改造スル爲、
其ノ障害トナル内閣總理大臣閣下ヲ殺害シタコトハ間違ヒナイカ
間違ヒアリマセン。

然ラバ此事件ハ誰ガ計畫シタカ
誰ガ計畫シタカ存ジマセンガ憶測デハ
歩兵中尉  栗原安秀
元歩兵大尉  村中孝次
元一等主計  磯部淺一
歩兵大尉  山口一太郎
ノ 四人デアラウト思ヒマス。

誰カラ計画ヲ聞イタカ
二月二十三日午前十時頃、林少尉ガ私ノ部屋ニ來リ
決行ノ日ハ示サナイガ近クヤルト云フコトヲ云ヒマスノデ、
私ハ 五 ・一五事件ノ如キ花火線香式ノ如キモノハヤラナイト申シマシタ、
スルト林ハ、コンドハ
歩兵第一聯隊第七中隊、第十一中隊 及 機關銃隊
近衛歩兵第三聯隊 一ケ中隊
歩兵第三聯隊  八ケ中隊
豊橋  若干
野重  同右
出動シ 帝都ノ實力ヲ握リ 戒嚴令ヲ戴キ、維新ヲ斷行スルト申シテイキマシタノデ、
是ナラ出來ルト思ヒ 私モ參加スルト申シマシタ。
然シ 私ノ中隊ハ機關銃隊見タ様ナ下士官兵ニ御維新ニ參加スルダケノ敎育ガ出來テ居ナイコトト、
又 中隊長ガコノ運動ヲシナイ人デスカラ、迷惑ヲ懸ケテハナラナイト思ヒ
更ニ 不成功トナッタ時、多數ノ兵員ヲ犠牲ニスルト思ツテ連聯レテ行カズ、私一人參加シマシタ。
ソシテ爾後二日間ハ演習ニ忙シク全然同志ト會合セズ、
二十五日演習ヨ歸リ、午後六時半頃 私ノ居室デ林ヨリ
「 今夜ヤルゾ 」 ト 聞カサレマシタ。
ソコデ私ハ午後十時頃機關銃隊將校室ニ行キマスト、
栗原中尉、中島少尉 ( 鐡道第二聯隊、現在砲工學校在學中 ) ガ 居リマシテ、
私ハ栗原中尉ヨリ計畫ヲ聞キマシタ。
今計畫概要ヲ要約スルト次ノ様デアリマス。
私ハ機關銃隊要員トシテ第二敎練班 ( 敎育班長渡辺義勇中尉參加セザルヲ以テ ) ヲ 指揮。
出發ハ午前四時半
行進順序ハ第一、第三、第二敎練班機關銃九銃
彈丸ハ充分準備シアリ
襲撃目標ハ内閣總理大臣官邸
攻撃部署
栗原中尉ノ指揮スル第一敎練班及私ノ教練班ハ表門。
但私ノ班ハ表門ニ突入セバ門ヲ確保シテ外部ヨリノ妨害ヲ排撃シ 且 内部ヨリノ脱出者ヲ阻止ス
右ノ計畫ヲ聞イテカラ暫ク沈黙ノ狀態ガ續キマシタ処ヘ
山口大尉ハ當時週番指令デアリマシタガ私等ガ居リマス所ヘ來テ
「 本庄閣下ノ親戚デアル私ト、一個ノ山口ト 二ツノ肩書ヲ持チタイ 」
ト 申サレマシタ。
此意味ハ皆ト一緒ニ第一線ニ立ツテ行キタイガ他ニ任務ガアルカラ一緒ニ行ケナイト云フコトデ、
他ノ仕事ハ外交方面ヲ担當スルト云フ事デアリマス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


實行運動ノ狀況ヲ述ベヨ
私ハ二十六日 午前一時半頃、武装シテ機關銃隊ヘ參リマシタ。
栗原中尉ハ二時半頃 下士官九名ヲ呼ビ起コシテ決行ノ趣意書ヲ讀マレ、
編制、服装、部署等ヲ命令シテ準備セシメマシタ。
次デ二年兵ヲ集メ、初年兵ハ午前三時起床セシメ、午前四時集合ヲ了シ、
彈薬ノ分配ヲシテ準備ヲ完了シマシタ。
出動兵力ハ二百八、九十名デアリマス。
午前四時三十分、
機關銃隊第一中隊ノ順序ニ出發。
機關銃隊ハ首相官邸ニ、第十一中隊ハ陸相官邸ニ向ヒマシタ。

午前五時頃、
栗原中尉ハ第一敎練班及機關銃ノ主力ヲ率ヒ、表門ヨリ突入シ、
次デ林少尉ノ部下ノ大部分侵入シ、
私ノ敎練班竝林少尉及林ノ部下一部ハ裏門カラ突入シマシタ。
ソシテ林少尉ハ中ニ入リ、私ハ機關銃二挺ヲ以テ裏門ノ警戒ニ當リマシタガ、
栗原部隊ガ首相ヲ中庭デヤツツケタノデ兵ヲ表門ニ集結シ、萬歳ヲ三唱シマシタ。

當時大蔵大臣担任ノ近歩三中橋基明中尉及中島少尉ノ指揮スル一隊モ、首相官邸ニ到着シテ居リマシタ。
又、田中中尉ハ自動車一台、トラック二台 ( 共ニ軍用 ) ヲ持來テ居リマシタ。

二十六日午後二時頃、
栗原、中橋兩中尉及ビ中島少尉ト私ハ、
機關銃一銃、輕機二銃、小銃一挺、兵員約三十五名ヲ指揮シ、
東京朝日新聞社ヲ襲ヒ、
栗原、中橋中尉及兵二十三名ハ内部ニ侵入シテ社員ヲ撤去セシメ、
活字ヲヒツクリ返シ、私ト中島少尉ハ大部分ノ兵ヲ指揮シテ周囲ヲ包囲シマシタ。
栗原中尉ハ社ノ代表者ヲ招致シ、何カ言ツテ居リマシタガ判リマセンデシタ。
ソレカラ又自動車デ東京日日、国民、讀賣、報知、時時ノ各新聞社及電通ニ至リ、
代表者ヲ呼ンデ趣意書ヲ手交シ、發表ヲ命ジ、
コレデ午後三時カ四時頃首相官邸ニ歸リマシタ。

ソシテ二十九日午前八時頃迄 首相官邸ヲ占據シテ居リマシタ。
皇軍ノ衝突ニ依ル犠牲者ノ發生ヲ憂ヒ協議ノ結果
中橋中尉  中島少尉  林少尉  池田少尉
ノ四名ハ徒歩デ首相官邸ヲ出發 途中ヨリ自動車デ陸軍大臣官邸ニ赴キ
栗原中尉  田中中尉 ハ 官邸ニ殘ツテオリマシタ。
當時陸相官邸ニハ
坂井中尉 ( 歩三 )  高橋少尉 ( 歩三 )  麥屋少尉 ( 歩三 )
ガオリマシタ。
後カラ
野中大尉 ( 歩三 )  對馬中尉 ( 豊橋敎導學校 )  竹嶌中尉  常盤少尉 ( 歩三 )  清原少尉 ( 歩三 )
鈴木少尉 ( 歩三 )  澁川氏 ガ來タノデ 合計十四名ガ一室ニ居リマシタガ、
野中大尉及澁川氏ハ何処カヘ出テ行キマシタノデ、十二名ニナリマシタ。
室内ニハ參謀ヤ多數ノ將校ガ來テ
「 血ヲ流サナイデヨカッタ 」
ト　モウサレマシタガ、中ニハ 「 切腹シロ  切腹シロ 」 ト 云フ人ガアリマシタガ、
今死ンデハ犬死ニナルカラ自決シナカッタノデアリマス。
即チ一旦國法ニ反シタ以上刑罰ヲ受クルコトハモトヨリ覺悟ノ上デ、
生命ナド問題ニシテ居リマセンガ　セメテ公判ヲ通シテ吾々ノ精神ヲ國民ニ知悉セシメ、
國民ノ皇國精神ヲ勃興シテ終リヲ遂ゲタイト思ツタノデ、自決シナカッタノデアリマス。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
事件中ニ所属上官ヨリ解散或ハ所属原隊復歸ノ命令ヲ受領シ又ハ知得セザリシヤ否ヤ
左様ナ命令ハ受ケタ覺ヘハアリマセンガ、
二十七日夕方頃首相官邸ニ於テ將校集合ノ席上デ 栗原中尉ガ雑談中
「 ドウモ解散ヲセヨトノ奉勅命令ガ下リソウデアル、然シ内容ガドウモ變デアル 」
ト　申シマシタノデ私ハ、
其ノ席上デ中島少尉ニ向ヒ 若シ奉勅命令ガ下ツタラ服從シヨウト言ヒマシタ処、
中島少尉ハ夫レハ當タリ前ダト言ヒマシタ。
栗原中尉ハ山口大尉カラ聞イタ様デアリマスガハツキリ致シマセン。

越エテ二十八日午前カ午後カ 緊張シテ居ツタノデハツキリシマセンガ、
首相官邸ニ山口大尉ガ參リマシタ。
「 『 下士官兵ハ聯隊ニ復歸後將校ハ師團司令部北部北側ニ集合 』
ト 云フ奉勅命令ガ出ルソウダガ洵ニ忍ビナイ 」
ト 申サレマシタ。
ソコデ命令ガ出ルト思ヒマシタ夕方配備ヲ縮小シテ正式ニ受令シタラ服從シヨウト思ヒマシテ、
私ハ邸内ニ這入ツテ寝マシタ。

二十九日ノ午前零時半頃 栗原中尉カラ配備ニツケト言ハレマシタノデ、配備ニツキマシタ、
ソレハ他ノ部隊ガ攻撃シテ來る氣配ガアツタカラデアリマス。
午前四時半カ五時頃 「 ラヂオ 」 放送ガアリマシタガ　ソノ内容ハ
「 下士官兵ニ告グ 奉勅命令ハ下リマシタ 
然シ貴方方ヲ指揮スル將校ガ此命令ヲ傳ヘナイノデアリマス 」
ト 言フノデアリマシテ、何回モ言ヒマシタ。
二十九日未明 歩兵第一聯隊長小藤恵大佐ガ來ラレマシタガ、何等ノ命令モアリマセンデシタ。
尚 申シ遅レマシタガ、二十八日ノ朝 參謀本部勤務歩兵大尉松井保喬ガ來ラレマシテ、
奉勅命令ニハ從ツテ呉レト申サレマシタノデ、絶對ニ錦ノ御旗ニハ叛キマセント申シマシタ。
以上ノ様ナ狀況デ奉勅命令ハ何人カラモ受ケテ居リマセン。

首相官邸占據中來訪シタル主ナ人ハ誰カ
齋藤劉少將 ( 二十六日午前一回 、二十七日 一回 )
松本勇平少將 ( 二十七日午前 )
田中國重大將 ( 二十七日午前 )
荒蒔義勝中將 ( 二十七日午後 )
の 四名で 齋藤少將ハ 「 疲レタナァ 」 「 飯ガアルカ 」 「 金ガアルカ 」
等 慰問ノ言葉ガアリ、田中大將及松永少將ハ一緒ニ來ラレ 「 非常ニヨクヤッタ 」
ト 賞メテクレマシタ。

軍事參議官ニ何カ提案シタト謂フガ如何ナル事カ。
二十七日夕、陸相官邸ニ於テ栗原中尉ヲ除ク外ノ全將校ト軍事參議官ト會見シ、
野中大尉ガ一同ヲ代表シテ次ノ事ヲオ願ヒシマシタ。
「 事態ノ収拾ニ附テハ眞崎閣下ニ御一任シタイト思ヒマス。
宜シクオ願ヒ致シマス。
軍事參議官閣下ハ眞崎閣下ヲ中心トシテヤラレル事ヲオ願ヒ致シマス 」
ソレニ對シ阿部閣下ハ、誰ヲ中心トスルト言フノデハナク、軍事參議官ガ一體トナツテ努力スルトイワレマシタ。
眞崎閣下ハ、
「 諸氏ノ尊イ立派ナル行動ヲ生カサントシテ努力シテ居ル。
軍事參議官ハ何等ノ職権モナイ。　
只、陸軍ノ長老トシテ道義上、顔モ廣イカラ色々奔走シテ居ル。
陛下ニ於カセラレテハ不眠不休ニテ、御政務ヲ總攬アラセラレ給ヒ、眞ニ恐懼ノ至リデアル。
オ前達ガ此処迄立派ナ行動ヲヤツテ來テ、陛下ノ御命令ニ從ハヌトナルト大問題デアル。
ソノ時ハ俺モ陣頭ニ立ツテ君等ヲ討伐スル。 ヨク考ヘテ聯隊長ノ命令ニ從ツテクレ 」
ト 言ハレマシタ。
ソコデ私等ハ退場シ、聯隊長トハ誰カ、元ノ聯隊長カ今ノ小藤大佐カト色々話合ヒマシタガ、
ソコヘ山口大尉ガ來ラレ、
眞崎大將ニ對シ、
「 奉勅命令ノ内容ハ我々ヲ不利ニ導キ、御維新ヲ瓦解セシムルモノナルヤ 」
ト 問ヒタル処、
「 決シテ然ラズ 」 ト 答ヘラレマシタ。
山口大尉ハ更ニ、
「 聯隊長トハ誰カ 」 ト 問ヒタルニ、
「 小藤大佐 」 ト 答ヘラレマシタ。
ソコデ私等ハ、一ニ大御心ニマカセ、聯隊長ノ命令ニ從フコトヲ誓ヒマシタ。

今回ノ事件ノ資金ハ何処カラ出タカ
私ハ資金ノ事ハ一切存ジマセン。

山口大尉ガ襲撃計畫図ヲ作成シタリト謂フガ如何。
私ハ左様ナ要圖ハ見タ事ガアリマセン。

現在ノ心境及將來ノ覺悟如何。
國内的ニハ國民ヲ覺醒シ沈滞セル空氣ヲ一掃シタ感モ無イデハアリマセンガ、
軍ノ威信ヲ失墜シ國民ノ軍ニ對スル信頼ヲ裏切リマシタ、
又 獨斷ヲ以テ兵力ヲ使用シタコトハ恐懼ニ堪ヘマセン。
幸ニ私ハ中隊ノ部下ヲ引率シナカッタノハ今トナッテハ、父兄ニ顔ガ立ツト思ツテ居リマス。

此時 手記ノ記述ヲ許シタル処、別紙手記ヲ提出セリ
他ニ申シ立ツルコトナキヤ
アリマセン。

陳述人    池田俊彦
昭和十一年三月二日 

別紙
國内的ニ言ヘバ國民ヲ覺醒シ沈滞セル空氣ヲ一掃セル館ルモ、
軍ノ威信ヲ國民ニ對シ失墜セルコトハ恐懼ニ堪ヘズ。
國外的ニ言ヘバ 現在國際關係ヲ稍々やや不利トナシタルハ殘念ノ至リナレド、
後日必ズ皇軍ノ動カスベカラザル　又 私ノ兵ニ非ザル事實ヲ各國ニ悟ラシムルコトヲ信ズ。
私ハ皇軍ノ一將校トシテ立派ナル獨斷ヲスル積リデアリマシタガ、
ソレハ誤獨斷トナリ　不義ニ陥リマシタコトヲ御詫ビ致シマス。
只 コレニ依ツテ統帥權力益々一貫スルコトノ一助トモナラバ幸ヒト思ヒマス。
私ハ部下ヲ率イナカッタ事を幸ヒトシ、兵ノ父兄ニ對シ顔立テガ出來ルコトヲ嬉シク思ヒマス。
私ハ不孝者デアルコトヲ兩親ニオ詫ビヲシ、今カラデモ孝養ヲ盡クシタイ心持ガ致シマス。
今ハ一切ヲ天ニ委ネマス。
以上ガ私ノ現在ノ心境及將來ノ覺悟デアリマス。
昭和十一年三月二日    池田俊彦

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

常盤稔少尉の四日間 『 吾々ノヤツタ行爲ハ、陛下ハ必ズヤ御嘉納下サル 』

常盤稔
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  常盤稔
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ常盤稔
年齢ハ二十三年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ大分県平民
本籍地ハ大分県宇佐郡八幡村大字尾永井九百二番地
出生地ハ本籍地ト同ジ
住所ハ歩兵第三聯隊第七中隊
職業ハ元軍人デアリマシタガ、現在ハ無職デアリマス
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
位記ハ正八位、ソノ他何モアリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 
二 ・二六事件

本職ハ叛亂被告事件ニ附訊問ス可キ旨ヲ告ゲタリ
二月二十六日事件ノ經過ヲ述ベヨ
二月二十六日午前零時ニ、
週番司令安藤大尉ノ命令デ非常呼集ヲシテカラ、
歩兵第一聯隊ノ栗原中尉ノ下ニ出發時刻ノ件ニ附打合セニ行キマシテ、
出發時刻ヲ歩兵第一聯隊ノ裏門ニ午前四時三十分ニ到着スル様ニ
聯隊ヲ出發スル事ヲ打合セテ歸リ、諸準備ヲ致シ、
午前四時二十五分頃歩兵第三聯隊ヲ出發シテ歩一ノ裏門ニ行キマシタ。
栗原中尉ハ表門カラ出テ來マシテ、
麻布三河台町赤坂區氷川町福吉町電車通リ迄栗原中尉ノ案内デ行キ、
電車線路ニ沿ツテ溜池虎ノ門ヲ經テ警視廳ニ行キマシタ。




二月二十六日午前五時ニ、
第七中隊野中大尉ト共ニ警視廳表玄関ニ行キ、
野中大尉ハ決起ノ趣意書ヲ受附ノ者ニ説明シテ渡シ、
現在、警視廳ノ最高級ノ幹部ノ方ニオ話シタイ事ガアルカラ呼ンデ來テ呉レト受附ノ者ニ言フテ
配備ヲ廻ラシマシタカラ、
私 ( 常盤少尉 ) ハソノ幹部ノ方ノ出テ來ルノヲ待ツテ居リマシタ。
暫クシテカラ特別警備隊ノ小隊長ガ出テ來マシテ其趣意書ヲ見マシテ、
私個人トシテハ大變結構ナコトデアリマスト述ベマシタカラ、
私 ( 常盤少尉 ) ハ全部ニ判ツテ貰ツタ方ガ良イト思ヒマシタカラ、
全部一緒ニ中隊長野中大尉ノ下ニオ出デニナル様ニ申シマシタル処ガ、
特別警備隊小隊長横沢某ハ私一人ノ方ガヨイダラウト言ヒマシタカラ、
裏門ニ居ル中隊長ノ下ニ案内シマスト、
中隊長ハ趣意書ノ説明ヲシテ、
他ノ目的ガ達成スル迄一時庁舎ヲ借用シタイト述ベ、
若シヤ衝突スルヤウナコトガアツテハナラヌカラ、
庁舎内ノ者ヲ全部纏メテ措イテ貰ヒ度イト申シマスト
二、三問答ヲシマシタガ、
中隊長ヨリ今ハ議論スル時期デハナイカラ兎ニ角借用サシテ貰イ度イト述ベマシタ。
此間、中隊長野中大尉ハ衝突スルコトヲ心配シテ再三衝突ヲ避ケ様ト言フテ居リマシタ。
スルト、特別警備隊横沢某ハ、其要求部所ヲ取ルカラト言ヒマシテ庁内ニ行キマシタガ、
中隊長野中大尉ハ 私 ( 常盤少尉 ) ニ 横沢某ヲ監視スル様ニト言ハレマシタカラ
後ヲツイテイキマスト、
警備隊ノ中隊長ダト云フ人ニ逢ヒ、
其方ヲ案内シテ中隊長野中大尉ノ処ニ行キマシタ。
又、中隊長ハ前同様ノ事ヲ言ツテ居リ、
逐次警戒線ヲ裏庭ノ線迄ツメテソノ儘夜ヲ明シマシタ。


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警視廳ニ行キタル目的如何。
警視廳ノ者ニ動カレテハ目的決行ノ爲メニ邪魔ニナルカラ通信機關ノ阻絶ノ爲メデアリマス。

本事件ノ目的如何
重臣ブロック等ガ御稜威ヲ遮ツテ居ル、
其レヲ取除イテ眞ノ日本ノ姿ニ還シ度イ ノガ目的デアリマシテ、
我々ノ行動ニ依ツテ昭和維新ヲ陛下ニヤツテ戴キ度イノガ眞ノ目的デアリマシタ。

本件ニ對スル原因ニ就イテ述ベヨ
遠因ハ士官候補生ノ時ニ安藤大尉 (當時中尉 ) ノ中隊ニ配属サレ、其ノ薫陶ヲ受ケマシタ。
當時ノ中隊長平川 ( 睦之 ) 少佐 ( 当時大尉 ) ハ 五 ・一五事件ノ判士トシテ出テ居ラレマシタノデ、
其ノ話ヲ承リマシテ深ク考ヘマシタ。
近因トシテハ、昨年ノ相澤事件ノ事態ガ此処迄急迫シテ居ルカト考ヘタ點、
事件ノ公判ガアリマシテ其ノ内容ガ判明スルニ随ツテ、
相澤中佐ノ精神ヲ繼デヤラナケレバナラナイコトヲ考ヘマシタ。

國體明徴問題ニ就イテ感ジタコトガアルカ
何処迄モ突込ンデ明徴ニシナケレバナラヌ所を曖昧ニスルコトハ、甚ダ遺憾デアルト考ヘ、
曖昧ナル根本原因ニハ所謂重臣ブロックノ策謀ガアルト考ヘマシタ。

本事件ノ動機ニ就イテハ如何
直接ノ動機トシテハ、相澤中佐ガ事件ヲ決行シテ吾々ガ目標ノ一角ニ鎗ヲ入レテ呉レタ、
其レヲ擴大シテ此際目標ヲ突破ｼﾅｹﾚﾊﾞﾅﾗﾅｲ、又 今回満洲ニ行カナケレバナラナイ、
然シ乍ラ 兵隊ノ現狀ヲ見ルトキハ如何ニモ元氣ニ賭ケテ居ル、
其レハ兵ノ郷里ノ生活狀態ガ極メテ窮乏ニ瀕シテ居ル
故 此ノ窮狀ヲ救フ様ニ何トカ考ヘテ貰ヒ度イト云フコトガ、間接ノ動機トナツテ居リマス。

本件ヲ實行スルニ就イテノ手段方法ハ如何。
二月二十四日ノ午後三時頃、第七中隊ノ將校室ニ於テ 安藤大尉、野中大尉ノ兩中隊長ヨリ、
明二十五日夜ニ決行スル旨ヲ承知シマシタ。

事件決行ニ關シ會合シタル事ナキヤ
會合シタル事ナシ、但シ二十五日午後三時頃鈴木、清原、兩少尉ト共ニ第七中隊ノ將校室ニ於テ、
野中大尉ヨリ決行ノ目的精神ヲ説明サレマシテ、警視廳ニ行クベキ區署ヲ受ケマシタ。

被告ノ役割ハ如何。
警視廳ノ幹部ヲ呼ビ出シ、表門ノ警戒ヲナシ、
第七中隊長野中大尉ト共ニ幹部ノ説得ニ努メルト云フ役割デアリマシタ。

右翼的浪人ニ知人ナキ。
村中孝次、磯部淺一、澁川善助ナドハ知ツテ居リマスガ他ニ知人ハアリマセン。

政治家ニ知人關係ナキヤ
アリマセン。
敎育家ニ知人關係如何。
アリマセン。
右翼人物ノ知己如何。
アリマセン。

事件ノ資金關係如何。
資金ノ出所ハ判リマセンガ、
二十六日ノ正午頃警視廳ニ於テ香田大尉カラ野中大尉ニ金百五十圓ヲ渡シ、
其レヲ受領シ 又 二十八日文部官邸ニテ磯部ヨリ金百圓受領シ、
之ヲ隊員ノ給養ニ使用シマシタガ 殘金九十圓餘ハ磯部ニ返シマシタ。
金ノ出所ニ就イテ尋ネタルコトアリヤ
出所ニ就イテ野中大尉カ香田大尉ニ訪ネタ処、天カラ降ツテ來タノダヨト云ハレマシタ。
被告ハ金錢出納係カ
金錢出納係ト云フ特ニ任務ハアリマセンガ、隊員ノ給養等ハ私ガヤツテ居リマシタ。

本件決行前ノ心境ト現在ノ心境トハ如何ニ相違アリヤ
事件決行前ノ心境ハ勿論良イト思フガ 決行後ノ今日ニ於テモ、良イト思ツテ居リマス。

本件ノ決行ハ陛下ノ御命令ニ基イテ行動シタモノト思フカ
吾々ノ行動ニ就イテハ陛下ノ御命令ハ御座イマセンガ、
吾々ノヤツタ行爲ハ後日 陛下カラ必ズヤ御嘉納下サルコトト、信ジテ居リマス。

奉勅命令ハ何時知ッタカ
二月二十九日午前十時頃 文相官邸前ニ於テ同期生藤吉誠之少尉 ( 近歩一 ) ヨリ、
奉勅命令ガ下ツタノダト聞カサレマシタ。

皇軍ノ本質竝ニ威信上ニ及ボシタル影響ノ認識ハ如何
奉勅命令ヲ知ツテカラハ皇軍ノ爲メ惡影響ヲ及ボシタト云フコトヲ深ク認識致シマシタ。

國内的又ハ國際的ニ及ボシタル影響
前項ニ於テ申上ゲタ事ト同様デアリマス。

皇軍ノ敬虔上ニ及ボシタル影響ノ認識如何
奉勅命令ガ下ツタト云フコトヲ知ラズニ其ノ御命令ニ反シテ居ツタト云フ行動ハ
誠ニ恐懼ニ堪ヘナイコトヲ深ク感銘シテ居リマス。
此ノ事ニ關シテ二十七日午後五時頃 陸相官邸ニテ將校十七、八名ガ阿部、眞崎、西大將ニ會見シ、
ソノ際 眞崎閣下ヨリ統帥命令ニ服從スルコト錦ノ御旗ニ對シテ絶對ニ敵シナイコトヲ強調セラレタガ、
其レニ對シ全員其ノ通リデアリマストオ答ヘシマシタ。

所属隊上官ヨリ解散又ハ原隊復歸ノ命令ヲ受領シ又ハ知得セザリシヤ。
別ニ斯ル命令ヲ受ケタコトハアリマセンガ、
伊集院少佐 ( 歩三大隊長 ) カラ、原隊ニ歸ラナイカト云ハレタケレドモ、吾々ハ
「 一師戒命第一號第一師團命令 」 ニ依リ小藤大佐ノ指揮下ニ在ルノニ、
大隊長ガ斯クノ如キヲ云フコトハ不思議ニ思ツテ居リマシタ。

一師戒命第一号第一師團命令トハ之レカ　( 證第一號ヲ示ス ) 
其レデアリマス。

・・・リンク→ 命令 「 本朝出動シアル部隊ハ戦時警備部隊トシテ警備に任ず 」 
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二十六日ニ決行シタ理由如何
ベツニ理由ナドハ知リマセン。

本事件ノ目標ニ就イテハ何時頃承知シタルヤ又其ノ後ノ役割如何
結構直前 二十四日午後三時頃第七中隊ノ將校室ニ於テ、野中大尉ト安藤大尉ガ會談、
野中大尉ノ目標ガ警視廳、安藤大尉ノ目標ガ鈴木侍從長。

其他ノ目標ニツイテハ如何。
二十五日午後三時頃第七中隊ノ將校室ニ於テ、鈴木、清原兩少尉ト共ニ、
野中大尉ヨリ全部ノ暗殺目標ヲ聞キマシタ。
坂井中尉ハ齋藤内府、歩一栗原中尉ハ岡田首相、近歩三中橋中尉ハ高橋蔵相、
西園寺公ハ豊橋ノ某ガ當タルコトニナツテ居ルコトヲ聞キマシタ。
又 牧野前内府モ暗殺スル計畫ナルモ誰レカ知リマセンデシタ。

徒党結盟ヲナスコトヲ承知シタル時期如何。
徒党結盟ノ企圖ヲ承知シタル時期ハ
二月二十四日午後三時頃第七中隊ノ將校室ニ於テ、
安藤、野中大尉ガ事件決行ノ打合セ協議ヲシテ居ツタ時ニ、
吾々ハ結盟シテヤルノダト云フコトヲ承知シマシタ。

其レ以前ニ承知シアリタル事實ナキヤ
其レ以前ニヤラナケレバナラヌコトハ考ヘテ居リマシタガ、
具體的ノ時期方法等ニ就イテハ何モ考ヘテ居リマセンデシタ。

事件ニ對スル被告ノ地位竝ニ役割ハ如何。
特別ノ任務トシテハ何モナイコトハ前ニモ申上ゲマシタガ、
第七中隊第一小隊トシテ警視廳占領ノ任務ニ服シ、其後引續キ中隊長ト共ニ行動スル様ニ命ゼラレマシタ。
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事件決行間ノ任務ノ概要ヲ述ベヨ
警視廳占領ハ、主トシテ中隊長野中大尉ノ命ニ依リ附近ノ警備ニ任ジテ居ツタガ、
二十七日午後二時頃
中隊長ノ命ニ依リ議事堂ニ集合スル爲警視廳ヲ出發、
途中ニ於テ師團命令ヲ受クルト同時ニ、モウ一度警視廳ニ歸レト云フ命令ヲ受ケテ、警視廳ニ歸リマシタ。
午後四時頃、
再ビ議事堂ニ集合セヨトノ事デ、
前回ニハ清原、鈴木兩少尉及機關銃隊ト一緒ニ行キマシタガ、
今度ハ自分 ( 常盤少尉 ) ノ一個小隊丈引率シテ行キマシタ。
午後五時頃、
陸軍大臣官邸ニ將校集レト云ハレ、
十七、八名集合シ、
眞崎、西、阿部ノ三大將ト會見シタ後、
山口大尉ヨリ宿營地ノ配當ヲ受ケ、
野中部隊 ( 第三、第七、第十機關銃隊 ) ハ　蔵相、文相、鐡相各官邸ノ配當ヲ受ケ、
私 ( 常盤少尉 ) ハ當時不在ナリシ清原ニ傳達シ、
清原ノ部隊ト共ニ官邸ニ向ヒ、清原ハ蔵相官邸ニ、常盤ハ文相官邸ニ入リ、
爾來二十九日午前二時頃迄其処ニ居リマシタ。

二十九日午前二時以降ノ行動如何。
午前二時頃、
對馬中尉ヨリ周囲ノ部隊ガ攻撃スルカモ知レヌト聞キ、
中隊長ノ命ヲ受ケ、文相官邸ノ西側地區ノ警戒ニ任じマシタ。
其後、奉勅命令降下ノコトヲ知リ、下士官以下ハ全部聯隊ニ歸還セシメ、
野中大尉以下将校三名ハ陸相官邸ニ集結シ、
爾後ハ大御心ニ副ヒ奉ル行動ヲ採ル決心ヲ致シマシタ処、
午後五時頃、
某大佐參謀、某少佐參謀、官邸ニ來リ
「 君等ハ自首シタノカ 」 ト 云ハレマシタカラ
「 自首シタ 」 旨ヲ答ヘ終ルト、
同時ニ憲兵ガ這入ツテ來テ保護檢束ヲ加ヘラレ、
午後六時頃、
陸軍衛戍刑務所ニ収容セラレマシタ。
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將來ニ對スル覺悟トシテ何カ考ヘテイルカ
大御心ニ從ツテ行動スルヨリ外ニ何等ノ考ヘモ持ツテ居リマセン。

鈴木少尉ノ申立ニヨレバ、常盤少尉ハ二十八日午後十時頃 酒肴ノ準備シタト云フガ事實カ
事實デアリマス。
何々ヲ準備シタカ
酒肴竝菓子類ヲ約六十圓程赤坂見附ニ於テ調達シテ持ツテ歸り將卒ニ与ヘマシタ。

本件ニ附陳述スベキコトアリヤ
奉勅命令ニ違反シタルコトハ返スガエスモ恐懼ニ堪ヘナイコトト思ツテ居リマスガ、
他ニ申上グルコトハアリマセン。

常盤 稔
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月一日
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  助川勝吉
筆記者  陸軍憲兵曹長  内山袈娑安

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

鈴木金次郎少尉の四日間

鈴木金次郎
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  鈴木金次郎
右ノ者ニ對スル 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月一日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ鈴木金次郎
年齢ハ二十三年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称茨城県平民
本籍地ハ茨城県親治郡関川村井関二十五番地
出生地ハ本籍地ト同ジ
住所ハ欠
職業ハ元軍人デアリマシタガ、現在ハ無職デアリマス
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
位記ハ正八位、其他ハアリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
受ケタコトハアリマセン
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二 ・二六事件

本職ハ叛亂事件ニ附訊問スベキ旨告ゲタリ
二月二十六日事件ノ經過ヲ述ベヨ
二月二十五日 午後十時か十一時頃、
第七中隊長野中大尉ガ第七中隊班長ト第十中隊ノ各班長ニ本事件ノ内容ヲ示達シ置キ、
二月二十六日午前零時三十分ニ各班長自ラ兵ヲ起床セシメ、事件決行ノ内容ヲ傳エタノデアリマス。
夫レカラ各班長ガ各兵ニ兵器弾薬ヲ分配シマシタ。
全部 ( 営庭 ) 集合シタノハ二月二十六日午前四時十分頃デアリマシタ。
午前四時二十五分頃、歩兵三聯隊を出發シマシテ、
歩兵第一聯隊の裏門ヲ同聯隊ノ栗原中尉ニ案内サレテ、
麻布区三河台町、赤坂区氷川町、福吉町溜池ヲ通リ、
市電電車路ニ沿フテ警視廳ニ到着シマシタガ、
ソノ行軍ノ序列ハ第七中隊ガ先頭デ、機関銃(八挺)、第十中隊、第三中隊、
夫レデ此機関銃ハ三中隊ニ各一銃宛ヲ配当、警視廳ニ向ヒ
次ノ通り配置シマシタ。
 ← 別紙第一
  ↓ 別紙第一を基に 作製したもの

警視廳ノ玄關ニ在リタル第七中隊ノ常盤少尉ノ指揮スル小隊ガ、警視廳ノ中ニ這入リ、各通信機關ヲ遮斷シマシタ。
警視廳ノ裏庭ニ主力ヲ引キツレテ居ルタル野中大尉ガ、
警視廳ノ幹部二名ヲ裏庭ノ主力ノ位置ニ伴ヒ出シテ、
一時此ノ警視廳ヲ引受ケルカラト告ゲ、
澤山ノ負傷者ヲ出シテハ御互ノ爲ニナランカラ、
武力行爲ハ避ケテ庁舎ト電話ヲ吾々ノ専用ニシテ呉レト交渉シマシタ処、
暫ク躊躇シテ居リマシタガ、軍隊ノ事デアルカラ承知シマシタト云ヒマシタ。
夫レデ部隊ノ主力ヲ警視廳ノ中庭ニ集結シテ、
一部ノ兵力ヲ以テ庁舎内電話室ノ警戒 及 屋上ニ陸軍省ト聯絡ノ爲少數ノ通信兵ヲ配置、
更ニ一部ノ兵力ヲ以テ凱旋道路 及 海軍省前附近ノ道路ヲ遮斷シマシタ。
  

同日午前六時頃、
野中大尉ヨリ私ガ内務大臣官邸ノ占領ヲ命ゼラレ、
第十中隊ノ二ケ小隊ヲ指揮シテ官邸ニ行キマシタガ、容易ニ官邸ヲ占領スルコトヲ得タル爲、
兵力ノ多過ギル事ヲ知リ、一ケ小隊ヲ殘置、鈴木少尉ハ警視廳ニ引揚ゲマシタ。
二十六日午後六時頃、
第一師團ノ命令デ戰時警備下令ノ事ヲ達セラレ、
二十七日ノ午前八時カ九時頃迄警視廳ニ居リマシタ。

二月二十七日 午前九時頃、
野中大尉カラ帝國議會議事堂ニ集合ヲ命ゼラレ、警視廳ヲ引揚ゲ、議事堂ニ集合シマシタケレ共、
野中大尉リ警視廳ニ歸レトノ命ニヨリ、午後二時頃警視廳ニ戻リマシタ。
再ビ議事堂ニ集合セヨトノ命令ヲ、二十七日午後四時頃野中大尉ヨリ達セラレ、
同日午後四時過ギニ該議事堂ノ中ニ集結シマシタ。
午後四時三十分頃、將校丈ケ陸軍大臣官邸ニ集合ヲ命ゼラレテ集結シマシタガ、
其時、歩兵第一聯隊第一中隊長山口大尉ヨリ宿舎命令ヲ達セラレマシタ。
其宿營地區ハ鐡道大臣官邸ニ定メラレ、鈴木少尉ハ文部大臣官邸ニ宿營スルコトトナリ、
夕食後何モセズ寝テシマイマシタ。

二十八日 午前九時頃、
誰ノ命令カ判リマセンガ陸軍大臣官邸ニ集マレト言ハレ、
鈴木少尉ハ一人デ歩イテ行キマシタガ、
途中デ某曹長ノ乗ツテ居ル自動車ニ乗ツテ行キナサイト云ハレマシタカラ、
ソノ自動車ニ乗ツテ陸軍大臣官邸ニ來マシタ。
其ノ時、野中大尉、香田大尉、山口一太郎大尉、對馬中尉、清原少尉、
村中孝次其他數名居リマシタガ、氏名ハ記憶シテ居リマセン。
約二十分位ノ後ニ、
安藤大尉カラ將校ハ幸楽ニ集レト言ハレテ
鈴木少尉ハ村中、對馬ト自動車デ幸楽ニ行キマシタ処、
安藤大尉ハ悲壮ノ顔色ヲ以テ　部隊ヲ離レテハイカン　ト叱責セラレマシタカラ、
夫レナレバ歸リマスト云フテ村中孝次ノ自動車便乗サセテ貰ヒ、文部大臣官邸ニ戻リマシタ。

二十八日 午後二時頃、
清原少尉ガ來テ、外ハ大變面白イカラ巡察シテ來タラドウダト言ハレ、
下士官二、兵一ヲ聯レテ溜池ヨリ自動車 ( 圓タク ) デ電車線路ヲ沿ヒ、警視廳 參謀本部前、
永田町通リを赤坂見附ニ出テ左ニ電車線路ニ沿ヒ幸楽ニ立寄リ、
二、三分シテ自動車デ文部大臣官邸ニ歸リマシタ。
同日午後十時頃、
常盤少尉ガ酒肴ヲ準備シテ持ツテ來マシタカラ、ソノ酒肴ヲ飲食シテカラ二階ニ上リ眠ル
 ←別紙第二
↓ 別紙第二を基に 作製したもの

二十九日
午前二時三十分頃マデ寝テシマイマシタガ、
夫レカラ起キタ処、班長ノ井沢軍曹ガ來テ、
只今　近衛ノ聯隊ガ吾々ヲ攻撃スルト云フ事を告ゲマシタケレドモ、
吾々ハ命令ニ依ツテ警備配置ニツイテ居ルヲ以テ、別紙第二ノ様ナ配置ニ就イタノデアリマス。
処ガ二十九日 午前五時頃、
ラヂオヲ以テ奉勅命令ヲ放送サレ、夫レヲ承知シマシタ。

奉勅命令ハ絶對ノモノナルガ故ニ、
爾後ノ行動ニ附テハ中隊長野中大尉ノ命ヲ待ツコトト、同中隊長ニ聯絡ヲトリマシタガ
中隊長ハ行先ガ判明シナカツタタメ、鈴木少尉ハ無抵抗ノ決心ヲシテ部隊ヲ
文部大臣官邸ニ集結シテ置キマシタ。
二十九日午前七時乃至八時頃、
戰車ニ某少佐、大尉兩參謀ガ乗ツテ來テ、
下士官兵ヲ所属部隊ニ歸セト言ハレマシタトテ、
先ヅ中隊長野中大尉ヲ探シマシタガ 行先ガ判明シマセンノデ、
議事堂ニ兵ヲ集結シテ中隊長ノ命ヲ待ツ考ヘデシタ所ヘ、歩兵第三聯隊第十中隊ノ新井中尉ガ來テ、
内容ヲ良ク存ジマセンガ何カ訓示ヲシタ様デアリマシタ。
其時、鈴木少尉ハ參謀カラ盛ンニ追及セラレマシタノデ、
自ラ議事堂ノ方ヘ行ツテ見テ來ルカラ待ツテ居ツテ下サイト云フテ議事堂ニ行キマシタ。
議事堂ニハ、村中、野中中隊長、對馬、竹嶌兩中尉ガ居リマシタカラ、
鈴木少尉ハ中隊長野中大尉ニ情況ヲ報告シタ処ガ、
然ラバ兵隊ヲ歸シテ、
吾々將校ハ自決ヲシヤウト云フ事ヲ協議シテ文部大臣官邸ニ歸リマシタ。

二十九日午前九時頃、
歩兵少佐ノ某參謀カラ將校ハ首相官邸ニ集レト言ハレマシタカラ、
途中議事堂ヘ立寄リ、
野中大尉、常盤少尉及鈴木少尉ノ三人デ首相官邸ニ行キマシタ処ガ、
其時ハ既ニ戰闘狀態ニナツテ居ツタ爲、陸軍大臣官邸ノ方へ行キマシタ。
官邸ニ居リマシタ坂井中尉、高橋少尉、麥屋少尉、清原少尉等ガ遺書ヲ認メテ自決スル覺悟ヲシテ居リマシタガ、
清原曰く
「 今自決シタナラバ吾々ノ精神ヲ傳フル者ガナクナツテシマウカラ、出来ル丈生存スルコトヲ 」
主張サレタ爲ニ、自決ノ決心ヲシタガ清原ノ意見ニ左右サレテ思ヒ止マリマシタ。
二十九日昼食後、拳銃 ( 彈丸共 ) ヲ憲兵ニ渡シテ、
疲レテ居リマシタカラ
陸相官邸ニ午後四時頃マデ寝テシマイマシタ。

午後四時頃、某歩兵大佐さん謀、某砲兵少佐參謀來室
「 君等ハ自首シタノカ 」
ト 言ハレマシタカラ、
自首シタ旨ヲ答ヘタ処、
然ラバ 直ニ檢擧ダト云フヨリ早ク憲兵ガ這入ツテ來テ、
鈴木外十一名ハ其場デ逮捕サレ、
午後六時頃、衛戍刑務所ニ収容サレマシタ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本事件ノ目的如何
自分トシテ何モ考ヘテ居リマセンデシタ。野中大尉カラ事件ノ決行ノ目的ヲ話サレテ承知シマシタ。

本事件ノ遠因 及 近因 如何
原因ニ就テ申シマスレバ 現在ノ腐敗シタル社會相 ( 例ヘバ國體明徴問題ﾉ如キ ) ヲ、
我國本來ノ國體ニ戻スコトガ最モ必要デアルト言フコトヲ痛感シ
更ニ最近歩兵第三聯隊前ノ フランス料理店 竜土軒ニ於テ、
相澤中佐公判ノ發表會ヲ二月四日を第一回トシ、
村中、磯部、澁川等ガ傍聴シタ狀況ヲ、日時ヲ記憶シテ居リマセンガ、爾後三回同処ニ於テ開催致シマシタ。
集合シタ者ハ 第一回 野中大尉、安藤大尉、香田大尉、新井中尉、中橋中尉、栗原中尉、
高橋少尉、林少尉、池田少尉、伊藤 ( 常男 ) 少尉、清原少尉、鈴木少尉 外 二、三名
集マリマシタガ克ク記憶ハシテ居リマセン。
第二回ノ集合ニハ私ガ集合致シマセンデシタカラ存ジマセン。
第三回モ大體第一回ト同ジ様でアリマシタ。
歩兵第三聯隊第十中隊長代理 新井中尉ヨリ勧誘サレテ集合シタノデアリマスガ、
相澤中佐ノ精神ガ非常ニ立派ナ爲ニ、
之レヲ聴ケバ兵ノ精神敎育上大イニ役立ツモノト考ヘタノデアリマス。
公判ノ狀況ヲ聽ク度ニ相澤中佐ノ心境、
特ニ尊皇絶對ノ精神ガ眞ニ皇國軍人ノ到達スベキ心境デアルト感ジマシタ。
然ラバ 此ノ精神カラ出タ行爲モ亦美シイモノデアルト言フコトヲ信ジマシタ。
又 相澤中佐ノ言ハレル此ノ擧ニ出デタ原因動機ガ
現下ノ腐敗セル功利的ナ社會相 及 統帥權干犯問題デアリトスルナラバ、
現在ノ社會ヘ導イテ居ル責任者 所謂重臣ニアルト言フ事ヲ感ジタノデアリマス。
而シテ之等ノ元兇ヲ正義ノ刃ニ依ツテ除キ
之レニ依ツテ大義ヲ明ニシ 人心ヲ正シクスルコトガ必要デアルト感ジマシタガ、
其ノ方法手段ニ就イテハ考ヘテ居リマセンデシタ。

本件ノ動機如何
直接ノ動機トシテハ、
二月二十二日 週番勤務ニ就きマシテ、申告ノ爲ニ週番指令安藤大尉ノ下ニ行キマシタ。
其ノ時 「 貴様ハヤット部下ニナッタ 」 ト 言ハレマシタ。
同日 清原少尉ト共ニ安藤大尉ノ処ニ遊ビニ行キマシタ時ニ
「 今週中ニヤル。俺ノ命令デ出スカラ腹ヲ決メテ置ケ 」
ト 言ヒマシタノデ私ハ
「 週番指令ニ其ノ様ナ命令ヲ出ス權限ガアリマスカ 」
ト 問ヒマシタ処ガ
「 非常ノ場合ダカラ大イニアル 」
ト 言ハレマシタ。
其ノ時私ハ 本當ニ決行スルヤ否ヤ非常ニ疑問ニ思ツテ居リマシタ。
其ノ時私ハ 決行スル丈ノ信念ハ持ツテ居リマセンデシタガ、命令ナラバ致方ナイト思ヒマシタ。
安藤大尉ハ
「 何 大シタ事ハナイ、鼻唄ヲ唱ヒナガラ出來ルコトナノダ。萬ガ一間違ツタラ俺ガ全責任ヲ負フ 」
ト 言ハレマシタノデ、私ハ演習ヤル位ヒノ氣持チデ居リマシタ。
・
二月二十五日 射撃ノ爲メ大久保射撃場ニ行ツテ居リマシタガ、
午前十一時頃安藤大尉ノ傳令ガ 「 要件アルニ附 至急聯隊ニ來ラレ度シ 」
ト 書イタ名刺ヲ持ツテ來マシタノデ、直チニ聯隊ニ歸ツテ安藤大尉ノ下ニ行キマシタ。
其ノ時 「 野中大尉ノ下ニ到リ指示ヲ受クベシ 」 ト 言ハレマシタノデ、野中大尉ノ下ニ行キマシタ。
其ノ処デ野中大尉ヨリ實際計畫ニ基ク決行ノ命ヲ受ケ 尚 班長ヲ午後集合スル様ニト言ハレマシタ。
同日午後二時頃射撃場ニ歸リ射撃ノ監視ヲシテ居リマシタ。
同日夜夜間演習ノ豫定デアリマシタガ、
之ヲ取リ止メテ 午後五時頃、部隊ハ上等兵ノ引率ヲ以テ歸營ヲ命ジマシタ。
私ハ斯クナツテハ 或ハ 最後カモ知レナイト思ヒマシタノデ、班長全員ト新宿ノ某食堂 其他デ晩餐ヲ共ニシ、
午後八時頃 所属隊ニ歸營シマシタ。
同日午後十時頃、第七中隊長 野中大尉ノ下ニ第十中隊ノ各班長ヲ聯レテ行キ、
決行ニ關スル細部ノ計畫ヲ傳達サレマシタ。
之等ガ直接ノ動機デアリマス。
間接ノ動機ハ近因トシテ申述ベタ通リデアリマス。

現役軍人 竝 右翼團体 ( 浪人 ) 等ノ關係ハ如何
前述ノ他 アリマセン。

政治家方面トノ關係ハ如何
政治家方面トノ聯絡關係ハアリマセン。
敎育家方面トノ聯絡關係ハ如何
アリマセン。
左翼思想方面トノ聯絡關係ハ如何
アリマセン。

本事件ニ關シ、運動等ヲ爲シタルコトアリヤ
前述ノ通リ 安藤大尉、野中大尉ノ命を部下 下士官兵ニ傳達シタル外、
運動トシテ特ニ爲シタルコトハアリマセン。
只 二月二十三日に安藤大尉ヨリ印刷物 「 大眼目 」 ヲ貰ヒマシテ、
其ノ内容ニ相澤中佐ノ公判ニ關スル事項ガ掲載サレテ居リマシタカラ、
「 相澤中佐ノ尊皇絶對ノ精神 」 ニ就テ 第十中隊ノ下士官兵ニ一回ノ精神敎育ヲシタコトガアリマス。
下士官ニ相澤中佐ノ公判ニ關スル事項ニ就イテハ 前後二回程 第十中隊ノ下士官室ニ於テ話シタコトガアリマス。

本事件ニ關スル資金ニ就イテハ如何。
本事件ノ金錢關係ハ常盤少尉ガ担任シテオリマシタノデ、私ハ金錢出納ニ關シテハ部内外ヲ通シテアリマセン。

皇軍ノ本質 竝 威信上ニ及ボシタル影響ノ認識ハ如何。
後日訂正スルカモ判リマセンガ、現在私ガ考ヘテ居ル事ハ、
我國ノ軍隊ハ天皇御親率デアリマシテ、其ノ司々ヲ吾々臣下ニ委ネ給フモノデアリマス。
若シ吾々ニシテ皇軍ヲ私兵化セントスルガ如キハ誠ニ畏レ多キ極ミデ、
漸次私兵化ノ傾嚮ナキニシモ非ラザルハ、痛憤ニ堪ヘザル処デアリマス。
皇軍相撃ツガ如キハ斷ジテ許スベカラザル事ナリ。
若シ本事件ニ於テ世人之を皇軍相撃チシモノト稱スルモノアラバ
絶對ニ然ラザルモノヲ明ニスル必要ガアリマス。
本事件ヲ對外的ニ見レバ或ハ皇軍ノ結束破レ正ニ乗ズベキモノ好機ナルヲ
感ゼシムルコトアルカモ知レマセンガ、
皇軍ハ之レニ依ツテ建軍ノ本義ヲ明ニシ、益々團結鞏固ニスルコトガ出來タト信ジマス。

各大臣邸ノ見取圖ヲ他ノ將校カラ貰ツタ事ハナイカ
左様ナコトハアリマセン。

第十中隊ノ彈薬ハ誰ガ分配シタカ
彈薬係ノ下士官 伊高 ( 花吉 ) 軍曹ガ分配致シマシタ。

彈薬庫ヨリ出シタ者ハ誰レカ
第一中隊ノ新 軍曹ハ彈薬係ノ出納者ニナツテ居リマスカラ
本人ノ獨斷行爲カ 又ハ週番指令ノ命令カハ 克ク存ジマセンガ、
私ノ中隊ノ兵器係 伊高軍曹ハ新 軍曹ガ弾薬庫ヲ開ケタト云ツテ居リマシタ。

現在ノ心境如何
御上ニ對シ 御宸襟ヲ悩マシ奉リ何トモ申譯ケガナイト考ヘテ居リマス。
唯 正義ノ刃ニ依ツテ國家ノ蠧毒タル元兇ヲ斃シタコトニ依ツテ國民ガ眞ニ國體精神ニ醒メテ呉レレバ、
死シテ猶瞑スベキデアルト信ジマス。

將來ニ對スル覺悟ハ如何
御上ニ對シ奉リゴ御宸襟ヲ悩マシ奉リタルコトハ何トモ申譯ケアリマセンガ、
出來ル丈ケ生存シテ私共ノ精神ヲ一般國民ニ傳ヘテ昭和維新ニ翼賛シ奉ル覺悟デアリマス。

本事件ニ對スル被告ノ地位 竝 役割ハ如何。
二十六日午前四時二十五分頃、第十中隊ノ下士官兵百四十二名ヲ指揮シ、
他ノ部隊ト一緒ニ警視廳ニ行キマシタガ別ニ中隊長トカ小隊長ト云フ様ナ關係デハアリマセン。
又 本事件ニ關シ役割トシテ特別ニ命ゼラレタモノモアリマセン。
第七中隊長野中大尉ヨリハ事件當初ヨリ指揮サレテ居リマセンデシタガ、
任務ハ其ノ時ニ應ジテ野中大尉ヨリ命ゼラレテ居リマシタ。

本件ニツキ他ニ陳述スベキコトアリヤ
前ニ述ベタ内容中 時間的ニ喰ヒ違ヒハアルカモ知レマセン。
又 事件決行當時ノ心境 竝 現在ニ於ケル心境ハ精神ニ於テハ良イト信ジテ居リマスガ、
兵ヲ動カシタト云フ點ニ就イテハ非常ニ申譯ナイト思ツテ居リマス。

鈴木金次郎
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月一日
本所憲兵分隊
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  助川勝吉
筆記者  陸軍憲兵曹長  内山袈娑安

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

清原康平少尉の四日間

清原康平
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  清原康平
右ノ者ニタイスル　叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、浅草憲兵分遺隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ清原康平
年齢ハ二十三年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ熊本県平民
本籍地ハ熊本県宇土郡三角町字三角裏九二六番地
出生地は本籍地と同じ
住所ハ東京市杉並區西高井戸一〇〇〇番地湯川八重方
職業ハアリマセン
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
位記ハ正八位ヲ拝受シテ居ルノミニテ年金、恩給等ハアリマセン
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
受ケタコトハアリマセン
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二 ・二六事件

事件ニ關係セシ顚末ヲ述ベヨ
二月二十五日午後八時頃、
當時週番司令トナリシ安藤大尉 ( 第六中隊長 )　カラ、
私ニ直グ來ルヤウニ傳令ガアリマシタカラ週番司令室ニ行キマスト、
安藤大尉ハ、
明朝、愈々、昭和維新ヲ斷行スルカラ第三中隊モ出ロ、
ソシテ今夜十二時ヲ期シ非常呼集ヲヤルカラ次ノ服装携帯品ニ附イテ準備シテ置ケ。
服装、軍服ハ第三装甲ヲ着用、外套ニ肩章ヲ附スベシ。
軍帽ハ良キモノヲ着用スベシ。
携行品ハ、　戰帽、白帯、防毒面、三脚架、拳銃、鐡鉢、條鐡、手旗、兵器手ハ倶乾麵麭、
米、輕機關銃、實包、銃身、水筒、雑嚢、飯盒、衛生材料、
特ニ看護兵ヲ随行スベシ。
維新斷行ニ就キマシテ内命ヲ受ケマシタ。
ソレデ休養シテ居ルト、
二十六日午前零時頃、
週番司令ノ傳令ガ來テ非常呼集ノ命令ヲ受ケマシタ。
私ハ直ニ週番司令室ニ命令受領ニ行キマスト、
安藤大尉ハ、
午前四時二十五分、野中大尉 ( 第七中隊長 ) ノ指揮ヲ以テ出發、警視廳ニ向フベシ。
突入時刻ハ午前五時三十分ノ豫定。
之レガ爲速ニ彈薬受領者ヲ彈薬庫ニ差出スベシ。
ト 命令ヲ受ケ、
中隊ニ歸リ、下士官ヲ週番士官室ニ集合ヲ命ジマシタ処、
藤倉軍曹、山本軍曹、神田軍曹、野村伍長、宍倉伍長、関根伍長、小座間伍長、
平佐伍長、村上伍長、山崎伍長ノ十名ガ集合シマシタ。
渡辺曹長ハ風邪ノ爲 集合シマセン。
其処デ安藤大尉ヨリノ命令ヲ傳達シ 尚 昭和維新斷行スベキ旨附言シ、
兵器係下士官ヲシテ彈薬ヲ受領セシメマシタ。
彈薬受領後私ハ中隊全員ノ非常呼集ヲ實施シ
各内務班長ヲシテ下士官以下ニ一人宛六十發ノ彈丸ヲ交附シ、
何分ノ命アル迄各班内ニ於テ休養ヲセシメ、私ハ指揮官 野中大尉ノ下ニ命令受領ニ參リマシタ処、
第三中隊 ( 機關銃隊一分隊ヲ分属 ) 約百六十五名ハ、第七中隊發進ト共ニ舎前ヲ出發、
部隊ハ 第七、第十、第三中隊 ( 機關銃ハ各中隊分属 ) ノ行軍順序ヲ以テ營門ヲ出發スベシ。
本日ノ合言葉ハ 「 尊皇討奸 」 標語ハ 「 大内山ニ光サス暗雲ナシ 」 ヲ部下ニ傳達スベシ。
以上ノ命令ヲ受ケマシタノデ、私ハ直チニ中隊ニ歸リ下士官以下ヲ中央部廊下ニ集メ
【 只今ヨリ昭和維新ヲ斷行スル
第三中隊ハ清原少尉以下 野中大尉ノ指揮ヲ以テ警視廳ヲ占領ス
本日ノ合言葉ハ「 尊皇討奸 」 標語ハ 「 大内山ニ光サス暗雲ナシ 」 ト下命シ、
下士官以下ヲシテ復唱セシム　】
其ノ後 暫時休養ノ後、
午前四時頃全員 ( 第三中隊ハ清原少尉以下百五十五名、機關銃一ｹ分隊ハ分隊長 「 伍勤上等兵 」
以下約十名 ) 舎前ニ整列シ、先頭中隊デアル第七中隊ノ發進ヲ待ツテ、
午前四時二十五分頃營門ヲ出發シマシタ。
行軍途中 野中大尉ハ歩一裏門ノ処ニテ聯絡ノ爲 歩一ニ赴キマシタノデ、
約十分計リ 其儘ノ隊形デ同所ニ休憩後、交番ノ無キ処ヲ選ンデ第一師團長官舎裏ヲ經テ、
溜池、虎ノ門 ( 立番巡査ハ居眠シアリ )、警視廳ニ到着シマシタ。
午前五時過ギ頃、警視廳ニ到着スルニ先立チ、
別紙要圖ノ如ク配備ヲ命ゼラレマシタ。
 ← 別紙要圖
 ↓ 別紙等を基に作製したもの

私ハ輕機一ケ分隊、機關銃一ケ分隊 ( 兵力二十 ) ヲ以テ
警視廳ト内務省トノ間ノ通用門ニ向ツテ司法省表面附近ヨリ射撃準備ヲ命ジ、
殘餘ノ第三中隊主力ヲ以テ警視廳正門前ヲ通リ、
同庁西北ノ破壊セル板塀ノ個所ヨリ警視廳裏庭ニ歩三ノ各部隊ト共ニ待機シマシタ。
稍暫ラクシテ、野中大尉ガ警視廳ト折衝ノ結果、同廳ノ明渡シヲ受ケ、
私ハ第三中隊ノ一部 ( 約四十名 ) ヲ以テ ( 輕機關銃二ケ分、小銃二ケ分隊 )
警視廳屋上ヲ占領スベキ命ヲ受ケ、直ニ占領シマシタ。・・・＜ 註 1 ＞
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＜ 註 1 ＞
「 本庄侍従武官長が天皇に上奏して
その御内意をうけたらそれを侍従武官府を通して中橋中尉に連絡する。
わが歩兵第3連隊が堂々と宮城に入り昭和維新を完成する。
これがあらかじめ組んだプログラムですよ 」
「宮城に入った赴援部隊が実弾をもたなかったというのもそれです。」
「 ・・・・所が陛下に叱られて本庄さんが動けなくなった。
陸相や真崎さんは、待てど暮らせど本庄さんから連絡がないから、自分の方から動けない 」
「 昭和天皇の怒りが全ての計画をホゴにしたことはあきらかです 」
・
「 私は宮城の中で点滅するはずの信号を、いまかいまかと待っていた。
その信号こそ、中橋中尉による宮城占拠の成功を知らせるものだった。
信号があり次第、安藤大尉が兵を率いて宮城に入り、昭和維新はそのとき成るはずだった 」
午前六時半を過ぎ、あたりはすっかり明るくなった。
私は部下に適宜朝食をとるようにいって 警視庁の階段を降りた。
降りながら蹶起は明治維新の蛤御門の戦に終るのではないか、という気がして肩から力が抜けて行くのを覚えた。
地上に降りて野中大尉を探すと、大尉は東口階段にドカッと腰掛けていた。
私は敬礼し、
「 宮城よりの連絡はありません 」
と 報告すると、
「 ウーム 」
と 言ったきり天を仰いだ。
・・清原康平 文藝春秋 1986年3月号掲載、『 生き残りの決起将校の全員集合の座談会 』
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第三中隊ノ主力ハ、山本軍曹ノ指揮ヲ以テ野中大尉ノ指揮下ニアリマシテ、
午前六時頃、
携帯口糧 ( 乾麵麭一食分 ) デ朝食ヲ爲シ、
警戒ニ任ジ、

正午ニ至リ
歩三ヨリ石井一等主計、原山二等主計等ノ運搬シ來レル　( 聯隊長命令ニ依ル )
昼食ヲ各自警戒ニ就キタル儘 了リ
私ガ屋上ノ警備ヲ藤倉軍曹ニ命ジ、裏庭ニ下リ、其後ハ何事モ無ク、
夕食ハ原隊ヨリ給与ヲ受け、其夜ハ中隊主力ト共ニ警視廳機關庫内ニ宿泊セリ。

(二十七日)
午前十時三十分
野中大尉ヨリ 「 宿營休養ノ目的ヲ以テ 華族會館ヲ偵察セヨ 」
トノ 命令ヲ受ケマシタノデ、私ハ一個小隊を率イ華族會館ニ至リマシタ。
主任者ニ聯絡ノ結果、約三百名ノ宿營能力アルコトヲ知リ、
野中大尉ノ命令ニ依リ中隊主力ヲ招致シテ中ニイレマシタ。
當時ノ華族會館ニハ、華族約三十名一室ニ居リマシタガ、
私ノ一存デ之レラノ人ヲ外ヘ出スコトヲ躊躇シ、自ラ首相官邸ニ赴キ栗原中尉ノ指示ヲ受ケマシタ。
スルト栗原中尉ハ、直グ華族会館ニ來リ、
彼等ニ蹶起趣意書ヲ朗讀シタル上退去ヲ許シマシタノデ、
私ハ兵ガ危害ヲ及ボス事ヲ虞レ、三、四名宛逐次ニ退去セシメマシタ。

二十七日午後六時三十分頃、中隊長森田大尉ガ來マシタノデ、
私ハ
「 中隊長ノ指揮下ニ入レテ戴キタイ　」
ト 申シマスト、
常盤少尉ハ
「 我等ハ小藤大佐ノ指揮ニアルカラソレハイカヌ 」
ト 述ベマシタ。

午後七時頃ニ至リ、
小藤大佐命令ニナリトテ蔵相官邸ニ引揚ゲヲ命ゼラレマシタノデ、
午後七時半頃
華族会館ヲ出テ蔵相官邸ニ入リマシタ。

(二十八日)
正午頃、
野中大尉來リ、將校ニ陸相官邸集合ヲ命ゼラレマシタノデ直グ參リマスト、
磯部等一見在郷將校ラシキ者集合シテ居リマシテ、何トナク自決ノ氣配ヲ感ジマシタノデ、
我等ノ行爲ガ完全ニ之等ノ人物ニ依リ利用セラレテ居ル事ヲ悟リ、
其処ヲ脱出シ、
幸楽ニ居ル安藤大尉ノ下ニ到リ、自己ノ所信ヲ開陳シ、蔵相官邸ニ歸リマシタ。
當夜ハ三宅坂ノ警備ニ附キマシタ。

二十八日夜、中隊長ヨリ私ニ電話デ、
「 俺ノ中隊ヘ歸レ 」
トノ 電話ガアリマシタガ、
前述ノ事ガアリマスノデ私ハ常盤少尉カラ聞イタ通リ申シマシタ。

(二十九日)
午前五時頃、
赤坂方面ヨリ　「 ラヂオ 」 ノ放送ヲ聞キ、初メテ奉勅命令ノ下リシ事ヲ知リマシタ。
次デ赤坂見附方面偵察ノ爲參リマスト、
四十九聯隊ノ大隊長ガ奉勅命令ガ下ツタカラ早ク歸レト云ハレマシタノデ、
中隊ノ兵ヲ集メ營門迄歸リマシタ。
スルト憲兵曹長來リ、
將校ハ陸相官邸ニ集合セヨト云ハレマシタノデ直グ參リマシタ。
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陸相官邸ニ於ケル状況ヲ述ベヨ
最初自決する考エデアリマシタガ、同志に諫められ大御心の儘ニナロート決心シタノデアリマシタ。

事件中所属上官ヨリ解散 或ハ 所属隊復歸ノ命令ヲ受領シ 或ハ知得セシ狀況ヲ述ベヨ
二十七日 午後六時三十分頃、中隊長森田大尉ガ來マシタノデ 私ハ
「 中隊長ノ指揮下ニ入レテ戴キ度イ 」
ト 申シマスト、常盤少尉ハ
「 我等ハ小藤大佐ノ指揮下ニアルカラ　ソレハイカヌ 」
ト 述ベマシタ。
尚 二十八日夜、中隊長ヨリ私ニ電話デ
「 俺ノ中隊ニ歸レ 」
トノ 電話ガアリマシタガ、前述ノ事ガアリマスノデ私ハ 常盤少尉カラ聞イタ通リ申シマシタ。

本計畫ニ對シ、被告ハ襲撃乃至準備ヲ爲シタルヤ 又 被告ノ地位 竝 役割ハ如何
全部 野中大尉 竝 安藤大尉ノ區署命令ヲ受ケテ行動シマシタ。
從ツテ第三中隊長トシテ行動シマシタガ、私ノ獨斷デ行動シタ事ハ歸順ノ時以外ハアリマセン。

本事件ニ參加ノ目的ハ如何。
財政權ノ奉還、統帥權ノ確立、天皇機關説排撃ノ爲デアリマス。

ソウ云フ思想ハ何時頃カラ抱持シタカ
昭和八年在隊間 士官候補生ノ頃カラ抱イテ居リマシタ、
特ニ最近ニ於ケル相澤公判ノ狀況ハ直接的動機ト思ツテ居リマス。

本事件ニ當リ、特ニ參加ヲ勧誘シタルモノアリヤ
安藤大尉、野中大尉、坂井中尉等デアリマス。

本事件ニ當リ、他人カラ金錢ヲ収受シタル事アリヤ。
何モアリマセン。

皇軍ノ本質 竝ニ威信上ニ如何ナル影響ヲ及ボシタリヤ
最後ニ至リ、惡影響を及ボシタト考ヘマシタ。

國内的ニ如何ナル影響ヲ及ボシタリト思料スル。
上御一人ノ御宸襟ヲ悩マシ奉リ、民心ヲ動揺セシメタト思ヒマス。

國際的ニ如何ナル影響ヲ及ボシタルト思料スルヤ
國際的ニ惡影響ヲ蒙ツタト思ヒマス。

皇室ニ對シ奉リ、敬虔けいけんノ念ニ如何ナル影響ヲ及ボシタルト思料スルヤ
國民ガ我等ノ眞ノ氣持ヲ理解シタナラバ、
皇室ニ對シ奉ル敬虔ノ念ニハ何等ノ影響ヲ及ボサヌモノトオモヒマス。

現在ノ心境ハ如何
現在ノ社會情勢ニハ不満ノ點モアリマスガ、
今度ノ事件ニ關シテハ全ク他人ヨリ動カサレ
自分ノ信念ト相當ノ距離ヲ生ジタ事ヲ深ク遺憾ニ思ツテ居リマス。
即チ 自分ノ信念ハ 軍隊ハ陛下ノ軍隊デアリマシテ、統帥命令デ動クベキデアリマスノニ、
強制的命令ニ動カサレマシタ事ヲ遺憾ニ思ヒマス。

將來ニ對スル覺悟如何。
只々大御心ノ儘ニ動キマス。

本件ニ關シ他ニ陳述スベキ事アリヤ
別ニアリマセン。

陳述人  清原康平
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附署名拇印セシム
昭和十一年三月二日 
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  林弥衛
筆記者  陸軍憲兵伍長  氏家猛男

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

麥屋清濟少尉の四日間

麥屋清濟 
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  麥屋清濟
右ノ者ニ對スル叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月二日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ麥屋清濟
年齢は二十七年
所属部隊ハ元歩兵第三聯隊
官等級ハ元特別志願士官陸軍歩兵少尉
族称ナシ
本籍地ハ埼玉県大里郡折原村大字折原九二番地
出生地ハ右ニ同ジ
住所ハ東京市赤坂區青山北町四丁目四三番地
職ハナシ
位記、勲章、記章、年金、恩給を有セザルヤ
正八位
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
受ケタコトハアリマセン
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二 ・二六事件

只今ヨリ、二月二十六日未明ヨリ軍隊ヲ率イ齋藤内府邸ヲ襲撃シタル狀況ヲ順次申立テヨ
二十五日午后四時頃、
中隊 ( 第一中隊 ) ノ週番士官坂井中尉殿ヨリ、
今夜正午頃非常呼集ヲ実施スルカラ午后十時頃集合ス可ク命ゼラレ、
且ツ週番司令安藤大尉殿ヨリモ右同様ノ命令ガアリマシタノデ、午后五時頃一先ヅ歸宅シタ。
食ヲ濟マシ、二時間位睡眠ヲトリ、午后十時半頃聯隊ニ集合シマシタ。
集合後先ヅ中隊ノ將校室ニ這入リマシタガ其時ハ既ニ高橋少尉ガ來テ居リマシタシ、
週番ノ坂井中尉殿モ居リマシタ。
其時、坂井中尉殿ハ非常呼集ハ十二時ニ實施スル豫定ニ附 一應就寝ス可ク傳ヘラレタルニ附、
將校室ニハ寢ル設備ガナイノデ班ノ寝台ノ空イテイル所ニ行ツテ寝テ居リマシタ。

ソノ後、十一時半頃、
兵ガ來テ非常招集ニ附話サレルカラト起サレタノデ其儘起床、將校室ニ行キマシタ。
將校室ニハ、坂井中尉殿ト高橋少尉ト、
他ニ其晩始メテ紹介サレテ知ツタ安田トカ吉田トカ云フ砲兵少尉ガ集ツテ居リマシタ。
ソノ後、下士官モ集メル様ニト言フノデ下士官モ起シマシタ。
然シテ全部集合後、
坂井中尉殿ガ今夜ノ非常招集ハ齋藤内府ヲ襲撃スル爲ニ行フモノナル旨ヲ告ゲ、
且ツ兵器係ノ新、中島ノ両軍曹ニ彈薬ノ受領方命令シマシタガ、
ソノ内 ( 二十六日 ) 十二時ニナリマシタノデ全員ノ非常招集ヲ命ジ、各班長ヲシテ起サセマシタ。
軍装ヲ終ツタ兵ニ對シテハソノ儘班内ニ控ヘサセテ置キマシタガ、
ソノ内彈薬ガ到達シタノデ、各班長ニ彈薬ヲ分配サセマシタ。
ソノ間他ノ將校ハ班内ヲ廻ツタリ色々ヤツテ居リマシタガ、私ハ將校室ニ一人居リマシタ。

其後直チニ整列ヲ命ジ、整列終ルヤ
坂井中尉殿ガ編成シマシタガ此編成ハ小隊編成デハアリマセンデ、
中隊ノ下士官ト第二中隊カラ集ツテ來タ下士官ヲ基準トシテ、
某軍曹以下何名ト言フ様ナ變則ナ分隊編成デアリマシタ。
分隊ノ数ハ多分十二、三分隊ト思ヒマシタ。
私ハ中隊ノ後方カラ來ル様ニ命ゼラレマシタ。
編成終了後、坂井中尉殿ハ一同ニ對シ、
大要、
「 之レヨリ中隊ハ、
日本國民ヲ無視シ御上ノ大權ヲ私スル足利尊氏ニモ勝ル可キ 齋藤内大臣ヲ襲撃セントスルモノナリ。
各自ハ初年兵係敎官トシテ、又 補助敎官トシテ最モ信頼ス可キ高橋少尉、
麥屋少尉ノ兩敎官ノ下ニ活動スルモノニ附、氣ヲ落着ケテ任務ヲ完フス可キ 」
旨ノ訓示ヲナシ、
午前四時頃 屯営ヲ出發、
同五時頃 四谷区中町ナル齋藤實ノ私邸ニ到着シマシタ。
ソノ途中、坂井中尉ハ各幹部ニ任務ヲ課シマシタガ、
私ハ四谷見附ヨリ権田原ニ通ズル道路ヲ省線ノ上ニ架ケタル橋ヲ渡リ、
四谷區仲町ノ齋藤邸ニ到ル路上警戒ノ爲三個分隊ノ警戒配置完了後、
齋藤邸ニ到ル可ク命ゼラレマシタ。
ソノ命ニ依リ私ハ離宮ニ流彈ノ飛ブコトヲ懼レ、
久保田上等兵ノ指揮スル小銃分隊ニハ装填セシメズ、
橋上ニ離宮ニ面シテ配置シ、
窪川軍曹ノ指揮スル輕機分隊ヲ権田原ノ方面ニ面シ、
氏名不知下士官ノ指揮スル重機分隊ヲ四谷見附ノ方向ニ面シ、
各装填セシメテ配置ヲナシ、以テ路上警戒ヲ命ジ、
各部隊ニ對シテハ先方射タザル限リ 此方ヨリ攻撃スルガ如キコト無キ様注意シ、
單身齋藤邸ニ參リマシタ。

其時齋藤邸ニハ既ニ中隊到着、表門ニハ輕機ヲ配置シテ警戒シテ居リマシタ。
私ハ門カラ入ツテ勝手口ノ方ニ廻ツタ時ニハ、既ニ外務警戒兵ノ外ハ侵入シアリ、
家中ヨリハ輕機小銃ノ音ガ聞エテ居リマシタ。
ソノ時氏名不詳ノ兵ガ私ニ向ツテ
「 警官ガ拳銃ニ彈ヲ装填シテ居リマスカラ御注意下サイ 」
ト 注意シマシタノデ、
私ハ其処ニ居合セタ兵二十名ニ對シ警察官ニ注意スル様ニ命ジマシタ。
ソノ時、渡辺曹長ガ居テ
「 私ガ注意シテ居リマス 」 ト 答ヘマシタノデ
既ニ入リカケテイタ兵二、三名共ニ勝手口カラ家内ニ入リマシタガ、
其処ニハ箱火鉢ノ前ニ坐リ
悠々迫ラヌ態度ヲ示シ 煙草ヲ喫ツテ居ル六十才位ノ夫人ヲ見マシタ。
私ハ日本婦人トシテ誠ニ賞賛ス可キ婦人デアルト思ヒマシテ、兵ニ對シ
「 老婆サンニハ決シテ危害ヲ加エテハ不可 」 ト 注意ヲ促シ置キ、
喇叭手外二、三名ノ兵ト共ニ左ノ廊下ヲ進ミマシタ処、
二階ノ方カラ座布團ヤ寝巻ヲ冠ツタ女中ト思ハレル婦人ヤ子供等ガ二、三名
下リテ來マシタカラ、之等ニ對シテハ早ク非難ス可キ事ヲ命ズルト共ニ、
兵ニ對シテモ手出シヲセヌ様注意ヲ与ヘマシタ。

其階段下デ暫ク震エテ動ケヌ様ニナツテイル猫ヲ見テ居ルト、
二階カラ安田砲兵少尉ガ下リテ來テ私ニ向ヒ、
「 情況終リ　喇叭一聲　直グ引揚 」
ト言ヒマシタガ 喇叭ハ吹イタカドウカ記憶アリマセン。
私ハ直グ外ニ出テ、
前ニ路上警戒ニ配置シタ重輕機及小銃部隊ノ攸ニ行キ
「 前進 」 ト 言ヒマシタ。
ソノ時、坂井中尉殿ハソノ道路上ニ來テ居テ中隊全員ヲ集結シ、
血糊ニ染ツタ手ヲ示シ、
全員ニ對シ
「 之レハ惡賊齋藤ノ血デアル。　皆ヨク見ロ 」
ト 言ヒ、私ニ對シ
「 之レカラハ赤坂見附ノ方ニ向ツテ引率セヨ 」
ト 言ハレマシタノデ、
私ハ渡辺曹長ト二人デ先頭ニ立チ引率シテ赤坂離宮ノ東北側路上ニ出マシタガ、
ソノ時、坂井中尉殿ガ停止ヲ命ジマシタノデ私共ハ各人ガ離宮ニ最敬礼ヲ致シマシタ。
ソノ時、高橋少尉ト安田少尉ニ、坂井中尉殿ガ指示シマシタノデ、
二人ハ其所カラ部隊ヲ離レテ行動ヲ別ニシマシタ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

坂井中尉殿ハ下士官ヲ二分シテ編成ヲ替ヘ、
自ラ紀ノ國坂ヲ下リ赤坂見附ヲ通ツテ平河町ノ市電停留所附近ニ至リ停止ヲ命ジマシタ。
私ハソノ間、先頭ノ坂井中尉殿ト一緒ニ參リマシタ。
丁度ソノ時ハ明ルクナリカケテ居タ頃デ五時半頃デアツタト思ヒマス。

坂井中尉殿ハ下士官ニ對シ道路上ノ警戒ヲ命ズルト共ニ、
私ニ對シ
「 永田町ヲ通リ陸軍省ニ至リ 歩兵第一聯隊カラ來テ居ル部隊ガアルカラ報告シテ來イ 」
ト 命ジマシタノデ、
私ハ渡辺曹長ヲ伴レテ參リマシタ所ガ、
陸軍省ニ行ク角ノ所デ歩兵第一聯隊ノ名ハ知リマセンガ、
眼鏡ヲ掛ケタ大尉ニ出會ヒマシタノデ狀況ヲ報告シ、直チニ部隊ニ歸リマシタ。(・・・磯部 )
部隊ニ歸リマスト、
私ハ坂井中尉殿カラ三宅坂ニ出シテアル窪川軍曹ノ輕機分隊ト
他ノ重機分隊ト小銃分隊ヲ指揮シテ道路上ノ警戒ヲ命ゼラレマシタカラ、ソノ地點ニ行キ任務ニ服シマシタ。
其処ニ御前七時半カ八時頃迄ソノ任務ニ就キマシタ。
ソノ間、交通遮斷シテ置キマシタガ、
陸軍武官ヲ通スカ否ヤニ附疑問ガ起リマシタノデ坂井中尉殿ニ伺ヒマシタ処ガ、
始メハ成可ク通スナトノ事デアリマシタガ、
後ニハ通シテヨイト言フコトニナニ通ス様ニナリマシタ。
ソノ中ニ平河町ノ停留所付近ニ在郷軍人ガ天幕ヲ張ツテクレマシタ。
聯隊カラハ兵ノ外套ヤ木炭、朝食ヲ運搬シテ來テ呉レマシタ。
私ハ天幕ノ中ニ入ツテ居リマシタガ、
夜ニナリ、附近ノ家カラ入ツテ呉レト言ツテ來マシタノデ
私共ハソノ家ニ入リマシタガ、町名番地及氏名等ハ判リマセン。
ソノ家ニハ二十七日ノ朝迄オリマシタ。

二十七日午前九時頃編成替ヲナシ、
私ハ第二小隊長ニ任命サレ、
宿舎ヲ永田町ト平河町ノ角附近ノ家ニ替ヘマシタ。
私ノ指揮シタ第二小隊ハ別ニ任務ヲ課セラレマセンノデ、
私ハ銃前哨ノ配置ニ止メ、
他ハ全部宿舎ニ集結シテ午前十一時半頃迄居リ、
其後中隊全部議事堂ニ集結ヲ命ゼラレ、
坂井中尉殿自ラ指揮シテ議事堂ニ參リマシタ。
議事堂ハソノ日ノ午后五時迄居リマシタガ、私ノ小隊ハ別ニ任務ニ就イテ居リマセン。
但シ將校ハ全部陸軍大臣官邸ニ集合ヲ命ゼラレ私モ參リマシタ。
陸相官邸デハ眞崎、西、阿部ノ三大將ニオ會ヒシテ、
野中大尉ガ代表シテ眞崎閣下ニ時局収拾ヲオ願ヒ致シマシタ。
ソノ時に眞崎閣下カラ、「　速カニ所属部隊ニ歸レ　」　ト　イハレテ、小藤部隊長ノ指揮下ニハイルコトニナリマシタ。
ソノ後　高橋少尉ハ第一小隊長ヲ、私ハ第二小隊長ヲ指揮シテ
赤坂ノ幸楽ト言フ料亭ニ宿營ノ爲出發シマシタ。
ソノ夜ハ私ノ小隊ハ任務ガナク全員給養致シマシタ。

翌二十八日午后一時頃、
坂井中尉殿ガ私ノ小隊ト第一小隊ヲ指揮シテ幸楽ヲ出發、
參謀本部前ニ到リ
「 爰ハ警備シテハイケナイノダ 」
ト 言ハレ、陸相官邸ノ方ヘ廻リマシタ。
ソレカラ私ノ小隊ハ陸相官邸ニ對スル外部ヨリノ警戒ヲ命ゼラレ、
道路上ニ重機小銃ノ分隊ヲ配置シテ警戒ニ服シマシタ。
警戒ト云フノハ、左翼團體ヤ不逞ノ徒ニ對スル警戒デアリマス。
其処ニ二十八日ノ夜ヲ徹シテ 二十九日ノ正午頃迄居リマシタ。

其時、參謀ノ人ガ來テ部隊ヲ歸スヤ否ヤノ話ガアリ、
坂井中尉殿ハ歸スコトニ決メ、
部隊ヲ集結シ、彈ヲ抜キ、整列サセテ置キマシタ処ヘ、
中隊長ヤ特務曹長ガ來テ受取ツテ歸リマシタ。
私ハソノ時、初メテ奉勅命令ガ下ツテ居ルコトヲ知リ
「 惡イコトヲシタ 」 ト 考ヘマシタ。
私ハ中隊ノ將校二人ト共ニ陸相官邸ニ行キマシタ。
官邸ニハ少將ノ人ト井出大佐殿ガ居ラレマシテ、
私共ヲ室ニ通シ、
少將ノ人ガ 「 軍人ラシクヤツテクレ 」 ト 申サレマシタ。
其時ハ自決ヲ決心致シマシタ。
ソレデ遺書モ認メマシタガ、
行動ヲ共ニシタ將校ガ全部一緒ニ決行シタ方ガヨイト考ヘ、
皆ガ集ルノヲ待ツテ居リマシタ処ニ、
近歩三ノ中尉ガ來テ
「 僕ハ死ナン。死ハ何時デモ死ネル 」 ト 言ツテ居リマシタ。
私ハ其時ハ無關心ヲ體デ其儘私ハ眠ツテ了ツタノデアリマスガ、
午后五時半頃ニナリ
參謀ノ人ガ來テ一人ヅツ
「 此レカラ如何スル考ヘダ 」 ト 尋ネマシタカラ、
私ハ 「 大御心ニオ委せ致シマス 」 ト 答ヘ、
憲兵ガ來テ逮捕シ、
衛戍刑務所ニ収容サレ、
軍刀ト拳銃ハ午后三時頃皆預ラレテ了ヒマシタ。
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行動間ノ給養ハ何フシタカ
行動間ノ給養ハ幸楽ニ移ル迄ハ聯隊カラ貰ツテ居リマシタ。
幸楽ニ來テカラハ幸楽デヤツテ呉レマシタ。
陸相官邸ニ來テカラモ幸楽カラ續ケテイタ要デリマス。
給養ノ事ハヨク判リマセンガ幸楽ノ分モ聯隊デ支払ツテ呉レタト言フ話デアリマシタ。

今回ノ行動ヲ起ス事ヲ始メテ知ッタノハ何時か
二十五日夜十一時半頃 中隊ノ將校ト下士官全部ガ集合シタ時、
坂井中尉殿カラ ノートニ書イテアル計畫ヲ示サレ始メテ事件計畫ノ概要ヲ知リマシタ。

其ノ時如何ナル決心ヲナシタルヤ
中隊全員ノ出テ行クコト故 已ムヲ得ザルモノトシテ行動ヲ共ニスル事ヲ決心致シタノデス。

止ムヲ得ズト言フノハ如何ナル意味カ
止ムヲ得ズト言フ意味デハ、一寸違フカモ知レマセン。
私ハ始終坂井中尉殿カラ時局ニ關スル色々ナ話ヲ聞イテ居リマシタノデ、
之ニ共鳴シ憤慨シテ居タ処ノ一人デアリマスカラ、
既ニ機ハ熟シ實行スベキ秋ニ到達シタノダト考ヘタノデ、
齋藤内府邊リニハ氣ノ毒ナルモ仕方ガナイト言フ意味ナノデアリマス。

今ノ時局ニ憤慨スル様ニナッタノハ何時頃カ
ロンドン會議ノ時分カラ 政党、財閥、重臣閥 等ニ對シ、
輕度ノ反感ヲ持ツテ居リマシタガ、
特別士官トシテ歩三ニ入隊後
坂井中尉殿カラ之等 裏面ノ狀況ヲ時々聞カサレ 愈々憤慨スルニ至リ、
之等ノ閥族ヲ排除スルノ必要ヲ感ジタノハ、ツイ此ノ頃デアリマス。

然ラバ之ヲ排除スル方法トシテ流血ノ惨ヲ見ルモ止ムヲ得ズト常ニ考ヘ居リシヤ
常ニハ考ヘテ居リマセンデシタ。
決行スル晩ニ坂井中尉殿カラ言ハレテ始メテ止ムヲ得ザルモノト考ヘタノデアリマス。

自分ノ服シタル任務以外ノ他部隊ノ行動等ハ知ラサリシヤ
私ハ坂井中尉殿カラ命ゼラレテ始メテ自分ノ中隊丈ケノ任務ヲ知ツタノデアリマシテ、
計畫ニハ參加シテ居リマセンカラ、他部隊ノ行動ハ全然知リマセン。

坂井中尉カラ他部隊モ同時ニ蹶起スル等ノ事ヲ聞カサレタリシヤ
二十五日午後十一時半頃 將校及下士官ガ集合シタ時、計畫ヲ示サレ任務ヲ授ケラルル時、
坂井中尉殿カラ歩一、近歩三ニモ我等ノ同志ガアッテ同時ニ蹶起スル事ヲ聞キマシタ。

行動間 坂井中尉ガ中隊ヲ指揮シタル模様ナルガ、
其ノ間 中隊長ガ不在ナルニモ不拘
中隊ノ兵力ヲ外部ニ發動スル事ニ對シテ不思議ト思ハザリシヤ
坂井中尉殿ハ週番デアリマスカラ中隊長ニ代ツテ中隊ヲ指揮スルノダト思ヒマシタ。

坂井中尉ガ勝手ニ中隊ヲ出スノダト言フ感ジヲ持タザリシヤ
集合ノ當日ハ坂井中尉殿ガ若干ノ中隊ガ殘留シテ聯隊ノ警備ニ任ズル外、
全部出動スル様ニ話サレマシタし、又 歩一、近歩三かラモ出ルト云フ話デアリマシタノデ、
勝手ニ出スノダト思ヒマセンデシタ。

全行動間 其ノ考デ居タルヤ
二十六日午後七、八時頃
部隊ガ平河町ニ居タ時 第一大隊長 ( 本江政一 ) ガ來テ、
「 閑院宮邸御警備ノ爲メ 歩五七聯隊ヲ配置シタガ、
之ハ宮邸警護デアツテ決シテ此ノ中隊ヲ攻撃等ハ全然スルモノニアラズ。
故ニ皇軍相撃ツガ如キ不祥事ノナキ様 」
ト　諄々トシテ説カレマシタノデ 私ハ始メテ變ダナート思ツタノデアリマス。

其ノ間 何トカ処置ヲ講ゼヨウトハ思ハザリシヤ
其ノ時ハ始メテ坂井中尉殿ガ勝手ニ動かして居ルト言フ考ヘヲ持チマシタガ、
時ハ既ニ遅シ、仕方ガナイト諦メテ了ヒマシタ。

行動間上司ヨリ部隊ノ解散又所属隊へ復歸ノ命令等を聞カザリシヤ
何モ聞イテ居リマセン。
只最後ニ部隊解散後、奉勅命令ガ出タ事ヲ知ツテ居ルカト參謀ノ人カラ言ハレテ始メテ知ツタ位デス。

若シ行動間ニ於テ上司カラ、オ前達ノ行動ハ間違ツテ居ル、速ヤカニ所属隊ニ歸レ、
ト　言ハレタラバ 歸ッテ居タト思ハルルヤ否ヤ
諦メテ居リマシタガ、若シ　ソンナ事デモ言ツテ呉レタシタナラバ、歸ツテ居ツタカモ知レマセン。

先ニ坂井中尉カラ決行ノ前夜 歩一、近歩三ニモ我等ノ同志ガ居ツテ蹶起スルト言ハレタト言フガ、
皇軍ハ全軍同志デアル可キニモ不拘 單ニ歩一、近歩三ノ中にモ同志ガアル等ト言ハレテ、
何モ不思議ト思ハザリシヤ
元來同志等ト言フ語自體ガ皇軍ニ不適當ナリト思フガ如何
其ノ様ナ深イ考ヘハアリマセンデシタガ、今ニナツテ考ヘテ見レバ變ニ考ヘラレマス。

元來軍隊ノ行動ハ聯隊命令、大隊命令ガ先ニ達セラレ、然ル後 其ノ中隊ノ部署ガ定マル可キに不拘、
始メカラ中隊命令ノ様ナ坂井中尉ノ命令を達セラレタル事ニ關シ
將校タルモノガ奇怪トは思ハザリシヤ
幾分奇怪ナリト思ヒマシタガ 週番指令ガ居ツテ命令を出シタトノコトデアリマシタカラ、
差支エナイト思ヒマシタ。

今ニナッテ冷靜ニ考ヘテ　前行動間ノ所爲ヲ如何ニ思フカ
我々ノ行動 其レ自體ハ 或ハ惡イ事カモ知レマセンガ、
之レガ爲ニ朝野ノ民心ハ緊張シ從來ノ如キ 政党、財閥、重臣閥等ノ横暴モ幾分緩和セラレ、
眞實ノ我國體ノ姿モ着々顕現セラルルモノデアルコトヲ 確信シテ居リマス。

軍隊ニ對スル國民ノ信頼ニハ如何ナル影響ガアルト思フカ
眞實ニ身命ヲ賭シテ國家ノ爲ニ盡クスモノハ軍隊ヲ措イテ他ニ無イコトヲ覺エルコトト存ジマス。

對外的ニハ如何ナル反響ガアルト思フカ
對外的ニハ國家ノ爲 不利益ナル如何ナル勢力ニモ反抗シテ之ヲ一掃シ、
飽ク迄 皇室ヲ中心ニ一致團結スルコトヲ知ラシメ得ルモノト考ヘラレマス。

之ヲ要スルニ行動自體ハ或ハ惡イ事カモ知レヌガ、結果カラ見テ國家ノ爲ニナルト思ツテ居る様ダガ、
行動ヲ起ス時既ニ之ヲ豫期シタガ爲ニ　正當ナル手段デハナイコトヲ承知シテ決行シタルモノニアラズヤ
出動スルトキノ考ヘハ、前ニ陳述シタル通リニ相違アリマセン。
但シ 現在デハ我等ノ行動ハ國家ノ爲ニナルコトヲ確信スルモノデアリマス。

他ニ申立ツル事ナキヤ
奉勅命令ヲ最後迄知ラナカッタコトヲ 返ス返スモ 殘念ニ思ツテオリマス。
之ニ對シテハ何トモ申譯ガナイ次第デアリマス。

麥屋清濟
右陳述ヲ録取シ讀ミ聞ケタル処、相違ナき旨申立ツルモ無印ニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月二日
陸軍司法警察官  陸軍憲兵中尉  本間彦太郎
筆記者  陸軍憲兵軍曹  山本耕三

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

今泉義道少尉の四日間

今泉義道
聴取書
本籍  佐賀県佐賀市松原町八二〇
出生地  長崎県佐世保市、以下不詳
隊号  近衛歩兵第三聯隊第七中隊
陸軍歩兵少尉  今泉義道
右者、昭和十一年三月四日、近衛歩兵第三聯隊本部ニ於テ、
本職ニ對シ左ノ陳述ヲ爲シタリ
一、氏名はイマ泉義道
當二十三年
所属部隊ハ近衛歩兵第三聯隊
官等級ハ歩兵少尉
族稱ハ佐賀県士族
本籍地ハ佐賀県佐賀市松原町八二〇
出生地ハ 長崎県佐世保市、以下不詳
住所は近衛歩兵聯隊内
一、正八位デアリマス。勲章、記章、年金、恩給ハアリマセン
一、刑罰ヲ受ケタルコトモアリマセン
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二 ・二六事件

一、只今ヨリ二月二十六日ニ於ケル帝都ノ叛亂事件ニ關シ申上ゲマス。
今回ノ事件ガ惹起スルデアラウトカノ 此種事件ニ關シテハ今迄全然存ジマセンデシタ。
然ルニ、二月二十六日 午前三時五十分頃ト記憶シマス其ノ時、
營内居住室ニ中橋中尉ト中島少尉トガ來リ、私ヲ揺リ起コシマシタ。
私ハ何事カ判リマセンガ 起キテ服ヲ着テ居リマスト、
中橋中尉ハ先ヅ
「 非常呼集ヲヤルカラ御守衛ノ服装デ出ロ、實ハ高橋蔵相をヤッツケルノダ 」
ト 申シマスノデ、私ハ事ノ意外ナルニ驚キ　取敢エズ
「 兵ヲ使フノカ 」
ト 尋ネマシタガ、ソレニ對シテハ何等ノ確答ナク 唯
「 中隊ハ正門控兵ニ當ツテ居ルノデ、事件ガ發生セバ出動シナケレバナラナテカラ 兎ニ角出ロ 」
ト 申シマスノデ 私ハ更ニ
「 ヤルナラ貴方達デヤリナサイ 」
ト 答ヘマスト、中橋中尉ハ
「 詳細ハ中島少尉ニ聞ケ 」
ト言ヒ棄テ、出テイキマシタ。ソコデ中島少尉ニ向ヒ
「 事茲ニ到ル迄何故故俺ニ一言ハナカッタノカ 」
ト 云ヒマスト 中島ハ
「 オ前ヲ使ウ計畫ハナカッタノダガ中隊ガ全部出ル様ニナッタノデ、オ前ヲモ呼ビニ來タノダ、
第一師團ノ部隊ハ殆ンド全部出ルノダカラ 兎ニ角出ロ 」
ト 答ヘ 部屋ヲ出マシタ。
ソコデ私ハコウナッタ以上ハ中橋中尉ヲ殺シ 兵ノ參加ヲ阻止スルヨリ方法ガナイト信ジ、
其ノ決心ヲシマシタガ 不幸ニシテ拳銃ガアリマセンノデ何デヤラウカト考ヘ乍ラ便所ヘ行クベク外ヘ出マスト、
ヒョッコリ中橋中尉ニ出會ヒマシタノデ
「 俺ハ拳銃ヲ持タナイ 」
ト言ヒマスト、中橋中尉ハ只 「 ソウカ 」 ト 言ツテ去リマシタ。
私ガ便所カラ部屋ニ歸リ、死ヲ決意シテ將校團竝兩親ニ宛テ遺書ヲ書イテ居リマスト、
兵器係ノ宗形 ( 安 ) 軍曹ハ蒼白ナ顔色ヲシテ私ノ拳銃ヲ持ツテ來マシタ。
コレハ多分中橋中尉ガ兵器係ニ命ジタト思ヒマス。
尚 拳銃ハ聯隊ノ規定ニ依リ 中隊ノ兵器庫ニ入レテアツタノデアリマス。
宗形軍曹より拳銃を受取り遺書を書き午前四時二十五分書添ました。
私ハ中橋中尉ヲ殺シテ兵ヲ助ケ様ト決心シ乍ラ意志薄弱ノ結果決行ノ機ヲ發見シ得ズ、
ズルズルト引摺ラレ乍ラ官舎ニ整列シアル中隊ニ加ワリ、中橋中尉ノ指揮ニ依リ
「 中隊ハ今ヨリ明治神宮ニ參拝スル 」
トテ、出發シマシタ。
其ノ時ノ中隊長ハ中橋中尉デ兵力ハ一六〇名位アリマシタ。
私ハ第二小隊ノ先頭ヲ行軍中薬研坂ニサシカカルヤ、第一小隊ハ停止シ彈薬ヲ分配シ始メマシタ。
然シ 第二小隊ニハ彈薬ハ呉レマセンデシタ。




本事件ノ經過ノ概要ヲ述ベヨ
間モナク 發進ヲ起シ シャム公使館東北側ニサシカカリマスト、
中橋中尉ハ
「 オ前ハ俺ガ來ル迄 此ノ位置デ待ツテ居ロ 」
ト 命ジマシタノデ、第二小隊ニ停止ヲ命ジマシタ。
ソレカラ間モナク蔵相邸方向ニ銃聲ガシマシタノデ
「 トウトウヤッタナ 」
ト 思ヒマシタ。

リンク
今泉少尉 (一) 「 よし決心だ ! 余は行動を倶にせんとす」
今泉少尉 (二) 「近歩三、第七中隊、赴援隊として到着、開聞 !」
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約五分後 中橋中尉と齋藤 ( 一郎 ) 特務曹長ノ二名ガ走ツテ來テ、中橋中尉ガ
「 俺ノ後ニツイテ來イ 」
ト 命ジマシタノデ、其ノ通リ赤坂見附ヲ過ギ半蔵門ニ參リマシタ。
其処デ中橋中尉ハ私ニ
「 門ヲ開ケテ貰ツテ來イ 」
ト 命ジマシタノデ私ハ皇宮警守ニ
「 正門ノ控兵ダカラ開ケテ呉レ 」
ト 申シマスト間モナク門ハ開キマシタ。
中橋中尉ハ蔵相邸襲撃トハ全然關係ノナイ私ノ小隊ノミヲ指揮シ 歩調ヲトリ堂々ト入リ、
正門衛兵所ニ參リマシタ。中橋中尉ハ私ニ對シ
「 オ前ノ小隊ハコレニ入レ 」
ト言ヒマスノデ、ソノ通リ衛兵控所ニ兵を入レマシタ。
ソレカラ守衛隊司令官 門間 ( 健太郎 ) 少佐ニ到着ノ事ヲ報告シマスト、少佐ハ
「 オ前ハ中溝 ( 猛 ) 大尉ト共ニ坂下門ニ行ケ 」
ト言ハレマシタノデ、馳セツケ 附近ノ狀況ヲ視察シマシタ。
守衛隊司令官門間少佐ニ初メテ出會ツタ時 當然今迄ノ事件ヲ報告スベキデアリマシタガ、
當時私ハ氣ヲ呑マレマシテ ドキドキし 前後ヲヨク覺ヘナイ様ナ狀況デアリマシタノデ、
其ノ重大事件ヲ報告スル事ヲ忘レテ居リマシタ。
之レ 私ノ平素ノ精神修養ノ足ラナイ処デアリマシテ、深ク申譯ガアリマセンガ 然シ、
別ニ惡気ガアツテ報告シナカツタノデハ絶對アリマセン。
次デ 私ハ坂下門ノ警戒ヲ命ゼラレ服務中 午前十一時頃ト記憶シマスガ、
田中軍吉大尉ガ來ラレ
「 中橋ハヤッタンダラウ 」
ト 言ハレマスノデ、其ノ時始メテ事ノ經過ヲ話シマシタ。
間モナク 第六中隊ト交代シ私ハ田中大尉ト二人シテ側車デ聯隊ニ歸リマシタ。
尚 私ノ引率シテ居リマシタ小隊ハ齋藤特務曹長ガ引率シテ午後一時頃中隊ヘ歸ツテ參リマシタ。

二十七日ノ晩、私ハ初年兵ガ心配デタマリマセンデシタノデ一人ニテ營門ヲ出テ、
「 圓タク 」 デ 首相官邸ヘ行キマシタ。
其ノ時ノ私ノ氣持は兎ニ角兵士ガ可哀想デ仕方ガアリマセンデシタノデ、
其ノ動靜ヲ見テ來テヤラウト言フ目的ト、
若シ其ノ場ニ中橋中尉ガ居タナラバ射チ殺シテヤラウト言フ目的トデアリマシタ。
首相官邸デ中隊ノ兵ニ遭ヒマスト別段中橋中尉カラ酷使サレテ居ル様子モナク
又 明日中隊ニ歸ル様ナ話モ聞キマシタノデ、兵ニ
「 明日迄自重セヨ 」
ト 述ベ、歸營シマシタ。
ソレカラ事件終了迄 別段申シ上ゲル事ハ御座イマセン。
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中橋中尉ヲ射殺シテ中隊ノ出動ヲ阻止シヤウト言フ決心ヲシナガラ、何故決行セザリヤ
常ニ中橋中尉ヨリ壓セラレテ同中尉ノ前ヘ出マスト、
恰あたかモ 猫ノ前ニ出タ鼠ノ様ニ氣ヲ呑マレテ了ヒマシタノデ、
遂ニ決行スル事ガ出來ナカッタノデアリマシテ、此ノ點 私ハ非常ニ殘念ニ堪ヘマセン。

中橋中尉ヨリ平素國内改造問題ニ關シ 如何ニ指導セラレテ居タカ
中橋中尉ハ私ニ對シテハ常ニ下ラヌ事バカリ 言ツテ居リマシテ、
私ニ對シテ此種問題ニ關シテ何モ言ヒマセンデシタ。
其ノ代リ中隊ノ精神敎育ハ進ンデ實施シテ居リマシタ。
其ノ時私ガ列席シヨウト致シマスト中橋中尉ハ
「 オ前ハ忙シイダラウカラヨイ 」
トテ、私ヲ遠ザケヨウト勤メテイタヨウデアリマス。
私モ訓話ノ内容ガ氣ニ掛リマスノデ、時折下士官ニ
「 中橋中尉ハ如何ナル事ヲ言フタカ 」
ト 質ネマスト
「 天皇ノ本質トカ 國體ノ本義トカ 相澤公判ノ情況トカデアリマス 」
ト 述ベテ居リマシタ。

現在ノオ前ノ心境如何
本事件ニ當リ 私ノ決心ノ薄弱デアッタ爲メニ、考ヘナガラ処信ニ邁進シ得ズ
中隊ノ兵ノ一部ニ反逆ノ汚名ヲ着セタ事ニ關シテハ、其ノ罪 萬死ニ値スト考ヘテ居リマス。

本事件ニ關シ他ニ申述ベル事アリヤ
本件ニ關シ、齋藤特務曹長ハ中橋中尉ヨリ或程度ノ指示ヲ豫メ受ケテ居ツタ様デアリマスガ、
他ノ下士官兵ハ全然知ラナカツタモノデ、
一ニ中隊長代理タル中橋中尉ニ一身ヲ献ケ、命令ヲ恪守シタ結果ダト考ヘテ居リマス。
然シ 夫レラハ今カラ考ヘテ　齋藤特務曹長ガ若干煩悶はんもんシテ居ルコトモ判斷致シマス。
其ノ他、申上ゲル事ハ御座イマセン。

陳述人  今泉義道
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月四日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  林弥衛
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今泉義道  訊問調書
被告人  陸軍歩兵少尉  今泉義道
右者ニ對スル叛亂未遂被告事件ニ附、昭和十一年三月五日、本所憲兵分隊ニ於テ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ

昨三月四日
被告ガ近衛歩兵第三聯隊本部ニ於テ本職ニ對シ任意陳述セシ件ニ關シ何カ相違點アリヤ
全ク相違有リマセン
被告ハ二月二十六日 朝 中橋中尉ヨリ起サレ、
中隊ノ非常呼集ノ件 竝 高橋蔵相私邸襲撃ノ件ヲ感知シ、如何ナル決意ヲ爲シタルヤ
中橋中尉ガ事件決行ノ爲 中隊ノ下士官兵ヲ使フト云ヒマスノデ、
私ハ下士官兵ヲ使フ事丈ケハドウシテモ中止セシメナケレバナラナイト考ヘ、
中橋中尉ニ其ノ事を申シマシタガ聞キ入レマセンノデ、
已ニコウナッタ以上ハ中橋中尉ヲ殺シ 下士官以下ノ參加を阻止シヨウト決心致シマシタ。

其ノ決心ニ基キ如何ナル処置ニ爲シタリシヤ
中隊ノ營内居住室デ將校團 竝 兩親宛テ 遺書ヲ書キマシタ。
何故遺書ヲ書キタルヤ
中橋中尉ヲ譬エ殺セタニシロ 中島少尉モ居ルカラ、
ドウセ自分ノ生命ハナイモノト判斷シタカラデアリマス。
如何ナル遺書ナリキ。
小方眼紙ニ將校團宛ト兩親宛ノ二通 ( 各一枚 ) ニ次ノ様ナ文句ヲ書キマシタ。
將校團宛ノモノハ次ノ様ダト記憶シマス。
「 突然中隊長ヨリ企圖ヲ示サル事既ニ遅シ 愛スル部下ハ立チヌ 一死ヲ以テ部下ニ代ラン 」
各位諒トセラレンコトヲ
二月二十六日午前四時二十五分
陸軍歩兵少尉  今泉義道
將校團各位
兩親アテノモノハヨク記憶致シマセンガ 大體左ノ様ナカト存ジマス。
「 申譯アリマセンガ死ンデ部下ニ御詫ビ致シマス
兄上様  妹等ヨ  私ノ分マデ御孝養ヲ御願致シマス
二月二十六日午前四時二十五分
陸軍歩兵少尉  今泉義道
御祖父様
御両親様

其ノ遺書ハ如何ニナシタルヤ
畳ンデ上衣ノ物入ニ入レ携行シマシタ。
二月二十八日カト存ジマスガ聯隊出動前中隊ノ營内居住室ノ私ノ机ノ抽出ニ入レマシタ。
ソレカラ二月二十九日ノ夜 抽出ヨリ出シ、破リテ屑箱ニ棄テタカト記憶シマスガ
又再ビ抽出ニ入レタ様ニモ記憶シテ居リマス。
依テ　陸軍司法警察官陸軍憲兵軍曹 八木留次郎ヲシテ所属長立會ノ上第七中隊營内居住室ノ
今泉少尉ノ机ヲ捜査セシメタルモ發見スルニ至ラズ

營門出發ノ際 被告ハ自己ノ属スル部隊ガ何ノ目的ヲ以テ行動シアルヤヲ知リアリシヤ
中橋中尉ヨリ起サレタル際、中尉ヨリ
「 高橋蔵相ヲヤッツケルノダ 」
ト 言ハレテ居リマシタノデ コノ部隊ハ蔵相ヲ襲撃ニ行クノダト言フコトハ知ツテ居リマシタ。

中橋中尉殺害ノ決心ヲ爲シナガラ 何故ソレヲ決行セザリシヤ
私ノ決斷 心ノ足ラザル點デアリマシテ 「 ヤラウ 」 トハ常ニ考ヘナガラ決斷シ得ズ、
ズルズルト引摺ラレテ居ツタノデアリマス。

薬研坂ニテ中橋中尉ハ 第一小隊ニノミ彈薬ヲ分配シ被告ノ小隊ニハ弾薬ヲ渡サザリシ際、
被告ハ之レヲ如何ニ解シタリヤ
別段何トモ感ジマセンデシタ。

被告ガ第二小隊ト共ニ中橋中尉ヨリ停止ヲ命ゼラレタリト言フ シャム公使館ト蔵相私邸トノ距離如何
約二百五十メートル位ト存ジマス。

シャム公使館 東北側ニ停止中蔵相私邸方向ニ銃聲ヲ聞キタル時、被告ハコレヲ如何ニ判断シタルヤ
中橋中尉ハ トウトウ蔵相ヲヤッタナ　ト考ヘマシタ。

銃聲ヲ聞キテ間モナク中橋中尉、齋藤特務曹長兩名 走リ來リ、中橋中尉ガ
「 俺ノ後ニツイテ來イ 」 ト 言ツテ前進ヲ起シタル時、被告ハ何処ヘ行クモノト考ヘタリヤ
何処ヘ行クカ判リマセンノデ、私ハ中橋中尉ニ
「 何処ヘ行クノデスカ 」
ト 尋ネマスト
「 中隊ハ正門ノ控兵ダカラ此様ナ事態ニ立到ツタ以上、宮城ヘ應援ニ行カネバナラヌ 」
ト 云ヒマシタノデ、宮城ヘ行クノダナト思ヒマシタ。

半蔵門ヨリ宮城ニ入リタル際、被告ノ属スル部隊ノ人員如何
竝 其ノ中 高橋蔵相襲撃ニ參加セシモノハ誰々ナリヤ
中橋中尉以下六十二名デアリマス。
尚 其ノ中 高橋蔵相邸襲撃ニ參加シタモノは、中橋中尉ト斎藤特務曹長トデアリマス。

御守衛控兵ノ赴援ニ關シテハ常ニ師團命令ニ基キ聯隊ヨリ命ゼラルルニ非ズヤ
ソノ通リデアリマス。
然ルニ上司ヨリ赴援ニ關スル何等ノ命令ナキニ何故宮城入リタルヤ
其ノ點ニ關シマシテハ誠ニ申譯ナキ次第デ御座イマスガ、
當時私ハ非常ニ堅クナリ　ソノ判斷力ガ欠ケテ居ツタノデハナイカト存ジマス。
兎ニ角別段何モ考ヘズニ中橋中尉ニ指揮セラルルガ儘ニ宮城ニ入リマシタ。

中橋中尉ハ被告モ當時熟知セシ如ク蔵相邸ヲ襲撃セシ叛亂將校ナリ
然ルニカカルモノニ引率サレ宮城ニ入ルコトヲ恐懼極リナシトハ考ヘザリシヤ
其ノ點ハ深ク考ヘテ居リマシテ、中橋中尉ヲドウカシテ宮城ヘ入ル迄ニ殺害シヨウト考ヘナガラ、
半蔵門迄來タノデアリマス。
然ルニ遂ニ決行ヲ爲シ能ハズ、宮城ヘ入ルコトハ誠ニ畏レ多イ極ミデアルト考ヘツツ、
中橋中尉ノ指揮ノ儘ニ引摺ラレテ入ツタ様ナ次第デアリマス。

最初守衛隊司令官 門間少佐ニ會ツタ際、何故今迄ノ事件ヲ報告セザリシヤ
當時私ハ若干自失シテ居ツタ様デアリマシテ、報告シナケレバナラナイ狀況デアリナガラ、
ソレヲ忘レテ居ツタ次第デアリマシテ、今日ヨリ考ヘマスト全ク申譯ナイ事デアリマス。
然シナガラ 決シテ他意ガアツタ譯デハ御座イマセン。

被告ハ聯隊ヘ呼ビ戻サルル迄 宮城内ニ於テ如何ナル任務ニ服シ居リタルヤ
坂下門ニ於テ輕機ニケ分隊 小銃三ケ分隊ヲ指揮シ警戒勤務ニ服シマシタ。

其他 本件ニ關シ申述ベ度キコトアリシヤ
別段御座イマセン。

今泉義道
右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名捺印セシム
昭和十一年三月五日
東京憲兵隊本部勤務
陸軍司法警察官  陸軍憲兵大尉  林弥衛

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二・二六事件秘録 ( 一 )  から

山本又 豫備少尉の四日間 『 今ニシテ時弊ヲ改メズンバ 』

山本 又
訊問調書
被告人  元陸軍歩兵少尉  山本又
右ノ者ニ對シ 叛亂被告事件ニ附、昭和十一年三月四日、東京憲兵隊本部ニ首出シタルニ因リ、
本職ハ右被告人ニ對シ訊問ヲ爲スコト左ノ如シ
氏名、年齢、所属部隊、官等級、族称、本籍地、出生地、住所及職業ハ如何
氏名ハ山本又
年齢ハ四十二才
官等級ハ元陸軍歩兵少尉
族称ハ平民
本籍地ハ静岡県賀茂郡仁科村一色百二十八番地
出生地ハ本籍地ニ同ジ
住所ハ東京市外國分寺三二四番地
職業ハ明星中學校教諭
位記、勲章、記章、年金、恩給ヲ有セザルヤ
正八位、勲七等、瑞宝章、昭和大礼記念章ヲ拝受シテ居リマス
刑罰ニ処セラレタルコトアリヤ
アリマセン
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二 ・二六事件

何ガ爲ニ本事件ヲ起シタルヤ
久シイ間ノ上司ノ惡弊ノ累積ダト信ジマス。
加入ノ原因如何。
昭和九年夏頃 静岡歩兵第三十四聯隊ニ居タ山田洋大尉ノ紹介ニ依リ
磯部ノ明治神宮ニ在ル下宿ヲ訪ネタノガ、磯部氏ト知合ニナッタソモソモデス。
其後一、二回參リマシタ。
又 新宿 「 ハウス 」ノトキ一回、此度ノ家ニハ三回バカリ行キマシタ。
二月二十三日ニ自宅ニ磯部氏來訪シ何等要件ヲ申サズ、
二月二十五日午後六時迄ニ磯部氏ノ所ニ行クコトヲ約束ツケラレマシタ。

二月二十五日ニ行キシヤ
午後六時少シ過ギニ磯部氏ノ処ニ參リマシタラ、
今夜始メルガ歩兵第三聯隊ニ集合セヨト言ハレマシタ。

何ヲ始メルノカ聞カナカッタカ
聞キマセンデシタガ、昭和維新ヲ斷行ダト思ヒマシタ。
ドウシテ断行スル時期ト思ッタカ
「 今ニシテ時弊ヲ改メズンバ 」
ノ 御勅語ノ今ガ恰度今日ダト思ヒマシタカラ斷行ノ時期ダト思ツタ。

昭和維新ヲ翼賛シ奉ル方法如何。
陸軍大臣ニ嘆願シ　コレガ聞カレルコトニヨッテ、昭和維新ガ斷行出來ルト考ヘマシタ。

嘆願ノ内容如何。
1、上御一人親政
2、天皇機関説ノ絶對排撃
3、國防ノ充實
4、國民生活ノ安定
5、邪教ノ排斥
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
今度ノ事件ニ於ケル活動狀況ヲ述ベヨ
二月二十五日午後八時頃ニ歩兵第一聯隊ニ參リ、
栗原中尉ノ所ニ赴キ、
同聯隊ノ第十一中隊ニ行キ丹生中尉ニ挨拶シ、
蹶起ノ趣意書ヲ原紙ニ書キ印刷サセマシタ。



趣意書ハ誰カラ手渡サレタ
村中氏カラト思ヒマシタ。ハツキリ憶ヘマセン。

其時ノ服装ハ如何。
指揮刀ヲツリ軍服デ聯隊ヘ參リマシタ。
背広デ行ッタノデハナイカ
ソウデアリマセン。背広ハ磯部氏デ栗原中尉ノ中隊デ着換ヘシタト憶ヘテマス。

拳銃ト軍刀ハドコデ手ニ入レタカ
栗原中尉ノ隊デ栗原中尉カラモラヒマシタ。

其後ノ情況ヲ述ベヨ
(二十六日)
部隊カラ出ルトキニ機關銃ノ後カラ随行シ、陸軍大臣官邸ヘ參リ、
表門ノ処ニ居タ憲兵伍長ト握手シ、
「 御苦労様 」　ト云ツテ 又、「 陸軍大臣ハ負傷サセナイカラ 」 ト云ツタ後、
出入者ヲ表門ノ処デ監視シテ居リマシタ。
其ノ間、時々憲兵ノ詰所デ休ンデ居リマシタ。

山口大尉ハ大臣官邸ニ居リマシテ、
二月二十七日部隊ヲ有スル指揮官ニ宿舎命令ヲ下シタノデ、夫々 山王ホテル、幸楽ヘ參リマシタ。
私ハ新議事堂ノ小使室ニ行キマシタ。
コノ命令ハ、小藤大佐ノ命令ダト思ヒマシタ。
私ハ此処カラ 農林大臣ノ官邸デ夜ヲ明カシ、
翌日石原大佐殿、満井中佐殿ニ會ヒ、憲兵隊ニ參リマスト、
石原大佐殿ハ錦旗ニ向ヘバ討伐サレルト言ハレマシタカラ、
ソンナ事ノナイヤウニ勉メテ居リマスト申シマシタ。
満井中佐殿ガ後カラ來ラレマシタ。

其後ノ狀況ヲ述ベヨ
満井中佐殿ト憲兵隊似テ面會シ、次ノ事ヲオ願ヒ申シ上ゲマシタ。
山本ハ年長デアリマスカラ、心配シテ個人トシテ參リマシタ。
決シテ勅命ニ背キマセン。
ソムカナイ様ニツトメ、又皇軍同志討ハ絶對ニサセナイ様ニ努力致シマスカラ、
是非、昭和維新ノ大詔渙發ヲオ願ヒ致シマス。
満井中佐殿申サレルニハ、
大詔渙發ニ就テハ、石原サンガ心配シテ下サルカラ、先ヅ隊ハ命令ニ從ヒ集結シ、
將校ハ裁キヲ受ケルガ良イ。
山本ハ是非共、命令通リ後方集結サセタイガ、
微力デスカラ中佐殿ガ行ツテ將校ニ話シテ下サイト申シマシタラ、
中佐殿ハ憲兵隊長ノ命ヲ受ケテ立會ツタ神谷少佐殿ト一寸御話ノ上、
夫レデハ行カウト満井中佐殿ト山本ト自動車ニ乗リ、新議事堂ニ到リ、
山本ハ將校ニ集合ヲ願ヒ、中佐殿ニ命令ニ服スル様話シテ戴キマシタ。
中佐殿ハ歸ラレ、山本ハ便所ニ行ツテ帰ツタラ、將校ハ二、三名居リマシタ。
安藤大尉殿ト丹生中尉殿ダト思ヒマス。
暫ラクスルト、日本山妙法寺ノ山村上人外十五、六名法鼓ヲウツテ修行ニ參リマシタカラ、
オ願シテ新議事堂ノ入口デ君國ノ安泰ヲ祈ツテ戴キマシタ。
夫レカラ、夕方、農林大臣官邸ニ行キマシテ、一夜ヲアカシマシタ。
(二十八日)
翌日正午頃ト思ヒマス、
磯部サンガ飛ンデ來テ、攻撃シテ來ルカラ整列ト云ヒマシタ。
山本ハツカレマシタカラ以前ヨリ寝て居リマシタ　( 武装全部ヲ解キ )。
磯部サンノ聲デ起キ上ガリ、武装ヲ備ヘテ外ヘ出マシタ。
其時聯隊長殿と山口大尉殿ガ居ラレ、
是非、後方ニ集結スル様ニト磯部サンニ話シテ居リマスカラ、
山本ハ磯部サンニ是非、聯隊長殿ノ命令ニ從ヒ、全員整列シ、後方ニ集結サセテ下サイト云ヒマシタラ、
連隊長殿モ是非ソウシテ、私ノ言葉ヲ生カセロト云ヒマシタ。

夫レカラ山本ハ後方ガ大ソウ騒ガシイノデ、
見ルト、若イ少尉ガ七、八十名ヲ指揮シテ新議事堂ノ横ヲ陸軍省ノ方ニ行キマス。
兵ガ非常ニ競イ立ツテ居リマスカラ、大聲ニ靜カニセヨ、絶對撃ツテハナラヌト注意シマシタ。
夫レカラ腹痛甚ダシク、鐡道大臣官邸ノ一室デ一人腹ヲオサヘテ居リマシタ。

万平ホテルヘ行キマシタラ、安藤大尉殿ガ居ラレマシタ。
マダ腹ガ痛イノデ應接室ニ一緒ニ休ンデ居リマシタ。
其内、安藤大尉殿ハ全部山王ホテルニ引上ゲルカラ、後方ヲ見張ロウト思ヒマスト、
參謀少佐ノ方ガ一名ノ將校ト二人デ奉勅命令ノ書類ヲ持ツテ參リマシタト 兵ガ云ヒマスカラ、
此事ヲ安藤大尉ニ傳ヘマシタ。
安藤大尉ハ、
夫レハ連隊長殿ヲ通シテモライタイト云ヒマスカラ、
山本ガ出テ行っツテ少佐殿ニ、山本ハ奉勅命令ヲ謹ンデ服シマスト申上ゲマシタ。
此ノ時始メテ山本ハ奉勅命令ガ降ツタコトヲ知リマシタ。

夫レカラ部隊ノ後尾ニツイテ行キ、山王ホテルニ行キマシタ。
ソコデ、更ニ一人ノ將校ニ、奉勅命令デアルカラ服サナケレバイカヌト云ヒマシタ。
山本ハ、又戒嚴司令官、憲兵司令官ニ約束申シタコトガアリマス。
即チ勅命ニ反セナイ様及行軍同士討セヌ様微力ナガラ努力致シマス。
右二件ハ武士ノ一言金鐡ト考ヘ居リマシタ。

(二十九日)
朝、聯隊長殿ガ來ラレ、兵ヲ集メテ呉レト申サレマスカラ、兵ヲ集メマシタ。
聯隊長殿ガ兵ハ聯隊長ニツイテ來イト云ハレマシタ。
其時、山本ハツイテ行キマスト云ヒマシタ。
聯隊長殿ハ、ダマツテ居ラレマシタ。
其中、村中、磯部サンガ來マシタカラ、是非、山本ノ意見ニ同意シテ下サイ。
兵ヲ纏メテ先ヅ靖國神社ニ參拝シ、後退致シマセウト皆ニ云ヒマシタ。
暫ラクシテ皆同意シ、南無妙法蓮華經ヲ三唱シ、歸ルコトニナリマシタ。
山本ハ兵ハ外ニ出ヨトモウシ、外ニ出シ、皆叉銃シテ
石原大佐殿ノ代リノ參謀ノ方ノ指揮下ニ入リ、將校モ全部外ニ出テ、
香田大尉殿ガ一切マカシタト云フ言葉ヲ聞キ、山本ハ最後ノドタン場デヤツト勅命ニモ反セズ、
同士撃チモセズ、兩司令官閣下ニ約束セシ事ヲ果シタト考ヘ、
是ヨリ約束通リ 天裁ヲ受ケルタメ身延山ニ行クベク、
山王ホテルノ裏口カラ山王神社ヲ通リ 町ヘ出マシタラ、警戒嚴重デアリマスカラ引返シ、
山王ホテル内ノ地方人ニ着物ヲモライ 又山王神社ニ至リ、中間ノ神社ニ國家ヲ祈リ
夜ヲ其ノ裏ノ林ニテ明カシ、三月一日午前八時頃其処ヲ出發シ途中デ昼食ヲ爲シ、
六本木ノ歩兵第一聯隊ノ前ニテ礼ヲ爲シ、一夜ノ宿ノ礼ヲ心ニ謝シ、
乃木神社ニ參拝、大宮御所ヲ拝シ、信濃町ヨリ東海道ヲ松田驛ニ向ヒマシタ。
其日午後四時頃松田驛ニ著シ 相模屋ニ宿リ 翌日二日午後八時頃出發、
自動車ニ少々乗リ 多クハ徒歩ニテ御殿場ノ萩原ノ日本山妙法寺ニ至リ、
飯塚上人ニ事情ヲ話シ 僧服ヲ戴キ此ノ寺ニ一泊、
三日午前八時頃ノ汽車ニテ富士驛ニテ乗リ替ヘ 身延驛下車 單身身延山久遠寺ニ參拝
天裁ヲ仰グ旨ヲ日蓮大聖人ノ霊ニ申上ゲ、清水坊ニ一泊
三月四日午前七時五十分頃老上人耳ガ遠イノデ　オ弟子様及夫人ニ事情ヲ話シ、
金五圓ヲ置キ 此ノ事變ニ殉ゼシ齋藤實、高橋是清、渡邊錠太郎、

天野武輔少佐、野中大尉 其他ノ霊位ノ法要ヲ依頼シ
且 戒嚴司令官閣下 憲兵隊ニ出頭スベク、
神谷少佐殿ニ電報ヲ依頼シ、午前八時三十五分ノ自動車ニ乗リ、
身延驛ヲ午前九時十九分發富士驛ニテ乗リ替ヘ、東海道ヲ經テ、
午後二時二十分頃品川ニ下車シ、午後三時五分 憲兵隊ニ到着致シマシタ。
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家内ニ送リシ金五十圓ハ其出所如何。
歩一ヲ出發する時ニ磯部氏ガ私ニ當分ノ小遣トシテ 又 家族ノ費用トシテ渡シマシタカラ
傳令ヲシテ家ニ二月二十六日晩 届ケサセマシタ。

磯部ノ外ニ知ツタ同志ヲ擧ゲヨ
村中ヲ磯部ノ家デ知リ、其後磯部ト共ニ二、三回會ヒマシタ。

陸軍大臣官邸ニ行キシ心境。
大勢デ大臣ノ所ニ行ケバ昭和維新ガ斷行出來ルト思ヒマシタ。
此際萬一暴行スルモノガアツタナラ、自分ハ止メル考ヘデシタ。

磯部ノ所持金ヲ知リシヤ
全然知リマセン。

本件ニ附 陳述スベキコトアリヤ
二月二十八日ノ夜 山下少將閣下ガ鐡道大臣官邸ニ來訪セラレ、
村中ニ後退スル様ニ勧告シ居ラレタノヲ憶ヘテ居マス。
閣下ノ歸ラレル際、微力ナガラ努力シ命令ニ服サセタイト思ヒマスト云ヒマスト、
閣下ハ 君ハ修養ガ積ンデル故、物ガ解カルト云ハレマシタ。
自分ハ絶對ニ奉勅命令ニハ反シマセン、守リマシタ。
コレカラ天子様ノ御決定アラセラレタ御裁キヲ受ケル決心デス。

右讀聞ケタル処、相違ナキ旨申立ツルニ附、署名拇印セシム
昭和十一年三月四日
東京憲兵隊本部
陸軍司法警察官  陸軍憲兵少佐 〔 名 欠 〕
筆記者  陸軍憲兵伍長  氏家猛男

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