山口一太郎
第一回憲兵訊問調書
私は聯隊長のお供をして再び聯隊に引返し、
経理室に行ったり、兵器委員に会ったり、本部事務室に行ったり、
種々な事をした後、
聯隊長殿から、早く行動隊の意嚮を見て来いと促され、単身陸相官邸に向ひました。
時刻は午後三時か四時頃と記憶しますが、確実ではありません。
・・・ 前頁 山口一太郎大尉の四日間 1 「 大臣告示 」 の 続き
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二 ・二六事件
一、前記命令、注意、告示ヲ傳ヘマスト、將校一同ハ、
「 我々ハ首相官邸ニ於テ個人岡田ニ對シテデハナク、過去ノ日本ノ政治惡ニ對シ最後ノ止メヲ刺シタノダ。
コノ神聖ナ場所ニ吾々ガ頑張ツテ居テコソ、徹底的ノ昭和維新ガ出來ルノデハアリマセンカ 」
ト 口々ニ叫ビ、
コノ地ニトドマルコトニ就キ執着ヲ示シテ居リ、
又、
「 警備ニ任ズルト言フナラ強イ威力ガ必要デアリ、
吾々千五百人ヲ此ノ團結ノ下ニ、コノ神聖ナル地ニ働カセバ、
五千人分ノ威力ヲ發揮スルデセウ。
之ニ反シ、
今生木ヲ割ク様ナ事ヲサレレバ、
千五百人ガ失望落胆、五百人分ノ働キモ出來マスマイ。
趣旨ガ合ンデハアリマセンカ 」
トモ言ヒマシタ。
一、要スルニ、此ノ部隊ヲ分割シタリ、此ノ地ヲ去ラシメタリスルコトハ、
徒ニ彼等ヲ刺戟スルノミデアッテ、到底鎭靜セシメル趣旨ニハ合ハナイト悟リマシタ。
但シ、彼等ハ
「 敵ト見ズ味方トシテ云々 」
ノ 注意ニ對シテハ、極端ナ満足ヲ表シ、有難ヒト言ヒ、又 希望ガ出來タトモ言ツテイマシタ。
一、而シテ 告示ニ就テハ、物足リナイ様ナ感ジヲ洩ラシテ居リマシタ。
コノ意味ハ、彼等ハ昭和維新斷行ノ大詔渙發セラルゝモノト思ツテオッタ様デシタ。 ( ・・・維新大詔 「 もうここまで來ているのだから 」)
ソレデ其告示ガ彼等ニ示サレテオラナカツタ關係モアリ、
彼等ノ中ニハ 「 インチキ 」 ダト云フモノモアリマシタ。
其ノ當時ノ陸相官邸ノ空氣ヲ少シ申上ゲマス。
正午出發當時ノ和ヤカナ空氣ハ、吹キ払ツタ如ク消エ去リ、
妙ナ暗イ氣分ニ包マレテ居タノニ吃驚シマシタ。
富士山ノ室ノ隅ニハ、行動隊ノ將校約十名ガ物モ言ハズ沈鬱ナ顔ヲシテ控ヘテイテ、
其以外ノ將校ハ誰一人居ラズ、
只僅カニ別室ニ山下少將、鈴木大佐、馬奈木中佐ノ三名ガ居ラレタ丈デアリマス。
其ノ空氣ハ、實ハ幕僚聯中ガ三々五々トシテ、廊下ヤ室内デ、
一師團長ヲシテ討伐セシメルトカ、處置ガナマヌルイトカ、ナメラレテオルトカ、
盛ンニ聞エヨガシニ云フテオツタノデ、彼等ハ沈痛ナ狀態ニアリマシタノデス。
前ノ様ナ和ヤカナ空氣デアッタラ、命令ノ注意事項ハ固ヨリ、
告示ニ双手ヲ擧ゲテ賛成シタデアリマセウシ、
場合ニ依ツテハ、一師戰警第一號ノ第三スラ承知シテ貰ヘタデアリマセウニ、・・・＜ 註 1 ＞
コノ暗沈鬱ナ空氣デハ如何トモ致方ナク、
私ハ陸相官邸ニアルコト約一時間ニシテ説得シマシタガ、
何等 効ヲ奏スルコトナク淋シク其処ヲ去リ、師團ニ參リマシタ。
途中 聯隊ニ立寄ツタ様ニモ思ヒマスガ判然トシマセン。
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＜ 註 1 ＞
一師戦警第一號
第一師團命令 ( 二月二十六日午後四時 於 東京 )
一、第一師管ノ戰時警備ヲ下令セラル
二、師團ハ昭和十年度第一師團戦時警備計畫書ニ基キ担任警備地域ノ警備ニ任ジ治安維持ヲ確保セントス
近衛師團ハ其警備担任區域ノ警備ニ任ズ
三、歩兵第三聯隊長ハ 本朝來出動シアル部隊ヲ合セ指揮シ、担任警備地區ヲ警備シ治安維持に任ズベシ
但シ 歩兵第一聯隊ノ部隊ハ 適時歩兵第三聯隊ノ部隊ト交代セシムベシ
四、歩兵第一聯隊ハ屯營ニ待機シ後命ヲ待ツベシ
五、歩兵第四十九聯隊、歩兵第五十七聯隊及戰車第二大隊ハ所命ノ地点ニ兵力ヲ終結シ、待機ノ姿勢ニ在ルベシ
六、其他ノ在京部隊ハ第一師團戰時警備計畫書ニ基キ行動スベシ
七、第一師管各衛戍司令官ハ所要ノ警戒ヲ行イ、夫々衛戍地ノ警備ニ任ズベシ
八、本警備ニ在郷軍人及防護團ハ別命アル迄使用スベカラズ
九、予ハ師團司令部ニ在リ
師團長 堀 中將
併セテ次ノ事項ヲ口達セラレタリ
一、敵ト見ズ友軍トナシ、
共ニ警戒ニ任ジ軍相互ノ衝突ヲ絶對ニ避クルコト
二、軍事參議官ハ
積極的ニ部隊ヲ説得シ一丸トナリテ活潑ナル經倫ヲ爲ス
閣議モ其主旨ニ從イ善処セラル
・・・リンク→ 命令 「 本朝出動シアル部隊ハ戦時警備部隊トシテ警備に任ず 」
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師團ニ到リ、先ヅ師團長閣下ニ、次デ參謀長殿ニ次ギノ如ク報告シマシタ。
「 行動隊ヲ今俄ニ分割シタリ、又ハ彼等ガ神聖ナ地ト信ジテ居ル首相官邸附近ヲ去ラセタリスルコトハ、
徒ラニ彼等ヲ刺戟スル許リデ、親心ヲ持ツテ漸ヲ逐ヒ處置サレルノガ適當デアリ、
斯クスルコトニ依リ、輦轂れんこくノ下、皇軍相撃チ、市民ヲ傷ケル事ヲ避ケル趣旨ニモ合ウスルト考ヘマス。」
コノ私ノ意見具申ガ御採用ニナツタノカ、
一師戰警第二號ガ發令サレマシタ。
要旨ハ次ノ如クデアリマス。
「 歩一聯隊長ハ、行動隊全部ヲ指揮シ、永田町附近ノ警備ニ任ズベシ。」
私ハコノ有難イ命令第二號ニ依リ、
若イ人達ヲ刺戟セズ、從テ、流血ノ惨ヲ防ギ得タ事ニ對シ、
餘リノ嬉シサニ人ノ居ナイ參謀室ニ泣イテ喜ビマシタ。
其後參謀長殿ニ、近歩三 ( ・・・中橋隊 ) ハ如何致シマスカト云フ事ヲ伺ヒマシタ処、
「 ソレハ戰時附近ニアル中隊ハ、其処ノ高級先任者之ヲ指揮スト言フ原則デヨイデハナイカ 」
ト 言ハレマシタ。
前後ハ分リマセンガ、
師團司令部ニハ聯隊長殿ガ居ラレタ様ニ思ヒマス。
ソシテ聯隊長ト共ニ夜ノ雪ヲ衝イテ、陸相官邸ニ向ツタト思ヒマスガ、
或ハ聯隊ニ立寄リ聯隊長殿ヲ誘ツタノカモ分リマセン。
兎ニ角歸ル時ノ行動隊ノ警戒ハ、誠ニ至嚴ナルモノデ驚キマシタ。
殺氣ガ満チテオリマシタ。
此ノ警戒ノ中ニ一時首相官邸ニ立寄リ、直ニ陸相官邸ニ這入リマシタ。
陸相官邸ノ小部屋デハ、彼方此方、若イ人達ガ集ツテ評議ヲシテ居リ、
私モ其ノ中ニ入レテ貰ツタコトモアリマスガ、
何ニヲ話シタカ全ク興奮其ノモノデ、記憶ハアリマセンガ、
大體斯様デアッタト思ヒマス。
生木ヲ割キテ地ヲ去ラシムルコト、
近衛師團ニ對シ憤懣、
軍事參議官トノ會見準備、
幕僚ニ對シテハ可也怨嗟えんさノ聲、
第一師團戦戰警備第二號ニ對シ、若イ人達ガ大變喜ンデ呉レタ事、
ヲ憶エテ居ル丈デアリマス。
間モナク其等ノ會合ハ、
軈やがて開カルル軍事參議官各閣下トノ會見ノ準備デアルコトガ判リマシタ。
彼等ハ此ノ準備ガ大切デアル爲、
折角私ノ持ツテ行ツタ一師戰警備第二號ニ對シ、
餘リ興味ヲ持タナカツタ様デアリマシタ。
午後十一時頃 ( 正確ナ時刻ハ參議官ニ訊ネテ下サイ )
軍事參議官閣下ガ角ノ室ニ集合サレ、
若イ人達ノ代表トシテ
村中、磯部 ( 疑問 )、野中、栗原、香田ノ五名 ( 確実 ) ガ這入リマシタ。
軍事參議官ハ私ノ記憶ニヨレバ、
林、眞崎、阿部、荒木、西、寺内、植田大將ダツタト思ヒマス。
其ノ外、山下少將、鈴木大佐 ( 疑問 )、小藤大佐、及私ガ傍聴致シマシタ。
會見ノ内容ハ、今詳シク記憶シマセンガ、
若イ人達ハ
「 牧野、西園寺、宇垣、南ノ四名ヲ逮捕シテ下サイ 」
ト言フコトヲ云始メトシテ、
立派ナ内閣ヲ作ルト言フコトヲ早クヤルコト、
皇軍相撃タヌコト 等ヲ要求シ、
吾々ノヤツタコトハ忠義デアルカ、逆賊デアルカ
等 質問シテ居リマシタ。
之レニ對シ主ニ答ヘラレタモノハ荒木閣下デアリマシタ。
荒木閣下ハ、
「 ソンナ老人ヲ捕えても何ニモナラン。ソンナ人達ハ今更何ニモ出來ル人達デハナイ。
捕エテモ何ニモナラン。又 内閣ノ事ニ就テハ、吾々臣下ノ者ガ彼是申ス可キデナイ。
早クヤレ、皇軍相撃ツナト言フコトニ就テ、君達カラ言ハレル迄モ無イ事デアル。」
ト 述ベラレマシタ。
眞崎閣下、
「 吾々ニ總テヲ委シテ呉レンカ。委スル以上ハ条件ヲ附ケナイデ呉レ。
キツトヤルカラ。我々モ命ガケダ。今迄ハ努力ガ足リナンダ。今度ハキツチリヤル。
全部一致團結シテ居ル。吾々ガヤルト言ツタラ、君達ハ吾々ノ懐ニ飛込ンデ呉レンカ。
然シ日本デハ大御心ガ一番大事ナモノゾ。コレハ絶對デアル。
我々ガ如何ニ努力シテモ必ズ必ズコノ範囲内ノ努力デアル。
一度ビ大御心ニヨリ決ツタナラバ、オ前達ハ己レヲ空シクシテ從ハネバナラヌ。
之レニ反すルナラバ、私ハ遺憾乍ラ君達ヲ敵トセナケレバナラヌ。」
ト 述ベラレマシタ。
之等ニ對シ、私ハコウ述ベマシタ。
此レハ感極マツテ傍聴者タルコトヲ忘レテ申シタコトデアリマス。
「 若イ人達ガ逮捕シテ呉レト云ヒ、
荒木閣下ハ絶對ニ不可ト云ハレマシタガ、何トカ中間ヲ執ツテ頂ケマセンカ。
仮令バ、東京カラ遠イ所ニ居サセルト言ウ處置モアリマセウ。
又 内閣ニ就テノ批判ハヨクナイコトデアリマスガ、
コウイウノハイケナイ、
コウイウ内閣ガ良イ
ト 云フ位ノ評判ハ良イデハアリマセンカ。
又 軍事參議官閣下ガヤルト言ワレマスガ、
矢張リ内閣ヲ想定サレナケレバ、何事モ出來ヌデアリマセウ。
モツト親切ニ若イ人達ト話シテ下サイ。」
ト 言ヒマシタ。
斯クノ如クシテ再ビ
若イ人達ト軍事參議官閣下方トノ間ニ種々ナ話シガ進メラレマシタガ、
之ヲ要スルニ
若イ人達ハ、コノ一擧ヲ口火トシテ直チニ全面的昭和維新ニ入ルコトヲ主張シ、
參議官方ハ、種々ナ事情デ一概ニソウハユカヌト述ベラレ、
判然シナイ結果デ 二十七日午前二時頃コノ會見ハ終ワリマシタ。
若イ人達ハ富士山ノ室ニ退キ、
午前五時頃迄種々ト話シ合ヒ、
ウドンを食ベテ、一同ト共ニ寝マシタ。
參議官方ハ大部分午前四時頃迄オ話ヲシテ居ラレタ様ニ思ヒマス。
此ノ場デ私ハ大臣告示ヲ確認シタト思ヒマス。
又 質問ニ應ジテ一師戰警備第二號要旨ヲ申アゲタ様ニ思ヒマス。
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二 ・二六事件秘録 ( 一 ) から
