新しい月を迎えた。
石原慎太郎氏の死去が報じられた。『太陽の季節』しか読んでいない。同学年の作家・政治家としての活躍を見てきたが、感覚的にあまり好きになれないタイプの人であった。あくまで個人的な感覚として。しかし、同世代の人の死には、特別な寂寥がある。
充足感のないまま1月が去り、2月がやってきた。
すこぶる体調の悪い1日。
昨日、3回目のコロナの予防接種をしたせいかどうかよく分からない。
熱は朝から微熱状態ではあったが、最高が37.5度というのは、私にとってはあまり気にならない体温である。が、なんだか気力がボロボロ、ずーと目を閉じていたい感じになり、人間を廃業してしまったような感覚であった。
先生から、カロナール(2回目接種の際、処方された薬)を飲むよう言われて服用。
そのあと、3時過ぎから、ちょっと調子が回復したような気がし、三宮麻由子著『そっと耳を澄ませば』を読み始めたが、長くは続かなかった。
夕食後の今、また、絶えず目を閉じたくなる。眠いわけではなく。しかし、こんな日は早く休んでみよう。
石原慎太郎氏の死去が報じられた。『太陽の季節』しか読んでいない。同学年の作家・政治家としての活躍を見てきたが、感覚的にあまり好きになれないタイプの人であった。あくまで個人的な感覚として。しかし、同世代の人の死には、特別な寂寥がある。
同学年作家には五木寛之氏がおられる。
生年月日を確かめ、石原慎太郎氏と全く同じであることには今日初めて気づいた。
五木寛之の方も小説はほとんど読んでいないが、エッセイを多数読ませてもらった。書棚に、一段分の本が並んでいる。
この稿を書きながらも、幾度も眼を閉じてしまう。ひとりでに目を閉じたくなるこの不思議な現象は、ワクチン接種後の倦怠感であろうか? それとも別のシグナルであろうか?
(まとまりのない文章になってしまった。)