ねもばーばのはっぴーらいふ

バーバの山歩き、花めぐり

9月9日(火)ボランティアなどいろいろ

2014年09月10日 | ボランティア

今日は峠の向うの病院ボランティア

朝の常念岳は大方隠れている。

              今日の切花は

                     コスモス、ミズヒキ、ススキ

浅間山も朝は全く見えず、午後もやっぱりみえない

 

午後はA病院入院中のSさん、午前9時にOP室開始されている。帰室する様子をみて、半日の付き添い。A病院の看護の実態を垣間見た。

 

夕方からは、信大病院の水曜日のボランティア仲間の食事会、遅ればせながら゛暑気払い”

繩手横丁の近くの会場へ移動中にお腹が空いていたせいか、たい焼き3個買ってしまった。

これから食事会だというのに・・・明日の朝食にしよう。

 

  

きれいな夕焼も、高いビルがじゃましている・・・女鳥羽川に夕焼が映っている

食事会はこの蔵づくりの「尚古庵」 和食会席でゆっくり、ご馳走とおしゃべり。

天井の梁をみると・・・

 

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笠ヶ岳 2,895mに登る その2

2014年09月10日 | 山歩き

2日目・9月7日

夜中には雨だったが、朝にはやんだ。しかし濃霧でご来光は望めなかった。

5時朝食

6:00 寒いので上着を1枚増やして、下山開始した。昨日登った道を下るので気分は楽だった。

私は霧に濡れる花たちの撮影をたのしんだ。こんな日は一眼レフで撮りたいが・・今回もコンデジだけしかもってきていない。

スゲに咲く霧の花

               ウサギギク

ガンコウランもイチゲも残っている・・やっぱり今年は異常気象だった。

                       

今日もチングルマをとる

                       

これは食べられない茸?

 コガネギク

ここから杓子平に下る

 

↑ 向うの尾根が見え隠れしている

↓ 湧き水が流れる音がする・・・ふたりは゛汲みに行こうヨ!”と

 

私はその間に撮りましょう

            クロマメノキの露

                          セリの仲間やキクの仲間

                       

ハクサンイチゲが残っている

まだ、笠ヶ岳は雲の中、抜戸岳だけがみえる。

ここからは岩だらけの歩きにくい登山道を3時間くだることになる・・


<アクシデント発生> 

他の登山者の参考にしてもらうために、あえてここに書くことにした。

2200mの標識の下、2150m付近で、一番前を歩いていたSさんが突然私の視界から消えた!激しい悲鳴!

谷側に傾いた大きな石と木の枝の間に体ごと挟まれている。

Sさん”ボキッと音がした。左脚が折れたかもしれない・・・困った・・どうしよう”と 

(私の整形外科の経験から)確かに骨折時の痛みのようだ。とにかくこのままでダメだ。登山道の脇にマットを引いて移動し、ある材料をかき集め下腿の固定を試みた。

3人の装備の中からエアマット、三角巾、靴の紐、予備のロープを使いできるだけ動かないようしたが、それでも少しの震動で激痛がある。足首にタオルを縛り、踵方向に牽引すると痛みは軽くなる。

これからどうすればいいか・・・これでは背負って下りることはとても無理だし、危険だ。ヘリを頼むしかないと本人も納得した。本人が携帯電話で119番、高山市の消防署につながった。

間もなくヘリが飛んできてくれたが、私たちがいる標高より下で音がするが機体は霧の中。直ぐ旋回して去ってしまった。スマホで何回かのやりとり 消防隊の要求は” 下からは判らないから、現場から向うの尾根が見え、空が空けたら知らせてくれ・・”など。

根気よく待つしかない・・・本人は痛みに耐えながら、明日からの仕事の心配をしている。

2時間して霧がサアッと引けた ”今です!お願いします!”と。

今度はヘリが飛んできてくれた!うれしかった。私は牽引の手が離せないので、Y君が赤いザックカバーを必死で振った。ヘリは見つけてくれた。

この事故現場が視界が利く場所で本当によかった。

                      

                       

患者となったSさんを乗せた機体は雲の中に降りて行った。

結局、高山市消防隊のヘリにピックアップしたもらったのは事故から2時間後となった。

残された私たちは彼女のザックもかついで下りることになった。樹林帯を下りながら話したことは・・もしこの樹林帯で今回のような事故になったら、ピックアップしてもらうことはできなかった。そしたら・・・どうなっていたのかな・・・3人いてよかった。単独行はやっぱりダメだねと。3時間後、新穂高の駐車場に疲れきって下った。

本人が高山市の総合病院に搬入されことを確かめ、そこに向かった。しかし、高山市で、入院治療を受けることはいろいろ支障があるので、松本市内の病院に紹介してもらい、自家用車で引き返したのだった。

2日後の昨日、左下腿骨骨折に対して手術を受けた。

Sさんは患者を看護する側から患者自身となって、貴重な経験をすることになったということか。

 

 

 

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