ねもばーばのはっぴーらいふ

バーバの山歩き、花めぐり

最近の蓼科山

2009年01月30日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 これは上田市武石(旧武石村)からの蓼科山(2530m)
1月下旬になると、中腹まで雪がついて、白い部分が多くなった。この小さい写真では判りにくいかもしれない。山のこちら側は北西だから2月下旬のほうが白くなるだろう。諏訪湖の反対側へ大門峠を下ってくると、エコーバレーと鷹山スキー場がある。お客さんを待っていることでしょう。

夕方からまた、雨になった。大きな低気圧の影響とか、なぜ寒中なのに雪にならないのか?そのメカニズムが理解できない。
節分まで、暦の上の春までに数日あるというのに・・・。
北海道は大雪になるかな。
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今日の常念岳 三才山峠から

2009年01月28日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 先日、山岳会の新年会の時の話
 三才山峠(国道254号線)を松本に下る時、常念岳がきれいに見える場所があるという話がでた。私は「餓鬼岳はみえるけど~常念は見えないと思うけど・・・」と。“いや!それが見える場所があるんだ”と上田市民のおふたりは主張した。それなら確かめてみましょうと。
今日は上田方面に行く用事はなかったが、すごくいい天気だったので、峠に車を走らせた。

ありました!ありました!確かに。
松本から上がっていくと、一の瀬橋,船窪橋の上「山の神橋」でばっちりとバックミラーに入りました!
この道は急なカーブと長い下り坂が続くので、いつも慎重に運転している。
上田から下ってきて、いくつかのカーブを曲がりこの山の神橋を渡り終える一瞬だけ、常念岳が見える。見えるのはカーブとカーブの間100mくらいだから、スピードを出していると本当に一瞬だからね!今日の常念岳は白く輝き本当に美しかった。
特に、雪の常念岳、この美しさに眼を奪われ、運転を誤らないように願います。
ちょっとしつっこいアドバイスだったかしら?
この橋のたもとに上り車線を脹らませた場所があり、チェーンの着脱所か退避所だと思っていたが、この景色を見るための駐車スペースだったかもしれない。
私もこの場所に停め、この写真を撮りました。

この場所で見れなかった時→→この方法はどうかしら。
ここから数分下って、洞(ほら)の交差点を右折→松本トンネルをくぐる→100円を料金所で支払う→そこで降り→安曇平の上に眼をやると常念山脈がばっちりです。
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 虚空蔵堂山門

2009年01月23日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 これが虚空蔵堂山門です。
この山門から100m位、山(独鈷山)に向かったところに1486年(文明18年、室町時代後期)造られた「法住寺 虚空蔵堂」が建っていた。大正時代に重要文化財に指定されている。周りはそう広くない杉林で、人気のない庫裏と思われる家と朽ちかけたシーソーがあった。かっては、子供たちがにぎやかに遊んでいたのだろう。
これらの写真はまた今度に。
ここから独鈷山への道があるか少し探したが、見つけることができなかった。
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独鈷山登山口の案内板(道標)

2009年01月23日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 <塾大のもりもりサンへ>
 元旦登山の記事の中に、独鈷山の登山口にはいい感じの山門があると、コメントに書きましたが、実は私の勘違いだったことが判明しました。
今日、その写真を撮ろうと思って車を降りてみました。
ところが、宮沢の登山口に建っていたのは、この普通の(平凡な?)看板で私が思っていたのとは違うことに気がつきました。そこで少し歩いて探してみたところ、宮沢口から400m~500m、丸子の町方面へ下ったところに、その山門があったのです。
それは恐れ多くも「重要文化財 虚空蔵堂」の山門だったのです。
7年間も通勤した国道脇にあるのになぜ勘違いしていたのかしら?運転に集中していたから? 独鈷山には2年続けて元旦に登ったのだが、暗闇をヘッドランプを使っていたことと、下りは少し近道をして裏道を駐車場に戻ったからかしら?

次にその勘違いした“風情のあるいい感じの山門”の写真を載せます。
4月下旬に塾大でここ独鈷山に登る予定ということですから、この山門まで少し寄り道するのはどうかしら。
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今日の雪

2009年01月22日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 1月6日の後、雪かきが必要な積雪は今朝が2回目。べったりとした湿っぽい雪で、木の枝の雪は夕方に解けてしまっていた。明日の予報は“雨か雪”だが、この気温だと多分雨かな。
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山の花の本 その2

2009年01月21日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 2002年に同じく山渓から「山渓ハンディ図鑑8 高山に咲く花」が一回り大きいサイズA6版・495頁で発行された。
花の種類も多く、色もいいが、解説文がそっけなく (私には)物足りない。実は編集・解説者がご近所に住む博士なのだが、彼の責任ではない。山渓の企画なのだから。また、ハンディ図鑑となっているが、中高年が持ち歩くには重過ぎる。
最近はデジカメで撮ってきたものを家に帰ってから調べることができるから、この本のように少し重くても情報が多いのがいいのかもしれない。
少し前までは、広角レンズとマクロレンズを付け替えるのが面倒なので2台のカメラを持って登っていた時代もあった。今は少しでも軽いことが重要で、小さなデジカメは有難い。
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山の花の本

2009年01月21日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 山を歩く時の一番の楽しみは、里にはないいろんな美しい可憐な花たちに会えることである。
 21歳で仕事に就いた。その仕事は非常に厳しい医療の職場だった。月に4日の定休日にはくたびれて寝るだけになることが多かった。その反動でか無性に山に行きたくなると、夜勤と夜勤の間のわずかな時間を山で過ごすことが多かった。体力も気力もあるころの話である。
昭和42年に山渓カラーガイドの1冊として「カラー山の花Ⅰ」B6版200頁が発行された。それは美しい本であった。写真撮影者は穂刈貞雄、内田良平、中沢義直、白旗史郎(旗には竹冠がつくのですが・・)当時の一流の山岳写真家が名を連ねていた。1つの花の写真の裏にそのまま1頁が詳しい解説文に当てられていた。所々に花の背景に尾瀬や槍ヶ岳、白馬岳、剣岳などが写っており、この山に行きたい、その花に会いたいと気持ちを募らせた。その後まもなく第Ⅰ集に掲載されなかった花が網羅された「山の花Ⅱ」が出た。
著者は前書きに“山に登る時は気軽にポケットに押し込んでいってほしい”と書いており、そのとおりよく持ち歩いた。ある日、「花Ⅰ」を持って登った山で生憎大雨になってしまった。ビニール製のブックカバーがついていたが、私は更にピニール袋に入れていた。だが帰ってみたら雨が浸み込んでしまっていた。大急ぎで拭き取ったが、所々紙がくっついて離れなくなってしまった。無理をするときれいなカラー印刷が台無しになってしまうので、そのままそーっとしておいた。
何年か後に大名町の古本屋に「山の花ⅠとⅡ」がセットで出ているのを見つけた。値段が初版本は1冊480円だったが、古本屋では2冊で3000円となっていた。飛びついて買ったのは言うまでもない。くっついてしまったその「山の花Ⅰ」は今も本棚に大切にしまってある。

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蓼科山

2009年01月19日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 長和町からの百名山・蓼科山2530m 
左側が佐久側、右側が諏訪側。この富士山のような形から「諏訪富士」とも。
この山の後方に八ヶ岳連峰が延びていく。
4つの登山コースがあり、私は8年前に茅野側から初めて登った。頂上には大きな岩の塊が累々と広がっており、その岩の窪みに足をとられないように慎重に歩いた。360度の展望が広がって、唯一のヒュッテが風を避けるように建っていた。

昨日はこの撮影地の近くで、所属山岳会の新年会。
 会員の中には蕎麦打ち名人が何人もいて、それぞれがお得意の蕎麦を打ってくれた。二八蕎麦(小麦粉対蕎麦粉が2対8)を打つ人、一九蕎麦(同じく1対9)の人、ひやかしの人などとにぎやかに始まった。
その他のご馳走は、野菜のかき揚げ、自慢の漬物各種、鶏肉の黒砂糖煮、タンの胡麻油炒め、おでん、蕎麦がきとすんき汁などなど。酒は木曾、新潟、須坂の銘酒。たらふく喰らって閉会。

帰りの峠では雨。寒中の標高1100mで雨とはどうゆうことか!やはり異常気象だ!

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今日の浅間山

2009年01月16日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 丸子の岩屋堂からみた浅間山
今日は良く晴れているので、火口からの水蒸気か噴煙が良く見えた。
前方の町は上田市丸子(旧丸子町)
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マイナス23.8℃ 菅平高原

2009年01月16日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 今日は最高に冷え込んだ。
 本日の気温 松本市:マイナス10℃、長野市:マイナス2.5度、長和町:マイナス12℃
       菅平高原:マイナス23,8℃ これは富士山頂と同じだったとか!
午後、ボランティア後、この菅平や浅間を見たくて丸子町へ寄り道した。
今朝は菅平が日本中で一番気温が低かったというニュースには驚いてしまったのだ。気温が低い割には山は白くなっていない。前方の道路や依田川の堤防も昨日の雪は消えている。この依田川は美ヶ原を源流とする清流で、ここから数キロ下流で千曲川に合流する。鮎が解禁となる時期は釣り人でにぎわう。

菅平の代表的な山は四阿山と根子岳だ。
右側の白い山が「百名山の四阿山2354m」 この山は公園にあるあずま屋のように見える姿のいい山だが、この写真では判りにくいかな。
左横には「花の百名山の根子岳2207m」
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蔵づくりのカレー専門店 デリー

2009年01月14日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 蔵のまち中町、黒なまこ壁の土蔵づくりは、カレー専門店「デリー」 
この建物は写真やスケッチをしたくなる雰囲気をもっている。
いつからカレー専門店になったのかわからないが、私が学生時代を過ごした昭和40年頃にはすでにカレーライス屋だった。名前がデリーだからインドカレーということか、数年前に入ったのが最後だったかしら。

この中町は、江戸末期から酒屋や呉服屋などの問屋が集まっていた。明治の大火以降に、耐火に優れた蔵づくりの建物がつくられたという。
ここは、今一番の観光スポットになっている。
残っている蔵がレストランや蕎麦処、和菓子屋、飲食店、ホテルなどに使われている。私が一番使っているのが、松本民芸家具のお店です。

<一大事が起こった!>
 昨日の朝、パソコンが立ち上がらなくなった。前の晩,寒中見舞いの手紙を数通書き、印刷し、その後にブログを更新した。問題なく正しい手順で「終了」させたし・・・などとうじうじ考えたが心当たりがない。いろいろ触るのはこわいので、そのままにしておき、今朝もやってみた・・・やはり立ち上がらない。
ボランティア仲間の青年まこぽんサンに診てもらおうと持っていった。昼休みに電源を入れたところ、なんなく立ち上がった!!
どうも原因はパソコンを窓際の寒いところに置いたことも一因か・・ということになった。
このところ松本は最低気温はマイナス6℃。夜中は居間の暖房を切るので、朝方の室温はマイナスになっているかもしれない。今夜から置き場所をかえてみることにする。明日の朝も冷え込むらしい。雪はないのに冷え込む。これを“空凍み・カラジミ”という。さあどうなるかな。



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祝:成人の日

2009年01月12日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 昨日、松本城から千歳橋方面をながめた大名町。かろうじて歩行者天国の時間帯に間に合ったので、こんな風景画がとれた。奥のほうに写っている車は出店を片付けている車だった。
今日、ここを通ったときも国旗とあめ市の旗が並んでぱたぱたとはためいていた。成人の日の祝典は昨日のうちに挙行され、あめ市も昨日までです。
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松本あめ市 

2009年01月11日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 1月11日は「松本あめ市」
 全国都道府県対抗女子駅伝を見終わって、3時ころ出かけたら、大方の出店が片付けを始めていた。商品が売り切れて早々店じまいだったらめでたいことだ。出店は伊勢町、大名町、千歳橋の上、本町に沢山のテント張りの店があったはず!なのに、(高崎)だるまの店はなく、あめ市の目玉商品の「新橋飴」もなく、やっと中町蔵シックという立派な建物(公共の店?)に残っていた。縄手通りは大勢の人であふれていたので入らなかった。

昔は「塩市」だったのがなぜ「あめ市」になったのは諸説あるらしい。
この福あめの袋にはこのような解説文がついていた。
 「敵に塩を送る」という戦国の故事があります。
 あめ市は、今からおよそ400年ほど前の戦国時代、敵対する上杉謙信から武田信玄 に送られた塩への感謝とよろこびの祭り(塩市)としてはじまりました。福あめ はあたらしい年のみのりと、人々のすこやかさをもたらしてくれる縁起物とされ ています。

今朝の信濃毎日新聞には塩市があめ市になった理由について、地域史家の説を紹介してる。「松本商人が、寿命が延びるとして正月に食べる習慣があったあめと塩を結びつけた」

商人の町・城下町の松本は、祭りと花火が好きなところ。生まれ故郷の木曾では、木曾福島町の夏祭りしか花火を見たことがなかったので、松本に出てきた時、しょちゅう花火があがるのには驚いた。

話を全国都道府県対抗女子駅伝にもどすと、長野県は今までの最高位である8位入賞を果たしたのです。
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本日は晴れ

2009年01月10日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 本州の日本海側や北海道は大雪注意報が出ていますが、松本は朝から晴れ渡りました。
今日はお年寄りの施設でお仕事。
デイルームに差し込む光は暑いくらい。昼食のあとちょっとそこまでと、お年寄りひとりとお散歩に出ました。通りに出た途端、刺すように冷たい風が当たった。帽子と手袋もしてなかったので、驚いて家に引き返してしまった。日差しにだまされ、油断してはいけない。まだ、寒中なのだから。
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新年になって二回目の積雪

2009年01月09日 | 山 自然 花 登山 信州 ボランティア
 松本、今朝の積雪量はこのくらい。
朝から雪になったが、それほど寒くない。峠の向こうのいつもの所で、ボランイアが終わって帰る午後1時ころには雨粒に変わった。寒中のこの信州で雨など降らさないでほしい。
いま、少し冷えてきたから、夕方からは雪に変わるだろう。
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