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即席の足跡《CURIO DAYS》

毎日の不思議に思ったことを感じるままに。キーワードは、知的?好奇心、生活者発想。観る将棋ファン。線路内人立ち入り研究。

謹賀新年 2013

2013年01月01日 11時29分45秒 | 日記とニュース
穏やかな暖かい元旦です。
2013年、始動しました。

政治も、復興も、未来への青写真作成も、今の日本は停滞どころか後退してるのかもしれません。

今年は足元に拘りたいと思います。
自分の生活から、自分の周辺から、自分がいいと思うことを着実にやっつけていく。
当然自分だけが幸せになって充実すればいいなんてことではなく、その拘り、変化、自分らしいことの影響をできれば波紋のように広げていければ、ってことで。

一日一日を大切に、新鮮に、充実させたい。

小山薫堂さんの言葉。


そんなことで今年は大きな目標ではなく、

1.細部に拘る。
毎日の生活の小さな部分、どうでもいいと思える部分を大切にしたい。
原点に戻って見直したい。
自然の流れに、今の自分に合った形に、修正していきたい。

2.片づけをまめに。
掃除とか整理整頓とかどんどん捨てることを生活全般に、あるいは仕事も含め、まめにやっていく。
見つからない、そのまんまにしておく、ということの無駄を極力なくす。

3.新たなはじまりを。
年末になって、今年はこういうことを始めた一年だった、とか、こういうことが形になったとか、こういう新しいことを手掛けられた、というような一年にしたい。
マラソンを始めた、とか、マックを始めた、とか、何でもいいのだけど、自分にとって新しいこと、
仕事でもいいし、生活でもいいのだけど、何かしら新機軸をスタートできたらいい。

そんなことを元旦に考えています。

去年の元旦の記事を読み返したのだけど、今年も一人でも多くの笑顔が生まれるように、自分のできることを精一杯、自分らしい形で進めて行ければいいなと思っています。

笑顔がいっぱいの2012年になりますように!

皆様、本年もどうぞよろしくお願いします。
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良いお年を!

2012年12月31日 17時17分21秒 | 日記とニュース
さて、またまたご無沙汰してしまいました。

ずっといろいろ予定があって、(いつも同じような時期だけど)28日からやっと始めた年賀状。
精力的にかなりのペースでやって昨日には完了。
元旦には着かないかもしれないけど近年のペースにしては早い方。
なんたって昨年は紅白見ながらコメント書いて、最後出せたのは元旦という史上最遅記録更新の体たらくだったから。

それにしても年賀状に、『ご無沙汰してますがお変わりないでしょうか?』とどれだけ書いたことだろうか。
連絡=沙汰をしてないのでご無沙汰。
最近はずっと会ってはないけどfacebookなどのソーシャルメディアでつながってる人も結構いる。
この歳になって、沙汰をしたい人、ご無沙汰のままの人、沙汰もせず切れてしまった人、などなどいろいろいる。

与えられた時間は限られてるので、そのキャパの中でどれだけ有意義な人間関係を再構築していけるのだろうか。
歳とともに見直しを図っていくのか、同じような関係をずっとこのまま続けていくのか、ケセラセラで行くのか。
自分の判断基準も変わっているし周りの人だって変化している。
どちらにしてもどんな人たちが周りにいてくれるのかってことは幸せの大きなスタンダードだと思うので、年賀状を書きながらいつもそんなことを考えてしまう。

さて、もう故郷に帰ってゆっくりされてる方も多いですね。
帰省するという規制は生まれてこの方ないので、家に寄生して奇声上げたりして気勢を上げるしかない年末年始です。

昨日は一日掃除、片づけに終始。
本や書類、自分の机周りだけで大変だったし、すごいゴミが出た。
家の掃除はこれから。あー、どうみても終わりそうもないので優先順位でやるっきゃない。
もう新年まで数時間を切った。
もっとちょこちょこ片づけるとか、月に(週に?)一度は片づけの日にするとかしないとだめだな、と去年の今頃反省したことをまた思い出す。

去年の今日はどんなことを書いたのか覚えてないので見てみる。

忘却とは忘れ去ることなり

《忘却があるから、我々は、過去を忘れ、未来に向って、生きていける。》

決断したこと、大事なこと、心からそう思ったことも簡単にコロッと忘れてしまう。
すごく便利なこともあるけど、だらしないなあ、オレ、ってことも数々ある。

さて、皆様、今年は思うように更新できなかったにも関わらず、いつも遊びに来ていただきましてありがとうございました。
長年に渡りおつきあいいただいてる方もいらっしゃると思いますが、本当に感謝しています。

来年も、より元気に楽しく明るく気ままに思うことを書いて行きたいと思ってます。
そして、このブログを通して自分らしい音沙汰を発信し、より実りある年にできればと思っています。

では皆様、良いお年をお迎えください。
来年もどうぞよろしくお願いします。
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都会の表情

2012年11月14日 12時22分05秒 | 日記とニュース
今日はつい先日の地下鉄の駅のホームで見たちょっとした話、2題。

昼間、地下鉄の駅のホーム。
きちんとした身なり、ダークスーツの40代サラリーマン。
パッと見、仕事もできそうだし、クールで理知的な感じ。
立って電車待ちながら、イヤホンで音楽を聞いている。
次第に乗ってきたのか、手足で軽くリズムを取り始めた。
体全体も使って、スイングし始めた。
見るからに楽しそうな、幸せそうな光景。
顔はといえば、もううれしそうでたまらないほどの満面の笑顔。
人前で、ここまでの魅力的な笑顔ができるんだろうか。
仕事の最中なんだろうけど、これだけあからさまに幸せに浸れるっていうのはなんともうらやましい限り。
音楽の力、恐るべし。
仮に彼に辛いことがあっても、一瞬にしてこうなれる力を備えているのか。
この閉塞した生きにくい世の中では、この才能は素晴らしい。
サバイブするには最高の武器だ。

珍しい、貴重なものに偶然出会って、写真撮るのも忘れ、目を丸くしてじっと見ていた僕。

上の話の五分後。
別の地下鉄の駅での出来事。

ホームの向こうからサラリーマンのオジサンたちのグループが歩いてきた。
先頭を歩いてきた二人のうちの片方がもう片方に対し、突然切れて大声で怒鳴りかかった。
『コノヤロー、ふざけんじゃねえ!』
そして掴みかかり、傘を持った手で殴りかかった。
頭を殴りつけ、さらに罵詈雑言を吐きつつ、パンチを繰り出そうとする。
残りのオジサンたちが両側から羽交い締めにして止めに入る。
ホームに戦慄が走る。
大声を聞いて野次馬が集まってくる。

まだ殴ろうとして興奮して顔を真っ赤にしてるオジサンに、殴られたオジサンが殴られたところを押さえつつ冷静に一言。

『これはれっきとした傷害事件ということですよね?』

まあ、世の中いろいろです。
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座って見たい権利・その2

2012年10月14日 22時29分35秒 | 日記とニュース
座って見たい権利という記事を書きました。
下記のように5人の方から貴重なご意見や体験談をいただきました。ありがとうございました。
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ええと fromぐーちゃん

自分の行くコンサートは20年以上前の洋楽なので、立ち上がる人多数で(疲れるから座ってたいけど)、郷に入っては郷に従えです。

わかります fromしらかばさん

「座って見たい権利」すごくわかります。
スタンディングの会場じゃない限り、座ってゆっくり見たい場合が多いです。
でも周囲が立ち上がるのは仕方無いと思うし、ミュージシャンもその方が嬉しいと思うので、座ってる自分が悪いとも思っています。
しかし目の前の空いている空間に来られて視界を遮られたら、後はコンサートを楽しむ気持ちではいられないですよね…

微妙な問題 from英さん

微妙な問題ですね。

 映画館やクラッシック音楽の場合、視聴態度がほぼ全員一致するので分かりやすいのですが、コンサートの場合は微妙ですね。「座って観たい(聴きたい)」「ノリノリで楽しみたい」という両方の気持ち、どちらも否定できません。

 私は両方の立場に立ったことがあります。郷ひろみのコンサートです。(詳しくはここここ
 妻がファンなので、何度も観にいっています。
 で、最初の時は、「座って観たい派」だったので、終始座っていましたが、ハードな局の時は、妻も含めて周りが立つのでステージは全く観えません。やはり、もちろん声はよく聞こえるので、音楽鑑賞という点では支障はありませんが、やはり歌う姿が見えないと、乗れません。
 でも、それより、周囲がすべて立っているのに、自分だけが座っているのは、周囲の者にとっては興ざめなのではないかと思い、それがプレッシャーとなって非常に居心地が悪かったです。

 そんな経験をしたので、その後は、場の雰囲気に合わせて立って観ることにしています。実感は、その方がステージも見えるし楽しめますね。座っている人もチラホラ見かけますが、興ざめとは感じませんでした。

 で、今年も観にいったのですが、この時、妻の後ろの席の人が、立っていた妻に「座ってくれ」と言いました。もっともな権利でそれは否定できないので、我々は座ってみました。ただ、妻は大きく気分が削がれたようです。 その後、悪いと思ったのか「立ってもいいですよ」と言ってくれたそうですが、妻も意地になって座っていましたが、ラスト間近では会場全体が盛り上がっていたので、立って観ても許されるであろうとノリノリになっていました。

 一般的にはどうなんでしょうね。郷ひろみのコンサートに行く場合、楽曲を聞くというの大きな目的なのですが、楽曲を聴いて盛り上がることが一番の目的(価値)なので、それを踏まえてチケットを購入するのが自明の常識(ルール)だと思うべきではないでしょうか。
 これをチケットやパンフレットに明記するのは、野暮で興ざめです。

 体験としては、郷ひろみの場合、バラードもあるのでその時は皆さん静かに聴き入っています。で、ハードナンバーの時は、一緒に立って観たほうが乗れますし楽しいです。

『死角席』ですね・・・・(とほほっ) fromこてくんさん

う~ん・・・・同じ値段なのが致命的ですねぇ~~~。
『AKB』さんとこでいう『死角席』(普通より安いです)の
ような気が・・・・・。

PS・『甲子園』(高校野球)でも、主要通路後ろの座席で観戦してるとこんな羽目に陥ります。みんないっしょですねっ。(苦笑)

個人的な経験 from沢田樹里さん

私の数少ないコンサートを観た経験から申し上げます。歌い手や曲により異なると思いますが、数年前に日本生命が主催するアリーナでのコンサートで米米クラブ、渡辺美里、コブクロを観た時、確か米米クラブの歌で踊って歌うのがあり、前の席の何名かが立って踊り出し、邪魔だなと感じた経験があります。幸い、コブクロを観たくて行ったので、まあしょうがないかで済みました。曲によってあるコンサートでファンならではのパフォーマンスですね。
手拍子したり、一緒に歌ったりといろんなパターンがあります。
いろいろな歌い手が出るコンサートでは、このような現象が起こりうると思います。
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で、今まで何も状況わからなかったわけですが、皆さんの体験を聞いてわかったのは、結局ビミョーなんだということですね。
つまり、何の取り決めもなく、アーティストの意向を汲みつつではあるけど、すべて観客に任せっぱなしでほったらかしってことですよね?
うまくまわりと強調して楽しんでくださいね、と。
皆、気を遣ったり、嫌な思いをしたりもするだろうけど、場の雰囲気をうかがいながら大人としてやりくりしてほしいというわけですね。

いや、それはそれで仕方ないのでしょうけど、僕はなんかちょっとすっきりしません。

でもこれでよく問題やもめごとが起きないですね。
起こってるけど水面下で皆が我慢したりして知られてないってことでしょうか?
そのアーティストのファンという前提で、ファンだからアーティストに迷惑かけたくないという気持ちが共有されてるからもめごとにならないで済んでるってことでしょうか?

英さんは野暮だとおっしゃるけど、僕ははっきりしてほしいと思います。

というよりも、最近コンサートに行かない理由のひとつはそのこともあります。
行きたいと思ってるけど、最初から最後まで皆が立ってるんだったらやだなあ、つらいよなあ、じゃ、いっか、という気持ち。
このコンサートはずっと立って見てることが許容されるコンサートであるのかないのかが事前にわかっていた方が、行きたいかどうかの大きな判断材料になる。

この前ブログに書いた神宮の花火大会のコンサートみたいに、見えないからわざわざ係の人を呼びに行って座るように言ってもらう→一度は座るけどまた立つ→また言いに行く、なんてことしたくないですし、それよりも係の人でさえ座ってくれ、と言っても、言うこと聞かない場合は退場してもらう、ってことが強制的にレギュレーション的にできるかが疑問です。
つまり他の観客に迷惑だから座ってほしいと言うのは、お願いなのか、強制力がある指示なのか、どちらなのか。

何でもかんでも法令とかルールとか事前了解事項に従うべき、というのは前にもアンリトゥンルールという記事でも書いたように、基本的には避けたいこと。
観客同士でうまくトラブルが起きないように協力し合うことがベストではあると思う。

しかしながら、足が痛い場合とかも含め、高い金出して買ったチケット握りしめてせっかく行ったコンサートで、ずっと歌手の姿が見えないまま終わりまで座ってることのストレスややるせなさったらない。
分煙じゃないけど、立ってもいい席と座って見られる席を分けるという方法もあるのではと思うし(1階席は立ち見、二階は座って、とか)、立ってもいいという前提のコンサートであれば、一部の席をハンディキャップの人や高齢の人のために設定するのもいいと思う。

さて、皆様、いかがなもんでしょうか?
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座って見たい権利

2012年10月11日 16時20分00秒 | 日記とニュース
神宮外苑花火大会でのことという記事をずいぶん前に書きました。

コンサートを座って見ていたら空いていた前列にこんな一団がどっかからなだれ込んできて、全員立ったまま声を張り上げていたわけですね。


さて、ここで問題提起。
こういうのいいの?
座って見たいのに見えないじゃん。
どうしてくれるわけ?
こっちだって同じ金払って来てるわけさ。(この日のチケットはもらいものだったけど。)
この権利はどうなっちゃうの?
コンサートをちゃんと見たいよ。
歌は聞こえるけど、歌手の顔も踊りも何も見えないってば。

最近、クラシックとジャズくらいしかコンサートには行ってないのでよくわからないのだけど、最近は結構終始立ちっぱなしのコンサートもあるみたいだ。
歌手も観客もノリノリになっちゃって、最後の2,3曲だけ立って盛り上がるってことであればまあ許容範囲なんだけど、最初の一曲目から全員自主的に立ち上がる、立ち上がって叫ばないやつはファンじゃない、こいつわかってない、素人だぜ、みたいなあの雰囲気。

チケットにそういうレギュレーションとか注意事項とか書いてあるの?
事前に何か了解するというワンステップがあるのだろうか。
前が立ってて座ってると全然見えなくても文句は言いません、みたいな。
文句言わない人に限ってご来場ください、みたいな。

いくらアップテンポの曲でもずっと立ちっぱなしのってどうも苦手だし、体力持たないと思うので行ったことないのだけど、これってマジにどうなってるんだろ?
皆が勝手に立ってしまった時、座ってゆっくり見たい人は正当に権利を主張することはできるんだろうか?
歌手が、さあ、みんな立って!と言った場合は?
足がいたいとか、ハンディキャップとか、そういう人はどうすんの?

損害賠償とか、モンスタークレーマーに暴れられても困るから、ちゃんといろいろ法的にはプロテクトしてるんだろうけど、実際どうなってるのかよくわからない。
立って然るべきコンサートとそうではなく文句が言えるコンサートの2種類があるの?
ファンならではの暗黙の了解?というかファン心理?

途中で係員を呼びに行って、前の人が立ってて見えないんだけど座るように言ってくれ、と言ったらどうなるんだろ?
今までにそのことでトラブルになったり、訴訟になったりってことあったんだろうか?
どなたか詳しい人教えてください。

あと、いい悪いとか、権利の問題とは別に、僕がこの世で一番と言っていいほど怖い、というか馴染めない光景はこれ。


全員が立って、同じペンライト持って、曲に合わせて全員が一糸乱れず同じ振りしてエクスタシー状態。完全に行っちゃってるぜ、みんな。
何とも北朝鮮のような感じがする。
寒気がしちゃうし、逃げ出したい。

いくら好きな歌手とか曲でも、こういう状況になったらそれは勘弁。

ということで、業界内ではわかりきったことなのかもしれないけど、この前感じた素朴な疑問について今日は素直に書いてみました。
コメント (5)
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神宮外苑花火大会でのこと

2012年09月10日 20時50分01秒 | 日記とニュース
すっかり9月だというのにまだまだ猛暑が続いていて、頭がボーっとし続けているのでブログ更新が滞っています。(言い訳!)

ブログなんてものは、大体何かあった時にはすぐに(興奮が冷めやらないうちに)書かないと、ダメなんですよ。
“書こう”と思った頃には気持ちが“下降”してて“加工”しようにももうできない。
大体すぐに忘れちまうし。

ってことでその典型ともいえる今年の夏の神宮外苑花火大会についてもう誰も興味ないでしょうけどしぶしぶ書くことになったわけです。

故あってチケットもらいました。
神宮の花火なんて有名だし聞いてはいたけど見るのは初めて。

4つの会場に分かれていて、花火見物だけでなくいろんなミュージシャンが出てコンサートがあるということも初めて知った。
もらったチケットは秩父宮ラグビー場。
出演するのはこういう人たち
キム・ヒョンジュン、SKE48、パク・ヒョンビン、MY NAME、など。
知らねーよ。
韓流ってやつとAKBの仲間ってことだな。
興味ねーよ。
神宮球場だったらナオト・インティライミだったのに。

まあ、もらったチケットだし、買ったら5800円もするらしいから文句は言えないけどさ。
ということで夕方信濃町で降りて歩こうと思ったらすでに神宮外苑はすごい人。
浴衣姿も含め若い人たちでいっぱいだ。
人混みをかき分けやっと入った秩父宮ラグビー場。
ここに来るのは何十年ぶりだろうか?



5時半からコンサートが始まって、7時半から1万発の花火、という段取りです。
まだまだ明るいうちから前座のミュージシャンたちが出てきて歌ってる。
こちらはビールを買って、夜風に吹かれながらゆったり雰囲気を味わう。



久しぶりだなあ、こんな夏の過ごし方。



ステージでは次から次へと見知らぬミュージシャンが出てきて精一杯のパフォーマンスをしている。観客も次第にヒートアップしてきているけど、こちらはそんな様子をのんびり眺め、夕焼け空を見上げ、ビールを飲みながらゆったりした日本の夏の雰囲気を味わっている。



アリーナ席は満杯で盛り上がっている。スタンド席はいまいち。
花火だけを見に来る人も多いのかな。



韓流の人たちが終わり、SKE48のステージになった。
するといかにもという熱狂的な若いファンの一団が、離れたところから急に走ってきて、空いていた僕らの前列に来て声援を送り始めた。



彼らは当たり前なんだろうけど、立ってる。
歌と一緒に体を揺すりつつ、踊りつつ、リズムに合わせて半狂乱大声援だ。

ステージの歌と踊り、見たいわけじゃねーけど、見えねーよ。

前列の若者たちは周りのこともまるで気にせず、すっかりステージのアイドルたちに熱狂している。いいなあ、青春だなあ。何かに本気で熱中できることがあるっていいよなあ。

いや、そんな場合じゃない。
見たいわけじゃないけど、全く見えないのは問題だ。
もらい物とはいえ、5800円もするチケットの権利の主張だ。
ちょっとイラついてしょーがねーなあ、って思ってたら、同じ列の人たちがやはりそう思ったらしく、あんたたち座ってよ、見えないから、と言ってみたのだけど、聞く耳は持たない。
そこで、同じ列の一人がさっと席を立ち、係の人に言いに行った。
自分の席であればまだ仕方ないけど、自分の席でもないというのに後ろの方から勝手に集団で現れて人の前に立ちはだかる暴挙は許せん。

係の人がやってきて注意をした。
しぶしぶ一人二人が座る。
あとの奴らは全く関係なく立ったまんま声援を続けている。
係員がいなくなったら座った奴らもまた立つ。
これじゃあだめだ。
俺たちの見る権利はどうなる?
同じ列の人たちも、大して見たいわけじゃないけど、見られないとなると頭に来ている。
またさっきの人が係員を呼びに行く。
しつこい、いやしぶとい。
こっちはやんややんやだ。
あいつら座らせてくれ、いや、座るだけでなく、ちゃんとチケット調べて、この席じゃないでしょ、ちゃんと自分の席に座んなさい、って言ってどけてほしい。

係員がまた来て注意するのだけど、場内はすごい音だし、ゆっくり説得できるような状況ではない。
そんなことで一応座る姿勢を見せるけどまた立つ。
彼らだってどっから来たのか知らないけど、高いチケット代払って命かけて応援してるわけだから、興奮状態で急になんだかんだ言われても一向にひるまない。
根性入ってる。
そんなことを繰り返し、彼らが邪魔でほとんど見られなかったのだけど、もともとすごく見たかったわけじゃないから、まっいっかって感じ。

そうこうするうちにSKE48が終わると彼らは何事もなかったかのようにあっという間にどこかにいってしまった。

さあ、いよいよトリだ。キム・ヒョンジュンか。
場内は大声援、大興奮。
今度はおばさん軍団が勢い立つ。
後ろの席から空いた席をめがけてできる限りステージに近づこうとする。
同じ列の人たちと共謀して、若者が去った前列の席にはうちわなどをさーっと置いちゃった。
違う席からまた同じようにキム・ヒョンジュンファンがズルしてこないように。
見たことないし、ちったあ見たいからねえ。



次第に暗くなった場内は知らないうちに全員おそろいの緑のハートマークのペンライト(?)を取り出し、曲に合わせて同じように左右に振っている。
恐るべしオバサンパワー。
顔はうっとりしてるし、体を揺すってノリノリ。
完全に行っちゃってるよ。
完璧にジャパンマネー、つかんじゃってるよ。



すぐ隣の伊藤忠のビルはこんな状況。
かなりの人が(無料で)こちらを見ているよ。
おめーら、さぼってないで仕事しろよ!


そして、いろいろあったけど、やっとのことで花火が始まりました。
日本の正しい夏の風情です。



夏の夜空が色とりどりの花火に染まる。
すっかり堪能させてもらいました。

コンサートで立って見るということに関する問題提起についてはまた次回に。
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草木国土悉皆成仏

2012年06月28日 21時26分09秒 | 日記とニュース
ずいぶん前だけど、NHK Eテレで、「3.11後を生きる君たちへ~東浩紀 梅原猛に会いにいく~」という番組を見ました。
これがその番組の内容です。
【東日本大震災から僅か1か月後の2011年4月、原発事故を引き起こした災害を、いち早く「文明災」と定義し、大きく注目された哲学者・梅原猛さん。その後、西洋哲学を徹底的に批判し、日本の伝統思想に立脚した自然と共存する人類共通の哲学の必要性を訴え続けている。震災から1年が過ぎた2012年3月、哲学者・東浩紀さんが京都の梅原さんの自宅を訪ね、新たな哲学、そして若者へのメッセージを聞く。】

東浩紀さんの本は下記のも含め最近読んでいましたが、梅原猛さんについてはあまりよく知りませんでした。

思想地図β vol.2 震災以後
クリエーター情報なし
合同会社コンテクチュアズ


梅原さんは90歳近い高齢だというのに、東日本大震災復興構想会議特別顧問となり、昨年の原発事故を、天災でも人災でもなく、「文明災」と位置付けました。

そして、番組の中で何度も説明されていた「草木国土悉皆成仏」という言葉が印象に残りました。
【草木や国土のような心識をもたないものも,すべて仏性を有するので,ことごとく仏となりうるという意味の成語】

『日本の思想の原理である「草木国土悉皆成仏」というもので表現できるのではないかと思っています。これは植物中心の世界観じゃないか、そういう考え方は生態的にも動物は植物の寄生として生まれた。私は宮沢賢治が大好きです。宮沢賢治の世界は「木」がものを言う。木が人間と同じような愛や悲しみを持っている。

「草木国土悉皆成仏」という思想を具体的に表現した文学者が宮沢賢治です。「山猫」や「桑」「いちょう」「風」「雪」などを地球のありとあらゆるものを主人公にした童話を作りました。』

ってことで、梅原さんの本、そして宮沢賢治の本も読もうと思っている今日この頃です。

「文明災」という言葉を重く受け止めて、自分の中の意識や生活観を再度見直しつつ、自然が基本にありき、そして、晴耕雨読的なライフスタイルに、少しずつシフトしていかなければいけないと思っているわけです。

そんなこともあり、ずいぶん前から花の写真をちょこちょこ撮っています。
天気によって、光の加減によって、日々表情が変わるし、たまには一眼レフを取り出したりしつつ、毎日楽しんでいます。
ではここ2か月くらいのものをどうぞお楽しみくださいませ。



















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男の料理

2012年04月25日 09時00分03秒 | 日記とニュース
先週末、親戚が集まった時、全員各自一品持ち寄りというルールが施行された。

普段、料理はほとんどやらない(できない)のだけど、仕方なく本を見ながら男の料理にTRY。
ちなみにお手本はこれ。

シンプル&ダイナミック!の見本のような料理です。

春キャベツの芯をくりぬいてそこにベーコンを花びらみたいに詰める。
そしてそのまま豪快にまるごとチン(10分)。


別途赤唐辛子とニンニクとパセリをみじん切り。


オリーブ油でキツネ色になるまで炒める。

10分間チンしてアツアツに茹で上がった感じのまるごとキャベツをざくっと四つ切。

そこに炒めたニンニクなどをパラパラかけてそれでおしまい。完成です。
至極簡単です。
微妙な味付けとかコツも何もありません。

ビールにもワインにもかなりいけました。大好評でご満悦。

これは食べかけの図。しんなりして甘味も出たキャベツがピリ辛味でさらに引き立つ。
ベーコンとの相性も抜群です。

ということでこれ、結構お勧めです。
一人の時とかもキャベツ半分にしてやってみよう。

こんな単純な料理でも、皆からさんざん美味しいと褒められたりすると、
あっ、オレ、結構料理も才能あるかもしれない、とすっかり勘違い。

また次回、ネクストシンプルレシピに挑戦しようと思ってます。
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2012年04月07日 00時43分51秒 | 日記とニュース
毎年楽しんでいる家の近くの境川(真間川)の桜。

※過去のレポートです。
2007年
2008年その1その2
昨年

満開にはもう一息という感じだったけど、今朝満喫してきたので写真レポートをどうぞ。




亀も花見をするために丘に上がってきました。



1)第1コースから第6コースまでそれぞれの選手がウォーミングアップしています。


2)さあ、いよいよスタートです。


3)あー、第1コース、フライイングです。
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よしなしごと

2012年02月25日 16時20分20秒 | 日記とニュース
ここのところ仕事の新たな展開もあり、公私ともにいろいろな飲み会も続き、落ち着かない日々が続いている。
そして確定申告もまだ途中だし、読まなきゃいけない本も山積みだし、カラダ動かしてないので増量中のためスポーツクラブにも行かなきゃいけないしという状況。
いつも何かに追われているようで気ぜわしい毎日。
どんどん増え続けるTO DO LISTの中で溺れそうな自分っていうのはいかがなものか。

そこに持ってきておととい突然PCが起動しなくなった。
もう5年ほど経つXPのデスクトップなので寿命と言えばそうなのだけど、いろいろ修復の仕方を調べたり聞いたりしながら回復コンソールにコマンド入れたりして何とかしようと夜遅くまで格闘中。
最悪、もしHDのデータがおじゃんになったとして、といろいろイマジネーションを働かせてみる。
1か月ほど前に仕事のデータはバックアップしたのでそこはほとんど問題ないと仮定して、この一か月間でやった確定申告の各種計算とか数字を整理したエクセルシートが頭痛い。
それと一年前からバックアップしてない住所録。
ここ一か月で撮った写真データ。
いや、まだまだいろいろあるはずだ。

そんなことに頭を巡らせつつ、いろいろ悩みつつ考えるのは、仕事もプライベートも含め、もっとやめること、あきらめることを増やさないといけない、ということ。

もともと好奇心、探究心にかけては人後に落ちない方だし、昔から幹事のような役割は回ってきちゃう方だし、この性格だとどんどん自分の首を絞めてゆったりした時間が過ごせなくなってくる。
しかしゆったり過ごすよりもあわただしくどんどんこなしたり進めたりする方が充実感、達成感があったりするのもまた事実。

ここが思案のしどころか。
どういう時間が自分に取って心地いいのか。
どんなふうに過ごすことが自分に取って幸せなのか。

などと、最近の自分を反省しつつ、あれこれ思いを巡らせる週末。

いや、早いとこPC修復しないと来週から大変だぞ。
データに固執するのかきっぱりあきらめてどうにかしようとするのか。
ここもまたまた思案橋。

よしなしごと。
そうか、もう、『よしな、仕事』って言うくらいだから、あれこれ悩まずにどうにでもなれって感じでケツをまくるか。

あーもー、やーめた。
スポーツクラブ行って久々に汗かいてくることにしよう。
すっきりしてビール飲んで、ゆっくりテレビでも見るかな、今日は。
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