旅路(ON A JOURNEY)

風に吹かれて此処彼処。
好奇心の赴く儘、
気の向く儘。
男はやとよ、
何処へ行く。

お医者さん

2006年01月11日 21時32分22秒 | Weblog
頭から血が噴出して止まらない患者の治療を終えたばかりの医師からこういう話を聞いたことがあります。
「さっきの患者さんは頭蓋骨を骨折しており、未だに、痛い痛いと呻いている。でも、その痛みは人体が受容できないほどの痛みだったろうから、患者さんご自身は痛みを感じていない思う。
人体というものはよくできていて、頭上で原子爆弾が炸裂しても、その爆音は聞こえないし凄まじい閃光はみえない。同様に人体は、許容できないほどの痛みを感じないようにできている。
患者さんは今、痛いという夢をみてうなされているにすぎない。痛みを感じ始めると、驚嘆して麻痺した痛みを感じる脳の機能が回復し、やがて治癒に向かうということになる。」
こういう話は、激痛というものに対して恐怖感をもっているわたしのような者を癒してくれます。死の恐怖をいくぶんか和らげてくれます。

「痛みの中枢は脳のここにあります。ここを切開すると痛みを感じなくすることだって可能ですよ。でも、メスがすべると言語障害になる可能性もあります。脳のここらを針でつつくと白昼夢を見ることができます。お望みの夢を見ていただけるかどうか、そこまで医学は進歩していませんが。」
天皇裕仁の例を待つまでもなく、医者の処方によって患者の死亡時期は調整できます。だから、単に延命のためだけの治療をやめれば人は楽に死ぬことができるということになります。見ず知らずの他人の意思に左右されるような安楽死は嫌ですから、わたしは信頼できるホームドクターに最後の判断をゆだねています。また、医者の殆どは、患者の安らかな死を望んでいると考えています。

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