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マネジャーの休日余暇(ブログ版)

奈良の伝統行事や民俗、風習を採訪し紹介してます。
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ふり返る令和元年12月の介護まとめ

2021年09月04日 09時19分28秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

2日、おふくろから電話があった。

年金の重要書類を明示する封筒に、2枚のプリントがあり、年金支払いの扶養親族どうのこうのとか・・。

送る書類もなければ、送る封筒もないから年金事務所に問いあわせたら、申告書は息子さんがしているのでは・・と、伝えられたそうだ。

電話でのやり取りでは、その書類が一体何なのか・・・。

おふくろの話す言葉と、私が聞き取って理解する内容と、なかなか一致しない。

なんとか聞き取りしたなかに、カラー刷りの「申告書作成の手引」が同封されている、とわかった。

必要な個所に赤い線がある。

ア、 前年変更無に提出年月日に氏名記入。

変更なしの場合も切手貼付で提出に・・返した言葉は、「変わってないから、そのままでえーから」と、伝えたが・・・
私も年金暮らし。

同じような書類構成になっているはず。

送ってきた年金手引きと同じ。

ならば、変更無で印鑑押して郵送した申告書をコピーしておいた“控え”から10月10日に郵送したもよう、と判断した。

考えてみれば、そのころであれば結婚式・・10月12日に、海外から戻ってきた次男とともに食事したかっぱ寿司行きが14日。

書類のことはとんと聞いていないから、たぶんにいつもと同じやと、おふくろが勝手な思い込みから申告書と封筒は廃棄したしたのでは・・・。

ほぼ状況がわかったから、大阪の年金事務所に相談するしかない。

そういうワケに、かーさんが電話した大阪の年金事務所。

場所は、大阪メトロの地下鉄沿線、住之江駅にあるオスカービルの4階。

担当者に伝えた事情。

その回答は、変更なければ送付不要。

ただし寡婦の場合は必要ですから、回答を得た。

これはいかん。

ちゃんと提出せなあかん。

あらためてお願いした、提出すべき白紙書類を、私が住まいする奈良、居住地宛送付にしてもらい、すべて手書きで提出することになった。

もともと送られてきた書類は、継続する必要事項は機械印字されているが、白紙となれば、全面記入。

それも困ったことだが・・。

6日は4日の件の継続対応。

紛失したと推定される年金手続き書類の対応である。

大阪・住之江の年金事務所にお願いした必要書類が届いた。

寡婦の場合は通知要の扱いである。

紛失再発行手書きに、令和2年分公的年金等の受給者の扶養親族等申告書ならびに適用欄に寡婦死別を記入し送付した。

20日、前回受診日が10月29日の耳鼻科診察。

それ以来の2カ月後診察に大阪・住之江にやってきた。

診察は、中加賀屋にあるやまね耳鼻科。

予約は11時。

診察の結果は、経過良好に、次回診察日は3カ月後の3月16日・月曜の午前11時に決まった。

駐車したセイワパーキング駐車場。

午前11時から45分までの利用料金は400円であるが、やまね耳鼻科にお願いしたら200円の割引。

やまね耳鼻科がセイワパーキング駐車場と契約している割引システム。

少しの金額でもありがたさを感じる。

現状、良好につきウキウキ気分で出かけたいつもの食事処。

そうかっぱ寿司の南津守店

美味しいネタにこの日も旨味を堪能させてもらった。

お腹いっぱいになったら、団地の居住地に向かう。

道すがらにあった業務用食品スーパードラゴン住之江店で買った100枚入りレジ袋。

通り道にあるスーパーサンデイ御埼店で食料品などなど。

階段を登った4階にあるおふくろの居住地。

室内でやらなきゃならん確認事項の多いこと。

その前にしておきたい換気扇の交換を確認。

新品に交換した真っ新な換気扇。

周りがあまりにも格差があると思われたが、さすがに天井は無理だとしても、業者さんは壁周りも綺麗にしてくれたんだ。

届いていた郵便物や書類の整備に紛失した、と推定していた令和2年分公的年金等の受給者の扶養親族等申告書が、他の郵便物の間から出てきた。

おふくろがどう思ったのか知らないが、とにかくいろんな書類の中に紛れていたのだ。

おふくろに記憶がない。

推測であるが、私に見てもらおうと思った行動。

あれこれを置き、束ねたことによって埋もれてしまったようだ。

やっぱり、現場に来なあかん、というこっちゃ。

それこそ事件の鍵は現場にあり、だなと思った次第。

ま、紛失事件の謎は解けたから、ほっとした。

と、いうことで、この件については、経緯説明および寡婦の説明に、こんなこともあったんだ、とメモも記して確定申告用領収書を収納。

透明ケースに入れ、忘れてしまわないようにした。

6月に、介護施設ごとのファイリング。

綴じるのも例えば請求書・領収書が左面、右面に入れておけば、当月分がすぐにわかるようになるから、と伝えておいた。

こうしておけば、紛失事件に発展することはないから、と念押ししたが・・ちゃんとしてくれんとなぁ。

また、いくら探しても見つからなかった個人情報カード゙は、6月にきっちり整理した名刺カードケースにちゃんと収まっていたので、ここにあると認識してもらった。

最後に、血圧計の単4電池交換を交換して奈良に戻った。

23日の朝。

おふくろから電話があった。

二日前の21日ことである。

週に3回も通所しているデイサービス。

施設は、アロンテイアクラブ。

股関節のリハビリ運動に左右10回ずつ。

担当するリハビリ療法士に、まだ大丈夫ですから、と伝えて20回。

それから施設で入浴。

風呂場から上がってきたら痛くなってきた。

その痛みを伝えたら、「それは入浴時のことだから、リハビリ運動ではない」と、痛みの申し出を却下された、という。

えーっ、である。

”私が担当していない入浴時に痛くなったんだから、私のリハビリ運動でそうなったんではない”と言っているようなものだ。

おふくろは、今、痛み止めの薬を飲んでいるからか、少しはマシになったけど、知らせておく・・と。

おふくろの電話の話だけでは、痛みの要因など、事実関係はよくわからない。

上位者に確認をとるしかない。

そう思って、本日23日・午前11時にアロンテイアクラブに電話をかけた。

電話口に出られた窓口担当のNさん。

担当してもらっているリハビリ療法士のWさんをコールし、状況説明を・・・。

その結果、Wさんは、直接におふくろのリハビリ運動をしたわけでなく、、つい先月の11月より新しく入られたOさんが、担当したそうだ。

おふくろが訴えた痛みの申し出を却下したOさん。

リハビリ運動は、手すりをもって、立ちながらバランスとり。

サーキットトレーニングは、横向き。

硬くなっている骨盤に、背中を緩める運動をしたら収まった、と云っているそうだ。

入浴後に、腰が痛いと訴えたらしい、が本人さんは大丈夫と云っていた。

ただ、軽い延焼を起こしている可能性も考えられるので、数日後に通所する12月25水曜日に、おふくろの身体状態で判断します、ということになった。

アロンテイアクラブの電話を終えて、おふくろに折り返し、電話をかけた。

鎮痛剤は、22日の夜に服用。

23日の朝は、痛みは薄れたが、念のためと思って2錠目も服用したら、痛みが薄れたから、ベランダに出て物干しもできるようになった、という。

そういうが、念のためである。

かーさんが、おふくろに手渡していた予備の鎮痛剤はない。

万が一、23日の夜中に痛みが戻ったら困るので、夕方までの9時間後の状態を判断し、痛みが再発しておれば、緊急出動する。

再発なければ、それで良し、としよう。

午後になっても電話はかかってこないから、こっちから電話したら、なーんも痛みはない、という。

ほなら安心しとくで、と伝えて電話をきった。

26日の木曜になっても連絡のないアロンテイアクラブに電話をかけた。

受付のNさんに大丈夫のようですから安心してください、と伝えた午後。

かーさんがおふくろに電話したら、座っているときは何の痛みもなかったが、用足しにトイレに行こうと座椅子から立とうとしたとき。

前の手すりの世話になるくらいの痛みを感じた。

強い痛みではないが、次回通所する28日の土曜は、やめとくっていう。

電話を終えたかーさんに、身体状態がこちらではわからないから、本人から直接アロンテイアクラブに、電話をかけさせ、休みにしたい旨、伝えさせた方がいいと判断。

そうなったが、こんな調子だから入浴にリハビリ運動に支障がでる、と判断

どちらかといえば、おふくろの気持ちは、正月前に奈良に来る長男夫婦の顔を見たさにちょっと休んでおこう、というのが、どうも本音のような気がする。

27日、おふくろの腰痛の件にケアプランニングディア1のFさんから電話があった。

アロンテイアクラブのSさんから連絡受けて電話した。

先週の同曜日。

21日のリハビリ運動後に腰が痛くなったが、イタタタ・・でもなく、じっとしていると痛くない、と。

また週2回に介護支援するヘルパーさんからも、おふくろは25日の入浴介護も断った、と・・。

お正月前から奈良に行かれるので、万が一、圧迫骨折にでもなっていたら・・と思い、心配になって電話した、という。

アロンテイアクラブ関連にある八木医院は内科系。

レントゲンを撮ったとしても、専門医師がいないから診断はできない。

前回に発症した圧迫骨折を診察した医院は、奈良県の田北病院。

外科専門の医院であれば、前回発症の圧迫骨折治療データがあるから、その田北医院で診てもらってはどうかと、云われる。

たしかにそうだと思う。

私、かーさんも、Fさんもおふくろの実際の身体状態が見えてないのでどうしようか、といえば、Fさんは、28日の土曜の午後なら様子伺いに行けます、からと云ってくれた。

その声に、よろしくお願いします、と伝えた。

そういうことだから、とおふくろに伝えたら、そもそも痛みは、限られた範囲。

起床時にトイレ行きである。

用を足したら立ち上がり。

そして座椅子に座ることなく、普段と同じように床に座っている、という。

立ち仕事の料理も、物干しもしているが、その時は痛くない。

座って立ち上がるときに座椅子の手すりを支えにして立ち上がる。

今は安全を考えて、両手で支えて立ち上がっている。

また、アロンテイアクラブへの休み連絡は「痛くてよう歩けないから・・」と、伝えたそうだ。

さて、その真意・・。

介護支援の入浴を断ったのも突然に痛みだしたら来てもらっているヘルパーさんに迷惑かけてしまうし、また送迎の場合の階段の上り下りができるかどうかの不安もあって休みにした、と。

そうであるなら一度試してほしいから、と伝えた腰椎付近の痛さの本人確認。

その骨にあたる部分を拳でトントン叩いてみて、痛くなるなら圧迫骨折。

痛みもなにも感じないなら筋肉痛とも。

そう考えられるから、一度してみてらどうか、と伝えた。

そうしてもらったおふくろの回答は、痛くないだった。

そうやらリハビリ運動をしやはったのが、ダメージだったのでは、と私は思った。

そのことについて、再度Fさんに電話で伝えた。

28日の様子伺いの確認は、医師でないので判断はできないが、アロンテイアクラブと親族の話が一致しているかどうかを、みてみます、ということになった。

夕方にかかったおふくろからの電話。

従兄妹のきみちゃんが送ってくれたロキソニン錠を飲んだら痛みが消えた、という。

そのことが嬉しくて電話した、というが、根本的に解決したわけでない。

ロキソニンの効果、長時間或いは一日以上経過しても痛みがなけりゃいいが、おふくろは今の時点しか考えていない。

また痛みが出たら飲んどきや、とかーさんが伝えたらそうしとく、と・・。

で、年末年始は緊急を除いて、田北病院は12月28日土曜の午前中まで。

年始は1月4日・・さてさてどうなることやら・・

28日、ケアプランニングディア1のFさんから電話があった。

様子伺いした身体状況。

多少の痛みを訴えるが、現状では緩やかなレベルで緊急を要するものでない、と判断された。

ただ、長期間において、入浴しなければ、病原菌に侵されるケースもあるので、入浴ヘルパーに、アロンテイアクラブの通所に、極力、入浴だけでもさせてください、と・・。

Fさんは、常に入浴に空白期間が発生しないよう、と云われる。

ごもっともなことである。

午後1時半、おふくろに電話を入れたら、午前11時半に介護ヘルパーさんが来てくれて、お風呂は入らなあかん、と云われたようだ。

年始の1月4日に田北病院で検査をしてもらって、何も問題がなければ、居住地に戻るし、今まで通りの入浴をする、とFさんに伝えたそうだ。

前夜の27日。

痛みはないが、寝しなの午後9時に鎮痛剤を飲んだ。

その後の今朝は飲んでなくて、現在も痛くない、というから痛くなったときだけに、飲んでやと念押しした。

午後4時。

再び、Fさんから電話があった。

用件は、利用料についてだ。

今年、10月の消費税率アップ。それぞれ契約している利用料は、1単位が10円数銭。

それについてはこの前に伺った28日に居住地にあった請求書や領収書で確認しています、と伝えた。

ただ、介護用具レンタルのばらの木の手すり。

レンタル使用料については、10月にアップせずに、令和2年1月分より、月60円アップ(※1年に720円)を了承いただきたい、と云われたのでこれは国の施策ですから当然です、と伝えた。

30日、大阪・住之江の居住地におふくろを迎えに出かける。

座椅子を運ぶ際になって、ぽろりとこぼす・・・痛みが・・。

階段下りに、そろり、そろり・・。

負担をかけないようにそろり、そろりと下りた。

ちょびちょび歩きは10日ぶり。

それだけに、不安が先だち、ここで倒れたらあかん、と意識が働き、遅くなる。

住之江を出発した時間は、午後2時50分。

奈良に着いた時間は午後4時。

なんとか無事に着いた。



31日の大晦日は、奈良に居る。

前日は、着くなりお菓子食べ。

晩食はお好み焼に満腹状態の関係からか、夜中の3時に嗚咽。

吐き気をもよおし、嘔吐にトイレ行きが3回もあったそうだが、午前9時ころには回復した。

正月3が日、無事に過ごせるだろうか。そして1月4日の初詣でならぬ、初検査に、どのようか結果になるのか・・。

ふり返る令和元年10月の介護まとめ

2021年07月20日 08時40分05秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

29日は、大阪・住之江へ。

8月9日以来の診察に出かけた中加賀屋やまね耳鼻科。

予約していた時間は午前11時。

待っている患者さん。

ほぼほぼ皆無に等しい、珍しい日。

診察結果は、特に問題もなく、次回診察日の12月20日を予約し、退出した時間は、午前11時40分。

その間に、ひとっ走りした目薬不足補充願いに松嶋眼科。

この日のお願いは、すんなりと受け入れてくれ、2種類の目薬を4本ずつ処方してもらった。

半年に一度は、本人の状態を診察しないといけないから、連れてきてください、とまたいわれるのかな、と思っていたが、あっさり受付に医師も承諾したうえで、処方してくださった。

と、いうのも前回来診に来た日は7月22日。

しかも逆さまつ毛の処置をしてもらっていたから、対応してくださったのだ。

次回の予定は来年の令和2年4月。

半年後の来診を促されて。

食事は早い時間帯に着いたかっぱ寿司。

食べはじめの時間は丁度の正午。

毎度、美味しい寿司ネタを提供してくれたかっぱ寿司を出た時間は午後1時15分。

次の行先は、丸亀製麺住之江店。

かっぱ寿司に近い北加賀谷に店がある。

ちょっと店を覗いた。

流行る気持ちを抑えて、売り場をみたら、揚げたてのジャンボカニカマがあったので、即買い

お店を出た時間は午後1時40分。

それから1時間後の午後2時40分ころから午後3時過ぎにかけては、大阪・中央区の伏見町に移動していた。

50年という長きにわたって、おふくろがお世話になっている林歯科の診療。

待ち時間も、治療時間もたっぷり要する歯の治療に小1時間。

終ったコールにお迎え。

次回の診察は、来年の令和2年4月1日の午後2時。

その日は、まさか、まさかの、予定は実施できなかった

(R1.10.29 記)

ふり返る令和元年9月の介護まとめ

2021年06月23日 09時49分34秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

3日、おふくろからから現金がないから、と電話がはいった。

そのワケは、次男、三男にお祝いをしていたら手元においていたお金が乏しくなった、という。

預かっていた郵便貯蓄から引き出し、現金書留で送付した。

19日は、数か月に一度の診察を受ける畠中医院行き。

その支払いに手渡されて処方箋をもって、薬剤薬局の北島薬局へ向かう。

処方箋は1枚。

店主に分包もお願いして手渡したお薬をうけとるのは、2時間後。

医師の指示を受けて薬剤士が作業される分包処理。

けっこーな時間を要する。

毎回が、昼頃になるから、作業している間にこっちは昼めしにありつく。

で、車を走らそうとしたら、店主がバタバタと走ってきた。

シートを確認したら、1頁しかない、という。

ナンバリングを確認した処方箋は複数枚だった。

手渡した処方箋は1/2。

そう、2枚目の2/2のシートがない。

畠中医院に確認をとったら、忘れ物もなく、残っていない、という。

再訪した畠中医院。調べた結果は・・。

医院の担当女性が、誤ってなくしてしまったようだ。なくす、というよりも、不要と判断された2/2シートシャレッダー行き。

少々の待ち時間はあったが、再発行処理。

それから再び向かった北島薬局。

おかげさんで、お腹はぺこぺこ。

昼の食事処は、いつものかっぱ寿司南津守店

ドタバタはあったが、食事は美味しかった。

(R1. 9. 3、19 記)

ふり返る令和元年8月の介護まとめ

2021年05月16日 09時46分55秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

9日、おふくろの介助に出かける大阪・住之江。

予約していた診療時間は午前11時。

耳奥に張り付くものは、定期的に除去しておかないと真珠腫になる可能性がある、と伝えた中加賀屋やまね耳鼻科医師。

可能性があるから、こうした処置は定期的来院し、処置してもらうしかない。

診察を終えた正午前。

いつもの食事処に利用するかっぱ寿司南津守店。

この日のかっぱ寿司は、夏のごちそうフェアを開催中。

ところが、開催初日になんと、システムトラブル

システム事業の仕事をしていたから、あるあるケース。

しょっちゅうでは困るが、稀に発生するタイミングはシステムの切り替え。

思ってもみなかった事象に、システムが上手く動作しない。

銀行でも度々報道されるキャシュ不可。

短時間で回復することもあれば、長時間になる場合も・・・。

でも、かっぱ寿司のトラブルは人的要素が素晴らしい働きをしてくださり、コトは無事に運ばれた。

食事を済ませて戻るおふくろの居住地。

溜まりにたまった、届いた書類の整理がある。

おふくろの介護に対応してくださっている通所サービス施設のアロンテイアクラブに、ヘルパーさんが毎週の2日間にサポートしてくださるハート介護も送ってくる書類に、市税決定通知書や水道、ガス利用メーターの確認もある。

さて、大事な請求書が届いていた。

そう、おふくろが騙された電力小売電気事業者エレトス合同会社からの電力利用請求書。



エレトス合同会社は、5月31日に事業撤退している。

騙されたエレトス合同会社との契約は6月29日付けで解約され、同一日付けで関西電力の契約に戻したが、それまでに利用していた電力利用は、騙されたといっても、おふくろが利用しているワケだ。

エレトス合同会社の電力料金支払い請求は、5月20日~6月17日までの29日間利用とあるのは、6月分の3627円。

契約プランは、ご丁寧に「なっとくエレ得プラン」とある。

納得もできていなかった騙しの契約に腹立たしさしかないが、利用した電力量は、私どもに支払い義務がある。

5月分の請求は、2316円。



6月分の請求は、3627円。



支払いは、どこに・・。

次のペーパーに書いてあった支払い場所は、コンビニエンスストア。支払期限は7月15日。

すでに過ぎている。

事業撤退しているエレトス合同会社。

念のために確認したく、電話をかけてみたが繋がらない。

ベルも鳴らない、事業撤退。

質問したくとも連絡しようにもできない事業撤退。

帰路に寄ったファミリマート。

振り込みをしようとしたが、バーコードも受け付けない事業撤退。

また、帰宅してからネットで探したエレトス合同会社は、HPアドレスを入力してみたが、該当なく、抹消されていた。



振り込みたいのに、振り込めない。



支払いたくとも、受け付けられない事業撤退に完全なアウト❣状態。

この件については、後日の令和2年3月29日、破産管財人より届いた「支払い裁判決定通知」によって三菱UFJの手数料引き額、6284円を振り込んだ。

気持ちはすっきり、気分も晴れたことを補足しておく。



なお、この日に届いていた関西電力の利用料支払い関係書類も確認した。



親展で届いた電気料金請求書。

7月分の利用料金は、2523円。



金融機関取扱期限日は、8月26日。

念のため、電話した関西電力支払い通知。

7月分の6月29日~7月16日までの利用支払いについては、コンビニエンスストアであっさりと入金できた。



これにて1件、落着に、ほっ、である。

(R1. 8. 9 SB805SH撮影)

ふり返る令和元年7月の介護まとめ

2021年04月23日 09時23分53秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

22日は、畠中医院に、松島眼科。

その途中に遭遇した事件。

信号右折の際に、トラブルに巻き込まれた。

この日のおふくろは、畠中医院の診察もあるし、松嶋眼科にお願いして目薬を処方してもらう手配がある。

ところが、昨年の11月に受診をしてから半年間も過ぎているので、先生に相談します、と‥‥その結果、本来なら5月が受診日なのでお渡ししますが、極力早く来診して再診受けてください、と回答を得た。

畠中医院の診察が、丁度、正午の12時前に終わったのでまだ間に合うと判断し、急行した曲がり角でそれが起こった。

御崎4丁目信号に、あわや、自転車と衝突事故を起こしそうになった。

長居公園通りの本道から信号を右折。

前方から走ってくる車の動きに注意しながら、ハンドルを右に切った。

小道に抜けようとした、そのときだ。

前方は、ともかく右手に見えた自転車。

東西を敷設する歩道を走ってきた自転車はブレーキをかけることもなく突っ込んできた。

思わず急停車した、真横に・・・。

ぶつかりはせなんだが、停車した私の車に近寄り、何やら吠えたてている。

これはやばい。

窓を閉め、ドアをロックする。

同乗にかーさんとおふくろが乗っている。

大声で喚きたてる。

その行動は、まさに脅し、だと思った。

若者の姿は、一般的な服装の若者でなく、一目でわかるチンピラ風の服装に、頭は茶髪だ。

その若者に絡まれた。

衝突は回避されたが、茶髪の若者は怒り心頭だ。

突っ込んできた自転車から降りた若者の行動。

ドアを開けようとする。ノブに手をかけてドンドンと叩く。

声を荒げる若者から逃れたい。

そう思った恐怖の時間が始まった。

私も悪いが、貴方も悪い、と対話が成り立たない若者行動。

こんな場合は、ひたすら頭を下げて、両手を合わせ、祈るように、大きな声で聞こえるように「すみません、ごめんなさい」を繰り返す。

誤って済ませる相手ではないが、そうするしかない。

だが、私ら家族を開放する気はまったくない。

乗ってきた自転車を車前方に、立てよった。

こうすりゃ、車は前に動かせない。

バックギアを入れて逃げる手も無理な状態。

にっちもさっちも、どうにもこうにもの状態に、自転車をもって封じ込めた若者。

フロントガラスの前で電話をしだした。

どこにかけてるのか、さっぱりわからない。

ふと、思ったのは警察コール。

チンピラ風の服装に、頭は茶髪の若者に、それはあり得ない。

スマホ電話に出た人と話してる様相。

会話の一部からわかる、平常な具合でない、汚い言葉遣い。

その間も、ずっと「すみません、ごめんなさい」を繰り返すが、この場を離れない事態に恐怖感が走る。

家族に危害を加えないだろうか。

停車した場は、信号、横断歩道内。

行き交う車の運転者は、みななにごとかいな、というような表情で通り抜ける。

歩行者も居たが、誰一人、声もかけずに通り過ぎるだけ。

このトラブルに解決の道はあるのか。

不安、恐怖しかない。

スマホ電話が終ってからも、怒鳴りつける若者。

長い時間を待っていたのでもない。

しばらくしたときに現れたもう一人の若者。

やってきたのは、クリクリ坊主頭。

中学生に見えるその子は野球部員のような爽やかな男児。

威嚇する茶髪の若者に対して、「もう、お前もうやめとけ」と諌めて、制止させる行動をとっていた。

前方塞ぎに置いた自転車を歩道側に退けた若者。

運動部員と思われる若者の行動に光明がさしてきた。

そして、私に「早く行け」、と笑顔で目配り。

「ありがとうございます」と、頭を下げて場から去ったものの、ここは御崎。

中学生であれば、この校区に一番近いところに大阪市立住之江中学校がある。

我が母校であれば、今は閉校になった大阪市立南陵中学校。

3年間に亘って学んだ中学校は、ここ信号北西角にあった。

ガラの悪い生徒もいたが、当時、私を救ってくれた番長もおった。

チンピラみたいな生徒もいたが、番長が一喝したら、シュンとした。

そんな記憶が蘇ってきた。

またすぐにでも遭遇するわけにもいかず、一旦は周辺地域から離れて、あるところに車を停めて時間稼ぎ。

その時間は10分ほど。

コトは覚めたと判断し、近くにある松嶋眼科へ向かう。

そこでまた遭遇でも、と思ってしまう恐怖に脅えながらおふくろを医院に降ろした。

処方してもらった目薬を、手に、恐怖から解き放たれて、ほっとした次の行き先は北島薬局。

処方箋に医師の分包をお願いして眼科診察。

逆さまつ毛4本の除去処置に、コロコロ不快感が消えて喜ぶおふくろ。

眼科診察を終えたおふくろをのせて、いざかっぱ寿司へ。

食後はスーパーサンディで買い物。

ちゃちゃっと済ませて、帰り道にある北島薬局に、立ち寄って分包し終わった処方箋の受け取り。

その次は、すぐ近くにある郵便局に立ち寄り。

おふくろの口座つくりも済ませて、やっと戻ってきた住まいに腰を据える。

乱雑気味に収納していた書類整理に区分け。

クリヤーファイルを用いて、バラバラにならんよう、また取り出しやすいように工夫してファイル化。

カード類も整理用ファイル化。

意外と時間のかかる整理作業だった。

玄関の電球が切れたと聞いていたので、前もって購入してきた60w電球の球替えに、なんと、うち一つが球切れの不良品だった。

風呂場の電球は、特殊球。

型番を調べて、後日来るときに対応することにした。

(R1. 7.22 SB805SH撮影)

ふり返る令和元年6月の介護まとめ

2021年03月20日 09時12分28秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

17日は、おふくろが耳の治療に通院する中加賀屋のやまね耳鼻科行き。

予約は午前11時。

診察の結果は、「きれいですよ」だった。

腫れ具合は消え、その後は、進展していない。

次の診察は、2カ月後の8月9日。

今日同じく午前11時の予約を入れた。

診察の待ち時間はまま長い。

この日も、加賀屋周辺地域の散策散歩。

1カ月前の5月24日に散策した加賀屋の商店街

今日は、時間的余裕もないので、ごく一部の再散策。

先に見ておきたかった加賀屋商店街にあるス-パー食品館のアプロ。

店内見て廻りの商品探し。

これはいいね!と買った小海老の唐揚げ。

奈良に戻った家で食べた美味しい唐揚げ。



それはともかくもう一度見たかった戦国武将たちのフイギュア。



麺処、食事処のそば処富二重(ふじしげ)。

お店はどうも閉めはったような雰囲気だが、フイギュア姿なった戦国武将たちは、是非とも拝見したいと思ってやってきた。



一人一人に姿、衣装、顔つき、表情、兜に武具・・。

見ていて飽きないから困ったもんだ。

27日、銀行送金ができない口座だったら、と心配しだしたおふくろ。

実弟次男は宮城県仙台に住む。

口座をもつ七七銀行は凍結なんぞしてないし、銀行から、次男の口座からちゃんと届いたから、送金ができないことはない、と伝えているのだが・・。

何から心配しだしたのか、さっぱりわからぬ不安感。

そんなけ心配するなら、次男に直接、電話したら、えーやんと、というのだが・・。

重い腰をあげて、携帯電話で次男に連絡を取り合った結果は・・・・。

夜の11時になってから電話した次男から直接聞いたこえは、「七七銀行でいい」っていわれた、という。

だから、そうだろ、と云っても、ごめんな、とも言わない頑固な一面をもつおふくろ。

ボケているわかでなく、ただただ心配が募って、不安が増しただけ。

聞きゃわかる話が、電話もかけない。

切羽詰まってやっとこさ。

(R1. 6.17 SB805SH撮影)
(R1. 6.27 記)

ふり返る令和元年5月の介護まとめ

2021年02月14日 08時35分35秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

2日は、3日遅れの誕生祝いにホテル・アゴーラリージェンシー堺に出かけた。

25階にある日本料理のなにわでいただく誕生祝いの御造り御膳は3000千円。

なにわ弁当会席が3200円。

喉が渇いたから注文したオレンジジュースは一杯が800円。

地下の駐車場に停めた時間は午前11時7分から午後1時48分まで。

食事利用で助かった1800円が嬉しい。

藤の園に咲く躑躅もみな見たし、花園までの距離があるから港漁港を見たい、というから青空市場がある泉佐野漁港まで。

ドライブがてらに、車を走らせた。

駐車場から歩いてみた青空市場。

健脚でなくとも、普通の歩き方なら3分もかからない距離に、3度の休憩もとったおふくろ。

たどり着いた売り場棟でも座って待っていた。

歩きの力は極端に落ちている。

独り歩きでは安全を保てない。

家族の介助支援は必須になってきた。

鮪と貝(※ おふくろは盛んにあさり、と云ったが、それはまぐりであるが・・)を食べたいというからお店で買った値引き商品を手に入れて住之江まで戻る際に忠岡港で見た停泊漁船

なんと竿に枯れた竹葉を立てている、その2本立て竹竿の正体を釣り人に尋ねたが、知らない、という。

9日、バラの木の担当者のNさんから電話があった。

昨年の11月の介護保険認定変更に伴う書類の一部に捺印漏れが見つかったので対応したい、という相談に明日の10日は、耳鼻科の通院を予定しているので、午後2時から3時ころの間に合流することにした。

10日は、中加賀屋やまね耳鼻科で左耳の腫れ症状の治療がある。

予約した時間は午前11時。

腫れが消え、内耳は奇麗な肌色に鶏肉脂の黄色になっていると告げられた。

心配された真珠腫にはならない、と判断をするが、患者さんによっては何も進展しない人もおれば、進展した結果、手術をする人もいる。

そういうわけだから、週間おきの診察があります、と伝えられた。

癌ではなかった診断結果に安堵。

お昼は、かっぱ寿司の南津守店で済ます。

バラの木の担当者のNさんとの約束の時間内通りの午後2時半に来られた。

介護保険認定変更に伴う書類に。自筆するおふくろ。

記銘押印もした。

24日は、2カ月診察の畠中医院行き。

午前10時から11時15分の診療を終えたら、次は、中加賀屋にあるやまね耳鼻科行き。

左耳の腫れ診察の予約は午前11時半。

症状は、進展のない奇麗な状態を保っていることから、次は1カ月後の診察になった。

ここもまた1時間の診察。

尤も待ち時間が大多数。診察は10分もかからない。

会計を済ませて、次回予約が6月17日。

その待っている時間を利用して、すぐ近くにある加賀屋の商店街を見て廻っていた

(R1. 5. 2、 9、10、24 記)

ふり返る平成31年4月の介護まとめ

2021年01月14日 09時57分47秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

5日は、やまね耳鼻科の診察日。

午前10時10分、奈良からやってきて、先に済ませておく当日診療の受付。

それからおふくろを迎えに大和川団地に行く。

4階からの階段を下りてくるまではしばらくの時間を要する。

その間に見ていた団地桜に群がるニュウナイスズメの花散らし

急いで戻ったやまね耳鼻科。

午前10時50分に着いて医院に。

医院までの歩行に介助支援をするかーさん。

その間にしておく車のセイワパーキング駐車場入り。



待合室に待つ診察呼び出し。

正午時間を過ぎた午後12時5分。

その時点の予約者数は3人。

当日受付者数は13人。

長時間はかかるな、と思っていた待ち時間。

意外と早くにあった呼び出しは午後12時20分。

医師の診察は、映像で伝えてくれる。

腫れはおさまりつつある状態に、赤みは薄らぎ、縮小している様子がよくわかる。

だが、予断は許さない。

大丈夫だ、とも断言できない、という。

液体点耳薬処置をすれば雑菌が混入する恐れがあるから前回同様の内服抗生剤投与と3日分の処方箋を適用された。

次回の診察は、来週の4月10日の午前11時半に予約した。

なお、セイワパーキング駐車場利用に際しては、駐車場40分の負担軽減に、やまね耳鼻科より200円分をカバーするコインをもらって対応する。

この日は、杵屋麦丸での昼食、そして大阪・中央区にある林歯科医院の診察もあった。

歯科診療は、すべての治療を終え、次回来診は半年後。

しばらくは大阪入りから遠ざかる。

(H31. 4. 5 SB805SH撮影)

8日に電話が鳴った。

発信者は、やまね耳鼻科の事務員からだ。

予約の手違いがあったのか、それとも・・・。

予想もしなかった医師の不調。

盲腸発症により緊急入院された医師。

退院日は決まっていないが、今月の16日以降になりそうだ、という連絡であった。

10日にかかった電話はおふくろからだ。

入浴ヘルパーさんが、予定している午後3時を過ぎても、まだ来ない、という。

所属する事務所に電話したらいい、と伝えた。

そうしたら大慌ての事務所責任者のKさんが飛んできた。

時間帯は午後3時45分だった。

Kさんの話によれば、担当するヘルパーさんは、その日にお休みをいただく旨、おふくろに伝えていた、と・・。

その件は、両者間によって確認ができていたと認識していたが、実際は事務上の手続きに誤りがあった、とわかり大慌てでやってきたそうだ。

到着し、おふくろの事情を伝えたが、入浴する気は消えていた。

今となっては、その気もない入浴は、通所リハビリのアロンテイアクラブ利用が土曜にセッテイングしているから、もうえーわ、と・・。

入浴は、一週間も空白になってしまう。

電話に代わってもらって、おふくろに伝える言葉。

今日は寒くて、明日は温かくなるから、汗もかく。

せっかく来てくれてはんのやから、お風呂はもらっとき、と説得したら、ほならそうするわって・・。

一件落着の巻きであった。

19日も大阪行き。

院長が入院のやまね耳鼻科。

退院したのかどうかも連絡のない医院。

どうなっているのか、医院に出かけて直接伺ってみるしか手はない。

そう判断して出かけた。

先に済ませておきたい昼めし処はふくちぁんラーメンの長原店

美味しくいただいた。

そして訪れたやまね耳鼻科の玄関に張り紙。



退院はしたもののリハビリ中だった。

臨時休診は4月20日まで。

それからでないと電話予約はできない。

どうか十分に体調を整えられて復帰してください。

来たついでにおふくろが住む部屋に。

雑談交わして帰路についた。

(H31. 4.19 SB805SH撮影)

23日は大阪行き。

院長の入院、手術、リハビリに20日までは臨時休診していたやまね耳鼻科に出かける。

実際は、22日の月曜日に再開したらしく、やっと電話が繋がって予約も取れた。

午前10時10分の受付。

長時間待ったこの日の呼び出し時間は午前11時40分。

中耳炎、真珠腫か、なんとかで放っておけば骨を溶かして痛むことになるが、そこまでいっていない、という判断である。

症状からわかったことは、ずいぶん昔からの症状のようである、と。

腫れは、ほぼ引いて鼓膜は奇麗になったが、かさぶたはまだ残っている。

取り除く処置をしたが、まだある。組織検査までともいかないが、診察は継続し、1週間、2週間間隔で来診してください、ということだ。

正午時間の12時ジャストに診察を終えて会計支払い。

心配していた真珠腫でもない、とわかってほっとする。

(H31. 4.23 SB805SH撮影)

ふり返る平成31年3月の介護まとめ

2020年12月09日 09時41分37秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。

ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

1日、大阪・住之江ケケアプランセンターおにぎりとの正式契約書にサインと捺印しケアマネージャーのFさんに提出する。

毎月の1日は、要支援見直し申請が可能。

入浴に支援が要るか、それとも不要かは調査員の質問にその通りと応えたらいいのだが、つい自分一人でできてしまう、いやそれどころか、そうありたい、と心から、素直にこうしていると、つい反応して答えてしまう。

つまり無理なのに繕ってしまう回答を信じた調査員がそのまま点数化する。

実態と乖離した結果になる。

ケアマネージャーが、一度、質問してみましょうと言って試しにした質問。

やはり同じ結果。

解除支援を要する動きははたから見ていてもわかる。

なのに、本人は、している、と答える。

実際に動いてみてくださいと、その動きを調査員は求めることはない。

難儀なことであるが、それが実体だと話してくれるケアマネージャーさん。

おふくろの習性は、今から直そうとしてもなおるものではない。

見直し申請しても、また却下されると判断し、家族ともども断念した。

居住地の市営住宅。

集合ポスト溜にまっている郵便物の整理をする。

また、おふくろの代理で申請する確定申告のための領収書などを確認する。

医療機関のまとめ一覧が届いたのは平成30年6月分まで。それ以降はまだ届いていないから仕様に応えることはできず、断念。

確認できた領収書そのもので処理することにした。

写真は、軽バンで運んできたもっとも座りやすい座椅子。

重宝している。

数日後の50年以上も通院してきた大阪の歯科医院。

3日後に通院するのでおふくろとともに椅子も連れて帰った。

4日、この日は、大阪・中央区伏見にある林歯科医院に出かけて歯の治療。

我が家を出発して走る第二阪奈道路から阪神高速道路利用。



午前11時に到着した林歯科医院。

3カ月診療に、3カ月前に治療した被せ歯が外れて、痛み出した歯。

発症は5日前。その処置に2時間半もかかった。

治療は、歯の軸を撤去に、針を用いて糸繋ぎ。

その際になった出血が止まらない。

それが理由で長時間要した歯の治療。

あまりにも長い待ち時間に、大阪府公安委員会のパーキングチケット購入して駐車したが、1時間で300円。

このままでは3時間超えになるとわかって離脱し、大都会の街を車で巡る周辺散策。

治療が終わった時間は、午後1時半。

お腹が減ってぺこぺこだが、治療したばかりのおふくろは食事ができるのだろうか。

医師に話によれば、30分以上も開けると大丈夫と言われていつもの食事処、かっぱ寿司南津守店に向かう

食事を済ませたら、住之江区役所行き。

地下1階でしている確定申告相談受付に付き添い申請。

相談の結果、医療費控除した関係で5千円ほどが返還されると伝えてくれた。

そう、医療費控除は大切な行為である。

その次の要件は、おふくろ常備薬に使用している目薬処方。

数か月に一度は、診察要。

付き添いして診てもらったうえ、目薬を処方してもらった。

次の要件は、食べたいものを自分の足で探して購入する食料品。

スーパーサンデイ加賀屋店での購入にも付き添う。

5日もまた大阪・中央区伏見にある林歯科医院行き。

この日も長時間治療に、午後2時に予定していたが昨日と同じように長時間かかるとわかって予定していた買い物ヘルパーさんにお願いしていた予定時間を午後4時にしてもらった。



その関係で余裕時間がたっぷり。

またもやかっぱ寿司南津守店の食事と相成った。

8日もまた、大阪・中央区伏見にある林歯科医院行き。



食事も3度目になるかっぱ寿司南津守店

おふくろもかーさんも、そこでえーという。

相も変わらずの寿司ネタに飽きもせんと・・。

14日もまた、大阪・中央区伏見にある林歯科医院行き。



この月、なんと4度目になるかっぱ寿司南津守店の食事。

家族3人の意地でもなく、ネタが美味しいから食事するかっぱ寿司南津守店。

介護者にも優しいお店のつくり。

広々する食事処は他にない。

前回治療から010日過ぎ。

25日もまた、大阪・中央区伏見にある林歯科医院行き。

であるが、その前におふくろを連れて診察してもらう内科医院の畠中医院。

医院前にある路上の樹木はこぶし。

真っ白に咲いていたこぶしに、今年も春が来た。

2カ月おきに診てもらう通院日は、歯の治療日に合わせた。

診察結果の処方箋はいつもと同じ。

医師の指示で分包もしてもらう北島薬局に処方箋の依頼。

分包作業に時間がかかる。

その間に摂る本日の昼飯は、またまた入店するかっぱ寿司南津守店

この月、5度目になる入店。

それでも食べたくなるかっぱ寿司の美味しいネタ。

食事を済ませたら、林歯科医院行き。

午後2時から午後5時までの治療のワケは、歯の技工士さんの作業時間待ち。

終わったら、もうひとつある。

用件は住之江・浜口にあるたかやま耳鼻科医院の治療である。

耳爛れ発症に探し出した耳鼻科医院。

ネットではすごく評判にあがっている医院のようだ。

治療は午後7時。

予約できた指定時間に、ここは駐車場がない。

治療待ちに車を走らせた4か所は、ほっともっと住之江御崎店、スーパーサンデイ加賀屋店にスーパーサンコー、業務スーパー。

ほっともっと住之江店は最近になって出店した新店舗。

今夜の食事の買い出しに290円の鮭弁当、390円の肉入り野菜炒め。

足らない夜食にスーパーサンコーで買った半額サービスの鶏の照り焼き。

もう一つはスーパーサンデイ加賀屋店でかった海鮮巻き寿司。

我が家に戻った午後10時に食べた晩食が旨かった。

で、治療が終わってから伝えられたおふくろの耳の状態。

酷い爛れにがん疑いもあるからと要検査を告げられ、4月8日の午後3時。

たかやま医師が紹介する大阪府立病院の予約診療であるが・・・。

29日は、初めて診察してもらう住之江・中加賀屋やまね耳鼻科医院。

25日に診てもらった大阪府立病院の予約検査であるが、かーさんがネットで調べた結果に見つかったやまね耳鼻科医院なら、設備が調って入りやまね耳鼻科医院なら検査もできるとわかった。

わざわざ大阪府立病院に行かなくとも、やまね耳鼻科医院一本で結論も出るし、診察、治療も可能なら、そっちにと切り替えた。

午前11時過ぎに入ったやまね耳鼻科医院。

治療に待つ患者さんは多い。

待っている時間にお腹が減ってきた。

やまね耳鼻科医院のすぐ近く。

道路向こうにあるお店に人だかりを見た。

その店は揚げ物専門の総菜店。

「ほっかほっか弁当」表記のある惣菜店は、中加賀屋にあるとんかつ道場・ほっかほか弁当

600円のとんかつ弁当に700円のジャンボとんかつ弁当が人気の店。

他にも750円のとんかつセット、650円のヘレカツ弁当、750円のミックス弁当、600円のチキンカツ弁当、600円の魚フライ弁当、600円のから揚げ弁当に650円のサービス弁当。注文して並ぶ人の波は途切れない。

買っては次の人、買っては次の人と繰り返す波に、思わず試し買い。

買ったのは2個で100円のコロッケ。

待っていた車中で食べたコロッケが旨い。

まんぞくする味に弁当も食べたくなってきたが・・。

診察、治療が終ったおふくろ。

左耳内耳の腫れは、CT検査の結果は曇り部分が有り、がんの疑いを告げられた。

後日(※翌月の4月23日)の診察ではっきり判明した病名は中耳炎に真珠腫。

治療で治る可能性もあるが、手術も考えられる、という。

安心はできないが、医師に任さざるを得ない真珠腫であるが、取りあえず摂っておきたい本日のひる飯は、今月6度目の入店になるかっぱ寿司南加賀屋店行き。

食事を済ませた次は、継続治療中の林歯科医院診療。



この日の治療に数本の虫歯治療があった。



この治療は長引きそうとかーさんが伝えてくれたので、少し足を延ばしてみることにした。

行先は、富士フイルムフォとサロン大阪。



すぐ近くにあるからちょっとだけでも写真展を見に行こう。

現在開催中の写真展は、日本風景写真協会主催の「第4回美しい近畿」写真展。



なんとばったり会った知人のDAN・宮崎さん。

なんでも歯医者帰りに立ち寄ったそうだ。

ほんの1時間ほど拝見していた写真展。

車を停めた駐車場は安土町市営駐車場。

これなら、伏見町界隈を巡回するよりも、写真展の作品を観ているほうがいい。

治療が終って住之江に戻ってきた時間は午後6時半。

スーパーサンコーで仏花を買って、くら寿司に立ち寄って美味しい石澤ドレッシングの購入。

居住地におふくろを戻してやっと解放された時間は午後7時1分。

お腹はペコペコに近場で晩食。

行先は、毎度お馴染みのふくちぁんラーメン南加賀屋店

ラーメンにから揚げを食べて満腹にほっとして帰路についた。

自宅に戻った時間は午後9時。

長い一日がようやく終わった。

(H31. 3. 1、 4、 5、 8、14、25、29 SB932SH撮影)

ふり返る平成31年2月の介護まとめ

2020年10月25日 09時58分53秒 | むびょうそくさい(おかん編)
この月もおふくろの介護の関係で大阪・住之江に行くこと度々。

記憶は記録。ふり返る際に思い出したい事項は書き記しておく。

ケアプランセンターおにぎりのFさんから電話があった。

住之江・安立地域包括センター宛の書類にサインならびに捺印のお願いである。

10日後の3月1日の午後4時から5時ころにおふくろを迎えに行く用事があるので、その日に手渡すことにした。

時間合わせに、大和郡山を出発する際に、到着予定時間を電話で伝えることにした。

この月は、こと大きいものもなく穏やかな1カ月だった。

(H31. 2.20 記)