「よか天気ですねえ」
「今日は温っかなあ」
「茶飲んで行きなっせ」
「だんだんなー」
*
ふたりのおばばが挨拶を交わし、
そばで聞くことなく聞きながら
おばばに連れられた女の子と眼が合って
わけわからなく顔を伏せたガキがいた
「よか天気ですねえ」
「今日は温っかなあ」
「茶飲んで行きなっせ」
「だんだんなー」
*
ふたりのおばばが挨拶を交わし、
そばで聞くことなく聞きながら
おばばに連れられた女の子と眼が合って
わけわからなく顔を伏せたガキがいた
新たな世界へのエントランス、としての出会い──
対話がみちびく相互照明、相互触発
相互の信頼と承認を基底に沈めながら、そこに、
どちらにも帰属されない、生成的な〝第三領域〟が現象する
二つの眼が構成する「両眼視野」がつくる世界の新たな〝奥行き〟
このとき、ことばはたどりつくべき収束項ではなく、
相互に向かって感受性と存在を開く解放ツールとして使われている
──バフチン『小説のなかの言葉』桑野隆訳
「ことばが実際に使われるさいには、あらゆる具体的な理解は能動的である。
……能動的理解は、理解されるものを理解するものの新しい視野に参加させ、
この理解されるものとの複雑な相互関係、共鳴、不協和をつくりだし、
理解されるものを新しい諸要素で豊かにする。
話し手もまた、まさにこのような理解を念頭においているのである。
それゆえ、聞き手にたいする話し手の志向は、
聞き手に特有な視野、特有の世界への志向であり、
そのような志向は話し手の言葉のなかにまったく新しい諸要素を持ち込む。
そのさい、相異なるコンテクスト、相異なる視点、相異なる表情、
表現的アクセント体系、相異なる社会的「言葉」の相互作用が生じるのである」