未熟なカメラマン さてものひとりごと

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天空の城・竹田城

2011-10-17 23:44:25 | 観光名所
10月16日(日曜日)出石の町並みを散策した後、兵庫県朝来市(あさごし)和田山町の竹田城を訪ねました。観光案内パンフレットや旅行書などで広く紹介されている、「秋から春にかけての早朝、あたり一面の雲海の中で、浮かび上がるお城の石垣」は、とても幻想的で美しく、強く惹かれるものがありました。あの、インカ帝国の遺産、マチュピチュに似ているという人もいますが、イメージ的にはぴったりだと思います。幸いにも帰路の和田山ICに程近く、ちょっと寄るには、願ってもない場所にあります。まず、ナビをJR竹田駅にセットして進むと、竹田城跡への案内板が見えてきました。快適に進むこと5分ほど、いよいよお城への山道に差し掛かったところで、車の渋滞の列、10台ほどが待機していました。交通整理をしていたガードマンの方の話によると、駐車場がいっぱいで空き待ちとのこと。行きと帰りは一方通行になっているようでした。私の車のナンバーを見て「これは、ようこそ遠いところをお出でくださいました」と、気遣いも十分です。左手の高い山の頂にそれらしき石垣が見えます。どの辺まで車で行けるのだろうかと思案してしまいます。
それでも駐車場の回転はいいようで、10分ほど待つと、順番が来て進めの合図。細い山道を進むと、第2駐車場があり、さらに進むと第1駐車場があります。当然ながら、数十台の駐車スペースのある駐車場は満車の状態。靴を運動靴に履き替え、いざ山道を進みます。

私が読んだ旅行案内書では、お城まで15分とありました。遊歩道はほとんどがアスファルトで整備されているようで、若い男女のカップルや、壮年・熟年の夫婦、若いファミリーや、お年寄りのグループと大勢の人が頂上を目指して歩いています。一番びっくりしたのが、3・4歳ぐらいのよちよち歩きの幼い子ども。お母さんに手を引かれながらゆっくりゆっくり歩いています。これにはびっくりしました。思わず「がんばれー」と声を掛けたくなりました。子どもには負担にならないのだろうか、と心配し、また、手をひく若いお母さんの辛抱強さにも感心しました。



頂上を目指す親子 ガンバレーと声をかけたくなります。

しばらく歩くと、案内板に左方面「天守台コース100㍍」直進方向「大手門コース200㍍」とあり、一瞬迷いましたが、距離が短い天守台コースを選択。これが高低差のあるすごい山道で息も絶え絶えです。やっと登りきると、急に視界が開け南千畳と呼ばれる広い場所に出ました。この竹田城のよいところは、木々がほとんどなく、極めて視界がよいところです。眼下に見下ろす山並みや、町並み、気分も最高です。ここで弁当を広げる家族もいました。さぞやおいしいことでしょう。一息ついて、さらに天守台を目指しますが、いきなり急な石段がありました。その一段一段の高いこと、ここも登り切ると、最後の天守台ですが、何と石段はなく、はしごになっていました。上がる人と降りる人、お互いに譲りあう感じです。高さはたったの2mほどですが、中には、石垣をよじ登るつわものの女性もいました。ここからの眺めは、素晴らしいこと、この上なし。360度の大パノラマが広がっています。大勢の人が記念撮影をしていました。考えてみれば岡山県にも日本三大山城と呼ばれる備中松山城が高梁市にあり、その天守閣は国の重要文化財に指定されています。一時、茶人である小堀遠州親子が治めていたことは周知のとおりですが、立派な石垣も松などの木の根が侵食し崩壊の危険も日々、増大しているとか。それに比べ、この竹田城の石垣は、あの滋賀県坂本の穴太衆の手になるもので、その堅牢さは確固たるものだそうです。帰りの時間も気になるので、下山することにしました。考えてみれば、行きは20分以上はかかったのではないでしょうか!そして下りは15分ほど。城を出るころにあのお母さんに手を引かれた幼い子どもにまたまた会いました。やっと到着のようです。すごい、すごい、と感心することしきり。
今度は、是非雲海の竹田城を撮りたいと思いましたが、実現するかどうか。



日本一の山城といわれる竹田城跡
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