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スロージョギングと写真のブログ

ウォーキング、ジョギング、ママチャリで出あった季節の花や風景写真で日々の出来事・雑感をつづっていきます

時を戻そう(1.7-1)~2007年 しまなみ海道100km ウルトラ遠足 速報

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ 無事、遠足から帰りました。

スタートしてまもなく、トイレに行くのに約15分も待つなど、想定外のことが、2、3発生したり、後半脚筋肉が固まり前に出れず、ゴールへの苦しみも味わいましたが、おかげさまでリベンジし、完走できました。
NO.10エイド(49.6km)6時間07分、それ以降8時間20分、計14時間27分余りが、今回の結果です。


福山城


スタート地点 

福山城天守閣前の広場をスタートして、


表門を抜けて、下へ歩き下り、市街地へ

川沿いの田園地帯から、山陽自動車道をしばらく走り、景観のすばらしい「瀬戸内しまなみ海道」に入ります。

島と橋と海と空が続く、ふれあいの旅に向かいます。

ウグイス、ヒバリ、ホトトギスなど鳥の鳴く声、

沿道のいろいろな花、瀬戸内の紺碧の海、変化豊かな島々、

地元ボランティアの皆さんの熱い応援などに、

感動しながら走る。

因島に入ってだと思いますが、

NO7エイドステーション(34.7km)で地元の歓待と、オレンジ生絞りジュースをいただいたときなんか天国だと思いました。

涙があふれてきましたね~。


第9回 2007年しまなみ海道100kmウルトラ遠足 平成19年6月2日 生口橋 約41㌔地点

遅くとも、13時間台にはゴールしたいと思っていました。


中間点

中間点の休憩以降、 

脚筋肉が硬くなり(大腿四頭筋というんでしょうか?そのあたり)、

以前には経験したことが無い、足が前に運べず、腕振りで前に進むという苦しみも味わいました。

世界初の三連つり橋である来島海峡大橋では、行けども行けども橋の端が見えてこない。

同じ1kmでもこんなに長いのかというような思いもしました。

ひたすら、前へ!

ひたすら、ゴールへ!

でした。


宿泊のホテルに行く途中、ゴールするランナーを写す

通りがかりのこどもたち、おじさん、おばさん、おばあちゃんたちの応援、また地元のランナーの皆さんの私設エイドステーション、ゴール会場での歓待も心に沁みました。

同宿したホテルで、埼玉県の「彩湖ランニングクラブ」のAさん(72才)と相部屋になるなど、すばらしい出逢いもありました。

64歳から走りを始め、今年の「東京マラソン」では年代別で3位に入賞されたというお元気な方です。

家に帰ってから、

ランナーズ7月号、フルマラソン1歳刻みランキング記録集を見てみましたら、男子72才で4位、勝田で3:45:00の記録を残しています。


からくり時計

大会翌日は、東京から来たランナー、家族の応援者計41名のバスツアーに合流し、愛媛県松山市の道後温泉に寄りました。


ぼっちゃん湯

詳細は、近日中に整理して、完走記にご紹介したいと思います。

今日のJ&W  
   しまなみ海道ウルトラ遠足  100km
   今月累計 100km   今年度累計 1217km
    

(2007/6/3 記)

コメント (14)
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時を戻そう(1.6)~1999年 しまなみ海道スーパーマラソン、Sさんのこと

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ ブログ開設以前に参加したウルトラマラソンの回顧-最後は、1999年9月19日に開催された「しまなみ街道スーパーマラソン」です。

この時は仕事に変化があったり、茨城県に転居したばかりだった。

走れる状況ではなかった。

千葉のマラソンクラブの走友から、「しまなみ海道」開通記念の大会であるから、ぜひ参加しようという誘いがあった。

めずらしい大会でもあるし、千葉からの誘いでもある。

にわかに2ヶ月ほど走り込み、同行することにした。

 コース地図 

平成11年(1999年)5月1日、本州と四国を結ぶ三番目のルートが開通した。

ルート名称は「瀬戸内しまなみ海道」。

広島県尾道市から愛媛県今治市を結ぶこの西瀬戸自動車道は、瀬戸内海に浮かぶ、飛び石のように連なった美しい島々を、様々な形の橋で繋いでいることからこの愛称が付けられた。

橋に自転車歩行者道が併設され、自由に自転車で、または歩いて渡れることが最大の特徴だ。

「しまなみ海道スーパーマラソン」は、この素晴らしい海の道を広く内外にアピールし、瀬戸内海の新たな交流を図ることを目的に開通記念イベントととして開催された。

以下は、その記録です。

<前日> 

5時最寄駅出発→羽田から飛行機で広島空港→JRで尾道着9時40分。

フェリーに乗り、近くの向島、因島や同島の村上水軍ゆかりの史跡など、市内を見物、散策した。

ホテル「アルファーワン」に宿泊。

 尾道駅到着

 スタート地点は、尾道駅の近く、尾道市役所前。

終始行動をともにしたのは、西幕張にお住まいのSさん夫妻、「千葉○○マラソンクラブ」のTさん、Mさん、美浜。

幸町のH夫妻(お二人とも走られる)に尾道駅で出会った(写真左端)。

広島空港を降りたところでは、北海道のサロマ湖大会で宿泊の部屋をともにした、千葉県八街市のUさんに偶然お会いした。

<当日>

大会中

2:20起床。

5:00スタート。

やや蒸し暑い。

走り始めるとしばらくして夜明け。

白々と明るくなり、空と海原の境、島の輪郭や景色がはっきりと見え出した。

5月1日に開通して間もない各橋、そして島々を走り抜けていく。

30km付近から気温がぐんぐん上昇、蒸し暑さも増す。

エイドステーションは塩と水のみ、食べ物がない。

最初エイドにあった水も、このあたりからなくなってきた。

やばい!!

同日は蒸し暑く、最高気温は大三島で気温は33.3度(午後2時)だった(翌日、愛媛新聞より)

炎天下で飲む水がない、食べものも少ない!!

残り時間は余裕があったが危険を感じて、47km付近で走るのを止めた。

千葉から同行した仲間、美浜含め、4人全員リタイア。

収容車で早々とゴール地点の今治市糸山公園に行く。

トップランナーのゴールを待った。

通常の100kmだと、トップは7時間くらいだが、この大会(102.4km)では、それより2時間弱ほど遅く、35才の会社員ランナーが8時間12分9秒でゴールのテープを切った。

「最後は暑い上に給水できず、死にそうでした」とコメント。

ゴール近くまで4位で来た方は、暑さのため途中で意識を失ったとの情報が入る。

翌日の新聞を見たら、途中からの記憶を失い、ゴール手前300mで倒れこんだが、しばらくして意識を取り戻し、歩いてテープを切ったとのこと。

結局エントリー1011人(男917人、女94人)中、リタイア続出で、完走者は301人だったそうだ。

完走率30%。

大会後 

この後、ゴールの愛媛県・今治からJRで松山駅へ、市内電車に乗って道後温泉に向かう。

「カラクリ時計」を見物したり、

  カラクリ時計

なにか夏目漱石の「坊ちゃん」が入った湯とかいう温泉に入ったり、

  道後温泉

夜の道後温泉街を散策し、

讃岐うどんを食べたり、タルトとかの土地の土産を買ったり、

2泊目は、ホテル「古湧園」というところに宿をとる。

<翌日>

午前中は、市街地見学。

松山城や、

 松山城(松山市街&海をバックに)

 松山城の石垣付近

正岡子規の「子規堂」などを見学した。

Sさん夫妻と( 道後温泉の「子規堂」内にて)


大会に参加したSさんは、この時69才だった。

今年83歳になられ、

3月24日の「板橋Cityマラソン(東京・荒川市民マラソン)」のフルに出場され完走した。

記録は、グロス6:38:57(ネット6:24:49)だった。

平均9:07/kmペースだ。

69歳になれば、普通はマラソンをやめようかという年齢。

83歳までフルを走りつづけようという意思もすごいし、

男性の平均寿命を過ぎている。

心身の健康を保ち、元気で長生きし、生を楽しみたいものである。

ご立派!!

 松山城

松山城で初めてお会いした埼玉県越谷市から参加の、別のS?さんご夫妻。

S?さんは、あの暑さの中、最悪のエイドを通過して、13時間20分で完走されたそうだ。

 

昼ごろ帰京の途についた。

松山市街、道後温泉は、歴史や文化の香りがする印象に残った町だった。

(2013/4/20 記)

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時を戻そう(1.5)~1997年 第3回星の郷八ヶ岳野辺山高原100㌔ウルトラマラソン

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ このころは色々と忙しい時期だったが、富士五湖に次いで八ヶ岳を申し込んだ。

高低差が1000m前後なので挑戦のしがいがあったのと、また自分の生まれた県であったためでもある。

コースは、下図のとおりだった。

 

 エントリーのあとは、仕事や生活の状況にあわせ、次のような八ヶ岳に向けた練習をした。

5月163km: 5/10海浜MCと箱根駅伝5区21km、5/25山中湖ロードレース・ハーフ

6月194km: 6/7奥多摩御前山34km、6/22皇居20km、6/28昭和の森

7月210km: 7/21養老渓谷麻面原27km

8月313km: 8/16高尾・陣馬30km、8/24大菩薩登山マラソン24km、8/31東大グランド32km

9月52km:  9/6高尾・陣馬30km

 

幸い、大会前後・当日の細かいメモが残っていたので、以下に当時を再現、完走記を記してみた。

<前日>

6:00起床、7:20最寄駅を出発。

8:18東京駅発、小淵沢10:50着、野辺山高原11:47着、大会受付。

宿泊の宿は、会場から遠かった記憶がある。

野辺山駅から、宿の送迎バスで「海ノ口」地域の「湯沢館」に到着16:40。

7人の相部屋だった。

翌日の準備、夕食・入浴後、20:00ころ就寝。

台風19号が上陸の天気予報だった!

<当日>

2:15起床。夕食、朝食は、腹いっぱい食べた。

3:30送迎バスでスタート会場へ。ストレッチ後、53km、83km地点の荷物を預ける。

スタート

真っ暗闇のスタート地点。

数個の投光器が、スタート地点や必要箇所を照らしていた。

放たれた光の先に映る上空は黒雲が覆い、今にもどしゃ降りの雨が落ちてきそうだった。

湿度が高く、生あたたかい大気!

5:00スタート。

野辺山駅市街地を抜け、畑から山の中に入っていく。

10kmあたりから林道トレイルに入り、砂利道を上り始める。

20kmの頂上(標高1880m、横岳中腹)から下り、まだ不整地が続く。

路面の岩が濡れている。

足元に注意しないと転倒してしまう!

 

稲子湯の折り返しあたりから脚が重くなる。

山間の清流、せせらぎの音が心地よい。

山の緑はまだ濃い。

たまに黄色く色づいた木の葉が散らばっている。

59/0~30:52(31:51)/5k~31:48(1:03:40)/10k~35:46(1:39:27)/15k~2:53(1:42:20)/エイド給水~36:41(2:19:01)/20k~29:15(2:48:17)/25k~39:20(3:27:38)/30k~47:48(4:05:26)/35k~2:43(4:08:10)/エイド給水~30:25(4:38:35)/40k~37:46(5:16:21)/45k~37:19(5:53:40)/50k~エイド給食・給水(約53km)後、川に降り約20分ほど全身を冷水に浸した~1:00:45(6:54:25)/55k~45:32(7:39:57)/60k~40:04(8:20:01)/65k~48:53(9:08:55)/70k~

松原湖の横~小海町と下りを走り、北相木村の折り返し地点に向かう。

エイドステーションのオニギリは腹が受け付けない。缶入りカロリーメイト3本を腹に流し込む。

体温が上昇している、脚がすごく重くなった。

コース沿いに川の流れがあり、ランナーが全身を冷水に漬けていた。

吸い寄せられるように、自分も降りて行き、全身を冷やし、息をついた。

だいぶ時間ロスになったけれど、心持ち脚の疲労がとれたようだ。

千葉公園走友会Oさんに出合い、しばらく話しながら併走する。

南相木村から川上村に抜ける「馬越峠」(76km地点、標高1620m)にさしかかると、雨が降り出した。

持参のポリ袋をかぶる。

~1:02:51(10:11:46)/75k~45:22(10:57:09)/80k~36:02(11:33:12)/85k~36:24(12:09:36)/90k~39:09(12:48:46)/95k~38:48(13:27:35)/100k

峠の上りは10分/kmペース、歩きと走りをおりまぜながら頂上をめざす。

下りに入ると走れるようになった。

松戸走友会のAさんにも出逢った。

川上村の平地に入るころ、右ひざに痛みが出てきた。

すり足で走る。

83,85kmのエイドで、またカロリーメイトを3本流し込む。

ヒザの痛みが消えてきた。

走れるようになった。

千葉公園走友会のUさんとは、残り10kmくらいまで抜きつ抜かれつしていた。

90kmあたりだったのだろうか、平坦部に入った18時近くに、急に濃い霧に覆われてきた。

2,3m先が見えない!

コース、道路、足元が見えない!!

霧で煙る暗闇にボ~ッと点在する街灯の光。

前も、後ろも、人が見えない。

独りで走っているようだ、ちょっと不安になる。

ポツン、ポツン、と先行ランナーを抜けるようになった。

冷たい、寒い!

時折追い抜くランナーは、帽子も、カッパも身に着けていない。

小海線の踏切(約95km)で、同部屋のYさん(神奈川県)に追いつく。

km表示から判断すると、7分/km弱で走り抜けば、13時間30分を切れそう!!

残り、3km、2km、1km、腕を振る、振る!!

野辺山駅前を左折、残り500mのゆるい上り坂。

ゴール付近で何人も抜いた。

まだ寒く、ポリ袋が脱げない。

ゴール写真を撮られる時は、ポリ袋を脱ぎ、小さくまとめ、Tシャツ・ランパンでラストを飾りたい!!

ゴールの女性アナウンスの声、ライトアップがまじかに迫ってきた。

疲れが飛んだ、つらさが飛んだ!

こんなに力が残っていたかと思うほど、5分ペースぐらいでゴールテープに飛び込んだ。 

一瞬、カメラのフラッシュが光った。

ゴールタイムは、13:27:29だった。

フィニッシュ後

体育館で汗をふき着替えていると、同部屋のYさん、Kさん(三重県)、千葉公園走友会のOさん、松戸走友会のAさんが続いてゴールしてきた。

19:30野辺山駅前から、宿の送迎バスで2泊めの宿に向かう。

風呂に入り、夕食、同部屋の方と少しの雑談、21:00ころ就寝。

台風19号の影響は16時ころからだったので、大きな影響にはならなかった。

走らせていただいたことに感謝!!

<翌日>

6:00起床。朝風呂に入り朝食。

台風19号の雨は降り続いていた。

8:00最寄りの小海線「海ノ口」駅から帰途についた。

千葉の自宅へは14:30に到着。 

<参考>

・完走証

 ・天候:
  
曇りのち雨、 16/5時、19℃/10時、18/14時、16℃/18

・通過時間とラップタイム:

km        0    10    20   30    40    50    60    70    80    90   100  
ラップタイム       1:03  1:14  1:10  1:10   1:15  1:46  1:28  1:48    1:12  1:18 
通過時刻   5:01  6:04  2:17  3:28  4:38   5:53  7:40  9:09  10:57  12:09 13:27:29  
備 考   

男子:594人(完走者)/972人(出走者)  完走率61.1%
女子: 50人(完走者)/89人(出走者)       56.2%

総合:       644人/1061人              60.7%

美浜・総合順位:482位/1061人(完走者)、449位/972人 (出走者) 

(2013/4/19 記)

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時を戻そう(1.4)~1997年 チャレンジウルトラランニングin富士五湖

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ この大会も、ほぼ17年前の大会。

スタート時から快晴。

白雪をいただいた富士山がくっきり見えた。

コースは、下図のとおり。

2013年度のコースマップ(途中大会から117km→112kmに変わったようです) 

エントリーしたあと、新しい職場に異動し、時間的に不規則になり練習時間がとれなくなった。

大会前のフルマラソン大会5回に参加し、それを練習代わりに練習不足を補う。

ちなみにこの時、

練習走行距離: 
68km/12月、188km/1月、176km/2月、187km/3月

フルマラソ大会参加: 
1月27日(館山/4:20)、2月2日(さいたま/4:04)、2月11日(勝田/4:02)、3月2日(佐倉/3:59)、4月20日(かすみがうら/4:21)

だった。

直前10日間は、17日に10km、20日に「かすみがうらマラソン」フルを走っただけで、他の日は休足日だった。

「かすみがうらマラソン」から一週間はまったく走らずに、117kmに臨んだ。 

 <前日>

前後および当日のメモがほとんどないので、資料と記憶から再現した。

昼頃の電車で出発した。

富士吉田市のホテル「エバグリーン富士」に宿泊。

5人の相部屋だった。

夕食、朝食は十分とれた。

<当日>

スタート前

2:10起床、2:30朝食、3:20ホテル出発。

会場着3:40。

着替え、荷物を預け、ストレッチ、スタートラインにつく。

スタート後

4:30スタート

途中なかだるみの記憶があるが、練習量のわりに通しで気持ちよく走れた大会だった。

いたるところ富士山がよく見えた。 

  手袋をしている

淡々と走り、

忍野八海あたりのゆるやかな下りで息を吹き返したり、

90km~100kmの西湖の手前あたりでペースダウンしたりしたが、

気力でねばり、乗り切る。

  気温が上がってきたころ

エイドや中間地点の給水・給食、休憩などの記憶&メモがまったくない。…

110km地点を過ぎ、ゴールの富士北麓公園に向かい最後の上り坂が続く。

ここで、秋田や他の大会で知り合いになった、4歳くらい年下の女性ランナーAさん(千葉県松戸市)に出逢った。

話しながら併走。

印象に刻まれたAさんだったが、

Aさんはこの後、北海道を横断か縦断のウルトラを走っている最中に、交通事故に遭い亡くなった。

 フィニッシュ後 

7:30パーティ会場。

21:00会場~ホテル着21:20。

22:30就寝。

年齢的には51,52歳ころだったが、練習量のわりにはそこそこ走れ、

体力・走力のピークだったような気がする。

<参考> 

・完走証

 ・天候:
  
晴れ、-0.1℃/5時(86%)、9.7℃/8時(45%)、13.6℃(21%)、17.2℃/14時(24%)、11.5℃/18時(37%)

・通過時間とラップタイム:

km        10    20   30    40    50    60    70   80   90  100   110    117
ラップタイム  1:00  1:01  0:59  1:01  1:17  1:12  1:21 1:24  1:12  1:29  1:14  1:02:34
通過タイム   1:00  2:01  3:01  4:02  5:19 6:31  7:52 9:17  10:29 11:58 13:12 14:14:53
備 考   

男子:189人(完走者)/427人(出走者)  完走率44.2%
女子: 15人(完走者)/45人(出走者)         33.3%

総合:      204人/472人             43.2%

美浜・総合順位:181位/204人(完走者)、181位/472人 (出走者)

(2013/4/18 記)

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時を戻そう(1.3)~1996年 第8回秋田内陸リゾートカップ 100㌔チャレンジマラソン

2020年07月04日 | 大会参加の記録

■ この大会も、近くに住むEさんが、旅の手配。

この当時、仕事がら夏場が忙しく、暑さとそのことで7月ごろから思ったように走れない。

コースは、

秋田内陸鉄道に沿って、角館から鷹巣まで一直線、

50km手前の峠越えがポイント。

100kmエントリーが1111人、976人のランナーが出走した。

(2013年度は、http://www.kumagera.ne.jp/a100km/100k2013-pdf/taikaiyoukou-2013.pdf

当日の天候は、

曇りのち雨 最高気温20.5℃ 湿度 50% 

この大会は、ほとんどメモが残っていない。

大会プログラムなど資料を見ながら、17年前の断片的な記憶をたどってみた。

<前日>

最寄駅を9:41発。

東京駅10:44発「やまびこ15号」~盛岡着13:31

バスで宿泊の「田沢湖プリンスホテル」に15:44着

角館広域交流センターで受付16:25ころ  朝食のパンを買う。

会場でKさんに会う。

広域交流センターを17:10発~田沢湖プリンスホテルに戻る17:45。

就寝時刻不明、21:00ころか?

<当日>

スタート前

2:10起床、朝食。

プリンスホテル3:10発。

角館着3:45、受付。 

  スタート前

スタート後

5:00スタート。

少ないメモから、当日の様子を再現してみた。

33:43~34:20(1:08)/10k~31:00(1:39)/15k~30:00(2:09)/20k~30:00(2:39)/25k~33:55(3:14)/30k~32:26(3:47)/35k~42:27(4:29)/40k~16:30(4:46)/フル~23:46(5:10)/45k~29:44(5:39)/50k

30kmくらいから上りのジャブできいてくる。

43km付近の標高560mをピークにして下りに入る。

中間地点では、約10分ほどの休憩。そこそこ食べられたと思う。

37:00(6:26)/55k~

阿仁町公益センター で休憩 6分ほど。 

 なんとか北緯40°のゲートを超えた!!

このあたりで、いすに腰掛けマッサージを受けたり、スプレーを吹きかけたりした。

1:24(7:50)/65k~1:20(9:10)/75k~40:00(9:50)/80k~

マッサージ、スプレーは、まったく功を奏さない!!

脚が重いまま、あきらめずにゴールをめざす。

40:00(10:30)/85k~41:00(11:11)/90k~58:00(12:09)/95k~31:00(12:39:43)/100k 

80kmくらいからほとんど歩き。

90km~95km~100kmと上って下る。

最後の下り5kmは、

雨に打たれながら、

鷹巣阿仁広域交流センターのゴールをめざし、ピッチを上げた。

土砂降りの中、「鷹巣の大太鼓」が連打で完走を祝ってくれた。

きりたんぽをいただく。

ゴールタイムは、12:39:43

フィニッシュ後 

Eさんは、残念ながら81kmでリタイア。

19:10ころ、いっしょに鷹巣をたち、角館に21:30到着。

タクシーに乗り、田沢湖のプリンスホテルに到着22:10。

入浴、荷物の整理。

23:30就寝。 

<翌日>

5:30起床、散歩。

 朝の田沢湖で記念の写真を撮る

辰子伝説に彩られる田沢湖は、周囲約20kmの円形の湖、水深は423.4mと日本一を誇る。

眺望はるかな湖岸に並ぶ山並みに朝の雲がたなびき、瑠璃色に輝く静かな湖水が印象に残っている。

9:50、ホテルをチェックアウト~田沢湖駅まで。

盛岡駅11:20到着。

<???

盛岡駅16:48発の「やまびこ20号」で、東京駅到着19:32。

千葉への帰宅は、21:00頃だった。

午後の時間帯(<???)は、記憶がまったくない。

盛岡駅前で「冷麺」を食べた記憶だけだ。

家には、帰り際に買った鳴子温泉の夫婦こけしがありますが、お店に寄ったりした帰りのルートは記録がなく不明だ。?

<参考>

・通過時間とラップタイム:
km        10    20   30     40     50     60     70    80    90    100
ラップタイム  1:08  1:01  1:05    1:15                             1:21   1:28
通過タイム   1:08  2:09  3:14   4:29                      9:50  11:11  12:39:43                                      

・順位: 総合508位/976人出走者、450位/種目順位   完走率 652人/976人出走者=66.8%

(2013/4/17 記)

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時を戻そう(1.2)~1996年 第7回 阿蘇カルデラスーパーマラソン

2020年07月03日 | 大会参加の記録

■ 第2回目のウルトラマラソン参加は、想定外のエントリーだった。

近くに住むEさんが、美浜さん「阿蘇申し込んだよ!」

そういう大会があることも知らなかったし、私が知らない間に申し込んでいたのである。

事務局から送られてきたゼッケンNO.は、なんと1番!!

こんなことは、後にも先にもこの大会だけだった。

 100kmコースは、午前5時に長陽村総合福祉センターをスタート。

時計と反対周りに久木野村~白水村~高森町~波野村~産山村~一ノ宮町を経由し阿蘇町の総合センターに至るコース。
(2013年度は、http://www.e-marathon.jp/asocaldera/index.php?menuindex=6

9町村を走り抜け、カルデラ内の平地から外輪山の上まで、最大高低差約500m、全国から集まった約800人のランナーが、体力の限界に挑んだ。

当日の天候は、

                            雨  気温20.5℃ 湿度 91% 風力 0 /午前5時

                            曇り 気温22.0℃ 湿度 79% 風力 1 /正午

                            曇り 気温21.9℃ 湿度 76% 風力 1 /午後6時

だった。

参加申し込みから旅の手配までしてくれたEさんは、熊本県の生まれ。

地元の大学を卒業して東京で仕事につき、大会終了後は親しい学生時代の友人が歓待、いっしょにご相伴にあずかった。

そのEさんも2年ほど前に亡くなられた。

以下は、

当時のメモに基づいた、17年前のウルトラ完走記です。

<前日>

最寄駅からリムジンバスで羽田空港へ。

ANA11:35発で熊本空港13:40着。

バスで阿蘇駅まで、阿蘇駅からタクシーで阿蘇町総合センターへ。

15:00ころ阿蘇町総合センターで受付。

15:30宿泊のホテル「角満」着、近くのスーパーで、翌朝の朝食を仕入れ、夕食。

翌日の準備をして、露天風呂に入る。

21:00ころ就寝。

<当日>

スタート前

1:40ころ目が覚める。うつらうつらモーニングコールで2:30起床。朝食アンパン、寿司5個、その他。

3:30送迎バスでスタート地点に行く。

4:10ストレッチ、荷物預け。体育館内で開会式。JTRCのKさん、Nさん(女性)も出場していた。

ウェアーは、ランパン、ランシャツ、ウェストバック、帽子。

スタート後

 スタート時は雨

 5:00スタート

少ない覚え書きメモから、当日の様子を再現してみた。

序盤は、1:05:47/10k~34:18(1:40:26)/15k~31:45(2:13:11)/20k~48:09(3:01)/25k

20km過ぎカルデラの急な登りは、全部歩いたような気がする。

~32:12(3:33:24)/30k~34:43(4:08:07)/35k~36:40(4:44:48)/40k~29:44(5:14:32)/45k~40:54(5:55:27)/50k

中間地点は、オニギリ1個、そば2杯、腹が受け付けないけれど無理して詰め込んだ。

51:00(6:46:28)/55k~37:31(7:28:23)/60k  


50km中間地点の休憩は、12,3分ほど?  腰をおろし飲食&ストレッチ。

~38:50(8:02:51)/65k~46:35(8:49:27)/70k~45:58(9:35:26)/75k~41:12(10:16:38)/80k

このあたりは、なにせ関門時間が迫ってくるプレッシャーを感じながら、腕振りを意識しながら歩きに近い走りだった。

80km地点の関門時間が10:30だったから、10:30-10:16:38=13分のゆとり(?)、危ういところだった!

~48:41(11:45:39)/85k 

このあたりの急坂も歩いて登った。 

~40:18(11:45:39)/90k   

90kmの関門時間が12:00だったから、ここでもゆとり14分

90km地点の直前のエイドステーション、コース略図の88kmの所だったろうか?

カルデラの急な下りの手前にあったエイドステーションで、缶に入ったカロリーメイト2本を腹に流し込んだ!

~38:20(12:23:59)/95k~29:06(12:53:08)/100k

力が湧いたというか、回復してきたというか、90kmの関門を過ぎ、急坂を惰性で駆け降りていくうちに、脚のだるさが無くなって楽に走れ、ラスト5kmは6分/km切りでフィニッシュできた。

カロリーメイトのおかげか??

 ゴール(阿蘇町総合センター)

ゴールタイム12:53:08/制限タイム13:30で、結果は37分前のゴールだった。 

フィニッシュ後

18:20宿泊のホテル「角満」に帰り、入浴、荷物の整理。

Eさんの友人Yさんがホテルのロビーで待っていた。

13:20で完走したEさんが現れた。

19:20 Yさんの運転で、熊本市内のホテルサンルート(2日めの宿泊先)に行く。

車中、みんなと話を交わすとき、うまくしゃべれなかった。

のどの渇きが強く、舌が口の中でからまり動きにくくなっていた。

湿度の高い中を長時間走ったため、脱水症かなにかになっていたのかもしれない。

危ない!!

20:20ホテル近くのお寿司屋さんに待っていたEさんの故郷の同級生を含め、全員7名で懇親夕食。

懇親の中で、郷土史研究家のT氏が翌日熊本市内の名所を案内してくれるという話が出て、そうすることにした。

22:30ホテルに戻り就寝。

<翌日>

4:30起床。荷物の整理、他。

8;30朝食。

9:30ホテルをチェックアウト。

熊本城 ~??公園 ~水前寺公園 などを回り、土産を買う。

熊本空港18:20発、羽田空港着19:45。

千葉への帰宅は、21:20頃になった。

<参考>

・通過時間とラップタイム:
km        10    20   30     40     50     60     70    80    90    100
ラップタイム  1:05  1:08  1:20    1:10   1:11   1:33   1:21  1:27   1:29   1:08
通過タイム   1:05  2:13  3:33   4:44   5:55  7:28   8:49  10:16  11:45  12:53
                              中間点休憩:12,3分               

・順位:100km男女総合270位/完走者351人、100km男子252位/完走328人  

(2013/4/13 記) 

コメント (6)
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時を戻そう(1.1)~1994年 第9回 サロマ湖100kmウルトラマラソン

2020年07月02日 | 大会参加の記録

■ マラソン大会に参加し始めたのは44歳ころからだった

健康管理と楽しみが、その動機だった


フルマラソンの初参加は46歳の時(佐倉マラソン)

そして走り仲間が100kmを走ったことから、私にもできるはずだと、

フル初参加3年後の1994年6月19日(平成6年)、

初めて「94’ワールドチャレンジサロマ湖100kmウルトラマラソン」に出場した


(2013年度は、http://saromanblue.jp/guidance/course.html

以下は、

当時のメモに基づいた、19年前の初ウルトラマラソン完走記です


<前日>

最寄駅からリムジンバスで羽田空港へ

JAS10:10発で旭川12:20着

バスで常呂町へ

車中昼食

層雲峡で休憩

道路が一直線で長~い、ふきの葉っぱが大きい、広~い牧場、などなど…、

初めて見た北海道の印象だった

16:10、常呂町民センターで受付

北見バス遠軽町の宿泊の宿「常盤」に到着、18:15だった

同部屋に一緒したのは、八街市在住で1歳年上のUさん、走歴10年の方だった

夕食をきっちり食べ、20:00ころ就寝

<当日>

スタート前

前夜は寒さで熟睡できず、睡眠時間は5時間くらい

3時すぎに、おにぎり3個とバナナの朝食

ホテル出発3:40

会場到着4:20

高石ともや、上岡竜太郎も見かけた

  スタート前、Uさんに撮っていただいた記念写真

スタート後

当時の100kmのコースは、

湧別町総合体育館スタート~竜宮台折り返し(約15km)~オホーツク国道(約35km)~ホテル緑館前(約55km)~ワッカ原生花園(約80~98km)~常呂町民センターゴール   

だった

スタートしてからの前半は体が軽く、6分/kmペース

30:16/5k~29:16(59:32)/10k~28:36(1:27:46)/15k~29:37(1:57:46)/20k~31:23(2:29:09)/25k~28:15(2:57:25)/30k~30:51(3:28:16)/35k~32:26(4:00:43)/40k~12:57(4:13:40)/フル、ここで着替えた

24:35(4:38:16)/45k~31:43(5:09:59)/50k~30:18(5:40:17)/55k 

休憩ポイントの緑館(55km)で、15分ほど腰をおろし飲食

ストレッチも屈伸もしなかった

休憩が終わり、走ろうとしたが完全に脚が動かない、完全に硬直している、ももが上がらない!!

エイドステーションの過ごし方をまったく知らなかったのだ

41:55(6:36:57)/60k~35:18(7:12:15)/65k~39:28(7:51:744)/70k~39:38(8:31:15)/75k  

60~75kmあたりまでは、歩いたり走ったり、つとめてバナナを食べた

75kmエイドでお汁粉をいただき、10分ほど休憩

原生花園に入る

42:11(9:21:57)/80k~42:18(10:03:15)/85k~45:00(10:48:15)/90k  

雨だ!!

寒さで体が震えた

右ひざ内側が痛い

高石ともやと彼を囲むランナーが追い抜いていった

原生花園の折り返しが、長く感じた!!

間寛平も走っているようだ

全盲の鈴木政子さんも娘さんの伴走で走っていた

オホーツクからの風が冷たい

43:00(11:31:15)/95k~42:15(12:13:30)/100k  

ゴールまで雨が止まない

 

原生花園からの折り返しコースは、ほとんど歩きに近いランだった

初めて100kmを完走し終わった時は、胸がジ~ン、目がウルルンだった

フィニッシュ後

5:50、帰りのバスに乗る

各宿泊箇所を巡回し、ホテル常盤着21:00

夕食を取り22:00就寝

<翌日>

午前


10時から緑館で終了後の表彰式・パーティが行われた

司会は高石ともや

外国の選手がいっぱい

 

午後

14:00緑館前より旭川空港行きのバスに乗る

外は、まだ雨

高石ともやは、13:00から400km走に出発したという

バス中参加選手と話しながら、17:30旭川空港に到着

外は19:00というのに明るい

夕日が落ちてきた

JAS128便に乗る

上空に飛び立つと、北海道の海岸線が見下ろせ、真っ赤な夕焼けがキレイだった
飛行機に乗ったのも、北海道に来たのも上空から眺めるのも初めてだったので感激

羽田空港着後リムジンバスで帰宅(22:45)

この時初めて千葉JTRCのKさんに出逢った

帰宅すると、この日の夕刻、勤務先の事務職員のご主人が心筋梗塞で倒れたという電話があったので、この対応と仕事の準備

就寝は24時過ぎだった

(2013/4/12 記)


<参考>

・通過時間とラップタイム:

km/ 10  20  30   40  50   60   70  80  90  100

ラップタイム/ 0:59 0:58 1:00  1:03 1:09  1:27 1:15 1:30  1:27 1:25

通過タイム/  0:59 1:57 2:57 4:00 5:09 6:36 7:51 9:21  10:48 12:13

 備    考 : 緑館休憩15分   お汁粉休憩9分

・男女総合順位:988位/1341人完走者、男女総合完走率 :1341人/1761人=76.1%

※ 間寛平 10:26:45、高石ともや 11:58:47(翌日400kmのランに出かけた)

※ 当ブログ開始以前に参加した(記事未掲載分)
・第7回 阿蘇カルデラスーパーマラソン(96.6.8) 
・第8回 秋田内陸リゾートカップ100㌔チャレンジマラソン(96.9.22)  
・’97 チャレンジウルトラランニングin
富士五湖(117kmの部)(97.4.26)  
・第3回 星の郷 
八ヶ岳野辺山高原100㌔ウルトラマラソン(97.9.14) 
・’99 しまなみ海道スーパーマラソン(99.9.19) 1999年5月・しまなみ海道開通記念・広島愛媛両県主催大会

は、整理し次第、順次アップ予定です

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時を戻そう 1 ~ウルトラマラソンの再整理(ブログ掲載のものから抽出)

2020年07月01日 | 大会参加の記録

2014年

1.30  10.18  第5回 伊南川100㌔ウルトラ遠足 出走記  95kでリタイア 45k付近で肉離れ発症

2013年

1.28   10.26  第4回 伊南川100kmウルトラ遠足 完走記( ① 速報 ② 前日 ③ 開催当日 ④翌日&総括  ⑤ 完走証&記録表 )  終日、紅葉がスバラシかった!!

エントリー:410名(男性 303名/女性 107名)
出 走  者:322名(男性 237名/女性 85名)
完 走 者:174名(男性 142名/女性 32名)
※最高年齢(男性 73歳/女性 66歳)
※最少年齢(男性 22歳/女性 33歳)
完 走 率:54.0%(男性 59.9%/女性 37.6%)

1.27    6.8  第9回岩手銀河100kmチャレンジマラソン  73.3kリタイア(後半に入り、左ひざ内側に痛みが生じた)

1.26    3.9  第2回小豆島寒霞渓100kmウルトラ遠足完走記  15:16

2012年

1.25  10.6(67)  えちご・くびき野100kmウルトラマラソン(速報)   58.5kmでリタイア

  ・10.14  えちご・くびき野100kmマラソン大会当日
  ・10.12  くびき野大会前日(五智、春日山、大会受付)
  ・10.9   くびき野大会前々日(恵信尼、浄興寺)
  ・10.2  親鸞と恵信尼、55年ぶりの直江津

1.24   3.10(67)  小豆島・寒霞渓100kmウルトラ遠足(速報)  13:53:25 (206位/552人出走者

エントリー:627名  出 走  者:552名  完 走 者:461名
※最高年齢(男性 75歳/女性 71歳)  ※最少年齢(男性 18歳/女性 22歳)
完 走 率:83.5%  

    ・3.27   完走証が届く
  ・3.16    完走記
  ・3.8    大会前々日
  ・2.23   案内届く
  ・2.13   NOカード届く

2011年

1.23  10.15(66)   四万十川ウルトラマラソン           98kmでリタイア

2010年 

1.22  10.17(65)    四万十川100kmウルトラマラソン(速報)     13:56:23 

  晴れ 119位/123人部門順位(登録男子100km) 総合順位 938位/964人(男子100k)  
  男女完走率 完走者 1102人/出走者1494人=73.7パーセント
  

 

   ・11.12 四万十川ウルトラマラソン 記録証&記録集
  ・10.23 第16回四万十川ウルトラマラソン完走記(3/3)( 大会翌日、その後 )
  ・10.22 第16回四万十川ウルトラマラソン完走記(2/3)( 大会当日 )
  ・10.21 第16回四万十川ウルトラマラソン完走記(1/3)( きっかけ、大会前日 )
  ・10.14 足底腱膜炎
  ・ 9.29 四万十川ウルトラマラソンツアーのNOカードが届く

1.21  5.15( 65)  速報八ヶ岳100km―85kmで脚が動かなくなりました   85kでリタイア
                            (頚椎椎間板ヘルニア治療中にて出場。坂道練習もなし、月間走行距離少なし)

  ・5.21 八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン出走記
  ・5.14 八ヶ岳野辺山高原ウルトラマラソン

2009年 

1.20   9.22(64)  信越五岳100kmトレイルランニングレース  第3関門82km付近にてリタイア
                                          (睡眠2時間、ぎっくり腰等 体調絶不良にて出場)
 

  10.31 リベンジへの夢
  ・10.29 激走モンブラン
  ・9.27 信州五岳トレイルランニングレース 公式結果から
  ・9.24 信州五岳トレイルランニングレースを終えて
  ・9.20 大会 前々日
  ・9.17 ペーサーの男性と連絡がとれる
  ・9.16 思いがけないことが起こるものです
  ・9.15 最終案内が届く
  ・9.12 装備の重さ、大会時の気温想定
  ・9.6 偶然、石川弘樹さんに会いました
  ・9.5 レースまで あと2週間
  ・9.2 信州五岳トレイルランニングレースのコース

2008年 

1.19.  1.12(63) 第12回 宮古島100kmウルトラ遠足(速報)   13:53:13
                                     
 146位/584人出走者、367人完走者
 

 ・1.24 宮古島100kmウルトラ遠足 完走証
 ・1.14 宮古島100kmウルトラ遠足(当日) 
 ・1.14 宮古島100kmウルトラ遠足 完走記(前日) 


 

 2007年

1.18. 7.07(62)    第3回 磐梯高原ウルトラマラソン  (60km)  7:26:11  52位/163人

 ブログ友、いっこんまさんの応援をいただく

  ・7.5 七夕 ラン in 猪苗代湖 
   ・7.22 磐梯高原ウルトラマラソ・完走者リスト&ゴール写真

1.17   6.02(62)   しまなみ海道100kmウルトラ遠足   14:27:24 (6.91km/h)
            
 463位/出走者1092人(完走者 821人、完走率75.1%)
            ’99年のリベンジを果たす。
 
  
 ・6.9 IF YOU DON`T HURRY YOUR LIFE
   ・6.3 しまなみ海道100km ウルトラ遠足 速報
   ・5.15 しまなみ海道のコース案内図

      ― 1998年~2006年くらいまでの、10年弱の期間、多忙となり練習量がほとんどない 

2002年

1.16   10.14(57)   花見川8時間走大会  57k(    /k)

2000年

1.15    9.24(55)      第3回城内坂ウルトラ(栃木益子) (50k) 6:47(8/k) 

転居から戻る

1999年

1.14 9.19(54)   しまなみ海道スーパーマラソン   102.4km 炎天下、47kくらいでリタイア 
            
大会後、道後温泉に宿泊、松山城、子規堂など見学
            転居後、練習なしで参加

1998年

1.13  10.11(53)    花見川8時間走大会       63k(7:37/k)

1997年

1.12   10.11(52)    花見川8時間走大会       10k(所用でストップ)

 

1.11  9.14(52)   第3回星の郷八ヶ岳野辺山高原100㌔ウルトラマラソン   13:27:29(8:05/k)
                                             順位: 総合:482位/1061人出走者、男子:449位/972人 


この大会も記憶に残る大会でした!

1.10  4.26(52) チャレンジウルトラランニングin富士五湖   117km  14:14:53(7:18/k) 
            - 
このときの100km経過11:57:52 -
            
順位:181位/204人完走者、181位/472人出走者、エントリー525人
           (リタイア268人、完走率43.2%)
            スタート4時30分、ゴール19時制限時間14時間30分以内
         
  ラップ
           10k   20   30     40    50     60     70    80    90  
        1:00,11 1:01,13 59,28  1:0054 1:16,57  1:12,28 1:21,45 1:24,04 1:12,10
              2:01,24 3:00,52 4:01,46 5:18,43 6:31,11 7:52,56 9:17,00 10:29,10

           100     110     117k
         1:28,42   1:14,27   1;02,34
         (歩きあり)
        11:57,52   13:12,19  14:14,53


一日中快晴!ず~っと富士山が見えました!!
1月から、180km/月間で、完走できました~

記録証(10km毎 ラップタイム)

 

1996年

1.9  10.13(51)       花見川8時間走大会          69k(7/k) 

1.8  9.22(51)   第8回秋田内陸リゾートカップ 100㌔チャレンジマラソン   12:39:43(7:43/k)
                                               
          雨中ラン

 


      沿道の景観とボランティアの皆さんがすばらしい!

 

1.7   6.8(51) 第7回 阿蘇カルデラスーパーマラソン    12:53(7:43/k) 270位/351人完走者


ゼッケン1番!(招待選手ではありません) 奇跡だ~!!コースの景観も新鮮で飽きませんでした

 

1.6   5.19(51)     皇居チャレンジマラソン 50.4km/外回りコース  5:13:08(6:12/k) 241位/273人完走者

1995年

1.5  10. 8(50)     花見川8時間走大会     67k(7:05/k)

1.4    9.24(50)    秋田内陸リゾートカップ100㌔チャレンジウルトラマラソン   
                                            65kmでリタイア(練習不足)

1994年

1.3  6.26(49)  第9回 サロマ湖100kmウルトラマラソン    12:13:30(7:20/k) 633位/893人
           
初ウルトラマラソン 50kmまで6分ペース 
           緑館で腰をおろして休憩給食後、ばたっと筋肉が硬直、著しいペースダウン
 


初めてのウルトラ、感動の余韻がすみずみまで

1.2   5.22(49)      第20回 皇居50㌔チャレンジマラソン        5:12(6:25/k) 205位/458人

1993年

1.1  10.17(48)     花見川8時間走大会             64k(7:30/k)   22位/65人

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第10回足立フレンドリーマラソン大会中止のお知らせ

2019年11月13日 | 大会参加の記録

昼過ぎに、二つの郵便通知が届いた。

一つは、タイトルの通知ハガキ。

二つめは、第26回千葉県読売写真展公募の結果通知。


前回初応募で「奨励賞」、今回は「入選」でした

 

足立フレンドリーマラソンは、2016年初参加2017年、2018年と参加し、

・制限時間が緩い(10kmで2時間)、

・コースは荒川河川敷で走りやすい、

・そして何よりも毎年異なり、大変に役に立つ参加賞!(昨年は、携帯電話やボトル入れの付いたパソコンバッグ(エコバッグ)だった

今年の開催は2019年12月22日で、楽しみにしていたのですが、

上記の中止のお知らせハガキが届いた!! 

う~ん、台風19号の影響か。

 

10月20日に、「市川リバーサイドマラソン大会」に参加してきたばかり、

淡い期待があったのですが、しょうがないですね

市川リバーサイドマラソンは会場が江戸川河川敷。

やはり台風19号の影響で、災害ゴミ堆積などのため、

例年のコースを一部変更して開催していました。

当日 S=0k(0k) R=5k(M公園外周/10:32~10:21~10:09~10:30~10:00/51:34)                                                            ジョギング換算累計=34km

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市川リバーサイドマラソン出走記

2019年10月20日 | 大会参加の記録

第25回市川リバーサイドマラソンに参加してきました。

大会は、地元の小中高大学とボランティア団体の協力を得て、市川ライオンズクラブが主催。

参加は初めてでしたが、江戸川沿いの風景を楽しみながら楽しく走れるという、こじんまりとした手作り大会でした。

行きは、6:43/京成の最寄り駅~津田沼~7:14/京成国府台~徒歩12分~7:30ごろ会場到着

コースは、台風19号の影響で、例年の河川敷から堤防上の江戸川サイクリング道路に変更されていました。

受付後~着替え~荷物預け~周辺確認のウォ―ミングアップ1kmぐらい、ストレッチ。

15分ぐらい前に整列、8:40分にスタート・ゴールゲート前へ移動、8:45スタート。

お天気は、横からの風は、ほどよく、むしろ心地よい。

堤防道路は、狭い部分もありましたが、参加者の数にもより渋滞は感じなかった。

種目10kmは5kmコースを2周する。

8:45、10kmスタート!!

スタートから3kmあたりまで6分半台でしたが、ふだんの練習からは想定外!

たぶん、後半ばてるのではないかと思いつつも、そのまま流していく。

起伏は一か所、2~3kmの間の折り返し地点にアップダウンがあった。

ここは、小股腕ふりを意識。

河川敷、川越しにスカイツリーが見えた。

晴れていれば、なお景色が良いのかも。

2周目の折り返し後は、同じペースのランナーにくっついていくようにして、

残り1kmで余力を出しペースアップ、無事ゴールしました。

記録症と参加賞(スポーツタオル)をいただき、帰途に就いた。

10:39/国府台駅発に乗車、帰宅は11:35になった。

参加者人数は1435名、うち10kmは500名。

最高齢は、男子5kmで85歳、10km81歳、女子10km78歳でした。

75歳以上の参加者には特別賞のプレゼントがありましたから、私ももう少しですね。

帰宅後、疲れはありましたが、お誘いのあった千葉そごう催事場の

第70回 千葉県華道協会「いけばな展」を見に行った。

結果は、 1:10:27/ネットでした。

0:21/S~6:34/1k~6:36/2k~6:55/3k~7:16/4k~7:25/5k

~7:10/6k~7:10/7k~7:26/8k~7:11/9k~6:43/10k(1:10:51)

34:47/前半5k、38:43/後半5k

当日 S=0k(0k) R=10k +5k       
                    ジョギング換算
累計=106km

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