ロンドン大学近くのスクエア公園で見かけたハトをまとった男の人。このあとハトが輪を描き出し、不思議な空間になっていた。
【「不思議の国」のイギリス人】
しばらくロンドンをうろついていると、いかにも『不思議の国のアリス』や『くまのプーさん』『ミスタービーン』に登場しそうな人たちにかなりの頻度で出会うことに気づきました。
見た目は大人、だけど心に子供っぽいいたずら心をひそませる人たちが一定の割合でいらっしゃる。それはひそませるだけでは飽き足らず、ついその遊び心が湧き出してしまう瞬間が。
誰に誇示するでもなく、あくまで個人的なひそかな楽しみなのです。だから声も、場合によっては音すら出しません。そんな様子は私に、気持ちがほぐれるようなあたたかい気持ちをもたらしてくれました。伝統的なイギリス児童文学の世界に連なるような、ちょっと不思議なわが道を行く人たち。それら点景をご紹介しましょう。
≪水たまりにムズムズ≫
朝、シャワーのような雨が降ったあと、家から駅に向かって歩いていると、前から背の高い青年がやってきました。静かに本でも読んでいそうな風情の立派な紳士です。彼の前には晴れた空と雲を映した水たまりが。
普通ならよけて通りそうなところですが、彼は目をキラッと輝かせ勇気の一 歩を踏み出しました。びしゃっと跳ねる水。彼は「ヒャッホー」と言いたそう に口を開いて、声に出さないまでも、空にこぶしを突き上げて、じつに幸せそ うでした。
≪ハト男≫
ロンドン大学近くの公園にて。近道しようと木々の生い茂った、それほど広くもない公園を斜めに歩いていると、木製のベンチがありました。そこに壮年期の男性がテクテク歩いてやってきて座りました。すると、とくにエサを撒いている風情はないのに頭の上から肩、腕、手のひらにまでたくさんのハトが止まり、彼の周りをまるで光輪のように舞いはじめたのです。
こんなにも不思議な光景が出現したというのに、公園にいた人々は、とくに注目することもなかったです。それどころか日常、つまり散歩や友達との会話、どこかに行くあゆみをとめることなく、続けていました。
ハト男も不思議ですが、まわりの反応も不思議でした。
≪横切りたい!≫
ロンドン郊外のキューガーデン(王立キュー植物園)前の住宅街の午前。地元の人でしょうか、杖をついて、よろよろとあゆみをすすめる老夫婦がいました。そこに信号機があり、標示は赤に。
当たり前ですが、そこで歩みを停める二人、のはずが、おじいさんはキョロキョロと周囲をうかがって車が来ていないのを確認すると、突然、ヨタヨタと走って、道を渡っていきました。そして道を渡り切って歩道に上がると「やったゾ!」というかのようにいたずらっぽい満面のニタリ顔。おばあさんは「まったく!」といった風情あきれ顔。
茶目っ気はイギリス、ロンドンのキーワードなのかもしれません。まじめだけど、ふとした瞬間、おもしろさの隙間をみつけて、集中しちゃう。そして不思議な人に注目も注意もしない、個人主義の徹底。普段の生活ならかわいいのですけど、この性質に政治がからんでしまうこともあるのが、この国のやっかいなところなのかもしれません。