尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「ブラバン」、ビターな部活小説-津原泰水を発見せよ②

2019年06月30日 21時17分47秒 | 本 (日本文学)
 まあボチボチと津原泰水を読んでいる。「11 eleven」(河出文庫)という凄い短編集を読んだけど、これはちょっと大変な作品だから後回し。一般的には一番受けたらしい「ブラバン」(新潮文庫)を先に書きたい。2006年に刊行されて、ベストセラーになったって言うけど、覚えてないなあ。2009年に文庫化され、今でも入手しやすい。これを読むと、津原泰水をという作家の手強さがよく判ると思う。

 「ブラバン」という小説は、広島県広島市にある高校のブランスバンド部員、及び顧問教員を描いている。スポーツ系の「部活小説」に比べて、「文化部小説」は少ない。それが貴重だけど、この小説の特徴は「過去」だけでなく、25年後の「現在」の方が中心となっていることだ。だからビターな部活小説になっている。経歴を見ると、津原氏は実際に広島県の高校在学中にブラスバンド部に在籍していた。高校時代の方は自分の体験も生かされているだろうけど、現在の方はどうなんだろう。

 語り手である他片等(たひら・ひとし)は「1980年度入学」で「St.B」。これは「弦バス」つまり「コントラバス」の略語。「現在は赤字続きの酒場を経営」である。こういう登場人物と担当楽器一覧が最初に付いてる。それを何度も見直さないと判らなくなる。他片は同級の皆元優香に誘われ吹奏楽部に入る。もともとは軽音に入るつもりだった。だけど皆元が指をケガして「弦バス」ができなくなって他片を誘った。「他片」なんて名字がホントにあるのか知らないけど、「たひら」は「たいら」で「平家」だと言ってる。(他片と皆元は昔なら敵同士とある。「たいら・ひとし」と読めば「日本一の無責任男」の主人公。)
 (津原泰水)
 結局他片は軽音楽同好会と掛け持ちすることになった。そんなことができるのか。できたんだけど、やり方は本書で。そして結成したバンド「パーシモン」のことはほとんど語られない。メンバーの名前もない。完全にブラバンに特化した叙述だ。それは東京から来ていて途中で転向した上級生「桜井ひとみ」がブラバンを再結成しようと言い出したから。今は環境省で蛙の保護を手がけていて、広島によく来る。そして広島にいる研究者と結婚することになった。その披露宴で演奏してくれと言い出したのだ。酒場をやってて他の人の情報もつかみやすい他片に話が持ち込まれたのである。そこでアイツは今どうしてるあの頃のアレは何だったんだろうという物語が起動する。

 強い部活であれ、弱い部活であれ、一生懸命だった高校時代だけ熱く描いて、最後にエピローグでちょっと「その後」を加える。これが一番感動させる仕掛けだろう。「ブラバン」はそうじゃない。盛り上がると何か起こり、過去と現在が入り交じる。高校時代の重要事物何人かにはなかなか連絡が付かない。付いても音楽を続けている人はいない。楽器もない。ホントにプロになった人もいないではないけど、そういう人はもう呼びようがない。よほど優れた能力の持ち主じゃない限り、どんな部活でも高校で終わりか、せいぜい大学止まりだ。思い描いていた理想とは違う人生。結局ほとんどの人はそうだった。

 この小説は音楽、というか楽器の細部に詳しい。一般向けとしてはやり過ぎかと思うほど、楽器の事情が語られる。同時に過去の部活内の人間関係もあからさまにされる。部活、青春、美しく描かれがちだが、「ブラバン」を読むと恥ずかしいことばかり思い浮かぶ。ひどいことをずいぶんやってる。コンクールもうまく行かないし。でも、そればかりじゃない。1981年2月にローマ教皇、ヨハネ・パウロ2世が来日して広島の平和公園で平和と核兵器廃絶を訴えた。その演説を主人公は友人と一緒に授業を抜け出して聴きに行く。そしてその強いメッセージに感動する。学校に戻ったとき担任にばったり会ってしまうが、その時の対応もちょっといい話。このローマ教皇のシーンだけでも読む価値あり。

 「ブラバン」は小説としては、少し読みにくい。登場人物が多すぎて頭が混乱するし、楽器の事情も細かすぎる。人間関係が過去と現在で錯綜し、一覧表を見直してもよく判らん。でも、これは全部作者の仕掛けである。もっと人物を整理し、「感動」的に書くことはすぐできただろう。でも、現実の世界では、いろんなものが入り組んでいる。簡単じゃない。何年も経って、初めて判ったことも多い。誰と誰が付き合って…とか、本人たちには重大だけど他人である僕らはよく判らない。当然だろう。そういうことの積み重ねの後で、僕らは「人生」に触れた感じがする。「ブラバン」はやっぱり高校時代から25年以上経った人が読むべき本なんだろう。
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