尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

インドネシア映画「マルリナの明日」

2019年06月02日 22時25分31秒 |  〃  (新作外国映画)
 インドネシアの女性監督モーリー・スリヤの「マルリナの明日」が公開された。(渋谷・ユーロスペース)2017年の東京フィルメックスで最優秀作品賞、インドネシア映画賞10部門受賞、カンヌ映画祭監督週間出品という映画だ。(東京フィルメックスではもう一本、同じくインドネシアの「見えるもの、見えざるもの」にも最優秀賞が与えられた。監督のカミラ・アンディニはガリン・ヌグロホ監督の娘。)「マルリナの明日」は一見して「これは何だ」と目を見張る映画だ。「ナシゴレン・ウェスタン」と銘打たれ、確かにウェスタン(西部劇)の影響を受けているが、それだけでは語れない独特な魅力をたたえている。

 「ナシゴレン」とはインドネシアのチャーハンだが、最近インドネシア料理の店が少なくなってずいぶん食べてないなあ。最近はタイやベトナム料理店は多いが、昔は「インドネシア・ラヤ」などインドネシア料理店が結構あちこちにあったもんだが。それはともかく、女性監督による女性映画である「マルリナの明日」は、一見すると「女性活躍」の「快作」と言われかねない。「闘う主人公」マルリナの映画と言われているのは間違いじゃないが、なんだかもっと不思議な感触の映画である。

 あまりにフシギな映画なんで、プログラムを買ってしまった。それで舞台がスンバ島と判った。ジャワ島やバリ島からさらに東、ティモール島の西の方である。(地図参照)歌が流れるが、翻訳がないのは、ジャカルタ生まれの監督には意味不明だったからという。監督はGoogleの画像検索でスンバ島を見て、すごい風景に驚いた。風景が素晴らしいから、ただ映せば絵になると、固定したカメラのロングショットが多い。その神話的なまでの風景の喚起力がすごい。人口は40万程度、最高峰は1200mぐらい。サバナ気候で、ほとんど草原が広がる。監督は「テキサスみたい」と思ったそうだ。

 マルリナは未亡人で、子どもも死んでいる。事情はよく判らず、夫のミイラが家にあるから見る方は不審の念が起きる。だが解説によると、スンバ島では伝統的な葬送法で、時には何十年もミイラと暮らしてるんだそうだ。草原の一軒家で家畜を飼うマルリナの元に、ある日マルクスという男がやってきて、この後6人の男が来て、家畜を頂いてお前を抱く、今夜は祭りだと宣告する。実際後から男たちが来て、まずは料理を作れと言われる。若い男二人は家畜を売りに行かされたが、残りのうち4人は、マルリナが毒の実を混ぜた鶏のスープを食べて死ぬ。リーダー格のマルクスは先にレイプしようとし、マルリナは剣ナタを男の首に振り下ろす。「剣ナタ」はプログラムに書かれた表現。

 マルリナは翌日マルクスの首を持って警察に自首しようと出かける。出産間近の友人ノヴィと一緒にバスに乗ろうとするが、運転手は怖がる。剣で脅して無理矢理乗り込むが、盗んだ家畜を売りに行ってた若い二人が戻ってきて追いかけてくる。映画はそれを4幕に分けて語ってゆく。「強盗団」「」「自首」「出産」で起承転結になる。警察に行っても頼りにならず、結局は辺境地方においては「自力救済」にならざるを得ない。「正当防衛」であり「復讐」だけど、マルリナの後を「首のない男」が付いてくる。女性の闘うカッコいい映画というだけではない独特の感性に満ちている。

 西部劇は世界中に影響を与え、イタリアの「マカロニ・ウェスタン」(というのは日本だけで、アメリカで「スパゲッティ・ウェスタン」だが)、日本の黒澤明の「用心棒」などが作られた。それらは後味が爽快な明快娯楽映画が多いが、この映画はもっと独自な荒削りの面白さがある。僕が思ったのは、ブラジルのグラウベル・ローシャの「アントニオ・ダス・モルテス」(1969)や香港のワン・カーウァイの「楽園の瑕」(1994)に似ているなということだ。それにしても女性アクション映画は世界に珍しい。昔は藤純子の緋牡丹博徒シリーズなど日本で量産されていたが、近年は東南アジアに多いような気がする。

 モーリー・スリヤ監督は1980年生まれで、「マルリナの明日」は長編3作目の作品。アジアの若い女性監督の活躍はめざましい。主演のマルリナ役はマーシャ・ティモシーという女優。日本でも公開された「ザ・レイド」で注目されたというが、その映画は見逃した。ノヴィ役のデア・パネンドラも素晴らしかった。とにかく男尊女卑的な風土の中でもがき苦しみながら「自力」で生きる女性を熱演している。今年は「響きあうアジア2019」という催しが行われる。東南アジアの文化に触れる年になりそうだ。
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