尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

ルピナス探偵団の誘惑ー津原泰水を発見せよ①

2019年06月19日 22時47分53秒 | 〃 (ミステリー)
 津原泰水(つはら・やすみ、1964~)と言われても、読んでる人は少ないかもしれない。名前も知らないかも。知ってる人でも、ごく最近起こった「幻冬舎騒動」で初めて知ったという人も多いだろう。「幻冬舎騒動」というのは、①幻冬舎刊行の百田尚樹「日本国紀」津原泰水がツイッターで批判していたところ、同じく同社から刊行予定だった文庫本が刊行中止になったと津原がツイッターで暴露し、②それに対し、幻冬舎の見城徹社長も津原の文庫化予定作品「ヒッキー・ヒッキー・シェイク」の実売部数をツイッターで暴露したといったやりとりがあって、いろいろと騒がれたわけである。

 僕は百田尚樹氏の本は一冊も読んでないけれど、津原泰水氏の本は一冊読んでいる。それは「蘆屋家の崩壊」(1999)で、葛の葉伝説の蘆屋道満とポーの「アッシャー家の崩壊」を掛けるという、考えて見れば今まで誰も書いてないのが不思議なアイディアのホラー・ミステリー。それなりに面白かったけど、まあそんなに趣味が合わず、その後は読んでなかった。ところが最近三省堂書店本店へ行ったら、今回の問題をきっっけに「津原泰水って誰」ミニコーナーが出来ているじゃないか。僕もちょっと読みたいなと思ってたところだったので、つい何冊か買ってしまった。その発見報告記の初回である。
 
 まず読んだのは、創元推理文庫の「ルピナス探偵団の当惑」と「ルピナス探偵団の憂愁」である。「当惑」の方には「こんなにも面白いミステリがあったなんて!!」と帯にある。「憂愁」は「こんなにも泣けるミステリがあったなんて!!」である。これがホントだったのである。特に「憂愁」はいかにも憂愁に満ちている。絶対オススメの青春ミステリーだ。
 
 津原泰水はもともと「津原やすみ」で少女小説を書いていた。ルピナス探偵団も最初は「うふふ♥ルピナス探偵団」「ようこそ雪の館へ」という名前で刊行されている。21世紀になって原書房からミステリー作品として、追加作品を入れて再刊された。その文庫化だけど、こういう経緯からミステリーとして見逃されていた。でも、確かにミステリーとして面白いのと同時に青春ミステリーとしても抜群に面白い。

 そもそも「ルピナス探偵団」とは何か。それは私立ルピナス学園高等部に通う4人の生徒たちのことである。主役は吾魚彩子(あうお・さいこ)というありそうもない姓の女子高生。10歳年上の姉が吾魚不二子という現職のトンデモ警察官で、つい彩子が密室の謎を解いたことから姉によって殺人事件捜査に巻き込まれること度々。そして友人の桐江泉京野摩耶に加えて、彩子が慕っている何でも知ってる祀島龍彦(しじま・たつひこ)が加わる。実質的には龍彦が探偵役で、プラス女子高生三人組の個性が生き生きと描かれる。不二子の上官であるものの、普段はこき使われているキャリア官僚庚午宗一郎もいて、ユーモアミステリーとしての趣向がうまい。

 しかし、単なるユーモア青春ミステリーと思ってると、驚くような展開になる。高校生の周りでそんなに殺人事件が起きるなんて、リアリティに欠けるわけだが、本格ミステリー自体がリアリティを超えている。およそ現実にはありなえい「密室殺人」だが、ミステリーの中ではいくつものパターンで描かれてきた。もうほとんどの発想は出尽くしたかと思ってたけれど、「当惑」の「ようこそ雪の館へ」や「憂愁」の「初めての密室」のトリックは初物だと思う。前者なんて、今どき吹雪の日に謎の洋館にたどり着くと殺人が…という古典的設定の密室(二重の密室)なんだけど、謎解きの思考回路も練られている。お見事。

 そして数年、すでに高校、大学も卒業して探偵団の面々もなかなか会うこともない。そんななかメンバーの一人が若くして病死して久方ぶりに集まる。そこで知った死ぬ直前の謎の言葉と行動。その真意は何だったのか。続編の「憂愁」は「日常の謎ミステリー」として発展している。と思うと、ちゃんと殺人事件も出てくる。でもそこでも、登場人物の思いには「憂愁」があふれ、単なる謎解きではない。余韻が深い。ちなみに「ルピナス」は花の名前。花言葉は「想像力」「いつも幸せ」「貪欲」「あなたは私の安らぎ」である。そんな名前のミッションスクールはありそうもないけど。フランス語で(英語でも)Lupinで、アルセーヌ・ルパンと同じ。だから「ルパン三世」の不二子とも掛かってるんだろう。
 (ルピナス)
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