万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

孫氏のマスク100万枚寄付は‘買占め行為’となる?

2020年03月13日 10時29分28秒 | 日本政治

 報道によりますと、ソフトバンク・グループを率いる孫正義氏は、100万人分簡易PCR検査配布計画は撤回したものの、今度は、100万枚のマスクを寄付する方針を発表しました。既に配布用マスクは発注済みとのことですが、この行為、アリババ・グループのジャック・マー氏を真似たのかもしれませんが、よく考えてもみますと、やはり偽善なのではないかと思うのです。

 日本国内で発生したマスク問題は、国内シェアの8割が中国からの輸入品であった上に、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて急激に需要が高まったところにあります。需給バランスの激変がもたらした品不足と価格高騰であり、国民の多くは、未だにマスクを購入できない状況に置かれています。人々がマスクが手に入らずに困っている時に、介護施設並びに開業医に限定されているとはいえ、100万枚ものマスクが大量に提供されるのですから、孫氏は、‘救世主’のように見えるかもしれません。しかしながら、マスク不足の最大の原因は供給不足にありますので、経済のメカニズムからすれば、むしろ状況を悪化させる可能性もないわけではありません。

 供給不足の状況にあって、マスクメーカー、あるいは、卸事業者に一度に100万枚のマスクが発注されれば、市中に出回るマスクの量は減少します。小売りでは、マスクが購入できたとしても一人一パックといった制限が付されておりますが、ソフト・バンクはIT大手の立場を利用できますので、メーカー、あるいは、卸に対して直接に大量注文を出すことができたのでしょう。計画を発表した直後に‘発注完了’とツイートしており、その調達力には驚かされます。折しも、東京都も、事業者と特別の契約を結び、350万枚のマスクを発注したそうです(防御服の5~10万枚は既に中国に送られていますが、東京都にはマスクの備蓄はないのでしょうか…)。このため、両者を合わせて同時期に450万枚のマスクが発注されたこととなります。メーカーは増産で対応するのかもしれませんが、政府の要請もあって、既に工場はフル稼働の状態であったはずですので、市中のマスク不足、並びに、価格上昇に拍車がかかる結果を招く可能性も否定はできないのです。
 
 それでも、寄付先は介護施設や開業医とされていますので、高い感染リスクに晒されている人々が優先されることになり、100万枚のマスクは一般の人々を対象に配布するよりも有効に使われるとする反論もありましょう。フランスでは、マスクは政府の統制下に置かれ、医療機関に優先的に配布される措置が採られましたし、東京都も、上記のマスクは医療機関に重点的に供給するそうです。公的機関がマスク供給を実施する場合には、病院や保健所などとの連携もあり、医療機関等におけるマスクの備蓄状況が把握されていますので、ニーズに応じた公平かつ的確な配布が可能です。しかしながら、孫氏は民間の一個人でしかありませんので、どのようにして配布先を決定するのか疑問なところなのです。

全国すべての介護施設や開業医を対象とすれば100万枚では到底足りませんし、これらのマスク不足データを網羅的に収集することも困難です。申請制とするのかもしれませんが、全国から寄付依頼が殺到した場合、100万枚を以ってしても十分に応えられるとは思えません。となりますと、孫氏の一存や人脈、あるいは、ソフトバンク・グループの経営戦略や利益に沿って提供先が決定される公算が高いということになりましょう。また、東日本大震災に際して打ち上げられた巨額寄付につきましても、実際には公表通りには寄付されていなかったとする説もあり、100万枚のマスクもその行く先は怪しいのです。

IT大手のトップは、常々、災害や貧困など、人々が困窮する状態に陥った時をチャンスと捉えて、哀れな人々に恵みを与える慈善者の顔をして登場してきます。いわば‘恩’を上手に売るのですが、こうした行為が現代という時代に生きる人々の心に響くのかと申しますとそうとも思えません。‘富者は貧者に施しを’的な発想は、時代遅れになっているように思えるからです(偽善であれ‘ポーズ’が大事…)。ITやAIが人類史において未来に向けて先端的な時代を切り開いているように見えながら、その実、それを牽引している人々のメンタリティーは、前近代的な段階に留まっているのではないかと疑うのです。

コメント (9)
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