ザ・コミュニスト

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共産論[増訂版]・総目次

2019-07-25 | 〆共産論[増訂版]

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本連載は終了致しました。下記目次各「ページ」(リンク)より全記事をご覧いただけます。


まえがき&序文
 ページ1

第1章 資本主義の限界

(1)資本主義は勝利していない
 ◇ソ連邦解体の意味 ページ2
 ◇ソ連型社会主義の実像 
 ◇ソ連型社会主義の失敗  ページ3
 ◇資本主義の「勝利」と「未勝利」

(2)資本主義は暴走していない
 ◇グローバル資本主義の実像 ページ4
 ◇「資本主義暴走論」の陥穽

(3)資本主義は崩壊しない
 ◇ケインズの箴言 ページ5
 ◇打たれ強い資本主義

(4)資本主義は限界に達している
 ◇四つの限界 ページ6

(5)共産主義は怖くない 
 ◇二方向の限界克服法 ページ7
 ◇共産主義のイメージ 

第2章 共産主義社会の実際(一):生産

(1)商品生産はなされない 
 ◇利潤追求より社会的協力 ページ8
 ◇無償供給の社会
 ◇文明史的問い 

(2)貨幣支配から解放される 
 ◇交換価値からの解放 ページ9
 ◇金融支配からの解放
 ◇共産主義と社会主義の違い

(3)計画経済に再挑戦する 
 ◇古い経済計画モデル ページ10
 ◇持続可能的計画経済モデル
 ◇計画の実際
 ◇非官僚制的計画

(4)新たな生産組織が生まれる  
 ◇社会的所有企業と自主管理企業 ページ11 
 ◇生産事業機構と生産協同組合 
 ◇諸企業と内部構造
 ◇農業生産機構 ページ12
 ◇消費事業組合

(5)土地は誰のものでもなくなる
 ◇共産主義と所有権 ページ13
 ◇土地所有制度の弊害
 ◇共産主義的土地管理制度
 ◇天然資源の管理

(6)エネルギー大革命が実現する
 ◇新エネルギー体系 ページ14
 ◇「原発ルネサンス」批判
 ◇「廃原発」への道  

第3章 共産主義社会の実際(二):労働

(1)賃労働から解放される
 ◇賃労働の廃止 ページ15 
 ◇資本主義的搾取の構造
 ◇「賃奴解放」宣言 ページ16
 ◇労働と消費の分離

(2)労働は全員の義務となるか
 ◇労働の義務と倫理 ページ17
 ◇職業配分のシステム
 ◇労働時間の短縮 

(3)純粋自発労働制は可能か
 ◇人類学的問い ページ18
 ◇3K労働の義務?
 ◇職業創造の自由
 超ロボット化社会

(4)婚姻はパートナーシップに道を譲る
 ◇婚姻家族モデルの揺らぎ ページ19
 ◇公証パートナーシップ制度
 ◇人口問題の解

(5)「男女平等」は過去のスローガンとなる
 ◇男女格差の要因 ページ20
 ◇共産主義とジェンダー

第4章 共産主義社会の実際(三):施政

(1)国家の廃止は可能だ
 ◇エンゲルスの嘆き ページ21
 ◇「税奴」としての国民
 ◇「兵奴」としての国民
 ◇民衆会議体制 ページ22
 ◇主権国家の揚棄 

(2)地方自治が深化する  
 ◇基軸としてのコミューン自治 ページ23 
 ◇三ないし四層の地方自治  
 ◇枠組み法と共通法

(3)「真の民主主義」が実現する 
 ◇「選挙信仰」からの覚醒 ページ24 
 ◇代議員抽選制
 ◇非職業としての政治
 ◇「ボス政治」からの脱却 ページ24a
 多数決‐少数決制
 大衆迎合の禁止

(4)官僚制が真に打破される 
 ◇立法・行政機能の統合 ページ25
 ◇法律と政策ガイドライン
 ◇一般市民提案
 ◇官僚制の解体・転換

(5)警察制度は必要なくなる
 ◇犯罪の激減 ページ26
 ◇警防団と捜査委員会
 ◇交通安全本部と海上保安本部
 ◇特殊捜査機関

(6)裁判所制度は必要なくなる
 ◇共産主義的司法制度 ページ27
 ◇衡平委員と真実委員会
 ◇矯正保護委員会
 ◇護民監
 ◇法理委員会
 ◇弾劾法廷

第5章 共産主義社会の実際(四):厚生

(1)財源なき福祉は絵空事ではない
 ◇福祉国家の矛盾 ページ28
 ◇二つの「福祉社会」
 ◇無償の福祉

(2)年金も生活保護も必要なくなる
 ◇年金制度の不合理性 ページ29
 ◇共産主義的老後生活
 ◇社会事業評議会

(3)充足的な介護システムが完備する 
 ◇介護の公共化 ページ30
 ◇介護と医療の融合
 ◇「おふたりさま」老後モデル

(4)名実ともにユニバーサルデザインが進む 
 ◇脱施設化 ページ31
 ◇障碍者主体の生産事業体
 ◇「反差別」と心のバリアフリー

(5)環境‐福祉住宅が実現する
 ◇賃貸/ローンからの解放 ページ32
 ◇公営住宅供給の充実
 ◇環境と福祉の交差

(6)効率的かつ公平な医療が提供される  
 ◇地域圏中心の医療制度 ページ33 
 ◇医師の計画配置  
 ◇保健所の役割  
 ◇科学的かつ公正な製薬

第6章 共産主義社会の実際(五):教育

(1)子どもたちは社会が育てる
 ◇親中心主義からの脱却 ページ34
 ◇義務保育制
 ◇地域少年団活動

(2)構想力と独創性が重視される
 ◇先入見的イメージの払拭 ページ35
 ◇資本主義的知識階級制
 ◇知識資本制から知識共産制へ

(3)大学は廃止・転換される
 ◇知識階級制の牙城・大学 ページ36
 ◇学術研究センター化

(4)遠隔通信教育が原則となる
 ◇学校という名の収容所 ページ37
 ◇脱学校化へ向けて

(5)一貫制義務教育が始まる 
 ◇ふるい落としからすくい取りへ ページ38
 ◇基本七科の概要
 ◇職業導入教育

(6)真の生涯教育が保障される
 ◇人生リセット教育 ページ39
 ◇多目的大学校と専門技能学校
 ◇高度専門職学院
 ◇ライフ・リセット社会へ

第7章 共産主義社会の実際(六):文化

(1)商品崇拝から解放される
 ◇「人間も商品なり」の資本主義 ページ40
 ◇本物・中身勝負の世界へ

(2)誰もが作家・芸術家
 ◇市場の検閲 ページ41
 ◇インターネット・コモンズの予示
 ◇開花する表現の自由

(3)マス・メディアの帝国は解体される
 ◇メディアの多様化 ページ42
 ◇誰もが記者 

(4)競争の文化は衰退する
 ◇資本主義的生存競争 ページ43
 ◇共存本能の可能性
 ◇共産主義的切磋琢磨
 ◇究極の自殺予防策

(5)シンプル・イズ・ザ・ベスト
 ◇シンプルな社会文化 ページ44
 ◇四つのシンプルさ
 ◇人間の顔をした近代

第8章 新しい革命運動 

(1)革命の主体は民衆だ
 ◇革命という政治事業 ページ45
 ◇マルクス主義的「模範」回答
 ◇困難な「プロレタリア革命」
 ◇「プロレタリア革命」の脱構築 ページ46
 ◇「搾取」という共通標識
 ◇「プレビアン革命」の可能性

(2)革命にはもう一つの方法がある  
 ◇革命の方法論 ページ47 
 ◇民衆蜂起  
 ◇集団的不投票

(3)共産党とは別様に 
 ◇革命運動体としての民衆会議 ページ48
 ◇革命前民衆会議の概要①―世界民衆会議
 ◇革命前民衆会議の概要②―各国民衆会議
 ◇しなやかな結集体 ページ49
 ◇赤と緑の融合
 ◇集団的不投票運動 
 ◇対抗的立法活動
 ◇政党化の禁欲

(4)まずは意識革命から
 ◇「幸福感」の錯覚 ページ50
 ◇「老人革命」の可能性
 ◇文化変容戦略
 ◇有機的文化人

第9章 非武装革命のプロセス

(1)革命のタイミングを計る
 ◇社会的苦痛の持続 ページ51
 ◇晩期資本主義の時代
 ◇民衆会議の結成機運

(2)対抗権力状況を作り出す
 ◇未然革命 ページ52
 ◇集団的不投票の実行
 ◇政治的権利としての「棄権」
 ◇対抗権力状況の確定
 ◇共産党に対抗する共産主義革命 ページ53
 ◇共産党の自主的解散?
 ◇反共革命に非ず
 ◇民衆会議=真のソヴィエト

(3)革命体制を樹立する
 ◇対抗権力状況の解除 ページ54
 ◇移行期集中制
 ◇「プロレタリアート独裁」との違い

(4)移行期の工程を進める
 ◇移行期工程の準備 ページ55
 ◇初期憲章(憲法)の起草
 ◇共和制の樹立
 (◇経済移行計画)
 ◇革命防衛 
 ◇移行期行政
 ◇軍廃計画の推進
 ◇移行期司法
 ◇代議員免許試験の実施
 ◇制憲民衆会議の招集
 ◇初期憲章の施行

(5)経済移行計画を進める
 ◇経済移行計画 ページ56
 ◇基幹産業の統合
 ◇貨幣制度廃止準備
 ◇土地革命
 ◇農業の再編
 ◇告知と試行

(6)共産主義社会が始まる
 ◇最初期共産主義 ページ57
 ◇通貨制度の廃止
 ◇計画経済の始動
 ◇社会革命の進行
 ◇全土民衆会議の発足
 ◇政府機構の廃止
 ◇軍廃計画の実行
 ◇完成憲章の制定
 ◇成熟期共産主義から高度共産主義へ

第10章 世界共同体へ

(1)「ドミノ革命」を起こす
 ◇マルクスとエンゲルスの大言壮語 ページ58
 ◇革命の地政学

(2)地球を共産化する
 ◇世界共同体の創設 ページ59
 ◇世界共同体の基本構制
 ◇グローバル計画経済
 ◇共産主義の普遍性

(3)国際連合を脱構築する
 ◇国際連合という人類史的経験 ページ60
 ◇人類共同体化
 ◇五つの汎域圏
 ◇南半球重視の運営
 ◇世界公用語の論議
 ◇非官僚制的運営 ページ61
 ◇経済統合機能の促進
 ◇人権保障部門の強化
 ◇地球観測体制の整備
 ◇地球規模での戦争放棄

(4)恒久平和が確立される
 ◇軍備の廃止 ページ62
 ◇司法的解決と紛争調停/平和工作
 ◇平和維持巡視隊と航空宇宙警備隊
 ◇軍需経済からの決別

あとがき ページ63

コメント

共産論・部分改訂表

2019-07-25 | 〆共産論[増訂版]

当記事では、共産論・増訂版公開後の主要な部分的改訂箇所を随時お示しします。〇

 

第1章(2)

1.「資本自由主義」を「資本至上主義」に変更。
〈趣旨〉意味的にはほとんど変わらないが、資本の活動の自由を至上価値として最優先する思潮の特徴を強調するため。なお、通称では「新自由主義」と総称されてきた思潮に相当する。

第1章(4)

1.新興諸国や途上諸国からの近年の大量移民現象に関する言及を追加。
〈趣旨〉近年資本主義的成長を見せる新興/途上諸国からの大量移民という矛盾現象を資本主義の限界事象の一つとして把握するため。

第2章(1)

1.充足を追求する新たな物質文明のありように関する記述を追加。
〈趣旨〉原文では留保していた物質文明をめぐる問いへの回答を簡潔に示すため。

第2章(3)

1.「具体的環境規準を踏まえた厳正な需要設定」を「具体的環境規準を踏まえた厳正な供給設定」に訂正。
〈趣旨〉用語の誤記を訂正。

2.陸上輸送の計画策定に関して、「電気自動車または水素自動車によるトラック輸送と可能限り電化された鉄道輸送」を追加(下線部分)。
〈趣旨〉近年の電気自動車の普及や将来の水素自動車の普及を視野に入れ、記述を補足するため。

第4章(1)

1.「経済協力」を「経済協調」に変更。
〈趣旨〉意味的にはほとんど変わらないが、より緊密かつ対等な関係性を表現するため。

第4章(3)・続

1.「多数決‐少数決制」及び「大衆迎合政治の禁止」の節及びページを追加。
〈趣旨〉同章で提起した「真の民主主義」の具体像をより詳細に明らかにするため。

第4章(5)

1.「犯罪捜査庁」を「捜査委員会」に変更。
〈趣旨〉捜査機関をより公正な合議体をもって運営するため。

2.「交通安全庁」を「交通安全本部」へ、「海上保安庁」を「海上保安本部」に変更。
〈趣旨〉それぞれ交通警邏隊・沿岸警備隊という取締組織の統括責任機関としての性格を強化するため。

第4章(6)

1.小見出しを「裁かない司法制度が現れる」に変更したことに伴う若干の記述の補足。
〈趣旨〉権威主義的な裁判所制度によらない共産主義的紛争処理制度の特質を明瞭にするため。

2.「犯罪」の用語を一部削除(作業中)。

〈趣旨〉共産主義社会における刑罰制度の廃止の趣旨を徹底し、「犯罪」という刑罰的ニュアンスを包含する用語の使用をより限定するため。「犯罪」に代わる新たな用語としては、「犯則(行為)」を使用する。

3.「法令委員会」を「法理委員会」に変更。
〈趣旨〉法令の解釈という理論的な任務に専従する民衆会議常任委員会の役割をより鮮明にするため。

4.「護民官」を「護民監」に変更し、オンブズマンを削除。
〈趣旨〉「護民監」の監督司法としての性質を浮き彫りにするべく語変換するとともに、監察権力としての性質の強い北欧的な制度であるオンブズマンの語を司法分野では使用しないようにするため。

第5章(1)

1.「二つの福祉社会」の記述から、福祉社会の日米対比を削除。
〈趣旨〉アメリカ型の福祉資本主義による福祉社会と共産主義的福祉社会という二つの福祉社会を端的に対照させるため。

第5章(4)及びその他関連する箇所

1.「バリアフリー」の用語を原則的に「ユニバーサルデザイン」に変更。
〈趣旨〉障碍者包容政策の基本理念が、現時点では単なる障壁除去から普遍的設計へと進展していることを反映させるため。

第7章(3)

1.「新聞法人」「放送法人」を「メディア協同組合」に変更。
〈趣旨〉非営利的で非集中的なメディア運営組織形態としての特徴を明確にするため。

第8章(2)及びその他関連する箇所

1.「集団的棄権」の用語を「集団的不投票」に変更。
〈趣旨〉「棄権」の用語が醸し出す投票権の放棄という怠慢的なイメージを払拭し、積極的な革命の手法として、集団的に投票しないことをもってブルジョワ選挙政治体制の転換を図る趣旨を明らかにするため。

第9章(1)及びその他関連する箇所

1.「非暴力革命」の用語を「非武装革命」に変更。
〈趣旨〉「非暴力革命」の対語「暴力革命」がしばしば革命的勢力全般に対する弾圧を正当化する常套用語として乱用されがちな点を考慮し、武装して立たないという革命の手段をより強調するため。

第9章(2)

1.「世界共同体の漸次的な樹立を宣言する」の下線部分を「暫定的な樹立」に変更。
〈趣旨〉民衆会議を通じた共産主義革命においては、まず世界民衆会議の結成を通じた世界共同体の樹立が出発点となることを強調し、世界共同体の樹立は間延びした「漸次」でなく、先駆的な「暫定」であるべきことを示すため。

第9章(4)

1.「革命防衛連絡会」(革防連)の意義に関する記述の補正。
〈趣旨〉革防連が政治警察の代替組織と化さないよう、監視・抑圧よりも、啓発・包摂に重点を置くことを明確にするため。

2.軍の「高度救難隊」への一部再編に関する記述を追加。
〈趣旨〉軍備廃止計画の一環として、在来の軍組織の平和利用的な転換の一策を提示するため。

〇第9章(6)

1.完成憲章の発効要件として、連合領域圏では連合を構成する全準領域圏における直接投票を義務づけ。
〈趣旨〉連合領域圏を構成する準領域圏はそれ自体がまさに領域圏に準じた自立性を有することを重く見て、完成憲章の発効要件を強化するため。

第10章(2)

1.上掲第4章(1)の項目1に同じ。

第10章(3)

1.世界共同体暦の策定を追加。
〈趣旨〉人類史的な一大転換点となる世界共同体の創設を銘記しつつ、暦法の上でも世界共同体の一体性を担保するため。

2.世界共同体のエスペラント語表記をTutmonda KomunumoからMonda Komunumoに変更。
〈趣旨〉より簡潔で発音しやすく、覚えやすい単語とするため。

第10章(3)・続

1.「環境経済理事会」を「持続可能性理事会」に変更
〈趣旨〉世界共同体のレベルにおける環境政策と経済政策の融合を徹底しつつ、包括的な任務を有する主要機関とするため。

2.「人権理事会」を削除。
〈趣旨〉世界共同体における人権保障体制を司法機関としての人権査察院に一元化するため。

3.「人権審査院」を「人権査察院」に変更。
〈趣旨〉個別的な人権侵害事案に対する世界共同体司法機関による強制力を伴う調査及び審決が実現されることを明瞭にするため。

10章(4)

1.「平和維持警察軍」及び「航空宇宙警戒軍」をそれぞれ「平和維持巡視隊」「航空宇宙警備隊」に変更。
〈趣旨〉世界レベルでの軍備・常備軍廃止の趣旨を徹底するため、世界共同体に統合される二つの共同武力に関しても、「軍」の名称を冠さないようにするため。

2.改称された「航空宇宙警備隊」の概要に関する記述の変更。
〈趣旨〉平和維持巡視隊に準じつつも、その防空任務に照らし、部分的には既存の空軍に近い側面を持つことを示唆するため。

コメント

共産論(連載最終回)

2019-07-24 | 〆共産論[増訂版]

あとがき

 真の共産主義―まがい物や自称ではなく―を発見する旅も、これにて終わりである。文字に書けば短い旅に見えるが、実践しようとすれば長旅になるだろう。
 その点、ロシアの文豪ドストエフスキーが特異な問題作『地下室の手記』の主人公におおよそこんなことを言わせている。人間は物事を達成するプロセスは好きだが、目的を達成してしまうことは好まない。だから目的はいつもプロセスのまま道半ばで終わってしまうのだ、と。
 共産主義社会も、これを人類社会の一つの到達点として見れば、そこへ至る過程は一つの「道」と言えるのであるが、ここで従来提示されてきた共産主義への道を大別してみると、次の三つに分かれる。

○第二の道:社会主義から共産主義へ  
 これは旧ソ連及びその影響下にあった諸国が当初辿ろうとした道であり、資本主義が未発達な段階から始めて、国家に全生産手段を集中させる社会主義=集産主義の段階を経て共産主義に至るのだと宣伝されていたが、まさしく道半ばで挫折し、現在ではすべて放棄されてしまった。総本山ソ連とその最も忠実な同盟国東ドイツでは、国自体が消滅してしまったことで、この道は完全に破綻したとみなされている。

○第三の道:社会主義から(名目)共産主義へ  
 これは第二の道と決別した西欧共産党(中でもイタリア共産党)によって志向された道であり、資本主義の高度な発達という現実の壁にぶつかり、資本主義議会への参加を通して事実上資本主義へ合流していく道である。「ユーロコミュニズム」とも称されたが、その実態は道半ばでの断念であり、名ばかりの共産主義への道である。  
 他方、当初はソ連にならい第二の道を歩んだ中国共産党は、「社会主義市場経済」のドクトリンの下、社会主義に市場経済を埋め込むという方向へ舵を切って相当な成果を収めてきた。これも暗黙のうちに資本主義へ合流する第三の道の中国版という趣意で、「チャイノコミュニズム」とも呼び得るが、実態は共産主義の棚上げである。

○第一の道:資本主義から共産主義へ  
 これは資本主義が高度に発達し切ってその限界に達した時、共産主義社会への移行が開始するというマルクスが本来提示していた共産主義への道である。

 このように第一の道を最後に掲げるのは順不同にも思えるが、実はこれこそが世界で文字どおりにはまだ試行されたことすらない道であり、まさに本連載が提唱する道でもあるのである。その意味で、あえてこれを最後に持ってきた次第である。  
 その点、第二の道は第一の道をショートカットしようして失敗、第三の道は第一の道を回避して実質上資本主義への道に合流したのだとも言える。その意味で、第一の道こそ、共産主義への本道なのである。それだけに至難の道であり、至難だからこそ、第二、第三の道への誘惑も生じたのだろう。  
 筆者自身、共産主義社会の実現可能性について決して無垢な楽観を抱いているわけではないことを告白せざるを得ない。人類が数千年をかけて構築してきた貨幣経済と国家を廃するという道は、決して平坦ではないからである。それを可能とするには、通常的な意味での意志とか努力ではなく、生物学的な意味での新たな「進化」を要するのかもしれない。  
 そうした人類の新たな進化を促進するのは、他の生物と同様、生息環境の変化である。現在、悪化の一途を辿る地球環境に適応していくためには、小手先の技術的な「環境対策」ならず、共産主義への道が唯一本質的な打開策であるという理に世界の大半の人々が気づいた時、共産主義への本道が真剣に追求されるであろう。  
 本連載は「その時」―筆者の見通しでは半世紀以内には到来し得る―に備えたある種の設計図であって、福音書のようなものではない。あくまでも将来の共産主義社会を見通すためのたたき台となる設計図である。  
 そもそも共産主義は一人の教祖的人物が説示する教義のようなものではあり得ず、皆で協力し合いながら未来を創り出していく、それ自体が共産的な共同プロジェクトであるからして、共産主義に経典のような教義書はそぐわない。  
 そうした意味では、本連載をたたき台としながら、その内容を骨抜きにしたり、歪めたりするのでなく、改良・更新し、さらに凌駕していくような理論と運動が生まれることを、あと半世紀はとうてい生きられない筆者としても大いに期待したいところなのである。

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共産論(連載第62回)

2019-07-23 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

(4)恒久平和が確立される

◇軍備の廃止
 前節でも述べたように、国連脱構築計画の最後を飾るものが地球規模での戦争放棄、恒久平和の確立である。おそらく、これが最難関となるに違いない。
 その点、現行の国連憲章は初めから戦争放棄を「放棄」してしまっており、専ら「集団的安全保障」に関心を集中している。それどころか、場合によっては国連自らが国連軍を組織して戦争を発動することさえも否定していない。ここに、現存国連体制の本質的な限界が露呈している。
 その限界とは、まさに国連が主権国家の連合体にすぎない点にある。しかも、国家主権には伝統的に交戦権とそれを物理的に担保する常備軍保持権とが含まれるのであるから、主権国家体制とは、軍事的に見れば、諸国民が戦車と戦艦と戦闘機で互いを威嚇し合う実に奇怪な体制なのである。
 これに対し、世界共同体は、その創設にあたり、憲章をもって共同体を構成する各領域圏の軍備及び常備軍保有を禁止する。これによって、各領域圏はそれが国家と呼ばれていた時代に保持していた軍隊やそれに準じる武装機関を完全に解体する義務を負う。このように、核兵器にとどまらず、通常兵器を含めたあらゆる軍備を廃絶しない限り、恒久平和の体制を構築することはできない。
 とはいえ、共産主義的な世界共同体の下でも領域圏間ないしは領域圏内部の紛争の発生を完全にゼロにすることは難しいかもしれない。世界共同体は主権国家を揚棄し、世界統合を実現はしても、諸民族間の不和対立を一掃してしまえるほど完全万能のものではないからである。

◇司法的解決と紛争調停/平和工作
 不可避的に生じるかもしれない紛争に対して武力をもって対処しても本質的に解決されないことは、国連の歴史的経験上明らかである。そこで世界共同体は武力によらない紛争解決のシステムを用意する。そのシステムは二段構えである。
 第一段は司法的解決である。具体的には汎域圏民衆会議司法委員会による第一審、世界共同体司法理事会による第二審から成る民際司法システムである(その詳細は『民衆会議/世界共同体論』の拙稿を参照)。
 司法的解決自体もこのような二段構えとするのは、地域的な紛争はまず当該紛争地域が包摂される五つの汎域圏内部で解決を図り、世界共同体はその上訴審を担うことが適切だからである。
 この司法的解決には強制執行力があるため、通常はこれで決着するはずであるが、万一決着せず蒸し返された場合、または司法的解決を待てない緊急性の高い衝突が発生した場合の次なるステップとして、世界共同体平和理事会による紛争調停/平和工作がある。
 すなわち紛争の発生または発生の切迫した危険を認知した理事会はまず、紛争当事者(潜在当事者を含む)から中立的な領域圏に属する紛争解決専門家で構成された「緊急調停団」を任命し、紛争の迅速な解決に努める。
 この調停が功を奏した場合も、再発防止と調停履行の監視のため、平和理事会の下に専門的な訓練を受けた要員から成る「平和工作団」を常備し、同理事会の決議を受けて随時紛争地へ派遣することができるようにする。
 その現地での活動の安全を担保するためには武装した要員も一定必要とされるかもしれないが、それは「軍人」ではなく、特別な訓練を受けた特殊治安要員であれば十分である。そうした世界共同体の特殊治安組織として、平和維持巡視隊が編制される。

◇平和維持巡視隊と航空宇宙警備隊  
 上述の世界共同体平和維持巡視隊は、平和理事会の下部組織としての地位を持ち、指令委員会の指揮下で任務に従事する。性格としては現存国連平和維持軍に類似しているが、個別紛争案系ごとに組織されるものでなく、常設される武装機関である。  
 しかも、各国軍隊から寄せ集められる国連平和維持軍とは異なり、世共平和維持巡視隊は統一的な専従要員を擁する正式の機関である。要員の養成は各領域圏に応分に委託され、主要な領域圏には訓練学校が設置される。訓練学校を修了した候補生は士官として任官するが、上級士官となるには別途教育訓練課程を経る必要がある。ただし、軍隊とは異なり、階級呼称は存在せず、所属部隊・部署ごとの役職で区別された上下関係が存在するのみである。  
 平和維持巡視隊は基本的に地上部隊であるが、限定的に海上部隊も保有すべきであろう。これとていわゆる海軍ではなく、その役割は海賊の取り締まりや、各領域圏沿岸警備隊の権限の及ばない公海上での海難救助等に当たる海洋巡視である。  
 他方、平和維持活動は空爆のような戦争手段を採り得ないから、航空部隊は不要とも言えるが、宇宙から飛来する隕石への対処や、―現時点では多分にしてSF的想像の世界にとどまるとはいえ―他の惑星に住んでいるかもしれない高等知的生命体からの接触や攻撃の可能性をも想定した宇宙空間の警戒のため、平和維持巡視隊とは別途、防空機能に特化した航空宇宙警備隊を組織することも検討に値しよう。その装備や組織のあり方や要員の訓練等に関しては、おおむね平和維持巡視隊に準ずるものの、部分的には現在の空軍に近いとなるかもしれない。

◇軍需経済からの決別
 ところで、軍備廃止程度のことなら、現行国連体制下でも将来的には可能ではないかという疑問が生じるかもしれない。しかし、それは不可能である。世界はなぜ、軍備廃止に踏み切れないか。
 現存世界の主要国で完全非武装政策に踏み切った国は皆無である。これは各国が心情において好戦的であるからというよりは、資本主義の構造の然らしめるところなのである。
 資本主義経済は、国家の軍事的ニーズに対応する軍需経済を用意している。この軍需経済の担い手が軍産複合体という官民合同セクターである。軍需経済は資本主義の第一経済部門である民需経済に対して第二経済部門を成している。
 ちなみに、資本主義の言わば第三経済部門として麻薬や偽造品等の禁制品の闇市場が存在するが、兵器が闇市場に流れているとすれば、第二経済部門と第三経済部門とは地下で連絡していることになるだろう。
 さて、この資本主義の第二経済部門たる軍需経済が扱う商品とは、人を効率的に大量殺傷するための兵器と呼ばれる特殊な物品である。不道徳な使用価値を帯びてはいるが好不況に関係なく需要のあるこの高価品は、景気循環の直接的な影響を受ける不安定な第一経済部門たる民需経済を補完する働き、安全弁の役割を果たしている。言わば、「生の商品」を「死の商品」が裏から支える関係である。
 それに加えて、労働経済という観点から見ても、軍備を支える常備軍組織は景気にかかわりなく要員補充を行うから、失業者または潜在的失業者を吸収する一種の失業対策の調整弁ともなり得るものである。
 このようにして、資本主義経済は軍需経済を不可分の構成要素として内在化している。この第二経済部門としての軍需経済は東西陣営が軍備拡大競争に狂奔した冷戦時代に飛躍的な成長を遂げたが、冷戦終結によっても縮退するどころか逆に増殖している。
 兵器のハイテク化に伴い、軍需産業の射程範囲が兵器そのものを製造する狭義の軍需産業から、兵器に搭載され、または指令システムを構成する情報通信技術を開発するハイテク産業分野にまで拡大を遂げているからである。加えて、近年は軍務そのものの効率化を目的として、戦闘を含む軍務の一部民間委託も広がり、民間軍務会社のようなサービス産業型の軍需も生じてきている。
 大国間の世界戦争危機がさしあたりは遠のいた冷戦終結後の世界では、かえって局地的な地域紛争への派兵の多発化により、軍需産業のビジネス・チャンスは広がっている。軍需資本にとって、戦争はたとえ小さなものであっても自社製品の性能をテストするチャンスであるから、かれらの顧客である主権国家には時々戦争を発動してもらわねば困るのだ。戦争もビジネスなり。何とも不埒ではあるが、これこそ「死の商品」の現実である。
 「死の商品」の究極を行く核兵器とは、自動車と並ぶ資本主義のもう一つの“顔”と言ってよい。自動車と核兵器が資本主義総本山・米国の“名産品”であることは決して偶然ではない。ここから、資本主義経済構造を踏まえないあらゆる平和論・運動の非現実性が明らかとなる。資本主義経済構造に手を付けないままでの戦争放棄・常備軍廃止論は、カントの恒久平和論のような観念論に終始するからである。
 カントが正当に思弁した恒久平和を単なる観念的理想論でなく、現実の世界秩序として確立するためには、資本主義から共産主義への移行によって軍需経済の桎梏を断ち切ることが不可欠なのである。

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共産論(連載第61回)

2019-07-22 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

(3)国際連合を脱構築する(続)

 ◇非官僚制的運営  
 第五に、外交官主体の運営を廃すること。  
 現在、国連で各国代表を務めるのは加盟国から派遣された外交官たる国連大使たちであるが、結果として、国連は外交官主体の運営となり、それ自体も官僚制的な事務局と相まって国連官僚主義を形成している。  
 これに対して、世界共同体の最高議決機関たる総会は民衆会議のトランスナショナル組織でもある世界民衆会議それ自体であって―従って、正式名称は「世界共同体総会‐世界民衆会議」となる―、世界民衆会議代議員は、原則として各領域圏民衆会議が各々一名ずつ選出する。これによって、間接的ながら各領域圏の民意が代議員の任命に反映される。(※)
 他方で、世界共同体と正式にオブザーバー協約を結んだ民際団体(医療、福祉、学術などの幅広い団体を含む)は世界共同体総会及び理事会にオブザーバを派遣し、討議に参加・発言する権限を認める。
 あわせて、官僚制的な事務局機能も打破されなければならない。前述したように、五汎域圏代表者会議を世界共同体の常設責任機関として位置づけることはその一環である。事務局の任務は総会や代表者会議の実務的補佐及びその他諸機関の間の調整に限局され、事務局自体は主要機関ではなく、事務局長も政治的な発言力は持たない。

※同時に、共同体としての円滑な討議と議決を促進するため、小規模な領域圏は周辺領域圏との合同化を促進し(合同領域圏)、合同領域圏からは原則として輪番で一人の合同代議員のみが参加できるものとする。詳細は、拙稿参照。

◇経済統合の促進  
 第六に、経済統合を高めること。  
 現行の国連経済社会理事会は主要機関でありながら経済問題に関してほとんど有効に機能しておらず、むしろ専門機関である国際通貨基金(IMF)や世界銀行が国際資本主義の司令塔として支配力を持っている。
 他方で、国連自身が喫緊の課題とする地球環境問題に関しては、独立した主要機関を擁しておらず、総会補助機関としての国連環境計画(UNEP)が存在するだけである。 
 これに対し、世界共同体は環境的持続可能性の観点から、環境政策と経済政策を融合して所管する独立の主要機関となる持続可能性理事会を立て、その専門機関として、先に見た世界経済計画機関をはじめとする経済諸機関を置き、地球共産化へ向けた経済の世界統合を促進する。他方、保健や教育を所管する社会文化理事会は経済理事会とは切り離され、別個の主要機関となる。

◇人権保障部門の強化  
 第七に、人権保障部門を大幅に強化すること。  
 国連は2006年に国連総会の新たな下部機関として人権理事会を設置して人権保障部門の一定の充実を図ったが、独立した人権審査機関は設置されておらず、国際人権規約をはじめとする人権諸条約の執行体制が不備なままである。拘束力を欠いた国連の一般的な勧告は多くの場合、人権侵害の当事国によって公然と無視される。  
 これに対し、世界共同体は独立の主要機関として人権査察院を創設し、各種人権条約に基づく拘束力を伴った個別事案に対する人権査察を通じた人権保障体制の強化を図る。
 さらに、人権査察院に告発された人権侵害行為が反人道的な犯罪行為に該当する場合、人権査察院は審決に基づき改めて特別人道法廷を設置し、当該反人道犯罪の全容解明と関与者の処分を行なう。

◇地球観測体制の整備  
 第八に、科学的な地球観測体制を整備すること。  
 近年、国連は気候変動問題に精力的に取り組んでいるが、独自の常設的な観測機関を持たないために、その環境科学的な公式見解の威信になお揺らぎが見受けられる。それに対して、世界共同体は常に威信ある環境科学的知見を全世界に提供することができるように、世界中の地球科学者を常任または顧問のスタッフとして擁する「地球環境観測所」を主要地点に開設し、地球環境の恒常的な定点観測を実施する。

◇地球規模での戦争放棄  
 第九に、地球規模で戦争を放棄すること、その物的な担保として全世界で軍備及び常備軍を廃止すること。それとも関連して、非軍事的な航空宇宙探査を世界共同で行うための仕組みを導入すること。
 このうち、前者の本題については問題の大きさからして改めて次節で論じるとして、ここでは後者の関連問題に触れておく。  
 従来、宇宙探査は軍事的な思惑を伴いつつ、東西冷戦時代から米ソ両国間で競争的に繰り広げられ、冷戦終結後の今日でも技術先進国による「宇宙開発」競争が国益と経済的思惑を絡めて展開されている。  
 しかし、共産主義の下では他の天体を含む宇宙空間は、地球上の土地や天然資源にも増して誰の所有にも属しない。大気圏を離れた宇宙は地球人の共有物であるとさえ言い得ないし、まして戦場であるべきではない。
 ただ、宇宙探査自体は地球人の学術的共同利益に関わる事柄であるから、世界共同体は、平和的な宇宙探査を担う機関として、目下各国ごとに分かれている宇宙研究機関を統合した「世界共同体宇宙機関」を創設する。

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共産論(連載第60回)

2019-07-17 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

(3)国際連合を脱構築する

◇国際連合という人類史的経験
 先に世界共同体には国際連合(国連)と類似する点もあると述べたが、実際、世界共同体は国連を共産主義的に解体再構築したモデルだと言うことができ、国連を単純に否定するものではない。
 しかし、国連は第二次世界大戦における勝者たる連合国主導で結成された連合国中心の国際秩序という本質を免れることは永遠にできない。そのうえ、国連五大国内部で冷戦期‐ポスト冷戦期を通じて東西の分裂があり、その機能は阻害されている。
 そうした欠陥にもかかわらず、国連というシステムは人類史上稀有な経験であるという事実はもっと評価されて然るべきである。ほぼ全地球上をカバーする国連のような連合体が半世紀以上にわたって存続し得たことは、人類史上例を見ないからである。国連は世界を二分した東西冷戦の真っ只中でも完全に崩壊することなく、風雪に耐えたのである。
 世界共同体は、このような国連という貴重な人類史的経験の上に成り立つものである。しかし、国連はその本質的な限界ゆえ、いずれ行き詰まることは必然的である。その解体的再編によって、世界共同体が現れるのである。以下では、現存国連と対比させる形で、世界共同体の仕組みを見ていきたい。

◇人類共同体化
 第一に、単なる国家連合体でなく、人類共同体としての結合を強化すること。
 そうした結合の名辞的担保としてエスペラント語を暫定的な公用語とし、エスペラント語でMonda Komunumoを世界共同体の正式名称とする。(※)
 さらに、従来事実上の世界共通歴となってきた西暦(グレゴリオ暦)に代わり、世界共同体憲章発効年度を第一年とする新たな暦法(世界共同体暦)により運営する。ただし、西暦を含め、独自の暦法を各国構成主体が採用することは自由である。

※monda(世界の)+komunumo(共同体)が語源である。なお、暫定的な英語名称はWorld Commonwealthとする。

◇五汎域圏
 第二に、五大国(米英仏露中)中心の運営を廃すること。
 五大国支配に代えて、世界共同体は「五汎域圏代表者会議」を常設執行機関とする。ここに、五汎域圏とは地球上の次の五つの連関地域を指す。(※)

○汎アフリカ‐南大西洋域圏
:アフリカ大陸と周辺大西洋島嶼の領域圏を包摂
○汎ヨーロッパ‐シベリア域圏
:欧州全域と極東シベリアを除く現ロシア連邦に属する領域圏を包摂
○汎西方アジア‐インド洋域圏
:西アジア・中央アジア・南アジアの領域圏を包摂
○汎東方アジア‐オセアニア域圏
:東南アジア・東アジア・オセアニアの領域圏を包摂
○汎アメリカ‐カリブ域圏
:カナダを含む北米・中南米・カリブ海の領域圏を包摂

 以上の五つの汎域圏にも各々汎域圏民衆会議が設置され、汎域圏内部のリージョナルな政治経済政策の決定と域内協力の場となる。
 汎域圏民衆会議の代議員は汎域圏に包摂される領域圏内の地方圏(例えば日本領域圏内の近畿地方圏とか東北地方圏など)―または準領域圏(現行連邦国家における州に相当)の民衆会議がその代議員中から各1人ずつ選出するものとする。
 このように汎域圏民衆会議の代議員を領域圏ごとでなく地方圏または準領域圏ごとに選出するのは煩雑にも思えるが、五つの汎域圏が包摂領域圏のリージョナルな同盟体と化して相互に競争的な政治経済ブロックとならないようにすると同時に、汎域圏内の協力関係をより地方的なレベルで密にするための工夫である。
 この汎域圏民衆会議は領域圏内の民衆会議とは異なり会期制を採るから、会期ごとに「会期議長」を選出するが、それとは別に、各汎域圏を対外的に代表する「常任全権代表」を選出する。
 これはいわゆる元首ではなく、専ら対外的な関係においてのみ各汎域圏の代表者であるにすぎないが、特定の問題ごとに任命される特命全権大使とも異なり、4年程度の任期をもって選出される常任職である。
 この五人の汎域圏常任全権代表で構成するのが先の「五汎域圏代表者会議」であり、グローバルな重要政策はすべて同会議で協議される。これにより、現在の主要国首脳サミットのように、国連の頭越しに少数の主要国首脳だけで意思決定するような国際寡頭制システムは廃されるのである。

※『世界共同体通覧―未来世界地図―』は、このような見通しに沿った未来の世界地図を描出する試みである。

◇南半球重視の運営  
 第三に、北半球中心の運営を改めること。  
 現存国連は本部及び軍事に関わる安全保障理事会(安保理)をはじめとする中核的主要機関がニューヨークに、人権に関わる人権理事会がジュネーブにと、その中枢機能がすべて北半球、それも米欧に集中している。これに対して、世界共同体は歴史的に北半球に従属しがちであった南半球重視の運営に変わる。  
 具体的には、世界共同体の本部及び平和工作に関わる平和理事会をはじめとする中枢機能は環アフリカ‐南大西洋域圏内のいずれかの都市に置く。アフリカに置くのはアフリカはかねて「南北問題」の象徴とも言える地域であることに加え、紛争多発地域でもある一方で、大陸全域に核兵器が存在しないという事実が世界共同体の中心地にふさわしいと考えられるからである。  
 一方、人権に関わる機能は環アメリカ‐カリブ圏内、とりわけ南米のいずれかの都市に置く。南米に置くのは、しばしばアジア・アフリカ地域で人権侵害を正当化する口実とされてきた「人権=西欧中心的価値基準」という偏見を回避するためにも、西欧的でありながら非西欧的でもある南米の微妙さに加え、この地域でかつて横行した暴虐な軍事独裁体制を自主的に克服してきた歴史的経験が人権の拠点としてふさわしいと考えられるからである。

◇世界公用語の論議
 第四に、事実上英語に偏向した国際言語状況を変え、単一の中立的な世界公用語の採用に関する論議を開始すること。
 現在の国連は五大国の公用語である英語・仏語・露語・中国語に、話者の多いスペイン語・アラビア語を加えた六言語を公用語に指定する公用語複数主義を採用しているが、事実上は英語が基軸的な公用語としての地位を与えられていることは明らかである。
 これに対し、世界共同体は普及率の高い英語の慣用的な使用を排除するものではないが、先に述べた人類共同体の名辞的担保として、より中立的な単一の公用語で全世界の民族が対等にコミュニケートする可能性を拓くために、かねてより世界語として開発されてきた計画言語の中でも最も普及率の高いエスペラント語を暫定的な単一の世界公用語に指定する(※)

※ここで暫定的なものにとどめるというのは、ヨーロッパで開発されたエスペラント語が果たして政治的のみならず言語学的にも中立と言い切れるかどうかに論議の余地が残るからである。そこでエスペラント語をそのまま世界公用語として確定させるか、新たに言語学的にもより中立な計画言語を開発するかについて世界共同体は議論を開始する。これは容易に結論を得られない難問であるかもしれないが、英語偏重主義が固着した現存国連体制の下では、そうした世界公用語に関する議論自体が論外のタブーもしくは空想として退けられているのである。なお、筆者自身、新たな計画言語の一例として、エスペランテートを提案している(別連載『共通世界語エスペランテート』を参照)。

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共産論(連載第59回)

2019-07-16 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

(2)地球を共産化する

◇世界共同体の創設
 20世紀の東西冷戦時代に地球共産化などと口走れば西側諸国諜報機関の監視対象リストに載ったであろうが、今日ではさすがにそんなこともなくなったであろう(と願う)。
 そこで、今こそ言えることであるが、ドミノ革命によって地球全域を共産化することができるし、そうすることが、この地球そのものを存続させるためにも必要である。特に環境的持続性を保障するためのグローバルな環境規準を達成するには、各領域圏レベルのみならず、地球全域での計画経済が導入されなければならない。
 加えて、公的部門における二酸化炭素排出量にかけてはトップ級の各国常備軍の廃止、それとほとんど同義である戦争の地球規模での放棄―戦争はそれ自体が環境破壊活動でもある―も実現されなけれならない。
 こうしたことを可能にするのが、すでに各所で言及してきた世界共同体の創設であり、これこそが世界連続革命の最終到達点でもある。

◇世界共同体の基本構制
 世界共同体=World Commonwealthは現行の国際連合(国連)=United Nationsと類似する点もあるが、政治的な面で決定的に異なるのは国家主権という観念が―従って、そうした主権を保持する主権国家も―揚棄されることである。
 現行国連はこれに加盟する主権国家の連合体という構制を特色とすると同時に、まさにそこに大きな限界がある。各加盟国には各々自国の利益(国益)のために行動する権利が留保されている以上、国連総会の単なる決議はもちろん、国際法の性質を持つ国連条約にすら批准の義務はなく、その批准は加盟国の国家主権・国益の名の下に選択される。時に批准した条約すら順守しない国家もある。
 これに対して、世界共同体の下では主権国家が揚棄されて、各「国」は世界共同体に包摂された「領域圏」として一定の領域内での自治的な施政権を保持するが、その施政権は世界共同体憲章(世界憲法)及びそ諸条約(世界法律)とに完全に拘束されるのである。
 こうした構制を採ることによって、歴史上戦争原因のナンバーワンを成してきた「領土問題」も消滅する。なぜなら、各領域圏はもはや排他的な「領土」を保有せず、ただ相対的な施政権が及ぶ「領域」を保障されるだけだからである。
 もっとも、その「領域」の範囲をめぐる紛議は存続し、また新たに発生もし得るが、そうした「領域紛争」はすべて世界共同体直轄の紛争調停機関を通じてのみ平和的に解決されるようになるのである。
 ちなみにこのような世界共同体の公式名称は、その統一公用語(暫定)となるエスペラント語でMonda Komunumo(モンダ・コムヌーモ)とするが、その意義については次節で改めて触れる。

◇グローバル計画経済
 さて、世界共同体が現存国際連合と最も決定的に異なるのは、経済的な側面においてである。国連はあくまでも諸国家の政治的な連合体に過ぎないのに対し、世界共同体の本質は地球全体をカバーする統一的な経済主体である。
 すなわち現在は基本的に内政問題として各国の主権に委ねられている経済政策のグローバルな統一が可能となる。具体的には、まさしくグローバルな規模で商品生産と貨幣交換が廃され、共産主義的な計画経済と補完的な経済協調とに置き換わるのである。
 その目的のために世界共同体の直轄専門機関として「世界経済計画機関」が創設され、環境規準を踏まえた世界レベルでの生産計画目標が提示される。
 もう少し立ち入って述べると、世界経済計画機関とは、二酸化炭素その他の有害物質排出規制上特にターゲットとなる環境負荷的な産業分野を中心に各領域圏の生産事業機構を統合化したうえで(例えば世界鉄鋼事業機構体、世界自動車工業機構体等々)、それらの生産事業機構体が共同してグローバルなレベルでの経済計画を策定・実施する機関であって、各領域圏における経済計画会議の世界版と考えればよい。
 こうしたグローバルな経済計画は地球全域での生産活動の大枠(キャップ)を設定する意味を持つ。これによって各領域圏ごとの個別的経済計画の裁量性がゼロになるわけではないが、こうしたキャップ制が確立された暁には、各領域圏の経済計画はこのキャップの枠内での自主的な割り当て(クォータ)として機能するようになるであろう。
 このような世界レベルでの計画経済は同時に、各領域圏が自足できない財・サービスを可能な限り近隣から調達する(例えばアフリカの自動車はアメリカや日本からではなく、より近隣の欧州から調達する)ための地域間経済協調の意義をも担う。
 さらに、一般的経済計画とはなじまない食糧・農業分野の経済協調機関として、現行の「国連食糧農業機関」を継承・発展させた直轄専門機関「世界食糧農業機関」も創設される。これにより、現在「自由貿易」の名の下に国際資本に取り込まれようとしている食糧・農業を奪還することができる。
 このようにして今日世界貿易と呼ばれている国際商取引が消失することは、グローバル資本主義を特徴づける巨大な国際物流輸送を大幅に減少させ、二酸化炭素の排出規制にも寄与するであろう。
 最後に、地球共産化は天然資源の持続可能な管理に関しても画期的な貢献をなし得る。すなわち、共産主義の下で土地とともに無主物化される天然資源をグローバルなレベルで採掘・管理し、公平に供給するために直轄専門機関「世界天然資源機関」が創設される。また生物全般にとって死活的な天然資源である水の保全とその衛生的かつ公平な供給のため「世界水資源機関」を別途創設することも検討に値するだろう。
 この施策によって、地球環境に配慮された集約的な天然資源管理が実現し、資源ナショナリズム/資源資本主義の弊害が克服されるのである。

◇共産主義の普遍性
 ところで、地球共産化などと聞けば、果たして文化的な風土も経済的・社会的な発展の度合いも異なる世界の諸民族を一つの共産主義の傘の下に統合することなどできるのだろうかという疑念が浮かぶかもしれない。
 これに対しては、共産主義とは特定の文化モデルや発展モデルを押し付けるものではなく、生産と労働を軸とする社会運営のシステムの一つにすぎないから、資本主義システムがかなりの普遍性をもってグローバルに広がってきたのと同様に、否、それ以上に共産主義システムも普遍的な広がりを見せることは十二分にあり得ると答えておきたい。
 特に、貨幣支配から解放されることは、おそらく世界のどの民族にとっても朗報となるものと確信する。依然として解決しない地球の南北格差問題、そして近年顕著化してきた南南格差問題に象徴される諸民族間の著しく不均等な発展も、煎じ詰めれば諸民族間の貨幣の持ち高の格差を反映するものにほかならないからである。
 そのような意味で、人類は様々な違いを備えた「諸民族」であり、かつ、それ以前に、共に共産主義を目指す普遍的な「民衆」たり得るのである。

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共産論(連載第58回)

2019-07-15 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

共産主義革命の最終到達点は世界共同体。言葉のあやでなく文字どおりの「地球村」の創設である。ここに至って初めて恒久平和が地球に訪れる。それを現実のものとするには?


(1)ドミノ革命を起こす

◇マルクスとエンゲルスの大言壮語
 かつて冷戦時代に反共主義の国際政治ドクトリンとして、ドミノ理論なるものが風靡したことがあった。これは、インドシナ戦争当時の米国がベトナムへの軍事介入を正当化するにあたり、アジア地域における共産主義革命のドミノ倒し的連鎖の危険性を強調したことで悪名高い俗流政治理論である。しかしこのドミノ理論、案外革命理論として逆利用できそうな面がある。
 前章でも論じたように、共産主義革命は一国単位でなし得るものではなく、世界的な革命のうねりの中で初めて成功し完遂されるのであった。
 若き日のマルクスとエンゲルスは「共産主義は主要な諸国民の行為として一挙的かつ同時的にのみ可能」だと述べ、その前提条件として「生産諸力の全般的な発展及びそれと連関する世界交通」を指摘していた。世界同時革命!
 彼らがこれを書いた19世紀半ばにはほとんど大言壮語としか聞こえなかったであろうが、交通手段・情報通信技術の大発達を経た現在、「世界同時革命」は決して夢物語ではなくなっている。
 少なくとも主要国間に短期間で革命が継起するという連続革命的状況を作り出すことは決して不可能ではない。そのためにも、前に論じたような共産主義社会の実現を目指す民衆の革命的ネットワークとしての世界民衆会議の結成がすべての起点となる。

◇革命の地政学
 ここで如上の連続革命が実際どのように発生し得るのか、革命の地政学とでも言うべきものを明らかにしてみたい。
 まず、革命の最初の導火線はどこで引かれるであろうか。意外にも、それは発達した資本主義国のどこかにおいて、と答えておきたい。資本主義が強力に定着した国での共産主義革命など一見不可能事とも思えるが、資本主義が発達すればするほどその限界性も同時に鋭く明瞭に露呈してくる。それだけに、革命の可能性はかえって現実のものとなるという逆説が成り立つのである。
 わけてもアメリカ合衆国である。アメリカ共産主義革命!!
 “進歩派”の米国人でも、これを悪いジョークと受け止めるかもしれない。しかしコミュニティー自治を基礎とし、政府に依存しない自助と共助の風土を持つフロンティア精神の社会であるアメリカこそ、本連載が提起するような共産主義―米国人の心にも響くようにこれを「自由な共産主義(free communism)」と呼ぼう―に最適の場所だということに米国人自身が気づいた時、アメリカ合衆国発の世界連続革命が始まることを期待できる。
 そして、そうなった時、その波及効果は絶大であるに違いない。おそらく、それは欧州、日本など世界の他の発達した資本主義諸国にも直接的に波及し、革命的なうねりを作り出すであろう。そこから、まさしくドミノ倒しのように、米国から中南米へ、欧州からアフリカ・中東へ、さらにはアジア諸国へ・・・といった後発資本主義諸国への革命の流れが続くであろう。
 これら後発国では専制的な政治体制に支えられていまだに大土地所有制や露骨な形の階級差別が残存していることも少なくなく、革命のマグマは相当に鬱積している。こうした諸国のいくつかでは民衆蜂起型の革命も見られるかもしれない。
 これに対して、新興資本主義諸国―ここに「社会主義市場経済」の中国も含めておく―では、まだ資本主義的発展の伸びしろが残されており、人々の資本主義に対する期待感も根強いことから、革命の波及は容易でないかもしれない。
 実際、これら新興国のめざましい資本主義的経済成長は、近年かげりも見えてきた米欧日のような先発国にとって製品・サービス及び資本の輸出を通じた経済再生の鍵ともみなされている。
 他方、ロシア・東欧圏の集産主義から資本主義へ「復帰」した諸国では、資本主義的階級格差の再発現や社会保障制度の劣化などの症候が早くも現れ始めていたところへ世界大不況の直撃を受けたのであるが、これら諸国では資本主義に対する幻滅以上に、旧体制が空文句として唱えていた似非“共産主義”に対する不信、憎悪さえもが残されているだけに、それら諸国における共産主義革命には一定以上の時間を要するであろう。
 とはいえ、中国を筆頭に右肩上がりを続ける新興諸国にも必ず「成長の限界」は訪れる。その結果、当面は新興諸国が牽引役となる世界経済の成長が総体として鈍化・縮退する極点が現れる。そうなれば、資本主義の限界に対する共通認識がグローバルに拡大する。
 その時機こそがまさに世界連続革命の本格的な開始点であり、その際、先発資本主義諸国における共産主義革命の勃発は、その他諸国の民衆に対しても出発の合図となるはずである。

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共産論(連載第57回)

2019-07-10 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(6)共産主義社会が始まる

◇最初期共産主義
 移行期の一時的混乱を最小限に抑えることに成功し、この時期を無事に乗り切れば、いよいよ共産主義社会が始まる。この生まれたばかりの共産主義社会が「最初期共産主義社会」である。
 この時期は移行期を通過済みとはいえ、まだ不安定で、共産主義的な施策が本格的に推進されていく変動期のプロセスである。このプロセスにどれくらいの時間を要するかは難しい問題だが、少なくとも10年は見込んでおいた方がよいかもしれない。以下、この時期におけるメインのプロジェクトを項目的に列挙していく。

◇通貨制度の廃止
 最初期共産主義社会における経済革命のクライマックスと言えるのが、貨幣制度の廃止である。これは単にモノとしての貨幣を廃棄し、キャッシュレス化するということではもちろんなく、電子マネーのようなものを含めて交換手段としての強制通用力を与えられた通貨制度全般を廃止するということになるが、(※)それだけにいくつか慎重にフォローすべき点がある。
 本来、この施策は世界同時的に条約を通じて実施することが混乱を防ぐうえで理想的であるから、世界民衆会議の下に、各領域圏中央銀行を包括する通貨制度清算機構を設置して、各領域圏における通貨制度廃止を統一的に支援していくことが望ましい。
 このプロセスにおいては、特に銀行を中心とした金融機関の総清算作業が不可欠となる。この作業のために、各領域圏中央銀行内に金融清算本部を設置し、各銀行その他の金融機関の清算会社をすべて接収したうえ、全口座を整理する必要がある。  
 これらの清算口座の預金はすべて中央銀行の管理下で封鎖・無効化されるが、まだ資本主義経済下にある諸国の外国人(法人を含む)名義の口座については引き出し・返還の手続きを進める。なお、中央銀行は通貨制度廃止の全プロセスを見届けたうえ、最終的に自らも廃止される。 
 他方、革命が全世界に波及するには時間差が避けられず、まだ共産化されていない諸国との貿易を当面は継続するという場合、中央銀行は貿易決済に必要な外貨準備を保有している必要がある。こうした未革命諸国との残存貿易に関しては、全貿易会社を統合したうえで一元的な貿易窓口機関となる暫定的な「統合貿易公社」を設立して対応することになろう。  
 ところで、通貨制度を廃止した場合に生じ得る切実な難問は、まだ通貨制度が廃止されていない海外から、無償で物品を取得しようとする外国人のツアー客が殺到しかねないということである。  
 これに対しては、さしあたり永住者や所定期間の長期滞在者以外の一時滞在外国人については、中央銀行が監督する一部の外貨決済店舗でのみ物品の購買を認める特例をもって規制的に対応せざるを得ないであろう。
 従って、最初期共産主義社会においては、残存貿易の継続と合わせて、対外的な関係ではなお貨幣交換を伴う商品形態が一部残存することになる。

※ここで廃止の対象となるのは、国家が発行する公式の通貨であって、民間で発行され、特定の取引界でのみ通用する私的通貨(仮想通貨のような電子化されたものも含む)の流通を認めるべきかどうかは経済政策上の問題である。このような私的通貨による取引を一種の物々交換とみなすならば、持続可能的計画経済の外にある生産・流通過程における物々交換の範疇でこれを認めることはあってよいと考えられる。

◇計画経済の始動
 移行期に準備されていた包括会社が各種生産事業機構に転換され、計画経済移行準備協議会が経済計画会議として正式に発足すると同時に、最初の計画経済(第一次三か年計画)が始動する。計画外の自由生産制を採る分野でも、株式会社制度の廃止に伴い、第3章で見たような新しい生産組織が続々と発足する。

◇社会革命の進行
 経済分野以外でも、家族、福祉、教育、メディアなどの諸分野で、各章で見たような大規模な社会革命が進行していく。
 ただ、こうした分野の変革は経済分野以上に歴史的な時間を要することもあり、最初期共産主義社会のプロセス内では完了しない場合もあり得るであろう。

◇全土民衆会議の発足
 最初期共産主義社会における政治制度面の重点は、領域圏レベルの全土民衆会議が正式に発足することである。すなわち初期憲章公布・施行の後、すみやかに第一期民衆会議代議員の抽選が実施される。(※)
 反面、移行期の革命中枢機関であった革命移行委員会はその名称を「革命参事会(以下、「参事会」と略す)」と変え、役割も全土民衆会議に対する諮問機関に転換される。
 すなわち参事会は全土民衆会議で審議中の案件について諮問を受け、または意見を表明し、これを通じて、発足したばかりの民衆会議に対する顧問的な役割を担うのである。参事会の議員は革命功労者の中から6年程度の任期をもって全土民衆会議が選出する。

※同様に、地方の各圏域民衆会議も正式に発足する。

◇政府機構の廃止
 移行期にはまだ残存していた中央政府機構が解体され、民衆会議による一元的統治が開始される。これに伴い、旧省庁の多くは全土民衆会議に直属する政策シンクタンクに転換されるが、財務省・国税庁などのように、通貨制度の廃止と運命を共にする省庁もある。
 なお、外務省は次章で見る世界共同体が正式に発足するまでは、全土民衆会議の外交機関(外交本部)として当面存続するが、世界共同体が発足した後は、現在のような主権国家間の外交関係自体が消失するため、世界共同体の出先代表機関である「世界共同体連絡代表部」に取って代えられる。
 また、この段階では旧自治体機構の廃止・転換も完了し、各圏域の民衆会議が正式に活動を開始する。

◇軍廃計画の実行
 移行期に策定された軍廃計画が実行段階に入る。最終的に、世界共同体憲章が正式発効し、憲章に基づく軍備廃止条約が締結された場合は、条約上義務づけられた行程に従って、常備軍の廃止プロセスを進めていくことになる。

◇完成憲章の制定
 全土民衆会議は上述のような重要な工程が一段落したところで、その成果を踏まえつつ、完成憲章の起草作業に着手する。
 完成憲章は最初期共産主義社会に続くプロセスとしての「成熟期共産主義社会」に対応するもので、ここでの重要な改正点は参事会が廃止されて全土民衆会議に完全に一本化されることである。言わば民衆会議が一本立ちするわけで、これによって共産主義社会はいよいよ成熟期を迎えるのである。
 この完成憲章の最終的な確定のためには、領域圏民衆による直接投票で過半数の承認を経ることを要するものとすべきである。ただし、連合領域圏では、連合を構成する準領域圏の四分の三以上における直接投票による過半数の承認を要する。

◇成熟期共産主義から高度共産主義へ
 この成熟期共産主義社会を経由して社会の全人口の大半が「資本主義を知らない世代」となった時に、発達した共産主義社会すなわち「高度共産主義社会」に入っていく。
 この時に初めて、第3章で展望したような純粋自発労働制の社会が実現するのかどうか━。これについては、未来世代の賢慮に委ねるほかはない。

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共産論(連載第56回)

2019-07-09 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(5)経済移行計画を進める

◇経済移行計画
 移行期における最大のイベントが、資本主義市場経済から共産主義計画経済への移行である。資本主義のグローバル化に伴い、革命の時点では、ほぼすべての諸国が名実ともに、または実質上(社会主義市場経済や暗黙の市場経済化のような形で)資本主義経済システムによっているであろうと想定されることから、このような経済体制の移行は大掛かりなものとならざるを得ず、慎重な計画に則って遂行する必要がある。

◇基幹産業の統合  
 共産主義経済の基軸が計画経済(持続可能的計画経済)にあることはすでに見たが、資本主義的市場経済から一挙に共産主義的計画経済へ移行することは無理であるから、まずは計画経済の対象分野の企業統合を通じた再編に着手する。  
 具体的には、鉄鋼、電力、石油、造船、機械工業に加え、運輸、通信、自動車等々、計画経済の導入が予定される分野に関して、将来の生産事業機構化へ向けた単一の包括会社を設立することである。  
 そのうえで、将来の計画機関である経済計画会議の前身となる「計画経済移行準備協議会」を設立し、各包括会社の担当役員を中心に経済計画を実際に立案してみる図上演習を行う。  
 こうした包括会社と同様の会社の設立は、一般消費分野でも行われる。すなわちスーパーマーケットやコンビニエンスストアの合併による地方圏(または準領域圏)ごとの包括小売会社の設立である。これは将来の消費事業組合の前身となる組織である。

◇貨幣経済廃止準備  
 真の共産主義経済は貨幣交換によらないこともすでに見てきたが、貨幣経済の廃止は生産様式を越えて、ほとんど「文明史的な」と形容しても過言でないほどの大変革となるために、人々の生活様式も大きく変容する。そのため一気に施行することはできず、とりわけ慎重なプロセスを要する経済移行計画の中核を成す。  
 移行期にはまだ連鎖的な貨幣交換で成り立つ資本主義は完全には廃されず、その相当部分が残されたままである(残存資本主義)。しかし、この時期からほとんどの人にとって未知の共産主義経済という新経済システムに適応するためのある種予行演習を展開することが不可欠である。  
 その際、まずは消費財の貨幣交換によらない無償供給(取得数量規制付き)の試行から開始する。特に食糧を中心とした日常必需品と一部の雑貨的有益品である。こうした部分的な物資の無償供給は戦時/災害時配給制に似ているが、臨時措置ではなく、来る貨幣経済廃止に向けた準備プロセスである。(※)
 この試行は、上述の包括小売会社を中心に、既存の農業/漁業協同組合とも連携しながら、指定供給所を通じて移行期の全期間にわたって行なう。

※旧版では、代表的な都市部及び典型的な農漁村部に「共産主義経済試行区」を設置し、試行区内で先行的に共産主義経済の実践を開始するという一種の経済特区制度を提唱していたが、このような地域限定の二重経済システムは経済の公平性や統一性という観点からひずみをもたらすため、当版以降、撤回する。

◇土地革命  
 移行期における経済政策で最も政治的な論議を惹起するものが土地革命、すなわち全土地の無主物化と公的管理体制への移管である。
 この政策は、おそらく最も強い反発・抵抗を呼び起こしかねないから、移行委はすみやかに政令を発布して土地管理機関を設立し、土地私有権の消滅手続きを進めつつ、旧所有者による土地囲い込みなどの実力行使に対する取り締まりの体制を整備する必要がある。そのためにも、土地管理機関は法務部門のほか、独自の捜査部門と警備部門も備えている必要がある。

◇農業の再編  
 農業生産機構を軸とする共産主義的な農業統合化は土地改革に伴う農地の所有権消滅問題とも絡んで、大きな反発を招く恐れもあるため、十分な経過措置を講じて農業者の理解と信頼を醸成することを要する。  
 まずは、農業協同組合のような既存の農業者連合団体を全土包括的な農業法人にまとめ、農業生産機構の前身組織として再編したうえ、農業統合化に向けた物的及び人的準備を実施する。ここでも、上述基幹産業分野にならい、農業生産計画の図上演習を行なう。(※)

※同様の再編過程は、漁業分野にも妥当する。

◇告知と試行  
 移行期経済計画は多岐にわたり、全産業界に影響が及ぶことから、共産主義経済への移行プロセスの全体像と具体的な施策を解説した文書を各産業界にも配布して、自発的な準備を促す。また、共産主義経済の下での新たな生産と労働、生活全般の仕組みをわかりやすく解説した冊子を全世帯に配布するなど情報提供・周知徹底を通して不安の解消に努める。  
 このように、経済移行計画においては事前の告知による情報提供と図上演習を含む試行の組み合わせにより、社会経済システムの大変動期にありがちな混乱を最小限に抑制することが目指される。

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共産論(連載第55回)

2019-07-08 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(4)移行期の工程を進める

◇移行期工程の準備
 革命移行委員会(移行委)の最大任務は、共産主義社会の開幕に向けた移行期の工程を進めることにある。移行期には革命に伴いがちな政治・経済的混乱も予想される。この時期をいかに短縮できるかが革命の成否を左右する。
 目安としては3乃至5年以内に移行期を完了させることが望ましい。それを可能とするためにも移行期については民衆会議内部で事前に討議し、入念な準備と計画を練っておく必要がある。以下、この移行期工程の中でも特に重要なものを項目的に列挙していく。
 ただし、経済移行計画の部分は、移行期でも最重要かつ最難関となるため、次回稿で特に取り出して論ずることにする。

◇初期憲章(憲法)の起草
 前章でも指摘したように、移行委は早期の立憲体制の確立を目指さねばならないのだが、大規模な革命にあって急激な立憲体制の確立は困難であるから、過程を分けて考える必要がある。
 それとともに、ここで「憲法」と言った場合、我々が現在知っている憲法とは異なることに注意を要する。現在、我々が知っている憲法とは、国家の構制を定めた国家基本法という性格を持つ。これに対して、共産主義社会では再三述べてきたように国家は廃止されるのであるから、憲法も「国家」基本法ではあり得ない。
 その代わり、憲法は民衆による社会の運営方法を定めたルールとなり、それは「民衆会議憲章」という形式(例えば「日本民衆会議憲章」)で示される(以下、単に「憲章」という)。
 この憲章の制定にも二つの過程がある。第一は最初期共産主義社会―言わば「生まれたばかりの共産主義社会」―に対応するものとしての「初期憲章」であり、第二はこの最初期共産主義を経過した後の成熟期共産主義社会に対応するものとしての「完成憲章」である。
 民衆会議は革命後直ちに第一の初期憲章の起草作業に取り組むため、「憲章起草委員会」を設置する。この委員会は、民衆会議の本部でもある世界民衆会議とも連携しながら、先行して制定済みの世界民衆会議憲章を法源としつつ、適切な憲章案の策定を目指して移行期のプロセスいっぱいをかけ幅広く討議する。(※)

※民衆会議体制では、地方自治体も領域圏憲章の範囲内で独自の憲章を制定することができるから、各層地方自治体でも、同時的に憲章起草作業が進められる。

◇共和制の樹立
 憲法問題と関連して、それ自身憲法問題でもある政体の選択も重要課題となる。共産主義的政体とは本質上共和制であり、なおかつ、民衆会議体制は大統領その他の執政官に施政を委任するのではなく、民衆自身が民衆会議を通じて統治する「民衆共和政体」への移行を要する。
 このような民衆共和政体は、君主制やそれに準じた世襲的統治形態とは両立し得ない。これは、日本の象徴天皇制を含めて政治的権能を喪失し象徴化された君主制(象徴君主制)の存廃に関わる問題である。
 結論から言って、共産主義革命後は象徴君主制も廃止を免れない。ただし、「廃止」の意味内容については慎重に分析される必要がある。
 すなわち、ここで言う「廃止」の対象となるのはさしあたり政治制度としての君主制であって、ファミリーとしての王室(以下、天皇制における「皇室」を含めてこの語を用いる)を廃止するかどうかとは区別することができるのである。
 もちろん最も徹底した共和制にあっては王室そのものも廃止することが要求されるであろう。歴史的に見ると、民衆蜂起型の革命によって君主制が打倒されたときには王室もろとも解体され、君主処刑という事態に発展することもあった(フランス革命やロシア革命)。
 しかし、それらは専制君主制に対する民衆の憎悪を背景とする出来事であって、すでに政治的権能を喪失して久しい象徴君主制は通常民衆的憎悪の標的とならない。象徴君主制における王室解体、ましてや君主処刑はかえって民衆の同情を買い、尊王勢力の反革命蜂起を誘発しかねないであろう。
 そこで、象徴君主制の廃止にあっては王室もろとも廃止する徹底政策よりも、君主制は廃止するが王室は存続させるという形を捨て実を取る不徹底な方策をあえて採るほうが賢明である。
 ただし、王室の存続といっても、それはいかなる特権も伴わない形で王室メンバーとしての形式的称号の存続を認めるというにとどまる。従って、宮内省(庁)のような家政機関は廃止されるほか、王室メンバーの実質的な一般公民化が促進されることになる。

◇革命防衛  
 移行期とは様々な形で反革命策動が展開される時期でもあるから、移行委の任務として革命体制を防衛すること自体も移行期における重要な政策となる。この革命防衛については内政面と外交面とを区別することができる。

(a)内政面
 内政面での革命防衛策は、歴史上しばしば人権侵害の象徴として革命に対する恐怖のイメージを醸し出すもととなってきた。特に革命防衛を直接の目的とする政治警察の創設は人権侵害の温床を作出するので避けるべきである。
 そこで、政治警察に依存する革命防衛ではなく、革命の意義を積極的に社会に啓発し、人々を革命事業に包摂していくような志向性を持った草の根の革命防衛組織として、「革命防衛連絡会」(革防連)を立ち上げる。
 これすなわち、反革命活動への関与が疑われる団体や個人に対する情報収集・動静監視といった消極的な革命防衛にとどまらず、より積極的に地域で革命諸政策に関する情報提供と民衆会議との関係構築に当たり、さらには広く公衆に向けた世論啓発も行なう総合的な革命防衛組織である。  
 そうした目的のために、革防連は、地域で革命諸政策に関する情報提供や関係構築を担当する要員(メディエーター)、インターネットその他の情報手段を活用して公衆向けの革命的世論啓発に当たる要員(パブリシスト)、反革命活動に関する情報収集・動静監視に当たる要員(エージェント)の三種の要員を擁する。(※)  
 こうした包摂的な民間革命防衛組織を通じた革命防衛は、従来の歴史上の革命の定番ともなっていた集団パージのような強権策を回避する効果も持つ。後述するように、移行期にはまだ旧政府機構は残存しているから、一般公務員は当面温存しなければならず、明白に反革命サボタージュに出るような公務員を個別的に罷免すれば足りるのである。  
 ただし、軍部の政治的影響力が強い諸国では、軍の反革命クーデターに一定の警戒を要する。そのためにも軍を統制する平和問題担当革命移行委員の下で実務に当たる委員代理には革命に理解ある退役軍人を充てるとともに、中堅幹部層以下の革命体制への統合に努める必要がある。

※革防連の要員は革命防衛に対する特別に強固な信念を要するため、公募ではなく、適任者の勧誘によって採用される。

(b)外交面
 歴史的に見ると、多くの革命においてその波及を恐れる諸外国からの干渉がなされ、戦争に発展することが少なくない。そこで、外交面での革命防衛策を講じることも不可欠である。
 その際に重要なことは、民衆会議のトランスナショナルな組織化である。共産主義革命は最終的には全世界に波及する連続革命(ドミノ革命)の中で初めて反革命外国勢力の干渉を打破し、完遂されるものである。このドミノ革命については次章で改めて触れるが、それは単なる“革命の輸出”にとどまらない、全世界的な革命のうねりである。
 こうした意味で、外交面における革命防衛の要諦は、技巧的な外交術とも異なる民衆会議のトランスナショナルな連帯それ自体、すなわち世界民衆会議の存在なのであり、そのためにも革命は一国主義ではなく、初めから世界共同体の創設を目指して推進される必要があるのである。

◇経済移行計画
 資本主義経済あるいはその他の市場経済体制から共産主義計画経済への移行は、冒頭でも指摘したとおり、移行期で最重要かつ最難関のイベントとなるため、それ自体が周到な「計画」によって導かれなければならない。この件については、冒頭予告どおり、稿を改める。

◇移行期行政
 
共産主義社会では国家は廃止されるが、移行期には中央・地方ともまだ旧政府・自治体機構は存続する。
 この間、中央では革命移行委員が各行政分野を所管するが、主要省庁は当面の行政事務を継続しつつ、政策シンクタンク化へ向けた組織転換の準備作業を開始する。
 これに対して、地方行政に関しては、移行委の特別政令により、まず全自治体の残存首長・議員を一斉解職する。そのうえで、都道府県のような旧広域自治体は都道府県暫定民衆会議の管理下に移し、民衆会議から「臨時行政委員」(知事相当)及び「臨時行政委員代理」(副知事相当)を派遣して通常業務を継続しつつ、共産主義的な地方圏への統合に向けた作業を開始する。
 一方、市町村については市町村暫定民衆会議が直ちに市町村行政を掌握し、当面は民衆会議議長が市町村長職を継承しつつ、共産主義的な市町村の創設や中間自治体としての地域圏の区割り作業及び地域圏への権限移譲などの作業を遂行する。

◇軍廃計画の推進
 移行期行政で注意を要するのは、軍(軍に準ずる武装機関を含む)の扱いである。共産主義社会では最終的に常備軍は廃止されるが、それは世界法(条約)に基づいて初めてなし得ることであるから、それまでの間は軍を革命体制に統合しつつ、軍を保持していく。とはいえ、移行期には将来の常備軍廃止を視野に、軍縮ならぬ軍廃計画を進めていく必要がある。
 その進め方や規模は、反革命諸国からの武力干渉及び軍内部からの反革命クーデターという内外情勢を考慮しつつ、戦略的に決定される。そのためにも、軍廃を所管する平和問題担当移行委員の舵取りは極めて重要である。
 ちなみに、軍が蓄積している軍事的技能は、大規模災害等における高度な救難活動に応用可能なものも多いので、領域圏全域または広域圏をカバーする高度救難隊に一部再編することは有益である。

◇移行期司法
 移行期工程では、第4章でも論じたような警察、裁判所制度によらない新たな司法制度の創出も始まる。
 しかし、司法は秩序維持に関わり、革命防衛にとっても要の領域であるから、混乱を避けるため細心の注意を払った経過措置と応急措置を取りながら進めていかなければならない。従って、新司法制度は初期憲章の施行に合わせて時間的な余裕を持って施行されるべきである。

◇代議員免許試験の実施  
 移行期の各圏域民衆会議はまだ暫定的なものであり、代議員免許を有する代議員により構成される正式の民衆会議は初期憲章の公布・施行後すみやかに招集される。そのためにも、移行期の早い段階で代議員免許試験を制定し、初期憲章案の完成までに最初の免許試験を実施しておかなければならない。

◇制憲民衆会議の招集  
 初期憲章案が完成した段階で、制憲民衆会議を設置・招集する。制憲民衆会議は正式の民衆会議と同様に、統一的な代議員免許試験に合格した免許取得者の中から抽選される。制憲民衆会議の招集をもって、従前の民衆会議総会は解散する。

◇初期憲章の可決及び施行  
 以上の移行期工程が完了に近づいた段階で、仕上げとして初期憲章の制定手続きに入る。その方法は種々想定できるが、次のような方法が最も周到かつ効率的と考えられる。
 すなわち、先の憲章起草委員会が策定した憲章案を制憲民衆会議にかけ、多数決により可決した後、さらに市町村、地域圏、地方圏の各レベルごとの三分の二以上の民衆会議で多数決により可決する。
 なお、初期憲章はその名のとおり初期的なものであり、暫定性が強いことから、この段階では民衆による直接投票は不要としてよい。かくして、初期憲章の公布・施行をもって、移行期工程が完了する。

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共産論(連載第54回)

2019-07-03 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(3)革命体制を樹立する

◇対抗権力状況の解除
 革命的な民衆会議と既存政権の対抗権力状況を確定させた後、その状況を解除し、本格的な革命体制を樹立するまでの間が革命のプロセスにおける最大のクライマックスとなる。
 集団的不投票による革命は本質的に非武装革命であるから、まずは残存する旧体制政権との交渉によって平和裡に政権の移譲を実現させるべきである。これに合わせて街頭デモを組織して旧体制に圧力をかけることは効果的であり、むしろそうした民衆の意思表示なくしては旧体制は民衆会議を交渉相手として認めようとしないかもしれない。
 この局面で旧体制は警察や軍を動員して革命プロセスを粉砕しようとすることも考えられる。そうなると、民衆蜂起型の革命と同様の対峙状況が生じる。それを望むわけではないが、万一そのような状況が生じた場合、警察や軍を敵に回すことは得策でない。武装しない丸腰の革命である以上、圧倒的な物理力を持つ警察や軍に対して正面から対抗する力はないからである。
 そこで、旧体制が政権の引渡しに一切応じない場合であっても、直接的な実力行使によって政権を奪取する方法は採るべきでない。むしろ、旧体制が警察や軍を有効に動員することができないように、革命運動の過程で警察や軍の中堅幹部以下の層に浸透しておき、革命の最終段階では連携して革命体制樹立を導くことができるようにしておくことが望ましい。
 ちなみに、体制共産党の自主的解散による革命の場合は、以上のような面倒なプロセスをすべて省略できるはずであるが、共産党が自主的解散に強く抵抗した場合には、如上のプロセスを経る必要が生じるだろう。

◇移行期集中制
 さて、革命体制樹立まで無事に漕ぎつけた場合、民衆会議の構制も「さなぎ」の状態から脱皮する。まず民衆会議総会(以下、単に「総会」という)が暫定的な代議機関として招集される。これは将来、領域圏における全土民衆会議(または連合民衆会議)が創設されるまでの間の臨時施政機関でもある。(※)
 総会は迅速な決定能力を確保するため、最大200人程度の代議員で構成された比較的小規模な体制でスタートする。総会代議員は革命前民衆会議盟約員または法律家その他所定の専門資格を持つ者の中から抽選で選出された者が就き、その任期は1年とする(再選も可)。
 総会は「革命宣言」を採択し既存憲法を廃棄した後、「革命移行委員会(以下、移行委と略す)」を選出する。移行委はまさに臨時の革命中枢機関であるが、性格としては現行の内閣に近い。しかし、「ボス政治」を避けるため、移行委には委員長のような筆頭職は置かず、完全な合議制をもって運営される。
 移行委を構成する委員(以下、移行委員と略す)は所管分野ごとに総会によって総会代議員の中から任命されるが、その担当分野は旧政府の省庁に符丁を合わせる必要はなく、移行委員も省庁に常駐しない。この段階で残存している各省庁には移行委員の下で実務を担当する複数の「移行委員代理」を送り込む。
 移行委は総会の「革命宣言」に基づきいったん全権を掌握し、法律と同等の効力を有する「特別政令」によって統治する。こうした体制を「移行期集中制」と呼ぶ。
 これはありていに言って、民主主義の一時停止である。しかし、恐れる必要はない。およそ革命にあっては初期の体制移行期に必ずこうした一時期を経ることが避けられないのである。

※地方の各圏域にも同様の性格を持つ暫定民衆会議が設置され、民衆会議総会と連携しながら移行期集中体制を形成する。地方の暫定民衆会議では議長が事実上の地方首長として移行期プロセスを主導する。

◇「プロレタリアート独裁」との違い
 マルクス主義の革命理論ではプロレタリア革命後、共産主義社会へ移行するまでの過渡期の政治体制を指す概念として伝統的に「プロレタリアート独裁」という規定が行われてきたが、その内容があいまいであったため、最終的には「共産党独裁」にすりかえられてしまった。
 我々の移行期集中制もそうした「プロ独」の焼き直し概念のように疑われるかもしれないが、決してそうではない。むしろより厳格に移行期に限定しての短期的な政令統治システムである。従って、「独裁」という語が含意するような恣意的権力行使はあり得ないし、あってもならない。
 もっとも、既存憲法が廃棄されるのに伴い立憲政治は一時停止されるほか、全土に及ぶ代議機関もまだ暫定的な民衆会議総会という形でしか存在しないため、法律に基づく行政もペンディングとなる。ただし、移行委の特別政令は緊急的なもの(緊急政令)を除いて総会の承認を要するものとし、その専横を防ぐべきである。
 いずれにせよ、こうした移行期集中制は短期の期間限定的な体制でしかあり得ず、それが不必要に遷延することのないよう、可能限り早期に立憲体制への移行を促進することが要求されることは言うまでもない。

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共産論(連載第53回)

2019-07-02 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(2)対抗権力を作り出す(続)

◇共産党に対抗する共産主義革命  
 当連載では「共産党によらない民衆による直接的な共産主義革命」を提唱しているわけであるが、これは主として共産党が支配政党ではない諸国を前提とする論である。そして、ソ連邦解体後の世界においては共産党が支配政党ではない諸国が大半を占めているため、これは大半の諸国に妥当する論ということになる。  
 とはいえ、本稿執筆時点でも共産党が一党支配する国家がいくつか残されている。その中には、将来的に共産党支配体制が崩壊する国も出てくるかもしれないが、さしあたり共産党支配体制が継続すると仮定して、それら共産党支配国家における「共産党によらない民衆による直接的な共産主義革命」とはどのようなものであり得るか。  
 これを簡単にまとめれば、「共産党に対抗する共産主義革命」ということになる。この規定も逆説的に聞こえるが、実のところ、中国を筆頭に、現在の共産党支配国家における共産党は、その党名にもかかわらず、共産主義を棚上げし、市場経済原理を大幅に取り込み、実質上は資本主義化する路線に転換している。
 言わば「共産党が指導する資本主義」である。こうしたねじれ路線にある限り、既成共産党はもはや共産主義から離反していると言い得るのであり、その限りで「共産党に対抗する共産主義革命」は逆説ではなくなるのである。

◇共産党の自主的解散?  
 とはいえ、共産党が共産党である限りは、本来の共産主義路線に回帰して、共産党主導による共産主義社会の建設に再び向かう可能性が消滅したわけではない。ここで想起するのは、マルクス(及びエンゲルス)が『共産党宣言』で示した共産主義革命のプロセスである。以下、引用してみる。

・・・・プロレタリア階級が、ブルジョワ階級との闘争のうちに必然的に階級にまで結集し、革命によって支配階級となり、支配階級として強力に古い生産諸関係を廃止すれば、この生産諸関係の廃止とともに、プロレタリア階級は、階級対立の、階級一般の存在条件を、従って階級としての自分自身の支配を廃止する。

 ここで言う「階級としての自分自身の支配」とは「共産党の支配」とイコールではないのだが、仮にそう解したとしても、マルクスによれば、共産党は古い生産諸関係=資本主義的生産諸関係の廃止に成功した暁には、自主的に解散されることが予定されているのである。  
 ところが、既成の体制共産党はこのような経緯をたどらず、共産党自らが古い生産諸関係=資本主義的生産諸関係に順応し、資本主義化の先頭に立っている状況にある。そのため、共産党の自主的解散の道は望めないわけである。

◇反共革命に非ず  
 ここで注意しなければならないのは、「共産党に対抗する共産主義革命」は「共産党に反対する革命」ではないということである。20世紀末のいわゆる東欧革命からソ連解体に至る過程では、ソ連に代表された共産党支配体制に対する民衆蜂起が、程度や形態の差はあれ東欧・ソ連諸国で連続的に契機し、体制崩壊を導いた。  
 この革命はソ連共産党をはじめとする体制共産党の政治的な抑圧と集産主義体制の失敗に対する民衆の反発・憎悪を基盤としていたがために、「共産党に反対する革命」の性質を帯び、結果として東欧・旧ソ連諸国では一様に市場経済化・資本主義化の道を歩み、今日に至っている。結局のところ、東欧革命は歴史の歯車を元に戻す反動革命に収斂し、真の共産主義社会を目指す前進的な革命とはならなかった。  
 「共産党に対抗する共産主義革命」は、そのような反動革命ではなく、前進的な革命であるから、単純に既成の体制共産党を攻撃し、解体するという体のものではないのである。

◇民衆会議=真のソヴィエト  
 「共産党に対抗する共産主義革命」においても、その方法として民衆会議をベースとして対抗権力状況を作り出す点は同様である。しかし、体制共産党との関係性は単純な敵対ではなく、並存あるいは内在である。言わば、共産党の内部に寄生する形で、展開されていく。  
 実際のところ、ロシア革命当時も、民衆はソヴィエト(評議会)を結成して帝政ロシアの既成議会に対抗したのだが、革命の進展過程でこうした民衆ソヴィエトはボリシェヴィキ→共産党に接収され、党の追認機関に換骨奪胎されてしまった。ソヴィエト連邦という国名に冠された「ソヴィエト」は、もはや形骸だけのものであった。
 このような苦い歴史を繰り返さないためにも、民衆会議は共産党に接収されることなく、寄生して成長していかなければならない。言わば、民衆会議こそ真のソヴィエトである。  
 たとえは良くないが、民衆会議は本物の寄生虫が宿主から養分を吸い取るのと同様に、体制共産党を内部から食するのである。理想的な革命プロセスとは、ロシア革命とは真逆に、民衆会議が共産党を接収し、解散へ導くことである。  
 ただ、それを警戒する共産党当局はまさに寄生虫駆除対策のように民衆会議を排除しにかかるかもしれず、そうなった場合は、海外での亡命民衆会議の結成という形で外在化せざるを得なくなるだろう。

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共産論(連載第52回)

2019-07-01 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

(2)対抗権力を作り出す

◇未然革命
 革命のプロセスの中では、旧体制瓦解・革命体制樹立のクライマックスが突如として現れるのではなく、そこへ至るまでの未然革命のような段階がある。つまり、まだ現存している支配体制と同時に革命体制の骨組みのような未完の体制とが並存・拮抗する状況である。これを「対抗権力状況」と呼ぶ。
 こうした状況は、まず世界民衆会議において世界共同体憲章(案)を制定し、世界共同体の暫定的な樹立を宣言することから、正式に開始される。これを受けて、各国各圏域で民衆会議の結成・展開が完了すれば、その段階で原初の対抗権力が作り出される。なぜなら、この民衆会議自体が革命後にはそのまま公式の統治機構へ移行することを予定しているからである。
 しかし、こうした対抗権力状況を生じさせるには、民衆会議の民主的正統性を広く人々に認知してもらい、革命の意義と集団的不投票への参加を呼びかけていくうねりを作り出さねばならない。それがまさしく難儀だということは、率直に認めざるを得ない。
 まず、民衆会議こそ真の多数派を代表する政治機関―言わば「真の有権者団」―であるということを認知させるには、潜在的共感者を含めれば民衆会議こそが多数派を代表していると主張できるだけの数的優位性を築けるかどうかが鍵となる。
 さらに未然革命段階における民衆会議の活動実績として重要なのは、対抗的立法活動である。特に、革命成就後の最高規範となる憲章の制定である。加えて、貨幣経済によらない環境持続的な計画経済の制度設計やその他の主要な基本法も未然革命の段階で用意しておく必要がある。

◇集団的不投票の実行
 しかし、何と言っても技術的に最も困難を伴うのは、非武装革命の中心を成す集団的不投票の組織化である。前述したように、公職選挙における当選に必要な最低得票数は法律上意図的に極めて低く設定されているため、棄権率が若干低下した程度では、選挙の法的効力にはいささかも影響を及ぼさない。
 そこで、選挙が法的に無効となるレベルまで棄権を組織化しなければならないわけだが、そんなことが果たして可能かどうか―。これは、世界史的にも前例のない未知の挑戦となる。
 たしかにすべての公職選挙を完全に無効としてしまうような集団的不投票を実行することは理論上可能であっても、実際には不可能かもしれない。しかし、極端に投票率の低い公職選挙は法的に有効であっても政治的には正統性を失う。  
 そのような状況では、街頭デモのような民衆行動の後押しも受けて民衆会議が革命を成功に導く可能性も開かれてくるであろう。従って、前章でも論じたように、集団的不投票という革命の方法は純粋にそれだけで成功するという性質のものではなく、各国の時と状況によっては民衆蜂起のような手法との組み合わせとなることはあり得よう。
 そうした革命的事態を回避するため、既成国家が義務投票制を導入し、あるいは導入済みの義務投票制の罰則を強化してくる可能性がある。この場合は、処罰を恐れず良心に従い棄権を実行する不服従運動を組織しなければならない。
 棄権者が多ければ多いほど、警察等による棄権の取り締まりは事実上不可能となるので、棄権者の数を増やしていくための情宣活動が不可欠である。

◇政治的権利としての「棄権」
 その際、壁となるのは、「棄権」を有権者の任務放棄とみなす思想である。たしかに、世界中で通説となった西洋ブルジョワ政治学の通念によれば、投票は有権者の神聖なる権利であって、我々の清き一票を通じて希望の未来が切り拓かれるのであるからして、棄権は未来を閉ざす愚行であり、有権者としての任務放棄であるとされる。
 しかし、「棄権」にも単に政治的無関心からする「懈怠的棄権」と、革命を目指すより積極的な意思表示としてする「革命的棄権」とを区別することができる。新しい非武装革命の方法としての棄権とは「懈怠的棄権」ではなくして、「革命的棄権」であることは言うまでもない。
 革命前民衆会議はこのような政治的権利としての棄権=革命的棄権という新たな思想を全世界に効果的に広めていく必要があり、これに成功しない限り、非武装革命も実現することはない。

◇対抗権力状況の確定
 ともあれ、毎回の公職選挙で棄権率が増大し、既成議会・政府の正統性に揺らぎが生じていく中、いよいよ露わになった資本主義の限界に対処する能力を失った既成議会・政府に見切りをつけ、民衆会議こそが我々の真の政治的代表機関だとの意識が広く高まったところで、既成議会・政府に対する全般的不信任の行動として、議会・政府を不成立とするトドメの集団的不投票が決行される―。
 これで革命完了となるのではなく、これで如上の未然革命としての対抗権力状況が確定し、ようやく革命のスタート地点に立てるのである。  
 多くの諸国では、選挙後も何らかの事情で新政権が成立しない間は前政権を存続させたり、政権代行者を立てるなどして権力の空白を作り出さないよう予め憲法上の用意がなされているため、仮に集団的不投票が功を奏して新政権が成立しなくとも、旧体制は法的に居座ることができる仕組みが組まれている。  
 ほとんどの場合、この残存旧体制は民衆会議に対する政権の移譲を拒み、革命体制の樹立を全力で阻止しにかかるであろう、と予測しておいてよい。そこで、さらにその先のプロセスを想定しなければならない。

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共産論(連載第51回)

2019-06-25 | 〆共産論[増訂版]

第9章 非武装革命のプロセス

共産主義社会は民衆による非武装革命によって実現することができる。その有力な手段は集団的不投票であった。ではその具体的なプロセスとは?


(1)革命のタイミングを計る:Figure out the timing of the revolution.

◇社会的苦痛の持続
 本章では、前章で論じたもう一つの革命の方法、すなわち集団的不投票による革命を中心として、あり得る革命のモデルとなるプロセスを考えてみたい。その際、まず最初の関門は革命のタイミングを計るということである。
 革命は、クーデターのように日付を定めて決行するものではない一方、ある日突然、大地震のように勃発するものでもない。革命には機が熟するタイミングというものがある。中でも集団的不投票による革命は、自然発生的なデモのようなものを導火線とすることが多い民衆蜂起型革命とは違って、タイミングの把握に微妙さがある。では、そのタイミングとは?
 まずは、資本主義の限界性が多くの人々にとってはっきりと認識されることが必要となる。もはやこれ以上資本主義の下では暮らしていけないのではないかという不安が現実的な切迫感を帯びてくることである。
 ただし、突発的な大恐慌的事態が直ちに革命につながることはない。歴史上も、1929年に始まった「大恐慌」は、その震源地・米国はもちろん、欧州、日本などの波及諸国でも革命を引き起こすには至らなかった。
 思うに、突発的な経済危機の渦中では大衆も一時的な窮乏に耐えることができ、嵐が過ぎれば日はまた昇るという心境になるので、革命によって資本主義を終わらせようという意志は芽生えないのである。アメリカ独立宣言でも言われているように、「人類は、慣れ親しんでいる形態を廃止することによって自らの状況を正すよりも、弊害が耐えられるものである限りは、耐えようとする傾向がある」のだ。
 そうすると、革命のタイミングとは耐え難い痛みの持続という状況が定在化した時ということになるだろう。この資本主義的疼痛とでも名づけられるべき社会的苦痛とは、具体的に言えば環境危機の深刻化による食住全般の不安に加え、雇用不安・年金不安に伴う生活不安の恒常化、人間の社会性喪失の進行による地域コミュニティーの解体や家庭崩壊、それらを背景とする犯罪の増加といった状況が慢性化することである。
 一方で、既成議会政治(広くは選挙政治全般)がそうした危機の慢性化に対して何ら有効適切な対応策を取ることができず、無策のまま推移していくことに対して、人々の忍耐が限界に達する。このような状況がほぼ確定した時こそ、革命の始まりの合図だと言えよう。

◇晩期資本主義の時代
 それでは、革命の始まりはいったいいつ頃のことになるのであろうか。その点、現在進行・拡大中の「グローバル資本主義」は、ある一国での経済・財政危機が全世界的に波及していく「津波経済」の様相を呈しているため、一つの危機―異常気象や大災害、伝染病といった自然現象による経済活動の停滞も計算に入れておく必要がある―によって、全世界的な景気後退局面を惹起する。
 また、しばらく好景気・成長局面に転じたとしても、資本企業は不測事態に備え、これまで以上に人件費節約に努めるから(予防的搾取)、「(安定)雇用なき景気回復/経済成長」となる可能性は高い。そうなると「好況の中の生活苦」という逆説的現象もごく通常のこととなる。
 このように、「グローバル資本主義」は世界経済のシステムを不安定化させ、世界各国それぞれの仕方で資本主義の限界を強く露呈させていくだろう。そうとらえるなら、すでに資本主義は先ほど描写したような持続的苦痛を伴う晩期の時代―終末期とまでは言えないとしても―に入っていると診断することも許されるであろう。

◇民衆会議の結成機運
 そうすると、前章で提起した革命運動組織としての民衆会議の立ち上げの機運も到来しつつあると言えよう。その組織の基本的なあり方は前章で述べたので繰り返さない。
 ここで改めて総括しておきたいのは、21世紀(以降)の新しい共産主義革命は、世界民衆会議の結成に始まり、各国レベルの民衆会議による革命が一巡し、世界共同体の創設をもって終わる世界連続革命であるということである。そのプロセスの詳細をさらに詰めていくことが本章の主題となる。

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