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共産論(連載第62回)

2019-07-23 | 〆共産論[増訂版]

第10章 世界共同体へ

(4)恒久平和が確立される

◇軍備の廃止
 前節でも述べたように、国連脱構築計画の最後を飾るものが地球規模での戦争放棄、恒久平和の確立である。おそらく、これが最難関となるに違いない。
 その点、現行の国連憲章は初めから戦争放棄を「放棄」してしまっており、専ら「集団的安全保障」に関心を集中している。それどころか、場合によっては国連自らが国連軍を組織して戦争を発動することさえも否定していない。ここに、現存国連体制の本質的な限界が露呈している。
 その限界とは、まさに国連が主権国家の連合体にすぎない点にある。しかも、国家主権には伝統的に交戦権とそれを物理的に担保する常備軍保持権とが含まれるのであるから、主権国家体制とは、軍事的に見れば、諸国民が戦車と戦艦と戦闘機で互いを威嚇し合う実に奇怪な体制なのである。
 これに対し、世界共同体は、その創設にあたり、憲章をもって共同体を構成する各領域圏の軍備及び常備軍保有を禁止する。これによって、各領域圏はそれが国家と呼ばれていた時代に保持していた軍隊やそれに準じる武装機関を完全に解体する義務を負う。このように、核兵器にとどまらず、通常兵器を含めたあらゆる軍備を廃絶しない限り、恒久平和の体制を構築することはできない。
 とはいえ、共産主義的な世界共同体の下でも領域圏間ないしは領域圏内部の紛争の発生を完全にゼロにすることは難しいかもしれない。世界共同体は主権国家を揚棄し、世界統合を実現はしても、諸民族間の不和対立を一掃してしまえるほど完全万能のものではないからである。

◇司法的解決と紛争調停/平和工作
 不可避的に生じるかもしれない紛争に対して武力をもって対処しても本質的に解決されないことは、国連の歴史的経験上明らかである。そこで世界共同体は武力によらない紛争解決のシステムを用意する。そのシステムは二段構えである。
 第一段は司法的解決である。具体的には汎域圏民衆会議司法委員会による第一審、世界共同体司法理事会による第二審から成る民際司法システムである(その詳細は『民衆会議/世界共同体論』の拙稿を参照)。
 司法的解決自体もこのような二段構えとするのは、地域的な紛争はまず当該紛争地域が包摂される五つの汎域圏内部で解決を図り、世界共同体はその上訴審を担うことが適切だからである。
 この司法的解決には強制執行力があるため、通常はこれで決着するはずであるが、万一決着せず蒸し返された場合、または司法的解決を待てない緊急性の高い衝突が発生した場合の次なるステップとして、世界共同体平和理事会による紛争調停/平和工作がある。
 すなわち紛争の発生または発生の切迫した危険を認知した理事会はまず、紛争当事者(潜在当事者を含む)から中立的な領域圏に属する紛争解決専門家で構成された「緊急調停団」を任命し、紛争の迅速な解決に努める。
 この調停が功を奏した場合も、再発防止と調停履行の監視のため、平和理事会の下に専門的な訓練を受けた要員から成る「平和工作団」を常備し、同理事会の決議を受けて随時紛争地へ派遣することができるようにする。
 その現地での活動の安全を担保するためには武装した要員も一定必要とされるかもしれないが、それは「軍人」ではなく、特別な訓練を受けた特殊治安要員であれば十分である。そうした世界共同体の特殊治安組織として、平和維持巡視隊が編制される。

◇平和維持巡視隊と航空宇宙警備隊  
 上述の世界共同体平和維持巡視隊は、平和理事会の下部組織としての地位を持ち、指令委員会の指揮下で任務に従事する。性格としては現存国連平和維持軍に類似しているが、個別紛争案系ごとに組織されるものでなく、常設される武装機関である。  
 しかも、各国軍隊から寄せ集められる国連平和維持軍とは異なり、世共平和維持巡視隊は統一的な専従要員を擁する正式の機関である。要員の養成は各領域圏に応分に委託され、主要な領域圏には訓練学校が設置される。訓練学校を修了した候補生は士官として任官するが、上級士官となるには別途教育訓練課程を経る必要がある。ただし、軍隊とは異なり、階級呼称は存在せず、所属部隊・部署ごとの役職で区別された上下関係が存在するのみである。  
 平和維持巡視隊は基本的に地上部隊であるが、限定的に海上部隊も保有すべきであろう。これとていわゆる海軍ではなく、その役割は海賊の取り締まりや、各領域圏沿岸警備隊の権限の及ばない公海上での海難救助等に当たる海洋巡視である。  
 他方、平和維持活動は空爆のような戦争手段を採り得ないから、航空部隊は不要とも言えるが、宇宙から飛来する隕石への対処や、―現時点では多分にしてSF的想像の世界にとどまるとはいえ―他の惑星に住んでいるかもしれない高等知的生命体からの接触や攻撃の可能性をも想定した宇宙空間の警戒のため、平和維持巡視隊とは別途、防空機能に特化した航空宇宙警備隊を組織することも検討に値しよう。その装備や組織のあり方や要員の訓練等に関しては、おおむね平和維持巡視隊に準ずるものの、部分的には現在の空軍に近いとなるかもしれない。

◇軍需経済からの決別
 ところで、軍備廃止程度のことなら、現行国連体制下でも将来的には可能ではないかという疑問が生じるかもしれない。しかし、それは不可能である。世界はなぜ、軍備廃止に踏み切れないか。
 現存世界の主要国で完全非武装政策に踏み切った国は皆無である。これは各国が心情において好戦的であるからというよりは、資本主義の構造の然らしめるところなのである。
 資本主義経済は、国家の軍事的ニーズに対応する軍需経済を用意している。この軍需経済の担い手が軍産複合体という官民合同セクターである。軍需経済は資本主義の第一経済部門である民需経済に対して第二経済部門を成している。
 ちなみに、資本主義の言わば第三経済部門として麻薬や偽造品等の禁制品の闇市場が存在するが、兵器が闇市場に流れているとすれば、第二経済部門と第三経済部門とは地下で連絡していることになるだろう。
 さて、この資本主義の第二経済部門たる軍需経済が扱う商品とは、人を効率的に大量殺傷するための兵器と呼ばれる特殊な物品である。不道徳な使用価値を帯びてはいるが好不況に関係なく需要のあるこの高価品は、景気循環の直接的な影響を受ける不安定な第一経済部門たる民需経済を補完する働き、安全弁の役割を果たしている。言わば、「生の商品」を「死の商品」が裏から支える関係である。
 それに加えて、労働経済という観点から見ても、軍備を支える常備軍組織は景気にかかわりなく要員補充を行うから、失業者または潜在的失業者を吸収する一種の失業対策の調整弁ともなり得るものである。
 このようにして、資本主義経済は軍需経済を不可分の構成要素として内在化している。この第二経済部門としての軍需経済は東西陣営が軍備拡大競争に狂奔した冷戦時代に飛躍的な成長を遂げたが、冷戦終結によっても縮退するどころか逆に増殖している。
 兵器のハイテク化に伴い、軍需産業の射程範囲が兵器そのものを製造する狭義の軍需産業から、兵器に搭載され、または指令システムを構成する情報通信技術を開発するハイテク産業分野にまで拡大を遂げているからである。加えて、近年は軍務そのものの効率化を目的として、戦闘を含む軍務の一部民間委託も広がり、民間軍務会社のようなサービス産業型の軍需も生じてきている。
 大国間の世界戦争危機がさしあたりは遠のいた冷戦終結後の世界では、かえって局地的な地域紛争への派兵の多発化により、軍需産業のビジネス・チャンスは広がっている。軍需資本にとって、戦争はたとえ小さなものであっても自社製品の性能をテストするチャンスであるから、かれらの顧客である主権国家には時々戦争を発動してもらわねば困るのだ。戦争もビジネスなり。何とも不埒ではあるが、これこそ「死の商品」の現実である。
 「死の商品」の究極を行く核兵器とは、自動車と並ぶ資本主義のもう一つの“顔”と言ってよい。自動車と核兵器が資本主義総本山・米国の“名産品”であることは決して偶然ではない。ここから、資本主義経済構造を踏まえないあらゆる平和論・運動の非現実性が明らかとなる。資本主義経済構造に手を付けないままでの戦争放棄・常備軍廃止論は、カントの恒久平和論のような観念論に終始するからである。
 カントが正当に思弁した恒久平和を単なる観念的理想論でなく、現実の世界秩序として確立するためには、資本主義から共産主義への移行によって軍需経済の桎梏を断ち切ることが不可欠なのである。


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