第7章 共産主義社会の実際(六):文化
(6)科学技術は知的共有財産となる
◇知的財産権からの解放
資本主義は所有権の観念を無形的な知の領域にまで拡大して知的財産権というドグマを創出し、その保持者の莫大な利益を保障してきた。結果として、普遍的な有用性を持つ薬剤をはじめとする知的財産が資本の手に掌握され、その活用を制約されている。
その点、共産主義社会では、知的財産権という観念は廃され、知的共有財産条約に基づく知的財産の人類的な帰属・共有が大原則となる。しかし、共有の名のもとに技術の発明者・開発者の努力と栄誉が無にされるわけではない。
発明者・開発者の氏名や技術名称は登録リストに修正可能な形で恒久的に明記されたうえ、共有された知的財産の利用法については、発明者・開発者の意向を尊重したうえで慎重に定められる。
そして、そうした知的共有財産の利用法に関し、発明者・開発者の異議申し立て権を認め、利用方法の適否や合法性を審査する中立的な評議会も設置されることになるだろう。知的財産権の廃止は、決して新技術の野放図な盗用・悪用を放置することを意味しないのである。
◇環境的に持続可能的な技術の発達
資本主義下の科学技術は資本の活動の都合に合わせ、人間が自然を開発し、改変するための技術として発達してきたから、環境的な持続可能性を犠牲にしても、継続的な利潤獲得可能性を第一基準としてきた。
しかし、環境的持続可能性を組み込んだ共産主義社会ではすべての科学技術が環境影響評価を審査されることになる。それとともに、資本主義社会でも開発されてきてはいるものの、メインストリームとは言い難い環境保全そのものを目的とした環境技術は共産主義社会の要となるテクノロジーとなり、持続可能性に配慮された計画経済も、そうしたテクノロジーに支えられて運用される。
◇社会的弱者のための技術の発展
共産主義社会は社会的協力と相互扶助を本旨とする社会であるから、社会的弱者に対する配慮は、自己責任と自助努力をイデオロギーとして強制する資本主義社会に比して、各段に増すことは明らかである。例えば、障碍者や子ども、高齢者といった人々への支援策である。
しかも、それは精神論や社会的制度の面ばかりではなく、テクノロジーの面での物理的な支援にも及び、身体的なハンディーの有無にかかわらず普遍的に利用可能なユニバーサルなテクノロジーの開発と発展が実現するだろう。
◇倫理的境界技術の共同管理
倫理的境界技術とは、遺伝子操作や生成人工知能のような生命倫理や情報倫理に関する先鋭な論争を引き起こす可能性のある際どい科学技術のことをいうが、資本主義社会では、こうした技術も資本企業の利潤追求の手段としての有用性が認められる限り、倫理的な規制をかいくぐって推進されていく傾向が高度である。
その点、共産主義社会では、倫理的境界技術はたとえ有用性が認められても、倫理的な可否の判断が優先される。具体的には、現ユネスコを継承する世界科学教育機関の傘下に中立的な科学技術倫理評価委員会が設けられ、科学技術全般の倫理的評価が公式かつ規範的に実施されることになる。
こうした倫理的規制はすでに倫理的境界技術が発達してきた資本主義下でも必要なことであるが、それを有効に機能させることは困難である。倫理的境界技術の規制も、知的財産権の観念を廃して科学技術を人類共有財産として共同管理する体制において初めて有効に機能するだろう。