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犯則と処遇・総目次

2020-11-08 | 犯則と処遇

本連載は終了致しました。下記目次各「ページ」(リンク)より全記事をご覧いただけます。


前言 
ページ1

1 序論‐「犯罪」と「犯則」(と「反則」) ページ2

2 犯則行為に対する責任 ページ3

3 責任能力概念の揚棄 ページ4

4 法定原則 ページ5

5 処遇の種類 ページ6

6 矯正処遇について(上) ページ7

  矯正処遇について(下) ページ8

7 矯正センターと矯正スタッフ ページ9

8 更生援護について ページ10

9 保護観察について ページ11

10 少年の処遇について ページ11

11 矯導学校について ページ12

12 教育観察について ページ13

13 未遂犯について ページ14

14 共犯について ページ15

15 過失犯について ページ16

16 生命犯―生と死の自己決定について(上) ページ17

   生命犯―生と死の自己決定について(中) ページ18

   生命犯―生と死の自己決定について(下) ページ19

17 性的事犯(上) ページ20

   性的事犯(下) ページ21

18 財産犯について ページ22

19 薬物事犯 ページ23

20 累犯問題について ページ24

21 組織犯について ページ25

22 汚職について ページ26

22´  経済事犯について(準備中)

23 交通事犯(上)―自動車事故について ページ25

   交通事犯(下)―公共交通事故について ページ26

24 思想暴力犯について ページ27

25 反人道犯罪について ページ28

26 刑事司法から犯則司法へ ページ29

27 犯則捜査について ページ30

28 犯則捜査の鉄則 ページ31

29 人身保護監について ページ32

30 検視監について ページ33

31 監視的捜査について ページ34

32 出頭令状について ページ35

33 被疑者取調べの法的統制 ページ36

34 被疑者の身柄拘束について ページ37

35 現行犯人の制圧について ページ38

36 時効について ページ39

37 真実委員会について(上)―招集 ページ40

   真実委員会について(下)―審議 ページ41

38 矯正保護委員会について ページ42

39 少年司法について ページ43

40 不服審及び救済審について ページ44

41 修復について ページ45

42 社会病理分析について ページ46

43 特別人権裁判について ページ47

44 防犯について ページ48

45 復讐心/報復感情について ページ49

46 被害者更生について(準備中)

結語 ページ50

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犯則と処遇(連載最終回)

2019-06-08 | 犯則と処遇

 結論

 ベッカリーアは『犯罪と刑罰』の中の最終章「結論」部分で次のような総括をしている。

これまでわれわれが見てきたすべてのことから、次のような普遍的な定理を引き出すことができる。この定理は極めて有用なものなのであるが、諸国家において日常の立法者の役割を演じ、世に受け入れられているあの慣習(復讐:筆者注)に合致していない━。

 筆者もここで一つの結論を出すに当たって、同じ総括をそのまま引用したいと思う。ただし、結論の方向は異なる。その結論とは次のとおりである。

有害な社会現象である犯則行為を効果的に防止するためには、刑罰という手段ではなく、真実の解明と科学的な解析に基づいて、犯則行為者を矯正し、更生させるための処遇と、犯則行為の原因の根元を成す社会構造上の欠陥をただすための施策とを、不断に実行しなければならない。

 ともあれ、このような定理が完全な形で実現するのは、貨幣と国家のない社会においてであろう。逆に言うならば、貨幣と国家のある社会においては、なおも「犯罪→刑罰」図式が生き続けるだろうということである。なぜであろうか。

 まず何よりも国家が刑罰主体であるということの重みが大きい。すなわち刑罰権は国家主権の重要な内容である。効用から言っても、人を合法的な形で拘束し、殺害することもできる刑罰は国家体制護持の道具として極めて有効であるから、いかなる国家体制も刑罰制度を完全に手放すことをしないであろう。
 そのため、軍隊を持たない国はあっても刑罰制度を持たない国はない。しばしば矯正の先進国として称賛されるスウェーデンでも刑罰と保安処分とを一元化し、両者の区別を撤廃はしたが、刑罰そのものを廃止するというところまでには至っていない。
 そういうわけで、「非処罰」を実現するためには刑罰主体である国家ごと廃止することが最も徹底しているのである。

 しかし、そればかりではない。ベッカリーアの言う「世に受け入れられているあの慣習」、つまり復讐というものが単に観念としてでも生き残る限り、刑罰制度の廃止は遠い道である。
 その点、本論でも指摘したとおり、犯罪原因の大半―殺人のような生命犯の場合ですら―がカネにまつわる問題であるから、貨幣経済はすべての国で最有力の犯罪原因であり、従って貨幣経済を維持する限り、犯罪は顕著に減少せず、そうなれば上述の「慣習」も消滅しないという関係にある。
 逆に貨幣経済を廃すればただそれだけでも犯罪は激減し、残ったわずかな犯罪は報復的処罰でなく科学的処遇の対象とすべき犯則行為にほかならないことを理解する社会意識も高まるであろう。そうした展望を踏まえて、最後の結論である。

「犯則→処遇」の体系は、筆者が年来提唱する共産主義社会において初めて現実的な意義を持つものである。その意味で、それは『共産論』を具体化する派生論として位置づけられるべきものである。(了)

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犯則と処遇(連載第52回)

2019-06-07 | 犯則と処遇

45 復讐心/報復感情について

 本連載を通じた「犯罪→刑罰」体系から「犯則→処遇」体系への転換に当たり、最も障害となるのは、復讐心/報復感情の問題かもしれない。特に殺人のように取り返しのつかない被害を惹起する犯行に対して、加害者に刑罰を加えることなく、非刑罰的な「処遇」に付するのでは、復讐心や報復感情を満足させられないのではないかという懸念である。

 今、復讐心と報復感情とを連記したが、厳密には両者は別のものである。復讐心は通常、被害者本人やその近親者が加害者に対して(時として、その親族に対しても)抱く仕返しの心情であるのに対して、報復感情は社会大衆が犯罪の加害者に対して向ける第三者的な加罰感情である。
 その点、「犯罪→刑罰」体系は、被害者らの復讐心とは一線を画しつつも、それを社会大衆の報復感情の中に取り込み、代表させるような形で刑罰に反映しようとする応報主義のイデオロギーを前提としている。これは、社会心理的にも巧妙な策であり、世界中で成功を収めてきたことはたしかである。

 報復感情が民族や文化を越えた普遍的なものだとすれば、それは正義という人類の共通感覚に由来するものかもしれない。中でも給付と対価の関係性のような交換的正義と呼ばれるものである。これによれば、他人に害を加えたなら、加害者にも交換的に罰が加えられることが正義であるとされる。
 このような正義の感覚は、人類が先史時代から物を交換し合うという習性を身につけてきたことに淵源があるのであろう。とすると、人類が交換行為を続ける限り、言わば罪と罰の交換関係である刑罰制度からも離脱することは難しいかもしれない。言い換えれば、我々が交換経済―その権化が貨幣経済―そのものと縁を切らない限り、「犯則→処遇」体系への転換を実現することは難しいかもしれないということである。

 そのため、「犯則→処遇」体系への転換を真に完遂するには、貨幣経済が除去された共産主義社会の実現を要するという考えに行き着く。原理的には交換行為をしない共産主義社会における主要な正義は交換的正義ではなく、各人にその価値に応じた配分をなすべきとする配分的正義が軸となる。
 そうなれば、犯則行為者に対しても、応報的な刑罰ではなく、その行動科学的な特性や社会的な要因を考慮した最適の矯正・更生処遇を与えることこそ正義であるという認識が共有されるようになるに違いない。

 とはいえ、被害者及びその近親者の復讐心に関しては、それを抑制することは、たとえ配分的正義を軸とする共産主義社会にあっても不可能ではないかという疑念は残るかもしれない。
 ただ、復讐心の発生源もやはり、やられたらやり返さなければ不公平だという感覚に由来しており、これも広い意味では例の交換的正義の感覚と同種のものである。しかし、復讐心はより当事者性が強いため、それが充足されないことへの不満は大きなものとなり、実際に復讐行為を招きかねないという懸念があるかもしれない。

 この深遠な課題に対して、宗教的な博愛精神や慈悲の心によって復讐心を抑制するといった宗教的なアプローチも可能だが、これは信仰を持たない者には有効でない。より普遍的なアプローチは、心理学的・行動科学的なものとなるであろう。

 被害者側の心理や行動を主題的に研究する被害者学は現代の刑罰政策においても興隆し、発展しつつある新しい学術であるが、「犯則→処遇」図式の下でその発展がさらに促進されれば、被害者やその近親者の復讐心を軽減・緩和するための心理的・社会的な援助の技術と制度とが確立されるに違いない。

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犯則と処遇(連載第51回)

2019-06-06 | 犯則と処遇

44 防犯について

 『犯罪と刑罰』で近代的な刑罰制度の諸原理を初めて体系的に論じたベッカリーアは、「結論」の手前の実質的な最終章で防犯について述べている。曰く、「犯罪はこれを罰するより、予防したほうがよい」。
 この簡明なテーゼの「犯罪」をわれわれの「犯則→処遇」体系に沿って「犯則事件」と置き換えてみれば、たしかに、犯則事件は起きてから対処するより、そもそも起きないように努めたほうが平穏な社会を形成できることは間違いない。
 その点、防犯を方法論的にみると、①そもそも犯則行為の動機を生じさせないようにする方法(動機抑圧)と②犯則行為の機会を与えないようにする方法(機会抑止)の二つに大別できる。

 このうち動機抑圧は、防犯の方法として最も根本的なものである。そもそも犯則行為の動機が生じなければ、人は犯則行為に出ることもないからである。それだけに現実的にはかなり困難な方法である。
 その点、犯行動機の大半が金銭的利欲にあることは、現代資本主義社会―より広くは貨幣経済社会―の基本的な特徴となっている。  
 そうだとすれば、究極の動機抑圧的防犯策は、そもそもの貨幣経済を廃することである。それが実現すれば、金銭そのものを目的とする財産犯はもとより、金銭的な動機に発するその他の犯則事件も激減すること確実である。

 とはいえ、金銭的利欲によらない犯行も残ることはたしかである。そこで機会抑止策の必要性もゼロにはなるまい。こうした機会抑止の方法にも、人が監視する人的な方法と防犯カメラのような機械的な方法とがある。より簡便なのは機械的な方法である。  

 ただ、防犯カメラが実際にどの程度犯行抑止に役立つかについて厳密に科学的な研究はなされていないが、通常の犯行心理として、犯行現場を撮影されることは避けたいはずであるから、そこにカメラがあるということを認識できれば、機会抑止の効果はあると想定できる。  
 そのためには、防犯カメラはその存在を明示して設置しなければ防犯効果を得られないということになる。逆に精巧な模造品であっても、外観上防犯カメラとして認識できるものであれば、防犯効果を得られると言えるから、防犯カメラは模造品と真正品をランダムに混在させれば足りる。  

 一方、その存在を秘して設置するのは防犯カメラではなく、監視カメラである。これは防犯目的ではなく、捜査上犯行現場またはその周辺映像から犯人を割り出す映像証拠としての意味を持ち得るものである。こうした監視カメラには犯人以外の第三者のプライバシーを侵害する弊害もあるから、その設置場所や台数、映像の保管や開示に関して適切に規制する法律がなくてはならない。

 より大がかりで組織的な機会抑止策は人による監視であるが、今日ではほとんどすべての国で警察がこれを中心的に担っている。警察制度は元来、防犯任務を含む犯罪の制圧のために設置された武装警備隊に発祥していることからすれば、警察が防犯任務を担うのは自然な流れとも言える。  
 今日の警察は発生した犯罪の解明に係る捜査も担うのが通例であり、防犯から捜査まで一貫した権限を持つ強大な犯罪統制機関と化している。しかし、警察の強大化は、程度の差はあれ、警察国家化を招き、民主主義を侵食する。  

 そこで、防犯と捜査は組織的にも分権化し、捜査任務は専門的な捜査機関に、防犯任務は地域に密着した準公的な警防団組織に委ねることが合理的である。
 警防団は基礎自治体(市町村)ごとに組織され、管内各地区ごとに交番型の分団を設けて地域のパトロールに当たるほか、通報を受けて犯行・事故現場に急行し、現行犯人の制圧・逮捕、さらに犯行現場の初期保存などを担当する準公的組織である。
 このような警防団の役割は地域警察に似るが、警防員は警察官ではなく、非常勤職を含む準公務員である。よって警防員の職務執行上の人権侵害は、公務員の場合に準じて特別人権裁判による審理の対象となる。

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犯則と処遇(連載第50回)

2019-05-26 | 犯則と処遇

43 特別人権裁判について

 犯罪の処理に関わる法執行及び矯正の業務は、その性質上人権の侵害と隣り合わせである。実際、深刻な人権侵害の多くがこの分野に集中しているのは古今東西の歴史であり、また現状でもある。とりわけ、「犯罪→刑罰」体系によると、犯罪者を糾弾し、懲らしめるという目的が前面に出やすいため、犯罪者の扱いはとかく手荒なものとなりやすい。

 これに対して、刑罰という制度から解放される「犯則→処遇」体系の下では、犯罪者を糾弾するという発想をそもそもしないので、人権侵害の発生確率は極めて低いと想定されるが、実際のところ、対象者の身柄拘束等の強制的な措置は避けられないから、その過程で何らかの人権侵害が発生する可能性は否定できない。
 しかし、往々にして法執行や矯正分野での人権侵害は表面化しにくく、不問に付されやすい。そのように闇に葬られる形で人権侵害に関わった公務員(以下、準公務員を含む)が不当に免責されることのないよう、特別な裁判手続きが用意される。これが特別人権裁判である。  

 特別人権裁判はおよそ公務員による人権侵害を審理するための裁判制度であって、「犯則→処遇」体系上にあって、例外的に訴追→裁判というプロセスを辿る。ただし、審理を行なう特別人権法廷は事案ごとに設置される非常置の裁判所であり、設置を決めるのは人身保護監である。  
 およそ公務員によって人権を侵害されたと認識する者は、人身保護監に対し当該公務員を告発することができる。告発を受けた人身保護監は事案を予備的に調査したうえ、容疑が重大と認めるときは、特別人権法廷の設置を決定しなければならない。容疑がさほど重大でない場合は、当該公務員が所属する機関の内部監察部門へ送致する。

 特別人権法廷は訴追を担当する検事局と審理を担当する裁判部から成り、まずは検事局が捜査のうえ、起訴するかどうかを決定する。起訴されると、審理は三人の判事によって行なわれる。  
 審理の結果、有罪とされた場合、有罪判決に不服の被告人は控訴の申立てをすることができる。この場合、人身保護監は改めて特別人権裁判の控訴審を設置するが、控訴審判決が終局性を持つ。他方、無罪判決に対する検察側控訴は認められない。

 特別人権裁判による処罰の内容は公民権の無期限または期限付きでの停止、または公民権停止に加重された社会奉仕労働である。公民権を停止されている間は、再びおよそ公務員となることが許されない。
 社会奉仕労働は最も重い処分であり、これを言い渡された者は清掃、建設、工場などの指定された肉体労働部門で、一定期間労役に就くことが強制される。  

 なお、公務員が人権侵害の域を越えて、傷害や殺人、性暴力等の重大な犯則行為に及んでいる場合は、特別人権法廷は有罪判決を受けた被告人を改めて矯正保護委員会に送致し、同委員会での処遇審査に付さなければならない。その後のプロセスは既述のとおりである。

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犯則と処遇(連載第49回)

2019-05-25 | 犯則と処遇

42 社会病理分析について

 犯則行為者に対して、将来の改善と更生へ向けた処遇を課することを旨とする「犯則→処遇」の体系においては、社会も無責任ではあり得ないことは以前の回でも述べた。
 すなわち、個々の犯則行為は何らかの社会的諸関係の歪みを症候的に映し出しているという意味で、犯則行為とは比喩的な意味で社会体の疾患症状であり、社会は犯則行為に温床を提供し、犯則行為者を生み出したことに対して責任を負うのであった。

 このように、犯則行為を社会病理として把握する視点によるならば、個々の犯則事件の処理として単に犯行者に処遇を課するだけでは足りず、同種事犯の再発防止のためにも、犯則行為の諸要因を現実に剔出し、分析することが要求される。
 こうした観点に立った個々の犯則事案の分析を「社会病理分析」と呼ぶ。「犯則→処遇」体系では、社会を免責することは許されず、個々の犯則事件において犯則行為の要因となった社会病理を抉り出すためにも、社会病理分析が司法的プロセスの一環として正式に組み込まれることになる。

 具体的には、矯正処遇委員会の審査または少年審判が終了した後のプロセスとして予定される。ただし、全事件について社会病理分析に付する必要はなく、保護観察にとどまる軽微な事件では特に必要性が認められない限り、省略してよい。それ以外の事件は、必要的に社会病理分析に付せられる。  

 分析に当たるのは、社会病理学の専門的な知見を有する「社会病理分析監」である。社会病理分析監は固有の事務所を構え、検視監と同様に準司法職の一種であり、他の機関からも独立して職務に当たる。従って、単なる補助的な鑑定人ではない。なお、社会病理分析監の指揮下で実務に当たるのは、社会病理分析監補である。
 社会病理分析監は、矯正処遇委員会または少年審判所から送致された事件について、所定の分析を加えた後、正式の分析報告書を作成し、公表しなければならない。

 また社会病理分析監は、法的な制度や施策の問題点や欠陥が犯則事件の要因の一つとなったと結論づけた場合は、関係機関に対して、文書で正式に提報し、所要の対応措置を勧告することができる。
 この勧告に法的な拘束力はないが、一つの公的勧告であるからには、該当機関はこれを無視放置することは許されず、その内容について検討する義務を負う。

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犯則と処遇(連載第48回)

2019-05-24 | 犯則と処遇

41 修復について

 捜査機関から人身保護監に送致された時点で、事案軽微にして、被疑者も真実委員会の招集を求めない場合であっても、被害者のある犯則事件では、被害者と加害者の間で司法を通じた関係性の修復が行なわれることが望ましい。これを司法的修復と呼ぶ。  
 司法的修復は民事紛争の和解と似ているが、和解のように具体的な項目について法的な合意を交わすのではなく、被害者と加害者の間での対話を通じて、加害者側の真摯な対面謝罪を促しつつ、被害感情の緩和・宥恕を導くプロセスである。

 従って、こうした司法的修復は専門的な訓練を受けた修復委員だけがこれを行なうことができる。修復委員は独立した司法職としての地位を持ち、外部からの指令や指示を受けることなく、独自に修復のプロセスを主導する。  
 修復を円滑に進めるためには、修復委員と被害者・加害者双方との個人的な信頼関係が重要であるから、修復委員は常に単独で任務に当たり、合議制は採らない。
 また、主張‐反論のような論争の場と化すことがないように、被害者・加害者側も原則として一対一で対面し、代理人や付添人は修復の場に同席することができない(同行し、別室待機することはできる)。

 修復は被害者及び加害者双方の個別的な同意に基づいて開始される。開始後も被害者または加害者はいつでも理由を述べることなく修復の中断を求めることができ、中断の要請があった場合、修復委員はこれを認め、中断を宣言しなければならない。
 修復のプロセスに期限はなく、複数回のセッションを通じて行なわれる。修復は必ず司法公署の所定の部屋で、両当事者の出席のもとに行なわなければならず、私宅や外部の施設で代用的に行なうことは許されない。
 また修復プロセスが進行中は被害者と加害者は個人的に連絡を取り合ってはならず、また修復委員も個人的に両者と連絡を取ったり、個別に接触を図ってもならない。  

 修復委員が被害者‐加害者間で十分に修復がなされたと判断したときは、終了を宣言する。修復の終了宣言は口頭で行なわれ、公的に記録される。ひとたび修復の終了が宣言されたときは確定力を持ち、再度の修復は行なわれない。

 以上の司法的修復とは別に、矯正処遇を受けた者に対して、処遇の一環として行なわれる修復も想定することができる。これを修復的処遇と呼ぶ。  
 このような修復的処遇を行なうかどうかは、矯正保護委員会の判断事項となるが、修復的処遇が適用されるのは、比較的重い犯則行為の場合であり、被害者側が加害者との対面に心理的抵抗や恐怖心を示すこともあり得るため、その適否は慎重に判断する必要がある。  

 修復的処遇は訓練を受けたスタッフが矯正センター内で行なうが、このスタッフは司法職としてではなく、あくまでも矯正員として任務に当たることになる。
 修復的処遇のプロセスは、上述のとおり、比較的重い犯則行為を犯した犯行者への処遇の一環であることを考慮し、そのプロセスは処遇対象者の改善と更生の到達度、さらには被害者側の感情的な機微をも勘案しながら、慎重かつ計画的に進められる必要がある。

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犯則と処遇(連載第47回)

2019-05-23 | 犯則と処遇

40 不服審及び救済審について

 真実委員会、矯正保護委員会、少年審判所といった各司法機関の審決に対して不服のある当事者は、審決の確定前に不服申立てをすることができる。これが不服審である。不服審の担当機関とその手続きは、各司法機関によって異なっている。

 真相解明を行なう真実委員会の審決に対する事実誤認の不服申立ては、人身保護監督に対して行なう。これを行なうことができるのは、犯行者として特定された者またはその代理人である。なお、真実委員会の制度は訴追というプロセスを採らない以上、公訴官(検察官)からの不服申立てということもあり得ない。  
 不服申立ては審決の言い渡し日から所定の期間内にしなければならないが、ひとたび申立てがなされれば、次のステップである矯正保護委員会への送致は保留される。不服申し立てを受けた人身保護監は、直ちに再び真実委員会を招集しなければならない。  

 この第二次真実委員会は第一次委員会とは全く別のメンバーによる新たな審議を行なうが、新たな証拠を加えて審議することはできず、第一次委員会に提出された限りの証拠で改めて審議を行なうものである。  
 その結果、第一次委員会の事実認定を妥当と認めるときは、第二次委員会はその旨を審決し、訂正が必要と判断したときは、新たな審決を示す。第二次委員会の審決には終局性があり、これに対する二度目の不服申立ては許されない。

 矯正保護委員会の審決に対する処遇不当の不服申立ては、各地方矯正保護委員会の上級機関である中央矯正保護委員会に対して行なう。これを行なうことができるのは、処遇決定を受けた者またはその代理人である。
 中央矯正保護委員会では、審議のうえ、地方矯正保護委員会の審決を支持するか、破棄差し戻しするか、または破棄自判するかを決定する。破棄差し戻しとなった場合、原地方矯正保護委員会では別のメンバーによる再審議を行ない、改めて審決を出さなければならない。

 事実認定と処遇決定を併せて行なう少年審判所の審決に対する不服申立ては、事実誤認または処遇不当のいずれかを理由として、各地方少年審判所の上級機関である中央少年審判所に対して行なう。これを行なうことができるのは、被審人たる少年またはその親権者に限られる。中央少年審判所における審議とその後の手続きは、矯正保護委員会のそれに準じる。

 いずれの司法機関の審決であろうと、一度確定した審決は覆すことができないが、真実委員会及び少年審判所の審決に関しては、新たな証拠が発見された場合、再審を求めることができる。これが救済審である。救済審の担当機関とその手続きも各司法機関により異なる。  
 
 真実委員会の審決に対する再審請求は、まず人身保護監に対して行なう。請求権者は不服審における犯行者として特定された者またはその代理人に加え、ここでは被害者も含まれる。
 請求を受けた人身保護監は提出証拠の新規性を審査したうえで、要件を満たすと判断すれば、再審委員会を招集する。この救済審としての再審委員会の審議は一回限りで、同一の証拠による不服申立ては認められない。
 
 少年審判所の審決に対する再審請求は、中央少年審判所に対して行なう。請求権者は少年及びその親権者に限られる。
 請求を受けた中央少年審判所は提出証拠の新規性及び信用性をも審査したうえで、要件を満たすと判断すれば原審決を出した地方少年審判所に対し、再審を命ずる。この救済審としての少年審判も一回限りで、同じ証拠による不服申立ては認められない。

 ところで、以上いずれの司法機関の審決であれ審決の法令違反または法令解釈の誤りを理由とする不服申立ては、独立した有権解釈機関に対して行なう。これに関しては当連載の本旨から逸れるので、別稿に委ねることにする。

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犯則と処遇(連載第46回)

2019-05-16 | 犯則と処遇

39 少年司法について

 前章までの議論は、主として成人の犯則行為をめぐる司法手続きを念頭に置いたものであったが、本章では少年の犯則行為をめぐる司法手続きについて論じる。
 少年は未熟であるがゆえに、処遇との関係では将来の更生可能性に広く開かれた人格的可塑性という特質を持つが、反面、司法との関係では防御力の弱さという特質を持つため、そうした特質に十分配慮された固有の司法制度が用意されている必要がある。

 その点でまず問題となるのは、少年被疑者の身柄拘束のあり方である。中でも16歳未満の年少少年については、防御力の弱さに加え、身柄拘束が教育福祉上にもたらす悪影響をも考慮して、成人並みの身柄拘束は禁じられる(移動制限命令と出頭命令に関してはこの限りでない)。

 この年代の少年被疑者の身柄を何らかの形で確保したい場合は、「補導観護」という特殊な制度をもって対処される。これは少年被疑者を留置場でなく、少年観察所に収容する制度であって、身体のゆるやかな拘束を伴うが、拘束中も学習を課するなど教育的にも配慮されたものである。
 ただし、補導観護は成人なら第二種以上の矯正処遇相当の犯則行為を犯した疑いのある少年にのみ適用される。また、これも一種の未決拘束の制度であるからには、人身保護監の令状に基づかねばならないが、その令状審査に際しては教育福祉上の考慮も必要となるため、令状審査に当たっては少年審判を担当する少年審判委員の意見を求めなければならない。

 一方、16歳以上の少年被疑者については成人同様の身柄拘束が認められるが、勾留は成人なら第二種以上の矯正処遇相当の犯則行為を犯した疑いのある場合に限り、勾留期間も成人の半分の日数(15日)に制限される。
 また留置場所に関しても、成人区画からは完全に遮断された別区としなければならない。留置場の構造上、完全別区とすることに限界がある場合は、少年観察所を代用する。

 さて、少年事件の処理は少年処遇を適用するかどうかによって手続きが大きく分かれる。以前に触れたように、18歳未満は少年処遇の絶対的適用となるが、18歳から23歳までは該当者に対する科学的な鑑別を経て決定される。
 後者の場合はひとまず通常の真実委員会→矯正保護委員会という二段階手続きで行なわれるが、真実委員会の審決の後、矯正保護委員会の審査において少年処遇を課するかどうかの決定がなされることになる。

 これに対し、少年処遇の絶対的適用となる18歳未満の場合は、通常の司法手続きとは異なる少年審判が行われる。通常の司法手続きと異なるのは、少年審判においては真実委員会と矯正保護委員会の二段階手続きを経ず、一回の少年審判で決せられる点である。
 少年審判は非公開で行なわれ、少年審判委員は原則として単独で審判に臨むが、複雑な事案では、二名態勢で臨むことができる。被審人たる少年は一人以上の付添人を立てることができるが、付添人の一人は法律家でなければならない。

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犯則と処遇(連載第45回)

2019-05-02 | 犯則と処遇

38 矯正保護委員会

 真実委員会の審決では、委員会が証拠から認定した事実関係だけが示され、特定された犯行者に対する処遇については言及されない。そこで、真実委員会の審決はいったん人身保護監に提出され、人身保護監は犯行者として特定された者から意見を聴取したうえ、事実認定に不服がなければ事案を矯正保護委員会に送致する(不服がある場合の対応手段については後述する)。

 矯正保護委員会は、真実委員会とは完全に別個の司法機関であって、いずれも矯正員や保護観察員、矯正科学の研究者等、矯正や保護観察に関する知見を有する三人の委員から構成される。その任務は、真実委員会が認定した事実をもとに、犯行者として特定された者に対する具体的な処遇を決することにある。  
 このように、矯正保護委員会は矯正保護の専門家のみで構成された司法機関であり、犯行者の犯行内容や犯歴、人格特性、心身の病歴などを科学的に審査した上で、最適の処遇を決定する。  
 
 矯正保護委員会の審議は非公開で行なわれるが、被審人は法律家または矯正保護に関する専門知識を有する有識者を付添人として補佐させ、自らまたは付添人を通じて意見を述べることができる。

 矯正保護委員会は審議に際して、真実委員会で採用された証拠を利用することができるが、処遇を決するのに必要な限度で、新たに鑑定を実施したり、新たな証人を喚問するなどして、新証拠を収集することができる。
 ただし、真実委員会が認定した事実関係に変更を加えることはできない。矯正保護委員会はあくまでも真実委員会の事実認定を前提とした処遇の決定に特化した機関だからである。  

 矯正保護委員会の決定は委員会と被審人との合意という形で示され、被審人の意に反して強制されることはない。ただし、意を尽くして協議しても合意に達しない場合、矯正保護委員会は職権で決定を下すことができるが、その決定に不服のある被審人は、不服審査を請求することができる(詳細は後述する)。

 ちなみに、矯正保護委員会は犯行者に対する処遇の決定のほかに、決定した個々の処遇の実施に関する当事者からの苦情審査も行なう。例えば、矯正員による違法または不当な処遇の訴えがあれば、その内容を審査し、問題点を見出したときは、改善命令を発することができる。その点で、矯正保護委員会は矯正保護に関するオンブズマン的な役割も果たすことになる。

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犯則と処遇(連載第44回)

2019-04-17 | 犯則と処遇

37 真実委員会について(下)―審議

 真実委員会の証拠調査が完了すると、証拠調査員は排除された証拠を除く全証拠及び信用度別に分類した証拠一覧表を真実委員会に提出する。これにより、真実委員会の審議が正式に開始される。

 真実委員会の制度では、起訴というプロセスを経ないため、公訴官(検察官)と被告人・弁護人が対峙するという当事者構造は存在しない。
 とはいえ、審議の効率を上げるためにも、審議の対象となる事件の内容を明らかにするべく、捜査機関―複数の機関が合同捜査した場合は主たる機関―は、事案摘要書を委員会及び被疑者側双方に提出しなければならない。  
 事案摘要書には事件の概要とともに、適用されるべき根拠法令を明記する。こうした摘要書を的確に起案するためにも、各捜査機関には法務部を常設し、法律家の資格を持つ専従職員を配置する必要がある。

 真実委員会の審議はこの事案摘要書―この書面自体は証拠書類として扱われない―及び証拠調査員の提出に係る証拠に基づいて行なわれるが、必要と認めれば、新たな証拠を追加したり、より詳しい鑑定を外部の専門家に委嘱し、独自に真相を明らかにすることもできる。  

 先に述べたように、真実委員会の審議は当事者対決構造を採らないから、被疑者その他当事者の出席を要しない。当事者といえども、真実委員会が証人として召喚した時のみ出席するのである。
 真実委員会は真実の解明に特化した司法機関であるから、召喚された証人は、真実委員長が特に許可した場合を除き、原則として証言を拒否することはできず、証言の拒否は司法侮辱行為として制裁される。

 真実委員会の具体的な審議は、真実委員が事案摘要書と証拠とを照らし合わせ、不明な点を究明するという形で進められていく。そのための証人尋問は委員長が主導し、必要に応じて他の真実委員も補充尋問を行なうことができる。

 真実委員会の審議は原則として公開で行なわれるが、性的事犯などではプライバシーの観点から当事者及び独立した有識者の傍聴人にのみ傍聴を制限する限定公開措置を採ることができる。少年事件の場合は、常に限定公開制とする。  

 審議は短期集中的に行い、裁判のように数年もかけることはない。最終的な審決を出すための合議は非公開で行なうが、その際は、証拠一覧表の信用度評価に基づかなければならない。例えば、信用度1のC級証拠をかさ上げして評価するようなことは許されない。  
 基本的にはS級及びA級証拠を主証拠としつつ、B級以下の証拠を補強証拠として真相を導くことになる。B級以下の証拠しか存在しない場合は、それらの総合評価によって解明できる限りでの真相を導かざるを得ない。

 真実委員会の審決は口頭及び書面で示されるが、裁判の判決とは異なり、単純に「有罪」「無罪」を決するものではないので、多数決によるのでなく、五人の委員の合議により到達した真相を報告書の形で記述する形式を取る。  
 とはいえ、単なる調査報告書ではないから、犯人に成立する犯則行為と根拠法令は明示しなければならないが、審議の結果、捜査機関の提出に係る事案摘要書とは異なる結論に達することはあり得る。

 犯人が特定できた場合は、その氏名を審決中で明示するが―実質上の「有罪」認定―、犯人を特定するに足りる証拠が見出せない場合は、犯人不詳としつつ、証拠上解明し得た限りでの真相を記述する。

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犯則と処遇(連載第43回)

2019-04-16 | 犯則と処遇

37 真実委員会について(上)―招集

 「犯則→処遇」体系における捜査手続きでは、捜査機関が捜査を完了した後、全証拠がいったん人身保護監の元へ送致される。
 そのうえで、人身保護監は証拠を全体的に検討するが、その際、前回見た捜査時効についても判断する。捜査時効を決定しない場合でも、なお証拠不十分と判断する場合は、捜査機関に対し追加捜査を命じ、差し戻すこともできる。
 差し戻さない場合、人身保護監は真実委員会を招集するかどうかを判断する。真実委員会とは、事件のつど招集される非常置の司法機関であり、その役割は犯則事件の真相解明と事実認定に限局され、処遇を言い渡すことはない。言わば、純粋の真相解明機関である。  

 真実委員会を招集するかどうかの基準として、被疑者がこれを求めている場合は必ず招集するが、被疑者が求めていない場合でも、事案の重大性や社会的関心の程度によっては人身保護監の裁量で招集することができる。
 真実委員会は真実委員として名簿に予め登録された中から選任される委員長を含む二名の法律家とくじで抽選される二名の一般市民、さらに当該事案の真相解明に適した法律以外の専門家一名を加えた計五名で構成される。これら真実委員の選任手続きは人身保護監が主導する。  

 この選任手続きが完了した後、審議開始前に証拠調査手続きが行なわれる。予備調査は、真実委員会に提出される証拠の整理を目的とし、常勤専従の証拠調査員によって主導される。この時、共犯者を含む全被疑者及びその法的代理人に全証拠が開示される。

 被疑者側は、証拠の収集過程に違法性を認める証拠(違法な取調べによる自白を含む)については、排除の申立てをすることができる。申立てを受けた証拠調査員は調査のうえ、申立ての理由ありと認めるときは、証拠適格を欠く証拠として当該証拠を排除する。

 一方、証拠調査員は、証拠の信用性の度合いによって以下のような五段階のランク付けをし、信用度0の不適格証拠を排除したうえ、信用度別に整理された証拠一覧表を作成する。

○信用度4:S級証拠
ほぼ確実に個人を特定できる指紋やDNAなどの科学的証拠。

○信用度3:A級証拠
S級証拠以外の科学的証拠や精度の高い画像・映像証拠。

○信用度2:B級証拠
任意性が認められる被疑者の自白や信頼できる目撃証言、科学的証拠や画像・映像証拠以外の状況証拠で、事件との関連性が高度なもの。

○信用度1:C級証拠
B級証拠以外の状況証拠。

×信用度0:不適格証拠
伝聞証拠や被疑者の人格像に関する性格証拠、内容に整合性を欠く自白、不確実な目撃証言、プロトコルに従っていない科学的証拠。なお、違法に収集された証拠は、それ自体としては信用度が高くても、不適格証拠に準じて扱う。

 なお、証拠調査員は証拠の信用度の調査に必要な限りで、被疑者のほか、担当捜査員を含む証人を召喚し、聴取することができる。
 また、調査の結果、C級証拠しか見出せなかった場合は、真実委員会による審議不適事案として、人身保護監に報告しなければならない。報告を受けた人身保護監は、さらに検討のうえ、改めて捜査機関に捜査を継続するか、捜査を打ち切るかを勧告する。

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犯則と処遇(連載第42回)

2019-04-15 | 犯則と処遇

36 時効について

 通常は捜査→訴追という流れを取る「犯罪→刑罰」体系では、公訴時効という概念により、そもそも捜査自体が実施されない場合がある。公訴時効制度を認めるどうかは政策の問題であり、一切認めないこと、あるいは殺人など一部の重罪に限り時効を認めないことも政策的裁量のうちである。  

 その点、「犯則→処遇」体系においては、そもそも捜査→訴追という流れが想定されないため、公訴時効なる概念も成り立たないことになる。とはいえ、あらゆる犯則行為を恒久的に百年・千年でも捜査し続けるということは現実的に不可能かつ無意味でもあるから、どこかで時間的なリミットを設ける必要はある。

 そのような捜査の時間的なリミットとして、「捜査時効」という制度が用意される。これは年月の経過により、犯則行為を立証するに足りる証拠が散逸し、あるいは経年劣化し、もはや真相解明ができない場合に認められるリミットである。  
 従って、捜査時効は犯則行為の発生から何年経過という年数で形式的に区切られるものではなく、捜査機関が収集した証拠の量と質とによって個別的に判断されるものである。そうした判断に基づき、捜査時効を宣言するのは人身保護監の役割である。

 すなわち、人身保護監は捜査を完了した捜査機関から送致を受けた全証拠について検討したうえで、長年月の経過により犯則行為を立証・解明するに足りる証拠がないと判断すれば、捜査時効を決定し、当該事案についての究明を打ち切ることになる。人身保護監による捜査時効の決定は確定的であり、その後に何らかの新証拠が発見されても覆されることはない。

 捜査時効には二つの例外がある。一つは被疑者が特定され、指名手配されている場合である。この場合は、被疑者の死亡が公式に確認されるまで、捜査時効にかかることはない。もう一つは、指紋またはDNA証拠のように、個人の同一性が高度な蓋然性をもって証明できる生体証拠が採取されている場合である。ただし、この場合は、当該生体証拠が犯人以外の別人のものでないことが確実であることを要する。

 こうした「捜査時効」とは別に、「処遇時効」という制度がある。処遇時効とは、犯人と特定された者に対して課せられる各種の処遇に関する時間的なリミットである。
 矯正と更生のための各種処遇は、犯行者に対して犯行時から時間をおかずに課することが最も効果的である。極端な例であるが、20歳の時に犯した犯則行為について、100歳の時に処遇を受けても、十分な効果は得られず、処遇を課すことに意味はない。

 そこで、処遇に関しても時間的なリミットが必要となるが、これも、犯行時から一定年数の経過により形式的に区切られるのではなく、当該犯行者に対する処遇の効果いかんにより、実質的に決定されるべきことである。  
  そうした実質的な処遇時効の判断と宣言は、後で見る矯正保護委員会の役割であるが、処遇時効の決定も確定的であり、決定後に覆されることはない。

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犯則と処遇(連載第41回)

2019-04-03 | 犯則と処遇

35 現行犯人の制圧について

 現行犯人の制圧は、被疑者の身柄拘束に関する原則の例外を成す。段階を踏み、令状を請求するいとまがないため、犯行現場で即時に身柄を確保する必要があるからである。現行犯の制圧は捜査員など法的な権限が認められた法執行者が行なうことが原則である。

 法執行者が到着する以前にその場に居合わせた一般人が現行犯人を取り押さえることも認められるが、これを法的及び技術的にも訓練を受けた正式の法執行者による現行犯逮捕と同列に扱うことはできず、あくまでも一般人による事実上の取り押さえ行為にすぎない。  
 そのように一般人が現行犯人を事実上制圧した場合は、直ちに緊急通報し、然るべき法執行者に犯人の身柄を引き渡さなければならない。もし通報せず、一般人が随意の場所で犯人の捕縛を継続するなら、不法拘束の犯則行為であり、拘束者が現行犯となる。

 一方、現行犯人が拘束を免れるため、現場から逃走することはがしばしば見られるが、そうした場合、捜査機関が事件発生を認知した時点から12時間以内であれば、逃亡中の犯人は現行犯とみなされてよいが、12時間を経過した場合は、非現行犯の扱いとなる。  
 このように現行性を脱した逃走中被疑者の場合、被疑事実を成す犯則行為が生命・身体を侵害する行為である場合は仮留置を省略し、人身保護監から即時勾留状を得て、身柄を確保することができる。この即時勾留は、仮留置なしに勾留できる例外となる。  
 しかし、逃走することなく制圧・拘束された現行犯人の身柄はまず仮留置される。その後の流れは前回見た被疑者の身柄拘束に関する原則に従う。

 ところで、現行犯人といえども、技術的に可能な限り、その生命を損なうことなく制圧すべきであるが、状況によっては、制圧者や被害者その他の第三者の生命・身体の安全を確保するため、犯人の生命を犠牲に供さざるを得ない場合がある。このような致死的実力行使は正当防衛の一般論に委ねることなく、法律をもって危険な現行犯人に対する最後の手段として明記しておく必要がある。  

 当然、そのような最後の手段の執行者は、法律に明記された権限ある者に限定され、状況的には、犯人が銃器その他殺傷力の強い武器で武装している場合または人質に危害を加える蓋然性が高い場合に限られる。それに加え、犯人に投降の意思がなく、制圧者や被害者その他の第三者の生命・身体の安全を確保しつつ、犯人を制圧することが困難な状況にあることを要する。また、その手段は、苦痛が長引かない即死可能な部位を狙う銃撃に限定される。

 致死的実力行使が実行された場合、人身保護監に直ちに報告されなければならない。報告を受けた人身保護監は必ず犯人の遺体の検視を命じたうえで、死因を明らかにし、致死的実力行使が法定の要件を満たしていたかどうかにつき、公開の審問を行なわなければならない。その結果、要件を満たしていないと判断した場合は、実力行使に関わった執行者や命じた上司は、訴追される。  
 なお、一般人が現行犯人を制圧する際に犯人を死に至らしめる可能性もあるが、そうした場合は致死的実力行使ではなく、正当防衛の一般論に従い、その要件の有無が捜査されることになる。

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犯則と処遇(連載第40回)

2019-04-02 | 犯則と処遇

34 被疑者の身柄拘束について

 「犯罪→刑罰」体系に基づく犯罪捜査は最終的に犯人を処罰することを目的としているため、捜査の段階から犯人を捕縛することへのこだわりが強い。このように刑罰が確定する前の段階における刑罰先取り的な身柄拘束―未決拘禁―は、極力最小限度のものであるべきとされながら、その原則が厳守されることは少ない。  
 「犯則→処遇」体系の下でも、犯則捜査段階での被疑者の身柄拘束は全面的には避けられないが、それは段階を追って、かつ必要不可欠な場合に限り、原則として所要の期間に限定される。

 具体的には、嫌疑の深まった被疑者に対して、まず移動制限命令が出される。移動制限命令とは捜査機関が指定した特定の地域内にとどまり、やむを得ず地域外へ移動する必要のあるときは、捜査機関に移動先や目的、期間等を届け出ることを被疑者に命じる措置である。そのうえで、捜査機関は任意に、または前出の出頭令状をもって被疑者を取り調べる。  
 これが捜査の本則ではあるが、被疑者が移動制限命令または出頭命令に従わない場合はじめて正式の身柄拘束となる。逆言すれば、こうした段階を踏んでいない限り、いきなり身柄拘束に及ぶことはできないということになる。

 正式の身柄拘束にも段階があり、まずは仮留置である。仮留置は人身保護監の発する令状によらず被疑者を拘束する措置である。仮留置をするには所定の幹部捜査員の発する仮留置令書を要し、かつその期間は身柄確保から24時間に限定され、仮留置中に取調べをすることは許されない。
 被疑者を仮留置した捜査機関は直ちに人身保護監に報告しなければならず、24時間を超えて身柄拘束をするには、人身保護監の発付する勾留状によらなければならない。

 勾留状の発付請求を受けた人身保護監は、捜査機関側と被疑者側双方が出席する公開の勾留審問を開き、勾留の理由を告げ、被疑者側の意見を聴く。被疑事実の根拠が弱い場合や被疑者側が今後、捜査に全面協力することを誓約した場合は勾留請求を却下する。  
 それ以外の場合は勾留状を発するが、勾留期間は30日に限定される。30日を経過すれば、勾留状は自動的に失効し、被疑者を釈放しなければならない。
 ただし、捜査機関は釈放に際し、逃亡防止のため、移動制限やGPS装置装着などの条件を付することができる。GPS装置を装着するには、人身保護監の許可を要する。被疑者がGPS装置を無断で取り外したり、釈放後に逃亡したりした場合は、改めて勾留状を得て拘束することができる。
 この再勾留の期間は無期限である。無期限再勾留に対し、被疑者側は保釈を請求できるが、保釈金によって担保することは許されない。 

 一方で、例外的に30日を超えて勾留を継続できる場合がある。この継続勾留には、被疑者に常習性または連続性が認められる場合や被疑者が第三者に報復をするおそれがある場合における防犯を目的とする防犯勾留と、被疑者に対する第三者による報復のおそれや被疑者の自殺のおそれが認められる場合に被疑者を保護することを目的とする保護勾留の二種がある。  
 これらの継続勾留も、改めて人身保護監による勾留審問と勾留状によらなければならないが、継続勾留の期間は無期限である。
 継続勾留に対する保釈は、保護勾留の場合にのみ認められる。防犯勾留の場合は、被疑者が入院加療を要する傷病を発症するなど人道上の理由がある場合に限り、人身保護監の許可によって一時的な停止が認められるのみである。

 正式に身柄を拘束された被疑者の拘束場所は独立した拘置所または捜査機関に付設された留置場であるが、後者の場合、捜査機関は警備を含めた留置場の物理的な管理権のみを有し、被疑者の身柄の管理権は人身保護監に属する。
 人身保護監は拘束施設における被疑者の処遇に対して責任を負い、被疑者の申立てに基づき調査した結果、不適切な処遇が認められば、直ちに改善を命じることができる。
 改善が見られない場合、人身保護監は人身保護令状を発して被疑者を即時に保釈するか、別施設に移送することができる。また拘束施設の看守が暴力行為などの人権侵害に及んでいた場合は、取調べの場合に準じ該当者を訴追することができる。

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