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共産法の体系[改訂版]・総目次

2018-04-24 | 〆共産法の体系[改訂版]

本連載は終了致しました。下記目次各「ページ」(リンク)より全記事をご覧いただけます。


改訂版まえがき&序言
 ページ1

第1章 共産主義と法

(1)共産される法 ページ2
(2)法の生産方法 ページ3
(3)法の活用 ページ4
(4)交換法から配分法へ ページ5
(5)重層的法体系 ページ6

第2章 民衆会議憲章

(1)国憲から民憲へ ページ7
(2)憲章の統一的構造 ページ8
(3)民衆会議憲章の内容① ページ9
(4)民衆会議憲章の内容② ページ10
(5)民衆会議憲章の内容③ ページ11

第3章 環境法の体系

(1)環境法の位置づけ ページ12
(2)世界地球環境法の根本理念 
ページ13
(3)世界地球環境法の基本原則 ページ14
(4)統一環境法典 ページ15
(5)環境法の執行 ページ16

第4章 経済法の体系

(1)共産主義的経済法の意義 ページ17
(2)経済計画法① ページ18
(3)経済計画法② ページ19
(4)企業組織法 ページ20
(5)土地管理法 ページ20a
(6)労働関係法 ページ21

第5章 市民法の体系

(1)共産主義的市民法の内容 ページ22
(2)市民権法① 
ページ23
(3)市民権法② ページ24
(4)財産権法① ページ25
(5)財産権法② ページ26

第6章 犯罪法の体系

(1)刑法から犯罪法へ ページ27
(2)犯罪の成立 ページ28
(3)犯罪の種類 ページ29
(4)矯正処遇の諸制度① ページ30
(5)矯正処遇の諸制度② ページ31
(6)少年処遇の諸制度③ ページ32

第7章 司法法の体系

(1)共産主義的司法法 ページ33
(2)市民司法 ページ34
(3)経済司法 ページ35
(4)犯罪司法① ページ36
(5)犯罪司法② ページ37
(6)護民司法 ページ38
(7)弾劾司法 ページ39
(8)法令司法 ページ40

補章 法曹法の概要

(1)法務士と公証人 ページ41
(2)法曹の独立性 ページ42
(3)公的法務職域 ページ43
(4)私的法務職域 ページ44

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共産法の体系(連載最終回)

2018-04-24 | 〆共産法の体系[改訂版]

補章 法曹法

(4)私的法務職域
 
共産主義的法曹の私的法務職域には大別して、独立開業法務士と企業体等の法務部署の勤務法務士とがある。前者の独立開業法務士は私的法務職域の最も典型的な形態ではあるが、資本主義社会における独立開業法曹とは内実が相当に異なる。
 貨幣経済が存在しない共産主義社会においては、法律業務によって貨幣収入を得るという行為自体が成立しないため、法律業務も無償サービスとなる。従って、法律事務所は公益奉仕的な性格の強いものとなり、ビジネスとしてのロー・ファーム(法務企業)は存在しない。
 そのうえ、裁判所制度も存在しないから、訴訟代理業務もないことになる。その代わり、いくつかの司法手続きにおいて、代弁人または付添人としての法的地位を専門的に独占する。

○代弁人:各種の審問・弁論手続きにおいて、当事者を代理し、有益な弁明を行なう。
○付添人:犯罪法関連の聴取・取調べや矯正保護委員会の審査等に同席助力し、当事者の権利を擁護する。

 なお、共産主義的法曹は、その独立性原則から、特定の個人や団体に対して専属的に常時有利な法的助言を行なうことで依頼者への従属関係を生む法律顧問業務も禁じられるため、法律顧問という地位は認められない。

 他方、勤務法務士は企業体等の私的団体の法務部署に所属して当該団体の法律事務を取り扱う専門職員であるが、同時に法曹としての独立性も保持する。従って、職員としての一般的な職務忠実義務は負うものの、法的判断に関しては外部はもちろん、団体の経営陣その他内部の他部署からも干渉されてはならない。

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共産法の体系(連載第43回)

2018-04-23 | 〆共産法の体系[改訂版]

補章 法曹法

(3)公的法務職域
 
共産主義的法曹制度の全体像をより明確にするため、本節及び次節では、法曹の具体的な職域について、その概要を述べる。本節で見るのは公務員としての公的法務職域である。
 この領域に属する法曹の代表例は司法官である。司法官と言えば、裁判所制度下ではほぼ裁判官を指すが、原則的に裁判所制度を持たない共産主義的司法制度下では、下掲のような個別的な役割を担う司法官職の総称である。
 これらの司法官はいずれも法曹共通資格であるところの法務士から所定の手続きを経て、いずれかの圏域の民衆会議から任期を区切って任命され、個別の選抜試験等による官僚的な任用制にはよらない。

○衡平委員:市民法に関わる紛争の解決
○真実委員:犯罪事件の真相解明

○護民官:市民の人身の自由の擁護

○オンブズマン:独立した不服審査・監察

○民衆会議法令解釈委員会判事委員:法律解釈の統一
○民衆会議憲章委員会判事委員:憲章(憲法)解釈の統一

○弾劾法廷検事及び判事:民衆会議代議員及びその他の公職者の弾劾

 ところで、裁判所制度を持たない共産主義社会で比重を増す公証人も公務員であるが、司法機能そのものを担う司法官には含まれない。公証人は独立して事務所を構える公的法務職域の特例的な職能である。
 さらに、民衆会議法制局やその他の民衆会議所管機関の内部部局として設置される法務部署のスタッフも法務士または准法務士から任用される法務事務官として、公的法務職域に属する。これらの法務事務官も司法官には含まれないが、法曹の独立原則からその職務は部署外からの干渉に対して守られねばならない。

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貨幣経済史黒書(連載第11回)

2018-04-22 | 貨幣経済史黒書

File10:元禄バブルと正徳デフレ

 日本の貨幣経済は江戸幕府が金銀銅の各貨幣を統一し、いわゆる三貨制度を確立したことで本格的に展開されるようになった。中でも当時世界最大級だった佐渡金山と石見銀山が貨幣素材を産出提供する幕府直轄鉱山として機能していたが、乱採掘により17世紀末の元禄時代には生産量が落ち込んでいた。
 他方、江戸時代前期の日本は有数の貴金属の輸出国として、貿易を通じて金銀銅が海外へ流出していた。幕府の「鎖国」政策の目的の一つは貿易を制限することで貴金属の大量流出を防ぐことにもあったが、それでも蟻の一穴と言うべき長崎貿易を通じて海外流出を止めることは難しかった。
 その結果、元禄時代には市中の貨幣流通量が限界に達する反面、国内貨幣経済の発展は貨幣需要を増大させ、そのギャップがデフレーションを招来しつつあった。皮肉にも、時の将軍・徳川綱吉による放漫財政がデフレ抑止効果を果たしたが、それは当然にも幕府の財政赤字を累積させていた。
 そのような微妙な転換期に幕府の財政政策を担う勘定奉行に抜擢されたのが、荻原重秀であった。小旗本出自の彼がこの地位に抜擢されたきっかけは、佐渡奉行として衰退しつつあった佐渡金山の生産力回復で実績を上げたことが大きかっただろう。
 荻原の貨幣政策は極めて単純で、貨幣量を増やす代わりに貨幣価値を切り下げるということに尽きる。すなわち、従来江戸貨幣の基準貨であった慶長金/銀を改悪して、元禄金/銀を鋳造したのである。引用の形で伝えられる荻原の名言「貨幣は国家が造る所、瓦礫を以ってこれに代えるといえども、まさに行うべし」は、端的に彼のポリシーを言い表している。
 このように国の信用下に発行された貨幣ならば、瓦礫であってもよいとする信用貨幣論は現在でこそ常識だが、金銀銅の貨幣素材に価値を認める実物貨幣が(世界的にも)主流だった当代には、先駆的な意義を持っていた。
 このように悪貨によって貨幣価値を切り下げる政策は貨幣の実質流通量を増やし、インフレーションを招いた。その規模については史料の限界から評価は分かれるが、豪商が退蔵していた貨幣の価値が下落したことで、商人層は貯蓄から投資へと動き、貨幣支出が増えるバブル的好景気に沸くこととなった。
 元禄時代の華美な町人文化は、こうして政策的に作り出された政策バブルであった。それは幕府の財政難の軽減にもいっときつながったことで、こうした通貨リフレーション政策を高評価する向きもあるが、宝永の大地震とそれに続く富士山の大噴火という自然災害がすべてを打ち砕いた。
 荻原はまたしても貨幣改鋳で対応しようとし、いっそう質を落とした宝永金/銀を発行したが、今度は大幅なインフレーションによる景気悪化を招来することとなった。元禄バブルの崩壊である。荻原自身、銀座と癒着して独断で改鋳を行なっていたことも発覚し、新将軍・徳川家宜の下で台頭してきた新井白石の画策により解任に追い込まれたのである。
 白石は「悪貨は天災地変を招く」との儒教的な価値観から、一転して貨幣の質を慶長金/銀のレベルに戻した正徳金/銀を鋳造した。これはインフレーションの緊急的な抑制には寄与したと見られるが、市中の貨幣需要に対応できず、デフレーションによる景気低迷を招き、最終的には白石の失脚にもつながるのである。

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共産主義生活百科(連載第34回)

2018-04-20 | 共産主義生活百科

§23 情報通信②:郵便・通販等

 自由な共産主義社会における郵便サービスは、郵便事業機構が一括して提供します。郵便事業機構は、電信電話事業機構の言わば姉妹機関のようなものと考えればよいでしょう。郵便事業機構の最大任務は郵便局の運営ですが、郵便局のあり方は資本主義社会とはだいぶん変わります。
 まず窓口業務はほぼすべて無人ロボット化され、人間のスタッフは警備とシステム管理者くらいになります。郵便サービスも無料ですから、窓口で郵便物の重さを量って料金を徴収するスタッフも必要なくなり、ロボットによる機械的な受付処理で十分なのです。
 ちなみに、貨幣経済が存在しないため、郵便局のもう一つの事業であった郵便貯金のような金融業務はそもそも存在せず、郵便局の業務は純粋な郵便事業に限られることになります。

 ところで、自由な共産主義社会では貨幣経済は存在しないとはいえ、物々交換は存在します。物々交換は昔ながらの青空市場で行なわれることもありますが、電子化時代にはインターネットを介した電子物々交換が盛んになります。これは、言わば共産主義的な「通販」です。
 その他、通信で様々な物品を無償提供するサービスも存在し、これらを総称して「通信配達」と呼ぶことができるでしょう。資本主義社会ではこうした配達は郵便の他、全国規模の宅配便会社などが請け負うわけですが、自由な共産主義社会における宅配便会社はほとんどが地域限定の短距離配達しか行わず、全土規模の配達は先の郵便事業機構がサービスを提供します。
 もっとも、貨幣経済が存在しない以上、「買い物」という行為もないわけですから、「通販」を含めた通信配達は資本主義社会ほどには隆盛化せず、消費事業組合を通じては入手できない希少な物品の取り寄せに利用される程度で、宅配便もさほど頻繁に利用されることはないでしょう。

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共産主義生活百科(連載第33回)

2018-04-19 | 共産主義生活百科

§22 情報通信①:電話

 今回からは、自由な共産主義社会における情報通信に関してです。情報通信分野で最も普及・使用頻度が高い手段は何と言っても電話でしょう。ご承知のとおり、電話にも固定電話と移動電話(携帯電話)の二種類がありますが、自由な共産主義社会ではどちらも電信電話事業機構が一括してサービス提供します。
 電信電話機構は生産事業機構の一つであり、全土的に無料で電話サービスを提供します。ただし、固定電話はもはや通常の連絡手段としてではなく、公共サービスへの連絡専用として全世帯に一台ずつ貸与されます。
 この公共連絡専用電話とは警防・消防や救急をはじめ、主要な公共サービス提供機関への連絡専用に設定された直通電話であり、電話番号を調べたり暗記したりすることなく、必要なサービス機関に一発で連絡可能な便利なサービスです。
 私的な連絡手段として使われる携帯電話の所持は各自の自由ですが、情報通信機器は大量廃棄による有害な電子機器ゴミを抑制するため、計画経済に基づく計画生産がなされるため、新品の入手は原則として3年ごとに限定され、その余は中古機器の貸与サービスとなります。

 より公共性の高い電話サービスとして、公衆電話もあります。公衆電話は携帯電話の普及に伴い消滅する運命にあるというのは資本主義社会の話で、自由な共産主義社会では公衆電話サービスも引き続き提供されます。
 公衆電話は携帯電話が不通となりやすい災害時などにも備えた軽視できない社会的通信インフラです。そればかりでなく、携帯電話の操作が難しい障碍者にとっても、時として死活的な通信手段となることがあります。そうした点で、公衆電話サービスは非常時や障碍者にとっての不自由さを除去するという意味で、まさに「自由な」共産主義社会における重要な公共サービスなのです。
 貨幣経済にとらわれない共産主義的な公衆電話サービスは金銭的コストをかけずしてハイテク化が可能となり、電話帳のような煩雑で旧式な検索方法に代え、電話機のハイテク化により画面上で必要な番号検索ができるようになりますし、視覚障碍者向けに音声で番号入力が可能な機能も備えたハイテク公衆電話も実現するでしょう。

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持続可能的計画経済論(連載第2回)

2018-04-16 | 〆持続可能的計画経済論

第1章 計画経済とは何か

(1)計画経済と市場経済
 計画経済について考える場合、計画経済とは何かということを初めに確定しておく必要があるが、実のところ、それが容易でない。
 計画経済というと「社会主義」が連想されるが、計画経済と社会主義は決して同義ではない。実際、今日の中国は「社会主義市場経済」を標榜し、社会主義と市場経済を結合させようとしているし、現代の社会主義体制は程度の差はあれ、みな市場経済への適応を指向している。
 また計画経済と統制経済とが同一視されることもあるが、これも適切な把握とは言えない。統制経済はしばしば戦時には政府が戦争遂行に必要な物資を集中的に調達する目的から体制の標榜を超えて導入され、資本主義体制の枠内でも戦時統制経済を取ることが可能なことは、例えば世界大戦中の戦時統制経済を見てもわかる。
 ただ、計画経済では通常は政府が策定する経済計画に基づき生産と流通が規制されるため、市場経済に比べれば「統制」の要素が強くなることは否めないが、それでも統制経済と計画経済は概念上区別されなければならない。
 一方、市場経済は計画経済の反対語とみなされているが、両者は通常考えられているほどに対立する概念ではない。市場経済を標榜していても、政府の経済介入の権限が広汎に及ぶ場合は計画性を帯びてくるし、また市場原理によって修正された計画経済もあり得るからである。
 前者―計画的市場経済―の実例は先の社会主義市場経済である。ここでは政府の経済計画は維持されるものの、本来の計画経済のような規範性がなく、それは経済活動の総ガイドライン的な意義にとどまる。またある時期までの戦後日本経済は、政府の経済企画と行政指導を通じた「指導された資本主義」という性格が強かったが、これも社会主義市場経済よりはゆるやかながら計画的市場経済の亜種とも言えた。
 後者の市場的計画経済の実例は多くはないが、旧ユーゴスラビアの「自主管理社会主義」はその例に数えられる。ここでは労働者自身が経営に携わるとされる自主管理企業間に一定の競争関係が見られた。また1960年以降の経済改革で利潤原理が一部導入された旧ソ連経済も、ユーゴよりは限定的ながら市場的計画経済の亜種であった。
 かくして計画経済と市場経済の概念的区別も決して厳格ではないのだが、一点、計画経済に必ずなくてはならない要件は、公式かつ規範性を持った経済計画に基づいて経済運営がなされるということである。先の計画的市場経済が市場経済であって計画経済でないのは、そこでの経済計画ないし企画は規範性を持たないからである。
 なお、そうした規範性を持った経済計画が経済活動の全般に及ぶか―包括的計画経済―、それとも基幹産業分野に限られるか―基盤的計画経済―という点は政策選択の問題となる。

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持続可能的計画経済論(連載第1回)

2018-04-16 | 〆持続可能的計画経済論

まえがき

 本連載は2013‐14年に公表した旧稿『新計画経済論序説』を改題のうえ、実質的に改訂したものである。旧稿は筆者の『共産論』の中核を成す共産主義的計画経済の概要をより敷衍して論じたものであったが、旧稿ではなお「序説」の段階にとどまっていた。しかし、その後の考察を経て、いちおうの完成の域に達したことから、ここに解題して改めて公表するものである。構成や内容に根本的な変化はないが、一部用語を改め、かつ説明を補正した。なお、表題の「持続可能的」(sustainable)とは、環境的持続可能性を指向する計画経済という本連載の主意からの命名である。


序言

 計画経済は、資本主義的市場経済に対するオルタナティブとして、20世紀初頭、社会主義を標榜したソヴィエト連邦によって初めて実践され、その後、ソ連の衛星諸国やその影響下諸国の間で急速に広まったが、同世紀末のソ連邦解体後、今日までにほぼ姿を消した。その意味では、計画経済は20世紀史の中の失敗に終わった一社会実験であるとも言える。
 しかし、20世紀的計画経済は、計画経済のすべてではない。20世紀的計画経済とはあくまでもソ連邦という一体制が実践した一つの計画経済―ソ連式計画経済―にすぎない。ソ連式計画経済が失敗に終わった原因については―本当に「計画経済」だったのかどうかも含め―検証が必要であるが、それだけが唯一無二の計画経済なのではない。むしろ真の計画経済はいまだ発明されていないとさえ言える。
 現時点では、市場経済があたかも唯一可能な経済体制であるかのような宣伝がなされ、世界の主流はそうした信念で固まっているように見える。だが、その一方で、市場経済は打ち続く世界規模での経済危機、国際及び国内両面での貧困を伴う生活格差の拡大といった内部的な矛盾に加え、地球環境の悪化という人類の生存に関わる外部的な問題も引き起こしている。
 こうした有害事象は口では慨嘆されながらも、まばゆい光である市場経済に伴う影の部分として容認されている。地球環境問題に関しては待ったなしの警告を発する識者たちでも、市場経済そのものの転換には決して踏む込もうとしない。あたかも「環境的に持続可能な市場経済」が存在するかのごとくである。
 だが、目下喫緊の課題とされている地球温暖化抑制のための温室効果ガス規制にしても、市場経済は真に効果的な解決策を見出してはいない。市場経済システムを温存するためには、生産活動そのものの直接的な規制には踏み込めないからである。
 地球温暖化に限らず、資源枯渇も含めた地球環境問題全般を包括的に解決するためには、生産活動そのものを量的にも質的にもコントロール可能な計画経済システムが必要である。そういう新しい観点からの計画経済論はいまだ自覚的に提起されているとは言えない。
 景気循環に伴う経済危機や格差問題の解決も重要であるが、そうした問題に対しては市場経済論内部にも一応の「対策」がないではない。だが、それらも決してスムーズには実現されないだろう。そうした問題の解決のためにも、計画経済が再考されなければならない。
 計画経済にはその実際的なシステム設計や政治制度との関係など、ソ連式計画経済では解決できなかった様々な難題も控えている。とはいえ、計画経済の成功的な再構築は、言葉だけにとどまらない環境的に持続可能かつ社会的に公正な未来社会への展望を開く鍵となるものと確信する。

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奴隷の世界歴史(連載第47回)

2018-04-15 | 奴隷の世界歴史

第七章 古代国家と奴隷制

古代「文明」と奴隷制①
 前章では古代ギリシャ・ローマの奴隷制に焦点を当てたが、あえて時代を過去へ逆にたどる構成を採ってきた本連載の最終章となる本章では、古代ギリシャ・ローマより遡る古代国家における奴隷制の諸相を概観する。国家と奴隷制の結びつきの起源を探る試みである。
 古代国家と言えば、「文明」の創始と結びつけられて美化的に語られることが多い。実際、そのような開明的な側面も認められることはたしかであるが、その裏には他人を隷属させて労役を課す奴隷制の創始という暗黒面も認められる。「文明」の持つもう一つの顔である。
 「文明」の発祥地と言えば、在来の通説に従う限り、メソポタミア地方であり、中でも当地に最初の文明的都市国家を築いたと目されるシュメール文明が嚆矢であるが、今日では死語となったシュメール語には奴隷を意味するイル(男性奴隷)/ゲメ(女性奴隷)という対語が存在していた。
 これらの奴隷には、戦争捕虜として連行された者の他に、商人から購入された者もあり、奴隷制の根本的な骨格はすでに「文明」創始期から出揃っていたことがわかる。ただし、奴隷労働力が生産活動全般を担うことはなく、奴隷は専ら家内奴隷として家事・家内生産に動員されていた。
 シュメール文明を征服・継承してメソポタミアに最初の統一国家を一時的に築いたアッカド帝国の時代に「自由民/奴隷」という初歩的な身分制が整備されたと見られるが、奴隷は家畜同様に売買される身分ながら、独立して生計を立てたり、解放されて半自由民となることもできるなど、柔軟性があった。
 後にシュメール都市国家を再建したウル第三王朝創始者ウル・ナンム王が制定した現存する世界最古の成文法であるウル・ナンム法典(紀元前2100年乃至2050年頃)には奴隷に関する規定が数か条搭載されており、中でも逃亡奴隷の捕縛者に報奨金を出す奴隷の逃亡抑止のための規定の存在は、奴隷制が単なる社会慣習から法制度に昇華されたことを示している。
 続いてこの地の覇者となり、かつ精緻な法典を制定して文明国家を発展させたのがバビロニアであるが、中でも有名なハンムラビ王が制定したハンムラビ法典は奴隷に関する詳細な規定を擁する。おそらく、これは体系的な奴隷法制としては史料的に現存する最古のものであろう。
 そこでは奴隷の逃亡幇助が死罪とされ、奴隷の逃亡抑止がいっそう厳格に図られている。さらに奴隷は宮殿台帳に登録されるとともに、奴隷には刻印を義務づけ、それを抹消する行為も死罪とされるなど、奴隷の国家管理が明確にされている。
 とはいえ、バビロニアの奴隷制もやはり家内奴隷を中心とする限定的な制度である。後代の新バビロニア時代になると、神殿に所有され神殿の雑務に従事する神殿奴隷や、王室に従属する王室奴隷などのカテゴリーが誕生するが、それらも広い意味では神殿なり王室なりの「家内労働」に当たる家内奴隷と言い得る存在であった。

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共産主義生活百科(連載第32回)

2018-04-13 | 共産主義生活百科

§8ノ7 様々な職業⑥:自由業

 自由な共産主義社会における働き方として、何らかの組織体に雇用されて働く勤労者のほかに、自身で働く自由業もあります。自由な共産主義社会では、無償労働を原則とし、かつ半日労働制が採用される結果として、自由業の余地が拡大されます(§9参照)。
 その意味で、自由な共産主義社会では既存の職業を選択する「職業選択の自由」にとどまらず、自身で職業を創造する「職業創造の自由」が保障されます。自由な共産主義社会における職業とは広い概念であり、報酬を受け取らなくても、およそ不特定多数に向けた何らかの業務を反復継続して行なっていれば、それは立派な「職業」なのです。
 例えば、当ブログのように原稿料はもちろん、アフィリエート報酬も得ることなく、日々不特定多数に向けた発信を反復継続している場合、発信者たる私は文筆業を職業としているものとみなされます。ちなみに、貨幣経済を持たない共産主義社会では税金という制度もありませんから、職業認定が納税義務に結び付けられることもありません。
 自由な共産主義社会では、各自が自分の特技や趣味を活用した新たな職業を創造し、それを堂々と名乗ることができます。ですから、例えば、午前中はどこかの組織体で半日勤務した後、午後は自宅にて自由業に従事するといった生活設計もできるわけです。

 アスリートとかアーティストのような従来からあるスポーツ・芸能分野の自由業についても、報酬を受け取って活動することはありませんから、プロフェッショナルとアマチュアの垣根は曖昧になります。
 とはいえ、社会的にプロとして認知されるレベルとそうでないレベルの差は存在しており、例えばサッカーとか野球などのリーグには実力差によるレベルが設定されており、トップリーグ加盟チームとその所属選手がプロとして最も高い社会的評価を受けます。
 さらに、音楽家や美術家のようなアーティスト、作家は元来プロ認定の規定もないまさに自由な世界ですが、貨幣経済が存在しない以上、作品やコンサートの値段の多寡で評価されることはなく、その実力の水準が直接に社会的評価の基準となりますし、仮にファンが限定されたローカルなアーティストや、固定ファンすら存在しない路上アーティストのような存在ですら、反復継続して活動している限り、職業として認知されるのです。

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