波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

      思いつくままに

2012-09-04 09:30:15 | Weblog
ここに「喜ぶものと喜び泣くものとともに泣きなさい」と言う言葉がある。この言葉は何を意味しているのだろうか。
この世の生活の中で人間関係ほど難しいものはない。だからこそ毎日のようにあちらこちらで問題が起きている。そんな中で
自分がどうあるべきか、どんな心でいるべきかを考えさせられることが多い。
色々な会合でこんな場面を見ることがある、自分が親切で、よく気がつくそして大体のことは分かっていると物知り顔でいる人だ。しかし実はその人がそうではないことが多いことが分かる。むしろ相手が望んでいないことまで言ったり、したりしようとすることがあり、それがエスカレートすると他人の生き方まで干渉するようなことにもなるのである。
悪意があってするのなら拒否も出来るが、そうでもなければ黙っているしかない。こんなとき、他人には「冷たい」と思われるかもしれないが、無関心を装うことがあっても仕方がないかもしれないし、それが相手にとって不愉快に感じることがあっても
困らされることまで行かなければと思うからだ。
人間関係は殊ほど左様に難しい。最も身近な家族であっても時には相談や意見を求められても、すぐ助言や口出しをせずに様子を見る時間を持つことも大切なことがある。また年齢とともに言葉や表現も変える必要もあるようだ。
まして自分が高齢者になってくると、かつて自信のあったことでも、自分自身で責任を持って担当するとか、やり遂げることが出来ないことがわかるとなお更に静かに見守るほかないことが分かってくる。
つまり、「そこまで言うなら、責任を持って実行して欲しい」と言われて出来ないことを自覚せざるを得なからである。
先ほどの言葉の続きに「全ての人と平和に暮らしなさい。愛する皆さん自分で復讐せず神に怒りを任せなさい」とある。
人の心は、真剣に相手の立場に立って考えたとしても、理解できたようで分からないことが多い。まして途中で変わることさえあるのだから、その人の気持ちを理解できないと思うべきだろう。
だからこそ、自分が賢いものだとうぬぼれることなく、と言って何があっても無関心で関係ないとするのではなく、
「喜ぶものと喜び、泣く者と泣く」人間であることが大切なのかなと考えている。

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