波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

コンドルは飛んだ  第15回

2012-09-07 10:59:56 | Weblog
いきなり現実の話になり、初めは自分のこととは考えられずにぼんやりと聞いていたが、少しづつ実感として耳を傾けるようになっていた。「現在、現地には当社の社員が事務職、技術者合わせて8名派遣している。しかし今回の目的は事業の継続ではなく撤退することにある。それは今までの構成を変えることであり、既設の設備を始め、全ての施設を休止または廃止することになる。一つの町としてあったものを無くすことになる。それは其処に棲み生きてきた数百人の家族の生活圏を奪うことでもある。当然この計画が知れれば、想定できないことも起こりうるかも知れない。もっと言えば身の危険も考慮しなければならないことにもなりかねないのだ。」聞いているうちに辰夫は身の引き締まる思いと緊張感に包まれていた。
話を聞きながら、聞きたいことや確認したいことなどが浮かんだが、口を挟むことは出来なかった。
「色々と準備やしたくもあるだろうから、出発は半年先ぐらいを考えているが、まずは君の返事や考えを聞いておきたいと思ってね、今日は突然だったが来て貰ったのだ。」と其処まで話すとようやく表情が柔らかくなり、いつもの人懐っこい優しい目になった。新しいコーヒーが運ばれ、二人は黙って一息ついていた。
辰夫の頭の中は色々なことがぐるぐると駆け回り、火花が閃光のように飛び散る感じがしていた。まだ診ぬ異国の土地で自分が負わされる任務と、其処で発生するであろう様々な出来事、そしてその対応と処理、それらを考えると、とても自信はなく
不安に襲われる思いだった。
「取締役、責任ある大きな仕事についてお話をありがとうございました。私のようなものが果たしてこんな大きな問題を
果たせるかは全く自信がありません。しかしお言葉ですので自分なりに考えてみたいと思います。」とこれだけ言うのが
やっとであった。
「勿論、すぐ返事を聞こうと思っていないよ。ただ私は君にぜひこの仕事を託してみたいと考えていたんだ。」
その日は、それだけで話は終わった。辰夫はすでに定刻を過ぎて誰もいなくなった大部屋の片隅にある自分の席に戻り、其処に座った途端、どっと疲れと緊張が解けて動けない感じになった。それは何か自縛から解き放たれたような、妙な感じでもあった。どれくらい時間が過ぎたのだろうか。やがてのろのろと立ち上がり、家路についていたのだった。

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