波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

  思いつくままに  「新しい年に思う」

2014-12-27 16:57:24 | Weblog
2014も間もなく終わる。そして無事に新しい年を迎えられそうだ。
暮れに失神を起こし救急車に乗せられて初めて手当てを受けた。疲労と緊張感がかさなり
血圧が急に下がったものと思われる。厳しい検査の結果幸い大きな障害も無く帰宅することが出来たことは本当に幸いであり、生涯三度目の命拾いを経験したことになる。
「5歳時に3階殻の落下2歳児に大腸カタルによる病気、そして今回の失神である。」
場所と時間によっては命を落としていてもおかしくないことを考えれば、本当に無傷
「鼻骨骨折」ですんだことはまことに神の恵みとしかいえない不思議な出来事であった。
80歳を前にして危なく生涯を終わるところだったが、本当に感謝であることを思うと同時に、この世での務めをしっかり果たしなさいとの啓示であると教えられたのである。
日々自分に課せられたことは何であるかを考えながら「一日一生」を願いつつ生きている
覚悟はあったが、その事を教えられた。
そして先生をはじめ関係者の方々のご援助に対して感謝せざるを得ない。そして駆けつけてきた家族全員の思いを実感として知ることが出来たことは何よりであった。
日ごろ、一人暮らしで殆ど交流はないのだが、こうしていざとなれば全員が駆けつけてくれることを実感として知る機会を得たことは、本当に嬉しく思うことが出来た。
中でも息子の嫁は日ごろ接することは少なく、心の交流も無いのでどんな気持ちでいるのか知る由も無かったが、病院では一日中私のそばを離れず介護に当たってくれて何くれと無く気を使ってくれた姿を見て本当に嬉しく家族の絆を知らされた思いである。
と言うのもこの近所でも似たような話を聞くたびに、母親が病気になっても嫁が世話をしないとか、そのために嫁の母親が変わりに見舞いに行くとか、施設に入っていても訪問もしないとかそんな話を聞いていたので、現在はそんな時代かと考えさせられていたところでもあったので、、我が家はまだ良いほうかと実感したしだいである。
来年は「卒寿」を迎えると同時に寿命平均年齢を迎える年でもある。これで生涯の区切りとなる。私には継承しなければいけない大きな任務が残されている。負の遺産をこのままにすることなく、新しいスタートとなる「新しい道筋」を作る任務があるとかんがえている。無理をせず「ican oniy do what i can」を実行したい

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