波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

音楽スタジオウーソーズ   第9回

2014-08-04 10:28:04 | Weblog
光一は昼休みが楽しみになり始めていた。春子に会えることに喜びを感じる様になったからだ。今まで女性と一緒になって話すことがなかった訳ではない。だが、そんな時でも感情的には何も変化はなく、普通であった。例えその女性が美しくきらびやかな服装であったとしてもそれで気持ちが動くことはなかったのである。その店に春子がいて、働いているのに気づいた時も最初は同じだった。食事をする。その後コーヒーを頼んで音楽雑誌を読みながらBGMに耳を傾けるだけで満足だったし、春子とは注文の品を頼むときと運んできた時に目を合わせるだけのものだった。
しかし春子はそんな光一を早くから他の客とは違う感覚で見ていた。それはいつも一人でいること。(他は二人連れが多いし女の子を連れている人も多かった)
殆ど何もしゃべらない。無口で表情も変わらない。それが彼のニヒルにも見えながら、暖かさを感じさせる魅力であった。「いつものを下さい」と言うだけだがお洒落なさっぱりした服装や靴などの履物などセンスの良さが分かった。そんな光一にいつしか春子は惹かれていた。黙っていてもあの人は自分の心を捕まえていると思わずに居られなかった。
春子は高校を出ると田舎(館林)を離れ、手に職を持つ為に夜間の看護学校を目指した。
学費と生活費は自分で働いてとこの店に勤めているのだが、田舎には年老いた母が居た。
兄弟が居るので少しは安心だったが、娘としては母のことが心配で電話で話すのが楽しみだけだった。
ある日「お客さん、今日から新しいメニューが出来ているんですけど、食べてみますか。」と光一に声をかけてみた。いつもの様に本を読んでいた光一はきょとんしたように春子を見て「ええ、食べてみましょう。だけど新しいメニューって何だろう」「魚のフライに生野菜のサラダがついているの、」「そう、じゃあそれを」と短く返事をする。
そんな短いやり取りであったが、そこに二人だけにしか分からない感情が交錯していたのだ。「コーヒーはいつものアメリカンでいいですね。」
その日は遅番で昼休みが終わって客が引いた後も光一は残っていた。テーブルの後片付けをしている春子の後姿をいつもになく見ていた光一は始めて春子に声をかけた。
「ねえ、君名前なんていうの、僕はと外処っていうんだけど」「わたし、春子、杉山春子です。よろしく」と答えた。「よろしく、ところで君の仕事何時ごろ終わるの」
「昼番なので六時までには終わります。」「店はこの近くにあるんだけど、帰りによって見ない。」「ええよく知っています。じゃあ、ちょっとのぞいて見ますわ」

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