波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

 オショロコマのように生きた男  第71回 

2012-02-11 15:28:46 | Weblog
横浜の病院から帰る電車で彼の頭の中を駆け巡っていたのは今までの人生の内容が大きく変わることだった。多田から譲り受けることになったこの会社は自分の会社として立ち上げることだ。それは今まで漠然として夢に描いてきたことではあったが、何時どんな形で生まれるかは想像も出来なかった。それが明確なイメージとなって浮かんできたのだ。
この工場を基本として今まで考え調べ積み重ねてきたことを此処で集約して自分のライフワークとして始めることを決断することでもあった。
「久子、実は多田さんから話があってね、会社の株を買うとることにしたのだ。だからこの工場は私の会社として動かしていくことになる。そのために使う金なんだ。一度に全額支払うわけにはいかないので分割と言うことでお願いしようと思ってるんだがね。」「誰がその工場の仕事するの」女はいつも現実的である。理屈ではないし理想を語るわけでもない。
「勿論、誰に頼むわけにもいかないよ。私たち皆でやるしかないんだ。その内人手が要るようになればパートを募集することは出来るが、亮も真弓も大きくなったので仕事は私が教えるから出来ることをしてもらうし、お前も協力して欲しい。それに真弓が婚約している和也君にも手伝ってもらうつもりだ。」久子はそこまで聞いてそれ以上は何も聞かなかったし、言わなかった。
久子にはそれを聞いただけで全てが見えるような気がしていた。これで家族が一つになれる。
そのことがいつも頭にあり、いつかと思っていたことが実現する。それが分かっただけで何も言うことはなかったのだ。そして
家族が一緒に仕事が出来ることで過去のことも宏の今までのことも許せる気持ちになり「分かったわ。お金はあなたが必要な時に言ってくれれば用意するわ。いよいよの時は銀行にも手続きすれば何とかなるんじゃないかしら。貸してもらえるかどうか分からないけど」D社のことはすっかり頭になかった。翌日から宏は一人で横浜の工場へ寝泊りしながら仕事の準備にかかった。
することは一杯あった。設備の点検、建屋の普請のチエック、その他稼動をするために必要な調査をしなければならない。
何しろ多田氏が病気で倒れて以来、ずっと全く手をつけないでそのままになっていて、あちこちが荒れていてすぐには動かせないものばかりだった。
そんなある日、村田のところへ突然電話がかかって来た。D社の羽賀氏からだ。