波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

         白百合を愛した男  第6回

2010-07-09 09:30:40 | Weblog
官舎の朝は早かった。起きるとすぐ掃除が始まる。部屋から始まり、廊下、玄関、庭とつながる。そして其処が終わると、警察署の玄関周りを清掃して終わる。始めてすることなので要領がつかめないので、もたもたしていると、「まだ終わらないのか。」と声が飛んでくる。日中は小間使いの用事で言いつけられたことはなんでもする。食事の買出し、郵便物の手続き、荷物持ちのお供等、何でも出来ることはしなければならない。
そんな生活ではあったが、伯父は約束どおり、学校の手続きはきちんとしてくれたのだ。
学校とどんな話をしたのか、分らなかったが、一度連れて行かれて面接を受けた。
「釜山商業学校」と書かれた門をくぐり教員室へ入る。日本人学校とあって、日本語で話せるので安心である。出身地や両親のことを聞かれただけで終わった。授業は夜の時間であるのと、あまり人がいないことが良かったのかもしれない。伯父の身元保証も信用につながっていた。そんなことがあり、夕方になると、仕事を解放されて学校へ行く事が出来た。
数人の友達も出来て淋しかった心も少しここでは癒されることが出来た。
美継はすぐ母親に手紙を書いた。無事に着いたこと、伯父に親切に学校へ行かしてもらった事、釜山の町や言葉のこと、食べ物のことなどを書き、元気で頑張るから心配しないようにと結んだ。
落ち着いてくると、少し周りが見えてくる。町を歩くと知らない言葉が飛び交い、服装も違うので、どうしても少し距離を置いてしまう。そのうち片言の言葉を覚え、買い物などの時話が出来るようになる。それが嬉しかった。学校の勉強の時はつらいことや、淋しいことはすっかり忘れて熱中する事が出来た。何より早くいろいろなことを覚えて、これからやりたいことをするんだという思いで一杯だった。
そんなある日、学校から帰る途中、窓から明かりが見えて其処から知らない歌が聞こえてきた。近寄ってみると、入り口のところに大きな十字架がある。何も知らずに自然に足が向いて入っていた。キリスト教の教会だった。何も分らず、何も考えずに行ったのだが、牧師といわれる先生はエスペラント語で話をしていた。(当時世界共通語として使用されていた。)美継には全く理解できなかったが、出来れば何とか、この新しい言葉を覚えたい。そう考えた。教会は日曜日に礼拝をするので日曜日に来なさいと言われて彼は、休みの日を教会へ行くことにした。それは新しい言葉を覚えるためであった。