波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

       オヨナさんと私     第11回

2009-07-20 14:40:50 | Weblog
駅前にオヨナさんがよく行く喫茶店がある。いつもと同じ日が戻って、落ち着いたある日、涼しげなポロシャツにピンクのベレーをかぶって、店に入った。
看板に「ラナイ」とある。英語ではなさそうなので、聞くとハワイ語で「ベランダ」と言う意味だそうである。店内は観葉植物があちことに置かれ、壁には田舎には珍しい押し花の貼り絵がずらっと並んでいる。店長の説明によると、オリジナルだそうで、本物の花がそのままデッサンの中に納まっている。そして、季節ごとにそれは取り替えられ、お客をあきさせない。静かに流れる音楽(BGM)はお客の会話を静かに吸収し、騒音をさえぎり、座ると其処がその人の空間として独立する雰囲気である。「いつもの」と言うと日変わりカップでブルマンが出てくる。(彼はこれしか飲まない。)店に置かれているデッサンの雑誌を読みながら、コーヒーを飲む時間は彼にとってはその日の至福のときらしい。
その姿はそのまま店の雰囲気に溶け込み画になるほどである。
そんな様子は外界を忘れさせ、ある屋敷のベランダを思わせ、オーナーの心意気を感じさせる。いつの間にかその中に埋没してすべてを忘れて、コーヒーの香りに
酔いしれることになる。
堪能したかのようにオヨナさんは立ち上がり、店を出る。本屋に立ち寄った後、自宅に帰る。子供たちが家の前のせまい場所でうろうろしている。
「やあ、ごめん、ごめん遅くなっちゃって」慌てて鍵を開けると、子供たちは騒ぎながら座敷に上がると、銘々勝手に学習を始める。
小学低学年から高学年までばらばらで、男の子もいれば、女の子もいる。
どの子供も学校にいる時よりも元気で明るいようだ。何か、開放感に浸っているようだ。宿題を始めるもの、苦手な科目の練習問題をするもの。絵を描いて見せるもの、ここでは何をしても良い。自由に好きなことが出来る。オヨナさんの役目は
彼らが取り組んでいることが楽しく、スムーズに進められるように見守っているだけだ。だから何か頼まなければ口を出すことも無ければ指示することも無い。
冷たいお茶と、スナックのような菓子をテーブルの上におき、飲みたいときに飲み
食べたい時に食べられるようにしてある。
このようにして、静かに時間は過ぎていくのである。やがて夕方近くなるとそれぞれ帰り支度をして、三々五々帰っていく。
そんな中、今日は一人女の子が最後まで残ってぐずぐずしている。
今年4年生になったゆきえちゃんである。