波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

          オヨナさんと私   第9回

2009-07-13 09:04:22 | Weblog
「ここへは始めてきたのですか。」「いえ、この時期には毎年来るようにしています。」「そうですか。それではこの辺のことはお分かりでしょう」「いや、あまり歩かないので、詳しくありません。」「私は写真を取るのが趣味で年中ここに来て
その折々のいろいろな珍しいものにめぐり合いながらそれを写真に収めているのです。この池の隣りにある水生植物園には他では見られない珍しい植物が一杯あるんですよ。」スケッチを見ながら「良いところを見ていらっしゃる」と言いつつ、
「どうですか、少しお休みになって、私たちとお茶でもしませんか。」と誘ってきた。ベンチでは婦人らしい人がポットから紙コップにお茶を入れながら用意をしているのが見えた。オヨナさんは無碍に断るのも失礼と思い、手を止めて立ち上がった。進められるままにコップを手にするとそれを口に運んだ。
冷たく、上品な甘さのアイステイーでレモンの香りと風味が何ともいえず、のど越しが良かった。「とても美味しいです。」思わず声が出た。
「私たちは還暦を過ぎて、今は仕事もせず、こうして二人で散歩三昧の毎日です。
二人の息子がいるのですが、長男は独立して家庭を持ち、外へ出ています。
しかし、次男のやつが、語学を勉強するとか言って、大学を卒業すると海外で勉強するとか言って、カナダのほうへ行ってるんですが、これが帰ってこないんですよ。なんでも向こうのほうがよくなったようで、早く帰らせて就職させ私たちも安心したいのですが、言うことを聞きません。」当に問わず語りで、一人でしゃべっている。しょうがないので、黙って聞いていると、傍にいた夫人が黙っていられなくなったように話し始めた。「就職も内定していまして、仕事にもつけるようになっているんです。それをあちらには良いバイトもあって、暮らしには困らないし、楽しいよ。と言って、親の言う事を一向に聞こうとしないんです。」
「私はそのうち、熱も冷めて帰ってくるから、暫く様子を見たらよいんじゃないか。若いうちだよと言っているのですが、家内のやつが、毎日心配しましてね。何時までも子離れしないんですよ。」
「どうでしょう。このままほっといても良いもんですかね。」と突然、話しかけられてきた。オヨナさんは他人事のように聞いていただけであったが、そう聞かれてしまって、慌ててしまったが、すぐには答えられなかった。
「おいくつなんですか。」「27になります。」
人生で一番輝いている時かもしれない。オヨナさんは遠い昔を見るように自分の若い頃を思い出していた。