波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

            オヨナさんと私    第12回

2009-07-27 10:18:33 | Weblog
「どうしたの、早く帰らないとお母さんが心配しているよ」もぞもぞと帰ろうとしないゆきえちゃんに声をかけた。「何か先生に話したいことでもあるの」すると
ゆきえちゃんは大きく頷いた。「お兄ちゃんが先生に聞きたいことがあるんだって、それで先生にそのことを聞いて来いって言われたの」「そうか、お兄ちゃんは何年生なの」「お兄ちゃんは大学生よ」「大学生か、分った。じゃあ帰ったらお兄ちゃんにいつでも良いからいらっしゃいとと言ってね。」「うん、先生ありがとう」そういうと、ゆきえちゃんは駆け出すように帰って行った。
オヨナさんは子供たちのいなくなった部屋を見回し片づけを始めた。
しかし、元来オヨナさんは掃除、洗濯、炊事、片付けは大の苦手であった。
ともすると、食事は食べないでいることも間々あるし、着替えも何日も同じものを着ていても気にならなかった。掃除も部屋のあちこちに埃の玉が見えていてもそれを取り上げようとすることは無かった。
「ものぐさ」と言うか、、「面倒くさがりや」なのか、それでいて、出掛ける時は結構おしゃれをして気取って用意をするのだが、
そんなオヨナさんを近所の町会の世話役が見かねて「オヨナさん、男が一人じゃ何かと不便でしょう。近所にとても世話好きで、仕事の出来る婦人がいるので、紹介しましょう。是非、お世話になったら良いですよ」と薦められた。その婦人は病気がちなご主人を介護しながら暮らしている人だったがとてもきれい好きで仕事の出来る人で評判が良かった。特に食事には人一倍注意を払って作るので、安心できた。婦人のいないときにも、あれこれ指示があり、それをきちんと守っていないと後で注意があり、オヨナさんもこれには少し参っているが、その真心を理解していたので二人は会うといつもニコニコと話し合うことが出来た。
数日後、いつものように「瞑想」を済ませたオヨナさんが音楽を聴きながら本を読んでいると、玄関から声が聞こえた。出てみると一人の青年が立っている。
「オヨナ先生ですか。」「はい、そうですけど」
「僕は幸恵の兄の松下です。先生にお聞きしたいことがあって伺いました。」
オヨナさんは部屋へ通すと、早速例のお茶を薦めた。
「いただきます」勢い良くぐっと一口飲んだ青年は急に顔をしかめた。
「大丈夫、だいじょうぶ、これは元気になるお茶だから」慌てて。説明したがそのお茶はその青年が帰るまで、そのままだった。

オヨナさんと私     第13回

2009-07-27 09:46:28 | Weblog
「先生、僕は今、大学3年なのですが、来年には進路を決めたいと思っています。だけど、いろいろ迷ってしまって困っています。」「そう。専攻は何を選んでいるの。」「高齢者福祉なのです。教育と福祉に関心があり、それを生かした仕事をしたいと考えました。それで会社を探して数社の就職できる会社が内定し、決まりかけているのですが、調べていくうちに給与や待遇の点で不安が出てきたのです。
それに両親が二人とも公務員で、親の薦めもあり、公務員も検討しているのですが、公務員の門はなかなか厳しく狭いので、簡単ではありません。それで今後どうしたらよいか、悩んでいるのです。」
オヨナさんはその青年の顔をまじまじと眺め、その若い純粋な目を見つめた。これから社会に出て行くこの青年を社会はどのように受け入れ、育もうとしているのか、今の日本の社会情勢を思うとき、あまりにもその受け入れ状態が整っていないことを思い、冷たい社会と言えるかもしれないと思ったのである。
確かに間もなく今の日本は65歳以上の人が人口の半分になると言うこの時代である。いかに福祉が大切であり、高齢者対策が重要であるかは異論を挟む余地は無い。公務員は国の借金で身分を保証されている所が大きい。
そんな意味ではその待遇の差はあまりにも大きいのである。と言ってこれを正論でもって説得することは出来ないのだ。
「君の言うとおりだよ。昔は学生が最初にあこがれたのは銀行を中心にした金融関係だったけど、今は公務員の希望が多いようだ。だけど、競争も激しく狭い門になってしまうね。でも本当はこれからのことを考えると福祉の仕事はとても大切だし、必要性も高くなることは間違いない。だから是非そちらへ進むことを期待したいけど、君の言うとおり、今の状態では不安も大きいからそのことも考えないといけないし、」ここまで離すと、オヨナさんは一息ついてお茶を飲み、口をつぐんだ。良くも悪くもこの決断でこの青年の人生が決まり、左右されるのだと思うとこうしなさい、ああしなさいと簡単には言えることではない。と言って、自分で決めることですとだけ言うのも無責任な気もした。
静かに目をつぶり、オヨナさんは話した。「厳しくて、難しいと思うけど、一度公務員の試験を受けてみることだね。そしてその上でもう一度いろいろな角度からその内定している会社を調査して、自分の希望に本当に沿うものかどうか、良く考えて、決めることだね。」それが精一杯の言葉だった。