波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋     第34回

2008-10-24 07:25:02 | Weblog
暑かった夏も過ぎ、彼岸を過ぎて風が涼しく感じられる頃になった。松山はこの会社へ入ったことをつくづく良かったと思っていた。事務所は人も少なく、家族的な雰囲気の中で、人間関係で神経を使うことが無く、仕事も大きなノルマがあるわけでもなく、景気の風にも乗って、注文も順調であるし、心配は無い。
強いてあげれば、給料がもう少しよければと思うが、そんなに贅沢を言わなければ親子四人で食べていくには充分である。
今日もいつものように会社へ出ると、小林が難しい顔をして坐っていた。「おはようございます。どうしたんです。何かあったんですか。」と聞くと、「ちょっと、」と言われて、応接セットへ二人は向かい合った。「今朝本社から電話があってね。東京で提案した海外進出の件で、もめているらしいんだ。」「で、どうしたんですか。」「役員会で、進出について検討されたらしいんだが、江村取締りが反対でね。本村社長が悩んでいるらしい。何でも、江村さんは自分の言うことが通らなければ、会社を辞めるといっているらしいんだ。」「それは又、随分思い切ったご意見ですね。本気じゃないでしょう。」亡くなった社長の後にD社から来た本村社長は、海外経験が豊富で海外志向が強い人だと聞いていたが、今回の提案にはわが意を得たりというところがあり、賛成であった。このチャンスを退かしたら進出は出来ないということであったが、慎重な江村取はまだその時期にあらずと継続検討を主張。喧々諤々となっているらしい。おとなしい山田専務はどちらとも旗色を鮮明にしないので、二人の争いになっている感じである。
「東京営業所としては、やはり後退は出来ないから、前進あるのみですよね。とは言っても責任は押し付けられるのでしょうけれど」「提案した以上、それは仕方が無いけど、やるしかないと思うがな。」小林もこの件については、本社へ口出しも出来ないし、様子を見るしかないと思っていた。
この話は、それで終わったのだが、本社では益々ヒートしていたらしい。突然、江村取締りが辞表を出して、会社を辞めたという通知が入ってきた。
若い江村君の叔父に当たることもあって、江村君は複雑な思いでこの連絡を聞いていた。
しかし、これで海外進出計画は正式に決定された。親会社のD社の全面協力もあって本村社長も山田専務を伴って、早速現地調査へ出発。本格的にこの計画は動き出した。小林は市場調査を見直すと同時に新しい市場計画を立案し、その具体的な蜜筋を考えることになったのである。