波紋

一人の人間をめぐって様々な人間関係が引き起こす波紋の様子を描いている

波紋    第32回

2008-10-17 10:47:57 | Weblog
松山はやっと仕事が落ち着いて出来るようになった。少ない事務所の中に溶け込んでいる自分を見ることが出来ていた。所長の小林は饒舌なのが欠点だがそれを除けばあまり気にはならないし、一人しかいない風間女史は適齢期を知らない間に過ごしてしまったことを忘れているかのように落ち着いている。言い換えればあまり女を感じさせないので助かっている。(所長の話によると何度か良い話もあったらしいのだが、興味を示さないらしい。結婚願望はなくなったのかもしれない。しかし、上京の動機は恋人の転勤がきっかけであったと聞いていたし、その彼氏は他の人と結婚してしまい、そればトラウマになっているとも聞いたことがある。)
もう一人の若い営業マンの江村君は一人でマイペースで動いているので、関係ないようなもので会議の時以外はあまり話すことも無い。
小林が親会社やお客の接待で夕方から出かけてしまうと、風間女史と二人になることが多かった。「風間さん、帰りにちょっと一杯どう」「いいわよ。」そんなパターンが何回かある。そんな時間でもアルコールによる仕事疲れの癒しとストレス解消があるだけで、後は仕事関係の噂話か、食べ物の話になり、少しおなかが落ち着くと、「ジャーね。」でわかれるのが常だった。
会社の業績は時代の流れに乗るかのように順調であった。小林は海外志向が強く、口を開けば「これからは、海外だ。日本は終わった。」と叫んでいるが、松山には
あまりピンと来るものは無かった。
台湾にお客さんがあり、取引をしていることは知っていたが、行ったことは無かったし、気にもならないでいたが、突然「台湾出張」を命じられてしまった。
やれやれである。今のお客さんでのんびりやっていれば、楽なのにと思いつつ
「一回ぐらい海外も良いか。」と言う気持ちもあった。
幸い、日本語の話せるお客さんであり、おいしい酒も飲めそうだと興味もわいてきて少し元気が出てきた。「松山君、これからは海外市場を視野に入れていく時代だからそのつもりで勉強してきてよ。」
「分りました。良く調べてきます。」とは言ったものの、何も頭に浮かんではいなかった。当に「石松の金毘羅代参」そのままである。旅に出ればこっちのものだ。
何やっても、分るもんじゃないから。そのときはそんな気分であった。
松山の台湾出張は無事に進んだ。帰ってきた彼の話では紹興酒がとても飲みやすく、おいしかったようで悪酔いもせずにすんだ、また朝のおかゆ定食は胃にやさしく、日本にいるような気分でホッとしたとの事。仕事の話はついてのようなことで
聞いていた小林は何となく物足りなさそうであった。