「長期停滞の原因は需要不足にあるが、金融緩和も財政出動も限界だから、構造改革をするしかない」という言説は、よく聞かれるものである。しかし、需要不足ということは、マネーがだぶついて、実物に結びつかないという状態なので、金融緩和や財政出動に工夫の余地が存在することになる。オリンピックに限らず、スポーツの世界では、「限界」を自分で決めてしまうと、成績が伸びなくなるとされる。経済政策も同じで、「限界」の内実を見極め、最善を探ることが必要ではないだろうか。
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東大の福田慎一先生が『21世紀の長期停滞論』という一般向けの新書を出してくれた。今回は、これを基に政策の彫琢をしたいと思う。やはり、福田先生も、長期停滞の原因は需要不足にあると見ておられて、GDPギャップが解消されていることなどの矛盾点を丁寧に説明されている。その上で、極端な金融緩和や財政支出の拡大だけでは不十分であり、構造問題を大胆に変革し、将来不安を解消していくことが求められるとする。その構造問題とは、少子高齢化と財政赤字を指すようだが、具体策までは示していない。
確かに、金融緩和については、アベノミクスが始まってから、長期国債等の大規模買入れ、マイナス金利の導入、ETFの保有額倍増と次々に打って行き、円安基調になって輸出が伸び、低金利下で建設投資が盛んとなった。反面、輸入物価の上昇が消費を冷やす弊害もあり、株価上昇と地価底入れは既に手にしたから、これ以上を求めるのはどうかという感はある。しかし、財政については、国の補正後の歳出額は、2012年度を下回り続け、この間に消費増税と自然増収があって、国・地方の基礎的財政収支は、4年間でGDP比2.6%も良くなった。また、この間の保険料引上げと雇用増で、社会保険の収支改善も著しい。
資金循環統計の資金過不足で見ると、政府全体では、GDP比-8.8%から-2.5%へと6.3%もの改善を果たした。こうした年度当たりGDP比1.6%という急速な緊縮圧力を加えたら、経済はどうなるか。実質GDPは4年間で25兆円増えたものの、家計消費(除く帰属家賃)はたった+0.2兆円に過ぎない。成長のほとんどは、輸出とこれに伴う設備投資がもたらした。これでは、景気回復の実感が乏しく、消費と物価が低迷し、賃金も停滞するのは、むしろ当然であり、構造問題を持ち出すまでもない。解決したければ、緊縮を緩めるべきだろう。
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日本の長期停滞は、1997年に消費増税を主とする大規模な緊縮財政によって、デフレに転落してからである。福田先生の『停滞論』の中にも、1990年代後半に経済指標が変化したとする記述が随所にみられる。他方、欧米については、リーマン・ショック以降のことであり、これが永続的影響を与えるのかが一つの焦点となる。これに関しては、長期停滞の「先達」である日本の経験が役に立つ。下図は、日本の家計消費(除く帰属家賃)がどのような経路をたどったかを示したものだ。
日本は、リーマンショックで2008年に大きく落ち込むが、元のトレンドに戻るかのような急速な回復を示した。その後、東日本大震災で再び下降するも、足早の回復を見せ、2014年の消費増税前までに、かなりギャップが埋められたことが分かる。実は、基準改定前のGDPでは、駆け込み需要期の前に完全にトレンドに復帰していた。これから言えることは、輸出急減のショックや大災害の供給力ダウンは、取り戻せるということである。
そして、もう一つ重要な点は、消費増税は成長を屈曲させることだ。1997年の場合でも、2014年の場合でも、消費増税は3年間も消費をフラットにさせた。1997年の場合は、その後、増加トレンドに移れたものの、トレンドは増税前より明らかに低い。つまり、消費増税は、成長に永続的な悪影響を残したのである。増税前後の需要変動が癒えても、税率は残るのだから、当然かもしれない。2014年の場合は、まだ勝負はついておらず、増加トレンドに移れるかは微妙なところである。
こうして見れば、長期停滞の原因は、緊縮財政にあると言えよう。少子化は、1997年の消費増税によるデフレ転落で就職氷河期となり、非正規が族生して結婚難となったことが一因である。また、1997年以前は、財政赤字といっても、公的年金の黒字と合わせれば、深刻とは言えなかったのに、デフレ転落後は、年金も含めて大幅に悪化した。つまり、少子化や財政赤字という構造問題は、緊縮財政が生み出したものであり、それらが長期停滞の一因であるとしても、諸悪の根源は緊縮財政ということになる。
(図)
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デフレや長期停滞から脱することは、政策的には難しくない。デフレのうちから財政再建に取りかからず、賃金と消費が伸び、需要が引き締まって物価が上がりだすまで待てば良いからだ。財政再建のタイミングの取り方で、結果は大きく変わり得る。この5年程のデータで言えるのは、企業は需要を見ながら設備投資をし、家計は雇用改善の強弱で消費性向を上下させる(10/8)ということだ。遠い将来の人口減や財政破綻より、目の前の景気が投資や消費の不安を払拭する。必要なのは、急進的な財政運営の実態を、当局が敢えて説明しない中で、的確に把握し、緊縮を渇望する赤字への過大な「将来不安」を解き、節度ある穏健な財政再建の道を歩めるかになる。
(今日までの日経)
負担増 会社員に偏る 可処分所得10年で3%減。安邦保険を国家管理、中国マネー逆転懸念。「体感物価」上昇速く。M字カーブほぼ解消、労働力率は米仏を上回る。
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東大の福田慎一先生が『21世紀の長期停滞論』という一般向けの新書を出してくれた。今回は、これを基に政策の彫琢をしたいと思う。やはり、福田先生も、長期停滞の原因は需要不足にあると見ておられて、GDPギャップが解消されていることなどの矛盾点を丁寧に説明されている。その上で、極端な金融緩和や財政支出の拡大だけでは不十分であり、構造問題を大胆に変革し、将来不安を解消していくことが求められるとする。その構造問題とは、少子高齢化と財政赤字を指すようだが、具体策までは示していない。
確かに、金融緩和については、アベノミクスが始まってから、長期国債等の大規模買入れ、マイナス金利の導入、ETFの保有額倍増と次々に打って行き、円安基調になって輸出が伸び、低金利下で建設投資が盛んとなった。反面、輸入物価の上昇が消費を冷やす弊害もあり、株価上昇と地価底入れは既に手にしたから、これ以上を求めるのはどうかという感はある。しかし、財政については、国の補正後の歳出額は、2012年度を下回り続け、この間に消費増税と自然増収があって、国・地方の基礎的財政収支は、4年間でGDP比2.6%も良くなった。また、この間の保険料引上げと雇用増で、社会保険の収支改善も著しい。
資金循環統計の資金過不足で見ると、政府全体では、GDP比-8.8%から-2.5%へと6.3%もの改善を果たした。こうした年度当たりGDP比1.6%という急速な緊縮圧力を加えたら、経済はどうなるか。実質GDPは4年間で25兆円増えたものの、家計消費(除く帰属家賃)はたった+0.2兆円に過ぎない。成長のほとんどは、輸出とこれに伴う設備投資がもたらした。これでは、景気回復の実感が乏しく、消費と物価が低迷し、賃金も停滞するのは、むしろ当然であり、構造問題を持ち出すまでもない。解決したければ、緊縮を緩めるべきだろう。
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日本の長期停滞は、1997年に消費増税を主とする大規模な緊縮財政によって、デフレに転落してからである。福田先生の『停滞論』の中にも、1990年代後半に経済指標が変化したとする記述が随所にみられる。他方、欧米については、リーマン・ショック以降のことであり、これが永続的影響を与えるのかが一つの焦点となる。これに関しては、長期停滞の「先達」である日本の経験が役に立つ。下図は、日本の家計消費(除く帰属家賃)がどのような経路をたどったかを示したものだ。
日本は、リーマンショックで2008年に大きく落ち込むが、元のトレンドに戻るかのような急速な回復を示した。その後、東日本大震災で再び下降するも、足早の回復を見せ、2014年の消費増税前までに、かなりギャップが埋められたことが分かる。実は、基準改定前のGDPでは、駆け込み需要期の前に完全にトレンドに復帰していた。これから言えることは、輸出急減のショックや大災害の供給力ダウンは、取り戻せるということである。
そして、もう一つ重要な点は、消費増税は成長を屈曲させることだ。1997年の場合でも、2014年の場合でも、消費増税は3年間も消費をフラットにさせた。1997年の場合は、その後、増加トレンドに移れたものの、トレンドは増税前より明らかに低い。つまり、消費増税は、成長に永続的な悪影響を残したのである。増税前後の需要変動が癒えても、税率は残るのだから、当然かもしれない。2014年の場合は、まだ勝負はついておらず、増加トレンドに移れるかは微妙なところである。
こうして見れば、長期停滞の原因は、緊縮財政にあると言えよう。少子化は、1997年の消費増税によるデフレ転落で就職氷河期となり、非正規が族生して結婚難となったことが一因である。また、1997年以前は、財政赤字といっても、公的年金の黒字と合わせれば、深刻とは言えなかったのに、デフレ転落後は、年金も含めて大幅に悪化した。つまり、少子化や財政赤字という構造問題は、緊縮財政が生み出したものであり、それらが長期停滞の一因であるとしても、諸悪の根源は緊縮財政ということになる。
(図)
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デフレや長期停滞から脱することは、政策的には難しくない。デフレのうちから財政再建に取りかからず、賃金と消費が伸び、需要が引き締まって物価が上がりだすまで待てば良いからだ。財政再建のタイミングの取り方で、結果は大きく変わり得る。この5年程のデータで言えるのは、企業は需要を見ながら設備投資をし、家計は雇用改善の強弱で消費性向を上下させる(10/8)ということだ。遠い将来の人口減や財政破綻より、目の前の景気が投資や消費の不安を払拭する。必要なのは、急進的な財政運営の実態を、当局が敢えて説明しない中で、的確に把握し、緊縮を渇望する赤字への過大な「将来不安」を解き、節度ある穏健な財政再建の道を歩めるかになる。
(今日までの日経)
負担増 会社員に偏る 可処分所得10年で3%減。安邦保険を国家管理、中国マネー逆転懸念。「体感物価」上昇速く。M字カーブほぼ解消、労働力率は米仏を上回る。
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