経済を良くするって、どうすれば

経済政策と社会保障を考えるコラム


 *人は死せるがゆえに不合理、これを癒すは連帯の志

ちょっと気になる財政赤字と社会保障

2018年10月14日 | 社会保障
 マクロ経済を見る上で、最も重要な概念の一つは「貯蓄=投資」である。これは、会計的な恒等式であり、定義のようなものだから、正しいも何もない。ところが、その意味するところは、常識では意外に思い至らないものである。財政赤字の削減は、借金を少なくし、使っていた貯蓄を余らせる行為である。では、その余らせた貯蓄の使い途まで考える人がどれだけ居ようか。このことは、権丈善一教授の『ちょっと気になる政策思想』に出てくる左右の経済学と深くかかわる問題だ。

………
 主流派である右側の経済学では、貯蓄が余ると金利が下がり、投資が促進されると考える。すなわち、貯蓄が余っても、自動的に投資が増えるメカニズムがあるので、投資先のことを気にせずに、思いのまま貯蓄を増やせると思っている。例えば、消費増税で政府が貯蓄を余らせると、これを使えるチャンスとばかり、企業は設備投資を増やすというわけだ。まさかね。実際には、そんな経営者がいるはずがない。こうした右側の理屈が机上のものでしかないことは、4年前の消費増税という「人体実験」で証明されたばかりである。

 他方、ケインズ派の左側の経済学だと、設備投資は需要を見てなされるから、増税で消費が落ちる局面では、怖くて投資はできなくなるとする。こちらは誠に現実的だが、余る貯蓄を活かして利益を最大化していないという意味で、不合理な行動を前提にしているとも言える。もっとも、右側の論理に乘り、金利の調整メカニズムを認めるにせよ、迅速に働くかは別問題だ。日本のように、ゼロ金利で下がる余地がない中で、一気の消費増税を行うのは極めて危険で、あのIMFですら、刻むよう説くところだ。

 権丈教授がそうであるように、社会保障のために消費増税が不可欠と考えるのは、筆者も同じである。消費増税をしても、直ちに再分配に充てるのなら、貯蓄は余らず、マクロ経済上も支障はない。しかし、純増税だと、そうはいかない。過去に社会保障費の増大で生じた赤字であるにせよ、今になって増税すれば、デフレ圧力がかかる。需要リスクで設備投資が減退すると、資金や労働力があぶれ、成長力を十分に活かせない不合理な状態へ陥ってしまうのである。

………
 日銀・資金循環を見れば分かるように、政府の資金不足と企業+海外の資金余りは、対称的になっている。すなわち、財政赤字を削減して貯蓄を増やすなら、貯蓄を使う設備投資や輸出が増えていなければならない。財政赤字は政治決断で削減できても、設備投資は思うに任せないから、設備投資や輸出の動向に合わせて、受動的に財政赤字を削減するほかない。消費増税は、同時に社会保障を拡大する分しか上げられないと考えた方が良く、財政赤字の削減には、別の手段を割り当てる必要がある。

 権丈教授も示唆するように、財政破綻を避け、赤字を発散させないためには、基礎的財政収支を均衡させることと、国債金利を名目成長率と同等以下に保つことが条件となる。日本の財政当局は、表立って説明しないけれども、毎年の当初予算の歳出増加幅を、経済が1%成長した場合に得られる税収増より小さくしている。税収が50兆円なら、歳出増を5000億円以下にするということだ。加えて、補正後の歳出額は増やさぬようにしており、2021年度末には、収支均衡の目標に達する見通しにある。(コラム9/23参照)

 残る心配は、将来的な金利の上昇だが、金利には課税があることを見逃してはならない。つまり、政府は、課税の分だけ割り引かれた金利を払えば済むので、金利≦成長率の条件は、その分、緩くなる。税率が20%なら、国債残高と課税対象の民間金融資産との比率が1対5であれば、金利が上昇した際には、利払費と同じだけ、利子等からの税収が増える。すなわち、利払いのために、消費増税や年金カットをしたりする必要はまったくない。喫緊の課題は、消費増税でなく、安全性を高めるために税率を25%に引き上げておくことだ。

(図)



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 「財政赤字は社会保障費が膨らんだせい」という見方は、一面的なものに過ぎない。貯蓄と投資のバランスから見ると、企業部門が十分な投資をしない、貯蓄をし過ぎる、偏った分配をしていることが原因とすることもできる。財政赤字は、貯蓄と投資の不均衡に対応せざるを得ない「次善の策」であって、財政における貯蓄の使い途が、かつての公共事業から現在の社会保障に変わっただけとも言える。そして、権丈教授が示した左右の政策思想と同様に、どちらの見方に立つかで、採られる政策が決まってくる。

 物価と賃金の上昇率が未だ低い現状では、財政赤字をなくす最善の策は、企業や資産への増税であろう。しかし、それは政治的に極めて困難だし、右側の経済学が守備を固めている。大切なのは、財政赤字との同居という次善の策が「ジリ貧」で不安だからといって、消費増税という「ドカ貧」の下策に走らぬことだ。焦りに駆られて、「真珠湾攻撃」に突進したりせず、利子課税や日銀保有などで巨額の国債を管理し、気持ち悪くとも辛抱強く耐えていかなければならないのである。


(今日までの日経)
 「日本も例外でない」米財務長官、為替条項に言及。1次補正予算案9400億円。仮面ブロガー 事件斬る。

 ※おっと、今回も長くなったね。社会保障の役割の話は、また来週。 

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1 コメント

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Unknown (ちかみち)
2018-10-16 21:21:40
果たして、財務官僚は基礎的収支を達成しただけで満足するのでしょうか?
そのまま国債の対GDP比を盾に緊縮に突き進むだけのような。
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