KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

徳島の日本一低い山に登ってみた!

2024年01月25日 | 四国の山


相変わらず膝の調子は思わしくなく、普通に歩く分には問題ないが、事務所の階段の登り

降りの際にはやはり痛みが走る。まだまだ無理は出来ないと、先週はほぼ平らな"日本一低

い山"と地元で謳っている白鳥町の御山に登ってきた。

御山が日本一低い山として山開きしたのは2005年の事。それまでに日本一低い山とし

ては、徳島の弁天山の名前をよく耳にしていた。それでは本当の日本一低い山はいったい

どこの山だろうと調べてみると、今のところ仙台市にある日和山ということらしい。

ただしこれには色々と経緯があり、1990年代には日和山は標高6mで日本一低い山と

されていたが、1996年7月に大阪市の天保山4.53m)が国土地理院の地形図に山として

掲載されたため日本で二番目に低い山となった。その後2011年3月11日の東日本大震災の

津波と地盤沈下により標高が低くなり、その後に国土地理院が行った測量で天保山より低

い標高3mの山であることが確認され、再び日本一低い山となった。

そうなると天保山は二番目の山となってしまったが、日和山にその名を譲ってしまったの

で現在は『二等三角点のある日本一低い山』と謳っている。

では山の定義とは。国土地理院のQ&Aには『山の定義はしていません』となっている。さ

らには『日本一低い山は把握していません』とも書いてある。ただ一般的には国土地理院

の地形図に聳肩体(しょうけんたい:垂直線はそのまま、水平線を右肩上りとした書体)

で表記されたもので、かつ標高が記載されているものが山となっている。

となると白鳥町の御山は地形図には表記されておらず、条件の当てはまるのは日和山・天

保山・弁天山となる。前述の二つの山はいずれも築山で人工的に作られた山。自然の山と

してはやはり徳島の弁天山が個人的には『日本一低い山』になるのではないかと思って、

今回出かけてきた。




天気予報は晴れ、山登り?には申し分のない青空が広がっていた。ただし昨日の夜から

部屋の窓ガラスを叩く風の音が凄かった。朝になっても風は止まず、徳島JCTから沖

洲間ICが強風のため通行止めとなっていた。仕方がないので徳島ICで降りて、市内

を通り弁天山へと着いた。

弁天山は県道沿いのこんもりとした山。駐車場はなかったのでその手前の弁天市さんで

みかんを買って、車を停めさせてもらった。




額束に厳島神社・弁財天と書かれた赤鳥居を潜ると、山頂までコンクリートの道が続い

ていた。鳥居からは膝を庇いながらゆっくり登っても30秒。過去最短の歩行時間とな

った。







先ずは弁財天が祀られている神社を参拝。その祠の前にあるガラスケースの中にお金を

入れて、登頂証明書を頂いた。弁天山の周りにはほとんど建物がなく田畑が広がってい

る。その田畑の上を思いっきり北風が吹き、山頂の周りの木々を揺らしている。厚手の

手袋をしていないと手が痛い。登頂証明書を頂いたらすぐに下山開始。復路もゆっくり

と下りても30秒ほどだった。











結局、弁天山も自身の山のイメージとは程遠いものだったが、地元の人たちがそれで盛り

上がっていればいいかなってという結論に至った。

膝が痛いとはいえ往復60秒では、せっかく徳島まで来たのに勿体ないので、近くの徳島

植物園
に寄ってみた。

前回は奥様と二人でのんびりと散策したが、今日は独りで1周1.6kmの森のショートコー

スを歩いてみた。観察小道と名付けられた途中の道は400段近くの階段状になっていた

が、ゆっくりゆっくりと登って行けば問題なかった。その階段を登りきると森の休憩所

そこからは駐車場まで下り坂か階段となる。階段を下るのは少しためらいがあったので、

下り坂をまたゆっくりと下って行った。




途中の展望休憩所からは眼下に徳島動物園。西側を見ると山頂近くが白くなった大川原

高原
を望むことができた。











くねくね坂と書かれた道を下って行くと、椿の花が散って一面赤い絨毯になっていた。

その先に今度は椿とは真反対の清楚な白い色の水仙が風に揺れていた。そしてその脇

には梅の花が咲いていた。頬を叩くのは冷たい風だったが、咲いている花を見ると季

節はいつもどおりに移り変わっていっている。














年末以来距離は大したことはないがウォーキングが出来て、少し時間は早いが徳島に来た

らやはり徳島ラーメン。予てから食べてみたいと思っていた白系中華そばの岡本中華を訪

ねてみたらなんと臨時休業。店の前でどうしようかな?とスマホを覗いていたら、YAM

APに店の北側に二つの山が載っていた。どちらも山頂近くまで車で行けそうだったので、

時間も早いのでその二つの山、日峰山と芝山に登って見る事にした。




県道120号線を北に少し走り、山を回り込むようにして行くと日峰山展望台に着いた。

展望台からは北に日峯大神子広域公園の半島の奥に、徳島市の沖洲辺りの埋め立て地、少

し視線を西に移すと眉山が見えた。そして右奥には淡路島も見える。











展望台の駐車場に車を置いて、先ずは日峰山へと登って見る。駐車場から東に舗装路を歩

いて行くと、直ぐに二股になる。その二股を右に登って行き途中から山の茂みの中へと入

って行く。するとしばらく歩くとまた展望台に出た。




遠見ケ原展望台となった場所に一旦出て、そこからまた山道へと入って行くと急登が始ま

った。ゆっくりと登る分には問題ないが、足を滑らせたりすると膝に痛みが走る。慎重に

慎重に登って行く。







駐車場からは10分とかからず山頂に着いた。日峰山山頂は木々に囲まれ眺望はない。

二等三角点 日ノ峰 191.57mがあるだけだった。










山頂からの下りは、やはり足を滑らせるのが怖くて、北側に一旦下って車道を降りていく。

駐車場まで戻って今度は反対側の芝山に登って行く。こちらも車道から山の中へと入って

行くと、途中ロープが掛かったヶ所があり、注意しながら登って行くと電波塔。








その先まで登って行くと広場に出た。広場にあった案内板には日峯山と書かれていた。す

ぐ横には『名勝 日峯山』と書かれた大きな石柱が建っている。先ほど登ったのは日峰山

そして地形図にはこちらの山が芝山となっている。なんだかややこしい!

広場からは南に大きく景色が広がっていて、なかなか見ごたえがある。そして西側には日峰

神社の大きな社殿が見えた。














さっそくその日峰神社に参拝してみる事にした。山頂にあって立派な鳥居を潜って石段を

登って行くと社殿への明るい石段。その石段を登って行くと恐らくRC造らしい立派な白

い社殿。その社殿の前には今にも飛びかかりそうな狛犬が向き合っていた。










参拝した後戻ろうとしたら社殿の裏に行けそうだったので回り込んで見ると、また絶景が

広がっていた。南東には小松島港と小松島市の市街地。その港から紀伊水道を隔てて和歌

山県の山並みが、海に浮かんでいるように見える。







南西には勝浦川が勝浦町に向かって延びている。ズームをしてみると雪で白くなった山肌

と風力発電のが並ぶ大川原高原辺りの山並みが見える。レンズを少し降って見ると、先程

登った?弁天山のこんもりした林も見えた。













日峰神社からも出来るだけ山道を通らないように、半分を車道を歩いて下山。日峯展望台

へと戻って行った。先週の御山はほぼ散策といった感じで膝の具合を量りかねたが、今日

はある程度登り坂や下り坂を歩いてやはり痛みが出てくるのが分かった。それでも先週よ

りは距離を歩けた。今後も徐々にだけれど距離を伸ばして、無理せず歩いてみようと思っ

ている。痛みを我慢すれば歩けない事もないが無理して悪化させてしまっては元も子もな

い。まぁ焦らずボチボチといきますわ!





















新春最初の登山は日本一低い山

2024年01月21日 | 香川の里山

例年だと年明け仕事始めの前に、ひと山ふた山登っているのだけれど、今年は年末の六甲

山で転倒して膝が腫れて曲がらず、平場を歩くのは問題なかったがとにかく階段の登り降

りで痛みが出た。

病院が開く4日に直ぐに整形外科でレントゲンを撮ってもらうと、『骨には異常がないよ

うですが、レントゲンでは判らない、細かい所はMRIでないと判らない』と言われ、1

週間後に検査をすると『半月板の損傷ですね』と写真を見せながら説明してくれた。『水

(間接液)が溜まっているようなので抜いて、ヒヤルロン酸を打っておきます』と言われ

て横になり治療が始まると、今まで経験したことのない、重たく大きな痛みが膝に走った。

25ccほど抜きましたと言って見せられた間接液は黄色く、小さな白いカスのようなもの

がたくさん浮いていた。『これが半月板かもしれませんね』と先生。『膝が楽になったで

しょう』と言われた通り、腫れはなくなり急に膝が軽くなったような気がした。

『山登りをしているんですけどまだ無理ですよね』と聞くと、『無理です!』と即答。

『痛みがなくなればいいですか?』と聞くと、『まぁ~』と、お好きな様にと云った感じ

で冷たくあしらわれた。

そんな感じで年末のケガも後厄の最後だったと慰め、仕事が休みだった奥さんと昼から温

泉に出かけた。その帰り道に以前からSNSで見かけて興味があった白鳥神社のかざくる

まを見に立ち寄ってみた。

境内に入る前に駐車場の横の大きなクスノ木が目についた。県の保存木に指定されている

クスノキは樹齢800年と云われ、県内では唯一のかおり風景100選にも選ばれている。




駐車場から一の門を潜ると、鶴門との間に願い事を書いた札をぶら下げた、白と淡いピン

クの色のカザグルマが藤棚の様にぶら下がっていた。奥様はさっそく家族の健康を願って

お札を書いていた。




2021年秋から「参拝者にとっていい風が吹くことで、物事が良い方向に回れば」との願い

を込めて始めたというカザグルマは、鶴の門を入って右手の表回廊にも色とりどりカザグ

ルマが並んでいた。回廊の格子の隙間から風が吹き込んでくると、カラカラと音をたてて

可愛く回るカザグルマ。なるほど若い女性たちが好んで写真をSNSにアップするはずだ。







拝殿を参拝した後、東隣にある青山稲荷神社にもお参りして境内に戻ると、禊所で祈祷す

るために社務所を空けた神主さんの代わりに、ネコが留守番をしていた。










この日は参拝をした後帰宅したのだが、数日経って奥さんが『白鳥神社の裏に日本一低い

山があるって友達が教えてくれたけど、知っとる?』と。前々から当然知ってはいたが、

果たして山と呼べるのだろうかとずっと疑問に思っていた。いつもなら見向きもしない山

だけれど、今の身体の状態からすると上り下りもなく山に登れる?ひょっとして今年初の

登山になる(笑)・・・・そう思って奥さんを誘って2週続けての白鳥神社詣でとなった。




空は申し分のない青空が広がっていた。膝さえ問題なければ今頃どこかの山を楽しく歩い

ていただろう、なんて思いながら一の門から南を見ると、鳥居の奥に真っすぐ参道が続き、

そのさらに奥に小さな三角のピークが見えた。

以前から何度も登った事のある白鳥アルプスのピークのひとつの石鎚山だ。山頂には石鎚

神社の石祠があり、山頂から北を見下ろすと、手前の御旅所の森から松の並木の参道が白

鳥神社へと真直ぐに延び、南にあるこの石鎚神社の祠に向かって延びているのが分る。










駐車場の西側には石造りの御手洗池があった。夏越祭の際には御手洗池神事が池の外で行

われるようだが、本来は参拝の前にこの池で身を清めてから境内に入る為の場所だったの

かもしれない。




先週と同じように拝殿で参拝を済ませた後、本殿横から北側の松原へと出ると直ぐ横の木

にブランコがぶら下がっていた。




白鳥の松原は昭和31年に瀬戸内海国立公園に指定され、更には62年に日本の白砂青松

100選
にも指定された景勝地だ。そんな事とは露知らず、高校生の時にこの松原でゴル

フクラブを振り回していた事がある。松原の中に9ホールを造って競い合ってよく遊んで

いた。もう40年以上も前だから時効としよう。

境内を出てしばらく歩くと十字路になった場所に石の案内板があった。山頂まで90m。

歩数を数えていけば数えられるくらいの距離。ウサインボルトなら10秒もかからない

距離だ。道の途中には所々にガンジキが置いてあり、松葉が綺麗に掃き集められていた。










ウサインボルトの様にはいかないが、それでも御山には直ぐに着いた。日本一低い山と標

高3.6mと彫られた立派な御影石の石柱が建っていた。その横には三角点を模しているのか

記念碑があったので、いつもの様に写真を撮る。これで今年初登山の終了。

国土地理院の地形図には表記されていないこの御山は、YAMAPにはグリーンの山頂ではな

く、グレーのルートなし山頂のマークになっている。










日本一低い山の登山証明書をもらいに社務所によると、用紙は社務所で、証明のスタンプ

は、神社を出て西にあるお菓子屋のみなとやさんでもらえるという事で、さっそくスタン

プを押してもらって完璧!




神社からの帰り道。県内で唯一?残っているドライブインの大川オアシスで少し早めのラ

ンチ。昭和の時代には我が町内や隣町にもあったドライブインは、ファミレスやコンビニ

にとって代わってしまった。そんな中で当初から改装をせずに営業をしていた大川オアシ

スは、最近は逆に昭和レトロな“映える”スポットとしてSNSで注目されている。

先週と今週もしっかりと奥様サービス。いざ山に復帰できたら、お小言を言われないよう

にしばらくはこうやって奥様のご機嫌をとっておこう‼










六甲全山縦走4/4 六甲山~宝塚

2024年01月04日 | 四国外の山


いよいよ今回で六甲全山縦走も最終区間となる。前回の第三区間は逆うちという伝家の宝

刀で山上から麓へ降りて、へっぽこリーダーらしい言い訳(南京町で中華を食べる)をし

て楽して歩いた。本来なら新神戸から市ケ原へ歩いて稲妻坂・天狗道を登るのが正規なの

だが、邪道も邪道、その天狗道を下りながら、『これ、登るとしたらしんどいよね』なん

て言いながら、他人事のように話をしながら下って南京町でおいしい中華を頂いた。

今回の有馬ロープウェイ山頂駅から宝塚もほぼ下りの区間だが、今回は正規の順打ち。

誰にも後ろ指を刺されることなく正々堂々と下っていける!(笑)




前回と同じように六甲ケーブル下駅横の駐車場に車を停めて、8時40分のケーブルに乗

り込むと、先週よりもなんだか人が多かった。山上駅からバスに乗り換えるとやはり満員

で座ることができなかった。そして先週と同じようにスノーパークで他の人が全員降りた。

三人だけで六甲有馬ロープウェイ山頂駅に降り立ち、先週と同じようにここからスタート。













山頂駅からしばらくは県道16号線の舗装路歩き・左手に広々としたアスレチックパーク

を眺めながら歩いて行くと、頭上にネットを張ってロープウェイが通っていた。

しばらく歩くと右手に展望公園。正面はもうほぼ大阪湾になっている。




展望公園からすぐに縦走路は左の階段を登って行く。道標は六甲山最高峰と宝塚駅までの

距離が書いてある。小さなピークを左に巻く様に道は続いていたが、すぐ県道に降りまた

次のピークに向かって階段が続いている。何ならそのまま県道を歩いてもよかったかな?










一旦登ってまた降りる。正面に見える電波塔が今日最初に登るはず?だった西おたふく山

辺りだろうか。




県道の北側を二度登り降りすると、今度は県道の南側に道は続いていた。道標は六甲最高

峰まで1.5kmとなっている。この先で西おたふく山の道標を見逃してしまって、通り過ぎ

てしまう。道はこれまでと同じように県道を右に左に横断しながら続いている。

途中でルリちゃんが『あ!西おたふく山を通りすぎているわよ』と気づいたが、『どうする

、もどる?』と言いながら『六甲全山縦走も24ピークスも、西おたふく山を踏んでいない

ので、いいんじゃないですか』とへっぽこリーダー。

















六甲最高峰への取付きからピークの南を巻くようにして登って行くと、道の脇の東屋で男性

が二人休憩していた。その先を登って行くと大きな電波塔が目の前に現れた。電波塔の下の

建屋は大正ロマンぽい風変わりな建物だった。戦後この山頂には米軍のパラボラアンテナが

設置されていて、1992年までは民間人の立ち入りが禁止されていたそうだ。二つのパラ

ボラアンテナは麓からも良く見えて、六甲最高峰の場所がよく分ったそうだ。











六甲最高峰は平らな広々とした場所に背の高い山名標が建っていた。その手前にステンレ

スのプレートがある 一等三角点 六甲山 931.25m

西側を見ると六甲ケーブル山上駅の辺りの電波塔が随分遠くに見える。











広場でしばらくの間休憩した後南に下って行くと、こちらも六甲最高峰と彫られたケルンが

あった。戦時中から先程の最高峰の広場は米軍の軍用地として使用されていた為、一般人が

立ち入ることが出来ず、やむ得ず少し南にある小高い丘を六甲最高峰としていた経緯があ

る。ケルンから東屋があった場所に下って行く途中で、大阪の湾岸地区から東に広がる大

阪の平野部が見渡せた。この全山縦走路で最初から見えていた、地上55階の超高層のワ

ールドトレードセンタ(大阪府庁第二庁舎)が、埋め立てが続く湾岸地区の奥に見える。

その手前が今何かと話題になっている2025万博の会場になる夢洲になる。














山頂から県道に降りると右手に江戸時代末期から続く一軒茶屋がある。時間はまだ10時

過ぎ。いつもお腹が空いたとうるさいあっちゃんでも、いくら何でも時間が早すぎる。

その一軒茶屋から東に広場になった場所に真新しいおしゃれなトイレがあった。この場所

は、24ピークスの大会では最終エードとなっている場所だ。




六甲最高峰から先でそれらしいピークがあった。おそらく後鉢巻山だろうと言いながら、道

の脇からそのピークに向かって登って行く(道は無い)と今日二つ目のピークの後鉢巻山。

須磨公園から数えると十六座となる。山頂にはオプテージなる通信会社の基地局があった。













後鉢巻山を後にまた県道へと下りて行くと道の南に六甲山神社の鳥居と参道が続いている。

先ほどからこの県道を若い男女の学生が、部活動だろうか一生懸命に走っている。

その姿を見ながら県道の脇から縦走路へと入って行く。これまでは県道の舗装路と縦走路

を交互に歩いて来たが、ここからはほぼ地道になる。










水無山の手前で一ヵ所眺望が開けた場所があった。ここまで来ると今度はあべのハルカス

の高層ビルが目につくようになった。







これまでの二つのピークは道から脇に外れてあったが、水無山は道の途中の笹に囲まれた

場所にあった。プレートには西宮市単独最高峰と書かれてあったが、先ほどの後鉢巻山に

もたしか西宮市最高地点と書かれていたと思ったら、後鉢巻山は芦屋市の最高峰でもある

為、この水無山が西宮市の単独最高峰となるようだ。








水無山から船坂峠への下りの途中で道の脇に見覚えのある大きな岩があった。たしかWOC

登山部のまゆゆがこの六甲全山縦走でYAMAPに写真をアップしていた岩だった。

頭巾を被った赤ずきんちゃんのようだと思い、カメラの電源を入れ振り向いて写そうとし

た瞬間に、足を滑らせ転倒した。岩にぶつけて少し変な向きに足が曲がって転んでしまっ

たが、それよりも手に持ったデジカメのレンズが伸びた状態で根元が曲がってしまって、

元に戻らなくなったのが気になった。電源をオフにしたらカチカチと音をたてて無理やり

レンズを格納しようとするが納まらない。仕方がないので根元で曲がった方向と反対にね

じると何とか元に戻り、レンズは何とか格納されたが今度はレンズの蓋が閉まらない。














膝の痛みよりレンズに白い傷も入ってカメラが壊れたのが痛かった。幸い電源を入れると

レンズは出るようになったので、この後は指でレンズの蓋を開けながら写すようになった。

以前にも一度このカメラを落としてレンズが格納できなくなったが、その時も保証期間が

切れていてけっこう修理費がかかった記憶がある。今度はレンズに傷が入っているし、また

修理に出そうか、それとも買い替えようか、なんて考えながら歩いて行くと船坂峠に着いた。

船坂峠は周りの木々も疎らで明るい場所だったので、お昼ご飯をここで食べることにする。

道の両脇に分かれて腰を降ろし、今日はカップ麺。水筒のお湯だとやはり温度が下がるの

で、3分以上経っても麺が硬かった。その間も奥様たちとの間の道をトレランの人たちが

走り抜けていった。




30分ほど休憩した後、丁度12時に船坂峠を出発。しばらくは自然林の歩きやすい道が

続くと、次に今回の六甲山ではあまり見られなかった人工林の林になる。














その林を抜けるとまた眺望が開けた場所になった。この辺りでそろそろ南側の眺望とはお

別れとなる。







次の大平山にも巨大な電波塔が立っていた。電波塔への道を回り込みながら登って行くと

18座目となる大平山。電波塔を囲んだフェンスの脇に山名標が掛かっていた。










大平山から電波塔の管理道を通り下って行き、途中から右手に縦走路へと入って行く。急

な階段を下っているとやはり先ほどの転倒が原因なのか膝の関節が痛んできた。真っすぐ

に足を運ぶと何ともないのに、少しでも左右に振れると痛い。










そうこうしている内に、市道436号線の大谷乗越に出た。ここでも後ろから来たトレラ

ンの女性陣が追い抜いていった。前回まではたくさんの登山者とすれ違ったが、宝塚から

のこの区間は登山者とはほとんどすれ違わなかった。やはり宝塚から逆うちをしている人

は少なく、走っている人の方が多いようだ。この大谷乗越からさきの破線上に、地形図に

は初めてこの道が近畿自然歩道と掲載されているが、今日歩いて来た道のほとんどが、近

畿自然歩道の六甲山・大阪湾展望のみちの区間になっている。







大谷乗越から10分ほど歩いただろうか、大きく右にカーブしている途中から、次のピー

クの岩原山へと取り付いて行く。最初は適当に歩いて行くと途中で登山道らしき道に出た。

須磨から数えて15座目のピーク。以前は積み上げられた石の中央に宝塚最高峰の標柱が

建っていたようだが、今はプレートが置かれているだけになっていた。







岩原山から一旦下って自然歩道に出た後、すぐに向かいの山へと踏み跡を辿って入って行く。

するとまもなく譲葉山西峰










その西峰から東にそのまま進んでまた自然歩道に出て、また道の脇から右手に入ると直ぐ

に今度は譲葉山南峰があった。ここはさしてピークらしくもなく、プレートが今までと違

った形になっているのからすると、先ほどの西峰と一緒に無理やり名前を付けた感じがした。








次は自然歩道の北側にある譲葉山北峰。こんな短い距離の間で次々とピークをゲットでき

て奥様たちはホクホク顔。そして最後の譲葉山譲葉山東峰とも書かれていた。













譲葉山から自然歩道まで戻ると、残るは24ピークス最後の山、岩倉山となる。

この辺りになると道の脇の笹の種類が変わってきた。今までは葉の縁が白くなったミヤコ

ザサ?だったが白い縁のない笹になっていた。











岩倉山は道の脇から少し登った場所が山頂となっていた。山頂には地蔵尊を祀った石祠が

あり、その前が 二等三角点 小林 488.38m になっていた。

これで六甲全山縦走24ピークスの全てのピークを廻ったことになる。













岩倉山からはもう登りは無く下るだけ。途中にある塩尾寺にお参りを済ますと、道は舗装

路となる。道は両側に落ち葉が綺麗に掃かれていて、その先で貯水タンク越し宝塚を見降

ろせる展望台にでた。











展望台からさらに下って行くと甲子園大学の横を通る。ただここからの坂がなかなかの急

坂の下り。痛めた膝がカクカクとし始め、最後の最後に堪えた。







川沿いに住宅地の横を通り坂を下りきると宝塚の街中。武庫川に架かった大きな橋を渡る

と、今日のゴールそして六甲全山縦走のゴールとなる阪急宝塚駅に着いた。













11月22日から始めた六甲全山縦走。これを一日で歩ききる人たちがいる事に驚きだが。

WOC登山部の私と一回り違うセニョさんが2回で歩いたのにはほとほと感心する。

しかも我々は『下山後、南京町で中華を食べる』と云う言い訳をしながら、第三区間は楽し

て逆うちをしたのだ。まあそれでもこの短期間で完歩できたのは自身でも予想していなかっ

た。大都会の神戸と背中合わせの六甲山。こんなに近くの自然の中で常に都会を感じながら

歩けるコースも珍しいだろう。ほとんどの『線で繋ぐ』の計画が終われば、またいつか第三

区間をちゃんと順うちで歩いてみたい。(ほんとかな?)

追伸:転倒して痛めた膝が年を越しても直らず曲がらない状態が続いている。病院が開いた

四日にレントゲンを撮ったのだが、大きな骨折はしていないが症状が思わしくないので、M

RIで精密検査をする事になってしまった。壊れたデジカメは家に帰って精密ドライバーで

シャッターの蓋が閉まる場所を調整したら何とか元の動作をする様になったが、膝だけは自

分ではどうにもならない。どうか検査の結果何もなく、日にち薬となるように願うばかりだ。