KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

WOC登山部2020.05.27 天霧山~黒戸山

2020年05月28日 | 香川の里山


先週からWOC登山部は活動を開始して阿讃縦走路を歩いた。

最後には登山部の中では、あるあるのセニョさんのアクシデントがあったものの、

過去最高の?16名もの参加となった。久しぶりのメンバーが集まって賑やかな

山歩きとなったが、今週も取りあえずは県を跨ぐ移動は自粛という事で

麺法師さんの企画で、天霧山~黒戸山を縦走することとなった。

先週のメンバーにプラスして、自称神戸支部長のやまじいと、

初参加のみやさんも加わって15名の参加。今日も賑やかになりそうだ!


前回と同じように海岸寺駅に集合してスタート。昨日の雨が上がって、

天気予報通り青空が広がっている。




海岸寺駅の南側に回り込み登山口へと向かう途中、今日の最初の目的地の

天霧山と最終目的地の黒戸山が遠くに見える。







下道をソーシャルディスタンスを取りながら20分ほど歩いて

天霧山北尾根登山口に着くが早速の急登が始まり、間隔は直ぐに1密!に。










落ち葉の積もる急登を登って行くと、前を行くコアラさんが度々立ち止まる。

登りに強いコアラさんが前との間隔が詰まるので立ち止まるのだが、

後ろから付いて行くと度々止まられるとペースが狂ってしんどいのでの

『コアラさん!止まらんとって!』と言って先に行ってもらうことに。

すると先頭交代をした途端にコアラさんがどんどん登って行く。




コアラさんの姿が見えなくなって、ふと思い出したのが、前回にこの先の分岐で

道を間違えて真っすぐに進んでしまって呼び戻しに行ったのを。

『お~い!ちょっと待っとって!』と声をかけて、急いで追いかけて

『この先にコアラさんが間違えた分岐があるから!』と言ううと

『え?そうやった?』と本人は全く覚えていない!(やっぱり!)

道は真っすぐに電力の保線路が続いているが、電力の杭の横から左に登って行くのが登山道。




しばらくはコアラさんと二人で登って行く。週に何度も飯野山の登山道修復の為、

ザックに土を入れて登っているコアラさんのペースは速くて、付いて行くのがやっとだ!

色々と話をしながら登って行くがとにかく息が切れる。

『こう見えても優秀なんですよ!』とコアラさんが言うので

『そうですね!』と即答すると、『なんか~バカにしてる!』とコアラさん。

いやいやそんな事ないです。尊敬していますよ! (*´▽`*)




しばらくすると道の脇に石祠があった。

馬蓮祠と書かれた祠は、天霧城曲輪の最北西端になるらしい。




馬蓮祠から進むと東側に眺望が広がる見晴らし台に着く。

正面には讃岐富士の飯野山城山から五色台が見える。










展望台からの緩やかな道はすぐに急登になる。

まわりは乾いた斜面や尾根で多く見られるウバメガシの林に植生が変わっていく。








さぁ~ここからがこのコース登りのメイン!

ウバメガシの落ち葉の積もるいやらしい急登となる。皆さんそれぞれ、なんだか

腰の曲がったじいさん、ばあさんに見える! ('◇')ゞ

『滑る~滑る~!』と言いながら賑やかに登って行く。昨日の雨でこの急登がぬかるんでいるのが

心配だったが、乾いた斜面もやはり登りづらい。










この急登を登りきるとまた眺望の広がる場所に出た。先ほどの展望台より高度が上がり

東は瀬戸大橋から、善通寺五岳まで見渡せ、反対側には

弥谷山の奥に黒戸山が続いている。










更に進んで行くと土塁の跡らしきこんもりと盛り上がった場所を左手に見ながら回り込むと

天霧城の堀切に着く。ここから少し北に戻って三角点まで歩いて行くと

以前は二つに折れて朽ちていた石碑が、セメントでくっけられ、

何やら悪さをした子供が怒られて木に括り付けられているように立っていた。




方形に平らになったこの場所から更に一段上がった場所に三角点がある。

山さんが綱引き?しながら登って行くと天霧城の北東端の方形郭になる。

回り込まずに土塁を直登した後から来ていたメンバーが先に着いている。四等三角点『天霧山』ゲット!










堀切まで戻り南に向かって歩くと左側はスパッと切れ落ちた採石場の上部。

段々上になり二の丸、三の丸と書かれた郭跡を進んで行くと最後に本丸跡に着いた。










今は木々に囲まれて眺望はないが、少しだけ間から善通寺五岳や大麻山が見える。

その雰囲気から物見台があれば当時はかなり遠くまで見渡せただろう。




本丸跡からは南西に犬返しの剣の下り坂が始まる。

所々に張られたロープを頼りに注意しながら下って行くメンバー。










犬返しの剣と書かれた案内板から更に下ると306mのピークとの鞍部に着く。

ここからは犬走と書かれた先ほどの堀切への道が続いている。

ひなちゃんが以前に歩いた時は藪いていたそうだが、

この道には山城で使われていた井戸もあるらしい。




306mの標高点まで登りさらに下った鞍部には二体の石仏と、南に弥谷寺と北に奥白方に続く

へんろ道の四差路に出る。ここで一旦、休憩。水分補給と飴やお菓子が配られる。




この鞍部から弥谷山までは100mほどの登り返し。

さっきからずっと気になっていたやまじいのお尻がすごい汗で濡れている。

でも汗にしては凄い濡れようだ。『ひょっとして山じい、失禁?』そろそろ年だし仕方がないので

黙っておいてあげようと思っていたら、何気にやっさんが聞いてしまった。

すると、どうやらザックに入れたハイドレーションのチューブを差し込むのを忘れて、ボトルの水が

ダダ洩れしたようだ。『え~本当に?そんな言い訳せずに正直に言いなさいやまじい!』

失禁はともかく、チューブを差し込むのを忘れるのも、そろそろ・・・・・危ないかも!(笑)










弥谷山の山頂も木々に囲まれて見晴らしは全くない。三角点を写真に収めると、おや!やっさんの

ズボンと登山靴がまったく私と一緒じゃないですか!

(ワークマンのクライミングパンツとSIRIOのP.F46-3)







弥谷山から黒戸山への稜線は何度がアップダウンを繰り返しながら四国電力の鉄塔巡視路にもなっていて

とても歩きやすい道が続いていく。道の脇には何ヵ所か南側が見下ろせる展望ヶ所があり、

綺麗に並んだ善通寺五岳や高瀬の街並みが広がっている。










木陰ではまだ梅雨前の湿気の少ない爽やかな風が吹いていて気持ちよく歩いて行ける。

前を歩くツーオクさんと5月に行けなかった燕岳の話になり、

ツーオクさんは友達と燕山荘に泊まり、満点の星空やブロッケン現象に感動したという。

今回のコロナさえなければ・・・・・『いいな~!』







黒戸山山頂はあまり広くないので、326mの標高点を少し過ぎた道の脇の木陰でお昼ご飯にする。

ご飯を食べ終えた麺法師さんは、随分と寛いでいる。







全員で記念撮影の後、同級生のみやさん・ツーさん・山さん・麺法師さんの四人組も記念撮影。







昼食場所から少し下るとまるでプールのような巨大なヌタ場がある。以前からあるヌタ場だが

二年前の冬に来た時には水が凍って姐さんが載っても割れなかった。

これだけのヌタ場があると言う事は、この山域には相当数の猪がいるんだろうな~。







最後の鉄塔広場を過ぎると黒戸山への登りになる。

途中の展望台からは西側の景色が広がっている。











黒戸山山頂は猫の額ほどの狭い山頂。以前にセニョさんが修理した

キティー山岳のプレートの無事も確認できた。










木々の上から『特許許可局』と鳴く声が聞こえてくる。

『何の鳥?』とゆかりんが聞いてくるが、以前に教えてもらったのに思い出せない。

すると野鳥観察が趣味のやっさんが直ぐに『ホトトギス!』だと教えてくれた。

山頂から北に急坂を下り登り返すとモアイ像を少し崩したような岩の横を通ると

麓に先ほどは見えなかった津島神社が見え始める。










黒戸山展望台はさらに先の最後のピークにある。

前を歩くやまじいとゆかりんが何やらやり取りをしている。

どうやら、やまじいがやまじいと呼ばれるのが嫌だと言っている。

うさぎ年にちなんで『白兎(はくと)』と呼んでくれと言っている。

『判りましたやまじい、でもそんなカッコイイ名前は似合わないので

やっぱりエロじいと呼ぶことにします!』

展望台からは西側から北の眺望が広がり亀笠島や志々島が良く見える。










展望台から北へは初めて歩く道。道の脇にはロープが張られて急な下りが続いている。

犬返しの剣を下ってきたメンバー。同じような坂に随分こなれて上手に下って行く。
















所々にある露岩に後ろで杉さんが『こりゃ、いかんわ~!』と言っている。







露岩を下ると道の横には垂直に切り立った岩壁。足元には亀の甲羅のように割れて模様の入った石。







先ほどの同級生四人組のように仲良く並んだ四本の大木を横目に見ながら

最後の坂を下りきると見立不動院に着いた。










九年前にむらくもさんが歩いた時のレポートに載っていた写真とは随分と変わって、

院の壁はきれいなトタンが張られ、周りもきれいに掃除が行き届いている。

ここで恒例・久々のコーヒータイム!今日はIRIBITOさんのお店のマンデリン!

コーヒーを淹れてくれるのはいつもこのマンデリンをお店で買い求めているというあっちゃんが担当。

美味しいハンドドリップでの淹れ方をIRIBITOさんがレクチャーしてくれる。







15個もカップが整然と並ぶ光景は初めてかもしれない。








先日買い求めた私のうどん脳のマグカップが、大きすぎて欲張り!とみんなに言われてしまう。

酸味がなく苦みが強いマンデリンだが、あっちゃんの淹れ方が上手なのか

雑味が無くてとても美味しくいただけた。




あれ~麺法師さん一人だけが疲れて?うなだれている。







見立不動院からは海岸寺駅まで奥白方地区の下道を歩いて行く。

沿面距離10.6km。行動時間5時間30分のなかなかの里山歩きとなった。

今月末で県を跨ぐ移動は解除されるようだ。来月の登山部は久しぶりに県外だ!








今日のスーパー地形図(GPSアプリ)のトラック



今日の3Dトラック



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WOC登山部2020.05.20 阿讃縦走路

2020年05月21日 | 香川の里山
先週の笠ケ峰から星越山への周回で、色々とあって星越山を断念した後、

さて今週はどうしようかと考え、え~ちゃんが県境歩きでうろついている

三頭越え竜王山辺りに目をつけた。

REIKOさんにも花の場所を事前に聞いたりしていたが、

なんせ花音痴。花に詳しいえ~ちゃんみたいに、花を目当てに歩くのも・・・・なので

三頭越え辺りで周回できるコースがないかと考え色々調べていたら、

今週からWOC登山部を一部再開し土器川源流から三頭越えを歩くと案内が来た。


三頭越えにはもちろん引っかかったが、

緊急事態宣言も香川県は解除されたものの、県を跨ぐ移動は依然と制限されている中、

5週間ぶりの登山部。どうしたもんかと一応考えた。


4月20日に山岳4団体が「コロナウイルス収束までの登山自粛」を呼びかけた後、

ネット上では様々な意見が飛び交った。ただ十把一絡げの曖昧な呼びかけに対して

YAMAPはそれぞれの地方での実情を踏まえてアナウンスを出していたので

個人的には一番納得できる内容だと思ってこの間一人で里山を歩いていた。




そして5月14日に特定都道府県以外に解除がなった後、何のアクションもない山岳4団体と違って

YAMAPはすぐにメッセージを出した。

・公共交通機関の利用は極力控える
・都道府県をまたいでの遠征登山は控える
・移動の際は立ち寄らずに帰宅する
・複数人で登る場合は、ソーシャルディスタンス(約2m)をとる
・地域住民の方への配慮を忘れず、地域のルールや方針を事前に確認する
・医療機関や救助隊に負担をかけぬよう、危険を伴う登山は避ける

という内容だ。長々となったがその点で言うと今回の県内での

WOC登山部活動再開は取りあえずOK!だろうという事で参加することにした。


おおよそ一ケ月ぶりの登山部の再開に、予想に反して(眺望も山頂感もない山に)

大勢のメンバーが集まってきた。やはり皆さんこの間の自粛でウズウズ?していたと実感。

前回登山部で阿讃縦走路で歩いた土器川源流から

三頭越えまでが今回のコース。琴南の道の駅に集合してそこから乗り合わせで

(マスクをして出来るだけ喋らず、窓を開けての対策をして)

県道108号線を土器川源流まで走る。峠の道の脇に車を停めて支度をするが

もうすでに女性陣が賑やかに話し込んでいる。ヌ・ヌ・ヌ!ソーシャルディスタンスは?

って感じだが、それは一ケ月振りの再会、仕方がないと・・・・・黙認!

『お久しぶり!』とひなちゃんに挨拶。前回最後の山行をギックリ腰で休んだ

IRIBITOさんは、あれから癖になっているらしく、これでガラスの腰の殿堂メンバー入りとなった。







南側には吉野川越しに徳島の山々が見えている。位置的には

黒笠山矢筈山辺りだけれど、雲がかかって特定はできない。




峠から東に進むと民家の脇から縦走路が始まるが、久しぶりの登山部に麺法師さん

張り切ってそのままアスファルト道を進んで行くので、『お~い!ここから』と呼び戻す。




縦走路の道は明瞭で少しづつ高度を上げていく。

所々に掛けられている案内板だか、木札にまるで印刷したようなきれいな文字が書かれている。

この木札は阿讃縦走路ではなく讃岐山脈縦走路となっているが、麺法師さんによると

最近は阿讃山脈ではなく、讃岐山脈と学校でも教えられているということだ。

でも母校の校歌には『黎明(あした)に高く聳え立つ、

阿讃の峰にこもりたる・・・・』と謳われてるんだけどな~。







『久しぶりでしんどいわ!』といいながらセニョさんが歩いて行く後ろを付いて行くと、

オンツツジが朽ちてフラワーロードになっている。







緩やかに高度を上げていく道にはその道を塞ぐように倒木が何ヵ所も!

そのうちに最初のピークにある三角点『境』に着いた。久しぶりの山歩きで勘が鈍ったのか?

先頭を歩く三角点マニアのセニョさんと麺法師さんは気づかずに通り過ぎていくので

『お~い!三角点があるよ!』と呼ぶと、慌てて二人が戻ってきた。ここにもキティ山岳会のプレート。

このキティー山岳会のプレートは県内の里山のあちこちで見かけるが(けっこうマイナーな山にも)

その活動は一切不明で(ネットで調べても出てこない)不思議な会なのだ!







生い茂る木々の隙間から少しだけ南側の景色が見えるが、吉野川に沿って街並みが広がり

南の山間にも続いている所を見ると貞光町かな?と。




先週までのさぬき市辺りの里山にはユキモチソウを度々見かけたが、

これはアオマムシソウかな?




小刻みにアップダウンを繰り返し右は杉林、左が自然林の道が続いていく。







道幅が狭く登り坂になるとどうしても間隔が詰まって来て、いかんいかん!ソーシャルディスタンス!




樹林帯の中から青空が広がる場所に出た。右側はどうやら美馬モーターランドらしい。

道の左側は伐採された檜が転がり萱原の藪の丘になっている。GPSを見るとどうやらこの上に

三角点『勝浦』があるようだ。珍しくセニョさんが躊躇しているので先ずは藪こき特攻隊で

私が登って行く。刈られた萱が折り重なり足元が悪く、茨で手をひっかき出血しながらも

登って行くが、それらしい場所は藪の中。『ダメや~!見当たらん!』と言いながら

最後に伐採された木の上に上がり見渡してみると、赤い杭が見えた。

その杭をめがけて藪をかき分け進むと足元に三角点。







『あったよ~!』と呼ぶとセニョさんを始め、物好きなあっちゃん・ルリちゃん・やっさん

ゾロゾロと集まってきた。セニョさんも『今までこれだけ探すのに苦労したのはあんまりなかったな~』と

言いながら、いつも以上に満面の笑顔で三角点バンザイ!




三等三角点・勝浦をゲットした後は、美馬モーターランドの広場を見ながら

鞍部で待つメンバーの元へまた藪の中を下って行くと、鞍部は二股越え(立石峠)の案内板がある。

以前にエントツ山さんが、単独無支援の5泊6日で阿讃縦走路を踏破した際に

この三角点勝浦をどうにも見つけることができずに失意に暮れてビバーグした場所だ。







ここからは三頭越えまで2.8km。県立自然公園の道として

整備されているらしく、この立派な案内板がしばらく続いていく。




県立自然公園だけあって所々にベンチがあり幅の広い快適な道が続いていく。

植林地の道の少し窪んだ場所にはイノシシのヌタ場が二つほどあり、

高木に囲まれた薄暗い道の脇にはギョウリンソウが一株。

途中で征木と影三角へと書かれた分岐の案内板を通過。










ほぼ平坦な道から少し登り詰めると四等三角点『征木』があった。今日の縦走路で最後の三角点となる。




ここからはしばらくは植林地と自然林の境の道が続くが、それが終わると自然林の中の道になる。










麺法師さんが先頭で足を滑らせるが、決定的瞬間を取り損ねた!




新緑の眩しい道の脇には散り始めているけどまだオンツツジが目を楽しませてくれる。










少しアップダウンを繰り返すと最後は三頭峠への下り坂が続いていく。

ぬかるんだ下りの道にカメラを構えるが美味しいネタをなかなか提供してはくれない。







三頭越えは阿讃の交易の峠としてこの辺りで一番往来のあった場所。

広場になっている場所にある鳥居の額束には徳島側からは『金毘羅大権現』、

香川側からは『三頭大権現』と彫られている。そもそも三頭越えは、この峠の南にある

金毘羅宮の奥の院と云われる三頭神社から由来しているという。

徳島の人が金毘羅宮をお参りした後、三頭神社にもお参りしたらしい。

その三頭山には幕末から明治にかけて門前町が営まれ旅館が立ち並び賑わっていたという。

この峠にも当時は茶屋があり、峠を登ってきた人たちが一息入れた場所だったということだ。







鳥居の南側には以前からオッパイ地蔵と呼んでいたが触られて胸の辺りが

テカテカになった石仏?(みんな考えることは一緒のようだ)と




反対側にもう一体の石仏が向かい合っている。いままでお地蔵さんと思っていたこの二体の石仏は

エントツ山さんのレポートで、この二体は天宇受売命(アメノウズメノミコト)と

猿田彦大神(サルタヒコノオオカミ)だということを初めて知った。






アメノウズメノミコトは天照大神がへそを曲げて岩屋に閉じこもった時に、岩屋の前で裸になって踊って

周りに居た神々をざわつかせて、引きこもった天照大神に岩屋の扉を開けさせたという伝説の神様。

サルタヒコノオオカミはニニギノミコトが降臨した際にすったもんだの末、アメノウズメノミコトの

色気に絆され高千穂までの道案内をした神様だそうだ。道案内の神様としてサルタヒコノオオカミは

峠に相応しいとは思うのだが、アメノウズメノミコトまで祀られている謂れが気になるが、

どうやら二人は結婚したらしいと言う事なのでいつまでも一緒にと言う事だろうか?

オッパイにやっさんと一緒にタッチ!(にやけすぎて奥様には見せられない写真です)

ゆかりんに『この間から女体山やらオッパイやら、ほんまスケベやな』と言われてしまう。




丁度お昼時なのでここでお弁当を広げることにする。




天狗の原型の説があるサルタヒコノオオカミの鼻は何故か折れていて、目元は蜘蛛の巣だらけになっていた。

ご飯を食べた後時間があったので、先ほど奥さんのアメさんのオッパイを触った事を

サルタさんが憤慨して天罰がくだったらいかんので、木の枝でその蜘蛛の巣を払いのけてあげる。

『もう決して不純なことはしないので、どうぞお許しください!ね』




峠から久保谷への道は先ほどまでの縦走路と比べると、随分と植物が目につくようになった。

ここからの道は山野草の宝庫で、花好きのえ~ちゃんとkamatamaさんも結構頻繁に訪れているらしい。

ヨウちゃんがそんな山野草を探しながらウロウロしている。

え~ちゃんのブログの読者のヨウちゃんは花の場所を聞こうとえ~ちゃんのブログにコメントをしたが

全く相手にされず返信もないと悔やんでいた。え~ちゃん、せっかくのファンが・・・・・!














この道は江戸中期から昭和30年代くらいまで、徳島の山間部の農家から県内の農作業の為に賃借りしていた

借耕牛が行き来していたという。最盛期には年間2000頭近くがこの道を通ったというが

今はその面影もなく、道幅は細くなりザレて歩きにくい場所もある。








次第に沢沿いの道になり何度か渡渉を繰り返す。

道の脇の石仏と小さく積まれたケルンが目につく。










山野草ではフタリシズカが峠近くではまだ青々としていたが、高度が下がって行くと

次第に白い花が目につくようになった。初めて参加のつーさん・つーおくさんとヨウちゃんが

新緑の緑の中に溶け込んで飲み込まれていくように見える。










麓に近づくにつれ沢の水の流れは大きくなり、小滝が連続していく。

何度か歩いた事のある道だが、何故だかあまり記憶に残っていない。










渡渉の場所では何度か道を間違えそうになるが、とにかく沈しないように渡って行くと

何やら先頭の方から騒がしい声が聞こえてきた。遠目で判らなかったがどうやらセニョさんが沈?







いつもならメンバーそれぞれとの話をネタにするのだけれど、

これだけ離れて歩いていると近くにいる人との話ししか書けない。

ソーシャルディスタンスも不便なもんだ!




斜面の地表に大きく太く根を張る巨木を横目に見ながら歩いて行くと久保谷に着いた。

登山口の脇にある鐘つき堂の鐘を鳴らして本日の山行は終了!

国道をしばらく歩いて道の駅へと戻って行く。













この間一ケ月以上の独り歩きは静かな静かな山歩きで、以前の里山歩きの難しさや楽しさを

思い出し味わう事ができたが、登山部のメンバーとの賑やかな山行も、

これはこれでまた良し楽しい時間となった。

県内を跨ぐ移動はまだできないので、しばらくは出来るだけ人が少ない里山を歩く事になりそうだ。

早くこのメンバーと笹の広がる稜線や里山とはまた違う爽やかな風の吹く山に出かけたいもんだ。



今日のカシミールのトラック



今日の3Dトラック
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里山に遊ぶ 2020.05.13 笠ケ峰

2020年05月14日 | 香川の里山
『里山に遊ぶ』も5週目に入り、色々考えたが今週は先週の続き笠ケ峰に焦点を当てた。

6年前に本宮山から笠ケ峰を周回しているので、

日下峠から笠ケ峰を繋げば、本宮山までトラックが繋がる。





地形図には載っていないがGoogleMapには笠ケ峰の南東の三角点に星越山の名がある。

取りあえずこの三角点まで歩き、少し引き返して五名に下りて日下峠まで周回できないかと調べたら

現在の地形図には載っていないが昭和58年の地形図には(国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスで)

はっきりと道らしい線が五名ダムの方へ続いている。これで「No Problem」




ただ先週の悪路歩きの事もあるので更に詳しく見てみると

昭和39年の空中写真には地形図の線に沿って耕作地が広がり、民家のようなものも見える(シメシメ!)




しかし昭和56年も空中写真だと耕作地らしき場所はほとんど残っていなくて(えっ!)




平成になると全くその影もなく、地形図からも道の線は消えている。(え~~!)

一抹の不安が頭を過るが取りあえず下山路は出たとこ勝負だ~い!




そうこうしているともうひとつ、星越山までの途中に耕作地があるのが目についた。

拡大して目を凝らすと民家らしい建物も見える。

ヌ・ヌ・ヌ!これは最近流行りのテレビ番組の『ポツンと一軒家じゃ~!』




地形図にもよくよく見ると確かに豆粒のように畑の記号と小さく民家の形が載っている。







写真で見ると畑も荒れていないようなので、ひょっとしたら今まだ人が住んでいるのかもしれない。

ならばやはり麓の五名にに下りる道もあるはず!

それにしても国土地理院の地図・空中写真閲覧サービスは随分と操作性も良くなり

年代をおって地形図や空中写真を閲覧できるので、今は地形図から削除されていても

古くは行き来のあった道を探すのにはとても便利だ。

更に『点の記』では三角点の詳細な情報(その場所の所有者まで)が判る。

点の記には『ポツンと一軒家』辺りまで自動車で行け車を停められると記載されている。







と言う事で随分と前置きが長くなったが、恐らく今日の周回コースは眺望もなく

ただただ線を繋ぐのがテーマ!

(でもこれはこれで、事前に地図や空中写真を眺めながら色々考え想像するのがまた楽しいのです。)

おっと忘れていたがもうひとつ『ポツンと一軒家』探検隊!も。


そうこうしている内に町内の同級生からLINEが入った。

『水曜日休みが取れたからどこか連れて行ってくれ!』と。

本来ならGWに燕岳へ遠征する予定だったメンバーの一人。

『眺望は全くないと思うけど、それでもよかったら!』と返事をすると即、『どこでもいいので!』と。

東京に在住で現在STAY HOMEの在宅勤務で身動きの取れないもう一人の同級生に、

『ゴメンね!』と断りをいれて、一ケ月ぶりに独り歩きから解放された。


先週と同じく日下峠に車を置いて8時過ぎにスタート。

事前に調べて置いた北側へ少し下った所にある取り付きへと向かうと、途中で先週見かけた

峠の祠とは別に、道の脇にひっそりと佇む石仏が目についた。傍らには目新しい花が添えられている。







県道のアスファルト道を下って行くと、電柱と保安林の看板のある場所に山側に続く道がある。

ここからが笠ケ峰への登山口になる。







幅の広い道がしばらくの間続き二股になった所で左側の道へと入って行くといきなりの急登。

ソーシャルディスタンスで歩こうと話をしようと思ったら、

先へ歩いて行く同級生に追いつけずどんどん間が開いて行くばかり、

これじゃ~普通にソーシャルディスタンス!







一旦、谷筋に出ると何ヵ所か細い丸太がかかっているが、ほぼ水は流れていなくて空沢になっている。







谷筋から離れていくとまた急登が始まっていく。

九十九折れに続いている道は花崗土が乾いてとても滑りやすい。

先を歩いていた同級生も立ち止まって『これは急やな~』と言いながら息を切らせている。




すると木々の向こうに北側の眺望が開けていた。さぬき市の里山や屋島や五剣山も見える。

麓の大川ダムの横の花崗岩が露出した見覚えのある山肌は、以前にその岩の斜面をダム湖から登った後、

適当に下って行くと最後に掴まる木がなく滑り落ちそうになり死ぬかと思った経験をした場所だ。







今日一番の展望のある場所から少し登って行くと大川町と白鳥町の町境の道になった。

道には町境の石柱に番号がふられてこの先も続いていく。




この辺りから植生が変わり大きな木が目立ち始め日差しを遮り、

吹いてくる風で汗が冷えて少し肌寒く感じ始めた。







太く大きな倒木があったり、病んだ木や地中ではなく地表に根を這わせて

よく立っていられるなと思うような大木があったりと、とても雰囲気のいい道が続いていく。










ほどなく龍王神社の石祠のある山頂に着いた。

木々に囲まれて眺望がほとんどないが、少しだけ木々の間から田面の辺りらしい景色が見える。













この山頂から少し歩いて行くと三角点のあるもう一つの山頂に着く。

三等三角点、笠ケ嶺(559.71m)。




ここにはおなじみのキティーちゃんのプレートと〇米さんの札がある。

キティーちゃんのプレートは以前にWOC登山部のセニョさん

割れたプレートをDVDで裏当てして接着剤を付けて洗濯ばさみで留めている。

後でセニョさんに連絡すると、洗濯ばさみを回収してほしかったようで、次回への持ち越しにする。










三角点のある山頂から地面いっぱいに散っているツツジの花が目に入り、

何気にそちらに進んでしまって、南東に続く登山道が見つからず右往左往をしてしまう。







仕方がないのでGPSで以前に歩いたトラックを確認しながら少し藪いた斜面を

下ったり登ったりしながら何とか登山道へ軌道修正。




登山道は落ち葉の積もる急坂。『滑る!滑る!』と二人で言いながら下って行く。







この辺りには『これ本当に松ぼっくり?』と思うような巨大な松ぼっくりがゴロゴロしている。




急坂を下りきった鞍部には以前にも見かけた木の祠が見えた。

祠の横から北側に下って行く道が見えると言う事は、山頂の龍王神社への北の笠松の集落からの往来があったようだ。




鞍部からも明瞭な道が続いている。目新しい木札が木の枝に掛けられているが、

『507へ』と書かれているものの矢印がないので『どっちが507なんやろ~』と。







次に『登山口へ』とだけ書かれた木札。これも矢印がないので案内板にならない。

新緑の浅い緑とオンツツジのオレンジ色が木漏れ日に当たって輝いている。







以前に本宮山からの周回で間違えて南に進んでしまった尾根を今回は辿って行くと、

確かにこちらの方が道が明瞭で判りやすくて間違えるのも納得ができる。




しばらくすると道は痩せ尾根特有のウバメガシの植生に変わってきた。

込み入ったウバメガシの林の尾根は次第に露岩がゴロゴロし始める。










二人で『ええ~感じやん!』と言いながら岩の痩せ尾根を下るが、

ここでも先週と同じようにウバメガシの乾いた小さな落ち葉が足を滑らせる。










次第に道が不明瞭になってくると木々の間から左に伐採地が見え始めた。

どうやら二つ目の目的地の星越山への道を外れてしまったようで

最後は伐採地の作業道の法面を降りた。




伐採地の中の作業道はあちらこちらで分岐をしていて、進んで行くと途中で行き止まりになり

その度に何度か引き返すが、伐採された道の脇から一ヵ所だけ東の景色が見え、

虎丸山と大内町と白鳥の市街地が広がっている。

普段遠征で県外の山ばかり登っている同級生は虎丸山を初めて知ったと言う。

『阪神ファンの聖地やで!』というと『俺、ヤクルトファンやから燃やしてやろうか!』

などと恐ろしい事を言っている。熱狂的な野球ファンの気持ちは測りかねる。










ネットでは大内ダムの南の星越峠から筑波山と通り星越山まで歩いている人がいた。

次はそのコースを歩けば更に東の白鳥アルプスを経て引田へとトラックは繋がって行くと考えている。

ただそこから東の虎丸山が最難関で、恐らく星越峠からの道はなくほぼ全て藪こきとなるはず。

以前に南側から登った時もすべて藪こきで往生した。しかも周回ルートが考え付かない。

取りあえず今からのシーズンはオール藪こきのルートは厳しいので

冬からの課題として残しておくことにした。




作業道の下の谷筋にテープがチラチラと見え、作業道に分断された道かもしれない

と思いながら進んで行くと突然、猪避けの柵が現れた。どうやらポツンと一軒家の上に出たようだ。

柵の上には二本の電気線が張られている。しかも何匹もの犬の吠える声が聞こえてくる。

このルートを考えた時にポツンと一軒家が単純に目についたが、当然この猪避けの柵で

囲まれていることに思いが及ばなかった事が悔やまれる。これでは下山のルートが危ぶまれる。




仕方がないので柵から星越山に続く尾根めがけて藪の中を登り返す。

同級生は登山道の整備された山ばかり登っているので、あまり藪こきはしたことがないらしく、

『冒険やな~』と言ってくるが『こんなんいつもの事やで~』と。

やっとのことで尾根に出ると少しは歩いやすい道になるが、途中でテープも見失い

やっと見つけたテープに沿って下って行くと小さな沢に出た。

ところが反対側には全くテープが見当たらず、ここで星越山への意欲が途切れてしまった。




星越山への撤退を判断(笑)また藪いた坂を登り返し、先ほど見かけた西側に続く踏み跡を辿って行くと

相変わらず何匹もの犬の鳴く声が聞こえてくる。

すると突然『ズドーン』と大きな二発の鉄砲の音が鳴り響いた。

振り返って同級生に『オイオイ、撃たれんやろか~!』と言ってドキドキしながら下って行く。

しかも今は自分が前を歩いている・・・・!

ここで撃たれたらシャレにならないので『オ~イ!オ~イ!』と叫びながら

猪避けの柵まで来ると、中に他人がいるのが見えた。

『何しょんかいの~』と言うので『すみません、道に迷ってしまって・・・。』

『五名へ下る道はないですか~!』と聞くと『来た道もどったら』のような事を言って柵の中に入れてくれそうにない。

この柵の中からは麓に下りる道があるはずなので今更藪の中へ戻る気力もなく困り果てたが、

それでもしばらく話をしているうちに気分が和らいだのか、『ここから入り~』と柵を開けてくれた。

『ポツンと一軒家・不審者・猟銃』といろんな言葉が頭を巡るが、傍に近づいて会話をすると

色々と話を聞かせてくれ始めた。




先ほどの二発の猟銃の音は空砲で、普段は山に入った猟犬に『戻れ!』の合図だそうだ。

するとさっき捕まえたばかりやと指さす檻の中を見ると、小さなウリボウが中でウロウロしている。




『空中写真でみたらこの辺りに一軒家があるのは知っていたんですが』と言うと、

『あ~、ポツンと一軒家のテレビが取材に来たわ!』と。

『エ・エ・~本当ですか!』ちきしょう朝日放送に先を越されてしまった!

どうやら取材にはもう一度来るそうで、今はこの状態だからいつになるかわからないそうだ。

段々畑になった敷地の中にはあちこちに檻があり、生きたままで捕まえた猿や大きな猪もいる。







先日もカップルが迷い込んできたと言うので、若い男女を想像してこんな所まで来るなんてと思い、

『いくつくらいの人ですか?』と聞くと

『70歳くらいかな?奥さんは散々藪こきさせられてもう二度と来ないと怒っていたわ!』と。

70歳でカップル?と思ったが、まぁ~たしかにカップルには違いないわな。

物珍しさで敷地の中をウロウロしていたら本人さんの写真を撮らせてもらうのを忘れた。

広い敷地の中には山羊や犬が繋がれずに走り回り一見するとのどかな風景だが、

やはり山の中の一軒家。知らない人間がしかもとんでもない場所から出てきたら不振に思うだろうし

こちらもどんな人が住んでいるかもわからず心臓に悪い。ポツンと一軒家探検隊は今日で解散とする!




教えてもらった敷地の西側の柵は開けられていてそこから麓への道を辿って行く。




伐採地への道の脇を通り右手の谷に沿って下って行くが、左側は削られた法面になっている。

空中写真で見た道沿いには耕作地が広がっていたので、考えていた道はどうやら谷の反対側のような気がする。

麓の道まで出るとゲートが閉ざされ、一般車両は入れなくしてあった。










ここからは先週と同様に日下峠までの下道歩き。時折先週歩いた檀特山や東女体山の稜線が見える。

照り返しのきついアスファルトの上の登坂は、歩き疲れた足には堪える。










北側からは傘の形に見える笠ケ峰も、こちら側からは二つのピークがあるのがよく判る。

足が怠くなってきたころに日下峠に到着。10.5km、4時間30分の里山歩き。

迷走迷走続きのルートとなって時間の割にはどっと疲れが押し寄せてきた。

今日は風が強く湿気もなく歩きやすかったが、これからは暑さが堪えるのは間違いない。

明日には救急事態制限は解除されるようだが、県を跨ぐ移動は自粛となるだろう。

県外の爽やかな風の吹く峰々の稜線を歩ける日は果たしていつになるのだろうか。




今日のトラック



今日の3Dトラック
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里山に遊ぶ2020.05.05 檀特山~東女体山

2020年05月06日 | 香川の里山



先週の里山歩きの女体三昧を堪能?した後、さてさて今週はと考え、

五名から東女体山に続く保線路から時折顔を覗かせていた檀特山に先ずは的を絞った。

以前に北側からの登山道を登った事はあるけれど、今回は東に続く尾根が目に入った。

たしかエントツ山さんが以前のレポートに本宮山~笠ケ峰さらに檀特山を周回していたのを思い出し、

レポートを再読して見ると、東の日下峠からの尾根道はどうやら問題ないようだ。

ただその時のエントツ山さんは北側に下りているので、そのコースだと半分は下道歩きとなる。

色々と頭を悩ませていたところアンジーパパさんから救いの手が差し伸べられた。

先週の東女体山への麓からの参道がどう考えても保線路を辿ったのでは距離が長すぎ腑に落ちないと

レポートに書いたところ、『北側の鈴竹からの林道に女体宮の鳥居があり、東女体山に続いている』と、

さらに『檀特山から西への町境も籔いていなく問題ない』とコメントを頂いた。

これで頭に圧し掛かっていた雲が一挙に晴れ、檀特山と東女体山も繋がり

一挙両得、檀特山から東女体山への周回コースが出来上がった。


大川ダムから南に走ると日下峠の道の脇にある広場に車を停めスタートする。

傍らには旧来の峠道らしいお地蔵さんが祀られ、その横には290mの水準点があった。







少し北側に下がった所から西に林道を歩いて行く。ここでエントツ山さんは340mの三角点へ登っているが、

直ぐ奥に植林地の作業道が見える。WOC登山部の三角点マニア?のセニョさんがいたら

絶対藪こきしてでも340mへ取り付くだろうけど(笑)、あっさりとこちらの道を選択。




杉林の中の作業道は伐採地となりここから檀特山からの尾根と340mとの鞍部へと登って行く。




町境となっている尾根は防火帯を思わすような予想以上に広い道が続いている。

途中で南側の伐採地からは340mのピークの右にガスのかかった笠ケ峰が見える。













時折道幅が狭くなるが尾根を外さなければ問題なく、今日初めての鮮やかなミツバツツジ。

道は緩やかになったり急坂になったりを繰り返す。







そのうちに410m辺りで尾根を塞ぐように大岩が現れる。この辺りから尾根の地質が変わったのか

ウバメカシが密生し植生が変わってきた。







時々立ち止まっては自撮りをしていくが、足元が悪かったり急坂だったりすると

10秒タイマーでは間に合わず、こんな写真になったりする。




531mの標高点を過ぎると今日唯一、北側の大川町の眺望があるが

麓の大川ダムが確認できるほかはガスがかかっていて遠くまでは見渡せない。




道は相変わらず小さくアップダウンを繰り返しながら続いていく。地形図の等高線ではさほどではないけれど、

実際に歩いてみるとかなりの急登がある。







しばらくすると右手に作業道が見えた。ここからは尾根の北側は杉林、南側は自然林の尾根になる。

目の前に大きな桐の花がぶら下がっている。聞こえてくるのは鳥の鳴く声だけ。

春先から練習をしてきたおかげでウグイスもきれいな声で鳴いている。







痩せ尾根を過ぎると尾根は藪いてきた。通れそうなところはかき分け歩き、

無理な場所は北側の植林地へ逃げながら進んで行く。







藪を抜け、鮮やかなオンツツジを横目に見ながら進むと見覚えのある檀特山に着いた。

ここまでで約2時間弱かかっている。先週同様約15kmの周回コース。全時間は6時間ほどを考えていたが

エントツ山さんの日下峠~檀特山の1時間30分を参考にしたのが間違いだった。







清滝大権現が祀られる石祠の周りは広場になっていて、その昔は雨乞いの祭事が行われていたという。

檀特山は男得山?かななんて先週に続いて不純な考えでいたら

インドの仏道修行山にならって付けられた霊験あらたかな山名だという。

広場には三等三角点・檀特山。







さぁ~ここからが今日のメインイベント?南西への町境を辿ってまずは下って行く。

ところが石祠の後ろの道を進むとどうやら北側の登山道を下っているのに気づき後戻り。

山頂に出る手前に張られていた白いビニールテープが道迷い防止?の

道かなと思い戻ってみるもGPSでは町境の線を外している。

一旦また戻ってみてまた登山道を少し下ってみるも痩せ尾根で南西側は崖になっている。




いよいよ困り果ててとにかくGPSを見ながら町境の線に沿って山頂から急斜面を下ると

途中からは所々にテープがあり、まずは安心。これなら山頂でも取り付きのテープがあったはずだが

どうやら見逃してしまったようだ。







一旦、山頂から鞍部まで降り何度がアップダウンを繰り返す。鞍部には大きな大きな桐の木。

振り返ると檀特山山頂が見え、少しだけ南東の眺望が開けているが相変わらずのガスの中。










三つ目のピークの533mの標高点からはガラッと道の風景が変わってきた。

ウバメカシがすき間なく密生する尾根道。







四方八方にくねくねと枝が伸び密集しているウバメガシの林は何だか騒がしい。

どこでも同じだが表面がツルっとしていて乾いた小さな葉の積もる道は滑りやすい。




最後のピークを過ぎると岩とウバメガシのけっこう急な尾根になる。

落ち葉の積もる斜面を避け岩を辿り辿り一歩づつ下るので時間がかかる。







枝を握り岩の上に足を置きゆっくりと降りて行くが、時折トラップ岩に騙されて

足を置いた途端に崩れていく。『あぶない、あぶない』。こんな所で転んだら・・・・。

頭から血を流す自分の顔が目に浮かんできた。里山にしては随分とワイルドな道だ。













少し余裕が出てきたのでGPSを見ると町境の線は西に振れているがそのまま真直ぐに進んでいる。




仕方がないので町境の方向へと谷側の斜面へ修正。

ところがどっこいここからが悪戦苦闘の斜面。先ほどの岩の道とは打って変わって

腐葉土のような柔らかい土の斜面は足を踏み出した途端に滑って行く。







木から木へ、まるでムササビのように飛びつき木の根元に足を置く。

そうでもしないと立っているだけで足元が滑って行く。

その内に今度は枯れた立木のトラップに引っ掛かり、手を当てた途端に木は倒れ、

体重移動をしたあとだったので大きく尻もちをついた。




木と木の間隔が広く飛び移れないところで躊躇していたら上から太いツルが伸びている。

これ幸いにとロープのようにして掴んで降りるとツル全部が頭の上から落ちてきて

思わずひっくり返りそうになる。今日3回目のトラップ!

こうなると手に持つストックが邪魔だが、ザックに仕舞う余裕もない。




ヤレヤレいい歳したおっさんがこんな山の中でひとり何してるのかと思いながら、

『エイッ!』と声を出しながら木から木へと飛び移るのを繰り返し、何とか谷筋に下りると

地形図に載っている林道の間地ブロック積みが頭の上に見えた。

何とか林道まで這い上がった時にはどっと疲れが出た。僅か40mほどの下りだったが

随分と時間がかかってしまい体力も消耗してしまった。腰を降ろして大休憩。




鈴竹地区へと続く林道は所々で崩れているがしばらくは緩やかな下り坂。

ガスが流れて青空が広がり東女体山の尾根と鉄塔が見えた。

先ほどあれだけ悪戦苦闘して下った山の斜面は人の苦労も知らぬ顔で

涼し気な新緑の色に包まれている。







見えた鉄塔が随分と遠く高く感じてだんだんと気力が萎えてきた。

このまま林道を下って鈴竹へ歩いて行こうか・・・という軟弱な気持ちが頭を過る。







砂防ダムの下の古い橋を渡り道を回り込むと、アンジーパパさんが教えてくれた木の鳥居が見えた。







近づいて見上げると確かに額塚には女体宮の三文字が刻まれている。

女体・女体・女体~!とさっきまでの萎えた気持ちから、何故か気力が湧いてきた。

『男って単純よね~』とどこからか声が聞こえてきそうだが、心機一転気持ちを新たにして?山道へと取り付いた。




ここからは参道のはずだが道は崩れほとんど道の体をなしていない。

山側から崩れた土で埋もれ油断すると足を踏み外し谷側に落ちそうになる。







『しかしこんな道。いくら信心深くても普通の人は登れないだろうな~』と思いながら歩いて行くと

次第に道が怪しくなってきた。アンジーパパさんが教えてくれたのは472mの標高点を通る支尾根のはずだが

取り付きから所々に付けられたピンクのテープを辿るとどんどん谷筋を進んで行く。

最後は472mとは谷の反対側にテープは続いている。








このピンクのテープは林業関係者や国土調査の人も使っているので、

果たして道を導いてくれているテープかどうか?所々で小さな滝がある。

流れる水は少ないが岩肌はぬめっているので雨の後には結構な水量になるのだろう。




谷筋を高巻くようになると道はまた急登となり10歩歩いてはひと呼吸の繰り返し。

女体への道はそう簡単には攻略させてくれそうにない。やれやれ~!

すると急登に長いロープが張られている。と言う事は・・・・?



普段登りではあまりロープを頼らず登って行ける場所がほとんどなのだが、

ここはとにかく足が滑る!片手にストック、片手にロープを握って登って行く。

そこを登りきると少し崩れた石積みが残る場所に出た。やはり人の行き来があったと言う事だ。

でもさっきのようなロープを使ってまで登る参拝者などいるはずもなくまた疑問が残る。

ここでも腰を降ろして菓子パンをひとつ頬張る。




この後も踏み跡と見れば見れないこともない登りが続き、取りあえずテープを信じて登って行く。

相変わらず足はほとんど前に進まない。




先ほどの谷筋の上流部になるのか空沢のような苔むした岩がゴロゴロする場所にでた。

落ち葉が積もり柔らかく滑りやすい斜面よりは、ガタガタするがグリップの取れる岩の間を登る。




城壁と見間違えるような割れ目の入った大岩が現れた。

いつものように岩が現れると尾根もそろそろ近いかなと

思ったが最後に支尾根に取り付くまでがザレていてもうほとんど立つこともできず、

さっきの下りのように木を掴み、根元に足を置きながら這い上がる。







『人~生、楽ありゃ苦~もあるさ』と水戸黄門の歌を口ずさむが、今日は苦ばかりのような気がする。

支尾根もまだまだ楽はさせてくれそうにない。ただ木の根としっかりとした足元は

今までの不安定な足元と比べると天国と地獄。いつもなら愚痴りそうな急登もなんのその!







やっとのことで鳥居から初めて平らな場所に出た。距離にすれば大したことはないが

標高差250m程度を1時間以上かかったことになる。『恐るべし女体山!』

と言うか自分の体力のなさが悔やまれる。木々の隙間から保線路の途中にあった603mのピークが見える。




一服した後さらに岩の点在する尾根を少し登ると保線路に出た。この先を鉄塔広場を通り

保線路から分かれて直登すると先週も来た東女体山にやっとこさ着いた。




『遥~々~来たぜ女体山!』と言うほどの距離ではないけれど、疲労感としては十分!







ここでまた新たな疑問が湧いてきた。取りついた麓の鳥居には、

しめ縄を模した藁の綱には真新しい御幣が付いていた。

この女体宮の石祠にも同じく御幣が巻かれている。雨に濡れて痛んでなければ色褪せてもない。

誰かがやはり絞めなおしているはずだが、とてもじゃないけどさっきの道を麓の人が

登ってくるはずもなく、やはりアンジーパパさんが歩いたという472mからは古道があったのだろうか?


取りあえず『今日はここまでで勘弁してやら~』とうそぶいて、先週登った保線路を下って行く。

この道も山側からの土が溜まって谷側に傾斜が付いていて、先週はとても歩きづらいと感じたが

今までの難路に比べたら格段に歩きやすく感じ、道の脇に咲く草花を愛でる余裕も出てきた。










『ほ~せんろ・保線路(とりゃんせ、とおりゃんせ)、ここはど~この細道じゃ』などと

バカな替え歌を謳いながら保線路を下って行く。

道の脇の木の枝からあちこちで細い糸をだして虫がぶら下がり、顔についたり腕についたりする。

その内に襟元から入った虫がチクっと噛んだ。蜘蛛の巣だと直ぐに気が付くが、糸が細くて見えにくい。







何度も顔に付いた糸を指で除きながら歩いて行くと林道の取り付きに出た。

荒れてザラついた林道を進むと今日初めてのアスファルト道に着いた。







それにしても今日はこのユキモチソウがやたらと目につく。




計画した時には下道歩きを出来るだけしないようにとコース取りをしたはずなのに

今日は散々な悪路に苦戦したせいか、アスファルトを見た途端ホッとした。




ここからの下道は予定ではまだ5km以上はあるはず。時間はすでに歩き始めて6時間30分を経過していが

まだまだ先は長い!

先週歩いた浄水所のある分岐まで下り大坂峠に向かって歩いて行く。

コンクリート道からは笠ケ峰が遠くに見えた。まだあの左側まで歩いて行かないといけない。

『ふ~う』とため息ひとつつく。




少し登ってから下ると国道377号線。ここからしばらくは下り坂が続いていく。

鈴竹の集落まで来ると西に先ほど下った東女体山からの稜線が見える。

田には水がはられて田植えをする人の姿も。










アスファルトの照り返しが強く、喉が渇いて度々水分を口にする。

道の脇にあった集会所のような建物のベンチに腰掛け、最後の休憩。

足の疲れよりも腰と背中が痛い。




集会所からの先から国道を離れて日下峠への県道2号線を登って行く。

予定では途中で県道から林道を入り北に登るつもりだったが、

しばらく歩くと上の方からワンワン、キャンキャンと吠える犬の声が聞こえてきた。

そして目の前の道を大きな猿が横切って行く。なんだかめんどくさくなって、引き返して県道に。

相変わらずアスファルトの暑さが伝わってくるが、日陰を選びながら少しづつ高度を上げていくと

南に開けた谷地の奥に高平山に続く県境の稜線が見える。




水分を摂っても直ぐに唇が渇いてくる。峠の手前の日下まで来ると西から南の景色が広がっている。

足元の花が『あと少し、ガンバレ!』と声を掛けてくれてるような気がした。










モミジの新緑やオンツツジに励まされながら、なんとか日下峠に到着。







距離にしたら15kmほどだったが何といってもスタートしてから8時間もかかった。

普通の道ならこんなにも時間がかからなかっただろうが、今日はとにかく道が悪くて

この3週間の里山歩きでは最長時間となった。今日の最高気温は25度。

そろそろ暑さが気になる里山歩き。さらには蜘蛛の巣もニョロニョロやマダニも気になる。

ネットではアケボノツツジが咲いている写真も目にするようになった。

具体的な数字を示すこともなく、ただただ外出自粛を呼びかける人たち。

いつになったら県をまたいでの移動がよくなるのだろう。


今日のトラック



この3週間で前山ダムから日下峠が繋がった。



今日の3Dトラック




































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