KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

線で繋ぐ阿讃縦走路 境目~鵜峠

2022年01月27日 | 香川の里山
線で繋ぐ阿讃縦走路も予定では残すところ3回となってきた。

今日はその残りのコースの山場となるだろう境目から鵜峠を歩いてきた。

先週の中山峠から境目まではほとんど車道歩きとなったが、

今回の境目から東は、一旦山に取り付くと鵜峠まではエスケープルートがない。

以前、独りでこの東讃の阿讃縦走を歩いていた時には、ピストンか周回で

線を繋いでいたが、この鵜峠から境目までが周回するには下道歩きの距離がありすぎて、

どうにも計画が立てられず中断していた区間だった。

更には高平山から鵜峠まで周回した時に、鵜峠の手前で

酷いイバラの藪に閉口した記憶がある。ただ今回は奥様たちの車をデポ出来るので、

周回ではなく縦走が可能となり、残りはイバラの藪だけが課題となった。

奥様たちにも事前にその話をして、イバラの藪で服が破れないように、

それなりの服装で来てくださいと伝えて、先ずは鵜ノ田尾トンネル南側の

トイレのある休憩所に集合し一台をデポ。もう一台で先週のスタート地点になった

境目まで移動して9時過ぎにスタートする。『今日はどれくらいかかるかな?』と奥様たち。

『鵜峠からデポした場所までの下道歩きが4km弱あるので、6時間くらいかな?』と答える。




境目イチョウの南側に東に向かって四国のみちが続いている。

しばらくはこの道に沿って東に歩いて行く。

四国のみちの車道は中尾峠に向かっているが、途中で一旦右に橋を渡り、

川向の車道を歩いてい行く。(恐らく直進しても同じ場所に出るような気がする)














事前に読んだエントル山さんが縦走した際のレポートには、道の脇から川に架かる橋を渡るのだが

一本目の橋はスルーして、二本目の橋を渡る様にと書かれていたので、

その注意書き通りに二本目の赤錆びた橋を渡るとため池の堤に出た。

そしてため池の堤を渡って向かいに見える低い尾根に適当に取り付いて行く。










杉林の中を尾根に向かって登り、尾根に出た後東に尾根に沿って歩いて行くと県境にでた。

しばらくは里山らしい雰囲気の尾根道を進んで行く。













エントツ山さんのレポートには最初の三角点の北市場までが急登と書かれてあった。

あのエントツ山さんが急登と書いてあるのだからと覚悟はしていたが、

目の前には見上げるほどのかなりの角度で急登が立ちはだかっていた。

湿り気を含んだ土と落ち葉はとにかく足を滑らせる。道には以前はなかったであろう

登山用のロープが張られていて、途中からはそのロープを頼りに登って行く。













最初の急登を何とか登りきるとウバメカシの尾根道になった。

これで急登は終わり?かなと一旦油断させてくれるが、そうは問屋が卸さなかった。










花崗土が固まった尾根を過ぎ、比較的緩やかな道を進んで行くと

道の脇に『縦走路』と書かれた手書きの札が掛けられていた。

この札は今まであった『阿讃縦走路』や『讃岐山脈縦走路』の札とも違う

意外と真新しい札だった。ここでふとした事が頭をよぎる。

先ほどの急登の登山用ロープといい、この案内札といい、最近このルートを

地元の人ではなくどこかの団体が整備したのでは?という疑問だった。

そうするとひょっとしたらあのとんでもないイバラの藪も手を入れているかも

しれないという甘い考えが浮かんできた。










そんなことを考えながら歩いていると、また次の急登が始まった。

急登は登りきったと思わせて、またさらに続いて行く。













ロープの掛っていない場所では、中央部はとても登れるような状態ではなく、

木々のある端に寄って木の幹や枝に掴まりながら登って行く。










北市場の三角点の手前でまた一旦緩やかになり、そしてまた最後の急登となった。

ここさえ乗り切ればと思いながら何とか登りきる。

今回のこのコースをエントツ山さんは中山峠から一気に歩いてきて、

最後になってこの急登で『もうヘロヘロ!』と音を上げていたが、

確かに15km以上歩いてしかも縦走用の重いザックを背負ってこの急登。

あのエントツ山さんが弱音を吐いたのがよく分った。

軽装の私たちでさえこの急登は堪えた。あの四国三大急登と言われた

相栗峠の急登よりもキツイかもしれない。













その長~い急登が終わると、やっと四等三角点 北市場 564.1mに着いた。

ここからは鵜峠まで県境は尾根を辿っているので、

ちょっとしたアップダウンが続く程度だろうとこの時点では軽く考えていた。

しかし今回はここからもけっこうな急登と急坂下りのアップダウンとなる事をまだ知らずにいた。








北市場の三角点からは一旦下りが続いて行く。猪が掘り返した様な跡のある坂は、

落ち葉と表土が柔らかく滑りやすいうえに、足が沈み込んでけっこう足に負担がかかる。











道は自然林の尾根から次第にヒノキの人工林の尾根になり、下り坂は続いて行く。










491mの標高点の手前で北市場の三角点との最低鞍部になったが、

道の左右には道らしき跡がある。徳島側の奥日開谷からの谷筋に

地形図では途中まで破線が続いているので、ここまで繋がっているのかもしれない。

峠らしき?鞍部から491mの標高点を過ぎまた道が一旦緩やかになると、

北に木々の間から見覚えのある三角の形をした笠ケ峰が見えた。

道の脇の木にはこれも時々見かける、木の株を輪切りにした縦走路の案内札が掛かっている。














尾根道の北側には地形図にも載っている林道が見えると、

また急登が始まる。おそらく50m前後の標高差だろうけどボディブローのように堪えてくる。

そのボディブローの様ないやらしい急登が終わると四等三角点 定久 578.1mに着いた。














今回のこの区間は山頂はなく、当然YAMAPの山頂ポイントもない。

唯一三角点と標高点だけが歩いていてのポイントの印となる。

定久の三角点からは一旦下って小さくアップダウンが続く。

ゲームのキャラクターに出てきそうな丸い亀のような可愛らしい石の横を通る。










すると尾根道は一旦林道と合流したような形になった。

ここでもエントツ山さんのレポートが役に立った。

エントツ山さんはここで安易に林道に降りてしまい、そのまま林道を歩いて行くと、

どんどん縦走路とは離れてしまって、修正するのに道のない場所を這い上がったと書いてあった。

尾根には縦走路の案内札が掛かっていたが、エントツ山さんが歩いた時には

恐らくその札はなく、尾根の道は小さな松の木が塞ぐような形になっていて、

林道へ降りてしまうのは納得ができる。ただ今回は事前学習のお陰でその松の木を掻き分け

進んで行くと、しばらくは尾根に沿って下に林道が見えていたが、

やはり次第に尾根道と林道は離れていっていた。










そして鞍部からはまた急登が始まっていく。

前を歩く奥様たちが地面を見て『これは人が歩いた跡かな?』と話をしている。

道には猪が掘り返した跡があるが、それとは別に足を滑らせたような跡がある。







ここでも一旦登りきったと安堵したあとに、さらにいやらしく急登が続いている。

今までずっとブログを書いてきて、出来るだけタテの写真は使わないように

撮らないようにしてきたが、今までになくタテ使いの写真ばかりになっているのは

今回のコースはとにかく急登が多いと言う事だ。








急登の土が柔らかいのは、イノシシがそこら中掘り返しているのを見ればわかる。

踏む込むと沈んで行く柔らかい斜面はとにかく歩きづらい。

すると前を登っている二人から声が上がった。『キャー、イノシシ!』

ルリちゃんは五頭位の家族連れ。あっちゃんはその最後の一頭が

逃げていくのを目にしたと騒いでいる。以前から『鹿や猿は見た事があるけど、

イノシシだけは見た事がない』と言っていた奥様たち。ただ今回は逃げてくれたから

良かったものの、普通はあまりお目にかかりたくはない。

この時期の子供連れのイノシシにはとにかくお会いしない方がいい。










先ほど二人が人が滑った跡?かなと言っていた跡も、

やはりイノシシが足を滑らせた跡だった。

そうなのだ、イノシシさえ足を滑らせるほどの急登なのだ。













その急登が終わると南に向いて続いていた県境は、このイナバウワーの様な木の場所で

大きくカーブを描くようにして、一旦北に振って下り坂となる。

道の北側には木々の間から福栄地区星越峠の奥には大内町の市街地が薄く見えた。










先ほどの急登を登りきった所で丁度12時だった。

『あらもう12時ね!』とあっちゃんと言うので、『12時丁度にお昼ご飯でなくても

いいでしょ!』と言うと少し不満気な顔をしていたので、

そろそろ『お腹が空いた!』と騒ぎだすと思い、風の当たらない場所を探していた。

天気予報では午後から晴れマークがついていたが、いっこうに晴れそうな雰囲気がなく

木々の疎らな場所では、吹き抜けていく風がとにかく冷たい。

陽は当たらないが南側のヒノキの林の中なら風も当たらなそうだ。

道の脇へと逸れて腰を降ろしてお昼にする。







お昼ご飯の場所からまた下り、そして登り返すと右に上畑山への札が掛かっていた。











上畑山は地形図では754.7mの三角点のある場所。

その分岐の札がある場所からは少しづつ高度を下げて行く。尾根の幅も広く歩きやすい。

疎らな木々の間からはいよいよ虎丸山が見え始めた。













途中の659mの標高点には説明書きをして札が掛かっていた。

その説明書きの横には『二等三角点 上畑山』と書かれているが、

その表記は間違いだとわざわざ書いてある。







659mの標高点からはしばらく行くと高平山への分岐になる。

ただ以前歩いた高平山もイバラの藪が酷かった記憶がある。







少しづつ高度は下げてはいるが、それでも短めだが急登が時々現れる。

道も先ほどから次第に幅が狭くなり、荒れ始めた。













611mの標高点でも急登が現れ、標高点を越えると今度はかなりの急坂の下りとなる。

この急坂は木の生えていない道の真ん中をまともに下れない。

道の脇の木々に掴まりながら下って行くが、それでも立っていられなくなって

たまらずルリちゃんは尻シェード。







写真ではまず伝わらないが、かなりの角度の急坂だった。

















その急坂を下りきると丁度鵜ノ田尾トンネルの上部の尾根になった。





そこから573mの標高点までは緩やかな登坂。

標高点の手前で南東に今日初めて遮るもののない眺望があった。










そしていよいよ今日の懸案だったイバラ藪の場所となる。

その為に、今日はトゲで引掛けてたりしても良いように古い上着を着てきた。

ただその思惑は結果うれしい誤算となった。ここまでの間で、どこかの団体が整備していないか

あわよくばと考えたのが大正解!尾根のイバラの藪を避ける様にしてテープが付いている。

そのテープを目印に進んで行くと、道の北側の植林地の中を通り、

さらに萱原になると萱が刈られていた。

以前に悶絶したあの藪は何だったんだろうと思う位に歩きやすくなっていた。











散々脅かしていた奥様たちも拍子抜けした様子だった。

最後に少しだけ羊歯の中の道を抜けると、あとはどんどん下るだけ。

455mの標高点の辺りでは、更に南の眺望が開け、その内に見覚えのある峠道に飛び出した。

以前にイバラの藪で散々苦労した時はこの峠に着いた時は随分と安堵したが、

今日はさほど苦労せずに歩けたので、そこまでの感慨深さはなかった。
















ここからは今朝車を停めた場所までの4km弱の下道歩きが残っている。

以前歩いた時は峠から北に下道を歩いたが、途中で道は崩落していて

その形が残っていないほど酷かったが、南側の道は意外ときれいに整備されていた。




それでも最後にアスファルト道を歩くのは疲れる。その気を紛らわすように

三人でくだらない話をしながら歩いて行くと、1時間弱で車を停めた

国道318号線に飛び出した。この道の入り口にはチェーンが張られ

通行止めの掲示板があり、その内容は車両も歩行者も通行禁止と書かれていた。

今回は歩いた後に気が付いたと言う事でご勘弁!

行動時間6時間20分。沿面距離15.6km(内下道約5km)

予想以上に急登が続いて、今までの阿讃縦走路の中では一番厳しい区間だったかもしれない。

さすがの奥様たちも今日は疲れたご様子だ。

次週はこの鵜峠までまた下道を登り、そこからが縦走路のスタートとなる。

今回同様に余分に1時間近く時間がかかり、しかも歩行距離は過去最高に

なるかもしれない。ただ今回の区間で、距離と共に高度差が足に堪えるのがよく分った。

出来るならば次回は上り下りが少ないようにと願いながら帰路についた。










今日のトラック



今日の標高グラフ



今日の3Dトラック
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線で繋ぐ阿讃縦走路 境目~中山峠

2022年01月21日 | 香川の里山
先週はトレーラーのスリップ事故で国道193号線が通行止めになり、

奥様たちが集合場所の中山峠まで来られなくなったので

順延となった、阿讃縦走路の境目までの間を今日繋いできた。

とは言え今日は大寒。一年で最も寒い日。集合場所までの国道と、

デポ地点となる境目までの県道の路面状態が気になるところ。

その路面状態を確認するため朝少し早めに家を出て、境目までの

途中まで車を走らせたが、先週の様なアイスバーンになったヶ所もなく、

車の移動も問題ないと判断して、中山峠へと引き返した。

中山峠には時間通りに西から奥様たちがやって来た。

さっそく荷物を積み替えスタート地点となる境目に移動。

境目のシンボルの大イチョウの手前のバスの展開場に、

邪魔にならないように隅っこに車を停める。

この大イチョウは伝承では、戦国時代大阪の夏の陣を戦った侍が、

徳川方の豊臣残党狩りを逃れてこの地に隠れ住んだが見つかり、

この大銀杏の下で切腹して果てたと言われている。

また気根が空中に下がっているのが乳に似ていることから、

「ちちいちょう」とも呼ばれていて、昔 子の飲ませる乳が足りない人が

この銀杏の木に一合の米を供えて乳がよく出るように祈願したそうだ。







その大イチョウから北側に四国のみちの道標がある。

道は県道から東に続いていて直ぐに二手に分かれて

取りつきには八丁坂の道標が立っていた。

ただその道標を気づかず谷筋に向かって真っすぐ歩いてしまって、

しばらくしてルリちゃんが気づいて『この道じゃないよ!』と。

慌てて引き返してミカン畑の横のコンクリートの坂を登って行く。











コンクリートの道が終わると、落ち葉の積もった雰囲気の良い道になる。

道の傍らには所々に石仏が祀られていて、ここから東かがわ市、大坂峠を経て

霊山寺へと続く、へんろ道にもなっている。










尾根の頂部にはベンチが設けられていて、そこから西に向かって下って行き

猪避けの柵を抜けると日開谷川に沿って開けた長野地区の集落に出た。













南に向かって緩やかに谷底平野が続いて、明るく田畑が開けてとても雰囲気がいい。

そんな田畑の中を横切り日開谷川に突き当たると、奥様たちは川に架かった橋を渡り、

県境となっている川に沿って歩こうと言っているが、地形図を見ても道は無く、

事前に見たYAMAPの活動日記のひとつには対岸の川沿いには道は無いと書いてあり、

もちろん川の中を歩く事も出来ないので、北に向かって歩くと国道377号線に出た。







ここからはしばらくは車道歩きとなる。道の途中には大きな無人販売所があり、

あっちゃんが覗き込んでいる。その販売所の先に今度は

道の脇に3頭の黒毛の和牛が繋がれていた。その横の牛舎の中にも何頭の牛が飼われている。

買主らしいおじさんがやってきて話を聞くと、繁殖用のメス牛らしく、繋がれている3頭のうち

2頭が身ごもっていて、少しお腹が大きくなっていた。

この国道、山間部にあるにも関わらず次から次と10tダンプが行き来していて

歩道のない道なのでけっこう気が気でない。











国道が北に振る辺りから県境の日開谷川とは離れていくので、国道から左に折れて

車道を歩いて行くと大きな養鶏場があった。鳥インフルエンザの防疫の為に

入り口には白い消石灰が撒かれていて異様な雰囲気がする。







養鶏場を過ぎ、猪避けの電気柵に沿って車道を歩いて行く。

この道にも所々に石仏が点在していた。

そして道の脇に不法投棄の注意書きのなかなかシュールなプレート。











しばらく歩くと道は県道3号線志度山川線になる。その県道が500mほどで

今度は県道105号線との三差路に出た。







三差路の南側に民家が一軒あり、屋根の塗装工事をしている最中だった。

その民家の脇が本来は県境となるのだが、三差路の少し北側にある

電柱に巻かれたピンクのテープの場所から尾根へと取り付いて行く。







取付きからしばらくは薄い踏み跡を辿って登って行くが、途中からは

その踏み跡からは外れて尾根に向かって登って行く。

すると木の幹に巻かれた赤テープがあり、そのテープを目印に登って行くと尾根に出た。














尾根に出ると県境となり、今日初めて県境の杭を見る。

そして里山らしい灌木の中の尾根道が続いて行く。











北西に向かっていた尾根道が南西に向かって振った場所では、北にも尾根道が続いている。

反対側から歩いてきた場合は先ず間違えそうな場所だ。

南西に折れて直ぐに、今日初めて見る阿讃縦走路の札があり、

その札にもやはり道は縦走路は折れ曲がっていると書かれてあった。




右にヒノキの植林地を見ながら、小さくアップダウンをしていくと、

左に太陽光発電の広く開けた場所があった。










太陽光発電を過ぎ急登を登りきると、今度は更に開けた採石場らしき場所に出た。

その採石場の北側には矢筈山が見えた。

その場所から急な斜面を下って行くと今度は採石場の中の作業道に出た。













作業道の取りつきは讃岐山脈縦走路の木札がかかってあった。

この中山峠から境目までの阿讃縦走路の山道歩きは14kmの内の4.7km程度。

この木札は阿讃縦走路で度々目にしてきたが、阿讃縦走路ではなく讃岐山脈縦走路と書いてある。

今までの縦走路ならともかく、今日のこのコースが讃岐山脈になるかは疑問の残るところ。

ここからは採石場の中の作業道を歩いて行く。平日なので作業をしていないかが気になりながら下って行く。










すると採石場の下から大型ダンプが2台上がってきた。ダンプは西側の高台まで上がって

積み荷を降ろして直ぐに戻って行った。どうやら最初は砕石場だと思っていたこの場所は、

採石場の跡地を利用した、残土の処分場となっているようだ。













作業道を道なりに処分場の入り口に向かって下って行く。その間何台かのダンプとすれ違うが、

運転手の人は特に気にする事もなく、注意されることもなかった。








一年前に歩いた方のYAMAPの活動日記には、巨大な採石のプラント施設が残っていたが、

今はそのコンクリートの基部が残されているだけだった。










処分場の入り口の建屋を過ぎ少し下ると道の脇に階段があった。

その階段を登ると阿岐武神社の祠があり、その祠の正面の石段を下ると狛犬と鳥居。







鳥居の前の橋を渡ると左に道が続いていた。何も考えずそのまま谷筋を安易に歩いて行っていると

ここでもルリちゃんが『また間違っとる!』と声を上げた。










今回のコースはこの辺りが肝になる



県境のコースよりそれらしい道が続いていて、今日2回目の道間違い。

また引き返して、少し分かりづらいが赤テープと阿讃縦走路の木札のある場所から取り付く。

ここからは今日一番の急登が始まる。木の枝に掴まりながら、足を滑らせながら登って行く。













急登を登りきり尾根道になっても赤テープは続いているが、448mの標高点まで来ると

そのテープが見当たらなくなった。少し三人でうろつく。










地形的に北西への尾根に行きそうになるが、GPSを見ると県境からは外れている。

仕方がないのでそのまま県境尾根となる北に向かっている尾根まで、トラバースでして藪の中を進んで行く。

少し離れてしまった奥様たちに、声を出して位置を確認しながら歩いて行く。










何とか軌道修正をして北尾根から麓に向かって下って行くと、

山際に建つ廃屋のある場所に出た。廃屋から少し進むと今度は護岸工事をした槇川に出た。

川の向かいには立派な民家があり、丸太の橋?がかかっていた。

その橋をじっと見つめるあっちゃん。『渡りたいんでしょ!』と言うとニンマリ。










丸太二本を束ねた橋。板ではなく上部が丸まっているので真直ぐには進めず、

横に向いてのカニ歩きで渡って行く。後に続くあっちゃんもカニ歩き。







慎重なルリちゃんは橋を渡らずそのまま川に沿って歩いて、川の中にある

コンクリートの堤を渡って向かい側まで来た。

川から車道に出ると竹屋敷地区の集落の中を西に向かって歩いて行く。








車道を走る車の音が聞こえてくると、国道377号線が見え始めた。

その国道の下を潜りダイハツの看板のあるお店のから国道を南へと進んで行く。

多和力石地区の名前の由来の、弁慶が力を誇示するのに持ち上げたという力石があった。







力石を過ぎ、今度は国道から離れて橋を渡って槇川の川向へと歩く。

国道を進んで行くよりこちらの方が若干だが県境の近くに続いている。







道の正面に前回歩いた大相山の大きな山容が見え始めると、

中山峠まではあと少し。道の両側には民家が点在しているが、その半分は人の気配がない。

槇川と合流した曽江谷川の橋を渡り国道193号線に出て

中山峠の朝デポした場所まで戻って行く。行動時間4時間38分。沿面距離14.3km。

あのエントツ山さん曰く『最も手を抜きやすく又忠実に県境を辿るのが難しいとも言える縦走ルート』と

言わしめた今回のルート。県境のほとんどが川の中で、その川に沿っての道は無く

車道を歩けば楽勝だが、それだと県境から外れてしまう箇所もある。

それでも今回、ほぼ県境の近くを歩く事が出来た。

次回は今日の境目から鵜峠。以前歩いた時に苦戦した鵜峠の手前のイバラの藪が、

残り三回の計画の山場となるだろう。さぁ~二月中には完歩できるかな?











中山峠まで戻って今日の楽しみの『わたなべのおでん』を食べに移動する。

お店の前には車は停まっていたが暖簾がかかっていない。

恐る恐るお店の中に入り声を掛けると、中からおばあちゃんが出てきた。

今日はお休みだけどおでんを温めて出してあげるという。

ただわざわざ温めてもらっては悪いので、断りを入れて

スタート地点に戻る途中の大窪寺へ寄り道して、前回食べた八十八庵の向かいの

野田屋さんで今回は打ち込みうどんを頂くことにした。

甘い白みそ仕立ての出汁にピリッと薬味が効いていて、冷え切った身体には

少し遅めだったが最高のお昼となった。








今日のトラック



今日の3Dトラック

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クレーター五座ならぬ四座

2022年01月13日 | 香川の里山



今週は阿讃縦走路の続きで中山峠から境目を繋ぐ予定だった。

この中山峠から境目の間の県境は中山峠からは曽江谷川が県境となり、

境目までもほぼ川の中が県境となっている。さすがに川の中を歩くことも出来ないので、

車道や里道を利用しながら、いかに県境に沿って歩くかが課題となってくる。

とは言いながら今回は山道を歩くのは僅かで距離も13km程度、

時間もそれほどかからないだろうから、途中は行動食で済ませて

昼食は中山峠の南にある『わたなべ』のおでんでお昼にしませんか?と

ルリちゃんから提案があった。なるほどこの時期におでん。

さすが女子、チェックするところが違うな~などと感心しながら当日を迎えた。

ところが前日からの冷え込みで、奥様たちの西讃では雹が降ったと連絡が入り、

ルリちゃんからは道路の凍結を心配するメッセージが朝一番に届いた。

朝出かけの家の周りはさほど冷えた様子もなく、『大丈夫だと思いますよ!』と

メッセージを返して集合場所の中山峠へと向かった。

長尾町を過ぎ前山ダムを抜けるまではいつもと変わらぬ風景だったが

峠を越えて多和地区に入った途端に周りはは一変して雪景色になった。




それでも県道は交通量もあるので路面の心配はなく、ついでに境目までの

車道を確認しに車を走らせると次第に路面の状態が怪しくなってきて、

時々アイスバーンになったヶ所がある。ただスピードを落とせば走れない事もないので

途中で引き返して中山峠へと向かうと、峠ではおわまりさんが何人も立って、

塩江方面は通行止めと言われてしまった。翌日の新聞には大型トレーラーが

スリップして2車線の道を完全に塞いだ写真が載っていた。

ただこれでは西から来る奥様たちが中山峠に来られない。

早速途中まで来ている奥様たちに連絡を入れて、取りあえず引き返してもらい

高松空港の手前のコンビニで落ち合う事にして私も引き返した。

コンビニに向かうまでの45分の間に、さてさて代替の山をどこにしようかと

色々と考えながら走って行く。コンビニに到着して奥様たちと合流すると、

時間待ちしている間に二人が考えたのはあっちゃん

まだ歩いていないクレーター五座だった。時間は既に10時近くになっている。

直ぐに移動を開始して、前回クレーター五座を歩いた時に車を停めた

平和公園墓地まで車を走らせた。


10時時10分寒風の吹く中先ずは日山へと歩いて行く。

『今日は時間的に五座は無理なので、四座でいいですか?』とあっちゃんに断りをいれ、

三郎池の堤に立つと、池の南に見える竜王山の山肌は雪で白く色づいていた。










池の堤の西端からまずは小日山への遊歩道を登って行くと

高松市街から東讃の里山が見渡せる展望台に着いた。

展望台では奥様たちが最近スマホに入れた山座を同定できるアプリの

『AR山ナビ』の画面をしきりに見入っている。










操作方法をあ~だこうだと言いながら二人で話している横で

そんな二人を眺めていると、人馴れしたヤマガラが木の枝に飛んできた。

あっちゃんが手のひらを広げて差し出すとさっそくちょこんと飛び乗って来たが、

残念ながらその手にはヒマワリの種は無く、直ぐに木の枝へと飛び去った。

恨めしそうにこちらを見つめるヤマガラちゃん!







小日山から一旦下って日山へと取り付くと、花崗岩が風化した急登となる。

乾いた花崗岩の急登は普通は滑りやすいのだが、この坂はその花崗岩が

階段状になっていて登りやすく、ルリちゃんがグイグイと登って行っている。










途中の『顎だしルート、難関の尻見坂』の立て札通り、ルリちゃんのお尻を見ながらの急登登り。

額に汗が流れ始めた頃に展望台のある日山の山頂に着いた。










山頂の展望台では次から次と軽装の地元の人たちが登ってくる。

ザックを背負っている私たちはどうやら珍しく見えたのだろう。

そのほとんどの人が笑顔で話しかけてくる。地元の人たちからすれば

この展望台が社交場になっているようだ。







三郎池の堤、小日山の展望台、そしてこの日山の展望台で時間を潰してしまったので

次の馬山へと雨山との鞍部に向かって下って行く。

こちらも階段と黒い土嚢袋で滑らないように整備されていて、

急な下り坂だがひょいひょいとルリちゃんが下って行っている。

途中にあった温度計は5°を指している。登りではそうでもないが、

さすがに樹林帯の中の下りでは直ぐに体が冷えてくる。







雨山への鞍部からは南に向かって真っすぐ車道を歩いて行く。

馬山は山の東側の竹林が取りつきになる。車道の脇に小さなピンクのテープが目印だ。

車道から山の中へ入って行くと直ぐに竹林の中の道になる。










竹林を抜け九十九折れの坂を登ると平らになった馬山に着いた。

木々に囲まれ眺望も三角点もない平凡な山頂に、直ぐに次へと西に向かって下って行く。

下って行く途中で12時を知らせるチャイムが聞こえてきた。

『あ、12時!』とあっちゃん。『さっき馬山でおにぎり食べたでしょう』と私。







馬山の西の登山口には鬼瓦を並べた建築会社の建屋がある。そこからまた南に向かって

次の日妻山へと糖山池に向かって歩いて行く。

すると住宅地に入る手前で道の脇の小さな池でガーがーと騒がしい声がする。

覗いて見ると池の中で飼われているアヒルが餌をせがんで寄ってきた。

今日はヤマガラといいこのアヒルといい、とにかく餌をせがまれるが持ち合わせがない。







住宅地を抜け日妻山の西側まで来ると、前回田んぼの畔から取り付いた場所にあった

テープが見当たらない。そして山際にはネットが張られているのが見える。

この場所は所有者の方と登山者が度々揉めている場所だ。取りつきの場所は分かるが

テープが無くなっているのがとにかく気になる。奥様たちは更に南側のため池の取りつき場所を

様子を見に行ったが、やはり前回と同じように『登山禁止』の札があったようだ。







仕方がないので一旦見性寺でお昼ご飯にして作戦会議にする。

昼食を摂りながらスマホで色々調べてみる。以前reikoさんがその登山禁止の場所を避けて

日妻山の南側へ下っていたレポートを見た記憶があったので、HPを見てみるが

そのレポートにたどり着けず、結局YAMAPを見てみると、正月明けから前回登った畦道の

取りつきを皆さん歩いている。そこで『強行突破で行きましょう!』と言う事になった。




取付きからは最初はシダの中、そして次にここでも急登が続いて行く。

その急登に途中の展望所にも気づかず珍しく黙々と登って行く奥様たち。

このクレーター五座は今回登らなかった実相寺山

250mが一番高い山だが、標高はともかく取りつきからは急登ばかりなのだ。













急登が終わり道が緩やかになってくると、四等三角点 日津間 235.8mのある山頂に着いた。







日妻山からは西に向かって最初は笹の中の道が続いて行く。

時々急な箇所もあるが、葉の落ちた木々の間から日差しが差し込み、

気持ちのいい雑木林の中の道となる。




その日妻山から一旦三郎池の淵に出て、県道を渡り大きなカントリーの建屋の奥から

山際へと、今度は南に向かって登って行くと平和公園墓地からの道に出る。

少し南に進むと取りつきにはテープがあり、左上に向かって道が続いている。

道に沿って歩いて行くと小さな祠があり、その祠の手前からまた急登が始まっていく。







道がトラバース気味になりさらに登って行くと雌上佐山との分岐に出た。

前回このコースをWOC登山部で歩いた時は、ルリちゃんも雌上佐山へは向かわず、

直接上佐山に登ったので、あっちゃんと二人で雌上佐山へと歩いて行った。

雌上佐山は眺望もないので私はパスして、今日最後の急登へと取り付いて行く。

上佐山山頂手前は日山の南ルートと同じような花崗岩風化して段差になった急登が続いている。

途中からはロープが張られていて掴まりながら登って行く。







ひと汗かいて山頂に着くと剪定バサミを持った初老の男性がいた。

地元の方でこの上佐山をコツコツ整備しているらしい。その男性は上佐山には他にも

南東と南西のルートがあり、南東のルートは今整備中だが、なかなかいい道だと教えてくれ、

他にも嶽山の東ルートや日妻山の北ルートなど、とにかく里山には詳しく、

奥様たちが登ってくる間ひとしきり里山談議に花を咲かせた。

しばらくすると雌上佐山から奥様たちが登って来た。初めてこの上佐山に登ったあっちゃんが

360度の大展望に感嘆の声を上げている。










するとまた二人が小日山の展望台と同じように、スマホを取り出しAR山ナビを眺め始めた。

見えている景色とスマホの画面の山の名前がなかなか一致しないらしい。







私がストックで指して山の名前をひとつひとつ教えてあげるが、

スマホから目を離さない。せっかくの大展望をもっとしっかり目視した方が

山の名前を覚えられると思うのだが・・・・。そのAR山ナビの練習が一通り終わった所で、

私の方から周りに見えている山を指しながら山名検定を始める。

問題を出してもあまり正解が出てこないので奥様たちのランクアップは今日はお預けとなる。











上佐山での展望を楽しんだ後、車を停めた平和公園墓地へと急坂を下って行く。

それにしてもルリちゃんの下りのスピードが半端ない。

ついて行こうとスピードを上げてみたら、根っこの上に足を乗せてしまってスッテンコロリン!

先ほど日妻山の下りでも落ち葉で足を滑らせ尻もちを付き、今日二回目の転倒!







そんな私を見てあっちゃんは同じ轍を踏まないように慎重に降りている。




予定していた中山峠~境目までの13kmまでの距離にはならなかったが、

沿面距離9.5km、行動時間約5時間の里山歩きとなった。

来週も天候次第では阿讃縦走路は厳しくなるかもしれないが、

計画では残り4回で完歩できるはず。2月中には何とか達成したいと思っている。




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線で繋ぐ阿讃縦走路(宿題) 大川山~柾木

2022年01月06日 | 香川の里山


線で繋ぐ阿讃縦走路、第6回の先週で余木崎~中山峠まで一応繋がった。

但し繋がったのは奥様たちだけで、既に奥様が歩いている

大川山から土器川源流の碑までが、私一人が未歩だった。

その冬休みの宿題に、今週は奥様たちにもお付き合いいただいて歩いてきた。

ただ大川山から土器川源流の碑までだと9km程度の距離。その距離の割には

車をデポするのに時間がかかる。ならばその先の三頭越えまで歩こうかと考え

調べていたら、どうやら三頭越えの手前の柾木から道の駅ことなみに向かって

破線が続いているのが地形図に載っていた。これなら道の駅に1台デポして、

大川山までの移動時間も短縮できると考えた。

ところが前日にWOC登山部のKさんが大川山の様子をアップしているのを見ると、

山頂は雪景色。途中の車道も真っ白!。Kさんは四駆のスタッドレスタイヤだったので

キャンプ場の駐車場まで走ることができたと教えてくれた。

仕方がないので、キャンプ場までの車の移動は諦め道の駅に1台デポし、キャンプ場までの道を

ノーマルタイヤでも走れるところまで移動してスタートする事にした。


幸い車道の凍結はほとんどなく、途中の展望台近くまで走ることができ、

凍結が始まった場所の手前に車を停めてスタートする。

今日は大川山からなら6時間の行程の予定だったが、ここからならプラス30分程度で

歩く事が出来そうだと奥様たちに声をかけ歩きだした。







取付きからは杉林の中、山頂直下の中寺廃寺跡への分岐の手前まで

道に薄く雪が積もった急登が続いて行く。







毎年の事だが、中寺廃寺跡への分岐は吹き溜まりになっていて雪の量が増える。

最後の階段を登りきり分岐に出ると、周りは一気に冬景色に変わった。




分岐の北側にある展望台に寄り道をしてみるが、とにかく風が冷たい。

いつもは中讃の平野部が見渡せる大川山でも一番眺望のいい場所だが、

曇り空の下あまり見晴らしも良くなく、じっとしていると凍えてしまうので、

早々に折り返して山頂へと歩いて行く。







分岐から山頂への道もいつもなら階段が埋もれるほどの積雪があるが、

今日はそこまで積もっていなく、準備したアイゼンを使わずに登って行けた。










大川神社の裏手から山頂に着くと意外や積雪はほとんど無く、取りあえず三角点へ。

境内を神社の正面に周り参拝すると、少し積もった雪を見て、

慎重なルリちゃんがアイススパイクを履き始めた。







神社からは南の展望台へ。ここから阿讃縦走路が始まる。

縦走路は何度か車道と交差し続いて行く。登山道はアイゼンの必要がないが

車道のアイスバーンは油断すると、ツルっと滑り危うく転倒しそうになる。













阿讃縦走路はほとんど眺望のない道が続くので、線で繋ぐという目的が無ければ

面白味のないコースだが、今回は時々尾根までの伐採地では眺望が開けている。







伐採地から一旦下って登り返すと大きなヌタ場には厚い氷が張っていた。

興味津々にその氷をつつく奥様たち。







ヌタ場の先は今日二つ目の三角点四等三角点 上白井 871m

ところがその三角点が見当たらない。キティーちゃんのプレートが掛けられた後ろの辺り

のような気がするが、伐採の木が積まれていて探す気にならない。

WOC登山部のセニョさんが居たなら、何が何でも探し出すだろうけど、

そこは拘りのない三人。先を急いでそのまま進んで行く。







上白井からも県境杭に沿って縦走路は続て行く。そのほとんどの県境杭のそばの木には

ピンクのテープが巻かれていて、場所によっては登山道の目印と間違いそうになり紛らわしい。

単調な縦走路も意外と急坂の下りと急登があり、下り坂では前々回にストックが3段伸びるのを

憶えたあっちゃんが、上手にストックを使って下っている。(*'▽')













縦走路が大川山から南に続いていたのが、少し東に振り始めた場所にまた広い伐採地があった。

左手には大川山のまんのう天文台が小さく見える。

東にはこの縦走路から三頭越え、寒風越え、そして竜王山に続く峰々が見える。










ここでザックを降ろして行動食を口にする。行動食といってもあっちゃんはおにぎり二個。

私にとってはほとんどお昼ご飯だ。

冬枯れた殺風景な縦走路には冠毛になったコウヤボウキだけが花を添えてくれていた。

道の真ん中には至るところに『たぬきのため糞』があった。

今まで猪の糞だと思っていたというあっちゃんに狸のモノだと説明すると

『またひとつ賢くなった!』とあっちゃん。

前回もストックが3段伸びるのを知って賢くなったとまた話をぶり返すと、

ルリちゃんから『ほんと、下り坂で急に姿が見えなくなってわ~』と

ダメだしのツッコミが入る。










白井の三角点を気づかずに通過した後、縦走路は一旦車道に出た。

車道も尾根の南側と北側では乾いていたり、雪が積もっていたりした。














車道からまた尾根道に入って行くと四等三角点 下福家 774.3m

さっき伐採地でおにぎり二個を頬張ったあっちゃんが、もうお昼ご飯の場所を気にし始めた。

『風のない日当たりのある場所で食べましょう!』と言うと、『やった~!』とニコリ。







下福家からはまた車道に出ると道に沿って太陽光発電が並んでいた。

車道は尾根に沿って真鈴峠へと続いていた。











地形図では真鈴峠と書かれている場所の車道の脇に城村神社の社殿が見えた。

『ここではご飯を食べる気がしないね』とあっちゃん。

『私はさっきおにぎり食べたからまだ大丈夫』とルリちゃん。

真鈴峠は地形図に載っている場所から更に先の切通になった場所に案内板が立っていた。

真鈴峠の由来については、峠東側の真鈴集落(まんのう町)には昔水がなく、

弘法大師が通りかかって杖で掘ったところ水が湧き出たという、

いわゆる弘法伝説によりこの地を増水と呼ぶようになり、

転じて真鈴の字を当てたのではないかという説がある。

峠道は真鈴街道と呼ばれ、阿讃の峠道の中で吉野川に最も近いため、

江戸時代から讃岐への近道としてよく利用されていたそうだ。







時間もお昼を過ぎ、これ以上あっちゃんが騒ぎだしてもいけないので

腰を降ろしてお昼ご飯にする事にした。ここの所バーナーを持ってきているので、

熱々のカップ麺が食べられる。いつもはミニのカップ麺のルリちゃんが、

珍しく普通サイズを持ってきたが、ザックから取り出したものの、

途中でおにぎり一個を口にしていたので、『やっぱり食べられそうにないわ!』と言って

カップ麵はザックに仕舞って、おにぎりを食べることにした。

『そうそう普通はそうです。おにぎり二個も食べていて、更に魚肉ソーセージと

カップ麵はおかしいですよ。』あっちゃん!




お腹を満たした後、各々が“お花摘み”と“キジ撃ち”を済ませて再スタート。

真鈴峠からの縦走路はしばらくヒノキの林の中に続いて行く。

ご飯を食べて直ぐの登り坂は、いつもながらなかなか足が前に進まない。




ヒノキ林の登坂を越え一旦鞍部に降りると『境 第零號』と書かれた石柱があり、

そこから今日初めてのロープの張られた急登。そして石柱は番号順に続いていたが、

その番号が何を意図するのかは分からない。














急登が終わるとまた単調な縦走路が続いて行く。縦走路から少し外れた天窪の三角点を

通り過ぎると、地形図では南に下る破線があるが、これも気づかずそのまま進んでしまう。

するとビニールハウスのある集落の上部に出た。













ただここはほとんどの人が同じように歩いていて、ビニールハウスの横を

道なりに歩いて民家の中へ入ってしまう。申し訳ないと言いながらルリちゃんが軒先を歩いて行った。

その後をあっちゃんが続いて行くと、ルリちゃんには気づかなかった番犬が

『ワン!』とあっちゃんに吠えつき、慌てるあっちゃん!

吠えるだけで噛みつきはしなかったが、番犬は鎖に繋がれてなく、

民家を離れるまで吠え続けて、番犬としてちゃんと仕事をしてくれていた。







その民家から集落の中に続く車道を歩いて行くと、今日一番の眺望が開けた場所。

南に続く徳島の山並みと吉野川を見下ろしながら歩いて行くと土器川源流の碑に着いた。

これで始業式を前に冬休みの間に宿題を片付けることができた。

源流の水源には正月らしくお供え物が置かれいた。
















源流の碑から東に車道を歩き一軒の民家の前を過ぎると阿讃縦走路の標識がある。

滝の奥の集落を眺めながらまた縦走路へと取り付いて行く。










取付いて直ぐに大きな倒木の下を潜り登って行くと伐採地の中の作業道の道になる。







伐採地の作業道を登りきると道はまた尾根道になり、

ヒノキの林の中を道は続いて行く。







前回歩いた時に藪の中を探し回って、やっと見つけた勝浦の三角点の

藪丘の横を通って下って行くと今度は立石峠に着いた。

立石峠は近くに二双山がある事から、二双越とも地元の人には呼ばれている。

また二双越の頂上には二ソの社(もり)があるそうだ。柳田国男が「神社の原型」と呼ぶニソの杜は、

民俗学上大変重要なスポットであり、祭礼以外では足を踏み入れることが禁じられているという。

その二ソの社が転じて二双越と呼ばれるようになったともいう。







その二双越からは美馬モーターランドのモトクロス場に沿って、

県立自然公園の道標が立つ道が続いて行く。







モトクロス場の敷地が途切れ、更に歩いて行くと道標の立つ柾木に着いた。

征木では今日の尾根道の中では一番多く雪が残っていた。







柾木からは縦走路からは外れて北へと下って行く。

雪の積もる道ではアイススパイクが下駄を履いてしまって、ルリちゃんが歩きにくそうだ。

雪が少なくなってくると余裕が出てきて、あっちゃんに煽てられてポーズをとってみる。













雪道が終わると今度は落ち葉の積もった急坂。どちらにしても足を滑らさないように下って行く。







国道438号線を走る車の音が聞こえ始めると、沢筋に出て明神川の川縁に下り付いた。

川の対岸へ橋を渡り国道を少し歩くと、ほぼ予定通り計画のプラス40分ほどで

車をデポした道の駅にたどり着いた。






今日は上着を一度も脱ぐ事のない、冷たい風の吹く寒い一日だったが、

奥様たちのお陰で始業式の始まる前の冬休みの間で宿題を片付けることができ、

スッキリした気持ちで次の中山峠から東へと駒を進めることができた。

ただここの所10km程度の距離では満足しなくなった奥様たちに、

日増しに不安を募らせるばかりのへっぽこリーダーだった。


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線で繋ぐ阿讃縦走路 相栗峠~中山峠

2021年12月30日 | 香川の里山




冬の訪れを前に、例年だと県外の山から県内の里山歩きに移行し、

県内を里山をうろつくところだが、今年は新たな目標が出来て

予てから念願だった阿讃縦走路を歩くことにした。

以前から少しづつ歩いていた阿讃縦走路だったが、周回するのも

ピストンするのも独りでは限界を感じていた。

そこで色々調べているとWOC登山部なる会があり、この縦走路を

歩いているのが目に付いた。会に入ればその内に縦走路も一緒に歩ける。

そう思って入会したWOC登山部だった。といっても会での活動が県外の山が

メインになり、阿讃縦走路は冬場に数回歩く程度でなかなか進まない。

それならいっそうのことこの冬場に一気に歩いてしまおうと、

奥様たちに提案すると賛同してくれて、歩き始めたのが11月25日。

ここに来てやっと相栗峠までつながった。

今日はこの相栗峠から大滝山を経て中山峠をまで歩けば、

いよいよ阿讃縦走路も東讃地区まで到達できる。

(私だけの宿題の大川山から土器川源流は、来年に持ち越し)


先週と同じく道の駅しおのえに集合して、まずはルリちゃんの車を中山峠にデポ。

そこから私の車で相栗峠へと向かって行った。

今回のコースで一番気になったのは、歩行距離でもなく、噂の相栗峠の急登でもなく

登山口までの道路状況だった。数日前の寒波で市内からは阿讃の峰々が白く

薄化粧をしているのが見えた。ノーマルタイヤで果たして相栗峠まで

走れるだろうか気が気でなかったが、幸い路面が凍っている場所もなく

峠の駐車場が薄く雪が付いている程度だった。9時15分その駐車場をスタート。







先ずは切り通しになった峠のコンクリートの階段から取りつき、

619mの標高点のある『展望ふれあい広場』へと登って行く。

広場への階段はこの先の急登までの前哨戦。県立自然公園の道標には

大滝山まで6.1kmと書かれている。







人の手が入らず荒れた展望広場を横目に見て進んで行くと

いよいよ急登の始まりとなる。この急登は石墨山・伊予富士と並んで、

四国三大急登と呼ばれているが、果たしていかがなものか。

私は15年以上も前に2回ほど登ったことがあるが、

ロープを使って登った程度しか記憶がない。

取りつきから見上げると延々とロープが続いている。

斜度でいえば他の山でも見られる急登だが、とにかく先が全く見えない。

それでも前を行く奥様たちは力強く登って行っている。














『あ~ストックが邪魔!』と言いながら片手にロープ。もう片手に

ストックを握りながら登って行くあっちゃん

今日のこの急登の最大の難関は何といっても落ち葉だった。斜面に積もった

落ち葉はとにかく足を滑らせてくれる。息が上がり着込んだ上着のせいで

直ぐに上半身は暑くなる。それでも20分ほどで斜面の先に空が見え始め

汗をたっぷりとかいて何とか登りきることができた。

















今日の難所の急登が終われば、あとは縦走路。いままで歩いてきた

縦走路と同じようなアップダウンの道が続いていくはずだ。

道標に従い進んで行くとフェンスに囲まれた鉄塔広場に着いた。

以前にこの阿讃縦走路で見た中央幹線の鉄塔ほどではないが、

けっこう大きく高い鉄塔と送電線が尾根を跨ぐようにして続いていた。

南には少し霞んでいるが一番奥に矢筈山から続く稜線が見える。













鉄塔広場からは道の脇に先日降った雪がちらほら残っている。

大滝山までの縦走路は何ヵ所か南北に峠道になっていて、

最初の鞍部は国地蔵峠。そしてここからの峠の

ほとんどが北側の大滝山自然公園への道は通行止めになっいていた。








杉林の中の単調な道が続いていくと、次に細尾峠に着いた。

道標には城ケ丸まで2.4km、相栗峠まで3.1kmと書いている。

城ケ丸からまだ先が大滝山なので、丁度ここが相栗峠から大滝山の中間点になる。

峠の取りつきから1時間20分、まずまずのペースだ。

今日はおNEWが二つ。ひとつはワーククマンで買った冬用のクライミングパンツ。

高松市内のワークマンを3店舗ほど回ったが売り切れで手に入らなかったが、

善通寺のお店でやっと見つけた1980円のコストパフォーマンスが最高のパンツだ。

レンガ色が派手で少し買うのに躊躇したが、残り一本だったので仕方がない。

お店の人に聞くと、仕入れてから直ぐに売れてその後は入荷がないそうだ。

今まで比較的安いブランドのモンベルのズボンでも一万円弱した事を考えれば、

冬用で厚手になってストレッチも効いていて“お値段以上ワークマン!”

買って帰った後奥さんに『少し派手かな?』と言うと、

『年をとったら派手なくらいがいいんやわ!』と言われたと奥様たちに話をすると、

ルリちゃんは、『上着とも色合いが合ってていいやん』と言ってくれた。

逆に『え~人参みたいやわ』とあっちゃんには茶化された。

もう一つはモンベルのガレナパックの25L。今まで使っていた20Lのザックだと、

雨具を入れると水筒、昼食・行動食でいっぱいになって

バーナーまでは入らなかった。先週は雨具を置いてバーナーだけ入れてみたが、

やはり20Lでは小さすぎ、かといって30Lでは少し大きい。

そこで丁度いい大きさで、雨具もバーナーも入る25Lを買ってみた。

これでしばらくは冬場の県内の山なら十分。



















鞍部になった細尾峠から少し登って行くと苫尾峠

ここでも中間歩道通行禁止の案内板が掛けられている。

以前から中間歩道はトラバース道で崩れて歩きにくい場所があった。

また2年ほど前に遭難事故があり危険個所として通行止めになったようだ。







苫尾峠を登り詰めると、四等三角点 苫尾 818.9m。鉄塔広場近くにある

平帽子の三角点は尾根から外れていて見逃してしまったので、

今日初めての三角点とYAMAPの山頂ポイント。










苫尾山からも小刻みなアップダウンは続いていくが、高低差もなく

距離も短く、奥様たちはどんどん先を歩いて行く。







阿讃縦走路はほとんど眺望がなく、ただただ尾根道を歩いて行く道。

独り歩きだと退屈に耐えきれないかもしれない。

木々の間から今日の最終目的地の大相山が少しだけ見えた。

三本松を過ぎ大生峠を過ぎる頃、

そろそろあっちゃんがお昼ご飯を気にし始めた。










大生峠から城ケ丸までの登りは、県境は真っすぐ直登。

縦走路は回り込むようにして道が続いている。

ルリちゃんと私は回り道。あっちゃんはそのまま直登の道を選んだ。







回り道もなかなか急な階段が続いていたが、直登のあっちゃんも苦戦しながら

何とか登り切り城ケ丸に着いた。二等三角点 大滝山 943.3m

時間も丁度12時なので、ここでお昼ご飯とすることにした。













今日はいつものカップラーメンと別に、会社のお歳暮で頂いた

宮城塩釜のおでんの缶詰を持参。牡蠣でとった出汁がしみこんだ具に

食欲がそそられ、あっという間に三人で完食!











さてさてここからが今日の問題の区間。ブナ峠までの間は大瀧寺の私有地の為

通行禁止と香川県みどり保全課からの表示板ある区間だ。

以前は『歩道以外は立ち入らないでください』と書かれた案内文だったが、

2年前の遭難事故で警察からの事情聴取後に通行止めとなったようだ。

そうすると事故のあったのは中間歩道ではなく、この区間での事なのか。

県も大瀧寺と何度も話し合いをしたようだが、結局通行止めという事で、

香川県勤労者山岳連盟にもその通達が届いた。ただこの城ケ丸からブナ峠までの

区間は、県内で唯一のブナの原生林のある場所。登山道としても、参道としても

素晴らしい景観の残る場所だけに、通行止めは残念なことだ。

連盟によるとこの通行止めは遭難事故によるものだけでなく、

不心得な登山者によって貴重な樹木に名前を彫ったり傷つけたりする人が

過去にいたことも関係しているのではという事だった。











大滝山の山頂は大瀧寺の境内の裏手にある。







大滝山山頂から下って西照神社の駐車場からまた阿讃縦走路が続いていく。

時間は13時前。今日のコースで相栗峠からはおおよそ中間地点となる。

昼食の時間を除くとここまでで約3時間。計画では中山峠までの歩行時間は

5時間30分と考えていたので、残り2時間30分で歩けるだろうか?







縦走路入り口から大きな電波塔を横目に見て進んで行くと、

しばらくは道幅もある自然林の緩やかな下り坂が続いていく。

『こんな道が続くといいね!』とあっちゃん。







しかしそうは問屋が卸さなかった。道はすぐにロープが張られた急坂に。








急坂が終わり更に広々とした尾根道となり、奥様たちのスピードが上がって行く。










するとまた急坂。先ほどまでは木々の間から大相山が目線の高さと

同じくらいに見えていたが、道はどんどん下って行く。勘弁してよ!

積もった落ち葉の量が半端ない。登山靴がすっぽり隠れている!














伐採された木が道に散乱した場所を過ぎ、右手に徳島側の眺望のある場所を過ぎ、

743mの標高点の先の鞍部からは大相山への最後の登り。







大相山への分岐からは緩やかな道が続き、14時20分今日最後の三角点、

三等三角点 桧ノ尾 881m、そしてYAMAPの山頂ポイント4つ目ゲット!










さぁ~ここから残り1時間。『目標3時30分!』と声を掛け合いスタートする。

しばらく歩いて行くと、阿讃縦走路では珍しく笹尾根になる。

そしていよいよ急坂が始まって行く。













中山峠までは下りだけだと思っていたが途中で二か所ほどプチ登坂。







その登りが終わると、本格的なロープのある急坂の下りになる。

奥様たちも落ち葉でグリップの利かない急坂にスピードが落ちる。

相栗峠の急登よりも、こちら側から登ってきた方が大変だったね、と奥様たち。

あまりの急坂に奥様たちに二人が、登山靴の中の指が当たって痛いと言い出した。










何とか急坂をやり過ごし道が里山の道の雰囲気になると、

国道を走る車の音も聞こえ始め、峠にある金比羅神社の屋根が見えた。







時間は15時25分。大滝山の縦走路の取り付きから予定通り約2時間30分で中山峠に着いた。











ここからは私の宿題の区間を除いて、①中山峠~境目、②境目~鵜峠、

③鵜峠~大山、④大山~碁浦と最短で4回で完歩となるはず。

予定通りに事が運べば春までには阿讃縦走路をやり過ごし、

また線で繋ぐ石鎚山から剣山が再開できるだろう。

ただ問題は①の中山峠から以東を妥協せずにほぼ県境を歩くのと、

②の鵜峠の手前のシダとイバラの道。果たして思惑通りに事が運ぶか、

年明けからの再開が待ち遠しい。
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線で繋ぐ阿讃縦走路 讃岐竜王~相栗峠

2021年12月24日 | 香川の里山



線で繋ぐ阿讃縦走路も今回でいよいよ高松市に突入。

大川山から讃岐竜王までは以前に歩いているので、

(奥様たちは既歩、私は大川山~吉野川源流の碑までが未歩だが、取りあえず

今回の讃岐竜王から東を歩いて、私の未歩部分は宿題とした。)

讃岐竜王から相栗峠までの3kmほどを繋いできた。

ただ今回計画をする中で色々考えたのが、この僅かな3kmをどうするかだった。

讃岐竜王から大滝山までは9.5kmほどなので歩く距離としては問題ないが、

車をデポするのに時間がかかる。さらに一気に讃岐竜王から大相山・中山峠まで

17kmほどなので歩けないこともないが、これもデポするのに時間がかかり過ぎる。

とにかく中山峠までを年内には繋げたい。なぜなら今週でWOC登山部が大滝山から

中山峠までを歩くので、早く追いつきたいという思いからだ。

そうなると讃岐竜王から相栗峠までがどうにも中途半端。とは言え相栗峠から讃岐竜王までを

往復するのも芸がない。そこで思いついたのが今回の周回コース。

そう言えば竜王山と云えば昔は奥の湯キャンプ場からスタートするのが普通だった。

以前に所属していた山の会でも、独り歩きでも何度も登った道。

奥様たちにも計画を提案して了解を頂いて、まずは道の駅しおのえに集合。

そこから移動して奥の湯キャンプ場に車を置いてスタートした。




大手前高校の塩江向学寮の入り口が登山口なる。ここからは竜王山への案内板に従って登って行く。







大手前高校向学寮の建屋から左に折れて竹林の中を進んで行くと、

細井の集落の下の方に入って行く。ただこの辺りには車道は無く、

里道があるだけで、道の脇に点在する家屋は何軒も既に廃屋となっていた。






一度車道を横切り道標に従い登って行くと、ガードレールのある

車道に飛び出すと山の斜面には茶畑が広がっていた。










茶畑のある場所からしばらくは車道歩きが続いて行く。

道の脇には別荘らしき建物や立派な民家が点在しているが、そのほとんどに人の気配がしない。







竜王山キャンプ場を過ぎ、細井集落の水源施設を過ぎると、道は山道になっていく。













すっかり葉を落とした明るい木々の中、サクサクと落ち葉を踏みしめながら登って行くと、

突然目の前に広大な伐採地が現れた。










ネットで囲まれた伐採地は集約化試験団地と書かれた説明板があり、

その説明によると、今まで各地で行われていた国有林での様々な試験を一ヵ所に集約し、

それぞれのゾーンに分けて試験を行っていると書かれていた。

①大苗と施肥を使用した低コスト造林試験 ②早生樹の造林技術の確立試験

③地拵省略における苗木の成長調査等比較試験 ④下刈時期(夏・冬下刈)の違いによる検証試験

⑤単木保護資材(5種類)による獣害対策の検証試験 の5つに分けている。

もともと森林技術支援センターが、森林の持つ様々な働きを効果的に発揮することを目的に

国有林をフィールドにいろいろな試験地を設定していたが、これまでは、

各試験地が散在していたため各試験の効率的な連携や比較が困難だったり、

せっかくの取組内容や成果を一般に周知することが難しくなってきたので、

比較的アクセスがよく一度に試験地が見られるようにした場所だそうだ。







登山道はその試験地の中を横断するようにして続いて行る。

ネットで出来たゲートを開けて試験地の中へと入って行く。







いままで山歩きをしていて伐採地はよく目にするが、中を歩くのはめったになく、

しかもこれだけ広大な伐採地を歩くのは始めての事。










振り返るとさっき歩いてきた細井の集落と、正面に見えるのは八丁山だろうか。




試験地の最上部でまたネットのゲートから外に出ると桧の林の中の道になる。







一旦林道を横断し丸太の梯子を登ると九十九折れの急登が始まる。

急登を登りきると地形図に松尾集落から続いている破線の道に出た。










破線の道は讃岐竜王を西に回り込むようにして続いていて、最後に阿波竜王との分岐にでる。

ここからは以前にWOC登山部でも歩いた道。讃岐竜王への最後の階段が待っていた。










奥の湯キャンプ場をスタートして1時間45分。木々に囲まれた讃岐竜王に着いた。

県別の山ではこの西にある阿波竜王が香川県の最高峰となっているのに、

(三角点も香川県側にある)なぜか阿波竜王の名前がついているのか分からない。

せめて西竜王と東竜王とするか、いっそのこと阿波竜王と讃岐竜王を入れ替えるとか。







ここからが今日の本題の線で繋ぐ阿讃縦走路の3kmの道。

阿讃縦走路らしい道標が所々に点在する道が続いて行く。

讃岐竜王から一旦鞍部に下って1005mの標高点まで登り、もう一度下って行くと

見覚えのある東屋のある鷹山公園に着いた。













讃岐竜王ですでにおにぎりを2個も食べているあっちゃんが、ここまでで

『お昼ご飯はどこで食べるん?』と何度も聞いてきていた。公園の東屋が見えたところで

『では公園でお昼にしましょうと』というと、『やった~!』とあっちゃん。

ここ最近は20Lの小さなザックで歩いてきたので、雨具を入れるとお昼食と行動食で

ザックの中がいっぱいになり、バーナーを入れる余裕がなかったが、

今日は天気予報で晴れの予報だったので、雨具を置いてバーナーを持ってきた。

少し寒くなってきた頃から昼食はカップラーメンがほとんどだったが、

水筒に入れた少し温度の下がったお湯ではやはりイマイチだったのが、

久しぶりに熱いお湯で食べると、腰を降ろすと肌寒いこの時期にはとても美味しく感じられた。




30分ほど陽の当たる公園のベンチでのランチタイムを終えて

直ぐ東にある鷹林山へと登って行く。この鷹林山は地形図には山名はなく、

標高点になっているが、YAMAPでは山頂ポイントになっている。

木の枝にビニール袋に入れられた山名札があるだけの寂しげな山頂だった。

YAMAPでは鷹林山、袋の中の山名は鷹山となっていた。

竜王山は今は麓にある竜神を待った神社が、もともと山頂にあったので付いた名前。

そしてこの山域は別名は鷹山となっているが、高松藩主が鷹狩りをした場所だったと伝えられている。




ここからは次の美女山まで急な下りが続いて行く。

するとあっちゃが短いストックのままで降りにくそうにしている。

『下りはストックを長くした方がいいですよ!』と言ってあげると

『だってこれ以上伸びないんだもん』とあっちゃん。


短いストックで腰が引けてるあっちゃん



それを聞いたルリちゃんが『あんた3段目を伸ばしたらえんや!』と。

あっちゃが『え~だってこのストック、2段しか伸びないのに』と言いながら、

よくよく見るとちゃんと3段目が伸びるようになっている。『ほんと、3段伸びるわ!』と。

以前はストックを持ってこなくて歩いていた二人だったが、私と一緒に歩くようになり

渡渉する場所が有ったりするのでストックを持ってくるようになった。

登りでは滅法強いあっちゃが、急坂の下りで急にスピードが落ちて右往左往しているのに

何度も目にしていたので、以前から何度か『下りはストックを伸ばした方が良いですよ』と

教えてあげていたが、大川山の手前の急坂でも、御来光の滝での

渡渉の時でも、短いストックのまま腰が引けながら歩いていた。

こちらも何度も同じことを言うのも何なので遠慮していてが、それでも相変わらず

短いストックのままで難儀をしているあっちゃんを見て、めんどくさいから不精をして

ストックを伸ばさず歩いているんだと思っていたら、3段になるのを知らなかったなんて・・・!

『どのストックも普通は3段になっとるやろう!』とルリちゃんにダメ出しされたあっちゃんが、

『KAZASHIさんが不親切や。ちゃんと教えてくれたらいいのに』と逆切れしてきた!




3段になっていると初めて知ったあっちゃん



それからは適当な長さまで伸ばして下り始めると『やっぱり楽やわ!』と嬉しそうにしながら下って行く。




美女山は縦走路から外れて尾根に向かって登って行く。

山頂へはまた嫌な階段が続いていて『やっぱり美女に会うには苦労せんといかんのやな』

なんて思いながら、息を切らせて登って行く。







階段を登りきり広い尾根を少し歩いて行くと四等三角点 美女 776.3mに着いた。

山頂には山名標はなく、その代わりにキティーちゃんのプレートが木の枝に掛けられていた。

『美女ならここにいるわよ!』と言わんばかりに圧をかけてくる奥様たち!














美女山からはまた急な下りが待っていた。乾いた落ち葉の滑りやすい道だが、

直滑降の道とは別に脇に九十九折れの道もある。ルリちゃんと私は脇道に。

ストックが伸びるのが分ってうれしいあっちゃんはそのまま直滑降で下って行く。













急な下りが終わると道は緩やかになり、相栗峠まで続いていた。

切り通しになった相栗峠のコンクリートの階段を降りると、峠に着いた。













相栗峠のトイレで用を済ませて、県道を下って行く。予定では県道からショートカットで

直接、奥の湯キャンプ場まで歩くつもりだったが、四国地方道路情報提供システムでは

この先の県道が全面通行止めになっていたので、来週スタートの予定の相栗峠まで

車で行けるかどうかを確認するために、そのまま県道の車道を下って行く。

さいわい通行止めとなっていた場所の工事は終わっていて、相栗峠まで問題なく車で行けそうだ。

途中では歩いてきた細井の集落と集約試験場が見えた。










今日はここ最近になく早い時間に山を下りて来たので、久しぶりに駐車場でコーヒータイム。

来週の相栗峠から大滝山、そして中山峠までの計画を打ち合わせをしながら談笑する。

YAMAPのトラックを終了すると、9.3kmを4時間18分の行動時間。

(カシミールのGPSの沿面距離では10.2km)

平均ペースは久しぶりに130~150%となっていた。ただ何故かルリちゃんだけが

110~130%となっていて『なんで?』と不満気。




来週のコースは阿讃縦走路なので道を外すことはないだろうが、

その次となる中山峠から境目までは、エントツ山さん曰く

『最も手を抜きやすく又忠実に県境を辿るのが難しいとも言える縦走ルート』だそうだ。

手を抜くなら県境からは外れるが車道を歩けばお手軽だが、

県境を辿ろうと思うと里の中を右往左往するようだ。

更には以前歩いた記憶では、鵜の田尾の辺りがシダとイバラでとにかく難儀した。

この二ヵ所をクリアしたなら後はまた歩きやすい阿讃縦走路になる。

さてさて春までには阿讃縦走路を完歩となるだろうか?

(まずは年明けには大川山から土器川源流の碑への宿題をクリアするのだ)


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線で繋ぐ阿讃縦走路 大川山~登尾山

2021年12月16日 | 香川の里山




線で繋ぐ阿讃縦走路も今回で第4回目。先週歩いた二軒茶屋登尾山との分岐から

大川山までを繋いで行く。今回も今まで通り標高の高い大川山をスタートし、

東山峠、登尾山を経て財田町へと下る、楽ちんコースを選択。

当初は猪鼻峠から登尾山・東山峠までを考えていたが、

先週同様、ルリちゃんがデポ地点を含め色々計画を立ててくれ、

『どうせなら大川山まで繋げよう!』と言う事になった。

今回の東山峠から登尾山、箸蔵街道まで繋げられれば、ルリちゃんは、一気に相栗峠まで

繋がることになる。あっちゃんと私は大川山から箸蔵街道まで未歩のコース。

先ずは財田町の道の駅たからだの里の東側にある林道に車を1台デポ。そこから奥様たちは1台で

集合場所の琴南公民館へ。そこから私の車に乗り換え、大川山の西側の中寺廃寺跡の駐車場へ。

前日の冷え込みで大川山までの道の凍結が気になったが、幸い問題なく山頂近くまで走り、

山頂近くの分岐から中寺廃寺跡の駐車場へと、コンクリートの林道を走る。

中寺廃寺跡から大川山への最後の急登の取付き場所までは、道は落ち葉が取り払われ走りやすかったが

そこから先は落ち葉や小石が散在し、道幅の狭い道になる。途中2カ所ほど中寺廃寺跡の

標識があり、標識に従って走って行くと見覚えのある中寺廃寺跡の駐車場に着いた。




8時5分駐車場をスタート。駐車場からの取りつきが判りにくくしばらく灌木の中を

進んで行くが、直ぐに阿讃縦走路の札のかかる道に出た。しばらくは南側が開けた

爽やかな朝の光が降り注ぐほぼフラットな快適な道。










道の両側が木々に囲まれてくると、その朝の陽が届かず少し肌寒くなるが

登りになるとやはり直ぐに汗ばんできた。













最初の小さなピークを登りきると四等三角点 大平山 976.5m。奥様たちは三角点に気づかず

声をかけようとしたが、もう先を随分下って行っていて通過。







大平山三角点からは下りの道が続いていて、道にスズタケが現れると、

次に四等三角点 樫ノ休場 864.7mは仲良く三人でゲット。







三角点からそのまま下って行くとスタートから1時間で、工事看板が立つ樫ノ休場に着いた。

地形図には徳島側から道は載っているが、地形図にはない新しいが林道ができていた。











案内板によるとこの樫ノ休場は二本杉越と呼ばれ、香川側から見ると六本の杉が二本に重なって見え、

麓からも遠望でき恰好の目印になっていたという。さらに西にある猪鼻峠が明治時代に開通するまで

『さぬき街道』と呼ばれ、峠には茶屋が二軒あったほどの交通の要所だったようだ。

ここからは、北の展望が開け、おむすび山の飯野山まで見える。ここから北へ下ると深い谷に囲まれた塩入集落。

塩入は、讃岐の塩が阿波に運ばれる際の重要な中継基地だった。江戸時代には讃岐の人夫が馬などで

ここまで運んできて中継商人の倉に入れ、それを阿波の人夫が受け取り、次の中継拠点に運んだため、

「塩入」という地名は、阿波への塩の入口であったことからつけられたといわれている。










1700年に阿波藩が作成した阿波国絵図には、まだ東山峠も猪鼻峠もなく

この樫ノ休場の峠がこの辺りの香川と徳島を結ぶ要所だったのが見て取れる。




ほとんど眺望のない今回のコースで唯一讃岐平野が見渡せる場所。

その景色を見ながら『瀬戸大橋は見えるかな?』と奥様たちと話をすると、

最初は特定できずにいたルリちゃんが、『瀬戸大橋も鷲羽山も見える!』と。

近眼の私には瀬戸大橋の橋脚が薄っすらと見える程度。流石2.0の視力。

ただその代わり、ルリちゃんは手元のスマホや地図は見えにくいのだ。(笑)




樫ノ休場の林道から再び縦走路へと入る。しばらく進むと事前にダウンロードした

YAMAPのルートから外れ始めた。前を歩く二人に声をかけトラバース気味の道から

県境尾根へと戻って行くが、これが間違いだった。市境の杭のある場所から

道が途切れてしまった。尾根は南西に929mの三角点に向かって続いているが、

県境からは外れてしまう。スマホで確認すると北西が県境になっている。

その方向を見ると木の枝にテープが巻いてあるのが見えた。YAMAPのダウンロードした

ルートもそちらへ歩いている。道も踏み跡もないが、テープを信じて灌木の中を下って行くと

少し遅れたルリちゃんの『お~い!』と呼ぶ声が聞こえる。声のする方へ

『そこから右に!』と声をかけるが、ルリちゃんはどんどん違う方向に降りて行っている。

何とか軌道修正してもらいルリちゃんが追いついてくると、先ほどの県境尾根のトラバース道に出た。

本来の縦走路はこの道で、どうやらYAMAPでダウロードした人も道を外して歩いていたようだ。













縦走路を少し下って行くとまた尾根から外れ、YAMAPのルートからも少し外れ始めた。

仕方がないのでまた少し戻ってYAMAPを見ながら下って行くが、また先ほどと同じように

踏み跡もない藪の中をルートの線は続いている。古びた赤テープも所々で見えるが、

藪はますますひどくなり、『ほんとうに大丈夫!』と後ろでルリちゃんの悲鳴のような声が聞こえてきた。

すると最後に新しくできた林道の切通に飛び出した。







この林道は野口ダムから続いている林道で、地形図では800mの三角点の北東で終わっているが、

そこからさらに延びて、先ほどの樫ノ休場まで続いている。

しばらくはその林道を歩いて行き、途中からまた阿讃縦走路へと入って行く。







林道から縦走路に取り付き徐々に高度を上げていくと四等三角点 坂本 800.0mに着いた。

ここには字の消えかかったキティーちゃんのプレートが残っていた。










樫ノ休場から北西に向かっていた県境は、この坂本から今度は南西に振っている。

途中で南に眺望が開けた場所があった。ルリちゃんが南に見える山並みを見て、

『あれが烏帽子?』と指さし言っている。ルリちゃんが指さす方向を見ると、

たしかに烏帽山らしき山容と、その稜線に沿って落合峠矢筈山が見えた。

『正解です。ルリちゃんはCランクに昇格です!』。

今までの山行の途中で見えた山の名前を聞いてみて、答えられなかったらランクダウン。

即答できればランクアップをしていたのだが、最近になって奥様たちも山座同定が

けっこう出来るようになり、どんどんランクアップしている!










その展望のある場所から急坂を下ると東山峠に飛び出した。











スタートから2時間30分。ここで初めてザックを降ろして行動食を口にする。

(奥様たちはここまでの途中でも行動食を食べてはいるが・・・。)

道の脇の高木にブドウのフサの様に赤い実がぶら下がった気が見えた。何の木だろうか?







この東山峠は明治時代に香川の七箇村と徳島の昼間村が協議し、

双方から新道で結ぶことで完成した新しくできた道。

行動食を摂った後、さらに西へと東山峠を後にする。




東山峠からは今回のコースの中で初めて急登が続いて行く。

阿讃縦走路歩きを始めてから、標高の高い場所をスタート地点にして、

低い場所へと歩いてきたので、久しぶりの長い登坂。

坂の前方を見ても木々に遮られて、なかなかピークらしい空が見えてこない。













急登がやっと終わって一息ついたら、まださらに登坂が続いて行く。

今度は短めで明るいピークらしい空が見えたが、そこも偽ピークで、

もう一度登坂が続く。『久しぶりでやっぱりしんどいね』と三人で息を切らせながら登って行く。




やっとのことで急登を登りきると、南の785.7mの三角点の辺りから派生する林道が尾根に出た場所に

ログハウスが建っていた。ログハウスの横には2台の小型のバスが放置されている。

東山峠から西に続いていた県境は、ここから少し北西に振り813mの標高点へと続いている。

木々の間から見えるのが登尾山への稜線だろうか?










813mの標高点を過ぎた辺りから、道の脇にミニ霊場らしき石仏が点在している。

そのミニ霊場の道は途中から南に下って続いている。







ミニ霊場に別れを告げて小さくアップダウンしていくと、目の前に今まで見た事もない

白く巨大な鉄塔が現れた。鉄塔には『四国中央東幹線』と書かれている。













この『四国中央幹線』は西幹線・中幹線・東幹線で伊方発電所から香川県の讃岐変電所までを

50万ボルトの送電線で結ぶ、四国の基幹送電線だそうだ。四国電力が昭和55年に

建設を開始し、その総延長は全長185kmにも及ぶという。50万ボルトがどれくらい凄いのかは

分からないが、いつも集合場所の財田へ向かう途中の綾川町にある讃岐変電所は、

街中にある変電所とは比べものにならないくらい巨大な施設だ。







一つ目の鉄塔から二つほど鉄塔巡視路にもなっている道が続いて行く。

二つ目の鉄塔で、高いところ好きのあっちゃんが登ろうと試みるが、

柱の上にある防止柵に阻まれて、諦めて降りてきた。










四等三角点 常重 779.3mを過ぎ、833mの標高点の辺りから送電線と鉄塔は県境から離れていく。










東山峠を出てしばらくしてからあっちゃんが昼食をどこで摂るか、再三聞いてきていた。

東山峠までも何度か行動食を口にしているのに、とにかく直ぐにお腹が空くらしい。

途中で登尾山の到着時間が12時30分くらいになりそうだと話をすると、

もう待ちけれない様子。『正午の時間を少しくらい過ぎたって・・・・』というと、

『そこまで待てない!』と言う。『とにかく今日は登尾山でお昼ご飯です。』と

なだめながらここまで歩いてきた。登尾山を目の前にして『KAZASHIさんはお腹空かん?』と

あっちゃんが聞いてくるので、『お腹が空いて死にそうです!』と答えている内に

登尾山に到着した。『死なないで良かったね!』とあっちゃん。










登尾山には太く大きな一等三角点 登尾山 887.3m。今日初めて腰を降ろして、

あっちゃん待望のお昼ご飯にする。今日は会社の忘年会でもらったどん兵衛のきつねうどん。

出汁のしみ込んだ甘いお揚げが、するりと喉元を通って行った。





お昼ご飯で腰を降ろして動かなくなると、やはり寒くなってきた。

上着を着こんで山頂を後にする。四等三角点 指出 807.6mから道はまた直角に方向を変えて続いて行く。

そろそろ道の北側に、木々の間に車をデポした財田駅の辺りが見えてきた。








途中で奥様たちが腰を低くして、木の枝の下から遠望を見て、山座同定をしている。

視力バッグンのルリちゃんが、ストックで方向を指しながら『あれが汐木山、そしてその奥が詫間の町』と

あっちゃんに教えてあげている。どうせ近眼の私は見ても見えないので、後ろで話を聞いていると、

『そしたら詫間の奥の山が紫雲出山やね!』とあっちゃん。話を聞いているだけだが、方角からして

詫間の奥に紫雲出山が見えるのはおかしい。『それは粟島じゃないですか!』と私。

ここであっちゃんはチャレンジ失敗、Dランクに降格!




今日最後の三角点は、先週二軒茶屋からの分岐から立ち寄らずに持ち越した

四等三角点 二軒茶屋 789.9m。ここでも奥様たちは見逃して通り過ぎようとするので、

声をかけて呼び戻して、なんとか先週の宿題をクリアできた。

二軒茶屋三角点から少し下ると、先週も歩いた石仏越の分岐に着いた。










ここでルリちゃんは相栗峠までが繋がったことになった。

分岐からは先週も歩いた財田駅までのほぼ下りの道。

三人で来週の計画をどうするか、色々話しながら下って行く。分岐からYAMAPの

コースタイムで1時間10分のところを40分で朝デポした林道に着いた。










デポした場所からはルリちゃんの運転でまずは琴南公民館へ。そこであっちゃんを降ろして、

今度は二人で中寺廃寺跡の駐車場へと車を走らせる。

駐車場からの帰り道。大川山の展望台では、陽が沈みかかった空の下に丁度先ほどの、

四国中央幹線から続く讃岐変電所が見え、そして讃岐平野独特の、ポコポコと

おむすび山が浮かんだ中西讃の景色が広がっていた。







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線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路 六地蔵越~箸蔵街道

2021年12月09日 | 香川の里山


今週は阿讃縦走路第三回目。先週歩いた六地蔵越から中蓮寺峰・若狭峰へ。

そして猪鼻峠から箸蔵街道を経て、財田駅へ下るルート。

この阿讃縦走路の道は、ほとんど荒れた場所が無く、良く踏まれていて

県外の登山道に比べると歩くのには問題ないのだが、日帰り登山となると

やはりデポする場所で計画が変わってくる。スタートする場所からデポする場所まで

出来れば30分程度の移動で済ませたいところだが、なかなか難しい。

しかも奥様たちは極端に悪路の山道を嫌がる。前回の六地蔵越までの道も、曼陀峠から

徳島県側を走ると、峠の手前が道幅もなく結構道が荒れていた。

逆に香川県側の道は状態も良く、走りやすい道が続いていた。

そこで今回はルリちゃんが計画を立ててくれ、歩く距離は長くなるが、

財田駅に車をデポして六地蔵越をスタート地点とすることになった。


財田駅に集合してルリちゃんの車でまずは六地蔵越を目指す。

前日の忘年会で久しぶりに飲み過ぎたせいで体調は最悪。

峠までのくねった道で胃のムカつきは徐々にピークに差し掛かった。

やっと着いた峠で車を降りた途端に吐き気をもようした。


峠の道は昨日の雨の痕がまだ残って路面も落ち葉も濡れていた。

今日はWOC登山部の方は相栗峠から大滝山を予定している。

『相栗峠の急登がも濡れていたら大変だな~』と奥様たちと話をする。

すると県境の標識の横からの取付きも見上げるほどの急登だった。『ありゃりゃ!』










幸い急登は数十メートルで終わり、縦走路の尾根道が始まった。

尾根道をしばらく歩くと左に地形図にも破線が載っている道が続いていた。

そのまま真直ぐ進んで行くと道は尾根の下を巻いて続いている。尾根に沿って登ると

四等三角点 六地蔵 631.8mなのだが、気が付かずにそのまま進んでしまう。










縦走路は単調な道が続いて行く。道の北側も木々に遮られてほとんど見晴らしもない。

途中で道の真ん中に大きなヌタ場。すっかり葉の落ちた木々の中を歩いて行く。
















地形図で徳島側の桧尾地区から山本町の河内に続いている破線の場所で、

道は直角に曲がっていた。それにしても胃のムカつきが酷い。

『KAZASHIさんの顔も酷い!』とあっちゃんが言うと、ルリちゃんがザックから

胃腸薬を取り出し手渡してくれた。ありがたや~!







と思ったら、奥様たちはどんどんスピードを上げて容赦なく先を歩いて行く。

その内に広場になった中蓮寺峰に着いた。あっちゃが初めてWOC登山部に

参加した時に紅葉谷から登ってこの場所に着いた。『あっ、ここは見覚えがある!』と。

奥様たちの笑顔に挟まれて、まだ私の顔は死んでいる。













中蓮寺峰の三角点は、山名標の後ろのこんもんり盛り上がった場所にあった。

四等三角点 中蓮寺峰 755.9m。三角点の横に〇米さんの字が消えた札があった。







今日のほぼ中間地点の猪鼻峠まではまだ6,3kmある。

中蓮寺峰から若狭峰までは幅の広い林道歩き。途中のヌタ場は車かバイクが通っているのか

ただの泥の水たまりになっていた。










若狭峰の三角点も小高い丘の様な場所にある。まだ足元の濡れた急登を登ると、平らな広場の

右手に少し盛り上がった場所に三等三角点 湿保谷 786.8m







この三角点から猪鼻峠への道が少し分かりづらく、広場は行き止まりになっていて

北側に道があったので一旦下ってみるが、YAMAPを見ると縦走路の方向とは違っていた。

広場まで戻り急坂を下り道を探すが水筋が付いた急な坂があるだけ。(恐らくこれが正解)

また急登を三角点まで登り、YAMAPを見ながらうろつくが踏み跡もない。

仕方がないのでYAMAPのコースに向かって木々の中の斜面を下って行くと、コースの線上に出た。

ただ道は荒れていて度々倒木を避けながら右に左に灌木の中を下って行く。







すると今度は地形図にも載っている道幅のある林道に飛び出した。

ここでコースは尾根に上がって県境を進むようになっているのだが、

地形図ではこの先で林道と尾根道が合流しているので、尾根に登るのもめんどくさくなって

そのまま林道を下って行ったのが間違いだった。右手の上に尾根を見ながら

杉林の中の林道をどんどん下って行くと小さな沢筋の道となった。

この沢の水が猪鼻峠の32号線に沿って財田町へと流れ、財田川へと流れている。














薄暗い杉林の中を前を歩く奥様たちは、ご近所さんの話に熱中して歩いている。

林道が沢の左岸から右岸になり、地形図の合流地点を過ぎても尾根と合流しそうな雰囲気でなく、

逆にどんどん離れて行っているような感じがしてきた。慌てて先を行く奥様たちに声をかける。

『お~い!このまま行くと縦走路から離れるぞ!』。










仕方がないので引き返し、尾根に登れそうな場所を探して無理やり尾根に取り付いて行く。

木々に掴まり柔らかい土の斜面をトラバース気味に登って行くと何とか尾根に出た。







尾根の縦走路は先ほどまでの薄暗い杉林の中の道とガラッと雰囲気が変わり、

日差しの届く明るい道。随分ロスした時間を取り戻そうと、奥様たちのスピードが上がっていく。







途中にある四等三角点 猪ノ鼻 635.3mを過ぎると道はまた道幅のある林道になる。

三角点からも歩きやすい道が続いて行く。最後に林道から降り立つと高い岩盤を削った

切り通しになった旧の猪ノ鼻峠に飛びだした。







阿波池田と琴平の間は高い山が連なり、相互の物資の往来には

とても不便をしていたのを、大久保諶之丞が四国新道の構想で、この猪ノ鼻峠が行き来が

便利になり、丸亀・多度津から琴平そして阿波池田を経て高知へと繋がれば、

四国の発展にもつながると考えた。当時の猪ノ鼻峠は人が荷物を担ぐか、馬に背負わせて

山道を登るしかなかったが、なだらかな道を開削し大八車や荷馬車が通れるようにしたのが

明治27年。それ以降、物資の往来は格段に増え、金毘羅参りに人も徒歩や人力車で

行けるようになったという。そんな状況で、この峠には十数軒の運送屋や旅館が並び、

昼でも三味線の音が聞こえ賑わっていたそうだが、今はその面影は伺い知れない。













切り通しを抜け香川県側に入ると、ここからは四国のみちになる。

しばらく林道を歩き、右手にある四国のみちの道標から山道へと入って行く。







道は自然林と杉林の道が続いて行くが、それぞれで道の雰囲気は全く違っていて、

自然林の中の道は、これでもか!という位に厚く落ち葉が積もっていた。










トラバース気味の道を登って、最後に丸太の急登の階段を登ると尾根道に出た。










三等三角点 増川 718.4mから道は北に向かって続いて行く。







採石場の立ち入り禁止の看板と左手にはそのロープが張られた道が続いて行く。

ロープが張られた尾根道から少し右に下って行くと、箸蔵街道との分岐に出た。

尾根道の左手には木々の間から、意外と遠くに若狭峰の電波塔が見えた。
















途中で『いぼ地蔵』の説明板。その説明板から右手に上がって

『いぼは無いけれど肌が荒れているので』と言いながら、ルリちゃんがお地蔵さんにお祈りしている。







いぼ地蔵の先に何やら怪しげな建物とフェンスに囲まれた場所があった。

ここから何を思ったのかルリちゃんが道から外れた建物の奥を進んで行く。

『県境を歩く』と言っているが、今までも県境を何度も外して歩いている。

フェンス沿いは藪になっていて、藪の奥に案内板らしきものが見えているが

木々に阻まれてなかなか前に進まない。

何とか藪の中から街道の道に戻ると、先ほど見えた案内板が二軒茶屋だった。










時間も丁度お昼時。体調も戻って食欲も戻ってきた。

思い思いに腰を降ろして昼食を摂る。荒れた胃袋に醤油ラーメンの出汁が染みわたる。







二軒茶屋で30分ほど昼食時間をとって再スタート。途中に箸蔵寺まで『五十八丁』の石柱。

二軒茶屋からは下るだけだと思っていたが、直ぐに登りが始まった。

大体山歩きは、山頂でお昼にしてその後は下りといったパターンが多い中、

お昼ご飯を食べた後の登坂は急に体が重くなったように感じて足も進まない。










登尾山への分岐の手前がピークとなり、そこには『石地蔵狸』の説明板。

今度は左手に入るとその石地蔵があった。箸蔵街道が人の行き来で賑わっていたこの道で、

今は登山者が歩く姿を静かに見守っている。







分岐を過ぎると直ぐに『薬師さん』の説明板があった。書かれている通りに岩の辺りを

見上げてみるが、下からでは薬師さんの姿は見当たらない。




薬師さんを過ぎると、道は尾根の東側を巻くようにして続いている。

途中では道の真ん中をトラクターが耕したように、イノシシが掘り返した跡が続いていた。

展望休憩所と書かれた道標から、右手に進むとほとんど見晴らしのない展望休憩所があった。

二軒茶屋から歩き始めて約1時間。ザックを降ろして一息入れる。










展望休憩所からはあとは一気に下るだけ。時々急な箇所もあるが、

また一段と奥様たちのスピードが上がっていく。

途中で一ヵ所だけ木々の間から北側の山を望める場所があった。

霞んではいるが坂出の城山とまんのうの城山

そして僅かだがおむすび山の飯野山が見えた。













道から外れた尾根上にある四等三角点 轟ノ滝 568.5mもパスして、

さらに下って行くと広い林道に出た。この道は道の駅たからだの里の東側から続いている道。

その林道を横断してさらに高度を下げて行くと、今度は大きな砂防ダムの下に出た。










砂防ダムからは車道が続いて行く。箸蔵街道の説明板によると、金毘羅さんにお参りした後

金毘羅さんの奥の院の箸蔵寺へ、当時この街道は毎日2・30人づつの人が列をなして行き来していたという。

今なら、先頭に旗を持ったガイドさんが観光客を案内している様な風景が目に浮かんでくる。










麓の里に出る手前に傾きかけた大きな『箸蔵寺百丁』が立っていた。ここから箸蔵寺まで

おおよそ11kmの距離。しかも峠を越えて奥の院に参拝するなんて、当時の人は

車が無いから当然だが、本当によく歩いていたんだと感心する。







猪避けのゲートを通り少し先に見える財田の駅まで里の畑の中を歩く。

振り返ると山肌は紅葉なのか枯れているのか?分からないが、オレンジ色に輝いていた。
















今回はルリちゃんの計画でデポ地点までを走りやすい道を選んでくれたが、

次回も私が思っていた東山峠よりさらに先の大川山までを

ルリちゃんは計画しているという。次も今回以上の距離となるので、

体調万全で望まないと、奥様たちの容赦ないムチは飛んでくるのだ・・・・・(笑)

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線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路 六地蔵越~曼陀峠

2021年12月04日 | 香川の里山


線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路編の第二回目となる今日は

前回の続きの曼陀峠から六地蔵越を繋いできた。

前回のスタート地点となった曼陀峠に集合し、あっちゃんとルリちゃんの車をデポ。

そのまま雲辺寺への県境沿いの林道を走り、一旦県道268号線に出て左折。

途中から県道6号線を大興寺と書かれた標識から

斜め左上に六地蔵越へと向かって行った。ただ県道入り口には『道幅が狭く離合が困難』と

書かれた看板があり、道はその看板通り道幅が無く、ガードレールもない荒れた道だった。

痛んだ舗装の窪みを通るたびに、ルリちゃんが声を上げている。

県道分岐からは道は悪いが10分ほどで六地蔵越に着いた。峠には駐車スペースは無く、

徳島県側に少し下がった場所に数台停められる場所があった。

六地蔵越は、地形図に名前が書かれているこの場所より北の尾根が本来の場所だったようだ。

鞍部でも何でもない場所だが讃岐と阿波を結ぶ峠だった場所に六地蔵もあった。

その六地蔵は県道が改修された後、昭和45年に現在の場所に移設され、

今は人の行き来ではなく車の行き来を見守っている。







今日も前回と同様に東から西への縦走。前回は西からスタートして東へと順に歩くのが

セオリーと思っていたあっちゃんも、大谷山からの急坂を下るのにに苦労して、

今回はそのこだわりもなくなったようで何も言わなくなった。

順序通りに歩いて苦労するより、水は高きより低き流れと言うではないですか?と、

色々言い訳を考えながら、楽してとにかく線で繋ぐ事を優先するへっぽこリーダーだった。


そうとはいえ六地蔵越からはいきなりの急登。いつもながら体がまだ温まっていない

スタート直後の急登はキツイ。ただその急登もすぐ終わり緩やかな尾根道がしばらく続いて行く。










スタートから15分ほどで最初の三角点に着いた。三等三角点 蜂ケ谷 642.65m







この縦走路は尾根道になると、道幅も広くとにかく歩きやすい。

北側は葉の落ちた木々の間から麓の山本町が見下ろせるが、眺望が開けた場所はない。

途中で『右こんぴらさん 左うんぺんじ』と彫られたお地蔵さんが、道の真ん中に鎮座していた。

この場所も峠道だったのだろうか?ただ地形図にはその記載はない。










お地蔵さんから少し登って行くと二つ目の三角点四等三角点 山本 673.7m

三角点の横には『辻財産区』と書かれたプレートと、いつものキティーちゃんの

プレートが木に巻かれていた。国土地理院の『点の記』を見ると

三角点の場所の所有者は山本町となっている。辻は麓の大興寺の辺りの地区名。

この辺りの管理や他の権利を辻地区が所有しているという事だろう。










道は次第に巨木が並ぶ自然林の道になり、何度かアップダウンしながら進んで行くが、

登りよりもとにかく急な下りがほとんどなく、先週に比べるとずいぶん楽だ。

冬の訪れを積もった落ち葉に感じながら、緩やかに高度を上げていく。

















途中でも何ヵ所も先ほどの『辻財産区』や『辻』と書かれた札が掛けられていた。

辻地区の人はよっぽど『この尾根の山林は我々の所有だ!』と主張したいらしい。













四等三角点 河内を過ぎると四国のみちの道標が立ち始めた。

尾根道の北側に木々が無くなり見晴らしが効く場所があった。あっちゃんとルリちゃんが

道から外れてその景色を眺めに行っている。その間に私は一服タイム!

すると視力2.0のルリちゃんが伊吹島の奥に『しまなみ海道の橋が見える!』と言っている。

横で聞きながら方角的に疑心暗鬼な私は『そんなはずはないでしょう』と言ってみたものの、

GPSで確認して見ると、確かに燧灘は大きく湾曲していて、伊吹島の奥が因島辺りだった。

『ルリちゃんが正しいです!』と慌てて訂正した。それにしても恐るべし視力2.0!










一服が終わった私は尾根道に戻って歩いて行くと、二人は見晴らしの場所から、

少し藪いた中を進んで尾根道に合流してきた。合流した場所は『小松尾寺道』と彫られた石柱と

お地蔵さんが立つ粟井ダムからの四国のみちとの分岐になっていた。







するとルリちゃんが『スマホが無い!』と騒ぎだした。ザックを降ろしてズボンの

ポケットも探して見ても見当たらない。仕方がないのあっちゃんが電話をかけながら

また藪の中へと戻って行く。幸い直ぐに着信音のするスマホは見つかり、事なきを得た。




分岐からしばらく歩くと、今度は麓のロープウェイからの道の分岐。

さらに歩いて行くと巨大な電波塔。地形図ではこの辺りに二等三角点 雲辺寺

あるはずだが、先ほどの河内とこの雲辺寺の三角点は見過ごしてしまった。







電波塔を過ぎるとコンクリートの道になり、雲辺寺が近づいてくる。

境内に入る手前には道の両側に五百羅漢が並んでいる。

羅漢像は一体一体ユニークで、様々な格好をしていていつ見ても見飽きない。

自分に似ている像がひとつはあると言われているが、ルリちゃんがその内の

一体を指さし『これが家の主人』と言っている。(知っている人にはすぐわかる)










境内はツアー客の団体で賑わっていた。そのツアー客も普段なら参拝だけで

帰るところだが、最近話題になっている山頂公園の『空中のブランコ』までが

どうやらコースになっているようで、センターハウスまで皆さん歩いて行っている。

ツアー客のご婦人方に紛れて、センターハウスの中を通り外に出ると、

スキー場のゲレンデの頂部には三豊平野や燧灘、そして川之江の絶景が広がっていた。







広場になった場所には、ブランコの他にもインスタ映えするようなオブジェが

次々と新しく造られていて、それを目当てにカップルや若い女性たちも訪れていた。

そんな団体さんがいる中で『ちょっと恥ずかしいわね』と言いながら

ベンチに腰掛けいつものようにカップラーメンにお湯を注いでの昼食。

昼食を摂りながらあっちゃんが広げた行動食の多さに驚かされる。

(いつも大体これぐらいは昼食以外にたいらげるあっちゃん)




昼食を摂り終え団体客がいなくなったのをみはらかって、

我々もインスタ映え?の写真を撮ってみる。

映えるかどうかは分からないが、気持ちは一気に若返る。



















ゲレンデ広場でゆっくりと時間を過ごした後、南側のコンクリート道を

阿讃縦走路へと下って行く。下って直ぐに猪避けのフェンスが張られていたが、

そのまま乗り越えて歩いて行く。奥様たちは乗り越えるのに一苦労している。




車道をそのまま道に沿って下って行く。奥様たちはいつもの様に朝ドラの話をし始めた。

ただどうも下り過ぎていると思ってスマホを見てみると、阿讃縦走路と反対の方角に

下っていた。慌てて声を掛け軌道修正引き返す。よく見ると車道の脇にピンクのテープがあり

そこから尾根道への取りつきとなっていた。ここ最近、奥様たちが朝ドラのイケメンの話を

し始めると、話に夢中になり道を外すと言う事が度々あった。

朝ドラ=道外し=GPSを確認という方程式。今度から朝ドラの話をし始めたら

直ぐにスマホのGPSを見てみる事にしよう。

車道から尾根道に入ると、しばらくは雲辺寺までの縦走路同じような

杉林の中の道が続いていたが、尾根の右側が萱原になる。







尾根の左側の杉林が伐採跡の植林の斜面になると、尾根に沿ってネットが張られていて、

萱の勢いも増して道が不明瞭になってくる。そのネットに沿って萱を掻き分け進んで行くと

鉄塔広場に飛び出した。










鉄塔広場からは道はまた明瞭になり、左に電力の施設だろうか?

表札を見ても消えていて何の施設か分からない建物があった。

その建物を通り過ぎ下って行くと四国のみちの朝通ってきた車道に出た。




このまま車道を歩いて行けば曼陀峠に続いているが、奥様たちは県境を忠実に歩くと言って

直ぐに車道から右に697mの標高点へと歩いて行く。ただまた直ぐに車道に飛び出した。







少し車道を歩くと鉄塔と電線が道路を横断する場所からは、南側に徳島の峰々が見渡せた。

直ぐに山座同定ができたのは天狗塚と牛の背。そこから東に雪を抱いた山が見えるが、

矢筈山とその手前の山が烏帽子山のようだ。














鉄塔を過ぎて少し歩くと奥様たちが、道の北側にある三角点を探し始めた。

車道から北側の木々の中を進み、萱原の中でGPSを見ながらぐるぐると歩きまわると、

その萱原の茂みの中に四等三角点 佐馬地 680.6mはあった。




地形図の642mの標高点の先で車道と県境は分かれている。県境沿いには右に道が続いていて、

奥様たちもスマホを見ながら『建物があるわ!』と言いながら、県境に沿って進んで行く。

道はアスファルト道だが、既に下草に覆われアスファルト道の体をなしていない。










『大抵この雰囲気だと建物の先は道は途切れてるんだけど』と思いながら付いて行くと

案の定その先は藪化していて、やれやれまた藪の中に突入する。







この先の581mの標高点でも、車道と県境は分かれていたが、

さすがに奥様たちも、もう藪の中を歩くのは・・・・・と言う事で

そのまま車道を歩いて行くと、デポ車の待つ曼陀峠に着いた。

今日の阿讃縦走路は高低差もあまりなく、とても歩きやすい道だった。

これぐらいの高低差なら歩行距離はもっと延ばせるのだが、日帰りの場合は

デポする場所と登山口までの距離が一番問題になってくる。

さてさて次はどう繋いで行くか。デポ車のルリちゃんの車に乗り込み、

また六地蔵越まで戻りながら、様々なコースが頭の中を駆け巡って行く。

六地蔵越から山本町に下り、財田町を抜けての帰り道。

沈みかけた陽に照らされ、車窓から見終えた里山が赤く染まっていた。










沿面距離 13.2km 行動時間5時間40分 累積標高+707.8m -737.1m

今日のトラック



今日の3Dトラック



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線で繋ぐ山歩き阿讃縦走路 曼陀峠~余木崎

2021年11月26日 | 香川の里山



先週の兵庫山からの道外れで、危うく日没になるところだった。

たまたまルートを変更したのが幸いしたが、次の目標となる

登岐山周辺は藪道らしく、コースタイム通りにいかないかもしれない。

また周回、縦走にしても取り付き点やデポする場所がなかなか難しい。

そうなるとやはり日の時間が長くなる春頃からの方が無難とのエントツ山さんからも

アドバイスをもらって、一応今年の石鎚山~剣山は前回で延期することにした。

そうなると次に考えていたのは『線で繋ぐ山歩き Winterバージョン』の阿讃縦走路の

全長130kmの県境歩き。過去にはこもれびさんのコモさんが16回に分けて線を繋いでいる。

コモさんのレポートはこちら

また例によってエントツ山さんが単独無支援で5泊6日で完歩している。

エントツ山さんのレポートはこちら

さてさて我々は何回で完結できるか、まずは西側からスタートしてみることにした。


本来ならこの阿讃縦走路は西側からのスタートなら余木崎からとなるはずだが、

皆さんのレポートを見てみると余木崎からの取りつきからの登りが怪しげな雰囲気。

ならば曼陀峠から余木崎に向かって歩けば、途中で道を外しても最後は国道に向かって

下って行けば何とかなる。もちろん同じ距離なら標高の高い峠から海岸線へ歩く方が

楽だろうという、へっぽこリーダーならではの軟弱な考えが一番の理由だった。

その行程を案内した時に『やっぱりスタートは余木崎だろう』とあっちゃんは思ったらしいが、

後になってやはり曼陀峠をスタートにして正解だったというのが判った。

まあ何はともあれ『線が繋がればいいのだ』とへっぽこリーダーと奥様たちの旅が始まる。


まずは道の駅とよはまルリちゃんの車をデポ。そこから

あっちゃんの車で私の待つ曼陀トンネルの北側で合流。広い路肩にあっちゃんの車をデポし、

そこから旧道の曼陀峠へと私の車で向かった。(峠に車2台を置けるか分からなかったので)

峠には『四国のみち』の大きな案内板があり、その脇から西に向かってスタートする。

YAMAPでは五郎山となっている、594mの『海老済』までは四国のみち。

途中まではその四国のみちの道標が要所要所に立っている。










道は先週の玉取山~兵庫山の尾根道に比べると、道幅もあり

落ち葉が積もり柔らかく快適でとても歩きやすい。ところがあまりにも歩きやすい道が

594mの三角点を北に巻いて続いているので、その五郎山を登らず通過してしまった。

YAMAPの山頂ポイントの数が増えるのを楽しみにしていたあっちゃんが、

見逃してしまったのを残念がっている。

五郎山を過ぎると四国のみちの道標から、阿讃縦走路の札が目立つようになってきた。







前日に地形図をじっくり観察して見ると、今日のコースは小さなものを入れると

30回程のアップダウンが続いている。事前に奥様たちにもそのことを伝えていたが、

今までの県外の尾根道のアップダウンと比べると、標高差も大したこともなく

その内回数を数えるのもめんどくさくなってやめてしまった。










551mの標高点の手前で東側の眺望が開けた。谷あいの海老済の集落の奥に雲辺寺山が見える。

551mの標高点も道は南側に巻いていて、ここも踏まずに通過。

すると縦走路は広い林道に出た。五郷越えと書かれた場所は曼荼峠とは別に、

香川側の五郷と徳島側を結ぶ峠道だったのだろうか?










林道終点となっている場所から登って行くと南に肥窪の辺りだろうか、

色付いた木々の間に、段々畑と棚田が見えた。







この間にも何枚も同じような『タバコの投げ捨て注意!』の看板。

『ほらほら~』と奥様たちが私に向かってお小言を言ってくる。

倒木の跨ぎ方にも、二人の違いが出てくる。慎重に跨いでいくルリちゃんに対して

簡単そうに跨ぐあっちゃんだが、何だか平均台から落ちたように見える。










ここまでの間で一番長い坂を登りきると四等三角点 石砂に着いた。

するとルリちゃんが三角点の脇にキティちゃんのプレートが落ちているのを見つけた。

そのプレートを拾って木の幹にルリちゃんが括り付ける。







石砂からは何度かアップダウンして544mの標高点に向かって行く。

今回のように曼荼峠からスタートすると。登りきった後に道は左に振っているヶ所が何度もあった。







544mの標高点から下って行き、しばらく歩くとこのコースの中心部の防火帯の道になる。

県内なら五色台の国分台の防火帯が遠目に見ても判るくらいの幅のある防火帯だが、

ここの防火帯の見た目は3mほどの幅で、もうすでに半萱原になりつつあり、

もう防火帯の役割としてはあまり体をなしていない。振り返ると雲辺寺山が随分遠くになった。










その防火帯を登りきると金見山に着いた。二等三角点・田野々

ここまででスタートから2時間。時間は10時20分。行程もおおよそ半分近くまで来ている。

『余木崎には13時を過ぎるけど、お昼ご飯を降りてからにします?』と奥様たち。

『それなら近くの上戸うどんに行きましょう!』と私。そう言った後は、あの太麺とイリコの出汁が

口の中に広がっていったのだった。『それじゃ~うどん目指して!』と金見山を早々に後にする。




金見山からも防火帯が続いて行く。金見山のすぐ目の前の防火帯も今は草木が

生い茂っているが、両側の木々の間を見るとその幅は10m近くはある感じだ。

この辺りからやっと川之江の辺りが見え始めた。







ここから小ピークには地元の人によるものか、山名の札が随所で掛けられていた。







途中の鞍部には地形図には載っていないが、香川側の田野々に下る道があった。







更に県境尾根に沿って続く防火帯は、建造物こそないが、さながら万里の長城の様に見えなくもない?










西には川之江の製紙工場の煙もはっきりと見え始めてきた。

地形図で見ると金見山から唐谷峠は直ぐ近くに見えるが、

小刻みなアップダウンが続き、意外と時間がかかっている。
















金見山からは1.5kmの距離を50分近くかかって唐谷峠に着いた。







唐谷峠から大谷山は遊歩道となっているが、ここからもアップダウンは続き、

一般の人は決して歩かないような道。途中には2ヶ所ほど石材の丸い大きなテーブルと

バームクーヘンを切ったような椅子が並んでいた。また階段も石材で造られていて、

この辺りに石材の産地でもあるのだろうか?それにしても随分とお金をかけているのと、

2m以上ある石材の大きなテーブルを、山道のこの場所までどうやって運んできたのだろう?
















三つ目の石材のテーブルが置かれたピークが大谷山だった。

時間は11時30分を過ぎている。今日の目標?のお昼ご飯まではまだ時間がかかりそうなので、

立派なテーブルと椅子に腰を降ろして行動食を口にする。

北に木々の間から観音寺市の港湾地区が望むことができる。
















大谷山からは更に小刻みなアップダウンが続いて行くが、とにかく急な下りが続く。

落ち葉の積もった急坂は滑りやすく、ロープを使って下って行く。











すると途中から意味不明なPEロープが両側から張られていて、延々と続いていた。

背丈以上の高さに張られているので歩くのに邪魔にはならないが、意図していることが全く分からない。

しかも経年で朽ちたテープは切れ切れになり木に纏わりつき、景観を悪くしている。










その途中には手作りの見晴らし台?と木の枝に刺したビールの空き缶。

ここまで登ってきてさほど眺望もよくないこの場所で一杯?

見晴らし台から一旦登ると余木崎辺りがやっと見え始めた。










途中からは急坂に、真新しいトラロープが張られていた。

この時点であっちゃんが『あと5回くらいのアップダウンかな?』と言っているが、

小ピークから見えた先は、まだまだ小さなピークが続いている。







大谷山から1時間10分で四等三角点 石ノ口に到着。YAMAPのコースタイムでは

この間50分となっているが、先ほどの見晴らし台で休んだ時間を入れてもペースが落ちている。

大谷山辺りから地表には地滑り用だろうかネットが張られているが、

尾根道は樹林帯に囲まれていて地滑りを起こしそうな雰囲気もないのだが・・・・。

何だかこの辺りは解せない事ばかりだ!











相変わらず急な下り坂が続いて行く。『これ、反対から登っていたら大変だったね』と

あっちゃんと話をする。そうなると曼荼峠からスタートして正解だった。

真新しいトラロープは途中で途切れていて、それからは木の幹に掴まりながらのボーゲン下り。

次第に里山らしい、羊歯も現れ始めた。










道が高速道路の鳥越トンネル近くになると、川之江の境界杭が所々に立っている。

この縦走路には『阿讃縦走路』の札の他に、『讃岐山脈縦走路』そして

『讃岐山脈ロングトレイル縦走路』の労山の札がかかっている。










二本目の倒れた市境杭からは明瞭だった先ほどまでの道は、少し荒れ始める。

羊歯のプチ藪が無くなったと思ったら、松葉の落ちたまた滑りやすい坂。

なかなか最後まで楽はさせてくれない道だ。そうこうしている内作業小屋のある場所に出た。










そこからは左手に工場らしき建物が見え、道も続いている。

そのまま進むと工場の方へ出てしまうので、判りづらいが羊歯の中へと

テープを頼りに入って行く。すると羊歯の中の足元に四等三角点 余木崎があった。










今日最後の三角点から国道までは直ぐそこ。国道を走る車の音も聞こえてきた。

疎らな木々の間を下りきると墓地。そこからひょいっと降りると国道脇に飛び出した。










国道を向かいに渡り、コンビニの奥から工事中で作業している人に断りを入れ、

突堤を歩いて余木崎へ。突堤からは灰色の空の下、西讃の山々が見渡せた。

三人で今下りて来た山を指さし、これからスタートするフリをするが何とも白々しい。









時間はすでに13時48分。寒風の吹く余木崎から引き返して道の駅に戻り、

デポしたルリちゃんの車に乗り込み急いで『上戸うどん』に向かうが、

時すでに遅し、玉切れなのかもうお店は閉まっていた。

仕方がないので大野原まで車を走らせ別のうどん屋さんで、少し遅めの昼食となった。


うどんをすすりながら、次回のコースを相談する。次は今日の曼荼峠から六地蔵越えへと

考えていたが、あわよくば猪鼻峠まで行けないかとYAMAPの地図を見てみると、

猪鼻峠までだと20kmもあるのが判った。そして高低差もかなりのもの。

早々に諦め、予定通りで歩く結論に。お腹を満たした後はデポした峠へと戻って行く。


帰宅後カシミールでチェックして見ると、沿面距離12.3km。

累積標高は登り811m、下り1,345mとなっていた。今回のコース取りに味をしめて

次回も標高の高い六地蔵越えスタートを予定。奥様たちには『あくまで阿讃縦走路を

線で繋げればいいのです!』と言い含め、こだわりのないへっぽこリーダーの企画は続いて行くのだ。







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里山に遊ぶ 貴峰山~ハゲ山

2021年09月23日 | 香川の里山

プロ野球だとローテーション入りは喜ばしい事だが、ここのところの水曜日が

雨のローテーションとなっているのはあまりうれしくはない。

線で繋ぐ山歩きは今週もお休みをして、近場でリハビリウォーキングをと思っていたら、

奥様たちからお声がかかった。順調に回復していたガラスの腰が、ちょっとした事で

先週また後戻りしてしまい、それなら今週も軽くウォーキング出来る場所がないかと思案。

で、思いついたのが宝山湖をウォーキングして、少し盛りは過ぎたが彼岸花を見て

のんびりしようと提案したら、宝山湖はOK!。『その後毘沙古三座を歩きますわよ!』と

返事が来た。毘沙古三座って?と返信し直すと、どうやら三野町の貴峰山

毘沙古山そして竜王山の三つの山を指すと折り返しが来た。

それでは宝山湖を歩いて、調子が悪くならなければ三座のお付き合いをしようと出かけてきた。


集合場所の宝山湖の駐車場は平日にもかかわらずほぼ満車の状態。次から次と車が出入りしている。

宝山湖は県内の慢性的な渇水状態の緩和対策を主に、香川用水内の水道水を一時的に貯留しておく

為の調整池として造られた。財田町と山本町にまたがる宝山湖。財田町は(たからだ)ともいい。

財田町の『宝』と山本町の『山』を含み、香川県にとって宝の水が山のようにあるという願いを

込めて、宝山湖という愛称になったそうだ。







駐車場から湖に沿って車道を歩いて行く。すれ違う人たちはやはり平日のせいか年配の

人達ばかり。『年寄りは暇やからな~』とルリちゃんと一緒に陰口をたたくが、我々も大同小異

大して変わり映えはしない。湖の南端に差し掛かると対岸の斜面が真っ赤に染まっているのが見えた。

『わ~すご~い!』とあっちゃんが歓声をあげる。




彼岸花の咲く対岸へ渡る橋を過ぎて更に奥に進んで行くと睡蓮の咲く、ビオトープがあった。

水の流れをせき止められた池の水面に、色とりどりの睡蓮の花が咲いていた。




モネが夢見て叶わなかった青い睡蓮も花を咲かせている。

一番濃い色の青の睡蓮は池の淵からは離れていて写真に撮ることは出来なかったが、

少し薄めの青い睡蓮を、池に掛けられた浮橋から撮ってみた。







この睡蓮は近くに住む図子さんという農家さんが、高知県のモネの庭で購入し

自宅で栽培していた苗を、5年ほど前に移植して三豊シルバー人材センターのメンバーで

世話をしているそうだ。ここでも水面を彩る花に大勢の人がスマホやカメラを向けていたが、

池の淵に近づきすぎて落ち込みそうになったり、不安定な浮橋の上で危なげにしている

高齢の人の姿が見られた。これだけ大勢の人たちが集まる場所になっているのだから、

予算をつけてもう少し整備してもいいのではと思ったりした。










カマキリを見つけたあっちゃんが、悪さをする小学生みたいにして『ほ~ら!』と言って

私の背中に押し付けようとする。『も~ご勘弁を・・・・・!』




ビオトープから対岸に渡って彼岸花の咲く場所まで来ると、ベンチに腰掛け花を眺める人、

大きなカメラに三脚を構えて写真を撮る人など、真っ赤に染まる湖岸の景色を楽しんでいた。










花は盛りを過ぎ少し縁が白くなってきていたが、それでもこれだけの花が咲く場所はなかなかなく、

白い彼岸花も咲いていて、夏の終わりを感じながら散策する。
















彼岸花を楽しんだ後、湖畔を周回し駐車場まで戻って行く途中で奥様たちがお昼ご飯の相談。

最終的には高瀬町のうどん屋さんに落ち着き、一番人気だという『肉カスうどん』を三人で注文。

初めて食べる肉カスうどんは肉うどんほど甘すぎず、だしの味もしっかり味わえとても美味しかった。




『腰の状態はどう?山は登れる??』と聞いてくる二人。心配してくれるのはありがたいが、

その言葉にはやんわりと圧がかかっていて、『大丈夫だと思います。お供をします・・・・』と答える。

三野町まで車で移動し、まず詫間の松崎コミュティーセンターに車をデポして、

登山口のある三野町大見のため池の淵に車を停め、民家の横から一つ目の貴峰山取り付く。







民家の間を通り登って行くと、以前は『宮脇ふれあいの広場』と書かれていた木の案内板は朽ちていて、

代りに誰かの落とし物だろうか、立派な三脚が引掛けられていた。







以前に登った時の記憶にある大岩を横目に見ながら公園の脇を山の中へと歩いて行く。

手入れされた畑の正面には葛ノ山・爺神山・山上山が見えた。

かつては他の山と同じように富士の形をしていただろう讃岐七富士の爺神山だが、

今は形は大きく崩れその面影は残っていない。










広場から山の中に入ると階段が続いている。右足を持ち上げる度に右の腰に鈍痛が走るが、

ここで弱音を吐いては、リーダーの面目がつぶれてしまう。WOC登山部では

セニョさんが、以前ギックリ腰になった時に無理やり山に登って、

酷使して直したと云う伝説が残っているが、今日はそのセニョ理論で頑張ってみることにする。




しばらく登って行くと發心堂なるお堂とベンチの置かれた場所に出た。

發心とは悟りを得ようとする心を起こす事だという。まさにこれからセニョ理論を実践し、

証明して悟りを得るに相応しい場所だと自身に言い聞かせる。




お地蔵さんの並ぶ發心堂の脇から更に山の中へと立ち入って行く。綴れ折れの道は山頂が近づくにつれ

急登になってきた。もうすでに顔面一杯に汗が流れ落ちている。










貴峰山山頂は一枚の大岩になっている。この貴峰山は雨霧城(天霧山)四代目城主の香川信影の家臣

藤田四郎が雨霧城の牙城として戸峯山城として築いたとされた場所。

今は木々が生い茂っているが、当時は恐らく東西南北を見渡せたのだろう。










その大岩には四等三角点・貴宝山。ここで一息いれ、三脚で三人で記念撮影をするが

まだカメラの操作に慣れなくてマクロモードのままで写してしまい、完全に三人がぼやけて没。










山頂岩からは雲がかかった七宝山や、これから向かう毘沙古山

そしてほとんど原型をとどめていない汐木山が見えた。

ルリちゃんが手渡してくれたマスカット大福を頬張りながら腰を降ろす。








山頂での休憩を終えて一旦大岩を降り、西へと歩いて行く。貴峰山は秀麗なおむすびの形をしている。

この毘沙古山への稜線がなく、独立峰だったら讃岐富士に例えられたかもしれない。

そしてその形通り毘沙古山へは急な下り坂が待ち受けていた。ここではとにかく滑って変な動きになり

ギックリ腰が再発しないように注意深く下って行く。天気予報の通りもし雨が降っていたら

最悪の状態になるところだったが、幸い雨はチラつく程度で地面もほとんど濡れていない。







ほどなくミニ八十八カ所の回道になっている鞍部に着いた。








鞍部からは意外と幅の広い歩きやすい道が続いていた。毘沙古山山頂が近づくにつれ、

先ほどの貴峰山と同じように急登になっていく。










毘沙古山は231m。三座の中では一番高い山になる。山頂は木々に囲まれ見晴らしは無く、

山名札があるだけ。三脚をザックから出すのもめんどくさいので自撮りをしてみた。










毘沙古山からもやはり一旦下りになる。道は想像していたより薮いてなく快適な尾根道が続くが、

とにかく蜘蛛の巣が酷い。立ち止まってはストックや枯れ木で振り払うのだが、

油断して見逃してしまうと汗を掻いた顔にベチャっとへばりつく。







ここでの鞍部は南北の峠道になっているのか、少し薄いが横断する道があった。

竜王山山頂も木々に囲まれ見晴らしはなかった。もう一度自撮りをするがやっぱり顔が不自然だ。

(あまりにも顔の皺が酷いのでまた修正をしています。ー笑― )










竜王山から西に下って行くと道の脇に、見晴らしの良い場所があった。

詫間のゴルフ場とその横に同じくらいの広さの太陽光発電所が見える。







さらに下って行くと電力の保線路らしき道に出た。その道を辿って行くと鉄塔広場に着いた。

地形図を見ると少しに西側に三角点がある。藪いた笹の中を進むと四等三角点・松崎

ひっそりと佇んでいた。脇にはハケ山と書かれた山名札。

YAMAPの活動日記を見てみると、二年前には『ケ』の横に『〃』が付いている。

どうやら通称では『ハゲ山』と呼ばれているらしい。














ハゲ山からは一旦引き返して保線路を松崎地区へと下って行く。

ここ道も蜘蛛の巣だらけの道だった。木の枝で払いながら歩いて行くと集落の上に出た。







県道まで下りコミュティーセンターへ戻って行く途中、田んぼの畔に咲く彼岸花を眺めながら

『沢山咲いているのも見応えがあるけど、やっぱり畔に疎らに咲いているのが落ち着くわね!』と

奥様たちが歩きながら話している。なるほど何事も度が過ぎると人は食傷気味きみになる。

ほどほどが一番と言う事か。となればセニョ理論も度が過ぎるとかえって悪くしてしまう。

過ぎたるは猶及ばざるが如しとはよく言ったもんだと思いながら、

少し重くなった腰を気にしながら二人の後をついてコミュティーセンターへと戻った。

今日は奥様たちが気遣ってくれての里山歩きになったが、YAMAPの平均ペースも110~130%

更には登頂した山も三座増えて物足りさはあるものの、ご満足いただけたようで肩の荷を降ろせた。






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里山に遊ぶ 熟女?の二人と女体三昧!

2021年09月10日 | 香川の里山

秋雨前線の影響か天候の悪い日続いて、ご多分に漏れず今日も雨の予報。

事前に奥様二人と相談したら、本来予定していた東光森山は、

YAMAPの活動日記のどれを見ても急登が続くと書いてある。

それじゃ次週に順延して、県内の里山でも歩きましょうと言う事になった。

ただ里山歩きもただでは済まない奥様たち。先ずはそこそこ距離が歩けて、雨でも

足元が安全なルート。更にはYAMAPで記録していない未登の山でないと

ご満足いただけない。三つほど案を出したところ、お二人が未登の山の

大窪寺の裏山の矢筈山と三つの女体山を歩くことになった。

女体山を三つ歩いて『女体三昧』と名付けたのはエントツ山さんだったが、

今回はその上に熟女と銘打ってみた。奥様たちは熟女と言われるのが

本意か不本意かなのは不明だが、取りあえず三つの条件はクリアーしているので大丈夫!


大窪寺の第一駐車場にいつもよりゆっくり目で集合し身支度をしていると、ルリちゃんが雨具を

持ってきていないという。どの天気予報を見たのかは分からないが、外は雨。

昔、山の会では『弁当忘れても、雨具は忘れるな!』とよく言われたものだが、

仕方がないので傘をさして歩くことになる。




大窪寺の境内へと歩き、先ずは本堂に参拝して登山の安全をお願いする。










登山道は納経所の手前から山の中へと続いていく。この道は四国のみちになっていて

更には奥の院へと続く道にもなっている。

取付きからは急な階段状の道が続いていく。雨は本降りになり道からは溢れた水が下へと流れて行く。




途中にある展望所からはいつもなら南側の眺望が見えるのだが、当然真っ白な世界。







更に登って行くと左に奥の院への分岐になる。この奥の院は長尾女体山の北側、古大窪(ふろくぼ)と

呼ばれた場所に、人々の苦難を救おうと行基によって建立され。その後弘法大師が、今の奥の院

「胎蔵ヶ峰寺」のある場所に、大窪寺を復興させ、そして、現在に場所に移ったそうだ。

分岐からも急登は続き、最後に下って行くと林道に出た。




林道を西にしばらく下って行くと矢筈山への取りつきとなる。

取付きからも階段状の急登が続いている。階段とは言え段差の上は土で埋まり斜めになっていて

階段と言えるかどうか?とにかく雨で濡れた足元に、滑らないように注意深く登って行く。










急登を登ると痩せ尾根の道になる。途中の岩場からはここでもいつも見える北側の眺望も

全く見えず。すぐ目の前に迫る矢筈山もガスに煙っている。




晴れていれば見える景色



実を言うと今日の雨の日の為に、前々からどうしようかと悩んでいた防水のコンデジを購入した。

ここ最近エントツ山さんの掲示板で、エントツ山さんがえらく褒めていたので、踏ん切りをつけて

買ってみたのだが、この岩場の写真を最後にメモリーカードへの書き込みができなくなった。

せっかく雨の日用に買ったのに、本体ではなくメモリーカードの不具合で写せなくなるなんて。

仕方がないのでここからはスマホで撮影。前回の事もあるので顔の皺がキッチリ写り込む

自撮りは止めて、奥様だけを写してみる。あっちゃんはここでドーナツ一個。

矢筈山は東讃では一番高い山。そして一等三角点があり、YAMAPの山頂ランドマークの

一つ目をゲット!。




ここで一服しながら『この一週間で何故か体重が4kgも増えたんです。』

『今朝は測ったらいままでのピークの〇〇kgだったんです。』というと、ルリちゃん

『え~そしたら、私と〇〇kg、あっちゃんと〇〇kgも違うんや~』と。

普通は女性は自分の体重何て決して話をしないのに、遠慮なく話せるなんて・・・・・。

年は取りたくないもんだと、心の中でつぶやく。(笑)

『そう言えばKAZASHIさんの顔の皺が減っているような気がするわ!』とルリちゃん。

その横であっちゃんは異を唱えている。

『このところ山から降りてプロテインを飲んでるから筋肉がついたかもしれません!』と言うと、

『そんな1週間で筋肉量が増えるわけないやん』とあっちゃんに馬鹿にされた。

体重やBMIや体脂肪率の話をしながら(笑)折返しで登山口へと下って行く。







林道まで下ると直ぐ向かいに長尾女体山の鳥居がある。ここからもまた階段を登って行く。

ずっと昔だが、この鳥居には注連縄の代わりに女性のパンティーが何枚もぶら下げてあって

何やら怪しげな雰囲気がしたが、今はちゃんと注連縄が掛けられ、厳かな雰囲気がする。

女体山の名前は

『昔、さぬき市にある志度で玉取りに来た藤原房前に仕えていた女官がいて、房前が帰った後も

この女官は志度に残り海士の修行をしていました。その後さぬき市の造田住んでいる人と結婚し、

この女の人は普通の人と肌が違っていたので、「女体さん」と呼ばれるようになりました。

その後、男の子が生まれ、この子が成長した後に農業に励んで働いていましたが、

田畑の水不足に悩まされることがよくあったそうです。水不足に悲しんだ母親は、

「私が百歳になったのちに、水神となって農家に水を与えよう」と願いました。

この母親の死後、造田にある青木と呼ばれる山に祠(ほこら)を建てて遺体を葬りました。

生きていた時の願いのためか、雨が降らない時に人々が集まって、この「青木女体」に雨を念ずると

必ず降ったそうです。その後、祠がさぬき市長尾南部に移されましたが、さらにその後、

東讃エリアで最高峰の矢筈山の東にある山に移りました。』という言い伝えがあるそうだ。

昔はこの女体山の山頂にある「水神さん」の祠のまわりで、雨乞いをするために、

火を焚きそれを囲んで一糸まとわぬ農夫が踊り狂うという奇祭が行われて、祭りの後、

必ず雨が降ったそうだ。でも今日は雨が止むようにお願いをする。

ここで二つ目の山頂ランドマークをゲット!










ここでも晴れていれば見えた景色



ここからもいつも見える眺望は望めないので、少し戻って東屋で休憩にする。

先ほどの矢筈山でルリちゃんに『顔の皺が少なくなっている』と言われ気をよくして

自撮りで撮ってみるが、やはりあんまり変わらないような気がする。

ここでもあっちゃん、おにぎり一個。今日は雨だと山中では昼食を摂る場所がないので、

途中は行動食で、下山後に八十八庵で打ち込みうどんを食べましょうと声掛けをしていたので、

どうやら今日はおにぎりを何個も持ってきたらしい。(いつもの事ですが・・・)




長尾女体山からはしばらくは林道歩き。二人の後ろを歩きながら、デジカメが何とか写せるように

ならないかと触っていると、あっという間に離されていく。







途中で道の脇で二人が何かを見つけて話をしている。『これなんでしょうね?』

葉を見るとたしかにヒノキだが、この実が数珠なりに付いている木と、全く付いていない木がある。

帰って調べてみるとやはりヒノキの実だった。この実がしばらくすると茶色に変色し、

次第に木質化して、秋には熟して果鱗が割れ,種がこぼれ落ちるそうだ。




ヒノキの実の話がひと段落すると、また二人は朝ドラの話をし始めた。

どうやら今週の話の展開には納得した様子で、今後の展開の予想をしている。

少しは話題に入れるようにと、ネットで『おかえりモネ』の登場人物と、先週までの

あらすじをチラ見したが、もう既に話は先に進んでいて、何ことやらさっぱり分からない!




石田女体山も林道の脇に鳥居がある。鳥居からは石段と擬木の丸太の階段が続いている。

階段を登って行くと直ぐにまた女体宮を祀った広場に着いた。







するとあっちゃんがスマホを覗き込んで、ランドマークはここではないと言う。

『それじゃ~南にある展望所まで行ってみましょうと』声をかけ、歩いて行くと展望所までの

途中に三角点はあった。四等三角点『北ケ原』、三つ目のランドマークゲット。

展望所からは青空が顔を覗かせ、少しだけだが東の景色が見える。







女体宮の前まで戻って自撮り撮影。今回はどれも修正はせず、無修正画像です。

でも目線が画面に向いていてレンズを見ていないので、やっぱり上手く撮れていない。

北側もガスが流れて、一瞬だが屋島五剣山を見ることができた。










広場から階段を下って行くと途中でまだあじさいの花が咲いていた。足元には最近よく見かける花が咲いている。

『これ、なんていう花だったけ~』と聞かれるが、パッと名前が出てこない。

写真を撮って、Googleレンズで調べるとヤマジノホトトギスと直ぐに出てきた。

二人に得意げに『ヤマジノホトトギスです!』と教えてあげると、『ネットで調べたやろ~』とルリちゃん。

『バ・レ・タか~!』・・・・・。恐らくまた次も名前が直ぐに出てこないだろうから、

WOCのメンバーの名前をとって『山じいのホトトギス』と覚えることにした。







石田女体山から林道まで戻り、またしばらく林道歩き。するとどんどん天気が良くなり、

所々で木々の間から北側や東側の景色が見え始めた。







林道が三差路になると、右に曲がった場所のガードレールの横からが東女体山への道になる。

案の定二人が通り過ぎようとするので、呼び戻してガードレールが切れた場所から下って行く。




ここからは電力の保線路の道となり、保線路の特徴の樹脂の急な階段が続いている。

階段を下ると鞍部の手前に黒い物体が見えた。一瞬クマ‼かと思ったが、

以前は倒れたままの石仏を誰かが起こして倒れないようにして立てられていた。







しばらくすると一つ目の鉄塔広場。ここからも保全路に沿って、鉄塔が続いていく。







東女体山手前の鞍部まで来る。ここからは少し回り込んで南側から登るのが正規のルートだが、

『直登と回り込みとどっちがいいですか?』と聞くと、あっちゃんから『直登!』と即答。

『滑りやすくて急登ですよ。別に直登しなくていいんですよ』と確認すると、『直登!』と即答。

案の定木の枝を掴みながら牛歩の登り。でもまぁここのところの線で繋ぐ山歩きで鍛えている

二人にとっては屁の河童!距離も短いので苦にせず登ってきている。










東女体山にも女体宮が祀られている。ここで女体三昧は終了。そしてYAMAPの

山頂ランドマークも四つ目をゲットしたことになる。そしてあっちゃんはまたおにぎり一個。




折返しは南に少し下がって東女体山を回り込みながら戻って行く。

道の脇にはこの時期ならではの森の住人があちこちに!













保線路は緩やかにアップダウンして続いていく。先頭を歩くあっちゃんのスピードが

どんどん上がっていく。『さては平均ペースを上げようとしてるな!』と思いながら

ルリちゃんと必死でついて行く。最後の樹脂の階段を登りきると林道に出た。













林道は大窪寺までくねくねと下りの道が続いている。二人は夕食のメニューの話をしながら

最後は『打ち込みうどん、打ち込みうどん!』と言いながら歩いている。




大窪寺の門前は人の姿はほとんどなくで、八十八庵も数組の人が食事をしているだけだった。

しばらく待つと楽しみにしていた打ち込みうどんが出てきた。

座敷の横の窓は開け放たれ、涼しい風が通り抜けていく中、熱々の打ち込みうどんを

三人で『美味しいね~!』と言いながら頂いた。最後に門前で手を合わせ、不純な気持ちを

洗い流して、結願の地を後にした。







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里山に遊ぶ 屋島

2021年08月19日 | 香川の里山
先週、伊吹山から岩黒山まで歩いて、線で繋ぐ山歩きも

全行程の1/5程度が繋がってひと段落した。今後は四国中央部を予定しているが

今週は雨の予報。取りあえず線で繋ぐ山歩きはお休みして、県内の里山でトレーニングする事に。

事前に奥様たちに三つほどコースを提案した。いずれも10km近くのコースで取りあえず

長めの距離を歩け、かつ雨が降っても昼食時に困らないように、山頂近くに雨をしのげる場所がある山。

するとあっちゃんから『屋島に登った事がないので、屋島がいいです!』と返事が返って来た。

YAMAPを見てみると、屋島には『冠ケ嶽』『屋島南嶺』『屋島北嶺』と三つのポイントがあるのが判った。

YAMAPではこのポイントを通過すると、登頂した山の数にカウントされる事になっている。

提案した残る二つのコースでは、奥様たちは既に登頂しているので、

『さては、登頂した山の数を増やそうという魂胆か?』と思い、

『良かったですね、三つも登った山が増えますね!』と返信すると、

『実は屋島寺に車で参拝した時に、屋島南嶺はゲットしているので、二つです!』あっちゃんから返ってきた。

『なぬ!それはYAMAPの利用者としては、あるまじき行為ですぞ!』

『それでは懺悔の意味で、美味しいコーヒー豆を持って来なさい!』と

いつになく強気の態度に出たへっぽこリーダーだった。


前日に最終確認で二人にメッセージを送ると、そのあっちゃんから

『日曜日にギックリ腰になってしまいました。整体に行って回復はしてきたのですが、

歩けるでしょうか?ギックリ腰常連のアドバイスをお願いします!』と返事が来た。

ガラスの腰のへっぽこリーダーは、今まで何度もギックリ腰になって、その度リハビリと

称して歩いてきた。時にはコルセットを巻いてでも歩いたりしたので、

『状態によるけれど、じっとしているよりは歩いた方が回復が早くなります』と返し、

結局予定していた長距離を少し短縮して決行する事となった。

WOC登山部では痛みを堪えてでも無理やり動けば治るという、結構無茶な事をする

セニョさんがいて、個人的にそれを『セニョ理論』と呼んでいるのだが、

セニョ理論は誰にでも通用するわけではないので、基本的に痛みが無ければ、体を動かして

歩いた方が楽になるというのが私の持論だ。




集合場所の屋島神社に時間通りにルリちゃんの車に乗って二人が現れた。

ルリちゃんとは、ここから冠ケ嶽に直接登った事があるが、今日は雨だと言う事で、

ここからスタートしてへんろ道から登って行く予定。そしてあっちゃんの状態からして、

『今日はWOC登山部亀さんチームの70~90%で歩きましょう!』と声を掛ける。

駐車場から屋島神社の石段を下り、元のケーブルカーの横を通る。ケーブルカーの車体も

通るたびに朽ちていっていて、子供の頃に何度も乗った事のある私としては少し寂しく感じる。




大宮八幡神社を通り、墓地の脇を抜けると登山道の入り口になる。

道に沿って里に猪が降りてこないように猪避けの柵が続いていて、ゲートを開けて中に入る。










しばらくして遍路道に合流すると、弘法大師が、仏天を供養し誦呪加寺

(呪文を読み仏の加護保持を祈とうすること)をして、

干ばつで各地の池や井戸水が枯れても、湧水は絶えることがないという加持水がある。




へんろ道の頭上は木々に覆われているので、少々の雨でも傘をささずに歩いていたが、

畳岩の辺りでは木々が途切れてしまい、傘を取り出し歩いて行く。

雨にもかかわらず、上から下りて来る人、後ろから追い抜いていく人など、結構な人が歩いている。







いつになくゆっくりとしたペースで登って行くと、山門の奥に屋島寺

しっとりと静かに佇んでいた。




西尾根端に着くころには雨が一旦やみ、眼下には高松の市街地が広がっていた。

遠くはやはり霞んでいるが、近くは雨の降った後で意外とはっきりと見える。




港湾地区の向こうに五色台と瀬戸大橋



クレーター五座と由良山



堂山と六つ目山と鷲ノ山










獅子の霊巌では屋島山上拠点施設整備の工事が進んでいた。

三度の入札不調で大幅に工事が遅れていたが、屋島観光の目玉になるこの施設の完成が待ち遠しい。







新屋島水族館、山上駐車場を通り、北嶺への遊歩道を進んで行く。

このまま遊歩道を歩いても芸がないので、あっちゃんの様子を見ながら脇道へ入る。

屋島山頂部特有の安山岩の露出した道を歩いて行くと、右側に壇ノ浦を挟んで、

庵治石の砕石場と五剣山が見える。










安山岩の痩せ尾根歩きで、少しはワイルド感がでて良かったかなと思ったが、

後ろから下りて来るあっちゃんは、やはり腰の様子を見ながら恐々降りてきている。




千間堂跡には、ここでも整備事業の一環で立派なトイレと休憩所ができている。

当初の予定では長崎の鼻まで歩いて、ここまで折り返してきて昼食にするつもりだったが、

やはりギックリ奥様の様子では北端の遊鶴亭までが無難な感じなので、

そのまま千間堂跡を通過して、今日の目的のYAMAPのポイントを探しに行く。

そのポイントは千間堂の少し先の森の中にあった。北端の遊鶴亭でもなく、特徴のない森の中にあるため、

目印となる様に誰かが手作りの可愛らしい石で作った標が置いてあった。

既に残りの二つのポイントをゲットしているルリちゃんも、残りの一つをゲットできてご満足な様子だ。







遊歩道へ戻り、東側の道を歩くと、ここにも新展望台ができていた。

ひな壇上になったテラスからは、東側と瀬戸内の島々が眺められる。







庵治の町と小豆島



大島




遊鶴亭では腰を降ろして一息つく。奥様二人はいつものように朝ドラの話が弾んでいる。

その時間には会社にいる私にとっては、いつも話にはついていけない。




女木島と小豆島フェリー



シンボルタワーと県庁







展望台の横にある『長崎の鼻まで800m』の道標を見て、あっちゃんが『それくらいの距離なら』と

行きたそうにしたが、ルリちゃんが『なによんな!ここから急な下りやのにさっきの様子では無理!』と。

遊鶴亭で休憩した後、折り返して遊歩道を歩いて行く。

歩きながら夕食が原因で家では日曜から冷戦状態になっている話を私がすると、

その開戦時の内容を聞いた二人が口を揃えて『最低!』と集中砲火を浴びせてきた。










談古嶺や廃墟となったホテルの横を通り、二つ目のポイントの冠ケ嶽へと歩く。

ケーブルカー山上駅の横を通り山道に入ると、『ブヒッ!』と鳴いて猪が3匹逃げて行った。

周りでは雨が止んだのを喜んでいるかのように、そこらじゅうでセミが鳴いている。







冠ケ嶽でもまた今までと違う眺望が広がっている。

『本当にどこからも素敵な景色が見えるわね』とあっちゃん。

立石山の辺りには低く雲が立ち込めて、その向こうに少し青空も見える。














二つ目のポイントをゲットした後は、三角点のある三つ目のポイントへ。

ここは二人とも既にゲットしているが、YAMAPを最近始めた私にとっては最後のポイント。




今日の目的を完了した後、近くの東屋で昼食にする。今日は昨日買った、ご当地ラーメンだ。




食後はあっちゃんが持ってきたIRIBITOさんのお店のコーヒーを頂く。

大雑把にお湯を注ぐ私に、見かねたあっちゃんが交代してと言ってきた。

ルリちゃんの蓋だけの水筒にお湯お入れ、飲み口のある自分の水筒の蓋を付けて淹れようとすると、

ネジ山があっていないのか、間からポトポト零れている。ルリちゃんと二人で大笑いするが、

これが意外と適度にゆっくりと注ぐことができて、結果オーライ!







やはりお店の豆で淹れたコーヒーは別格だ。深いコクのあるマンデリンコーヒーを味わいながら

東屋の屋根から落ちる雨音を聞きながら、優雅な時間を過ごす。


のんびりとお昼時間を過ごした後は、へんろ道を下って行く。下り坂ではあっちゃんが滑らないように

注意して降りて行くのだが、それ以上に私の買ったばかりのシリオの登山靴が、濡れた石の上では滑る。

腰が引けながら下る私を見て『どっちがギックリ腰か分からないわね!』と揶揄される。










12.7km、5時間45分の里山歩き。リハビリにしては少し距離が長すぎたが、

それでも90~110%のペース。帰った後にあっちゃんからお礼のメッセージが届いたので、

『後は養生をしながらの日にち薬で、来週までには良くなってください』と送ると、

『ハイ!次は150%を目指します』と。・・・・・・・勘弁してください!


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耐暑トレーニングで大川山

2021年07月08日 | 香川の里山



今週は線で繋ぐ山歩きで平家平~冠山~ちち山の分れまでを繋ぐ予定だったが、

昨日までの天気予報がどうも不安定。今回のコースは稜線の笹原歩きが主に

なってくるので、天候が急変すると難儀なので取りあえず今回は順延する事にして、

無難な線で県内の里山を歩くことにした。それじゃ何処を歩こうかと考えたが、

距離を稼げて高度差もそこそこあるコースと言う事で、何度も登った山だが

初めて歩くコースの柞野~大川山に決定。西の奥様二人にも現地集合で招集をかけた。

するとルリちゃんから『大川道の途中でデポもできますよ』とメッセージが入った。

『いやいや今日はあくまで耐暑トレーニングです。車は使いません!』ときっぱり断りをいれたが、

往復すると12km。高度差もそこそこあるので、果たして二人に付いて行けるか、

へっぽこリーダーは逆に不安になって来た。(^_^;)






国道438号線の天川神社の北に中寺廃寺跡の標識があり、そこから山側に

離合するのが難しいくらいの細い道が続いている。どんどん道幅は狭くなっていき、そのうちに

少し開けた集落の場所に柞野道駐車場の看板があった。

運転席からは道が見えなくなるくらい急な下りを恐る恐る下って行くと、広い駐車場に着いた。

駐車場から南の谷あいの奥に、これから向かう大川山の稜線が見えている。













駐車場から里道まで戻り少し先に進むと中寺廃寺跡登山口の案内板がある。

さぁ、それでは登って行きますか!と声を掛け、最初は竹林の中をそして次に杉林の道になる。

道の途中には同じような案内板が何ヵ所かに立てられている。

大川山へは今まで何度も歩いた大川道と昭和30年ころまで、香川と徳島の

往来道、そして金毘羅宮への神社参詣として利用されていた江畑道

そしてこの柞野道があるが、この柞野道は中寺廃寺跡を経由して大川神社参拝や

炭焼きの人々が往来していた道だそうだ。
















事前にYAMAPで調べたところ、展望所から先と山頂手前が急登となっていたが、

途中から意外と急な坂が続いている。いつもなら二人の後ろを付いて行って

写真を撮りながら歩いて行くのだが、この時期の里山の事。恐らく蜘蛛の巣が道々に

張っているだろうと思い、先ずは先頭をストックで蜘蛛の巣を払いながら登るのだが、

時々見逃し、汗を掻いた顔にいや~な蜘蛛の巣がまとわりつく。







途中には炭焼き窯と書かれた案内板。その奥に小さな窯というか穴が残っていた。







さらに先に進むと江畑道との分岐。既に額からは汗がポタポタと落ち、

背中もびっしょり濡れている。最近あっちゃんは汗止めの為かハチマキを巻いている。







道が支尾根の道になると展望台との分岐に着いた。

『天気が崩れないうちに先に展望台に登ります!』と

二人に声掛けをして登って行くと、これがけっこう段差もあって長く急な階段が続いていく。







樹林帯を抜け周りが明るくなってくると、一気に視界が開けて

爽やかな風が、たっぷりと掻いた汗を一気に冷やしてくれる。

展望台には真新しい東屋があり、ザックを降ろしてひとまず休憩。

見渡すと香川県内がほぼ一望できるではないですか。

奥様二人も『最高!』と歓声が上がる。

ここでいつもの山座同定を始めると、やはり二人も自分で登って来た山は直ぐに判った。




讃岐変電所の奥にクレーター五座



右から大高見峰・猫山・白山、満濃池、大麻山



まんのう城山の奥に高松の市街地






吹き抜けていく風があまりにも気持ちが良くて、随分と長い時間腰を降ろしておしゃべり。

その内に身体が冷え始めてきたので、重い腰を上げて再スタート。

この辺りから中寺廃寺跡の遺跡が広い範囲に点在している。













展望台から少し歩くと三等三角点中寺があった。更に進んで行くと広場になった場所に

これも真新しいバイオトイレが建てられていた。








ここから先が駐車場の案内板にも皆さんのレポートにも書いてあった、コンクリートの急坂が続いていく。

中寺廃寺跡の見学用に造られた道だろうか?それにしてもこんな急な坂、

車で行き来する人がいるのだろうか。後から調べると30%以上の斜度の坂が3カ所と書いてあった。










コンクリートの急坂は少し緩やかになったと油断させては、何度もまた繰り返し急坂が続いて行く。

いかにこの坂が急なのかを写真に撮ろうとポーズをとるルリちゃんと

それをスマホで撮るあっちゃん。私も真似してみる。

途中で先ほど展望台からも見えた讃岐変電所が見えた。










あまりの急坂にふくらはぎがパンパンになってきたが、やっとのことで県境の峠に着いた。

コンクリート道の入り口はチェーンが張ってあって、車はやはり入れないようになっていた。







徳島県側にあるビニールハウスからひょっこりと猫が現れ、こちらに近づいて来た。

ビニールハウスからはラジオの音が聞こえ、作業をしている人がいる様子なのだが、

この猫は飼い猫なのか野良猫なのか?







峠からは県境尾根に沿って阿讃縦走路になる。先ほどの急坂に比べて

緩やかな道に二人のスピードも一気に上がってくる。途中でキティーちゃん、見っけ!

四等三角点大平には可愛いカエルの置物。



















幅の広い道には木々の間を風が吹き抜けていく。今日は耐暑トレーニングと銘打ったが

『これではトレーニングにならないね~』と二人。

三角点からしばらく歩くと縦走路と並行して林道が続いている。













縦走路が林道と交わると、いよいよ山頂手前の最後の急登が始まる。

この坂もなかなかの急勾配だが、今日は地面が適度な湿り気があって丁度いい。

これが濡れていたり、これ以上乾いていたりしていたら、けっこう苦戦しそうだ。

ここでも写真や動画を撮ったりしている内に、奥様二人はどんどん先を登って行く。














先に登りきった二人が涼しげな顔をして待っている。へっぽこリーダーも何とか登りきると

大川神社の裏手に出た。林道を横断して神社の裏から境内の中に。










神社に参拝した後、境内のベンチに腰かけお楽しみの昼食。

ここのところコンビニの素麺に凝っているあっちゃんが、今日は少し趣向を変えて

冷麺?を買って来たらしいが、『激辛』と書いてあったラベルを見ていなかったのか

『ヒーヒー辛い、辛い!』と言いながら、せっかくの冷たい麺を喉元を熱くして食べている。








お腹を満たした後『さっきの急坂を下ります?それか少し遠回りですが林道を歩きます?』と聞くと

『元来た道を下りましょう!』と返事が返って来た。急な下りではやはりストックが役に立つ。

ストックを使わないあっちゃんが最後に下りてきた。








最近YAMAPを使いこんでいるルリちゃん。事前に登山計画のスタート時間を入力して、

到着予測時間を見ている。その予測時間は今まで歩いたきたペースを計算した上で

到着時間を修正・予測してくれる優れモノだ。山歩きにもAIの波が押し寄せている。

そしてルリちゃんは『13時15分には登山口に戻ります!』と意気込んでいる。

阿讃縦走路をトントンと。コンクリートの急坂もトントントンと歩いて行く。







バイオトイレから先で右に中寺廃寺跡へと展望台の尾根の下の道を歩いて行く。

広葉樹の緑の森の中、ひょろっとした背の高い赤松の色が何本も目につく。







仏ゾーンと名付けられた場所には仏塔跡と塔跡の発掘された礎石があった。

この仏塔跡と塔跡の配置が讃岐国分寺の伽藍配置と相似していることから

中寺と讃岐国分寺は僧侶が修行するために往来があったとされている。







さらに先には祈ゾーンの僧坊跡と礎石建物跡がある。ここからは大川山の山並みを

望むことができ、最も古くから大川山信仰に根ざす活動が行われていたとされている。










祈ゾーンからはぐるっと回り込むようにして展望台へ。

またここで朝よりも見通しが良くなった景色を眺めながら、腰を降ろして寛ぐ。

やはりここは県内を西から東まで一望できる場所としてはトップクラスではないだろうか。




高松の市街地と屋島の奥には小豆島



中讃地区の奥に瀬戸内海の島々



飯野山と郷師山の間に瀬戸大橋



七宝連山と奥に紫雲出山




あまりの心地よさに往路と復路でこの展望台で合わせて45分近く過ごしてしまった。

その間奥様二人は次々とザックから取り出しモグモグと口に入れている。

『もう食べるものがなくなったから遭難したら大変!』とあっちゃん。

ルリちゃんは修正された到着時間を見ながら『さぁ~降りて行くわよ!』と。

意外と急だった登りも、下りではどんどんとスピードが上がっていく。














途中でほとんど立ち止まることもなく、30分強で登山口に着いた。

最後に下りてきたルリちゃんに『お疲れさま!』と声を掛けて駐車場へと戻る。











次の中七番から平家平・冠山そしてちち山の分れへの周回を控え

耐暑トレーニングの予定だったが、平地では30度を超える気温にもかかわらず、

途中の尾根道では湿気のない涼しい風が終始吹いて、予想以上に歩きやすい一日だった。

さあ来週はそろそろ梅雨明けの雰囲気。夏山のシーズンインとなりそうだ!
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2021.05.19 お散歩で高越山

2021年05月20日 | 香川の里山




天気が良ければ雲早山のシャクナゲを見に行こうと思っていたが、

例年に比べて半月以上早く梅雨入りしてしまい、やはり天気予報は雨。

仕方がないので家の用事を朝9時過ぎと夕方に予定を入れたら、

予報は曇りから夕方には晴れの予想に変わった。ただ今更奥様との約束を

反故にしようものなら・・・・・と言う事で、雲早山は諦めていると、

FBでヤモッチさんがアップしていた船窪のオンツツジが目に入った。

写真には見頃と書いてあり、ついでに高越寺へもお参りした様子が書かれてあった。

さっそく予定変更で、10時には朝の用事を済ませて車を走らせた。


自宅から脇町へ走り、山川町から県道248号線を奥野井谷川に沿った道を走る。

道が川から逸れ山の中の道になるとくねくねと曲がった道に、忙しなくハンドルを切る。

次第にガスが濃くなりはじめたが、こんな天候にも関わらず、山から下りて来る何台もの

対向車とすれ違う。車によってはライトを付けずに走っていて、いきなり目の前に現れヒヤッとする場面も。


ツツジ公園の駐車場には2・3台の車が停まっていたが、更に上の公園入口まで登って行くと

何台か停められる道の脇は既に満車。予定ではここに車を停めて高越山まで歩こうと

思っていたが、仕方がないので更に先の立石峠まで進んで行く。

峠の道の脇に車を停め登山靴に履き替えスタートする。周りは相変わらず小雨とガスの中。




峠から下って行くと高越寺の駐車場には車が一台停まっていた。

更に進んで行くと『これより霊域』と書かれた結界門があり、その奥で三面大黒天と高越大権現が

迎えてくれた。その高越大権現から右手に参道が続いている。

ガスで一面真っ白な世界の中、新緑の緑が浮かんで幻想的な景色だ。










しばらくすると岩壁の下に薬師如来が祀られ、その横に『やくしだけ』と書かれた説明文。

説明文を読むと行場と書かれていて、よく見ると岩には鎖が垂れていた。







やくしだけの先には弘法大師像。近くの数本見えたシャクナゲはかなり落花していたが

何とか残る大きな花が、雨の雫をつけて生き生きとしている。










高越寺の鐘楼横の裏手から回り込み、石段を登って山門をくぐる。







本堂をお参りしていると奥から数人の参拝者が現れた。駐車場には一台車が停まっていたが、

この人数では車が小さすぎた。登山の服装でもないし、いったいこの人たちはどこから歩いて来たのだろう。







鐘楼横から高越神社への石段が続いている。

参道の脇にはかなりの幹回りの巨木が薄暗い空に向かってそびえ立っていた。










石段を登ると高越神社本殿があったが、その前は一面下草が生え、本殿横の建物は倒壊し

かなり荒れている様子だった。







神社の裏手に回り込み尾根を少し登ると一等三角点『高越山』。さらに進んだ山頂には

弘法大師像が建っていた。かってここには石積塚があり、空海の経塚と呼ばれていたそうだ。

伝説によると、大師は八峰七滝を探し高越山に籠り、真言宗の総本山を作るつもりであったが、

水が十分ではなかったために、高野山に総本山を創始したとあり、この高越山がいかに重要視

されていたかが伺える。










弘法大師像から一旦下って行く。時より木々の間から視界が開けた場所があるが

残念ながら今日は何も見えない。













鞍部からはもうひとつの峰にある奥の院への道が続いている。

濃霧の中に浮かんだ鳥居のシルエットは、まるで迷宮への入り口のような雰囲気がする。

その小さな鳥居を三つ潜ると奥の院に着いた。













奥の院の後ろには奥の院 蔵王大権現、さらに奥には高越大権現の多くの祠が並んでいた。







奥の院からはそのまま尾根の急坂を下って行くと、結界門の脇に出た。

杉林の林床に生える緑の低木を眺めながら立石峠まで戻る。

峠からは晴れていれば船窪のオンツツジの全体が見渡せるはずだが、一瞬見えただけで

また厚い霧に隠れてしまった。







車に乗り込みツツジ公園まで戻り辛うじて停められそうな道の脇に車を停めて公園を散策。

恐らく登山を始めた30年近く前に一度だけ訪れた事があるのだが、

その時は誰と来たのかが全く記憶にない。先ほどまでの濃い霧が流れて巨大なオンツツジが見渡せる。




昭和60年に『船窪のオンツツジ群落』として国の天然記念物と指定されたオンツツジは

葉芽が花と同時に開くため、緑の若葉と赤い花とのコントラストが素晴らしい。







近くまで寄ってみると視界はその朱赤に一面染まり、白い霧を背景にまるでその朱赤の海深く

潜っているような錯覚に陥る。














山の天気は変わりやすいはまさしく。一通りオンツツジを見物した後、公園の入り口まで戻ると

さっきまで見えていたオンツツジの群生は、また深い霧の中に戻って行った。

本来ならもう少し距離を歩きたかったが、言い訳程度の山歩きに終わった半日だったが

何十年ぶりに見たオンツツジに圧倒され、奥様の用事に間に合うように急いで帰路についた。




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