KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

線で繋ぐ阿讃縦走路 相栗峠~中山峠

2021年12月30日 | 香川の里山




冬の訪れを前に、例年だと県外の山から県内の里山歩きに移行し、

県内を里山をうろつくところだが、今年は新たな目標が出来て

予てから念願だった阿讃縦走路を歩くことにした。

以前から少しづつ歩いていた阿讃縦走路だったが、周回するのも

ピストンするのも独りでは限界を感じていた。

そこで色々調べているとWOC登山部なる会があり、この縦走路を

歩いているのが目に付いた。会に入ればその内に縦走路も一緒に歩ける。

そう思って入会したWOC登山部だった。といっても会での活動が県外の山が

メインになり、阿讃縦走路は冬場に数回歩く程度でなかなか進まない。

それならいっそうのことこの冬場に一気に歩いてしまおうと、

奥様たちに提案すると賛同してくれて、歩き始めたのが11月25日。

ここに来てやっと相栗峠までつながった。

今日はこの相栗峠から大滝山を経て中山峠をまで歩けば、

いよいよ阿讃縦走路も東讃地区まで到達できる。

(私だけの宿題の大川山から土器川源流は、来年に持ち越し)


先週と同じく道の駅しおのえに集合して、まずはルリちゃんの車を中山峠にデポ。

そこから私の車で相栗峠へと向かって行った。

今回のコースで一番気になったのは、歩行距離でもなく、噂の相栗峠の急登でもなく

登山口までの道路状況だった。数日前の寒波で市内からは阿讃の峰々が白く

薄化粧をしているのが見えた。ノーマルタイヤで果たして相栗峠まで

走れるだろうか気が気でなかったが、幸い路面が凍っている場所もなく

峠の駐車場が薄く雪が付いている程度だった。9時15分その駐車場をスタート。







先ずは切り通しになった峠のコンクリートの階段から取りつき、

619mの標高点のある『展望ふれあい広場』へと登って行く。

広場への階段はこの先の急登までの前哨戦。県立自然公園の道標には

大滝山まで6.1kmと書かれている。







人の手が入らず荒れた展望広場を横目に見て進んで行くと

いよいよ急登の始まりとなる。この急登は石墨山・伊予富士と並んで、

四国三大急登と呼ばれているが、果たしていかがなものか。

私は15年以上も前に2回ほど登ったことがあるが、

ロープを使って登った程度しか記憶がない。

取りつきから見上げると延々とロープが続いている。

斜度でいえば他の山でも見られる急登だが、とにかく先が全く見えない。

それでも前を行く奥様たちは力強く登って行っている。














『あ~ストックが邪魔!』と言いながら片手にロープ。もう片手に

ストックを握りながら登って行くあっちゃん

今日のこの急登の最大の難関は何といっても落ち葉だった。斜面に積もった

落ち葉はとにかく足を滑らせてくれる。息が上がり着込んだ上着のせいで

直ぐに上半身は暑くなる。それでも20分ほどで斜面の先に空が見え始め

汗をたっぷりとかいて何とか登りきることができた。

















今日の難所の急登が終われば、あとは縦走路。いままで歩いてきた

縦走路と同じようなアップダウンの道が続いていくはずだ。

道標に従い進んで行くとフェンスに囲まれた鉄塔広場に着いた。

以前にこの阿讃縦走路で見た中央幹線の鉄塔ほどではないが、

けっこう大きく高い鉄塔と送電線が尾根を跨ぐようにして続いていた。

南には少し霞んでいるが一番奥に矢筈山から続く稜線が見える。













鉄塔広場からは道の脇に先日降った雪がちらほら残っている。

大滝山までの縦走路は何ヵ所か南北に峠道になっていて、

最初の鞍部は国地蔵峠。そしてここからの峠の

ほとんどが北側の大滝山自然公園への道は通行止めになっいていた。








杉林の中の単調な道が続いていくと、次に細尾峠に着いた。

道標には城ケ丸まで2.4km、相栗峠まで3.1kmと書いている。

城ケ丸からまだ先が大滝山なので、丁度ここが相栗峠から大滝山の中間点になる。

峠の取りつきから1時間20分、まずまずのペースだ。

今日はおNEWが二つ。ひとつはワーククマンで買った冬用のクライミングパンツ。

高松市内のワークマンを3店舗ほど回ったが売り切れで手に入らなかったが、

善通寺のお店でやっと見つけた1980円のコストパフォーマンスが最高のパンツだ。

レンガ色が派手で少し買うのに躊躇したが、残り一本だったので仕方がない。

お店の人に聞くと、仕入れてから直ぐに売れてその後は入荷がないそうだ。

今まで比較的安いブランドのモンベルのズボンでも一万円弱した事を考えれば、

冬用で厚手になってストレッチも効いていて“お値段以上ワークマン!”

買って帰った後奥さんに『少し派手かな?』と言うと、

『年をとったら派手なくらいがいいんやわ!』と言われたと奥様たちに話をすると、

ルリちゃんは、『上着とも色合いが合ってていいやん』と言ってくれた。

逆に『え~人参みたいやわ』とあっちゃんには茶化された。

もう一つはモンベルのガレナパックの25L。今まで使っていた20Lのザックだと、

雨具を入れると水筒、昼食・行動食でいっぱいになって

バーナーまでは入らなかった。先週は雨具を置いてバーナーだけ入れてみたが、

やはり20Lでは小さすぎ、かといって30Lでは少し大きい。

そこで丁度いい大きさで、雨具もバーナーも入る25Lを買ってみた。

これでしばらくは冬場の県内の山なら十分。



















鞍部になった細尾峠から少し登って行くと苫尾峠

ここでも中間歩道通行禁止の案内板が掛けられている。

以前から中間歩道はトラバース道で崩れて歩きにくい場所があった。

また2年ほど前に遭難事故があり危険個所として通行止めになったようだ。







苫尾峠を登り詰めると、四等三角点 苫尾 818.9m。鉄塔広場近くにある

平帽子の三角点は尾根から外れていて見逃してしまったので、

今日初めての三角点とYAMAPの山頂ポイント。










苫尾山からも小刻みなアップダウンは続いていくが、高低差もなく

距離も短く、奥様たちはどんどん先を歩いて行く。







阿讃縦走路はほとんど眺望がなく、ただただ尾根道を歩いて行く道。

独り歩きだと退屈に耐えきれないかもしれない。

木々の間から今日の最終目的地の大相山が少しだけ見えた。

三本松を過ぎ大生峠を過ぎる頃、

そろそろあっちゃんがお昼ご飯を気にし始めた。










大生峠から城ケ丸までの登りは、県境は真っすぐ直登。

縦走路は回り込むようにして道が続いている。

ルリちゃんと私は回り道。あっちゃんはそのまま直登の道を選んだ。







回り道もなかなか急な階段が続いていたが、直登のあっちゃんも苦戦しながら

何とか登り切り城ケ丸に着いた。二等三角点 大滝山 943.3m

時間も丁度12時なので、ここでお昼ご飯とすることにした。













今日はいつものカップラーメンと別に、会社のお歳暮で頂いた

宮城塩釜のおでんの缶詰を持参。牡蠣でとった出汁がしみこんだ具に

食欲がそそられ、あっという間に三人で完食!











さてさてここからが今日の問題の区間。ブナ峠までの間は大瀧寺の私有地の為

通行禁止と香川県みどり保全課からの表示板ある区間だ。

以前は『歩道以外は立ち入らないでください』と書かれた案内文だったが、

2年前の遭難事故で警察からの事情聴取後に通行止めとなったようだ。

そうすると事故のあったのは中間歩道ではなく、この区間での事なのか。

県も大瀧寺と何度も話し合いをしたようだが、結局通行止めという事で、

香川県勤労者山岳連盟にもその通達が届いた。ただこの城ケ丸からブナ峠までの

区間は、県内で唯一のブナの原生林のある場所。登山道としても、参道としても

素晴らしい景観の残る場所だけに、通行止めは残念なことだ。

連盟によるとこの通行止めは遭難事故によるものだけでなく、

不心得な登山者によって貴重な樹木に名前を彫ったり傷つけたりする人が

過去にいたことも関係しているのではという事だった。











大滝山の山頂は大瀧寺の境内の裏手にある。







大滝山山頂から下って西照神社の駐車場からまた阿讃縦走路が続いていく。

時間は13時前。今日のコースで相栗峠からはおおよそ中間地点となる。

昼食の時間を除くとここまでで約3時間。計画では中山峠までの歩行時間は

5時間30分と考えていたので、残り2時間30分で歩けるだろうか?







縦走路入り口から大きな電波塔を横目に見て進んで行くと、

しばらくは道幅もある自然林の緩やかな下り坂が続いていく。

『こんな道が続くといいね!』とあっちゃん。







しかしそうは問屋が卸さなかった。道はすぐにロープが張られた急坂に。








急坂が終わり更に広々とした尾根道となり、奥様たちのスピードが上がって行く。










するとまた急坂。先ほどまでは木々の間から大相山が目線の高さと

同じくらいに見えていたが、道はどんどん下って行く。勘弁してよ!

積もった落ち葉の量が半端ない。登山靴がすっぽり隠れている!














伐採された木が道に散乱した場所を過ぎ、右手に徳島側の眺望のある場所を過ぎ、

743mの標高点の先の鞍部からは大相山への最後の登り。







大相山への分岐からは緩やかな道が続き、14時20分今日最後の三角点、

三等三角点 桧ノ尾 881m、そしてYAMAPの山頂ポイント4つ目ゲット!










さぁ~ここから残り1時間。『目標3時30分!』と声を掛け合いスタートする。

しばらく歩いて行くと、阿讃縦走路では珍しく笹尾根になる。

そしていよいよ急坂が始まって行く。













中山峠までは下りだけだと思っていたが途中で二か所ほどプチ登坂。







その登りが終わると、本格的なロープのある急坂の下りになる。

奥様たちも落ち葉でグリップの利かない急坂にスピードが落ちる。

相栗峠の急登よりも、こちら側から登ってきた方が大変だったね、と奥様たち。

あまりの急坂に奥様たちに二人が、登山靴の中の指が当たって痛いと言い出した。










何とか急坂をやり過ごし道が里山の道の雰囲気になると、

国道を走る車の音も聞こえ始め、峠にある金比羅神社の屋根が見えた。







時間は15時25分。大滝山の縦走路の取り付きから予定通り約2時間30分で中山峠に着いた。











ここからは私の宿題の区間を除いて、①中山峠~境目、②境目~鵜峠、

③鵜峠~大山、④大山~碁浦と最短で4回で完歩となるはず。

予定通りに事が運べば春までには阿讃縦走路をやり過ごし、

また線で繋ぐ石鎚山から剣山が再開できるだろう。

ただ問題は①の中山峠から以東を妥協せずにほぼ県境を歩くのと、

②の鵜峠の手前のシダとイバラの道。果たして思惑通りに事が運ぶか、

年明けからの再開が待ち遠しい。
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線で繋ぐ阿讃縦走路 讃岐竜王~相栗峠

2021年12月24日 | 香川の里山



線で繋ぐ阿讃縦走路も今回でいよいよ高松市に突入。

大川山から讃岐竜王までは以前に歩いているので、

(奥様たちは既歩、私は大川山~吉野川源流の碑までが未歩だが、取りあえず

今回の讃岐竜王から東を歩いて、私の未歩部分は宿題とした。)

讃岐竜王から相栗峠までの3kmほどを繋いできた。

ただ今回計画をする中で色々考えたのが、この僅かな3kmをどうするかだった。

讃岐竜王から大滝山までは9.5kmほどなので歩く距離としては問題ないが、

車をデポするのに時間がかかる。さらに一気に讃岐竜王から大相山・中山峠まで

17kmほどなので歩けないこともないが、これもデポするのに時間がかかり過ぎる。

とにかく中山峠までを年内には繋げたい。なぜなら今週でWOC登山部が大滝山から

中山峠までを歩くので、早く追いつきたいという思いからだ。

そうなると讃岐竜王から相栗峠までがどうにも中途半端。とは言え相栗峠から讃岐竜王までを

往復するのも芸がない。そこで思いついたのが今回の周回コース。

そう言えば竜王山と云えば昔は奥の湯キャンプ場からスタートするのが普通だった。

以前に所属していた山の会でも、独り歩きでも何度も登った道。

奥様たちにも計画を提案して了解を頂いて、まずは道の駅しおのえに集合。

そこから移動して奥の湯キャンプ場に車を置いてスタートした。




大手前高校の塩江向学寮の入り口が登山口なる。ここからは竜王山への案内板に従って登って行く。







大手前高校向学寮の建屋から左に折れて竹林の中を進んで行くと、

細井の集落の下の方に入って行く。ただこの辺りには車道は無く、

里道があるだけで、道の脇に点在する家屋は何軒も既に廃屋となっていた。






一度車道を横切り道標に従い登って行くと、ガードレールのある

車道に飛び出すと山の斜面には茶畑が広がっていた。










茶畑のある場所からしばらくは車道歩きが続いて行く。

道の脇には別荘らしき建物や立派な民家が点在しているが、そのほとんどに人の気配がしない。







竜王山キャンプ場を過ぎ、細井集落の水源施設を過ぎると、道は山道になっていく。













すっかり葉を落とした明るい木々の中、サクサクと落ち葉を踏みしめながら登って行くと、

突然目の前に広大な伐採地が現れた。










ネットで囲まれた伐採地は集約化試験団地と書かれた説明板があり、

その説明によると、今まで各地で行われていた国有林での様々な試験を一ヵ所に集約し、

それぞれのゾーンに分けて試験を行っていると書かれていた。

①大苗と施肥を使用した低コスト造林試験 ②早生樹の造林技術の確立試験

③地拵省略における苗木の成長調査等比較試験 ④下刈時期(夏・冬下刈)の違いによる検証試験

⑤単木保護資材(5種類)による獣害対策の検証試験 の5つに分けている。

もともと森林技術支援センターが、森林の持つ様々な働きを効果的に発揮することを目的に

国有林をフィールドにいろいろな試験地を設定していたが、これまでは、

各試験地が散在していたため各試験の効率的な連携や比較が困難だったり、

せっかくの取組内容や成果を一般に周知することが難しくなってきたので、

比較的アクセスがよく一度に試験地が見られるようにした場所だそうだ。







登山道はその試験地の中を横断するようにして続いて行る。

ネットで出来たゲートを開けて試験地の中へと入って行く。







いままで山歩きをしていて伐採地はよく目にするが、中を歩くのはめったになく、

しかもこれだけ広大な伐採地を歩くのは始めての事。










振り返るとさっき歩いてきた細井の集落と、正面に見えるのは八丁山だろうか。




試験地の最上部でまたネットのゲートから外に出ると桧の林の中の道になる。







一旦林道を横断し丸太の梯子を登ると九十九折れの急登が始まる。

急登を登りきると地形図に松尾集落から続いている破線の道に出た。










破線の道は讃岐竜王を西に回り込むようにして続いていて、最後に阿波竜王との分岐にでる。

ここからは以前にWOC登山部でも歩いた道。讃岐竜王への最後の階段が待っていた。










奥の湯キャンプ場をスタートして1時間45分。木々に囲まれた讃岐竜王に着いた。

県別の山ではこの西にある阿波竜王が香川県の最高峰となっているのに、

(三角点も香川県側にある)なぜか阿波竜王の名前がついているのか分からない。

せめて西竜王と東竜王とするか、いっそのこと阿波竜王と讃岐竜王を入れ替えるとか。







ここからが今日の本題の線で繋ぐ阿讃縦走路の3kmの道。

阿讃縦走路らしい道標が所々に点在する道が続いて行く。

讃岐竜王から一旦鞍部に下って1005mの標高点まで登り、もう一度下って行くと

見覚えのある東屋のある鷹山公園に着いた。













讃岐竜王ですでにおにぎりを2個も食べているあっちゃんが、ここまでで

『お昼ご飯はどこで食べるん?』と何度も聞いてきていた。公園の東屋が見えたところで

『では公園でお昼にしましょうと』というと、『やった~!』とあっちゃん。

ここ最近は20Lの小さなザックで歩いてきたので、雨具を入れるとお昼食と行動食で

ザックの中がいっぱいになり、バーナーを入れる余裕がなかったが、

今日は天気予報で晴れの予報だったので、雨具を置いてバーナーを持ってきた。

少し寒くなってきた頃から昼食はカップラーメンがほとんどだったが、

水筒に入れた少し温度の下がったお湯ではやはりイマイチだったのが、

久しぶりに熱いお湯で食べると、腰を降ろすと肌寒いこの時期にはとても美味しく感じられた。




30分ほど陽の当たる公園のベンチでのランチタイムを終えて

直ぐ東にある鷹林山へと登って行く。この鷹林山は地形図には山名はなく、

標高点になっているが、YAMAPでは山頂ポイントになっている。

木の枝にビニール袋に入れられた山名札があるだけの寂しげな山頂だった。

YAMAPでは鷹林山、袋の中の山名は鷹山となっていた。

竜王山は今は麓にある竜神を待った神社が、もともと山頂にあったので付いた名前。

そしてこの山域は別名は鷹山となっているが、高松藩主が鷹狩りをした場所だったと伝えられている。




ここからは次の美女山まで急な下りが続いて行く。

するとあっちゃが短いストックのままで降りにくそうにしている。

『下りはストックを長くした方がいいですよ!』と言ってあげると

『だってこれ以上伸びないんだもん』とあっちゃん。


短いストックで腰が引けてるあっちゃん



それを聞いたルリちゃんが『あんた3段目を伸ばしたらえんや!』と。

あっちゃが『え~だってこのストック、2段しか伸びないのに』と言いながら、

よくよく見るとちゃんと3段目が伸びるようになっている。『ほんと、3段伸びるわ!』と。

以前はストックを持ってこなくて歩いていた二人だったが、私と一緒に歩くようになり

渡渉する場所が有ったりするのでストックを持ってくるようになった。

登りでは滅法強いあっちゃが、急坂の下りで急にスピードが落ちて右往左往しているのに

何度も目にしていたので、以前から何度か『下りはストックを伸ばした方が良いですよ』と

教えてあげていたが、大川山の手前の急坂でも、御来光の滝での

渡渉の時でも、短いストックのまま腰が引けながら歩いていた。

こちらも何度も同じことを言うのも何なので遠慮していてが、それでも相変わらず

短いストックのままで難儀をしているあっちゃんを見て、めんどくさいから不精をして

ストックを伸ばさず歩いているんだと思っていたら、3段になるのを知らなかったなんて・・・!

『どのストックも普通は3段になっとるやろう!』とルリちゃんにダメ出しされたあっちゃんが、

『KAZASHIさんが不親切や。ちゃんと教えてくれたらいいのに』と逆切れしてきた!




3段になっていると初めて知ったあっちゃん



それからは適当な長さまで伸ばして下り始めると『やっぱり楽やわ!』と嬉しそうにしながら下って行く。




美女山は縦走路から外れて尾根に向かって登って行く。

山頂へはまた嫌な階段が続いていて『やっぱり美女に会うには苦労せんといかんのやな』

なんて思いながら、息を切らせて登って行く。







階段を登りきり広い尾根を少し歩いて行くと四等三角点 美女 776.3mに着いた。

山頂には山名標はなく、その代わりにキティーちゃんのプレートが木の枝に掛けられていた。

『美女ならここにいるわよ!』と言わんばかりに圧をかけてくる奥様たち!














美女山からはまた急な下りが待っていた。乾いた落ち葉の滑りやすい道だが、

直滑降の道とは別に脇に九十九折れの道もある。ルリちゃんと私は脇道に。

ストックが伸びるのが分ってうれしいあっちゃんはそのまま直滑降で下って行く。













急な下りが終わると道は緩やかになり、相栗峠まで続いていた。

切り通しになった相栗峠のコンクリートの階段を降りると、峠に着いた。













相栗峠のトイレで用を済ませて、県道を下って行く。予定では県道からショートカットで

直接、奥の湯キャンプ場まで歩くつもりだったが、四国地方道路情報提供システムでは

この先の県道が全面通行止めになっていたので、来週スタートの予定の相栗峠まで

車で行けるかどうかを確認するために、そのまま県道の車道を下って行く。

さいわい通行止めとなっていた場所の工事は終わっていて、相栗峠まで問題なく車で行けそうだ。

途中では歩いてきた細井の集落と集約試験場が見えた。










今日はここ最近になく早い時間に山を下りて来たので、久しぶりに駐車場でコーヒータイム。

来週の相栗峠から大滝山、そして中山峠までの計画を打ち合わせをしながら談笑する。

YAMAPのトラックを終了すると、9.3kmを4時間18分の行動時間。

(カシミールのGPSの沿面距離では10.2km)

平均ペースは久しぶりに130~150%となっていた。ただ何故かルリちゃんだけが

110~130%となっていて『なんで?』と不満気。




来週のコースは阿讃縦走路なので道を外すことはないだろうが、

その次となる中山峠から境目までは、エントツ山さん曰く

『最も手を抜きやすく又忠実に県境を辿るのが難しいとも言える縦走ルート』だそうだ。

手を抜くなら県境からは外れるが車道を歩けばお手軽だが、

県境を辿ろうと思うと里の中を右往左往するようだ。

更には以前歩いた記憶では、鵜の田尾の辺りがシダとイバラでとにかく難儀した。

この二ヵ所をクリアしたなら後はまた歩きやすい阿讃縦走路になる。

さてさて春までには阿讃縦走路を完歩となるだろうか?

(まずは年明けには大川山から土器川源流の碑への宿題をクリアするのだ)


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線で繋ぐ阿讃縦走路 大川山~登尾山

2021年12月16日 | 香川の里山




線で繋ぐ阿讃縦走路も今回で第4回目。先週歩いた二軒茶屋登尾山との分岐から

大川山までを繋いで行く。今回も今まで通り標高の高い大川山をスタートし、

東山峠、登尾山を経て財田町へと下る、楽ちんコースを選択。

当初は猪鼻峠から登尾山・東山峠までを考えていたが、

先週同様、ルリちゃんがデポ地点を含め色々計画を立ててくれ、

『どうせなら大川山まで繋げよう!』と言う事になった。

今回の東山峠から登尾山、箸蔵街道まで繋げられれば、ルリちゃんは、一気に相栗峠まで

繋がることになる。あっちゃんと私は大川山から箸蔵街道まで未歩のコース。

先ずは財田町の道の駅たからだの里の東側にある林道に車を1台デポ。そこから奥様たちは1台で

集合場所の琴南公民館へ。そこから私の車に乗り換え、大川山の西側の中寺廃寺跡の駐車場へ。

前日の冷え込みで大川山までの道の凍結が気になったが、幸い問題なく山頂近くまで走り、

山頂近くの分岐から中寺廃寺跡の駐車場へと、コンクリートの林道を走る。

中寺廃寺跡から大川山への最後の急登の取付き場所までは、道は落ち葉が取り払われ走りやすかったが

そこから先は落ち葉や小石が散在し、道幅の狭い道になる。途中2カ所ほど中寺廃寺跡の

標識があり、標識に従って走って行くと見覚えのある中寺廃寺跡の駐車場に着いた。




8時5分駐車場をスタート。駐車場からの取りつきが判りにくくしばらく灌木の中を

進んで行くが、直ぐに阿讃縦走路の札のかかる道に出た。しばらくは南側が開けた

爽やかな朝の光が降り注ぐほぼフラットな快適な道。










道の両側が木々に囲まれてくると、その朝の陽が届かず少し肌寒くなるが

登りになるとやはり直ぐに汗ばんできた。













最初の小さなピークを登りきると四等三角点 大平山 976.5m。奥様たちは三角点に気づかず

声をかけようとしたが、もう先を随分下って行っていて通過。







大平山三角点からは下りの道が続いていて、道にスズタケが現れると、

次に四等三角点 樫ノ休場 864.7mは仲良く三人でゲット。







三角点からそのまま下って行くとスタートから1時間で、工事看板が立つ樫ノ休場に着いた。

地形図には徳島側から道は載っているが、地形図にはない新しいが林道ができていた。











案内板によるとこの樫ノ休場は二本杉越と呼ばれ、香川側から見ると六本の杉が二本に重なって見え、

麓からも遠望でき恰好の目印になっていたという。さらに西にある猪鼻峠が明治時代に開通するまで

『さぬき街道』と呼ばれ、峠には茶屋が二軒あったほどの交通の要所だったようだ。

ここからは、北の展望が開け、おむすび山の飯野山まで見える。ここから北へ下ると深い谷に囲まれた塩入集落。

塩入は、讃岐の塩が阿波に運ばれる際の重要な中継基地だった。江戸時代には讃岐の人夫が馬などで

ここまで運んできて中継商人の倉に入れ、それを阿波の人夫が受け取り、次の中継拠点に運んだため、

「塩入」という地名は、阿波への塩の入口であったことからつけられたといわれている。










1700年に阿波藩が作成した阿波国絵図には、まだ東山峠も猪鼻峠もなく

この樫ノ休場の峠がこの辺りの香川と徳島を結ぶ要所だったのが見て取れる。




ほとんど眺望のない今回のコースで唯一讃岐平野が見渡せる場所。

その景色を見ながら『瀬戸大橋は見えるかな?』と奥様たちと話をすると、

最初は特定できずにいたルリちゃんが、『瀬戸大橋も鷲羽山も見える!』と。

近眼の私には瀬戸大橋の橋脚が薄っすらと見える程度。流石2.0の視力。

ただその代わり、ルリちゃんは手元のスマホや地図は見えにくいのだ。(笑)




樫ノ休場の林道から再び縦走路へと入る。しばらく進むと事前にダウンロードした

YAMAPのルートから外れ始めた。前を歩く二人に声をかけトラバース気味の道から

県境尾根へと戻って行くが、これが間違いだった。市境の杭のある場所から

道が途切れてしまった。尾根は南西に929mの三角点に向かって続いているが、

県境からは外れてしまう。スマホで確認すると北西が県境になっている。

その方向を見ると木の枝にテープが巻いてあるのが見えた。YAMAPのダウンロードした

ルートもそちらへ歩いている。道も踏み跡もないが、テープを信じて灌木の中を下って行くと

少し遅れたルリちゃんの『お~い!』と呼ぶ声が聞こえる。声のする方へ

『そこから右に!』と声をかけるが、ルリちゃんはどんどん違う方向に降りて行っている。

何とか軌道修正してもらいルリちゃんが追いついてくると、先ほどの県境尾根のトラバース道に出た。

本来の縦走路はこの道で、どうやらYAMAPでダウロードした人も道を外して歩いていたようだ。













縦走路を少し下って行くとまた尾根から外れ、YAMAPのルートからも少し外れ始めた。

仕方がないのでまた少し戻ってYAMAPを見ながら下って行くが、また先ほどと同じように

踏み跡もない藪の中をルートの線は続いている。古びた赤テープも所々で見えるが、

藪はますますひどくなり、『ほんとうに大丈夫!』と後ろでルリちゃんの悲鳴のような声が聞こえてきた。

すると最後に新しくできた林道の切通に飛び出した。







この林道は野口ダムから続いている林道で、地形図では800mの三角点の北東で終わっているが、

そこからさらに延びて、先ほどの樫ノ休場まで続いている。

しばらくはその林道を歩いて行き、途中からまた阿讃縦走路へと入って行く。







林道から縦走路に取り付き徐々に高度を上げていくと四等三角点 坂本 800.0mに着いた。

ここには字の消えかかったキティーちゃんのプレートが残っていた。










樫ノ休場から北西に向かっていた県境は、この坂本から今度は南西に振っている。

途中で南に眺望が開けた場所があった。ルリちゃんが南に見える山並みを見て、

『あれが烏帽子?』と指さし言っている。ルリちゃんが指さす方向を見ると、

たしかに烏帽山らしき山容と、その稜線に沿って落合峠矢筈山が見えた。

『正解です。ルリちゃんはCランクに昇格です!』。

今までの山行の途中で見えた山の名前を聞いてみて、答えられなかったらランクダウン。

即答できればランクアップをしていたのだが、最近になって奥様たちも山座同定が

けっこう出来るようになり、どんどんランクアップしている!










その展望のある場所から急坂を下ると東山峠に飛び出した。











スタートから2時間30分。ここで初めてザックを降ろして行動食を口にする。

(奥様たちはここまでの途中でも行動食を食べてはいるが・・・。)

道の脇の高木にブドウのフサの様に赤い実がぶら下がった気が見えた。何の木だろうか?







この東山峠は明治時代に香川の七箇村と徳島の昼間村が協議し、

双方から新道で結ぶことで完成した新しくできた道。

行動食を摂った後、さらに西へと東山峠を後にする。




東山峠からは今回のコースの中で初めて急登が続いて行く。

阿讃縦走路歩きを始めてから、標高の高い場所をスタート地点にして、

低い場所へと歩いてきたので、久しぶりの長い登坂。

坂の前方を見ても木々に遮られて、なかなかピークらしい空が見えてこない。













急登がやっと終わって一息ついたら、まださらに登坂が続いて行く。

今度は短めで明るいピークらしい空が見えたが、そこも偽ピークで、

もう一度登坂が続く。『久しぶりでやっぱりしんどいね』と三人で息を切らせながら登って行く。




やっとのことで急登を登りきると、南の785.7mの三角点の辺りから派生する林道が尾根に出た場所に

ログハウスが建っていた。ログハウスの横には2台の小型のバスが放置されている。

東山峠から西に続いていた県境は、ここから少し北西に振り813mの標高点へと続いている。

木々の間から見えるのが登尾山への稜線だろうか?










813mの標高点を過ぎた辺りから、道の脇にミニ霊場らしき石仏が点在している。

そのミニ霊場の道は途中から南に下って続いている。







ミニ霊場に別れを告げて小さくアップダウンしていくと、目の前に今まで見た事もない

白く巨大な鉄塔が現れた。鉄塔には『四国中央東幹線』と書かれている。













この『四国中央幹線』は西幹線・中幹線・東幹線で伊方発電所から香川県の讃岐変電所までを

50万ボルトの送電線で結ぶ、四国の基幹送電線だそうだ。四国電力が昭和55年に

建設を開始し、その総延長は全長185kmにも及ぶという。50万ボルトがどれくらい凄いのかは

分からないが、いつも集合場所の財田へ向かう途中の綾川町にある讃岐変電所は、

街中にある変電所とは比べものにならないくらい巨大な施設だ。







一つ目の鉄塔から二つほど鉄塔巡視路にもなっている道が続いて行く。

二つ目の鉄塔で、高いところ好きのあっちゃんが登ろうと試みるが、

柱の上にある防止柵に阻まれて、諦めて降りてきた。










四等三角点 常重 779.3mを過ぎ、833mの標高点の辺りから送電線と鉄塔は県境から離れていく。










東山峠を出てしばらくしてからあっちゃんが昼食をどこで摂るか、再三聞いてきていた。

東山峠までも何度か行動食を口にしているのに、とにかく直ぐにお腹が空くらしい。

途中で登尾山の到着時間が12時30分くらいになりそうだと話をすると、

もう待ちけれない様子。『正午の時間を少しくらい過ぎたって・・・・』というと、

『そこまで待てない!』と言う。『とにかく今日は登尾山でお昼ご飯です。』と

なだめながらここまで歩いてきた。登尾山を目の前にして『KAZASHIさんはお腹空かん?』と

あっちゃんが聞いてくるので、『お腹が空いて死にそうです!』と答えている内に

登尾山に到着した。『死なないで良かったね!』とあっちゃん。










登尾山には太く大きな一等三角点 登尾山 887.3m。今日初めて腰を降ろして、

あっちゃん待望のお昼ご飯にする。今日は会社の忘年会でもらったどん兵衛のきつねうどん。

出汁のしみ込んだ甘いお揚げが、するりと喉元を通って行った。





お昼ご飯で腰を降ろして動かなくなると、やはり寒くなってきた。

上着を着こんで山頂を後にする。四等三角点 指出 807.6mから道はまた直角に方向を変えて続いて行く。

そろそろ道の北側に、木々の間に車をデポした財田駅の辺りが見えてきた。








途中で奥様たちが腰を低くして、木の枝の下から遠望を見て、山座同定をしている。

視力バッグンのルリちゃんが、ストックで方向を指しながら『あれが汐木山、そしてその奥が詫間の町』と

あっちゃんに教えてあげている。どうせ近眼の私は見ても見えないので、後ろで話を聞いていると、

『そしたら詫間の奥の山が紫雲出山やね!』とあっちゃん。話を聞いているだけだが、方角からして

詫間の奥に紫雲出山が見えるのはおかしい。『それは粟島じゃないですか!』と私。

ここであっちゃんはチャレンジ失敗、Dランクに降格!




今日最後の三角点は、先週二軒茶屋からの分岐から立ち寄らずに持ち越した

四等三角点 二軒茶屋 789.9m。ここでも奥様たちは見逃して通り過ぎようとするので、

声をかけて呼び戻して、なんとか先週の宿題をクリアできた。

二軒茶屋三角点から少し下ると、先週も歩いた石仏越の分岐に着いた。










ここでルリちゃんは相栗峠までが繋がったことになった。

分岐からは先週も歩いた財田駅までのほぼ下りの道。

三人で来週の計画をどうするか、色々話しながら下って行く。分岐からYAMAPの

コースタイムで1時間10分のところを40分で朝デポした林道に着いた。










デポした場所からはルリちゃんの運転でまずは琴南公民館へ。そこであっちゃんを降ろして、

今度は二人で中寺廃寺跡の駐車場へと車を走らせる。

駐車場からの帰り道。大川山の展望台では、陽が沈みかかった空の下に丁度先ほどの、

四国中央幹線から続く讃岐変電所が見え、そして讃岐平野独特の、ポコポコと

おむすび山が浮かんだ中西讃の景色が広がっていた。







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線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路 六地蔵越~箸蔵街道

2021年12月09日 | 香川の里山


今週は阿讃縦走路第三回目。先週歩いた六地蔵越から中蓮寺峰・若狭峰へ。

そして猪鼻峠から箸蔵街道を経て、財田駅へ下るルート。

この阿讃縦走路の道は、ほとんど荒れた場所が無く、良く踏まれていて

県外の登山道に比べると歩くのには問題ないのだが、日帰り登山となると

やはりデポする場所で計画が変わってくる。スタートする場所からデポする場所まで

出来れば30分程度の移動で済ませたいところだが、なかなか難しい。

しかも奥様たちは極端に悪路の山道を嫌がる。前回の六地蔵越までの道も、曼陀峠から

徳島県側を走ると、峠の手前が道幅もなく結構道が荒れていた。

逆に香川県側の道は状態も良く、走りやすい道が続いていた。

そこで今回はルリちゃんが計画を立ててくれ、歩く距離は長くなるが、

財田駅に車をデポして六地蔵越をスタート地点とすることになった。


財田駅に集合してルリちゃんの車でまずは六地蔵越を目指す。

前日の忘年会で久しぶりに飲み過ぎたせいで体調は最悪。

峠までのくねった道で胃のムカつきは徐々にピークに差し掛かった。

やっと着いた峠で車を降りた途端に吐き気をもようした。


峠の道は昨日の雨の痕がまだ残って路面も落ち葉も濡れていた。

今日はWOC登山部の方は相栗峠から大滝山を予定している。

『相栗峠の急登がも濡れていたら大変だな~』と奥様たちと話をする。

すると県境の標識の横からの取付きも見上げるほどの急登だった。『ありゃりゃ!』










幸い急登は数十メートルで終わり、縦走路の尾根道が始まった。

尾根道をしばらく歩くと左に地形図にも破線が載っている道が続いていた。

そのまま真直ぐ進んで行くと道は尾根の下を巻いて続いている。尾根に沿って登ると

四等三角点 六地蔵 631.8mなのだが、気が付かずにそのまま進んでしまう。










縦走路は単調な道が続いて行く。道の北側も木々に遮られてほとんど見晴らしもない。

途中で道の真ん中に大きなヌタ場。すっかり葉の落ちた木々の中を歩いて行く。
















地形図で徳島側の桧尾地区から山本町の河内に続いている破線の場所で、

道は直角に曲がっていた。それにしても胃のムカつきが酷い。

『KAZASHIさんの顔も酷い!』とあっちゃんが言うと、ルリちゃんがザックから

胃腸薬を取り出し手渡してくれた。ありがたや~!







と思ったら、奥様たちはどんどんスピードを上げて容赦なく先を歩いて行く。

その内に広場になった中蓮寺峰に着いた。あっちゃが初めてWOC登山部に

参加した時に紅葉谷から登ってこの場所に着いた。『あっ、ここは見覚えがある!』と。

奥様たちの笑顔に挟まれて、まだ私の顔は死んでいる。













中蓮寺峰の三角点は、山名標の後ろのこんもんり盛り上がった場所にあった。

四等三角点 中蓮寺峰 755.9m。三角点の横に〇米さんの字が消えた札があった。







今日のほぼ中間地点の猪鼻峠まではまだ6,3kmある。

中蓮寺峰から若狭峰までは幅の広い林道歩き。途中のヌタ場は車かバイクが通っているのか

ただの泥の水たまりになっていた。










若狭峰の三角点も小高い丘の様な場所にある。まだ足元の濡れた急登を登ると、平らな広場の

右手に少し盛り上がった場所に三等三角点 湿保谷 786.8m







この三角点から猪鼻峠への道が少し分かりづらく、広場は行き止まりになっていて

北側に道があったので一旦下ってみるが、YAMAPを見ると縦走路の方向とは違っていた。

広場まで戻り急坂を下り道を探すが水筋が付いた急な坂があるだけ。(恐らくこれが正解)

また急登を三角点まで登り、YAMAPを見ながらうろつくが踏み跡もない。

仕方がないのでYAMAPのコースに向かって木々の中の斜面を下って行くと、コースの線上に出た。

ただ道は荒れていて度々倒木を避けながら右に左に灌木の中を下って行く。







すると今度は地形図にも載っている道幅のある林道に飛び出した。

ここでコースは尾根に上がって県境を進むようになっているのだが、

地形図ではこの先で林道と尾根道が合流しているので、尾根に登るのもめんどくさくなって

そのまま林道を下って行ったのが間違いだった。右手の上に尾根を見ながら

杉林の中の林道をどんどん下って行くと小さな沢筋の道となった。

この沢の水が猪鼻峠の32号線に沿って財田町へと流れ、財田川へと流れている。














薄暗い杉林の中を前を歩く奥様たちは、ご近所さんの話に熱中して歩いている。

林道が沢の左岸から右岸になり、地形図の合流地点を過ぎても尾根と合流しそうな雰囲気でなく、

逆にどんどん離れて行っているような感じがしてきた。慌てて先を行く奥様たちに声をかける。

『お~い!このまま行くと縦走路から離れるぞ!』。










仕方がないので引き返し、尾根に登れそうな場所を探して無理やり尾根に取り付いて行く。

木々に掴まり柔らかい土の斜面をトラバース気味に登って行くと何とか尾根に出た。







尾根の縦走路は先ほどまでの薄暗い杉林の中の道とガラッと雰囲気が変わり、

日差しの届く明るい道。随分ロスした時間を取り戻そうと、奥様たちのスピードが上がっていく。







途中にある四等三角点 猪ノ鼻 635.3mを過ぎると道はまた道幅のある林道になる。

三角点からも歩きやすい道が続いて行く。最後に林道から降り立つと高い岩盤を削った

切り通しになった旧の猪ノ鼻峠に飛びだした。







阿波池田と琴平の間は高い山が連なり、相互の物資の往来には

とても不便をしていたのを、大久保諶之丞が四国新道の構想で、この猪ノ鼻峠が行き来が

便利になり、丸亀・多度津から琴平そして阿波池田を経て高知へと繋がれば、

四国の発展にもつながると考えた。当時の猪ノ鼻峠は人が荷物を担ぐか、馬に背負わせて

山道を登るしかなかったが、なだらかな道を開削し大八車や荷馬車が通れるようにしたのが

明治27年。それ以降、物資の往来は格段に増え、金毘羅参りに人も徒歩や人力車で

行けるようになったという。そんな状況で、この峠には十数軒の運送屋や旅館が並び、

昼でも三味線の音が聞こえ賑わっていたそうだが、今はその面影は伺い知れない。













切り通しを抜け香川県側に入ると、ここからは四国のみちになる。

しばらく林道を歩き、右手にある四国のみちの道標から山道へと入って行く。







道は自然林と杉林の道が続いて行くが、それぞれで道の雰囲気は全く違っていて、

自然林の中の道は、これでもか!という位に厚く落ち葉が積もっていた。










トラバース気味の道を登って、最後に丸太の急登の階段を登ると尾根道に出た。










三等三角点 増川 718.4mから道は北に向かって続いて行く。







採石場の立ち入り禁止の看板と左手にはそのロープが張られた道が続いて行く。

ロープが張られた尾根道から少し右に下って行くと、箸蔵街道との分岐に出た。

尾根道の左手には木々の間から、意外と遠くに若狭峰の電波塔が見えた。
















途中で『いぼ地蔵』の説明板。その説明板から右手に上がって

『いぼは無いけれど肌が荒れているので』と言いながら、ルリちゃんがお地蔵さんにお祈りしている。







いぼ地蔵の先に何やら怪しげな建物とフェンスに囲まれた場所があった。

ここから何を思ったのかルリちゃんが道から外れた建物の奥を進んで行く。

『県境を歩く』と言っているが、今までも県境を何度も外して歩いている。

フェンス沿いは藪になっていて、藪の奥に案内板らしきものが見えているが

木々に阻まれてなかなか前に進まない。

何とか藪の中から街道の道に戻ると、先ほど見えた案内板が二軒茶屋だった。










時間も丁度お昼時。体調も戻って食欲も戻ってきた。

思い思いに腰を降ろして昼食を摂る。荒れた胃袋に醤油ラーメンの出汁が染みわたる。







二軒茶屋で30分ほど昼食時間をとって再スタート。途中に箸蔵寺まで『五十八丁』の石柱。

二軒茶屋からは下るだけだと思っていたが、直ぐに登りが始まった。

大体山歩きは、山頂でお昼にしてその後は下りといったパターンが多い中、

お昼ご飯を食べた後の登坂は急に体が重くなったように感じて足も進まない。










登尾山への分岐の手前がピークとなり、そこには『石地蔵狸』の説明板。

今度は左手に入るとその石地蔵があった。箸蔵街道が人の行き来で賑わっていたこの道で、

今は登山者が歩く姿を静かに見守っている。







分岐を過ぎると直ぐに『薬師さん』の説明板があった。書かれている通りに岩の辺りを

見上げてみるが、下からでは薬師さんの姿は見当たらない。




薬師さんを過ぎると、道は尾根の東側を巻くようにして続いている。

途中では道の真ん中をトラクターが耕したように、イノシシが掘り返した跡が続いていた。

展望休憩所と書かれた道標から、右手に進むとほとんど見晴らしのない展望休憩所があった。

二軒茶屋から歩き始めて約1時間。ザックを降ろして一息入れる。










展望休憩所からはあとは一気に下るだけ。時々急な箇所もあるが、

また一段と奥様たちのスピードが上がっていく。

途中で一ヵ所だけ木々の間から北側の山を望める場所があった。

霞んではいるが坂出の城山とまんのうの城山

そして僅かだがおむすび山の飯野山が見えた。













道から外れた尾根上にある四等三角点 轟ノ滝 568.5mもパスして、

さらに下って行くと広い林道に出た。この道は道の駅たからだの里の東側から続いている道。

その林道を横断してさらに高度を下げて行くと、今度は大きな砂防ダムの下に出た。










砂防ダムからは車道が続いて行く。箸蔵街道の説明板によると、金毘羅さんにお参りした後

金毘羅さんの奥の院の箸蔵寺へ、当時この街道は毎日2・30人づつの人が列をなして行き来していたという。

今なら、先頭に旗を持ったガイドさんが観光客を案内している様な風景が目に浮かんでくる。










麓の里に出る手前に傾きかけた大きな『箸蔵寺百丁』が立っていた。ここから箸蔵寺まで

おおよそ11kmの距離。しかも峠を越えて奥の院に参拝するなんて、当時の人は

車が無いから当然だが、本当によく歩いていたんだと感心する。







猪避けのゲートを通り少し先に見える財田の駅まで里の畑の中を歩く。

振り返ると山肌は紅葉なのか枯れているのか?分からないが、オレンジ色に輝いていた。
















今回はルリちゃんの計画でデポ地点までを走りやすい道を選んでくれたが、

次回も私が思っていた東山峠よりさらに先の大川山までを

ルリちゃんは計画しているという。次も今回以上の距離となるので、

体調万全で望まないと、奥様たちの容赦ないムチは飛んでくるのだ・・・・・(笑)

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線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路 六地蔵越~曼陀峠

2021年12月04日 | 香川の里山


線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路編の第二回目となる今日は

前回の続きの曼陀峠から六地蔵越を繋いできた。

前回のスタート地点となった曼陀峠に集合し、あっちゃんとルリちゃんの車をデポ。

そのまま雲辺寺への県境沿いの林道を走り、一旦県道268号線に出て左折。

途中から県道6号線を大興寺と書かれた標識から

斜め左上に六地蔵越へと向かって行った。ただ県道入り口には『道幅が狭く離合が困難』と

書かれた看板があり、道はその看板通り道幅が無く、ガードレールもない荒れた道だった。

痛んだ舗装の窪みを通るたびに、ルリちゃんが声を上げている。

県道分岐からは道は悪いが10分ほどで六地蔵越に着いた。峠には駐車スペースは無く、

徳島県側に少し下がった場所に数台停められる場所があった。

六地蔵越は、地形図に名前が書かれているこの場所より北の尾根が本来の場所だったようだ。

鞍部でも何でもない場所だが讃岐と阿波を結ぶ峠だった場所に六地蔵もあった。

その六地蔵は県道が改修された後、昭和45年に現在の場所に移設され、

今は人の行き来ではなく車の行き来を見守っている。







今日も前回と同様に東から西への縦走。前回は西からスタートして東へと順に歩くのが

セオリーと思っていたあっちゃんも、大谷山からの急坂を下るのにに苦労して、

今回はそのこだわりもなくなったようで何も言わなくなった。

順序通りに歩いて苦労するより、水は高きより低き流れと言うではないですか?と、

色々言い訳を考えながら、楽してとにかく線で繋ぐ事を優先するへっぽこリーダーだった。


そうとはいえ六地蔵越からはいきなりの急登。いつもながら体がまだ温まっていない

スタート直後の急登はキツイ。ただその急登もすぐ終わり緩やかな尾根道がしばらく続いて行く。










スタートから15分ほどで最初の三角点に着いた。三等三角点 蜂ケ谷 642.65m







この縦走路は尾根道になると、道幅も広くとにかく歩きやすい。

北側は葉の落ちた木々の間から麓の山本町が見下ろせるが、眺望が開けた場所はない。

途中で『右こんぴらさん 左うんぺんじ』と彫られたお地蔵さんが、道の真ん中に鎮座していた。

この場所も峠道だったのだろうか?ただ地形図にはその記載はない。










お地蔵さんから少し登って行くと二つ目の三角点四等三角点 山本 673.7m

三角点の横には『辻財産区』と書かれたプレートと、いつものキティーちゃんの

プレートが木に巻かれていた。国土地理院の『点の記』を見ると

三角点の場所の所有者は山本町となっている。辻は麓の大興寺の辺りの地区名。

この辺りの管理や他の権利を辻地区が所有しているという事だろう。










道は次第に巨木が並ぶ自然林の道になり、何度かアップダウンしながら進んで行くが、

登りよりもとにかく急な下りがほとんどなく、先週に比べるとずいぶん楽だ。

冬の訪れを積もった落ち葉に感じながら、緩やかに高度を上げていく。

















途中でも何ヵ所も先ほどの『辻財産区』や『辻』と書かれた札が掛けられていた。

辻地区の人はよっぽど『この尾根の山林は我々の所有だ!』と主張したいらしい。













四等三角点 河内を過ぎると四国のみちの道標が立ち始めた。

尾根道の北側に木々が無くなり見晴らしが効く場所があった。あっちゃんとルリちゃんが

道から外れてその景色を眺めに行っている。その間に私は一服タイム!

すると視力2.0のルリちゃんが伊吹島の奥に『しまなみ海道の橋が見える!』と言っている。

横で聞きながら方角的に疑心暗鬼な私は『そんなはずはないでしょう』と言ってみたものの、

GPSで確認して見ると、確かに燧灘は大きく湾曲していて、伊吹島の奥が因島辺りだった。

『ルリちゃんが正しいです!』と慌てて訂正した。それにしても恐るべし視力2.0!










一服が終わった私は尾根道に戻って歩いて行くと、二人は見晴らしの場所から、

少し藪いた中を進んで尾根道に合流してきた。合流した場所は『小松尾寺道』と彫られた石柱と

お地蔵さんが立つ粟井ダムからの四国のみちとの分岐になっていた。







するとルリちゃんが『スマホが無い!』と騒ぎだした。ザックを降ろしてズボンの

ポケットも探して見ても見当たらない。仕方がないのあっちゃんが電話をかけながら

また藪の中へと戻って行く。幸い直ぐに着信音のするスマホは見つかり、事なきを得た。




分岐からしばらく歩くと、今度は麓のロープウェイからの道の分岐。

さらに歩いて行くと巨大な電波塔。地形図ではこの辺りに二等三角点 雲辺寺

あるはずだが、先ほどの河内とこの雲辺寺の三角点は見過ごしてしまった。







電波塔を過ぎるとコンクリートの道になり、雲辺寺が近づいてくる。

境内に入る手前には道の両側に五百羅漢が並んでいる。

羅漢像は一体一体ユニークで、様々な格好をしていていつ見ても見飽きない。

自分に似ている像がひとつはあると言われているが、ルリちゃんがその内の

一体を指さし『これが家の主人』と言っている。(知っている人にはすぐわかる)










境内はツアー客の団体で賑わっていた。そのツアー客も普段なら参拝だけで

帰るところだが、最近話題になっている山頂公園の『空中のブランコ』までが

どうやらコースになっているようで、センターハウスまで皆さん歩いて行っている。

ツアー客のご婦人方に紛れて、センターハウスの中を通り外に出ると、

スキー場のゲレンデの頂部には三豊平野や燧灘、そして川之江の絶景が広がっていた。







広場になった場所には、ブランコの他にもインスタ映えするようなオブジェが

次々と新しく造られていて、それを目当てにカップルや若い女性たちも訪れていた。

そんな団体さんがいる中で『ちょっと恥ずかしいわね』と言いながら

ベンチに腰掛けいつものようにカップラーメンにお湯を注いでの昼食。

昼食を摂りながらあっちゃんが広げた行動食の多さに驚かされる。

(いつも大体これぐらいは昼食以外にたいらげるあっちゃん)




昼食を摂り終え団体客がいなくなったのをみはらかって、

我々もインスタ映え?の写真を撮ってみる。

映えるかどうかは分からないが、気持ちは一気に若返る。



















ゲレンデ広場でゆっくりと時間を過ごした後、南側のコンクリート道を

阿讃縦走路へと下って行く。下って直ぐに猪避けのフェンスが張られていたが、

そのまま乗り越えて歩いて行く。奥様たちは乗り越えるのに一苦労している。




車道をそのまま道に沿って下って行く。奥様たちはいつもの様に朝ドラの話をし始めた。

ただどうも下り過ぎていると思ってスマホを見てみると、阿讃縦走路と反対の方角に

下っていた。慌てて声を掛け軌道修正引き返す。よく見ると車道の脇にピンクのテープがあり

そこから尾根道への取りつきとなっていた。ここ最近、奥様たちが朝ドラのイケメンの話を

し始めると、話に夢中になり道を外すと言う事が度々あった。

朝ドラ=道外し=GPSを確認という方程式。今度から朝ドラの話をし始めたら

直ぐにスマホのGPSを見てみる事にしよう。

車道から尾根道に入ると、しばらくは雲辺寺までの縦走路同じような

杉林の中の道が続いていたが、尾根の右側が萱原になる。







尾根の左側の杉林が伐採跡の植林の斜面になると、尾根に沿ってネットが張られていて、

萱の勢いも増して道が不明瞭になってくる。そのネットに沿って萱を掻き分け進んで行くと

鉄塔広場に飛び出した。










鉄塔広場からは道はまた明瞭になり、左に電力の施設だろうか?

表札を見ても消えていて何の施設か分からない建物があった。

その建物を通り過ぎ下って行くと四国のみちの朝通ってきた車道に出た。




このまま車道を歩いて行けば曼陀峠に続いているが、奥様たちは県境を忠実に歩くと言って

直ぐに車道から右に697mの標高点へと歩いて行く。ただまた直ぐに車道に飛び出した。







少し車道を歩くと鉄塔と電線が道路を横断する場所からは、南側に徳島の峰々が見渡せた。

直ぐに山座同定ができたのは天狗塚と牛の背。そこから東に雪を抱いた山が見えるが、

矢筈山とその手前の山が烏帽子山のようだ。














鉄塔を過ぎて少し歩くと奥様たちが、道の北側にある三角点を探し始めた。

車道から北側の木々の中を進み、萱原の中でGPSを見ながらぐるぐると歩きまわると、

その萱原の茂みの中に四等三角点 佐馬地 680.6mはあった。




地形図の642mの標高点の先で車道と県境は分かれている。県境沿いには右に道が続いていて、

奥様たちもスマホを見ながら『建物があるわ!』と言いながら、県境に沿って進んで行く。

道はアスファルト道だが、既に下草に覆われアスファルト道の体をなしていない。










『大抵この雰囲気だと建物の先は道は途切れてるんだけど』と思いながら付いて行くと

案の定その先は藪化していて、やれやれまた藪の中に突入する。







この先の581mの標高点でも、車道と県境は分かれていたが、

さすがに奥様たちも、もう藪の中を歩くのは・・・・・と言う事で

そのまま車道を歩いて行くと、デポ車の待つ曼陀峠に着いた。

今日の阿讃縦走路は高低差もあまりなく、とても歩きやすい道だった。

これぐらいの高低差なら歩行距離はもっと延ばせるのだが、日帰りの場合は

デポする場所と登山口までの距離が一番問題になってくる。

さてさて次はどう繋いで行くか。デポ車のルリちゃんの車に乗り込み、

また六地蔵越まで戻りながら、様々なコースが頭の中を駆け巡って行く。

六地蔵越から山本町に下り、財田町を抜けての帰り道。

沈みかけた陽に照らされ、車窓から見終えた里山が赤く染まっていた。










沿面距離 13.2km 行動時間5時間40分 累積標高+707.8m -737.1m

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