KAZASHI TREKKING CLUB

四国の山を中心に毎週楽しく歩いています。

線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路 六地蔵越~曼陀峠

2021年12月04日 | 香川の里山


線で繋ぐ山歩き・阿讃縦走路編の第二回目となる今日は

前回の続きの曼陀峠から六地蔵越を繋いできた。

前回のスタート地点となった曼陀峠に集合し、あっちゃんとルリちゃんの車をデポ。

そのまま雲辺寺への県境沿いの林道を走り、一旦県道268号線に出て左折。

途中から県道6号線を大興寺と書かれた標識から

斜め左上に六地蔵越へと向かって行った。ただ県道入り口には『道幅が狭く離合が困難』と

書かれた看板があり、道はその看板通り道幅が無く、ガードレールもない荒れた道だった。

痛んだ舗装の窪みを通るたびに、ルリちゃんが声を上げている。

県道分岐からは道は悪いが10分ほどで六地蔵越に着いた。峠には駐車スペースは無く、

徳島県側に少し下がった場所に数台停められる場所があった。

六地蔵越は、地形図に名前が書かれているこの場所より北の尾根が本来の場所だったようだ。

鞍部でも何でもない場所だが讃岐と阿波を結ぶ峠だった場所に六地蔵もあった。

その六地蔵は県道が改修された後、昭和45年に現在の場所に移設され、

今は人の行き来ではなく車の行き来を見守っている。







今日も前回と同様に東から西への縦走。前回は西からスタートして東へと順に歩くのが

セオリーと思っていたあっちゃんも、大谷山からの急坂を下るのにに苦労して、

今回はそのこだわりもなくなったようで何も言わなくなった。

順序通りに歩いて苦労するより、水は高きより低き流れと言うではないですか?と、

色々言い訳を考えながら、楽してとにかく線で繋ぐ事を優先するへっぽこリーダーだった。


そうとはいえ六地蔵越からはいきなりの急登。いつもながら体がまだ温まっていない

スタート直後の急登はキツイ。ただその急登もすぐ終わり緩やかな尾根道がしばらく続いて行く。










スタートから15分ほどで最初の三角点に着いた。三等三角点 蜂ケ谷 642.65m







この縦走路は尾根道になると、道幅も広くとにかく歩きやすい。

北側は葉の落ちた木々の間から麓の山本町が見下ろせるが、眺望が開けた場所はない。

途中で『右こんぴらさん 左うんぺんじ』と彫られたお地蔵さんが、道の真ん中に鎮座していた。

この場所も峠道だったのだろうか?ただ地形図にはその記載はない。










お地蔵さんから少し登って行くと二つ目の三角点四等三角点 山本 673.7m

三角点の横には『辻財産区』と書かれたプレートと、いつものキティーちゃんの

プレートが木に巻かれていた。国土地理院の『点の記』を見ると

三角点の場所の所有者は山本町となっている。辻は麓の大興寺の辺りの地区名。

この辺りの管理や他の権利を辻地区が所有しているという事だろう。










道は次第に巨木が並ぶ自然林の道になり、何度かアップダウンしながら進んで行くが、

登りよりもとにかく急な下りがほとんどなく、先週に比べるとずいぶん楽だ。

冬の訪れを積もった落ち葉に感じながら、緩やかに高度を上げていく。

















途中でも何ヵ所も先ほどの『辻財産区』や『辻』と書かれた札が掛けられていた。

辻地区の人はよっぽど『この尾根の山林は我々の所有だ!』と主張したいらしい。













四等三角点 河内を過ぎると四国のみちの道標が立ち始めた。

尾根道の北側に木々が無くなり見晴らしが効く場所があった。あっちゃんとルリちゃんが

道から外れてその景色を眺めに行っている。その間に私は一服タイム!

すると視力2.0のルリちゃんが伊吹島の奥に『しまなみ海道の橋が見える!』と言っている。

横で聞きながら方角的に疑心暗鬼な私は『そんなはずはないでしょう』と言ってみたものの、

GPSで確認して見ると、確かに燧灘は大きく湾曲していて、伊吹島の奥が因島辺りだった。

『ルリちゃんが正しいです!』と慌てて訂正した。それにしても恐るべし視力2.0!










一服が終わった私は尾根道に戻って歩いて行くと、二人は見晴らしの場所から、

少し藪いた中を進んで尾根道に合流してきた。合流した場所は『小松尾寺道』と彫られた石柱と

お地蔵さんが立つ粟井ダムからの四国のみちとの分岐になっていた。







するとルリちゃんが『スマホが無い!』と騒ぎだした。ザックを降ろしてズボンの

ポケットも探して見ても見当たらない。仕方がないのあっちゃんが電話をかけながら

また藪の中へと戻って行く。幸い直ぐに着信音のするスマホは見つかり、事なきを得た。




分岐からしばらく歩くと、今度は麓のロープウェイからの道の分岐。

さらに歩いて行くと巨大な電波塔。地形図ではこの辺りに二等三角点 雲辺寺

あるはずだが、先ほどの河内とこの雲辺寺の三角点は見過ごしてしまった。







電波塔を過ぎるとコンクリートの道になり、雲辺寺が近づいてくる。

境内に入る手前には道の両側に五百羅漢が並んでいる。

羅漢像は一体一体ユニークで、様々な格好をしていていつ見ても見飽きない。

自分に似ている像がひとつはあると言われているが、ルリちゃんがその内の

一体を指さし『これが家の主人』と言っている。(知っている人にはすぐわかる)










境内はツアー客の団体で賑わっていた。そのツアー客も普段なら参拝だけで

帰るところだが、最近話題になっている山頂公園の『空中のブランコ』までが

どうやらコースになっているようで、センターハウスまで皆さん歩いて行っている。

ツアー客のご婦人方に紛れて、センターハウスの中を通り外に出ると、

スキー場のゲレンデの頂部には三豊平野や燧灘、そして川之江の絶景が広がっていた。







広場になった場所には、ブランコの他にもインスタ映えするようなオブジェが

次々と新しく造られていて、それを目当てにカップルや若い女性たちも訪れていた。

そんな団体さんがいる中で『ちょっと恥ずかしいわね』と言いながら

ベンチに腰掛けいつものようにカップラーメンにお湯を注いでの昼食。

昼食を摂りながらあっちゃんが広げた行動食の多さに驚かされる。

(いつも大体これぐらいは昼食以外にたいらげるあっちゃん)




昼食を摂り終え団体客がいなくなったのをみはらかって、

我々もインスタ映え?の写真を撮ってみる。

映えるかどうかは分からないが、気持ちは一気に若返る。



















ゲレンデ広場でゆっくりと時間を過ごした後、南側のコンクリート道を

阿讃縦走路へと下って行く。下って直ぐに猪避けのフェンスが張られていたが、

そのまま乗り越えて歩いて行く。奥様たちは乗り越えるのに一苦労している。




車道をそのまま道に沿って下って行く。奥様たちはいつもの様に朝ドラの話をし始めた。

ただどうも下り過ぎていると思ってスマホを見てみると、阿讃縦走路と反対の方角に

下っていた。慌てて声を掛け軌道修正引き返す。よく見ると車道の脇にピンクのテープがあり

そこから尾根道への取りつきとなっていた。ここ最近、奥様たちが朝ドラのイケメンの話を

し始めると、話に夢中になり道を外すと言う事が度々あった。

朝ドラ=道外し=GPSを確認という方程式。今度から朝ドラの話をし始めたら

直ぐにスマホのGPSを見てみる事にしよう。

車道から尾根道に入ると、しばらくは雲辺寺までの縦走路同じような

杉林の中の道が続いていたが、尾根の右側が萱原になる。







尾根の左側の杉林が伐採跡の植林の斜面になると、尾根に沿ってネットが張られていて、

萱の勢いも増して道が不明瞭になってくる。そのネットに沿って萱を掻き分け進んで行くと

鉄塔広場に飛び出した。










鉄塔広場からは道はまた明瞭になり、左に電力の施設だろうか?

表札を見ても消えていて何の施設か分からない建物があった。

その建物を通り過ぎ下って行くと四国のみちの朝通ってきた車道に出た。




このまま車道を歩いて行けば曼陀峠に続いているが、奥様たちは県境を忠実に歩くと言って

直ぐに車道から右に697mの標高点へと歩いて行く。ただまた直ぐに車道に飛び出した。







少し車道を歩くと鉄塔と電線が道路を横断する場所からは、南側に徳島の峰々が見渡せた。

直ぐに山座同定ができたのは天狗塚と牛の背。そこから東に雪を抱いた山が見えるが、

矢筈山とその手前の山が烏帽子山のようだ。














鉄塔を過ぎて少し歩くと奥様たちが、道の北側にある三角点を探し始めた。

車道から北側の木々の中を進み、萱原の中でGPSを見ながらぐるぐると歩きまわると、

その萱原の茂みの中に四等三角点 佐馬地 680.6mはあった。




地形図の642mの標高点の先で車道と県境は分かれている。県境沿いには右に道が続いていて、

奥様たちもスマホを見ながら『建物があるわ!』と言いながら、県境に沿って進んで行く。

道はアスファルト道だが、既に下草に覆われアスファルト道の体をなしていない。










『大抵この雰囲気だと建物の先は道は途切れてるんだけど』と思いながら付いて行くと

案の定その先は藪化していて、やれやれまた藪の中に突入する。







この先の581mの標高点でも、車道と県境は分かれていたが、

さすがに奥様たちも、もう藪の中を歩くのは・・・・・と言う事で

そのまま車道を歩いて行くと、デポ車の待つ曼陀峠に着いた。

今日の阿讃縦走路は高低差もあまりなく、とても歩きやすい道だった。

これぐらいの高低差なら歩行距離はもっと延ばせるのだが、日帰りの場合は

デポする場所と登山口までの距離が一番問題になってくる。

さてさて次はどう繋いで行くか。デポ車のルリちゃんの車に乗り込み、

また六地蔵越まで戻りながら、様々なコースが頭の中を駆け巡って行く。

六地蔵越から山本町に下り、財田町を抜けての帰り道。

沈みかけた陽に照らされ、車窓から見終えた里山が赤く染まっていた。










沿面距離 13.2km 行動時間5時間40分 累積標高+707.8m -737.1m

今日のトラック



今日の3Dトラック



コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き阿讃縦走路 曼陀峠~余木崎

2021年11月26日 | 香川の里山



先週の兵庫山からの道外れで、危うく日没になるところだった。

たまたまルートを変更したのが幸いしたが、次の目標となる

登岐山周辺は藪道らしく、コースタイム通りにいかないかもしれない。

また周回、縦走にしても取り付き点やデポする場所がなかなか難しい。

そうなるとやはり日の時間が長くなる春頃からの方が無難とのエントツ山さんからも

アドバイスをもらって、一応今年の石鎚山~剣山は前回で延期することにした。

そうなると次に考えていたのは『線で繋ぐ山歩き Winterバージョン』の阿讃縦走路の

全長130kmの県境歩き。過去にはこもれびさんのコモさんが16回に分けて線を繋いでいる。

コモさんのレポートはこちら

また例によってエントツ山さんが単独無支援で5泊6日で完歩している。

エントツ山さんのレポートはこちら

さてさて我々は何回で完結できるか、まずは西側からスタートしてみることにした。


本来ならこの阿讃縦走路は西側からのスタートなら余木崎からとなるはずだが、

皆さんのレポートを見てみると余木崎からの取りつきからの登りが怪しげな雰囲気。

ならば曼陀峠から余木崎に向かって歩けば、途中で道を外しても最後は国道に向かって

下って行けば何とかなる。もちろん同じ距離なら標高の高い峠から海岸線へ歩く方が

楽だろうという、へっぽこリーダーならではの軟弱な考えが一番の理由だった。

その行程を案内した時に『やっぱりスタートは余木崎だろう』とあっちゃんは思ったらしいが、

後になってやはり曼陀峠をスタートにして正解だったというのが判った。

まあ何はともあれ『線が繋がればいいのだ』とへっぽこリーダーと奥様たちの旅が始まる。


まずは道の駅とよはまルリちゃんの車をデポ。そこから

あっちゃんの車で私の待つ曼陀トンネルの北側で合流。広い路肩にあっちゃんの車をデポし、

そこから旧道の曼陀峠へと私の車で向かった。(峠に車2台を置けるか分からなかったので)

峠には『四国のみち』の大きな案内板があり、その脇から西に向かってスタートする。

YAMAPでは五郎山となっている、594mの『海老済』までは四国のみち。

途中まではその四国のみちの道標が要所要所に立っている。










道は先週の玉取山~兵庫山の尾根道に比べると、道幅もあり

落ち葉が積もり柔らかく快適でとても歩きやすい。ところがあまりにも歩きやすい道が

594mの三角点を北に巻いて続いているので、その五郎山を登らず通過してしまった。

YAMAPの山頂ポイントの数が増えるのを楽しみにしていたあっちゃんが、

見逃してしまったのを残念がっている。

五郎山を過ぎると四国のみちの道標から、阿讃縦走路の札が目立つようになってきた。







前日に地形図をじっくり観察して見ると、今日のコースは小さなものを入れると

30回程のアップダウンが続いている。事前に奥様たちにもそのことを伝えていたが、

今までの県外の尾根道のアップダウンと比べると、標高差も大したこともなく

その内回数を数えるのもめんどくさくなってやめてしまった。










551mの標高点の手前で東側の眺望が開けた。谷あいの海老済の集落の奥に雲辺寺山が見える。

551mの標高点も道は南側に巻いていて、ここも踏まずに通過。

すると縦走路は広い林道に出た。五郷越えと書かれた場所は曼荼峠とは別に、

香川側の五郷と徳島側を結ぶ峠道だったのだろうか?










林道終点となっている場所から登って行くと南に肥窪の辺りだろうか、

色付いた木々の間に、段々畑と棚田が見えた。







この間にも何枚も同じような『タバコの投げ捨て注意!』の看板。

『ほらほら~』と奥様たちが私に向かってお小言を言ってくる。

倒木の跨ぎ方にも、二人の違いが出てくる。慎重に跨いでいくルリちゃんに対して

簡単そうに跨ぐあっちゃんだが、何だか平均台から落ちたように見える。










ここまでの間で一番長い坂を登りきると四等三角点 石砂に着いた。

するとルリちゃんが三角点の脇にキティちゃんのプレートが落ちているのを見つけた。

そのプレートを拾って木の幹にルリちゃんが括り付ける。







石砂からは何度かアップダウンして544mの標高点に向かって行く。

今回のように曼荼峠からスタートすると。登りきった後に道は左に振っているヶ所が何度もあった。







544mの標高点から下って行き、しばらく歩くとこのコースの中心部の防火帯の道になる。

県内なら五色台の国分台の防火帯が遠目に見ても判るくらいの幅のある防火帯だが、

ここの防火帯の見た目は3mほどの幅で、もうすでに半萱原になりつつあり、

もう防火帯の役割としてはあまり体をなしていない。振り返ると雲辺寺山が随分遠くになった。










その防火帯を登りきると金見山に着いた。二等三角点・田野々

ここまででスタートから2時間。時間は10時20分。行程もおおよそ半分近くまで来ている。

『余木崎には13時を過ぎるけど、お昼ご飯を降りてからにします?』と奥様たち。

『それなら近くの上戸うどんに行きましょう!』と私。そう言った後は、あの太麺とイリコの出汁が

口の中に広がっていったのだった。『それじゃ~うどん目指して!』と金見山を早々に後にする。




金見山からも防火帯が続いて行く。金見山のすぐ目の前の防火帯も今は草木が

生い茂っているが、両側の木々の間を見るとその幅は10m近くはある感じだ。

この辺りからやっと川之江の辺りが見え始めた。







ここから小ピークには地元の人によるものか、山名の札が随所で掛けられていた。







途中の鞍部には地形図には載っていないが、香川側の田野々に下る道があった。







更に県境尾根に沿って続く防火帯は、建造物こそないが、さながら万里の長城の様に見えなくもない?










西には川之江の製紙工場の煙もはっきりと見え始めてきた。

地形図で見ると金見山から唐谷峠は直ぐ近くに見えるが、

小刻みなアップダウンが続き、意外と時間がかかっている。
















金見山からは1.5kmの距離を50分近くかかって唐谷峠に着いた。







唐谷峠から大谷山は遊歩道となっているが、ここからもアップダウンは続き、

一般の人は決して歩かないような道。途中には2ヶ所ほど石材の丸い大きなテーブルと

バームクーヘンを切ったような椅子が並んでいた。また階段も石材で造られていて、

この辺りに石材の産地でもあるのだろうか?それにしても随分とお金をかけているのと、

2m以上ある石材の大きなテーブルを、山道のこの場所までどうやって運んできたのだろう?
















三つ目の石材のテーブルが置かれたピークが大谷山だった。

時間は11時30分を過ぎている。今日の目標?のお昼ご飯まではまだ時間がかかりそうなので、

立派なテーブルと椅子に腰を降ろして行動食を口にする。

北に木々の間から観音寺市の港湾地区が望むことができる。
















大谷山からは更に小刻みなアップダウンが続いて行くが、とにかく急な下りが続く。

落ち葉の積もった急坂は滑りやすく、ロープを使って下って行く。











すると途中から意味不明なPEロープが両側から張られていて、延々と続いていた。

背丈以上の高さに張られているので歩くのに邪魔にはならないが、意図していることが全く分からない。

しかも経年で朽ちたテープは切れ切れになり木に纏わりつき、景観を悪くしている。










その途中には手作りの見晴らし台?と木の枝に刺したビールの空き缶。

ここまで登ってきてさほど眺望もよくないこの場所で一杯?

見晴らし台から一旦登ると余木崎辺りがやっと見え始めた。










途中からは急坂に、真新しいトラロープが張られていた。

この時点であっちゃんが『あと5回くらいのアップダウンかな?』と言っているが、

小ピークから見えた先は、まだまだ小さなピークが続いている。







大谷山から1時間10分で四等三角点 石ノ口に到着。YAMAPのコースタイムでは

この間50分となっているが、先ほどの見晴らし台で休んだ時間を入れてもペースが落ちている。

大谷山辺りから地表には地滑り用だろうかネットが張られているが、

尾根道は樹林帯に囲まれていて地滑りを起こしそうな雰囲気もないのだが・・・・。

何だかこの辺りは解せない事ばかりだ!











相変わらず急な下り坂が続いて行く。『これ、反対から登っていたら大変だったね』と

あっちゃんと話をする。そうなると曼荼峠からスタートして正解だった。

真新しいトラロープは途中で途切れていて、それからは木の幹に掴まりながらのボーゲン下り。

次第に里山らしい、羊歯も現れ始めた。










道が高速道路の鳥越トンネル近くになると、川之江の境界杭が所々に立っている。

この縦走路には『阿讃縦走路』の札の他に、『讃岐山脈縦走路』そして

『讃岐山脈ロングトレイル縦走路』の労山の札がかかっている。










二本目の倒れた市境杭からは明瞭だった先ほどまでの道は、少し荒れ始める。

羊歯のプチ藪が無くなったと思ったら、松葉の落ちたまた滑りやすい坂。

なかなか最後まで楽はさせてくれない道だ。そうこうしている内作業小屋のある場所に出た。










そこからは左手に工場らしき建物が見え、道も続いている。

そのまま進むと工場の方へ出てしまうので、判りづらいが羊歯の中へと

テープを頼りに入って行く。すると羊歯の中の足元に四等三角点 余木崎があった。










今日最後の三角点から国道までは直ぐそこ。国道を走る車の音も聞こえてきた。

疎らな木々の間を下りきると墓地。そこからひょいっと降りると国道脇に飛び出した。










国道を向かいに渡り、コンビニの奥から工事中で作業している人に断りを入れ、

突堤を歩いて余木崎へ。突堤からは灰色の空の下、西讃の山々が見渡せた。

三人で今下りて来た山を指さし、これからスタートするフリをするが何とも白々しい。









時間はすでに13時48分。寒風の吹く余木崎から引き返して道の駅に戻り、

デポしたルリちゃんの車に乗り込み急いで『上戸うどん』に向かうが、

時すでに遅し、玉切れなのかもうお店は閉まっていた。

仕方がないので大野原まで車を走らせ別のうどん屋さんで、少し遅めの昼食となった。


うどんをすすりながら、次回のコースを相談する。次は今日の曼荼峠から六地蔵越えへと

考えていたが、あわよくば猪鼻峠まで行けないかとYAMAPの地図を見てみると、

猪鼻峠までだと20kmもあるのが判った。そして高低差もかなりのもの。

早々に諦め、予定通りで歩く結論に。お腹を満たした後はデポした峠へと戻って行く。


帰宅後カシミールでチェックして見ると、沿面距離12.3km。

累積標高は登り811m、下り1,345mとなっていた。今回のコース取りに味をしめて

次回も標高の高い六地蔵越えスタートを予定。奥様たちには『あくまで阿讃縦走路を

線で繋げればいいのです!』と言い含め、こだわりのないへっぽこリーダーの企画は続いて行くのだ。







コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き 玉取山~兵庫山

2021年11月20日 | 四国の山
線で繋ぐ山歩き。先週予定していた玉取山~兵庫山は現地が雨だったので

予定を変更して三辻山工石山を歩いた。

今週は天気予報を睨みながら、晴れの日の今日再チャレンジしてきた。

事前にルリちゃんが送ってくれた白髪隧道のトンネル工事の

時間通行止めの情報には、通行できる時間帯が15:00~15:10。16:00~と

なっていて、YAMAPのコースタイムは往復で7時間10分なので、8時にスタートして

コースタイム通りでも15時の通行可能な時間には間に合わない。

でもここのところ平均タイムの110%くらいでは歩けているので

『取りあえず15時前に降りてくるのを目標に!』と返信したが、自信過剰!

これが後々大きな誤算となるとは思わなかった。


白髪隧道の高知県側に着くと工事の車両とは別に、軽トラックが2台停まっていて、

男性一人と女性二人がもうすでに準備を終えて歩き始めていた。




白髪隧道の横から沢沿いの作業道を東に歩いて行くと、途中から左に登る道があり、

脇には佐々連尾山の小さな道標。ここをグイッと登り

今度は西に向かって杉林の中の道が続いて行く。










杉林を抜けて周りが自然林になると頭上が明るくなり、ほどなく猿田峠に着いた。

コースタイムでは35分のところ25分。ここまではいいペースで登って来れている。

峠では先ほどの駐車場で先行していた3人が休憩していて、少し話をすると

地元の方で今日は大森山へ登る予定だと言う。こちらは兵庫山まで予定していると言うと、

『玉取山から兵庫山まではけっこう道が険しいよ』と教えてくれ、更には登岐山の辺りの

様子も教えてくれた。せっかくのアドバイスだったが、話を聞きながらこの時にはまだ、

ここまでの時間を考えてもコースタイムを短縮できるくらいの軽い気持ちでいたのだった。

峠からは鉄塔の奥に赤星山から二ツ岳に続く稜線、そして南には奥工石山白髪山が見える。










猿田峠からはすっかり葉を落とした尾根道を、まずは1274mのピークに向かって歩いて行く。

『今日は兵庫山まで10回ほどのアップダウンになります!』と奥様たちに言うと

あっちゃんが『これも数に入る?』と言いながら小さなピークを過ぎる。













小ピークを下ると少し広くなった鞍部。鞍部からは1274mの標高点へ登りが続いて行く。

尾根の一段下に窪地になったような場所を時々見かけるが、この季節は疎らな自然林で

明るい広場の様な感じで雰囲気がとてもいい。










標高点からは葉が落ちてはいるが、木々の枝でまだ先の様子は伺えない。

一旦下ってまた登り返すと途中で痩せ尾根になり、露岩の尾根道になる。
















痩せ尾根を過ぎると道は尾根の少し北側に続き、その内に苔の岩の日本庭園が現れた。

岩には微細な割れ目が無数あり、水分がしみ込んで表面がしっとりと湿っているので、

山の北側で日が当たりにくく岩が乾きにくい環境では、湿気を好む苔が生育するようだ。










苔庭を過ぎブナの尾根を通りひと登りすると玉取山に着いた。

猿田峠で話をした男性が『玉取山までは1時間40分ほどかかる』と話してくれたが、

1時間強で来られた。YAMAPのコースタイムでも白髪隧道から1時間45分のところを

1時間30分。ここまではまずまずのペースだった。三等三角点『玉取』。










玉取山では周りの木々も疎らになり南西に向いて眺望が開けていた。

あっちゃんの視線のある先に見えるのが兵庫山と思っていたが、

後になって大登岐山だと判った。山頂から少し下るとしばらくは広い尾根が続き、

安易に下ってしまうと道を間違えやすい。

ここは県境のポールを目印に少し左に振りながら下って行く。













玉取山から下った鞍部は痩せ尾根になっている。ここからは1334mの標高点の肩に向かって

また急登が続いて行く。途中でルリちゃんが北西に白く雪を被った山が見えると教えてくれたが、

木々の枝に遮られ、山容や周りの稜線が判りづらく、ましてや近眼の私には同定ができない。













1334mの肩までくると道は少し西に向かって続いて行く。

先ほどまで木々の間からしか見えなかった眺望が開けた。

雪を抱いた山は山容からしてちち山笹ケ峰の様だ。

奥様たちにはちち山から右に続く稜線が大田尾越への尾根だと思うと伝えたが、

その稜線の右側に大きなピラミダルな山があるのが、どうにも腑に落ちない。

帰って写真を見てみると、直ぐに沓掛山だと判った。

大田尾への稜線は、雪を抱いた笹ヶ峰の下に、右下に白く雪を被った稜線が

ちち山の分れから大田尾越への稜線だった。










しばらくの間快適な尾根道が続いたのち、今度は露岩が現れ始めた。

そして今度は東側の景色が見えた。さめうら湖から立ち上った霧で雲海ができ、

先週工石山から見えた奥工石山が見える。













さらにそこから登って行くっと大岩が現れ、小さなピークの手前は岩塊になっていた。

白い石灰岩の塊にまわりに白骨林。まさに白い尾根。
















岩塊からは先ほどより更に視界が開けて東側が見渡せる。




少し先に見える小さなピークまでシャクナゲの尾根を進むと、尾根道は大岩で分断され、

YAMAPでもよく見かけた岩の大きな割れ目となっていた。尾根から少し北側に回り込み、

その割れ目を通って南側に出る。













その岩の割れ目で少し遊んでみる。テレビ番組の"サスケ"のステージの様だ。













そこから岩の突端の手前で一旦下っていくと、あっちゃんがビニール袋に入れたストックが

残されているのに気づいた。ビニール袋に入ったストックは、ザックの脇にでも入れていたのだろうか、

木の枝に引掛けて落としてしまったのかもしれない。あまり歩かれていない山域なので、

取りあえずあっちゃんが拾って登山口まで持ち帰ることにした。







道は露岩や木々の間の道であまりスピードが上がらない。玉取山では11時位が兵庫山かな?と

余裕を言っていたが、まだかなり時間がかかりそうだ。(まだこの時点では遠くに見えるピークが

兵庫山だと思っていたので)










1226mの標高点の手前で、この冬次に予定している『線で繋ぐ山歩き』の阿讃縦走路の

話を三人でし始めた。あ~だ、こ~だと話をしているに、どうも今まであった県境のポールが見当たらない。

『スト~ップ』と声をかけてスマホで確認すると、南東に続く支尾根を降りている。

慌てて引き返して県境の尾根へと戻って行く。







1226mのピークも大岩を回り込み進んで行く。ピークから少し下った所で前から男性が一人。

すれ違いざまに話をすると『ストックが落ちていませんでしたか?』と聞かれる。

あっちゃんが拾ったストックを差し出し、少し男性と話し込む。

男性は兵庫山までの途中で、ストックを落としたのに気が付き引き返して来たという。

兵庫山には2回は登った事があると言うので、前方に見える山頂が兵庫山ですかと聞くと、

『あれは大登岐山です』と教えてくれた。(取りあえずほっとする)










思っていた山頂より手前が兵庫山だと判ったが、ここまでで既に時間は11時30分。

確かに境界ポールを追っていけば迷う事はないが、ここまで十回近くのアップダウン。

そして痩せ尾根の岩場や大岩を巻く場面も何度もあった。

猿田峠で会った人たちに『玉取山から兵庫山は厳しいですよ』と言われた意味が分かった。







兵庫山の手前の小ピークを過ぎると道は大きく様変わりした。

そしてやっと今日の目的地の兵庫山が確認できた。

『あと20分です!』と二人に声をかけて進んで行く。







尾根の南側が下草だけでの斜面が広がっている。伐採跡でも崩壊ヶ所でもなさそうだが、

その斜面には十本近くもの白骨林が同じように尾根に向かって倒れていた。

よほど風が強いのか、尾根の真ん中にも大きな木が倒れている。







荒涼とした雰囲気の尾根を過ぎ、ブナの尾根を抜けるといよいよ最後の兵庫山への取付き。

ここまでスタートから4時間近く。足の疲れも空腹もそろそろピークに差し掛かっていた。













最後の急登を登りきると、そこは山頂と言うより尾根道のピークといった感じの兵庫山。

木の枝に掛けられた山名札と三角点が無ければ、いままで何回も同じようなピークを踏んできたので

ここが山頂だとは分からないかもしれない。山名の札とは別に『高松一高山岳部OB・OGの会』の

石鎚・剣山縦走記念のプレートが掛けられていた。16日間かけたと書かれたこのプレート見て、

エントツ山さんが単独無支援での縦走を決意したプレートだった。




三角点の先の岩からは東に奥工石山が見え、北西には先ほどからのちち山が見える。

時間は12時05分。YAMAPのコースタイムからすると、1時間近くオーバーしている。

いつもより早めに昼食の時間を切り上げ折り返すことにする。










ところがここから今日の道間違いが始まる。あとで地形図を見ると山頂からは

二又に支尾根が続いていて、降り始めて直ぐに左の尾根へと進んでしまった。

山頂から続く急な下り坂に、『こんな急坂だったかな?』と言いながら先を歩く奥様たち。

暫く降りるとシャクナゲの尾根になった。少し疑問に思い始めたところで、

往路で道を塞いでいた木を跨ぐ場所があった。(これは勘違いだった)

ここで一度疑問点が薄まり、そのまま下って行っていたが、どうにも境界のポールが見当たらない。










『お~い、止まって!』と声をかけて、スマホのGPSを見てみると

既に遅かりし、兵庫山から天堤山の方向に随分と下ってしまっていた。







ここまで山頂からは30分近く下って来た。時間は13時10分を過ぎてしまっている。

ここから兵庫山へと引き返すのに恐らく40分以上はかかり、そこから登山口までは

往路と同じくらい時間がかかるとすれば、18時近くになる。

どうしたもんかと考えながら地形図を見えみると、ここから南東に下った所に沢があり、

そこから等高線の間隔は狭いが、尾根を辿って登れれば、その上には

猿田峠まで続く林道の線があるのが判った。

下るのに1時間、登りに1時間、林道歩きを1時間としても16時くらいには

猿田峠に着ける計算になる。独り歩きの時には直ぐにでもルートを選んだが、

今日は奥様たちがいる。スマホのGPSを奥様に見せながら説明をして、

今日までの奥様たちのパワーなら、何とかなるだろうと思って同意を得て下り始める。

問題は下りのルートが籔いていないかと、沢からの極端に等高線の狭い支尾根の

両側には崖の地形が見える。幸い尾根は崖にはなっていないので、

実際が地形図通りになっているかどうかだ。

先ずはこの手前から派生する尾根へトラバースしながら下って行く。








支尾根に出るとしばらくはその尾根に沿って下って行くが、途中からは目標とする

二又になった沢へは一旦尾根から外れて下らなければならない。

ここからはGPS頼み。幸いルートは藪いていなく、適当な間隔で立つ木々に

掴まりながら落ち葉で柔らかい斜面を時々足を滑らせながらも下って行く。










地形図の933mの西側まで降りてくると、地形図には載っていない小さな沢に出た。

沢の両側を見ると、歩きやすそうなのは対岸の様なので、流れの小さな沢の右岸へと渡る。




右岸を進み更に進んで行くと、潰れてしまった小屋の屋根の波トタンや、小さな石標。

少なからずこの辺りまで人が入っていた気配を感じ始めた。







道を間違えたのに気づいて下り始めて1時間。最初に目標にしていた二又の沢に着いた。

周りは深い谷あいだが、目標とする次の対岸の尾根もはっきりと確認できる。













ここまで来れば次は激急登と言えども後は登るだけ。目途がついて一服させてもらう。




一息入れた後、沢の対岸の尾根に取り付くが、尾根に出るまでが大苦戦。

細い木に掴まり右に左にと登りやすそうな場所を狙って、

登ると言うよりは体を持ち上げて行く感じだ。





支尾根に出てからも里山の支尾根のように藪ではなく、木々を避けながら登って行けた。










地形図では岩崖と岩崖の間を抜ける尾根のはずだが、途中では何度も真ん中に大岩が現れる。

登れそうな岩は中央を突破し、無理な感じの岩は足元から巻きながら登って行く。

いくら急登でも、登山道だったり踏み跡が有ったりすれば楽だが、

やはり道なき道を登って行くのは疲れる。










最初は木々に囲まれ見通しも悪かったが、次第に前方の木々の間から青い空が見え始めた。

周りの紅葉にも目をやる余裕も少し出てきた。














沢から取り付いて約1時間。最後の大岩の間を抜けると自然林から杉林に変わり、

木々の間からは先程までより大きく空の色が広がり、何とか地形図にある林道に出た。













ここにきてやっと奥様たちも安堵した様子。ほぼ平坦な林道歩きに、いつもの様に世間話が始まった。







玉取山の北側からの登山口を過ぎると、以前から気になっていた大カツラが目の前に現れた。

白髪隧道の北側から県道の脇道を入ると、ここまで道は続いているが、

未舗装なので私の車で来られるかどうか判らず、この大カツラは見ることはないだろうと

思っていただけに、道迷いが逆に巡り合わしてくれるという、副産物だった。







『登山口には16時30分を目途に!』と奥様に告げ、林道を歩いて行く。

大カツラから猿田峠までの道では、もうすでに陽の色が変わり始めていた。

振り返るとその陽が当たって玉取山も輝き、目の前に大森山が見えると程なく猿田峠に着いた。










尾根の日陰になった峠は、急に気温が下がった感じがした。ルリちゃんが上着を着こんだ。

林道を歩き始めて約1時間。時間は16時13分。ルート変更を考えた時のほぼ時間通りだった。







白髪隧道の車を置いた場所には16時30分を少し過ぎたが、三人とも無事に到着できた。

行動時間8時間42分、歩行距離はYAMAPでは12.2kmだが、カシミールの

沿面距離は13.5kmとなっている。どちらにしても今日はよく歩いた。

ルート変更になれない奥様たちは最初は不安だったようだが、何とか辿り着けて満足気だ。

何といっても日暮れまでに付けた事は良かった。ただ今日は道外れが2回。

それも境界杭を辿れば何でもなかっただけに、大いに反省すべき点を残す一日だった。





コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

困った時の工石山

2021年11月11日 | 四国の山



先週までで線で繋ぐ山歩きも石鎚山野地峰までが繋がった。

しかし野地峰から東の黒岩山から登岐山が四国中央部歩きの

ひとつの肝になる。登岐山へのアプローチがスズタケの大藪。スズタケが生い茂る

獣道の様な藪の中を、掻き分け掻き分け皆さん歩いている。そして結構皆さん道を

外して迷っているような難所。以前からこの野地峰から登岐山の間は、スズタケの勢いが

弱くなるだろう冬を越した辺りでチャレンジしようと奥様たちと話をしていた。

そうなると今週は何処を繋ごうかと考えたが、天気は前日まで雨。出来れば濡れた笹を

掻き分けるようなルートは避けたいところだったが、野地峰から東の四国中央部で

そんなルートがあまりない。色々調べてみると、更に東の猿田峠から兵庫山

比較的笹もなく籔いてもなく、雨が降った翌日で足元や木々が濡れていても歩けそうだ。

と言う事で以前に佐々連尾山へのスタート地点となった白髪隧道を目指した。


気になる天気予報はというと、瀬戸内沿岸はあまり良くない天気だったが、

高知県中部には晴れマークがついていた。前日に奥様たちには『決行します!』と

連絡して、いつもの豊浜SAでピックアップして車を西へと走らせた。

先週は豊浜SAでは雨だったが、法皇トンネルを抜けると青空が広がっていた。

今日も天気予報を信じ、先週と同じパターンを期待して法皇トンネルを抜けたが

同じように曇り空。ならば白髪隧道を抜けて高知県側に入れば晴れているだろうと

思いながら走ったが、『トンネルを抜けるとそこは雨だった。』・・・・・(涙)

以前車を停めた白髪隧道の南側の広場には、トンネル整備の為の工事用のプレハブが有り、

電気の点いた中では現場の工事の人が既に待機をしていた。

広場の横に車を停めて暫く様子をうかがったが、どうも雨は止みそうもない。

ただ谷あいから南に見える空が幾分かは明るく見える。

では今日の予定のコースは順延して、ここから南に走って『工石山に登りましょう!』と言う事に。

工石山はメンバーは何度も登った事のある山だが、登山道もしっかりしているので

雨降り後でも安全に登山が出来る。雨が止まなくても雨具を着てでも歩ける。

するとあっちゃんが『できれば新しいYAMAPの山頂ポイントが一つくらい欲しい』

と言うので、あっちゃんもルリちゃんも登っていない、黒滝峰三辻山

今日のメインディッシュにして工石山をオードブルにする事となった。

白髪隧道から県道264線を南に下って行くと、汐見川沿いの道は秋色に染まっていた。

車窓から見える秋の色に染まった木々にスピードを緩めたり、車から降りたりしながらのモミジ狩り。

のんびりと走り過ぎて工石山の登山口となる青少年の家に着いたのは9時30分近くになった。







いつものように体育館の地下に車を停めて支度をしていると、一台の車がやって来た。

車から降りてきた初老のご夫婦。香川から来たというご夫婦も、今日は鳥取の方へ行く予定だったが、

天気が悪いのでこの工石山に予定を変更したという。同じように支度をしている二人の様子を見ていると

仲睦まじいのが汲み取れる。奥様たちに『いいですね、あの年で二人で山に登るなんて』と

言いながら体育館の地下駐車場を後にした。




今日は先ずは黒滝峰を目指して歩いて行く。登山口では先ほどのご夫婦が案内板を見入っていた。

登山口からしばらくは赤良木峠へと続く林道を歩き、途中から登山道へと入って行く。







ここからの道は私も初めての道。前回、黒滝峰へは直登ルートを辿り岩壁を登ったので、

杉林の中に続く道は快適そのもの。あっちゃんも『久しぶりに歩きやすい道ね』と。

『では先ずは鹿を見に行きましょう!』と二人に言うと『鹿?』と返ってきた。

先ほど白髪隧道からの県道で道に鹿が飛び出してきたので、生きた鹿が頭に浮かんだようだ。

『木に登る鹿です!』と言うと、二人も知っていたらしく納得。










途中堅山峠と三辻山への分岐を三辻山の方へと進むと、しばらくして

道の右側に木々の間から『木に登る鹿』が見えた。以前に比べて道の脇の木々が刈られていて

歩いていても直ぐにその場所は分かりやすくなっていた。








二人に『ハイ!ここからどうぞ!』と言って指さし、その方向を覗き込んだ二人からは

『わ~ほんとやね、鹿に見えるね、凄~い!』と歓声が上がった。







暫くの間自然が創り出した芸術品に見入った後、尾根の北側に回り込み緩やかに続く道を歩いて行く。

すっかり葉を落とした木々の落ち葉が道には降り積もり、秋の終わりを感じながら進んで行く。








途中の赤テープのある場所から左に尾根に向かって登って行くと黒滝峰。

黒滝峰の標高点のある場所から先に進むと、前回よじ登ってきた岩壁の突端に着く。

正面には浦戸湾の奥に太平洋。後ろには工石山と絶景が広がっていた。













この黒滝峰へはこのさらに先の岩壁を登ってくるのが楽しいので、よじ登りが大好きなあっちゃんの為に

機会があれば案内しようと思っていたのだが、雨の降った後の今日は、岩壁が濡れていたら

危ないので、次回季節のいい時に再度チャレンジする事にして黒滝峰を後にした。

標高点で今日の一つ目のYAMAPの山頂ポイントをゲットした二人。







ここから尾根を少し歩き北側の登山道まで戻り次の三辻山を目指して歩く。







道にはしっかりとした道標があり、その道標に従って歩いて行く。














三辻山山頂はほぼ360度の展望。ただ吹いてくる風が冷たい。

それなのにあっちゃんが『ここでお昼にします?』と。時間もまだ11時。

WOC登山部では山さんとあっちゃんがとにかくいつもお腹が空いたと言い出す。

『風が冷たいので、風の当たらない杖塚まで降りてお昼にしましょうと』説得する。










登山口から黒滝峰を経てここまで。緩やかな道が続いていたのでそんなに高度を上げてきた

様に感じなかったが、赤良木峠への道は意外と長い杉林の中の下り坂が続いていた。













杉林を抜けると赤良木峠への林道に出た。林道は赤良木峠にあったかつての赤良木鉱山に続く道。

工石山は石灰岩の山で、セメントの原材料となるドロマイトがこの赤良木鉱山で採掘されていた。

採掘場だった鉱山跡には、錆びて赤茶けて巨大なコンベアー施設が残っている。










赤良木鉱山跡から西に進むと杖塚に着いた。奥様たちの待ちに待ったお昼ご飯だ。

杖塚の記念碑の横にはタイムカプセルが埋められていて、2086年に開けられることに

なっているらしいが、埋めた人はまず見られることはないだろう。

食事をしていると7名ほどの団体が登って来た。工石山を登ってここで昼食の後、

三辻山に登る予定だそうだ。







お腹を満たした後は北回りで工石山へと歩いて行く。その途中でルリちゃんが先ほどの

団体さんの年齢と服装から登山歴を予想し始めた。(内容については書けないですが)

その話を聞きながら、あっちゃんと二人で大笑いしながら歩いて行く。

尾根に出ると直ぐに『根曲がり杉』そしてその先には『白鷲岩』。岩の形が鷲のくちばしに

似ているというこの岩からは、北側の眺望が広がっている。










雲が無ければ今日歩こうと思っていた稜線辺りも見渡せただろうが、

やはり高知の県境から北側は天気が悪そうだ。予定を変更して正解だった。










白鷲岩の次は『天然ヒノキ風倒根』。この北回りコースの見所の一つ。

先程の『根曲がり杉』といい、この『風倒根』といいこの工石山は太平洋から

まともに強烈な風が当たる様子が伺える。











鷲のクチバシの白鷲岩の次は、トドの頭の形をした『トド岩』。

見下ろすと麓の棚田に、雲の間からの陽が当たっている。














『トド岩』からしばらく歩くと『北頂上』。山頂の岩にはここから見える峰々の

山名が書かれた丸いプレートがある。奥様たちはそのプレートを見ながら山座同定。

しばらくそのプレートを見ながら遊んでいると、北側に虹がかかり始めた。

初めは薄かったその虹は、次第に色が濃くなりくっきりと見えるようになった。

















北頂上から南頂上に着くと以前にあった丸太で造られた展望台が解体され、

その丸太が積み上げられていた。ここからは南に高知の眺望が広がっている。

東には海に向かって滑走路が延びる竜馬空港と室戸岬。そして正面は太平洋と浦戸湾。

視力1.5のルリちゃんが次々と指さし説明してくれる。近眼の私はそれを聞きながら

何となく返事をする。するとルリちゃんが室戸岬の灯台の光っているのが見えたと言う。

『え~ほんと~!』とあっちゃんと二人で訝しみながら大笑い。

高知市内の奥に低く連なる山が見える。昨年WOC登山部で歩いた南嶺だ。

その山の中腹には私立の土佐塾の建物が目の悪い私にも確認できる。

横にいたルリちゃんに『手前の二本の杉の木の間に土佐塾が見えるでしょう』と教えるが、

目の良いはずのルリちゃんがいつまで経っても同定できない。まずは手前の杉の木に気が付かない。

『視力1.5のはずちゃ~うん!』とまた二人で大笑いする。







しばらくそうやってふざけ合った後、南回りコースの『サイの河原』へと下って行く。

この道はシャクナゲの道。道の両側からシャクナゲの木々が迫っている。







恐山や立山のサイの河原は周りの山々の名前や歴史、そしてその荒涼とした雰囲気で

その名がついたのだろうが、この工石山のサイの河原は雰囲気からして、どうして

そんな名前がついたのか分からないくらいの、よくある水の流れる谷あいの場所。
















サイの河原から青少年の家までは1時間20分ほどのコースタイム。

途中の『ヒノキびょうぶ岩』からはまた南の眺望が広がっていた。

ここでもルリちゃんが、『牧野植物園はどこかな~』と聞いてくるので、

『浦戸湾の左の低い山に建物が見えるでしょう』と言うと、

『ほんと、丸いドームが見える!』と。デジカメをズームしてみるが建物が

あるのは分かるが丸い形までは認識できない。『すごーい、さすが1.5!』と

またまたあっちゃんと二人で大笑いする。

















びょうぶ岩からもサイの河原からと同じように、支尾根を回り込むようにして道が続いている。

良く整備された道を前を歩いて行く奥様たち。いつもならそろそろまた朝ドラの話になっていくが、

『お帰りモネ』はもう終わっている。『良かった~朝ドラが終わって!』と言うと

奥様たちが新しく始まった上白石萌音主演の朝ドラの話をし始めた。

『しまった~!話をするんじゃなかった』と後悔。これからまた今度は

『カムカムエヴリバディ』の『ああでもない、こうでもない』と話を聞かされそうだ。










途中の『ヤッホポイント』での『ヤッホ~!』




そうこうしている内に『杖塚』に着いた。山頂からは高度が下がって来たので、

ここからの道はまだ彩を残していてくれた。鮮やかなオレンジ色はドウダンツツジだろうか?



















青少年の家の手前では黒滝峰の岩壁がそびえて見えた。『今度はあそこを登ろうね』とあっちゃん。

『そしたらアケボノツツジの頃にしましょう』と答える。

駐車場まで戻り、体育館の下でお湯を沸かして、ルリちゃんが小豆島で買って来た

オリーブのお菓子を頂きながら談笑。










いつになく遅い時間のスタートとなったが、工石山は気軽に歩けて

帰路の途中で道の駅で奥様たちは買い物を済ませても、

ここ最近では比較的早い時間に家に着くことができた。



コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き 野地峰~東光森山

2021年11月05日 | 四国の山



前回『線で繋ぐ山歩き』で大座礼山から三ツ森山を繋いだのが9月1日。

それから私のギックリ腰の発症や天候不良、そして10月はモミジ狩りと、

次に進むべき東光森山がどんどん遠ざかって早や2ケ月。

先週の御来光の滝でモミジ狩りもひと段落したので、線で繋ぐシリーズを再開する事にした。

当初考えていたのは前回の大田尾越から東光森山を通って、別子山辺りで

折返してピストンすると云う計画だったが、車をデポすれば野地峰から東光森山まで

縦走できる事に気づき計画を変更した。ただ東光森山はアケボノツツジで有名な山。

春の花の季節に歩くのもいいかなとのんびり考えていたのだけれど、

順延しているのをあっちゃんが待ちきれない様子。それならアケボノツツジが咲く道なら、

秋の紅葉も見ごたえがあるのでは?と思って今回やっと決行してきた。


前日の天気予報では『全国的に晴れの天気です!』とお天気キャスター笑顔で言っていた。

朝早く自宅を出るとフロントガラス越しに、満天の星空が見えた。

しかしまだ暗い高速道路を西に車を走らせると、次第にその星空は見えなくなり、

なんとなく雲がかかってきているような雰囲気に。そしてその内に道路わきの表示板に

『雨、スリップ注意』の表示が。???『なんで?』と訝しく思いながら更に西に走ると、

鳥坂峠を越えた辺りから路面が濡れている。今日の集合場所は大田尾峠だったが、

どうにも気になり、奥様たちが待ち合わせをしている豊浜SAに寄ると、ルリちゃん

既に到着していた。話をすると、朝から西では雨が降っていたと言う。そしてとうとう

あっちゃんが着くころには雨が降り始めた。雨だとやはり今日のコースは歩きたくなかったので、

色々別の山を考えたが思いつかない。結局筏津まで行ってみようと言う事に落ち着き、

川之江ICを降り、法皇トンネルを抜けると予想に反して青空が広がっていた。

大田尾越に車をデポして荷物をもう一台に移す。車を停めた場所からは最終目的地の

東光森山の急峻な山容とその手前のピークの色付いた山肌が、朝の光に輝いていた。




デポした場所から今日の登山口となる白滝の里山村広場へと向かう。

途中にある爺の滝は谷あいにあるため、朝陽が当たらず薄暗い。

周りの色付きももう少し先の様な感じだった。




白滝の里山村広場の脇に車を停めてスタートする。広場の脇では大型の重機が作業をしていた。

黒岩山に続く稜線の西側は、少し薄くなっているがきれいな彩に包まれていた。







広場の奥のトイレの脇からしばらく白滝鉱山跡のトロッコ道が続いている。

緩やかな道を歩いて行くと、左に向かって山道が続いている。







山深いこの地からは伊予三島への行き来の道として利用されていたのだろう、

しっかりとした九十九折りの道を何度も右に左に折れながら登って行く。

それにしても今日はあっちゃんのペースが遅い。案の定広場までの道で車酔いに

なったらしく、登りに弱いヘッポコリーダーとあまり変わらない。













徐々に高度が上がってくると、周りの木々が色付いた様子が目についてくる。










ヒノキの人工林を通り大きな岩を過ぎると、樹林帯を抜け周りの景色が広がってきた。

かつての鉱山の跡に造られた、白滝の里の赤い屋根が見える。

左に折り返すと広場からも見えた反射板が近づいてきた。










コースタイムでは1時間20分になっていたが、広場からは1時間ほどで山頂に着いた。

東を見ると右手に黒岩山。その左奥に少し尖った登岐山が見える。

ここから登岐山にかけてが、線で繋ぐ山歩きの中でも少しめんどくさいルート。

ネットに上がっている登った人のほとんどの情報が『酷い藪』と書いている。

この野地峰からだと往復できる距離だが、その酷い藪を往復するのは避けたい所だ。







東を見ると東光森山に続く稜線に、以前歩いた大座礼山が見える。

首のないお地蔵さんは寂しいので、老けてはいるが顔を乗せて記念撮影。













一息入れてそれではと、先ずは次の大野山を目指してスタートする。

しばらく歩くと北側に今朝車で走ってきた富郷ダムが見え、

先には葉の落ちた少し寂し気な稜線が続いている。










このコース。あと10日ほど早ければさぞや見ごたえのある色に染まった稜線が見られた筈。

山肌の錦繡を取るか、稜線の秋色プロムナードを取るかと言われれば、

やっぱり遠目の景色より間近な彩を取るかな?







その稜線歩きは直ぐにアップダウンが始まった。高度差は僅か数十メートルのアップダウンだが

登っては息を切らせ、下っては足元に注意が必要な繰り返し。
















稜線が少し左に折れながら続く先で南側の眺望が広がった。その足元には白滝神社からの

道が続いている。少し下がった場所には分岐の道標があった。










一見するとこのまままっすぐ進みそうになるが、この道標の北側に少し分かりずらいが尾根道が続いている。

道標から北側に進むと白滝鉱山の架空索道で使っていた滑車の残骸が数基残っていた。

高知県では最大規模になる白滝鉱山は明治時代に入って盛んになったが、当時は未だ

毎日数百人の中持ちの人力によって運ばれていた。また大正の時代には大川村での

精錬が行われていたが、足尾や別子の銅山同様、その煙害が問題になり精錬事業は縮小。

そのため山を越えた伊予三島まで21kmの架空索道を建設して、白滝側からは鉱物が、

そして伊予三島川からは生活物資が運ばれていたという。その当時の索道の滑車の

残骸が山中に残されその当時の往時が偲ばれる。







鞍部が低い切通の様な場所になった滑車の残骸から反対側に少し登り、

更に進んで行くと1342mのピーク。その手前の大岩からはピークから南に下がっている

支尾根の山肌がオレンジ色に染まっていた。










1324mのピークの辺りから稜線には大ブナの姿が見られるようになった。

紅葉はというとやはり少し盛りを過ぎた感じだが、足元に葉を落とした木々の中にあって

青空に色づいた葉をつけ枝を伸ばしたブナの木は見応えがある。







尾根道の所々で露岩が現れると今日二つ目の目標の大野山が近づいてくる。

振り返ると葉がすっかり落ちた木と、まだ色づきを残す木が混在している。

この山肌がピークの時にはどんな彩だったのだろうか。

途中の道標には野地峰から1.2km、東光森山へは4.4kmとある。まだ先は長い。













野地峰からは約1時間で大野山に着いた。山頂は二等三角点『大野』と小さな山名札が

二つ木の枝に掛けられているだけの小ピークといった感じだ。







今までのアップダウンの下りは大したことはなかったが、大野山からの下りは

少し急な下り坂で始まった。前を歩く奥様たちがロックンロールで踊っているように見える。







ここからは小さなピークでは露岩。そして広くなった尾根にはブナの道が続いて行く。













振り返ると先ほどの大野山と右手にはまだまだ続く東光森山への稜線。

一番奥が今日三つ目の目的地の別子山だろうか。コースタイム通りだと

出発時間からいうと13時近くになるが、スピードが上がらないとはいえ

今日はけっこう早いペースでここまで来れている。

『お昼は別子山にしましょう。12時30分までには着くでしょう!』と

お昼ご飯を気にし始めた奥様たちに伝える。







大野山からは少し南に向かって稜線が続いていたが、その突端が1403mのピークになる。

ピークの手前では急角度で右に下り坂が続いて行く。










それにしてもあと何回登って下るのだろうか。小刻みなアップダウンと変化のある道に

さすがの奥様たちもさほどペースが上がらない。足元を見ながら歩くので、

周りの木々にもあまり目がいっていないご様子だ。










何枚も写真を撮っているが、恐らく後で見たらどこを歩いているのか分からない様な、

同じようなアップダウンと景色がしばらく続いて行く。













ただ今までよりも稜線の木々の紅葉がまだ少しは残っているような感じがしてきた。







1403mのピークから二つ目のピークには高知側から地形図では破線があるが、

登山道らしき道は無く、そのピークからロープの掛った急坂を下ると

また首のないお地蔵さんが座っていた。お地蔵さんが置かれていると言う事は

峠という事なのだろうが、ここから高知側は地形図では直下で崖となっている。

手前の破線がピークではなくこの鞍部に続いていて峠道となっているのだろうか?







尾根は広くなったり狭くなったりしながら続くが、道は明瞭なので外すことはない。

ピークの前後では何ヵ所か岩がせり出て見晴らしの良い場所があった。

オレンジ色のスロープの向こうに大きな大座礼山と中腹に続く林道が見える。










別子山は山頂近くに赤い紅葉が見える。大野山から約1時間で到着した。

四等三角点『別子』と木に巻かれたテープに消えかけた別子山の文字。

『やっとお昼が食べられる!』とあっちゃん。車酔いからは既に解放され、

ここにきて食欲が出てきたようだ。














ここまで来ると残りは1/3程度だろうか。温かいカップ麺をお腹に入れ、

汗が冷えないうちに重たい腰を上げてスタートする。三角点から直ぐにブナの紅葉。







そしてまたアップダウンは続いて行く。ただ登りは前回の土佐矢筈山

御来光の滝の急登に比べると、距離も登る時間も短くさほど苦にはならない。










1454mのピークの前後から尾根道の紅葉も、尾根から脇の斜面の紅葉も良い感じになってきた。













木々に囲まれた露岩が続く道も、随分と葉が落ちて明るく雰囲気の良い道になっている。







途中のブナも枝を広げ、葉が落ちる前の最後の姿を見せてくれている。

木々の間から僅かだが東光森山が確認できる。










これが最後の登りかな?と思いながら登ったのは山頂手前の肩。

『やっぱりピークじゃなかった!』と先に登ったルリちゃんが言っている。

それでも周りの木々の紅葉に励まされながらひと踏ん張りする。










登山口から休憩時間を入れて5時間ほどで最後の目的地、東光森山に着いた。

最後の三角点をゲットして残りはほぼ下るだけの道。腰を降ろして休憩をとる。

大座礼山から2ケ月。やっとの東光森山に感激ひとしおの三人だった。











東光森山からは下るだけと言っても、YAMAPを見ても大田尾越からは急登になっている。

登山靴の紐を締め直し褌の紐?も締め直し気合を入れて下って行く。

東光森山山頂から少し歩いて行くと西側の眺望がいっぺんに開けた。

車をデポした大田尾越への途中にあるピークへは、稜線に沿って色付き

その両脇は人工林の濃い緑が迫っている。そして結構な高度感がある。







また視線をその上に移すと、大座礼山の稜線から降りる鉄塔に沿って、

同じようにくっきりと色づいた線とその脇に濃い緑が続いている。

そしてその奥には平家平からちち山までの稜線が続いている。

その奥の山頂付近がギザギザした山は伊予富士だろうか?

さらにその奥まで薄く稜線が見えるが、雲がかかっていて山座同定が難しい。







その展望所からは直ぐに急坂が始まった。普段あまりストックを使わない奥様たちも

今日は最初から用意して歩いてきていた。両手で上手に操りながら下っている。




と思ったら、ルリちゃんが尻もちをついた。







ロープの掛った場所も数ヶ所。ロープを握り起用にストックを持ち替えながら下る奥様たち。

この道は急峻さとは別に5月のアケボノツツジでも有名な道。

今日のルートの中で最高の彩を見せてくれている。












こんな坂なら逆から来て正解だったわね』とあっちゃん。危ない場所ではお尻をついて下るルリちゃん。

そんな二人は陽に当たった紅葉と同じように色づいている。













途中で何度か見晴らしの良い岩場があり、その度に道はその手前で左にその岩を巻くように

ロープのかかった急な下りが続いている。










大田尾越の手前のピークの尾根沿いはやはりアケボノツツジの紅葉が続いている。

道の両側にも・・・。今日最後の彩りの見納めだ。











手前のピークから振り返るとピラミダルな形の東光森山。『ここから5分で大田尾越です』と

あっちゃんに言ったものの、まだまだ結構距離が残っていた。














『5分?もう10分以上歩いているわよ!』とあっちゃんに皮肉られ始めた頃に

やっと大田尾越に着いた。東光森山から58分だった。










大座礼山に登った時にも同じ場所に車を停めた。そこから見えた東光森山を見て

『来週はあの東光森山を登ります』と言ってから2ケ月経ってやっと登れた。

線で繋ぐ山歩きは今日のコースから東側が頭を抱えるコースとなる。

『来週は・・・・・!』とは言えず持ち帰って考えることにして白滝の広場まで走る。

広場からの帰路は大田尾越には戻らず、早明浦ダムを通って大豊から高速に乗る。

さてさて来週はどうしようかなと、ハンドルを握りながら帰路につく。







コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

奥様たち念願の御来光の滝

2021年10月30日 | 四国の山
10月は石鎚山の紅葉に始まり、月末はやはり石鎚山の南直下の御来光の滝の紅葉が

見頃を迎える。以前から奥様たちから『今年は御来光の滝に是非行ってみたい』と

リクエストがあったので、最終週の今日出かけてきた。

ただ石鎚山の天狗岳の紅葉はそこそこ見応えがあったのに、

そこから標高が下がって行くとまだあまりいい紅葉の便りが聞こえてこない。

御来光の滝もYAMAPで日曜日に出かけてきた人の写真では、滝の周りはまだ

ほとんど緑の状態だった。写真から判断すると来週あたりが見頃の様な雰囲気だが、

来週の天気予報があまり良くない。せっかくなら青空の下で御来光の滝を仰ぎ見たいので、

少しでも日を伸ばして紅葉が進むのを期待して、珍しく金曜日の今日出かけてきた。


今日はいつになく待ち合わせ時間を早めて高速を西へと車を走らせる。

いつも立ち寄る西条市のコンビニからは朝陽に輝く石鎚山が見えた。

空も雲一つなく予定を今日に変更して大正解、期待ができそうだ。

瓶ケ森林道は早朝の空気に包まれ、吹く風が周りの木々を揺らしていた。

澄んだ空気の中、南を見ると朝の柔らかい陽に包まれ山々が墨絵のように続き、

その奥で雲の間から射した光に太平洋が輝いていた。




林道から見る石鎚山は雲一つない。益々期待感が膨らんで行く。

途中でこの辺りではあまり見かけないお猿さんの一家が、木の実を頬張っていた。










長尾根展望所には8時40分に到着。自宅からだとやはり4時間近くかかる。

いつもながら移動時間が長いが、それを差し引いてもこの時期の御来光の滝は見る価値がある。







いつものように展望所から石鎚スカイラインを少し北に歩いて、

カーブミラーのある場所からガードレールを跨ぐと、激坂が始まる。




300mほどの標高差を約30分、下り続けると面河渓の広い河原に着く。

去年、WOC登山部で歩いた時と比べると河原の周りの色付きは、少し薄いような気がする。

いつもはこの河原の左岸から右岸への渡渉が、渡る場所を探して苦労するのだが、

今日は水量が少なくどこでも渡って行ける。







河原の右岸にあるブルーシートが取りつきの目印。木の枝には赤テープもある。

ここからは面河渓の沢を高巻ながら登って行く。途中にはりっぱな木の橋が架かっているが、

これはもともと面河渓谷から本沢を通って石鎚山へ登る登山者の為に造られたものだろう。

途中は所々で倒れた木が道を塞いでいたが、奥様たちもさほど苦も無く歩いてきている。













周りの木々はと言うとやはりまだまだ緑が多い感じがする。







高巻の道を下り2回目の渡渉で左岸に渡り、少し歩いて行くと七釜に着いた。

広い白い岩肌に薄く苔が付き、その岩には小さな段差に小滝ができ、このルートの

最初の景観ポイント。ただ午前中はいつも陽の光が届かず薄暗い。
















七釜から少し上でまた右岸への渡渉と高巻。道は倒木が多く、足を上げたり腰を屈めたりで

距離の割にはけっこう疲れる。







魚止めの滝を横目に見ながら進んで行くと、途中何ヵ所か

山側から水が流れる岩場を渡って行く。そして段差のある場所には梯子と、

一般的な登山道と比べると変化があってスピードはあまり上がらない。










今日四回目の渡渉。次第に渓谷の岩が大きくなっていく。






















南沢の入り口は、沢の両側に岩壁が立つ洞門の手前にある。

ここからこの沢を登り詰めると東陵コースカニの横バイの笹滝に着く。

洞門からは本来なら洞門を通って沢沿いを進むと、御来光の滝への最短ルートとなるのだが、

洞門の手掛かりが浅い斜めの岩棚のトラバースがなかなか難易度が高く、

下手を打つとそのまま水にドボンとなる。今日は水量も少ないので行けない事はないかと思ったが、

安全策を取り昨年と同様に手前のテープのある場所から、また高巻いて行く。













高巻の道にも何ヵ所か岩肌を渡る場所がある。事前にYAMAPで学習してきた奥様たち。

その写真にはロープが張られ水が流れ苔むした岩肌が載っている。

何度か『ここがあの写真の場所?』と聞いてくるが途中の岩肌はさほどでもなく

数歩歩けば渡れるような場所。







三度目に現れた岩肌がその写真の場所だったが、ここも水の流れがほとんど無く、

思っていたより容易に渡って行けた。ここまでの7回の渡渉とこの最後の岩肌用に

今日は新調した登山靴を買って来た。2か月前に買ったシリオの302は、

一応ビブラムソールのなのだが、買って直ぐの状態でも少しでも濡れた岩や、

スルスルとした岩肌ではグリップがあまり効かなかった。

初めてこの御来光の滝に来た時に沢にドボンした記憶がトラウマになっていたので、

絶対に滑らないようにと初めてモンベルの登山靴を買ってみたのだった。

『濡れた岩肌や木道でも驚異的なグリップを発揮』と謳ったソール。

確かに途中の岩ではヒヤッとする場面もなくここまで歩いてこれた。










この岩肌の斜面をクリアーするといよいよ御来光の滝が近づいてくる。

少し木々の茂った右岸を登り、一旦沢に降りると目の前に色づいた木々の間から

御来光の滝が見える。昨年と比べるとやはり未だ緑の木も多く、全体的に色づきがもう少し

先のようだが、普段歩き慣れない沢や荒れた道を長い時間歩いてきて、

やっと見ることのできるこの景色は、何度訪れても感動する。













沢から一旦引き返し、少し登り詰めると滝の直下に着いた。

滝壺では先行者が二組、落ちてくる滝の水を眺めながら寛いでいた。













ここまで2時間30分。やはり奥様たちのペースは速かった。

落差100mと言われる御来光の滝。ゴツゴツと角張った岩壁に流れ落ちる滝の水。

その両側には色付いた木々と南に開けた滝は明るく、青空から流れ落ちているように見える。













少し平らな場所で昼食にする。奥様たちは寝そべってスマホで滝の写真を撮っている。

先行者の一組がドローンを飛ばし始めた。この滝を上空から撮った動画。見てみたいな~!










昼食を摂りながら話をしている内にあっちゃんが『どうやったらこの滝の上に行けるの?』

と聞いてきた。『この手前の左側を登って行くんです。』と答えると

『この水がどこから流れてくるのか見てみたいわ~』と。??・・・・勘弁してください!

『朝4時に家を出発できるなら』と言うと黙り込んでしまった。そうなのだあっちゃんはとにかく

朝に弱い。今日の豊浜SAを6時集合でも先週からずっと気が気でなかったそうだ。

どんな難所や悪路でもものともしないあっちゃんを黙らせるには

刃物はいらない『早起き』の三文字があればいい。(笑)

食事を摂った後は滝壺まで寄ってみる。滝壺に係る虹をバックに自撮りするルリちゃん。

果たして上手く撮れれるだろうか?




















振り返ると南に向かって渓谷が続いている。沢の両側の木々の色付きはあと少しだが、

とにかく青空が花を添えてくれている。







マイナスイオンをたっぷりと浴びて、いつまでも眺めていたいが

名残惜しみながら滝を後に今年一番の彩りにお別れする。











下の河原から徐々に高度を上げてきたとはいえ、帰りの道も楽ではない。

ここまで左岸は比較的緩やかな道だが、右岸の高巻の道はやはり足元が悪い。

木の枝に帽子を引っかけたりしながら戻って行く。
















ただ沢の水の量が少ないのが救われ、帰りもけっこうなスピードで歩いて行く。










何度か渡渉を繰り返し高巻きしながら歩いて行くが、やはり新しい靴は固いせいと

靴紐の締め方が悪かったのか、所々靴の中が当たって足首や指先が痛み始めた。














御来光の滝から約1時間で七釜まで戻ってきた。ここで初めて腰を降ろして休憩をとる。

午前中と比べて日差しの届いた沢は、また違った雰囲気がした。











七釜を後に、左岸から右岸に、そして高巻いた後に朝一番降りてきた河原に着いた。

ホッとした次に頭に浮かんだのは、ここから最後の急登。

毎回感動させてくれる御来光の滝の滝だが、毎回ここからの登りに苦しまされる。













ここまで先頭でいい感じに歩いてきたへっぽこリーダーは、途端に弱腰になり奥様たちに

『車のキー、預けましょうか』とトーンダウン。九十九折れの道を二人に遅れをとらないよう

ハアハア・ゼイゼイ息を切らせながら登って行く。










周りの木々の色付きに励まされながら一歩一歩登って行く。

ロープの架けられた場所まで来るとあと少し。石鎚スカイラインを走る車の音も聞こえ始めた。

今回はここのところ奥様たちに鍛えられているせいか、過去3回と比べると意外と早く登りつめられた。

それでもやはり最後にスカイラインのガードレールを跨ぐ足が重たかった。
















長尾根展望所は観光の人たちの車でいっぱいだった。

ベンチに腰を降ろし靴紐を解くとやっと解放された気分になった。

靴を履き替え落ち着いた後、展望所にある双眼鏡で石鎚山を覗いて見る。

弥山から西ノ冠岳に続く稜線の下に、笹原に続いている道が見えた。

あれが御来光の滝を通って本沢からの道だろうか?










石鎚山もこちらか見ると、見慣れた山容と全く違う形をしている。

『まるでソフトクリームの様!』と奥様たち。疲れているはずなのに食欲旺盛な奥様たち。




帰りの瓶ケ森林道も夕暮れ前の絶景が広がっていた。今月初めに弥山からの帰りにも見た

水平のラインに浮かぶ石鎚山。そしてコメツツジの色付いた東黒森山。途中で何度も車の

スピードを緩めながら、晩秋を迎えた瓶ケ森を満喫しながら帰路についた。

















コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き 京柱峠~矢筈山

2021年10月22日 | 四国の山





今週は線で繋ぐ山歩きを再開。というよりは苦肉の策でコースを決定。

まずルリちゃんが水曜日にWOC登山部に参加する事になり、

あっちゃんはというと今週の水曜日は私用で山に行けない。

それでも山を歩きたいと言うので、取りあえず木曜日に予定を変更した。

そしてルリちゃんが前日の疲れが残って参加できなくても、ルリちゃんが歩いた事のある

コースで、あっちゃんが歩いた事のない山なら抜け駆けにならずに済む。

色々考えた結果、線で繋ぐ山歩きのルート上にある山で土佐矢筈山に白羽の矢を当てた。


WOC登山部では土小屋から二の森まで歩く予定だったので、

往復14km歩いた翌日にルリちゃんがまた歩くのはしんどいかなと思っていたら、

天候が悪くて弥山までで戻ってきたので、疲れも残っていないと言う事で、

ルリちゃんも参加する事になり。いつもの様に奥様ふたりとへっぽこリーダーの三人での山行になった。

前日の石鎚山のガスと強風の話を聞いていたので、果たして今日はどうだろうか?と

思っていたが、曇り空だが何とか天気は持ちそうな感じがした。

財田町の道の駅で待ち合わせをした後。32号線、439号線と車を走らせ、

約2時間で京柱峠に着いた。やはり空一面雲に覆われていたが、幸い風はほとんどなく

車を降りると少し肌寒い程度だった。身支度をして9時35分にスタートする。










峠から東に林道を少し歩くといつもは萱原への取りつきとなるのだが、

その萱原の上を歩く尾根への道が新しくできていた。




しばらくは杉林の中を歩いて行くと、直ぐにこのコースの名物?の三段急登となる。

けっこうな斜度の坂道に、奥様たちのペースも上がらない。

1段目は逆L型の岩の横を通り、登りきると少しだけ平らな場所に出る。










そして露岩が現れると最後の三段目の急登。







その急登を登りきると原生林の分岐に着いた。

その道標に従って分岐を右に折れブナやミズナラの原生林へと進んで行く。










林床は落ち葉で赤く染まっているが、ブナの黄葉や他の木々の紅葉もまだのような感じがした。










緩斜面の原生林を過ぎ広い支尾根に出ると小さな祠とモミ千本の標識。

ここから道の両側にモミの林が続いていく。










モミ林を抜けると足元に笹が目立ち始め、小桧曽山との分岐の手前の笹原に出た。

南東には大きな電波塔で直ぐに同定できる梶ケ森

奥様たちは『石鎚山が見える!』と騒いでいる。そして反対側にはこれも同定しやすい天狗塚と牛の背







笹原から分岐に出ると今度は東側の眺望が広がっていた。広大な笹原と稜線の奥に土佐矢筈山が見える。




まずは小桧曽山に歩いて行く。ここからは先週歩いた一ノ森から槍戸山のように

稜線上に白骨林が点在する道。ただ一旦下って登り返すと直ぐに小桧曽山に着いた。










小桧曽山は山頂と言うよりは小ピークといった感じ。南に目をやると、太平洋と雲の間に

室戸岬の半島が薄く続いているのが確認できた。土佐矢筈山の左に天狗塚、右には綱附森が見える。

三角点は二等三角点そして今日一つ目のYAMAPのポイント。
















ここで行動食を口に入れ、折り返して次の土佐矢筈山へと向かう。

先ほどの分岐から少し登り歩いて行くと、ニセ小桧曽山と呼ばれるピーク。

こちらは1554mほどの標高。先ほどの三角点が1524mなので、果たしてどちらが本物の小桧曽山なのか。

高知側から見るとこのピークが山頂に見えるので、このニセ小桧曾山こそ本物だと言う人もいる。




ニセ小桧曽山からは広い尾根の笹原道が続いていく。今日は天狗塚が随分近くに見える。

するとあっちゃんが『天狗塚まで歩く?』と。奥様、冗談はおやめください。

一旦下って行くと野球のグランド位の広さの笹原。さらに奥にも笹原が続いている。










更に下ると土佐矢筈山の尾根の手前の笹原になる。その尾根の取付きは少し樹林帯になっているが、

後はほとんどが笹。まさに笹・笹・笹の天国!










樹林帯では足元に少し枯れかかったアザミがまだ花を咲かせていた。

その樹林帯を抜け、少し左に巻きながら登って行くと途中にゴリラの木がある。

遠目に見るとオッパイもある様に見えるのでメスゴリラ?その横に並んだメス〇〇。







左に巻いた道から稜線を乗り越えると、いよいよ土佐矢筈山の山頂が見える。

あっちゃんが『あの道が、矢筈峠からの道?』と指さし聞いてくる。

ここまで来る途中、線で繋ぐ山歩きのここから先は次が綱附森になり、

その次が天狗塚ですと説明していた。綱附森は矢筈峠が登山口となり、香川からは結構遠い。

そしてその矢筈峠から土佐矢筈山の往復は2時間程度なので、どうしても中途半端な距離になる。

さてさてどうしたもんかと話をしていたのだ。




矢筈峠への分岐の道標を過ぎると、土佐矢筈山山頂に着いた。

時間は丁度12時。京柱峠から2時間25分。







山頂からは天狗塚や三嶺そして綱附森が見渡せる。










高ノ瀬から石立山そして太平洋へと続く峰々。




お昼ご飯を食べている間、あっちゃんから提案があがった。線で繋ぐには矢筈峠からここまでの

2時間を消化しないといけない。ただ今日このまま矢筈峠を往復するには時間が足りないので、

途中まで降りて引き返すことで、少しは次の消化時間を短縮できるというのだ。

『ん~ん~。奥様なかなかいいアイデアです!』

それではと記念撮影していたらルリちゃんが『リーダーの顔の皺が酷いので後で修正するように』と指示が来た。

あとで確認して見ると、確かに顔中皺だらけだ。ついでにお腹周りも気になる。




写真を撮った後さっそく分岐から矢筈峠へと下って行ってみる。

山頂からの尾根の先を左に回り込み道は続いている。










足元が背の低い笹の急坂を下って行くと、比較的緩やかな樹林帯の道になる。

打合せでは20分ほど下った所で引き返すことになっていたが、樹林帯の中では

次に登って来た時の目印になるようなものがない。丁度、南側が開けて幹が折れた太い木があった。

まだ20分は経過していないが、このまま樹林帯の中を降りて目印となるようなものが無かったら、

矢筈峠まで降りてしまいそうなので、ここを次の折り返し地点として引き返す。











さてここからは予定になかった登り返し。なかなかの急登に息が切れる。







山頂の東側から西側に回り込むと分岐から広がる笹の斜面に不思議な模様が見える。

薄緑の笹原の所々に黄色く円形になった笹。まるでミステリーサークルようだ。

一面でなく所々に点在する円。どうしたらこんな風になるのだろうか?







分岐まで戻ると、後は多少のアップダウンはあるが平坦な道とほぼ下りになる。

ここまで来るとへっぽこリーダーも気持ちが楽になる。










今日は生憎の一日中曇り空。晴れて青空の下なら最高だったけれど、

それでもこの四国随一の笹原はどの季節に来ても何度来ても飽きない。

ここにきて奥様たちがYAMAPのペースを気にしてスピードアップしてきた。

『奥様~!お待ちくだせい・・・・・!』よく見るとこの辺りの笹原にもミステリーサークルが見える。










モミ千本の分岐から右に折れて往路と違う道を下って行く。原生林コースと同じように

割と広めの尾根に迷わないようにテープを見ながら歩いて行く。










原生林コース分岐からは三段の急坂。『こんな急なとこ登って来たんやな~』とルリちゃん。

小桧曽山分岐から京柱峠までのコースタイムは70分。時間は14時10分。

奥様たちは15時までに戻るわよ!と言いながら、更にスピードを上げ下って行った。







70分のところを予定通り50分で降りてきた。峠のベンチに腰掛け登山靴を脱ぎ、

先週と同じように復活したコーヒータイムで雑談。タイムも平均の110~130%

となり奥様たちも満足げな様子。




今月は線で繋ぐ山歩きはお休みして、紅葉狩り月間の予定だったが、

予定を変更した結果、京柱峠から土佐矢筈山とその先少しだけ繋がった。

今週は急に冷え込んできた。歩行中は汗がでて暑いが、稜線に出て風が当たると急に寒くなる。

服装もよく考えないと夏場の様にはいかなくなってきた。

来週は奥様たちのリクエストで御来光の滝を予定。何度行ってもあの最後の

急登が苦手なコースだが。10月最後の紅葉狩りの締めとしては外せない。

奥様たちに付いて行けるかへっぽこリーダーは眠れない日々が続いていく。(笑)
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

山の芸術祭 一ノ森・槍戸山・剣山

2021年10月16日 | 四国の山



先週は西日本最高峰の石鎚山の錦を堪能した。この石鎚山から四国の山の紅葉は

スタートして、日ごとに他の山々に移っていく。

今週はどこのお山にと考えると、当然石鎚山に次ぐ西日本で二番目の高さを誇る

剣山となる。先週の金曜日にKyoさんが歩いたレポートには

既に山頂から山裾に錦の彩りが広がっていた。そりゃそうだ。石鎚山と剣山では30mほどしか

高さは変わらない。紅葉の時期もほぼ同じ。ひょっとしたらもうピークは過ぎているかもしれない。

天気予報はというと水曜日が雨。木曜日は曇りでまだましな様子。幸い木曜日も予定が

入っていなかったので、奥様たちに曜日の変更の連絡をすると、ルリちゃんのお嬢さんも

休みなので一緒に歩きたいと連絡がきた。『もちろん、山ガールの参加は大歓迎です』と即答する。


朝起きると窓の外は曇り空。予報では昼から晴れるらしいが、やはりテンションは上がらない。

集合場所の貞光に向かう途中の脇町辺りから見えた南の山にも重たく雲がのしかかっている。

『これは眺望は望めないな~』『紅葉はやっぱり青空でないと映えないしな~』などと

考えながら車を走らせる。貞光で乗り合わせて国道438号線を南に、一字を過ぎ

第一ヘヤピンに差し掛かるころにガスが出始めた。第七ヘヤピンまで続く道は

高度が上がるごとにどんどんガスが濃くなっていく。そして最後はホワイトアウト状態に。

ガードレールや白線の無い場所ではどこを走っているか分からないくらい最悪の状況になった。

車内でも重たい空気が流れていく。スキー場を過ぎ夫婦池を過ぎると一瞬、雲の間から青空が見えた。

『あっ!』と山ガールマリリンから声が上がる。そして一字から東祖谷への町境の

カーブを曲がると、目の前には雲ひとつない青空と、朝陽を浴びて光り輝く剣山の姿。

車内で悲鳴ともつかない歓声と拍手が沸き上がる。『やったー!、最高!』

狭い車内でなかったら四人ともが座席から立上がって、スタンディングオベーションしてただろう。


第七ヘヤピン辺りでのテンションの低さはどこ吹く風。身支度をしている間中、

ルンルン気分でテンションアゲアゲ!何十回と来た剣山でこれだけ気持ちは高揚したことはなかった。

見ノ越の駐車場のトイレは前回来た時は工事中だったが、きれいなトイレが完成していた。

いつものように劔神社の石段を登ってスタートする。本殿の前で低頭し、宿泊所の横の

注連縄を潜って登山道へと分け入って行く。










通い慣れたこの道も歩く季節で周りの景色は変わっていく。そして今日はいつも見慣れた

前を歩く二人の姿のさらに後ろに、いつもと違うマリリンの姿があって新鮮だ。










西島神社の巨岩を過ぎるといつもの様に雲海荘から広がる山裾が見える。

太陽がその雲海荘の真上から山肌を光らせ逆光になっているが、それでも色付きは確認できる。







西島駅には約40分で到着。リフトからは軽装の登山者と言うよりは観光客の人たちが

次々に降りてきている。ベンチの横からは三嶺がくっきりと見える。

来る途中で我々のテンションを下げた雲は、やはり塔ノ丸の稜線を乗り越えられずにいる。

丸笹山にはその雲が近づいてきているが、まだ雲に隠れず山頂の笹原が見える。










水分補給で一息入れている三人の中で、あっちゃんの顔色が悪い。

道中はゆっくり運転してきたつもりだったが、見ノ越に着く前にスマホを操作していたのが

良くなかったらしい。この西島駅まで歩いてきてもまだ気分が悪いという。

まぁもう少し歩いていたらその内に回復するだろうから、刀掛けの松まで取りあえず登って行く。

西島駅から見えた丸笹山にかかり始めた雲は、東側の木屋平をすっぽり覆っていた。







刀掛けの松からは雲海荘直下の錦繡の山肌が見渡せた。カエデの紅葉だろうか、

オレンジ色の斜面が輝いている。剣山には屋島の合戦に敗れた平家が、

安徳天皇と東祖谷(剣山の西)に落延び、源氏滅亡を祈願し剣山の頂上付近に宝剣を納めた伝説がある。

安徳帝が剣山へ登る途中、この場所で休んでいた時、汗だくで宝剣を持ち続けている従者に気遣い、

松の枝に宝剣を掛けて汗を拭くよう言葉をかけられたという言伝えの残るのが、

この刀掛けの松。我々も同じようにして汗を拭いで一息入れる。










今日はこの刀掛けの松から行場を通ってまずは一ノ森ヒュッテを目指して行く。

自然林の中に続く道には優しい陽が差し込み、道の上の落ち葉を踏みながら歩く。

その内に道は茶色の枯れた落ち葉の道から、石灰岩の白い道になる。そしてさらに苔玉岩の斜面の横を通り

不動の岩屋を過ぎ、巨岩の横を抜けるとおくさりの鎖場に着いた。













以前に雨の降った翌日にこの鎖場を下ったことがある。その時はツルツルの岩肌に

足を滑らせ、しかも途中で一番狭い岩と岩との間でザックが引っかかり、

身動きが取れなくなり、二進も三進も行かなくなり、死ぬかと思った。

そんな話を以前にあっちゃんに話をしたことがあるので、『今日は見学だけです』と

話をしていたのに、少しよそ見をしているうちに、あっちゃんがもう登ろうとしている。

『あら、ほんとうにツルツル!』と言いながら鎖を登って行くが、さすがのあっちゃんでも

少し難しそうな雰囲気で、数メートル登っただけで降りてきた。

すると横にいたマリリンに『滅多にないことだから登ってみたら』と勧めている。

素直なマリリンがザックを置いて登り始めた。女性の靴なら鎖の輪っかに足が

入るので足掛かりができて『登れそう』と言いながら降りてきた。










おくさりで少し遊んだ後、両劔神社へと少し下って行く。

両劔神社は巨大な岩がご神体。その大岩を背に小さな小屋が建っている。







両劔神社からも山の北側を一ノ森へと緩やかな登りの道が続いている。

穴吹川源流の谷で冷たい水に手をつけ、その先のテンニンソウのお花畑は今は枯れた花ばかりだった。

秋から冬への季節が移っているのを少し感じながら歩いて行く。その途中所々で北側の景色が

開けているが、赤帽子山も雲の上に少し頭を覗かせているだけだった。










樹林帯のなかから明るい場所に出ると、一ノ森と剣山との分岐になる。

この分岐には殉職の碑がある。55年ほど前、剣山測候所の職員二人が、

雷による通信ケーブルの途絶の点検に向かう途中、この辺りで表層雪崩にあい

一人が行方不明になった。捜索は延べ1,000人にものぼり、35日目に遺体が

発見された。発見したのは山頂ヒュッテの新居綱男さんだった。そして当時の

気象庁山岳部長の新田次郎が同僚の為に送った「山を愛し気象観測を愛し
 
こよなく妻子を愛せし男ここに眠る」の言葉がこの碑に刻まれている。







この分岐では西側と東側では景色が全く違っていた。西には青空の下次郎笈

明るすぎる陽を浴びて輝いて見える。一方東側はやはり白い雲にすっぽり覆われていた。







丁度一ノ森と剣山の鞍部になるこの分岐から、まずは一ノ森ヒュッテへと登って行く。

車酔いから解放されたあっちゃんが『お腹が空いた、お腹が空いた』と言い始めた。




ヒュッテの前では男性が三人がベンチに腰掛け食事を摂っていた。

我々もベンチに腰を降ろして各々行動食を口にする。

案内にはここでマリリンの調子を見ながら、槍戸山に行くかを決めましょうと書いたが、

さすが若いだけあって心配する事は全くなかった。逆にへっぽこリーダーの方が心配になってきた。










一ノ森ヒュッテから槍戸山へは一旦下って登り返す道。するとお腹も満たして

元気にあっちゃんがYAMAPの平均ペースを気にしてスピードを上げ始めた。

白骨林が見事なこの稜線。写真を撮ったり、動画を撮ったりしている内に

ルリちゃんもマリリンも随分先を歩いている。







今日は南からの風なのか、日奈田峠へと続く稜線を雲が乗り越えられずにいる。

以前WOC登山部できた時は、胸ほどの高さまで笹が生い茂っていたが、

今日は膝くらいまでの高さで随分様子が変わっていた。










まだ青々としたゴヨウマツと、枯れてしまったゴヨウマツの白骨林の間を歩いて行く。







確かに笹の背は低くなっていたが、足元の見えない道の上には石がゴロゴロして

油断すると踏み外して足首を捻りそうになる。小さなピークを一つ越えると槍戸山が見えた。

もうすでに到着しているあっちゃんの姿が小さく見えた。










槍戸山には山名標と四等三角点・槍戸山。そして今日一つ目のYAMAPの山頂ポイントをゲットする。

『もう遅いわね!』といった感じの冷たい視線を送るあっちゃんとマリリン。











集合写真を撮った後は一ノ森への折り返し。するとマリリンがザックからストックを取り出した。

先ほどの笹道の足元が悪かったので用心の為と言っている。『ん、なかなかこの子、歩き慣れてるな!』

するとそのストックの一本をあっちゃんに『貸しましょうか』と言って手渡した。

今日は珍しくへっぽこリーダーはストックを持ってきていない。剣山は歩き慣れているのでと

思ってなめていた。すぐに先週の石鎚山の東稜コースでの転倒が頭に浮かんだ。

さすがに『私に貸してください』とは言えず、靴で足元の笹を払いながら注意深く歩いて行く。








途中の白骨林は太く大きく低い位置から枝が広がり、枯れていても堂々としている。

マリリンが魔女の森に迷い込み、魔女の手下の木々に囲まれているように見える。

反対に細い白骨林も青空の下、凛としてまっすぐ立っている。










当初、今日の計画は、次郎笈の南東にある『鬼人の岩屋』を探しに行こうと思っていたが、

予定を変更したので、その岩屋の岩が見えないかカメラをズームで撮ってみるが皆目見当がつかない。

次回の課題と楽しみにしておこう。







一ノ森への登り返し。相変わらず三人とも元気だ。静かな尾根道に鳥の鳴く声と

情けないへっぽこリーダーの喘ぎ声だけが聞こえるだけ。







一ノ森の三角点は三等三角点。その三角点からヒュッテを横目に見下ろしながら歩いて行くと

一ノ森山頂。そして二つ目のYAMAPの山頂ポイント。










槍戸山から一ノ森そして剣山の西から南にかけては国有林として買い取られ、

鑓戸シコクシラベ林木遺伝資源保護林に指定され、シコクシラベの純林が

見ることができる貴重な林が続いている。







石灰岩の大岩が現れ足元のゴロゴロとした岩を登って行くと二ノ森。

この場所は山頂らしくなく、道標に書かれた消えかけた二ノ森の文字を見逃すと

気づかずにそのまま通り過ぎてしまいそうになる。










二ノ森から剣山までも笹尾根に登山道が続いていく。6月にコリトリから登って来た時は

霧の中で一切周りは見えなかったが、今日は気持ちのいい稜線歩きができる。
















剣山山頂の東のテラスへの階段は段差があっていつもしんどい思いをする。

奥様たちも同じなのか階段の脇の笹の中を登っていっている。







東のテラスでは大勢の人が思い思いに寛いでいた。テラスの北側を覗き込んだ三人から

『わ~すごい!』と歓声が上がった。歩み寄って見るとテラスの向こうには

紺碧の空の下、真っ白な雲の大海原が広がっていた。時間はもうすでに13時。お昼を過ぎて

ここまでの雲海を見られるのは珍しい。曜日を変更したり、コースを変更したりはしたが

思いもしなかった大雲海に、へっぽこリーダーの予想しなかった株価の上昇に思わずにんまり!










テラスでの雲海を満喫した後は、山頂ヒュッテでお昼ご飯。少し気温が下がってきたこの季節には、

温かい出汁を飲みたくなる。へっぽこリーダーはうどん+きつねを頂く。

うどんの出汁の塩分ときつねの甘く染み出る汁を美味しくいただく。













女性陣が会話を楽しみながら食事をしている間、へっぽこリーダーはさっさとうどんをたいらげ、

外に出てトイレの手前のベンチに腰掛け一服タイム。

先週の轍を踏まないように新しいライターを持ってきてタバコに火をつけようとするが、

一向に火がつかない。何度やってもダメなので諦めかけていたら、男性がやってきて

おもむろにタバコに火をつけた。しめしめと思いながら『すみません、火をお借りできませんか?』。

先週の石鎚山では女性の天使が舞い降りてきたが、ここ剣山では髭を蓄えた天使がやって来た。

お腹を満たした後は山頂の北側のテラスでコーヒータイムを取ろうとヒュッテを出る。

食事を終えた後のヒュッテ横の階段が、全く足が上がらない。他の三人も同様の様だ。







北のテラスまで歩幅が合わず歩きづらい木道を歩いて行くと、塔ノ丸の稜線を

雲が流れて乗り越えようとしていた。もう少し動きが早かったら滝雲に見える。

雲の高さは一定なのか、丸笹山の頭だけは隠れずにいた。










北のテラスでも絶景が待っていた。ザックを降ろして、あっちゃんが持ってきた

IRIBITOさんのお店のコーヒーを、今日はマリリンが淹れてくれている。













同じ場所にいても刻々と周りの山の表情は変わって行く。今日最後の記念撮影。
















北のテラスでものんびりした後は、今日は三人が歩いた事のない山頂から

『二度見展望所』のコースを下って行く。次郎笈は雲の影になってうす暗い色になっている。

紅葉も昨年に比べると色付きが少し薄いような気がする。













途中にある展望岩に三人を誘導する。岩の上に登ると大劔神社のお塔石への色付いた山肌が見えた。

ここから見下ろすお塔石は、少しぽっちゃりした馬が走っているように見える。

反対を見ると次郎笈への稜線の紅葉。色付きが少し悪いとはいえ見応えがある。







ここでは当然、あっちゃんのポーズ。




二度見展望所まで降りて今度は山の北側を歩いて行く。お塔石への斜面はカエデのオレンジと

笹の薄緑の斜面、そして白骨林とのコントラストが何とも言えない美しさだ。











御神水までの道は行場コースの落ち葉と違って、色付いたままの赤やオレンジ色の落ち葉が積もつている。

女性陣がレッドカーペットの上を優雅に歩いて行く女優たちに見える。







前を見ても振り返っても錦繍の山肌。若いころに宮本輝の小説を好んで読んだ時期がある。

その小説『錦繍』の中で蔵王のゴンドラで再開した二人が見た山肌に思いをはせた。










御神水からひと登りして大劔神社にお参りをした後、大剣道を下って行く。







樹林帯の中から明るい場所に飛び出すと西島駅に着いた。もう人影も疎らだ。

ここから西島神社の巨岩の手前を、これも三人が歩いた事のない遊歩道へと進んで行く。

見上げた空と今日最後の山肌の彩りが名残惜しい。










遊歩道コースはいつもあまり人と会う事のない、お気に入りの静かなダケカンバの森の道。













そして朝に通った行場コースと共に、吉野川へと流れ込む祖谷川の源流のある道。

あっちゃんが手を付け『冷たいわよ~』と。この小さな水の流れが、あの険しい祖谷渓谷や

悠々と流れる吉野川へと繋がっていると思うと、何だか愛しささえ感じる。




見ノ越の近くまで降りてくると周りは山霧に包まれ始め、幽玄な雰囲気さえ漂ってきた。










最後に劔神社に一礼し、石段を下って行くと見ノ越の駐車場では車も疎らになっていた。







世界的に紅葉の色は3種類と言われるが、日本は27種の錦織りなす紅葉があるという。

今日は果たして何色の彩りを見ることができたのだろう。夏を過ぎ少し薄くなった笹原の緑の稜線。

そして白骨林とどこまでも広く遠く広がる雲海の白。山の芸術を思う存分堪能した一日だった。

『また良かったら一緒に歩こうね』とあっちゃんがマリリンに声をかけて車に乗り込んだ。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

WOC登山部2021.10.06 石鎚山

2021年10月08日 | 四国の山


随分と長引いているギックリ腰も少しづつ改善が見られ、

しばらくお休みにしていた『線で繋ぐ石鎚山~剣山』も再開の目途がたってきた。

しかし月日は流れ早や10月となり、10月と言えばやはり石鎚山の紅葉から、

お山の紅葉狩りがスタートする。四国の山歩きをしているものとしては石鎚詣では

欠かすことのできない恒例行事となる。『次に線で繋ぐで予定している東光森山の急登に

決して腰が引けているわけではないです!』と奥様たちには言い訳をして、予定を変更していざ石鎚山へ!

と言う事で奥様たちに連絡していると、WOC登山部の第二班も石鎚山に登るという

情報が入った。第二班のリーダーと連絡を取り合い、土小屋で待ち合わせをすることに・・・。


途中の寒風茶屋の駐車場にもそこそこ車が停まっていた。更に瓶ヶ森林道を入って行くと

スカイブルーとスカイライン。車を停めて三人で見入る。




瓶ケ森の山肌も結構色づいている。これだと石鎚山の紅葉も期待できるはずだ。

瓶ケ森まで来ると急にお腹が痛み始めた。道路脇のトイレに駆け込もうと車を停めると

『またトイレ!毎回ここで用を済ますね!』と前回もここで用を済ませた私を奥様たちが冷やかす。







瓶ケ森展望所からは正面に石鎚山。遠目に見ても色づいているのが判る。

それにしても雲一つない青空が広がっている。『ね!今日は石鎚山にして正解でしょ!』と

奥様たちに言うと『ハ~イ、大正解』と返ってきた。ここの所へっぽこリーダーになってしまって

いたが、少しは株価が上がってきたかな?







予想通り土小屋の駐車場はほぼ満車。石鎚山スカイラインを少し下った未舗装の路肩が

広がった場所に停められたが、次から次と車が停め始める。慌ててまだ到着していない

第二班の場所を確保していると、ほどなくやまさんが運転する車が到着した。

WOC登山部のメンバーと会うのはほぼ半年ぶり。『線で繋ぐ山歩き』を始めてからは

ほとんど登山部の山行には参加できていない。軽く挨拶をしながら身支度をしてスタートする。

前を歩くコアラさんとは1年以上ぶりくらい。以前はこの大きい背中を見ながら

歩いていたのが懐かしい。今日は杉さんとやま奥さんも参加して総勢7名となった。




土小屋からしばらくウラジロモリの林の中を進んでい行く。あっちゃん

コアラさんとは久しぶりで、話が弾んでいる。木々の間から瓶ケ森の氷見二千石

広大な笹原が見えた。以前WOC登山部で歩いた時、時々見えるこの瓶ケ森を見て、何度も

『あの山はなんていう山?』と聞いてきたあっちゃんだったが、今はそんな愚門をする事はない。

やはり『線で繋ぐ山歩き』でこの界隈を何度も歩いた成果は出ているようだ。













鶴ノ子ノ頭の尾根の北側をトラバースするようにして道は続いている。

鶴ノ子ノ頭と次の小ピークとの鞍部に出ると第一ベンチ。ここからは尾根の南側の道になり、

石鎚山が顔を覗かせ始める。『おっ、南尖峰だ!』
















土小屋からここまでの間、何人もの人を抜いて歩いてきたが、既に下ってくる

大勢の人ともすれ違う。ほとんどの人が大きな一眼レフを抱えて御来光目当ての人たちだ。

その内の一人の年配の方に声を掛けると、『御来光は良かったけど、雲海が見られなかったのが

残念。でも紅葉は最高ですよ』と言ってくれた。その年配の方の言う通り、

無骨な岩峰から裾野へと広がり色付いた南尖峰がどんどん近づいてくる。











1677mの小ピークを過ぎ、尾根に沿って続く階段状の登山道には

隊列をなして歩いて行く人たちが見える。駐車場も満車、登って行く人たちの数も

相当なもの。今日の弥山は恐らく密な状態だろうなと思いながら登って行く。










東稜基部の第三ベンチの手前で、立ち止まっている女性に声を掛けられた。

近眼の私には近づくまで顔がぼやけて見えない。するとその女性が『リップです!』と

挨拶をしてくれた。エントツ山さんの掲示板でお馴染みのリップさん!

初めてお会いしたのはもう16年も前、石立山に登った時の別府峡でのテント泊の時。

それ以来、何度か山でお会いしているリップさん、『今日はのんびりと歩きます。清掃活動は無しで!』と。

第三ベンチは休憩している人たちで空席が無い。ここで一服しようと企んでいたが、

大勢の人前では気が引ける。その内にルリちゃんが追い付いてきたので一服は諦めた。

南尖峰からの支尾根の一つが東稜コースとなっている。今日は下りで歩く予定なので

そのまま登山道を東稜から天狗岳の足元を巻くようにして進んで行く。

ここから奥様たちが揃って前を歩くいつもの様子になってきた。写真を撮ったり、

動画を撮ったりしているとあっという間に二人の姿は見えなくなった。










それでも何度も立ち止まらずにはいられない。見上げては感嘆しカメラを取り出す。

白い岩肌に覆いかぶさるようにして広がる錦秋。同じようにして写真を撮る人の姿が

途中のあちらこちらで見られた。この山頂から日覆うごとに裾野へと紅葉が降りていき

そして四国の山の紅葉が次々と感染するようにして始まっていく。
















登山道が成就社へと続く支尾根との分岐まで来ると、二之鎖の基部の公衆トイレ。

ここでも既に大勢の人が休んでいた。成就社(中宮)からは試しの鎖(この鎖が登れれば、

一~三之鎖は登れると云われている)、一之鎖、そしてここから二之鎖、三之鎖を経て

奥宮の頂上社とたどり着く事が出来る。

そもそも鎖の行場は険しい岩場にかかる鎖にすがる時に、邪心を捨て、

無我の境地を体験する修行の場。邪心のない私とルリちゃんはそのまま登山道へ。

邪心を捨てなければならないあっちゃんは鎖場へと登って行く。(笑)







というのは冗談で。ここから弥山にかけての紅葉も見逃せないのが本音のところ。

帰りは東稜コースを降りるので、ぜひ写真にとっておきたいと思ったからだ。










前半に奥様たちにつられてスピードを上げたせいか、ここからのお上りさんの階段が

一番足が重く感じられた。それでも期待通り周りに色付きは最高潮。

モミジやカエデのオレンジや赤の山肌にピンクの色のルリちゃんのシャツが映える。
















九十九折れの道は折り返すたびに、景色が変わって行く。天狗岳の北壁はいつものように

逆光になってしまうので、目にしている感動ほどはあまりきれいに映らない。










弥山山頂が目の前まで来ると今度は西の冠岳に続く稜線が目に飛び込んでくる。

そして振り返ると成就社へと続く道と瓶ケ森!











山頂はやはり大勢の人で賑わっていた。それでも最ピークの時は周りに座る場所が無く、

真ん中にも座り込んでいる人の姿が見られるが、今日はそこまでではないようだ。

弥山の端から見える天狗岳は予想通り最高潮を迎えようとしていた。

















今日は朝方風が意外と強かったせいか空気が澄んで、天狗岳だけでなく

周りに見える景色の全てが綺麗に見渡せる。西ノ冠岳の奥には松山の市街。

瓶ケ森からは今まで『線で繋ぐ山歩きで』繋いできた稜線と、手前から奥へと

濃淡をつけて峰々が続いている。







大勢の人で賑わう奥宮頂上社の前を避け、山頂小屋の前で腰掛ていると

鎖場を登って来たあっちゃんがしばらくして到着した。

少し早いが後から来るWOC登山部のメンバーを待つ間、先にお昼ご飯にする。

今日は久しぶりにカップ麺を持ってきた。しかもカレー味。気温が下がり始めたこの時期には

やはり温かい食べ物が喉に染みていく。そのカップ麺を食べ終えると今度はコアラさんが到着した。

空腹を満たした後はやっぱり一服タイム!と思って山小屋の陰でライターで火をつけようとしたが

火がつかない。仕方がないので三人のいる場所まで戻ると、コアラさんが味噌汁のお湯を沸かそうと

山さんに借りたガスバーナーを取り出し始めた。その山さんは東稜基部の辺りで不整脈がでて

調子が悪くなり引き返したという。それで山頂でお湯を沸かすならと言う事で、コアラさんに

ガスバーナーを託したそうだ。するとコアラさんが『これどうやって組み立てるん?』と聞いてきた

ので、手渡してもらってゴトクとカートリッジを組み立てているとあっちゃんが、

『KAZASHIさん、火ができて良かったね、タバコが吸えるわよ!』と言って、

コアラさんにライターの火がつかないのを説明すると、『それなら味噌汁飲むのをやめようか』なんて

意地悪を言ってきた。『ほんと意地の悪い人やな~』と言いながら、組み立てた後空かさず着火して

タバコに火をつけた後、バーナーの火を止めてコアラさんに戻して、足早に人のいない山小屋の脇へ。




ひとしきり煙を燻らせ戻ってくると、コアラさんが何度やっても着火できないと文句を言っている。

貸してくださいと言って私も何回か点火装置を押してみても火がつかない。

『残念です!意地悪言うからですよ~』とバーナーを返すと、『なんで火を消したん!』と怒っている。

『なんて意地の悪い事をするん!』と言いながら困っていると、横にいた女性が小物入れから

ライターを手渡してくれた。まさに弥山の上から天使が降りてきた!そのライターで無事に着火でき

事なきを得、お湯を沸かせたコアラさんの機嫌も直った(笑)


その後、杉さんも山奥さんも到着してしばしの雑談。ただ、かれこれこの山頂で1時間以上いるので

早々に集合写真を撮ろうとしていると、東稜から登って来たはらちゃんの姿が。

結局、途中で一人山さんがリタイヤしたが、一人増えて変わらず7名で『ハイ、ポーズ!』




山頂でWOC登山部のメンバーと別れて、奥様たちと天狗岳向かう。

すると山頂直下の鎖で男女の二人のうちの女性が怖がって手間取っている。

この鎖で怖がっているようでは天狗まで大丈夫かな?と思いながら待っていると、

鎖の下では天狗から戻ってきた人が並び始め待っている。

一つ目の鎖を何とか降りたその女性は二つ目の鎖でも同じように時間がかかっている。

そして弥山からもどんどん人が降りてくる。







何とか降り終えた女性とその前を歩く男性。この先々もちょっとした岩場で戸惑う女性。

それなのに道を譲ろうとしない男性。前からも後ろからも人がどんどん詰まってくる。

仕方がないので途中から北壁の端を歩いて追い抜いて歩いて行が、今度は離合のため前から下りて来る人待ち。













すると離合待ちしている横を通ってまた二人が先に行き始めた。何とも迷惑な話だ。

天狗岳の手前の岩でも足がかりが判らず登れない女性。前の男性は指示はするけど

女性は怖がってばかりでどうしようもない。そのうちにしびれを効かしたあっちゃんが

『右の脚をそこに、左の足をあちらに・・・・そうそう上手ね~!』と足掛かりを教えてあげると、

『私、褒められると伸びるタイプなんです!』とその女性。何ともはや・・・・・・!











天狗岳までに何とかその二人をやり過ごし、西日本最高峰で記念撮影。

















天狗岳から南尖峰までは行き交う人も少なくなったが、山頂での大休憩とここまでの混雑、

人の迷惑を顧みない二人のお陰で、予定していた時間を随分と過ぎてしまい、

墓場尾根へはあっちゃんには諦めてもらって、今日は遠目で眺めるだけ。







さ~それでは東稜へと降りて行きますか!南尖峰からは歩いてきた土小屋までの稜線が見える。

岩の上に立つ一本の白骨林が東稜への取付きの目印。







その白骨林の下にもう一本の白骨林があり、その木に持ってきたロープを架けて降りて行く。

以前に比べて足がかりの岩が少なくなったこの岩壁も、ロープがあれば何とか二人も降りられる。

ここに来るまでに『今日はちゃんとロープを持ってきてます。』二人に話をすると

『さすがリーダーでございますわ!』と。またひとつへっぽこリーダーの株が上がった!










本日の最難関をクリアした後、次はカニの横這いへと降りて行く。

見下ろすと横ばいの上部の色付きもなかなか見ごたえがある。







所々とちょっとした岩場があるが、少しは手間取っても問題なく降りて行く奥様たち。

カニの横ばいもルリちゃんもノープロブレム!











この辺りから見上げる南尖峰の岩峰は、柱状節理の独特な形をしている。

ゴツゴツとした岩肌の間に赤やオレンジ、緑の花が咲いているように見える。

目線を斜め下に移すと墓場尾根がちょこんと顔を覗かせていた。










カニの横バイからしばらくは痩せ尾根を下って行く。ここからは岩黒山がけっこうトンガリ山に見える。







痩せ尾根から左に折れて少し下って行くと笹滝(エントツ山さん命名)。矢筈岩と反対の岩峰の間の笹が

下から見上げると滝の流れのように見える。その笹滝を両手で笹を掴みながら下って行くのだが、

足元は所々で結構な段差がある。その二つの岩峰の間に差し掛かるころ、足を踏み出した途端に足元の岩が

ぐらついて一瞬体が宙に浮いて前に一回転した。『しまった!』と思ったが遅かりし、

気が付くとあっちゃんの足元に転がり、あっちゃんが腰を屈めて両手で笹を持ち踏ん張っている。

『助かった~!』と思ったら、『とって、とって』とあっちゃんが下にいるルリちゃんに叫んでいる。

最初は何を言っているのか判らなかったが、どうやらルリちゃんに写真を撮れと言っている。

笹の傾斜でしばらく起き上がれない私を心配するどころか・・・・・何という事だ!

しかし飛び落ちた下に岩がなかったのが幸いだった。ここでは今回せっかく上がったきた株価が下がった。







何とか立上り、あっちゃんにお礼を言うとやっと『大丈夫?』と声を掛けてくれた。

その後は足先で足元の笹を払いながら慎重に降りて行く。

笹滝を何とか下った後もさらに笹の生い茂る道が続いていく。

<





そして最後に南尖峰に別れを告げて支尾根から樹林帯の中へ。










踏み跡を辿りながら下って行くと下の方から人の話す声が聞こえてきた。

暫くすると第三ベンチに飛び出した。第三ベンチではおや?WOC登山部のメンバーの姿が。

他にもベンチに腰かけているリップさんの姿も見える。少し擦りむいた左腕を気にしながら、

メンバーやリップさんと話をしながらしばしの休憩。




いつまでもメンバーと話し込む奥様たちを制して、『ハイ、もうスタートしますよ!』と

声を掛けると、奥様たちが今度はYAMAPのコースタイムを気にし始めた。

『15時までには下りるわよ!』と二人で話をして猛ダッシュして前を歩いて行く。

あっという間に見えなくなった二人を他所に、写真を撮りながら独り歩いて行く。

山頂ではあれだけ晴れていた空にはガスがかかり始めた。











そうこうしているうちに南尖峰はガスに隠れた。弥山から降りてきた人達の列が道を塞ぐ。

何度も声を掛け追い越させてもらいながら土小屋に着くと、第三ベンチから一人で戻り、

車の中でお弁当を食べたという山さんが待っていた。











後続のメンバーはまだ時間がかかりそうなので、山さんと別れて先に車に乗り込む。

瓶ケ森林道をゆっくりと走っていると、そんなに時間差が無かったのか、

WOC登山部メンバーの車が追い付いてきた。途中で石鎚山や瓶ケ森、

そしてUFOラインの稜線を車を停めては眺めながら寒風茶屋へ。











せっかくなので寒風茶屋でWOC登山部恒例のコーヒータイムをとることに。

コアラさんは相変わらず女性陣に減らず口。それを聞きながら山さんと私でいじるという

今までもよくある情景が見られて、なんだか懐かしく楽しい時間。










平日にも関わらず予想通りに大勢の人で賑わっていた石鎚山。この山からどんどんと四国の山が

色付いて行く秋。さてさて来週はどののお山に紅葉を狩りに出かけようかな?
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

里山に遊ぶ 世田山・笠松山・永納山・医王山

2021年09月30日 | 四国の山
仕事柄ほぼ一日中椅子に座っていると、夕方になると調子が良くなっていた腰が

また元に戻ってしまう状態が続いていた。そして天気予報をみると山間部の

降水確率が結構高い。本来なら『線で繋ぐ山歩き』の東光森山が次の予定なのだが、

いまひとつ自信がないので、奥様たちには『もう一週だけ里山歩きにしてもらえませんか?』

と話をしていた。ならばどこの里山を歩くか色々考えたが、県内の里山で思いつく

山が出てこない。それならもう少し涼しくなって歩こうと考えていた、

今治市の世田山と笠松山はいかがでしょうか?と提案してみた。

以前にエントツ山さんの掲示板に上がっていて記憶にあった山で、最近は

WOC登山部の新幹線チーム?が歩いていたので、年内には歩いてみたいと思っていた山だ。

すると奥様から『近くにもう二座あるので、四座登りたい!』『今治までいくなら、美味しい

魚を食べたい!』とリクエストが来た。世田山と笠松山なら3時間もかからないが

残りの永納山と医王山を廻るとなると+1時間30分はかかる。

それなのに奥様からは『早起きはしたくない』というようなニュアンスのメッセージが

含まれていた。『3つの条件をクリアするのは難しいので、四座を諦めるかランチを諦める?か

それとも早起きをするかにしてください』と返信すると、どれも諦められないと、

何とも無理難題な答えが返って来た。

結局、少し早めの集合時間で出かけることに落ち着き、一路高速を今治へ目指した。

西条市と今治市の境にある厄除けで有名な世田薬師の駐車場に車を停めてスタート。







まずは大師堂にお参りしてお堂の右手から本堂(奥の院)へと歩いて行く。







公園のような場所から本堂への道は山道になる。入り口には春とこの時期にも花をつける十月桜が

綺麗に花を咲かせていた。あっちゃんは初めて見るらしく珍しがっている。










途中に案内板があると思いきや、グレーチングを盗んで帰る泥棒に怒りのメッセージが

書かれた立て札だった。確かに参道にあるものを盗むなんて絶対バチが当たるだろう!




山道は最初は竹林の中に続いていて、その竹林が終わると九十九折れの階段状の道になる。







道の脇には丁石のお地蔵さんが等間隔で立っている。途中の谷間の奥に大きな不動明王が見えた。

この摩崖仏は地元の90歳近くになるおじいちゃんが、毎日通って独りでコツコツと彫っている石仏だそうだ。

ある時この岩盤に現れた不動様を観て、それ以来一心に槌を振るって刻んでいるという、

何ともその情熱と信心の深さに感服する。










ここからは丁石とともに様々な石仏が並んでいた。










本堂手前の石段はあっちゃんが数えてみると丁度108段あったが、なかなか急なキツイ石段。

その石段を登りきると本堂の目の前には腹こわり石。昔からこの石に触ると

お腹をこわすという、何とも不思議な石で。ルリちゃんにも『触ったらいかんよ!』と声を掛ける。

YAMAPの活動日記に誰かが書いていたのをチラ見しただけだったが、知らずに触っていたら

普段からお腹の緩いへっぽこリーダーは、この後山の中でどうなっていたことやら。







奥の院は以前に本堂のあった場所。やはりここまでお参りする人は少ないようで、

お堂の扉も閉まっていて山中にひっそりと佇んでいた。本堂の脇には大館氏と十七勇士の墓がある。










道は杉林とシダの中を続いていく。世田山山頂は笠松山と共に山城の跡。

南北朝時代にこの山城で、先ほどの大舘氏が籠り壮絶な戦いが繰り広げられた場所。

『世田山城が落ちると伊予の国は亡ぶ』といわれるほどの最重要軍事の拠点だった世田山城跡には

今は大きな東屋の休憩所が建てられている。山頂は木々に囲まれていたが、

北側が少しだけ開けて今治市に続く田園風景が見下ろせた。













世田山からは風化した花崗岩の尾根道が続いている。山頂から一旦階段を下り小さなピークに向かう。

途中で北には瀬戸内海に浮かぶ小島、南には朝倉の田園風景が広がっていて、

稲刈り前の緑が続く景色を眺めながら歩いて行く。














小ピークを過ぎ少し下ると道の脇に小さな光明岩の札があり、ここから

右手にとって下って行く。意外と急な坂を下って行く途中で独りの女性とすれ違う。

登山者にしてはザックを置いたままで佇んでいた。よく見ると手には鎌を持っている。

どうやら登山道の脇の草木を刈っているようだ。里山ではボランティアで整備している人は多いが、

女性が独りでというのは珍しい。先ほどの石仏を彫るおじいちゃんといい、この女性といい、

誰に言われるわけでもなくコツコツと作業をする人の姿に、ただただ頭が下がる思いだ。

光明岩は木々が途切れ、目の前に景色が広がった尾根の先に直立していた。













まずはあっちゃんに『ありがたい岩やから登ったらいかんよ!』とくぎを刺して近づいて行く。

光明岩の名前の由来は分からないが、岩には『光明真言一百萬遍』と刻まれていた。







そして足元には額縁に入れたメッセージが書かれていた。

消えかかった文字の最後には『ゆっくりでいいから登って来れる自分をほめてあげましょう!』と

書かれてあった。『ほら!山はマイペースでいいからと書いているでしょう』とあっちゃんに言うと、

『いえ、YAMAPの平均ペース以上と書いていますよ!』と。ヤレヤレ・・・・・。




光明岩は横から見るとモアイ像のように見える。岩の横からの景色も抜群だ!







光明岩から下って来た道を登り返すと、先ほどの女性が作業を続けていた。

『ご苦労様です!』と声をかけて尾根道へと戻って行く。尾根道からはまた階段を下り、

そして登り返す道となる。このコースの上り下りはほぼ階段なので、けっこう疲れる。

更には気温が上がってきて、吹き出す汗が半端ない。







327m三角点辺りからはほぼ平らな道。脇の木々も背が低く見晴らしの良い道が続いていく。

するといつもの様に奥様たちの世間話が始まった。後ろから聞き耳をたててついて行くと

何やら医療保険や生命保険という言葉が飛び交っている。生命保険の死亡保険の内容になると

当然、本人ではなくご主人の話。その立場にあるものとしては何とも物騒な話だ!(笑)




しばらくすると笠松山に着いた。山頂らしき場所には小さな観音堂があった。

観音堂の周りでは山城の跡らしく眼下が一望できる。霞んではいるがしまなみ海道の橋まで眺められる。

休憩していると次から次と登ってくる人たちがいる。香川の里山のように地元の人たちの

手軽で身近な里山歩きの憩いの山となっているようだ。













観音堂の前で15分ほど休憩した後、元来た道を引き返していく。

往路と同じく瀬戸の海と田園風景が広がる尾根道。大勢の人が歩いているのも肯ける風光明媚ないい山だ。










途中の鞍部からは北側の野々瀬登山口への道が続いている。相変わらずアップダウンは階段の道。










そしてピークではまた見晴らしの良い道。少し残念なのは雲がかかっていなければ見えただろう

石鎚山が見えなかった事だけだ。







最後の階段を登ると世田山まで戻って来た。世田山から少し下った先に右に続く道があった。

寄り道して見ると大岩の脇を抜け、その先が岩壁の頂部の見晴らし台になっていた。

西条市から新居浜市の海岸線が一望できる。この世田山城が重要な拠点だったのも肯ける。







城主になった気分を味わった後は世田薬師へと下って行く。杉林を抜け、世田薬師の奥の院の

石段を下ると、不動明王像の場所で朝は姿が見えなかったおじいさんが登山者と話をしていた。










するとまた二人の朝ドラの話題が始まった。どうやら今回はその結末を二人で予想して、

あ~でもない、こ~でもないと話をしている。恐らく今後も山に登る度にこの話は聞かされ続けるのだろうな~!




世田薬師の駐車場まで戻り、道の反対側から永納山へと林道を歩いて行く。

その途中で来週には歩けるだろう東光森山の話になり、ルリちゃんと集合場所と

集合時間の打合せをしていると、今までニコニコ顔で歩いていたあっちゃんの顔が急に曇った。

どうやら大田尾越えに7時30分に集合というのが、本人にとってはどんな険しい山を登るより

厳しい条件の様だ。するとルリちゃんが『あんた、仕事をしていた時何時に職場についていたん?』

と聞くと、ほぼ就業時間のギリギリだったと答えるあっちゃん。寝坊なのは今に始まった事ではなく

昔からの様だ。更にルリちゃんが『低血圧なん?』と聞くと、『ん、ん。100位!』とあっちゃん。

『それを低血圧と言うんじゃわ!』と二人で大笑いする。







西側登山口となる場所には古代の永納山城跡の説明板がある。

善人杖の置かれた場所から山の中へと入って行くと直ぐに尾根に出た。










緩やかで広々とした尾根を東に歩いて行くと最初のピーク。ここからは燧灘が見下ろせる。

そのピークからはこの辺りの山の特徴らしい、風化した花崗岩の尾根道。

道の先には今日三座目となる永納山が見える。






途中には周りの木々が伐採され、外郭の整備工事がなされていた。

古代山城は四国では3ヶ所(内香川が2ヶ所)しか発見されていなくて

愛媛県ではこの永納山城のみだそうだ。







工事の内容を記した説明板から最後の坂を登って行くと、最初に見晴らし台のような場所に着いた。










見晴らし台から更に登って行くと露岩が現れ始め、滑りやすい乾いた花崗土の坂を登ると永納山に着いた。










山頂には地形図には載っていない真新しい補助三角点があり、周りの眺望もバツグンだ。

最後にこれから登る医王山も直ぐ近くに見える。













山頂から一旦下り、伐採され明るくなった尾根に丸太のベンチが置かれている場所を通り、

回り込むようにして更に下って行くと、高速道路の側道の脇の東側登山口に出た。










高速道路の側道を歩き、一旦その高速道路の下を潜って国道に出た後、鉄道と交わる辺りから

今度は南に向かって県道を歩くと西条市の標識があり、ここから医王山へと取り付いた。

取付きは不明だったが直ぐ上に見える支尾根へとグイッと登ると踏み跡があった。










この道は直ぐにシダの海へと突入していく。シダ自体は大した藪にもなっていなくて

足元はしっかりしているのだが、ただとにかく蜘蛛の巣が酷い。数歩歩いては立ち止まり、

ストックでその蜘蛛の巣を払いながらになるので、なかなか前に進まない。







何とか蜘蛛の巣地獄をやり過ごすと目の前に岩壁が迫っていた。遠目で見るとかなりの岩壁だが、

こちらから登ると傾斜はそれほどでもなく、一旦ザックを置いて登って行く。

もちろんこんな場所はあっちゃんが特攻隊長となる。







両手両足を登って行くと岩壁の頂部に着いた。後ろから来るルリちゃんが心配だったが

意外と平気で登ってきている。この山頂にも三角点の様な石柱があった。

岩塊の頂部だけあって高度はないものの、360度見渡せる眺望が広がっていた。

先ほど登った世田山や燧灘。そして車を停めた世田薬師を見下ろせた。













ここで今日のミッションのひとつの四座をクリア。奥様たちも満足気だ。







さぁ~ではでは次のミッションが待っているので、岩肌を落ちないように慎重に下り、

取り払って蜘蛛の巣がなくなったシダの道をあっという間に下って県道に着いた。










県道を世田薬師へと戻って行く途中、振り返って見えた医王山はなかなかの山容をしていた。

四座を歩き終えて安堵していると、やはり急にお腹が空いて来た。駐車場で靴を履き替え、

次のミッションの『魚の美味しい店』へと車を走らせる。




と言っても駐車場でgoogle mapで調べて、三人であ~だ、こうだと言いながらチョイスした

『魚河岸ごはん 矢野鮮魚店』は、よくある一品のおかずのご飯屋。ごはん屋といっても

鮮魚店のお店だけあって、おかずには新鮮な刺身の一品も並んでいた。







奥様たちは海鮮丼。小食の私は海鮮巻きずしと刺身。海鮮丼を待つ間にノンアルビールで乾杯する二人。

海鮮丼はルリちゃんはミニ丼。あっちゃんは普通を頼んだが、やはりけっこうなボリュームだ。

後で写真を見ると、ごちそうを前に笑うルリちゃんの顔が、北の国からの純君に見えた。(笑)










二つ目のミッションをクリアしたのだが、このミッション遂行のせいで時間が無く歩けなかった

笠松山のガメラ岩を最後に目指すことにする。

朝倉地区の集落の中を車で移動し登山口となる場所に車を停めて軽装で取り付いて行く。

ガメラ岩までは直ぐ近くなのでと思っていたが、急な場所もありロープを使って登って行くと

こんもりとした丘の上にガメラ岩が見えた。










YAMAPで笠松山を探すと、大体の人がこのガメラ岩を訪れているので、

せっかくここまで来たら外せない場所だ。地元ではおんびき岩(カエル岩)と呼ばれてる大岩は、

YAMAPでは皆さんガメラ岩と呼んでいる。確かに亀が口を開けているように見える。

今日は時間も早いのでこのガメラ岩でじゃれて遊んでみる。







ガメラに食べられそうなあっちゃん



ガメラの背に乗るあっちゃん



ガメラに登って見ようとするが、ガメラの頭は平ではなく薄く尖っていて、

ここまで登るのが精いっぱいの私。振り返ると笠松山と山頂へと続く道が見える。

午前中と比べると青空が広がり、来島海峡大橋もくっきりと見え始めた。













ひと時ふざけてガメラ岩を後にする。世田山、笠松山はこの地の歴史的にも貴重な山で、

登山道も良く整備され、尾根の縦走路は見晴らしも良く、地元の人たちにも愛されているのが

よく判る予想以上にいい里山だった。奥様たちにも満足いただけた一日となった。










さぁ来週はいよいよ急登で有名な東光森山になる。ここのところ里山歩きばかりで体力が

落ちているのが心配だというルリちゃん。それは未だ腰の状態が良くない私も同様だが、

それ以上に早起きが心配で仕方がないというあっちゃん。さてさてどうなる事やら、

後はお天気のローテーション次第、神のみが知る事となる。  
 

今日の3Dトラックです。
コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

里山に遊ぶ 貴峰山~ハゲ山

2021年09月23日 | 香川の里山

プロ野球だとローテーション入りは喜ばしい事だが、ここのところの水曜日が

雨のローテーションとなっているのはあまりうれしくはない。

線で繋ぐ山歩きは今週もお休みをして、近場でリハビリウォーキングをと思っていたら、

奥様たちからお声がかかった。順調に回復していたガラスの腰が、ちょっとした事で

先週また後戻りしてしまい、それなら今週も軽くウォーキング出来る場所がないかと思案。

で、思いついたのが宝山湖をウォーキングして、少し盛りは過ぎたが彼岸花を見て

のんびりしようと提案したら、宝山湖はOK!。『その後毘沙古三座を歩きますわよ!』と

返事が来た。毘沙古三座って?と返信し直すと、どうやら三野町の貴峰山

毘沙古山そして竜王山の三つの山を指すと折り返しが来た。

それでは宝山湖を歩いて、調子が悪くならなければ三座のお付き合いをしようと出かけてきた。


集合場所の宝山湖の駐車場は平日にもかかわらずほぼ満車の状態。次から次と車が出入りしている。

宝山湖は県内の慢性的な渇水状態の緩和対策を主に、香川用水内の水道水を一時的に貯留しておく

為の調整池として造られた。財田町と山本町にまたがる宝山湖。財田町は(たからだ)ともいい。

財田町の『宝』と山本町の『山』を含み、香川県にとって宝の水が山のようにあるという願いを

込めて、宝山湖という愛称になったそうだ。







駐車場から湖に沿って車道を歩いて行く。すれ違う人たちはやはり平日のせいか年配の

人達ばかり。『年寄りは暇やからな~』とルリちゃんと一緒に陰口をたたくが、我々も大同小異

大して変わり映えはしない。湖の南端に差し掛かると対岸の斜面が真っ赤に染まっているのが見えた。

『わ~すご~い!』とあっちゃんが歓声をあげる。




彼岸花の咲く対岸へ渡る橋を過ぎて更に奥に進んで行くと睡蓮の咲く、ビオトープがあった。

水の流れをせき止められた池の水面に、色とりどりの睡蓮の花が咲いていた。




モネが夢見て叶わなかった青い睡蓮も花を咲かせている。

一番濃い色の青の睡蓮は池の淵からは離れていて写真に撮ることは出来なかったが、

少し薄めの青い睡蓮を、池に掛けられた浮橋から撮ってみた。







この睡蓮は近くに住む図子さんという農家さんが、高知県のモネの庭で購入し

自宅で栽培していた苗を、5年ほど前に移植して三豊シルバー人材センターのメンバーで

世話をしているそうだ。ここでも水面を彩る花に大勢の人がスマホやカメラを向けていたが、

池の淵に近づきすぎて落ち込みそうになったり、不安定な浮橋の上で危なげにしている

高齢の人の姿が見られた。これだけ大勢の人たちが集まる場所になっているのだから、

予算をつけてもう少し整備してもいいのではと思ったりした。










カマキリを見つけたあっちゃんが、悪さをする小学生みたいにして『ほ~ら!』と言って

私の背中に押し付けようとする。『も~ご勘弁を・・・・・!』




ビオトープから対岸に渡って彼岸花の咲く場所まで来ると、ベンチに腰掛け花を眺める人、

大きなカメラに三脚を構えて写真を撮る人など、真っ赤に染まる湖岸の景色を楽しんでいた。










花は盛りを過ぎ少し縁が白くなってきていたが、それでもこれだけの花が咲く場所はなかなかなく、

白い彼岸花も咲いていて、夏の終わりを感じながら散策する。
















彼岸花を楽しんだ後、湖畔を周回し駐車場まで戻って行く途中で奥様たちがお昼ご飯の相談。

最終的には高瀬町のうどん屋さんに落ち着き、一番人気だという『肉カスうどん』を三人で注文。

初めて食べる肉カスうどんは肉うどんほど甘すぎず、だしの味もしっかり味わえとても美味しかった。




『腰の状態はどう?山は登れる??』と聞いてくる二人。心配してくれるのはありがたいが、

その言葉にはやんわりと圧がかかっていて、『大丈夫だと思います。お供をします・・・・』と答える。

三野町まで車で移動し、まず詫間の松崎コミュティーセンターに車をデポして、

登山口のある三野町大見のため池の淵に車を停め、民家の横から一つ目の貴峰山取り付く。







民家の間を通り登って行くと、以前は『宮脇ふれあいの広場』と書かれていた木の案内板は朽ちていて、

代りに誰かの落とし物だろうか、立派な三脚が引掛けられていた。







以前に登った時の記憶にある大岩を横目に見ながら公園の脇を山の中へと歩いて行く。

手入れされた畑の正面には葛ノ山・爺神山・山上山が見えた。

かつては他の山と同じように富士の形をしていただろう讃岐七富士の爺神山だが、

今は形は大きく崩れその面影は残っていない。










広場から山の中に入ると階段が続いている。右足を持ち上げる度に右の腰に鈍痛が走るが、

ここで弱音を吐いては、リーダーの面目がつぶれてしまう。WOC登山部では

セニョさんが、以前ギックリ腰になった時に無理やり山に登って、

酷使して直したと云う伝説が残っているが、今日はそのセニョ理論で頑張ってみることにする。




しばらく登って行くと發心堂なるお堂とベンチの置かれた場所に出た。

發心とは悟りを得ようとする心を起こす事だという。まさにこれからセニョ理論を実践し、

証明して悟りを得るに相応しい場所だと自身に言い聞かせる。




お地蔵さんの並ぶ發心堂の脇から更に山の中へと立ち入って行く。綴れ折れの道は山頂が近づくにつれ

急登になってきた。もうすでに顔面一杯に汗が流れ落ちている。










貴峰山山頂は一枚の大岩になっている。この貴峰山は雨霧城(天霧山)四代目城主の香川信影の家臣

藤田四郎が雨霧城の牙城として戸峯山城として築いたとされた場所。

今は木々が生い茂っているが、当時は恐らく東西南北を見渡せたのだろう。










その大岩には四等三角点・貴宝山。ここで一息いれ、三脚で三人で記念撮影をするが

まだカメラの操作に慣れなくてマクロモードのままで写してしまい、完全に三人がぼやけて没。










山頂岩からは雲がかかった七宝山や、これから向かう毘沙古山

そしてほとんど原型をとどめていない汐木山が見えた。

ルリちゃんが手渡してくれたマスカット大福を頬張りながら腰を降ろす。








山頂での休憩を終えて一旦大岩を降り、西へと歩いて行く。貴峰山は秀麗なおむすびの形をしている。

この毘沙古山への稜線がなく、独立峰だったら讃岐富士に例えられたかもしれない。

そしてその形通り毘沙古山へは急な下り坂が待ち受けていた。ここではとにかく滑って変な動きになり

ギックリ腰が再発しないように注意深く下って行く。天気予報の通りもし雨が降っていたら

最悪の状態になるところだったが、幸い雨はチラつく程度で地面もほとんど濡れていない。







ほどなくミニ八十八カ所の回道になっている鞍部に着いた。








鞍部からは意外と幅の広い歩きやすい道が続いていた。毘沙古山山頂が近づくにつれ、

先ほどの貴峰山と同じように急登になっていく。










毘沙古山は231m。三座の中では一番高い山になる。山頂は木々に囲まれ見晴らしは無く、

山名札があるだけ。三脚をザックから出すのもめんどくさいので自撮りをしてみた。










毘沙古山からもやはり一旦下りになる。道は想像していたより薮いてなく快適な尾根道が続くが、

とにかく蜘蛛の巣が酷い。立ち止まってはストックや枯れ木で振り払うのだが、

油断して見逃してしまうと汗を掻いた顔にベチャっとへばりつく。







ここでの鞍部は南北の峠道になっているのか、少し薄いが横断する道があった。

竜王山山頂も木々に囲まれ見晴らしはなかった。もう一度自撮りをするがやっぱり顔が不自然だ。

(あまりにも顔の皺が酷いのでまた修正をしています。ー笑― )










竜王山から西に下って行くと道の脇に、見晴らしの良い場所があった。

詫間のゴルフ場とその横に同じくらいの広さの太陽光発電所が見える。







さらに下って行くと電力の保線路らしき道に出た。その道を辿って行くと鉄塔広場に着いた。

地形図を見ると少しに西側に三角点がある。藪いた笹の中を進むと四等三角点・松崎

ひっそりと佇んでいた。脇にはハケ山と書かれた山名札。

YAMAPの活動日記を見てみると、二年前には『ケ』の横に『〃』が付いている。

どうやら通称では『ハゲ山』と呼ばれているらしい。














ハゲ山からは一旦引き返して保線路を松崎地区へと下って行く。

ここ道も蜘蛛の巣だらけの道だった。木の枝で払いながら歩いて行くと集落の上に出た。







県道まで下りコミュティーセンターへ戻って行く途中、田んぼの畔に咲く彼岸花を眺めながら

『沢山咲いているのも見応えがあるけど、やっぱり畔に疎らに咲いているのが落ち着くわね!』と

奥様たちが歩きながら話している。なるほど何事も度が過ぎると人は食傷気味きみになる。

ほどほどが一番と言う事か。となればセニョ理論も度が過ぎるとかえって悪くしてしまう。

過ぎたるは猶及ばざるが如しとはよく言ったもんだと思いながら、

少し重くなった腰を気にしながら二人の後をついてコミュティーセンターへと戻った。

今日は奥様たちが気遣ってくれての里山歩きになったが、YAMAPの平均ペースも110~130%

更には登頂した山も三座増えて物足りさはあるものの、ご満足いただけたようで肩の荷を降ろせた。






コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

里山に遊ぶ 熟女?の二人と女体三昧!

2021年09月10日 | 香川の里山

秋雨前線の影響か天候の悪い日続いて、ご多分に漏れず今日も雨の予報。

事前に奥様二人と相談したら、本来予定していた東光森山は、

YAMAPの活動日記のどれを見ても急登が続くと書いてある。

それじゃ次週に順延して、県内の里山でも歩きましょうと言う事になった。

ただ里山歩きもただでは済まない奥様たち。先ずはそこそこ距離が歩けて、雨でも

足元が安全なルート。更にはYAMAPで記録していない未登の山でないと

ご満足いただけない。三つほど案を出したところ、お二人が未登の山の

大窪寺の裏山の矢筈山と三つの女体山を歩くことになった。

女体山を三つ歩いて『女体三昧』と名付けたのはエントツ山さんだったが、

今回はその上に熟女と銘打ってみた。奥様たちは熟女と言われるのが

本意か不本意かなのは不明だが、取りあえず三つの条件はクリアーしているので大丈夫!


大窪寺の第一駐車場にいつもよりゆっくり目で集合し身支度をしていると、ルリちゃんが雨具を

持ってきていないという。どの天気予報を見たのかは分からないが、外は雨。

昔、山の会では『弁当忘れても、雨具は忘れるな!』とよく言われたものだが、

仕方がないので傘をさして歩くことになる。




大窪寺の境内へと歩き、先ずは本堂に参拝して登山の安全をお願いする。










登山道は納経所の手前から山の中へと続いていく。この道は四国のみちになっていて

更には奥の院へと続く道にもなっている。

取付きからは急な階段状の道が続いていく。雨は本降りになり道からは溢れた水が下へと流れて行く。




途中にある展望所からはいつもなら南側の眺望が見えるのだが、当然真っ白な世界。







更に登って行くと左に奥の院への分岐になる。この奥の院は長尾女体山の北側、古大窪(ふろくぼ)と

呼ばれた場所に、人々の苦難を救おうと行基によって建立され。その後弘法大師が、今の奥の院

「胎蔵ヶ峰寺」のある場所に、大窪寺を復興させ、そして、現在に場所に移ったそうだ。

分岐からも急登は続き、最後に下って行くと林道に出た。




林道を西にしばらく下って行くと矢筈山への取りつきとなる。

取付きからも階段状の急登が続いている。階段とは言え段差の上は土で埋まり斜めになっていて

階段と言えるかどうか?とにかく雨で濡れた足元に、滑らないように注意深く登って行く。










急登を登ると痩せ尾根の道になる。途中の岩場からはここでもいつも見える北側の眺望も

全く見えず。すぐ目の前に迫る矢筈山もガスに煙っている。




晴れていれば見える景色



実を言うと今日の雨の日の為に、前々からどうしようかと悩んでいた防水のコンデジを購入した。

ここ最近エントツ山さんの掲示板で、エントツ山さんがえらく褒めていたので、踏ん切りをつけて

買ってみたのだが、この岩場の写真を最後にメモリーカードへの書き込みができなくなった。

せっかく雨の日用に買ったのに、本体ではなくメモリーカードの不具合で写せなくなるなんて。

仕方がないのでここからはスマホで撮影。前回の事もあるので顔の皺がキッチリ写り込む

自撮りは止めて、奥様だけを写してみる。あっちゃんはここでドーナツ一個。

矢筈山は東讃では一番高い山。そして一等三角点があり、YAMAPの山頂ランドマークの

一つ目をゲット!。




ここで一服しながら『この一週間で何故か体重が4kgも増えたんです。』

『今朝は測ったらいままでのピークの〇〇kgだったんです。』というと、ルリちゃん

『え~そしたら、私と〇〇kg、あっちゃんと〇〇kgも違うんや~』と。

普通は女性は自分の体重何て決して話をしないのに、遠慮なく話せるなんて・・・・・。

年は取りたくないもんだと、心の中でつぶやく。(笑)

『そう言えばKAZASHIさんの顔の皺が減っているような気がするわ!』とルリちゃん。

その横であっちゃんは異を唱えている。

『このところ山から降りてプロテインを飲んでるから筋肉がついたかもしれません!』と言うと、

『そんな1週間で筋肉量が増えるわけないやん』とあっちゃんに馬鹿にされた。

体重やBMIや体脂肪率の話をしながら(笑)折返しで登山口へと下って行く。







林道まで下ると直ぐ向かいに長尾女体山の鳥居がある。ここからもまた階段を登って行く。

ずっと昔だが、この鳥居には注連縄の代わりに女性のパンティーが何枚もぶら下げてあって

何やら怪しげな雰囲気がしたが、今はちゃんと注連縄が掛けられ、厳かな雰囲気がする。

女体山の名前は

『昔、さぬき市にある志度で玉取りに来た藤原房前に仕えていた女官がいて、房前が帰った後も

この女官は志度に残り海士の修行をしていました。その後さぬき市の造田住んでいる人と結婚し、

この女の人は普通の人と肌が違っていたので、「女体さん」と呼ばれるようになりました。

その後、男の子が生まれ、この子が成長した後に農業に励んで働いていましたが、

田畑の水不足に悩まされることがよくあったそうです。水不足に悲しんだ母親は、

「私が百歳になったのちに、水神となって農家に水を与えよう」と願いました。

この母親の死後、造田にある青木と呼ばれる山に祠(ほこら)を建てて遺体を葬りました。

生きていた時の願いのためか、雨が降らない時に人々が集まって、この「青木女体」に雨を念ずると

必ず降ったそうです。その後、祠がさぬき市長尾南部に移されましたが、さらにその後、

東讃エリアで最高峰の矢筈山の東にある山に移りました。』という言い伝えがあるそうだ。

昔はこの女体山の山頂にある「水神さん」の祠のまわりで、雨乞いをするために、

火を焚きそれを囲んで一糸まとわぬ農夫が踊り狂うという奇祭が行われて、祭りの後、

必ず雨が降ったそうだ。でも今日は雨が止むようにお願いをする。

ここで二つ目の山頂ランドマークをゲット!










ここでも晴れていれば見えた景色



ここからもいつも見える眺望は望めないので、少し戻って東屋で休憩にする。

先ほどの矢筈山でルリちゃんに『顔の皺が少なくなっている』と言われ気をよくして

自撮りで撮ってみるが、やはりあんまり変わらないような気がする。

ここでもあっちゃん、おにぎり一個。今日は雨だと山中では昼食を摂る場所がないので、

途中は行動食で、下山後に八十八庵で打ち込みうどんを食べましょうと声掛けをしていたので、

どうやら今日はおにぎりを何個も持ってきたらしい。(いつもの事ですが・・・)




長尾女体山からはしばらくは林道歩き。二人の後ろを歩きながら、デジカメが何とか写せるように

ならないかと触っていると、あっという間に離されていく。







途中で道の脇で二人が何かを見つけて話をしている。『これなんでしょうね?』

葉を見るとたしかにヒノキだが、この実が数珠なりに付いている木と、全く付いていない木がある。

帰って調べてみるとやはりヒノキの実だった。この実がしばらくすると茶色に変色し、

次第に木質化して、秋には熟して果鱗が割れ,種がこぼれ落ちるそうだ。




ヒノキの実の話がひと段落すると、また二人は朝ドラの話をし始めた。

どうやら今週の話の展開には納得した様子で、今後の展開の予想をしている。

少しは話題に入れるようにと、ネットで『おかえりモネ』の登場人物と、先週までの

あらすじをチラ見したが、もう既に話は先に進んでいて、何ことやらさっぱり分からない!




石田女体山も林道の脇に鳥居がある。鳥居からは石段と擬木の丸太の階段が続いている。

階段を登って行くと直ぐにまた女体宮を祀った広場に着いた。







するとあっちゃんがスマホを覗き込んで、ランドマークはここではないと言う。

『それじゃ~南にある展望所まで行ってみましょうと』声をかけ、歩いて行くと展望所までの

途中に三角点はあった。四等三角点『北ケ原』、三つ目のランドマークゲット。

展望所からは青空が顔を覗かせ、少しだけだが東の景色が見える。







女体宮の前まで戻って自撮り撮影。今回はどれも修正はせず、無修正画像です。

でも目線が画面に向いていてレンズを見ていないので、やっぱり上手く撮れていない。

北側もガスが流れて、一瞬だが屋島五剣山を見ることができた。










広場から階段を下って行くと途中でまだあじさいの花が咲いていた。足元には最近よく見かける花が咲いている。

『これ、なんていう花だったけ~』と聞かれるが、パッと名前が出てこない。

写真を撮って、Googleレンズで調べるとヤマジノホトトギスと直ぐに出てきた。

二人に得意げに『ヤマジノホトトギスです!』と教えてあげると、『ネットで調べたやろ~』とルリちゃん。

『バ・レ・タか~!』・・・・・。恐らくまた次も名前が直ぐに出てこないだろうから、

WOCのメンバーの名前をとって『山じいのホトトギス』と覚えることにした。







石田女体山から林道まで戻り、またしばらく林道歩き。するとどんどん天気が良くなり、

所々で木々の間から北側や東側の景色が見え始めた。







林道が三差路になると、右に曲がった場所のガードレールの横からが東女体山への道になる。

案の定二人が通り過ぎようとするので、呼び戻してガードレールが切れた場所から下って行く。




ここからは電力の保線路の道となり、保線路の特徴の樹脂の急な階段が続いている。

階段を下ると鞍部の手前に黒い物体が見えた。一瞬クマ‼かと思ったが、

以前は倒れたままの石仏を誰かが起こして倒れないようにして立てられていた。







しばらくすると一つ目の鉄塔広場。ここからも保全路に沿って、鉄塔が続いていく。







東女体山手前の鞍部まで来る。ここからは少し回り込んで南側から登るのが正規のルートだが、

『直登と回り込みとどっちがいいですか?』と聞くと、あっちゃんから『直登!』と即答。

『滑りやすくて急登ですよ。別に直登しなくていいんですよ』と確認すると、『直登!』と即答。

案の定木の枝を掴みながら牛歩の登り。でもまぁここのところの線で繋ぐ山歩きで鍛えている

二人にとっては屁の河童!距離も短いので苦にせず登ってきている。










東女体山にも女体宮が祀られている。ここで女体三昧は終了。そしてYAMAPの

山頂ランドマークも四つ目をゲットしたことになる。そしてあっちゃんはまたおにぎり一個。




折返しは南に少し下がって東女体山を回り込みながら戻って行く。

道の脇にはこの時期ならではの森の住人があちこちに!













保線路は緩やかにアップダウンして続いていく。先頭を歩くあっちゃんのスピードが

どんどん上がっていく。『さては平均ペースを上げようとしてるな!』と思いながら

ルリちゃんと必死でついて行く。最後の樹脂の階段を登りきると林道に出た。













林道は大窪寺までくねくねと下りの道が続いている。二人は夕食のメニューの話をしながら

最後は『打ち込みうどん、打ち込みうどん!』と言いながら歩いている。




大窪寺の門前は人の姿はほとんどなくで、八十八庵も数組の人が食事をしているだけだった。

しばらく待つと楽しみにしていた打ち込みうどんが出てきた。

座敷の横の窓は開け放たれ、涼しい風が通り抜けていく中、熱々の打ち込みうどんを

三人で『美味しいね~!』と言いながら頂いた。最後に門前で手を合わせ、不純な気持ちを

洗い流して、結願の地を後にした。







コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き 大座礼山~三ツ森山

2021年09月02日 | 四国の山



先週は奥様のひとりが欠席になったため、変則で野鹿池山から黒滝山を歩いた。

愛媛県と高知県の県境に沿って東西約50km以上に広がる石鎚山系の

西端が堂ケ森だとすると、黒滝山は東端にあたる。

以前歩いた三ツ森山からこの黒滝山までは、地形図に載っている

山だけでも、まだ10座ある。そして更には吉野川を越えて剣山系へと続いていく。

と言う事で今週は正規のルートに戻って、その三ツ森山から大座礼山を繋ぐ事にした。

大座礼山は頂上の南西側のザレ場から山名がついたと伝えられている。住友の別子銅山が

開抗後はその燃料の山として歴史を担ってきた。この山に登ったのは以前に所属していた

山の会で14年前に登ったきり。山頂近くの四国随一の大ブナは有名で、まだ今ほど

ネットでの情報共有はなく、大ブナと言えば大座礼山と当時は言われていた山だ。





今日は中七番に車を一台デポして、大田尾越からスタートして大座礼山から

三ツ森山まで縦走して中七番へと下るルート。奥様たちにとっては山道の運転が不安のようだが

筏津から大田尾越まではさほどの距離でもないので、大丈夫だろう。

大田尾越から南に少し下った林道入り口の脇に車を停めてスタートする。

車を停めた場所からはガスがかかっているが、次に登る予定の東光森山の急峻な山容が見て取れる。







林道は入り口付近からしばらくはゴツゴツとした岩が転がっていて荒れていた。

道の脇から清楚な白い色をしたテッポウユリが、『がんばってね!』と声を掛けてくれた。







しばらく林道を歩くと登山口になる。以前は取りつきに、大ブナの足元に撒いて欲しいと書いて、

小分けした土を袋に入れて置いていたが、今は無くなっていた。ブナにとっては林床のよし悪しが

大きく影響するので、足元を踏み荒らされ環境が悪くなると樹勢が落ちるという。




取付きの階段を登ると直ぐに短く急登が始まり、登りきるとしばらく杉林の中の道になる。

そして杉林を抜けると最初の渡渉となり、対岸のテープを目印に渡って行く。







右岸から左岸へと渡るとまた急登が始まった。いつもは賑やかなお二人もさすがに寡黙に登っている。

逆に静けさの中で自分の息の切れる音だけが大きく聞こえてくる。










急登を登りきると等高線に沿って徐々に高度を上げていく。足元が悪い場所には丸太の橋が架けられていた。







所々で岩を乗り越え、モミやミズナラの樹林帯の中を進んで行くと二つ目の橋。










更に進んで行くと大北川源流と書かれた場所に着いた。大北川は途中の大北川渓谷を経て、

吉野川へと流れ込む吉野川の源流のひとつだ。










沢を渡ると少し足元はザレた道になり大岩を越えるとまたトラバースの道になる。

小ぶりなブナの木々を見ながら次第に道は緩やかになっていく。













するとまた杉林の人工林の中の道になる。この杉林を抜けると井野川越に着いた。

ルリちゃんがYAMAPを覗いてそろそろペースを気にし始めた。(汗)










井野川越からはスズタケの尾根道を歩くと20分ほどで大ブナに着いた。

四方に歪に枝を張り、ずんぐり型の大きい典型的な四国型のこの大ブナは、四国一の大木と言われていた。

14年前に訪れた時には未だ細い枝が有ったが、もう太い枝が残るだけの姿になっていた。

病害による枯死と云われているが見るも無残な姿に唖然とする。










何百年もの間風雪に耐え、その生命力の強さに感動さえ覚えた大ブナだったが、

病魔には抗うことができないのは、人間と同じなんだと思ってしまう。










数本の立ちながら最後を迎えたブナとは別に、まだ緑の葉を広げ逞しく生きるブナもいた。

またその亡骸に新たに芽生えている生命もあった。







少し感傷的になりながら、大ブナを後に広い尾根を進んで行く。







広尾根から足元に可愛らしい亀が書かれた石とケルン目印から

少し左に振りながら急登を登って行くと、大座礼山山頂に着いた。







ここでザックを降ろして小休止。奥様たちから少し離れて一服しようと

ザックからブツを取り出そうとしたら、もうすでにあっちゃんは、

おにぎりを頬張り、もぐもぐタイムに入っていた。




『もう~目を話したら直ぐに一服しようとする!』と、ルリちゃんに冷たくあしらわれながら

肩身を狭くして一息入れた後、次の三ツ森山へと歩いて行く。

山頂からはしばらくは下り坂。この辺りまでまだ小ぶりなブナが点在している。







中の良い二人の間に割り込むあっちゃん!




下りきると大田尾越への分岐。YAMAPのコース図には未だ載っていないが、

前回山の会で歩いた時には、この分岐から大田尾越へと下って行った道。










途中の1455mの標高点辺りからは少しだけ南側の景色が見えたが、

中間地点となる鉄塔広場から続く鉄塔が見えるだけだった。

これから歩く稜線もガスがかかって距離感が全くつかめない。







1455mからはロープが張られた急な下りが始まった。それにしてもルリちゃんのスピードが落ちない。

急な下り坂の悪路を苦にせずどんどん下って行く。登りはまったくヘタレなリーダーも、

下りや悪路だけは十八番だったのに、これでは全くつけ入る隙がなくなってしまった。( ゚Д゚)

悪路に強いルリちゃんをこれからは悪女と呼ぶことにする。










尾根道は自然林の中からスズタケの道になる。途中には距離を書いた道標が何ヵ所かあり

到着時間の目安になり助かる。ここまでで約1/3になる。










この稜線は小刻みにアップダウンを繰り返して行く。小さなピークを登るとまた展望ヶ所があった。

ガスで薄く中間地点の鉄塔が見え、さらに先に何となく見えるのが三ツ森山かな?

支尾根に続く鉄塔の奥に見えるのは小麦畝の辺りだろうか?










鉄塔広場は大座礼山から1時間ほどで着いた。ここでは水分補給をし靴紐を締め直す。







鉄塔広場からは次々と分岐の道標が現れる。大平への道は今はほぼ歩かれていない道の様子。

筏津からここまで登ってくるのは、少しヨイショがいるな~と思いながら歩いて行く。







ロープを使って下ったりそしてまた登り返しを繰り返して行く。

この辺りから南側は切れ落ち岩壁が続く道になる。










地形図では見逃してしまいそうな小さなピークは、歩いてみるとけっこう堪えてくる。

木々の間から三ツ森山らしき影が見えたが、まだまだ遠い。










道が痩せ尾根になるとシャクナゲが群生していた。それにしてもシャクナゲはどうしてこんな岩場の

厳しい場所に何も好き好んで群生するのだろう?










岩尾根の下りにはちゃんとロープ張られてる。三ツ森山まであと1km。もう少しだ!










と言いながらもまたどんどん下って行く。先ほどよりは近づいてきたように見える三ツ森山だが

山容からして最後は急登が待ち受けている感じがする。

何もこんなに下らなくてもと思いながら慎重に岩場を通過する。
















最後の鞍部には真新しい道標。先ほどの道標からはまだ200mしか進んでいない。

標高差はそれほどでもない小ピークの上り下りだが、意外と下りが急でスピードが上がらない。

ガスが流れて少し遠望が利くようになった。一番奥が稲叢山だろう。










1381mの標高点を過ぎると、いよいよ三ツ森山が近づいて来た。

痩せたシャクナゲ尾根を過ぎて最後の登りに取り付く。

もうすでにシャリバテで足が前に出ない。前を歩くルリちゃんもシャリバテなのかペースが落ちてきた。

そんな二人を他所に、ペースを落とすことなく登って行くあっちゃん。

ここで遅れをとってしまったら、『平均ペースが下がった』などと、また何を言われるか分からない。

何としても踏ん張り最後の急登を登って行く。それにしても『お腹が空いた~!』













鉄塔広場から1時間20分。大座礼山からは2時間25分ほどで三ツ森山にとうちゃこ~!

いつになくお腹が空いてへとへとになりながら着いた山頂で、待ってましたのお昼ご飯。

今日は喉越しの良い『冷やしとろろそば』を持ってきた。

お行儀の良いリーダーに比べて、お行儀の悪いあっちゃん!(笑)










とろろの粘りと少し甘めの出汁に、ツルツルとあっという間に頂く。

ここからは三ツ森峠まで急坂を下った後は、住友の作業道を下って行くだけだ。










山頂は木々に囲まれていたが、少し歩くと景色が見えた。今まで歩いて来た平家平ちち山







山頂からは今日一番の急坂。ロープや木の枝を掴みながらも二人ともトントンと降りて行く。











『一度歩いた道は前回よりも早く感じるわね!』とあっちゃん。

そりゃそうだ。コースタイム30分のところを、今日は18分で三ツ森峠まで降りてきた。














峠から中七番までは住友のくねくね曲がった作業道を降りて行く。

今はほどんど人が入ることの無くなった作業道は結構荒れていて、最初はとても歩きづらかった。







途中に一本だけ周りの木とは不釣り合いな杉の巨木。




道幅も広がり歩きやすくなってくると、案の定奥様二人のお喋りが始まった。

耳を傾けると『同級生には妹の事は相談できんわよね~』『そうよね~』と。

何やら深刻な話をしているのかと思いきや、また朝ドラの『おかえりモネ』の話だった。

『また、しょうもない話をしている!』と言うと。『主婦には気になる大事な話なの!』とあっちゃん。

アフガニスタンでは日本の関係者が500人近くも残された状態で、自衛隊が撤退するというニュースが

流れる中で、何とも平和な奥様たちだ!(笑)







作業道を歩き終え、中七番川に架かる橋を渡ると、橋の下には澄み切った水の流れがあった。

橋を渡り県道へと上がって今朝デポした場所まで戻って行く。











デポ車に乗り込み筏津から大田尾越まで戻ると、朝見えた東光森山がまた見える。

それにしてもかなりの標高差がありそうな山肌に、来週の喘ぎながら登って行く自分の姿が浮かんできた。

これからの四国中央部の山々は、恐らく今日の大座礼山から三ツ森山の稜線と同じように

アップダウンが続く道だろう。線を繋げようと言い出したのは私だったが、

言い出しっぺが一番気を重くしている今日この頃だった。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

線で繋ぐ山歩き 野鹿池山~黒滝山

2021年08月26日 | 四国の山
今週の線で繋ぐ山歩きは三ツ森山大座礼山を予定していたが、ルリちゃんが私事で参加できない。

ここまで一緒に歩いて来たので、せっかくなら予定を変更して

次週にと云う事にした。それじゃ~どこを歩こうかと考えていたらあっちゃんから、『野鹿池山から

黒滝山はどうですか?』と連絡がきた。しかもそのコースはルリちゃんは既に歩いていると云う。

ならばまだ未踏の二人だけで歩いても抜け駆けにはならず丁度いい。天気予報もイマイチだし、

往復して7km強の距離ならば、雨に降られても大した事はないので、即決定!


国道32号線を南下し、大歩危峡まんなかの宿から西に県道272号線に入ると、

こなき爺を始めとする古くから数々の妖怪の伝説が残る地域として、何体もの妖怪のモニュメントが、

道の至るところに点在する妖怪街道と呼ばれる道になる。

道幅はどんどん狭くなってくると左に藤川谷川を渡る橋に『野鹿池山』と書かれた小さな案内板がある。

橋を渡り進んで行くと、道はしばらく整備されていないのか落ち葉が散乱し、昨日降った雨のせいか

山側の至る所から水が流れ落ち、溢れた水が道路の上を川の様に流れている。

時折見える山並みにはガスがかかり怪しげな雰囲気になってきて、少し不安になって来た。

しかも事前に調べたYAMAPでは、大抵の人が野鹿池山から黒滝山へは激坂!と書いている。

濡れた登山道の激坂に、二人して『大丈夫だろうか?』と言っている内に駐車場に着いた。

駐車場には立派な小屋とトイレが在り、最悪雨に降られてもここまで戻って来れば、

小屋の中で雨に降られずお昼ご飯が食べられると思っていたが、ガ~ン!小屋は鍵がかかっていた。

正面には藤川谷川の対岸の山並み、更にその奥に山並みがガスの隙間に見えているが山座の同定は出来ない。







8時40分小屋の横の野鹿池神社の参道からスタートする。








野鹿池山は名前の通り、この先に以前は池があったようだが今は湿地帯になっている。

その湿地帯も今は灌木が生い茂り、神社へと続く木道がその面影を残すだけとなっている。







神社には雨乞いの神として竜王が祀られていて、干ばつの年には遠くは讃岐や伊予からも

雨乞いにやって来たという。参道からはシャクナゲの群生が続いて、以前はここで6月には

神事が行われ、駐車場では屋台やバザーが出て『シャクナゲ祭』が開催されて大勢の人で賑わっていた云う。




野鹿池山へはこの木道が始まる案内板の横が取り付きになっていたが、笹に埋もれて

踏み跡もよ~く見ないと分からない。取りあえず雨具のズボンだけ履いて突入する!




露に濡れた笹道は意外と早く終わり、直ぐに踏み跡のしっかりした登山道になった。

少しガスのかかった樹林帯の中を緩やかに登って行くと直ぐに野鹿池山に着いた。

※自撮りのアップは厳しいので、一部修正をしております!(笑)










さぁ~ここからが問題の“激坂”かと身構えながら下って行くと、思いのほか早く鞍部に着いた。

あっちゃんが『こんなモン?』というので、『いやこんなはずではないので、

未だ先に二つ、三つあるかも?』と。道は県境杭に沿って続いていく。










予想通り鞍部から少し登るとまた直ぐに下り坂が始まった。

といっても意外と足元はぬかるんでなく、先ほどより短めに下りは終わった。







『山』と彫られた石柱の横からは、今日初めて南側の景色が見えた。







1217mの標高点を過ぎると、いよいよそれらしい下り坂が始まった。

木々が生い茂り、境界杭も見失い足元もザレていて滑りやすい。

先ほどの二つの下りと比べると『これが激坂かな?』と言いながら、

右に左にテープを見ながら下って行く。しばらく下ると苔蒸した岩が現れる。













苔岩の間を抜け、とにかく滑らないように注意しながら下って行く。

ストックが効かない場所では木の枝を握りながら降りるが、

たっぷりと水を吸った苔の付いた木はは、握った瞬間ひんやりとする。










幸い尻もちを付くこともなく激坂は終了し、鉄塔広場に着いた。広場からは北側には背の高い

ワイヤーメッシュの柵が続いている。ガスが流れて向かいの山城町上名の集落が見える。

南側にも山並みが見えるが薄曇りの中で山座の同定ができない。










鉄塔広場からはその柵に沿って歩いて行くと、北側は人工林、南側は自然林の道になる。

暫くすると北側は緩斜面になり、間伐された切株が点在する場所になる。

するとすぐ近くでチェーンソーのエンジン音が聞こえてきて、下には作業道も見える。













間引かれた林の中に、空が晴れてきたのだろうか陽の光が届き始めた。

何度かアップダウンを繰り返しながら進んで行く。










鞍部から先に見える頂部をを見てあっちゃんが『YAMAPではここから25分になっているけど

あれが黒滝山かな?25分で行ける?』と聞いてきた。『たぶんあれが黒滝山だと思います』と

言いながら、最後の登りに取り付く。山頂近くになると意外と急登で足が前に進まない。




黒滝山山頂は先ほどの野鹿池山より更に狭く、山名標とGPSが無ければ恐らく山頂だとは分からない。

登山口からはほぼ2時間弱で着いた。山頂の直ぐ先の少し広くなった場所でザックを降ろす。








時間は10時40分前。腰を降ろして行動食をと菓子パンを取り出し食べ始めようとしていると、

横であっちゃんがお弁当を広げている。『あら、お昼ご飯じゃないの?』だと。

いつも途中の小休憩の度に、おにぎりを頬張っているあっちゃんの食欲は何処から来るのだろう?

ふと足元を見ると、岩にへばりついて音をたてているのに逃げようともせず、

じっとして動かないカエルが一匹。ツチガエルだろうか?こんな山頂近くで生息しているツチガエルの

生命力の強さと、あっちゃんの食欲からくるたくましさが重なって見えた。







※あちゃんは元々が良いのでその必要はないと言う事で、私のみ修正しています!(笑)



お腹もおきたことだし、そろそろあっちゃんがYAMAPの平均ペースを気にし始めた。

ではでは急いで戻りましょうか!。予想に反して空は青空が広がって来た。

北に視界の開けた場所では根津木越から続く稜線が見える。

往路と同じように何度かアップダウンを繰り返す。










鉄塔広場の手前で、柵越しに何やらあっちゃんが覗き込んでいる。

往路では気が付かなかったが、柵の奥には植林の際の食害保護材に囲まれた少し育った苗木が見えた。

WOC登山部で4年前に来た時のセニョさんの写真を見ると、下草のない斜面に

ムーミンに出てくるニョロニョロの様なすごい数の保護材が並んでいる。

僅か4年の歳月でこうも風景が変わってしまうものなのか。ここでは植物の生命力の凄さを感じた。










鉄塔広場からは下って来た急坂の登り返しが待ち構えていた。苔岩の広がる斜面を岩や木の根元に

足を置きながら、また木の枝を掴みながら登って行く。はっきりとした尾根ではなく、

広い斜面ではどこでもそうだが下りよりも登りの方が道を外しにくい。時折、前上を見て木々と

空との境を目印に、またテープを見つけながら真直ぐに登って行く。

ここでは人工物の境界杭も苔岩の中に溶け込んでいた。



















苔岩の斜面が終わるとザレた斜面になる。浮石の斜面は濡れていて滑りやすい。

雨や露の心配はなくなったが、雨具のズボンは履いたままだったので、とにかく足が暑い。

コンディショニングタイツを履いた上にズボンと雨具で、冬場でもなかなかない三枚も

着込んで歩いていることになるが、雨具のズボンを見るとドロドロなので、ここで脱いで

いまさらズボンを汚してもと思い、熱を持ったままの足を前へ前へ上へ上へと運んでいく。








急登が終わるとしばらくは緩めの尾根道になる。それにしてもこれといった眺望のある場所もなく、

樹林帯の中の尾根道を歩いていると、阿讃縦走路を歩いているのと変わらない感じがしてきた。

それは先週まで歩いて来た線で繋ぐのルートの山々や眺望が、あまりにも良かったせいだ。

恐らくだが、この四国中央部をこれから線で繋いでいくと、こんな感じの山歩きになるのだろう。

暫くすると前方に次のピークが見えてきた。『あと何回登るのかな?』とあっちゃん。

『あと二つです!』と私。するとまたYAMAPを覗き込んで、『これだと4時間30分かかるわね』と。

事前に見たYAMAPでは往復4時間で平均ペースの110~130%になっていたとの事で、

どうやらそれを目指しているようだ。登っては先について後ろからトボトボと来る私を待っているせいで

時間がオーバー気味なので、鋭い視線がこちらに向けられる。(笑)すみません、へっぽこで!








最後に見えたピークを登りきると野鹿池山まで戻って来た。へろへろヘッポコリーダーを尻目に

当然ここでは一服もせずに直ぐに下って行く。枯れたスズタケの間を猛スピードで下り、

最後の笹を掻き分け進むと野鹿池神社の参道に出た。














結局スタートから4時間18分で駐車場に戻って来た。恐る恐るあっちゃんに『たぶん90~110%

になると思われます。』と報告。(YAMAPでは電波が届く場所でデーターがアップロードされて

初めて正確な時間やペースがでるので)

『でも足元が雨の後ではなくもう少ししっかりしていたら・・・・』と言い訳してみるも、

『すみません、やっぱりへっぽこリーダーのせいです!』即座に訂正する。




駐車場では朝と比べると視界が良くなり、北東に大きく裾を広げたピラミダルな山容をした

中津山。と言う事はその手前が国見山と判った。

今日初めて山座が同定できた。北には遠く雲辺寺や薄く庄内半島らしき影も見える。

小屋の前で腰を降ろし雨具のズボンと登山靴を脱ぐと一気に解放された気分になった。

今日もあっちゃんが持参したコーヒーを淹れてくれ、しばらくの間雑談をした後帰路についた。







※道迷い
今回登山途中ではなく、帰りの県道までの下りの道を途中の分岐で違う道へと曲がってしまった。

走っていてもどうも朝通った道と違うな~と思いながらもどんどん進んで行くと、ナビには通行止めの記号が出てきた。

それでも進んで行くと通行止めの場所は奥小歩危温泉となっていて、

何軒かの建物が建っていたが、人気は全くなかった。さらに進んで行くと道は何年も車が入った様子が無く、

最後は崖崩れで重機が土砂で崩れた斜面で作業をしていた。仕方がないので狭い道で何とかUターンして

元の道を戻って行った。帰って調べてみるとこの間20km以上約40分ほどのロスしてしまっていた。

これだけの距離を途中まで道が間違っているのに気づかずに走ったのは初めての事

おしゃべりに夢中になると周りの景色に注意がいかなくなると反省。

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

里山に遊ぶ 屋島

2021年08月19日 | 香川の里山
先週、伊吹山から岩黒山まで歩いて、線で繋ぐ山歩きも

全行程の1/5程度が繋がってひと段落した。今後は四国中央部を予定しているが

今週は雨の予報。取りあえず線で繋ぐ山歩きはお休みして、県内の里山でトレーニングする事に。

事前に奥様たちに三つほどコースを提案した。いずれも10km近くのコースで取りあえず

長めの距離を歩け、かつ雨が降っても昼食時に困らないように、山頂近くに雨をしのげる場所がある山。

するとあっちゃんから『屋島に登った事がないので、屋島がいいです!』と返事が返って来た。

YAMAPを見てみると、屋島には『冠ケ嶽』『屋島南嶺』『屋島北嶺』と三つのポイントがあるのが判った。

YAMAPではこのポイントを通過すると、登頂した山の数にカウントされる事になっている。

提案した残る二つのコースでは、奥様たちは既に登頂しているので、

『さては、登頂した山の数を増やそうという魂胆か?』と思い、

『良かったですね、三つも登った山が増えますね!』と返信すると、

『実は屋島寺に車で参拝した時に、屋島南嶺はゲットしているので、二つです!』あっちゃんから返ってきた。

『なぬ!それはYAMAPの利用者としては、あるまじき行為ですぞ!』

『それでは懺悔の意味で、美味しいコーヒー豆を持って来なさい!』と

いつになく強気の態度に出たへっぽこリーダーだった。


前日に最終確認で二人にメッセージを送ると、そのあっちゃんから

『日曜日にギックリ腰になってしまいました。整体に行って回復はしてきたのですが、

歩けるでしょうか?ギックリ腰常連のアドバイスをお願いします!』と返事が来た。

ガラスの腰のへっぽこリーダーは、今まで何度もギックリ腰になって、その度リハビリと

称して歩いてきた。時にはコルセットを巻いてでも歩いたりしたので、

『状態によるけれど、じっとしているよりは歩いた方が回復が早くなります』と返し、

結局予定していた長距離を少し短縮して決行する事となった。

WOC登山部では痛みを堪えてでも無理やり動けば治るという、結構無茶な事をする

セニョさんがいて、個人的にそれを『セニョ理論』と呼んでいるのだが、

セニョ理論は誰にでも通用するわけではないので、基本的に痛みが無ければ、体を動かして

歩いた方が楽になるというのが私の持論だ。




集合場所の屋島神社に時間通りにルリちゃんの車に乗って二人が現れた。

ルリちゃんとは、ここから冠ケ嶽に直接登った事があるが、今日は雨だと言う事で、

ここからスタートしてへんろ道から登って行く予定。そしてあっちゃんの状態からして、

『今日はWOC登山部亀さんチームの70~90%で歩きましょう!』と声を掛ける。

駐車場から屋島神社の石段を下り、元のケーブルカーの横を通る。ケーブルカーの車体も

通るたびに朽ちていっていて、子供の頃に何度も乗った事のある私としては少し寂しく感じる。




大宮八幡神社を通り、墓地の脇を抜けると登山道の入り口になる。

道に沿って里に猪が降りてこないように猪避けの柵が続いていて、ゲートを開けて中に入る。










しばらくして遍路道に合流すると、弘法大師が、仏天を供養し誦呪加寺

(呪文を読み仏の加護保持を祈とうすること)をして、

干ばつで各地の池や井戸水が枯れても、湧水は絶えることがないという加持水がある。




へんろ道の頭上は木々に覆われているので、少々の雨でも傘をささずに歩いていたが、

畳岩の辺りでは木々が途切れてしまい、傘を取り出し歩いて行く。

雨にもかかわらず、上から下りて来る人、後ろから追い抜いていく人など、結構な人が歩いている。







いつになくゆっくりとしたペースで登って行くと、山門の奥に屋島寺

しっとりと静かに佇んでいた。




西尾根端に着くころには雨が一旦やみ、眼下には高松の市街地が広がっていた。

遠くはやはり霞んでいるが、近くは雨の降った後で意外とはっきりと見える。




港湾地区の向こうに五色台と瀬戸大橋



クレーター五座と由良山



堂山と六つ目山と鷲ノ山










獅子の霊巌では屋島山上拠点施設整備の工事が進んでいた。

三度の入札不調で大幅に工事が遅れていたが、屋島観光の目玉になるこの施設の完成が待ち遠しい。







新屋島水族館、山上駐車場を通り、北嶺への遊歩道を進んで行く。

このまま遊歩道を歩いても芸がないので、あっちゃんの様子を見ながら脇道へ入る。

屋島山頂部特有の安山岩の露出した道を歩いて行くと、右側に壇ノ浦を挟んで、

庵治石の砕石場と五剣山が見える。










安山岩の痩せ尾根歩きで、少しはワイルド感がでて良かったかなと思ったが、

後ろから下りて来るあっちゃんは、やはり腰の様子を見ながら恐々降りてきている。




千間堂跡には、ここでも整備事業の一環で立派なトイレと休憩所ができている。

当初の予定では長崎の鼻まで歩いて、ここまで折り返してきて昼食にするつもりだったが、

やはりギックリ奥様の様子では北端の遊鶴亭までが無難な感じなので、

そのまま千間堂跡を通過して、今日の目的のYAMAPのポイントを探しに行く。

そのポイントは千間堂の少し先の森の中にあった。北端の遊鶴亭でもなく、特徴のない森の中にあるため、

目印となる様に誰かが手作りの可愛らしい石で作った標が置いてあった。

既に残りの二つのポイントをゲットしているルリちゃんも、残りの一つをゲットできてご満足な様子だ。







遊歩道へ戻り、東側の道を歩くと、ここにも新展望台ができていた。

ひな壇上になったテラスからは、東側と瀬戸内の島々が眺められる。







庵治の町と小豆島



大島




遊鶴亭では腰を降ろして一息つく。奥様二人はいつものように朝ドラの話が弾んでいる。

その時間には会社にいる私にとっては、いつも話にはついていけない。




女木島と小豆島フェリー



シンボルタワーと県庁







展望台の横にある『長崎の鼻まで800m』の道標を見て、あっちゃんが『それくらいの距離なら』と

行きたそうにしたが、ルリちゃんが『なによんな!ここから急な下りやのにさっきの様子では無理!』と。

遊鶴亭で休憩した後、折り返して遊歩道を歩いて行く。

歩きながら夕食が原因で家では日曜から冷戦状態になっている話を私がすると、

その開戦時の内容を聞いた二人が口を揃えて『最低!』と集中砲火を浴びせてきた。










談古嶺や廃墟となったホテルの横を通り、二つ目のポイントの冠ケ嶽へと歩く。

ケーブルカー山上駅の横を通り山道に入ると、『ブヒッ!』と鳴いて猪が3匹逃げて行った。

周りでは雨が止んだのを喜んでいるかのように、そこらじゅうでセミが鳴いている。







冠ケ嶽でもまた今までと違う眺望が広がっている。

『本当にどこからも素敵な景色が見えるわね』とあっちゃん。

立石山の辺りには低く雲が立ち込めて、その向こうに少し青空も見える。














二つ目のポイントをゲットした後は、三角点のある三つ目のポイントへ。

ここは二人とも既にゲットしているが、YAMAPを最近始めた私にとっては最後のポイント。




今日の目的を完了した後、近くの東屋で昼食にする。今日は昨日買った、ご当地ラーメンだ。




食後はあっちゃんが持ってきたIRIBITOさんのお店のコーヒーを頂く。

大雑把にお湯を注ぐ私に、見かねたあっちゃんが交代してと言ってきた。

ルリちゃんの蓋だけの水筒にお湯お入れ、飲み口のある自分の水筒の蓋を付けて淹れようとすると、

ネジ山があっていないのか、間からポトポト零れている。ルリちゃんと二人で大笑いするが、

これが意外と適度にゆっくりと注ぐことができて、結果オーライ!







やはりお店の豆で淹れたコーヒーは別格だ。深いコクのあるマンデリンコーヒーを味わいながら

東屋の屋根から落ちる雨音を聞きながら、優雅な時間を過ごす。


のんびりとお昼時間を過ごした後は、へんろ道を下って行く。下り坂ではあっちゃんが滑らないように

注意して降りて行くのだが、それ以上に私の買ったばかりのシリオの登山靴が、濡れた石の上では滑る。

腰が引けながら下る私を見て『どっちがギックリ腰か分からないわね!』と揶揄される。










12.7km、5時間45分の里山歩き。リハビリにしては少し距離が長すぎたが、

それでも90~110%のペース。帰った後にあっちゃんからお礼のメッセージが届いたので、

『後は養生をしながらの日にち薬で、来週までには良くなってください』と送ると、

『ハイ!次は150%を目指します』と。・・・・・・・勘弁してください!


コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする