ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

福島旧友会定期総会

2010年06月19日 | その他
   
                    
今年度の定期総会が会館の第一会議室で16:30から開催された。現在会員数は46名との事だが出席者は22名と例年並、欠席者のほぼ半数はどうやら健康上の理由らしく、自分も今や各科診察券は7枚になり、常時3~4の投薬無しには健康維持不能の身。でもまだこんな会合や道楽三昧の生活が送れるから幸せだ。
毎年1時間程度の儀式(会議)の前後のお互いの情報交換が最高の楽しみで、懇親会は徒歩3分の“うまか亭(寿司屋)”で新規会員T君の乾杯の音頭でスタートした。T君は20歳代で車両運転業務担当職員最後の採用(数年後から全て外注)で仲間になり、週2~3日は取材現場で本来業務以外のアシスタントを進んで務めてくれた。数年して事務職に担務変更したが、彼との最後の仕事は確か3月末のいわきの一泊二日。二日目は季節外れの名残雪ならまだしも水分をタップリ含んだ大雪になり、途中の三和で杉林の折損木の甚大な被害を眺めながらこの付近から45号線は渋滞のろのろ運転で郡山まで約5時間、4号線に入ると事態は更に悪化してほとんど停止状態。郡山市内をようやく抜けると、土地勘豊富なT君は急遽西に向って熱海方面へ、まだ一度も通った事も無かった集落や農道らしい抜け道を通って2時間、到着したのは日替わり前の11時頃になり、道路が正常にも戻ったのは翌早朝だった。そんな思い出を浮かべながら「10年間の単身赴任生活に終止符を打ち早期退職、介護疲れの限界に達した奥様に代わり、そんな合間に家業の稲作と野菜栽培の日々」とT君の挨拶を拝聴した。皆んなそれぞれが多少なりとも歳相応の訳ありも伺えたが、お互いに元気でまた逢いたいものだ。

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