ラジオ爺の道楽三昧

原発放射能汚染により素人百姓・孫専科を奪われ、病で蕎麦打ちも廃業。最後に残ったアマチュア無線と男の料理の細々生存証明。

「お宝」その2

2006年05月31日 | アマチュア無線
    
    愛用の電鍵
                      
                      製造番号244号・昭和28年8月製
規制緩和の悪法?でアマチュア無線国家試験初級クラスも民間委託で数時間の講習会で100%合格するそうだ。道楽で必要な国の認定、単なる形式とは云っても知る限りこの世で最低の試験かも知れない。
そんな訳で“King of Hobby”と言われて来たアマチュア無線もすっかり地に落ちて、私の趣味は“アマチュア無線です”なんて近年はとても恥ずかしくて云えなくなってしまった。
昔話はボケ(痴呆症)が進行した証拠だそうだが、昔はプロの資格と同格で各地方電波管理局の所在地、東北は仙台市で年2回全国同日時に実施されていた。
高校1年の時国立仙台電波高校で受験。当時の試験は全て記述式で特に電波法規は法律特有の言語が子供には難しくて難題だったが、約1年ほどの強引な丸暗記で出題5問中4問完全制覇、合格ラインは60点以上なので一発合格を確信して会場を後にした。
バス停で「アンタ俺の前に居た人だナイ、合格デギンダベ?」と、先刻有頂天になってしまった態度が察知されてしまった様だ。
合格まで禁足のジャンク屋行きを三度目の正直で解禁してこれから行くとの事だった。誘いに乗って同行させてもらったが、ジャンク屋「セント」は店の名前か地名たったのか、そして場所も今はすっかり忘れてしまった。
当時牛乳5円ラーメン30円位だったと思うが、自分も大金?をハタエテ一足早い前祝、合格記念に心棒を抜いて使えなくした(昔はみな壊して廃棄した)電鍵を50円で買った。そして同級生の親父(鉄工場)さんに心棒を作ってもらい、以後今日まで現役で稼動している。
何と云っても“国家地方警察”の名板も然る事ながら道楽の原点、道楽=我が半生記を共に過ごして来たこれが一番の“お宝”なのだ。