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不幸な国民

2015-04-22 14:49:33 | ニュース
重要政策に反対なのに支持率が向上した安倍内閣

日本経済新聞の世論調査(4月19日の記事)は、安倍政権の重要政策に国民の理解が進んでないと報じた。読売や朝日などの一般紙の世論調査より信頼できると思う新聞社の調査結果に、やっぱりそうかと思った。不思議なのは景気回復(実感せず78%)、集団的自衛権(反対52%)、辺野古移設(見直せ47%)、原発再稼働(反対58%)と安倍内閣の重要政策にことごとく反対なのに、内閣支持率が52%に微増していることだ。メディアの報じ方や数字に差があっても、個別政策反対と内閣支持率のネジレは共通する傾向だ。

先ず最初に思いつく理由は先日投稿した記事「統一地方選の敗者」で指摘したように、民主党がだらしないからだと私は思う。これだけ重要政策に反対しながらも野党に任せたらもっと酷くなると国民は思っている。景気回復は確かに日々の生活から生じた実感だと思う。だが、他の重要政策については一部マスコミ(或いは多くのマスコミ)の報じ方に放置できない問題があるように私は感じる。それを指摘するのがこの記事の目的だ。

安全保障論抜きの集団的自衛権論

集団的自衛権に関連して我国の安全保障態勢と世界情勢についてどうあるべきか、どのマスコミも突っ込んで真面目に論じているのを見たことが無い。自衛隊を地球の裏側まで戦争に行かせるのは反対といったような極めて情緒的で幼稚な反対論で済ませている。世界情勢の現実に向き合い我国が世界平和の為にどんな責任を果たすかという観点から真剣に論じ考える材料を提供する姿勢がないのだ。

安全保障を他国に任せ平和の配当だけ日本が頂くなんて虫のいい話がいつまでも続く訳がない。米国の調査会社ピュー・リサーチ・センターの日米関係に関する世論調査(4/7内容は大変前向きな結果、一読を勧めます)で両国民が互いに信頼している状況を報じたワシントン・ポストの記事に対するコメントを読んで私は衝撃を受けた。それは「現状は分かった、だが米国はいつまで日本を守ればいいのか」みたいな問いかけだった。ごく自然に湧いてくる疑問だ。何時かは自分で守らなければならなくなる日が来る。そのための準備も必要だ。

いつか来た道を歩まない為

戦後の一国平和主義まで遡らなくても、90年代に世界がグローバリゼーションに向かっている時、無知な反グローバリズムを展開して我が国を世界から取り残させた悲劇(私はそう思う)の再来の様に私は感じる。安全保障については公表できない軍事情報が沢山あると思うが、それでもマスコミはベストを尽くして安全保障に関わる議論を展開し国民の判断の一助となるべきだ。国の最重要政策である安全保障について、世界的視野を持って公平に物事を見ることが出来る専門家を今からでも育てる積りで取り組むべきだと私は思う。

だが、一部マスコミ、特にテレビはイロモノと言われる事件の報道に熱心で、突っ込んだ安全保障の議論に時間を割くことは全く期待できない。私が普段酷評するサンデー・モーニングのスポーツコーナーで、メジャー(MLB)のミスのみビデオを流してMLBをこき下ろす。野球ファンならMLBのレベルが高いことは常識でも、素人は日本プロ野球のレベルが高いと誤った認識を与える。これと同じことがニュース報道姿勢に感じる。時の政権のミスのみ指摘して建設的な議論をふさげ、国民にとって最適解を求める邪魔をしている様にさえ私には感じる。

メディアの論理のすり替え

辺野古移設については反対のみが沖縄の声として報じられることに違和感がある。安全保障もさることながら普天間住人たちの声が政治やマスコミのどこからも全く聞こえないのは不思議だ。以前は「少数の反対派の声が4割もあるのは無視できない」と主張していたのに、「5割を超えたとたんに沖縄の声」といい少数派になった普天間住民の声を抹殺したマスコミの報道姿勢は私は不信感を持たざるを得ない。結局お前たちの意見を言いたいだけなんじゃないかと。冒頭の世論調査結果は明らかにマスコミの報道姿勢に影響されているように感じる。

原発再稼働反対についても同じような矛盾を感じる。3.11以前は地球温暖化対策に積極的な報道をしていたメディアが殆ど何も言わなくなった。原発が無ければ現実的にはかなりのエネルギー供給を化石燃料に頼らざるを得なくなる。一方で中国を初め新興国がこれから多くの原発を作る現実もあるが、これに対してマスコミは何も言わない。他国のメディアが日本批判する時は自説の補強の為引用するのに、逆の場合何も言わない。

不幸な国民か?

安倍内閣は目先の生活のことだけでなく、安全保障や規制緩和など将来にわたって我が国の行く道を決める重要な政策を見直そうとしている。この時期のマスコミの役割は極めて重要だ。1か0の議論をやめて、ただ反対するだけでなく、賛成論と反対論の根拠を詳細に開示してどうあるべきか議論を深め、その上で各社の意見を筋道だてて主張する。そのプロセスを通じて世論が集約しあるべき政策を方向付けしていくのが理想だ。

エキセントリックな主義主張をする人達を登場させ1、0の議論をするのでなく、世界情勢を眺めて世界の言論人と意見を交換し、公平な議論を展開し最適解をみつける手助けをすべきだ。それがメディアの最大の責任ではないだろうか。その役割を果たせないジャーナリズムを持つ国の国民は不幸だ。我国は?不幸かどうかは分からないが恵まれてはいないと思う。■

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