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かぶれの世界(新)

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送る人

2014-03-08 15:01:22 | 日記・エッセイ・コラム

 NHKの人気朝ドラ「ごちそうさん」を朝食をとりながら何気なく見ていると、ある言葉が出てきてハッとして箸が止まった。それは主人公が疎開先で息子の戦死通知を受け嘆いていると、イケズ姑に「あんたは長生きして沢山の人が逝くのを送る人になるんや。慣れとかなあかん。」みたいな天邪鬼な内容の励ましを受けた場面だ。

 30年余り前に亡くなった祖母を思い出した。彼女は明治後半に生まれ祖父と結婚、父を生んで間もなく夫が20代半ばで死んだ。それ以降50年以上後家さんとして沢山の人を送った。義父と義母は太平洋戦争前に死に、父が招集され田舎の大きい家に一人残された時は余程心細かったと思う。幸運にも父は戦地に向かうことなく岐阜で戦後を迎えた。我が家の血は何とか繋がった。

 父は復員後すぐに母と結婚し私と妹が生まれた。その後の父は猛烈に働き、田舎町の役所でポジションを得てハードワークは報われた。休みの日でも父が家にいるのを滅多に見たことがない。だが、父は定年直前に心臓病で死んだ。働き過ぎだったと思う。生家の父母や義父母はともかく、祖母は夫と子供の葬式を出す羽目になった。正に彼女の人生は「送る人」だった。

 我が家は祖母も曾祖母も息子が早逝し、母親は長生きして息子の葬式を出した。二代続けて母が息子の葬式を出した。それが我が家が力を失った一番の原因だと母が嘆くのを聞いたことがある。私が早期退職した理由の一つは、父が死んだ年齢に近づき健康に不安を感じるようになった為で、母より長生きし絶対に私の葬式を出させないと決意したからだ。

 母が「送る人」になるだろうが、私は送られないと決意した。だが、介護施設の母も予想外に頑張っている。昨日施設の担当から排尿に含まれる血が殆ど無くなり薬を元に戻すと連絡を受けた。母が長生きすると私と競争になるかもしれない。一方で30半ばの長男はまだ体力勝負の仕事をしている。自分の体は自分で守れ、誰も守ってくれないぞと言いたいが、血は争えない。■

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