2019年1月のメディカル・ミステリーです。
For decades, she was told she was ‘just anxious.’ A midair incident uncovered the truth.
数十年の間、彼女は“ただの心配性”だと言われてきた。しかし、飛行機内の出来事で真実が明らかになった。
By Sandra G. Boodman,
生まれてこのかた、Lorri Devlin(ローリー・デブリン)さんは、しばしば経験する厄介な感覚は単純な原因によるものだと言われ続けてきた:すなわち彼女は“単に心配性”なだけだ、と。
5歳の時、Devlin さんは真夜中に歯がガチガチする音に驚いて目を覚ましたことを覚えている。頭がぼんやりし、“何かが非常に妙だ”と感じた彼女は、両親の寝室に入っていった。彼女は話したが、その内容は全く伝わらなかった。
彼女は小児科医から“神経質で、潰瘍になりそうな子供”だと告げられたことを思い出す。高校、大学では、奇妙な離人感をしばしば感じていた。成人すると寝ている間に頬の内側を咬んだためにできた瘢痕組織で隆起が生じた。ひどいストレスに苦しめられた時には、時折失神することもあった。
看護師として訓練を受けた Devlin さんは、パニック障害(panic disorder)と診断されていた自身の病気に対応するため、長年に渡って心理療法、抗不安薬、さらには瞑想などを試みた。
「自分がそのように弱い人間であることを恥ずかしく思っていました」と彼女は言う。
しかし今から約2年前、この元保険会社の重役の人生は、ある飛行機内での出来事によって一変したのである。50年以上経ってついに、Devlin さんはそれまでの人生のほぼすべての面に影響を与えてきた症状の原因を知ることとなった。
Lorri Devlin さん、60歳。彼女が向き合っていたものが神経あるいは他の要因によって引き起こされていたことを知らされた。実際の病気が何だったかを知ったとき、彼女は衝撃を受け、そして怒りを感じた。
「最初は、大きな安堵を感じました」Cape Cod(ケープ・コッド)在住で現在60歳になる Devlin さんは言う。「それから、一時、怒りの時期を経験しましたが、それは医療機関に対するものではなく、自分自身に対してでした。若いころの自分を悲しく思っています。私は気持ちをしっかり保つためだけに悪戦苦闘しなくてはならなかったのですが、今はそれを乗り越えたことを誇りに思っています。
'Lorri's nervous' ‘ Lorri は神経質 ’
ある朝、彼女が通っていたマサチューセッツ州 Stoughton(ストートン)の小学校で the Pledge of Allegiance(米国民の米国に対する忠誠の誓い)を声に出していたとき、Devlin さんによると、まるで自分の身体がフワフワしているように感じ、何ともいえない恐怖感に身体が包み込まれたという。彼女は死ぬのではないかと不安に思った。
両親は彼女に、それは新たな“神経症の発作”だと告げた。家族には都合の良い説明があった:それは、“Lorri は神経質”というものだった。そして神経質は家族の中に蔓延していた。
「私の母親は心配性な人でしたが、それとうまく付き合っていました」と、4人姉妹の一番上である Devlin さんは思い起こす。「私たちは教会に行き、たくさん祈っていました。私は強くなければならないと感じていました―私たちは冷静沈着なアメリカ人なのだからと―しかし実際には私は恥ずかしく思っていたのです」
Devlin さんは努力して自分の気持ちを抑えるようにした。
12歳のとき、Devlin さんがソフトボールをしていると、再びふらつきを感じ、同時に一時的に見えなくなり腕が上がらなくなった。「あなたは震えていたよ」いとこがあとで彼女にそう話した。
17歳のとき、恐怖に襲われて目を覚まし、勇気を振り絞って母親に告げた。「誰かに診てもらう必要があると思う」
彼女はそのときの母親の返事をありありと覚えていると言う。「彼女は縫い物をしていて、見上げてこう言いました。『精神科を受診する必要があるとでもいうの?ベッドに戻りなさい。あなたはどこも悪くない』」そう Devlin さんは思い起こす。
この否定的な対応は衝撃的なものだが、1970年代には精神疾患はしばしば恥ずべき人間性の欠陥とみなされていた。Devlin さんによると、母親は特に神経質だったが、それは、第2次世界大戦の退役軍人だった彼女の兄が、現在は外傷後トレス症候群(post-traumatic stress disorder)と呼ばれている疾患で精神病院に入院していたことによるという。
Devlin さんは傷つきやすい感性を抱えながら生きる術を身につけ、看護学校と2回の困難な妊娠を頑張り抜いたという。
かかっていた歯科医は、彼女の数年に渡って欠けた状態になっている6本の歯と、寝ている間に咬んでできた頬と唇の内側の瘢痕組織の隆起を指摘した。彼もまた、聞き覚えのある原因によるものだとした:神経症である。
Panic disorder? パニック障害?
30歳代のとき、Devlin さんは自分は恐らくパニック障害ではないかと思い込み心理治療を開始、数年間継続した。療法士は、彼女の離人感、見当識障害、恐怖感などの感情を指摘し、彼女の自己診断と同意見を示した。
親切で、助けになってくれたと Devlin さんが言うその療法士は彼女に瞑想を始めることを勧め、抗不安薬を処方したが、Devlin さんによれば抗不安薬の内服は控えめにしていたという。しかしそれでも症状は続いた。
Devlin さんの人生を変えることとなった出来事は2017年4月に起こった。彼女と彼女の2番目の夫がフロリダ州 Captiva Island(キャプティバ島)への休暇旅行から戻る飛行機に搭乗中のことである。
フライトの途中、Devlin さんがうたた寝をしていると、突然、何かが“恐ろしくおかしい”と感じて目を覚ました。飛行機の壁が紙のように薄っぺらく感じ、繰り返し恐怖を感じたと彼女は言う。意識を失う前、彼女が覚えている最後のことは、夫に助けを求めたことである。
Devlin さんは程なく目を覚ましたが、混乱し動揺していた。彼女は中央席と通路席に横たわり、夫の膝の上に頭を置いていた。客室乗務員は彼女の周りに集まり、どういうわけか、濡れた茶色のペーパータオルで彼女を軽く叩いていた。Devlin さんは自身のジーンズが濡れているのに気付いた:彼女は失禁していたのである。「私は大変恥ずかしく思いました」と彼女は言う。
一時間後、Providence(プロビデンス:ロードアイランド州の州都)に着陸後、救命救急士は彼女を小さな地域病院に搬送した。
「そこの緊急室で夫は、私が座席でずり下がる前に『何かがおかしい、気を失いそう』と言っていたことを医師に伝えました。その数秒後、私は目を見開き、口をポカンと開けていました。私は真っ直ぐ前を見つめながら前後に激しく身体を揺れ動かし始めていたのです」と彼女は言う。
その医師は彼女に飛行恐怖症があるかどうか尋ねた。それはないという彼女の返答に彼は無関心の様で、彼女の腕を軽くポンポンと叩き、彼もフライト中に一度気を失ったことがあると話した。
自宅に戻った Devlin さんは気を失ってはいなかったと思っていた。彼女の病院の書類には“てんかん発作 (seizure) vs 失神 (syncope)”と記載されていた。このことは、彼女の短時間の意識消失が、別名 fainting ともいう失神によるものであるかどうか医師らにはわかっていなかったことを意味していた。Devlin さんの夫は、その出来事を目撃していた乗客の一人が「彼女はてんかん発作を起こしている」と言ったことを彼女に伝えた。
彼女はそれまでの人生ずっと、同じような症状を経験してきたように思った:すなわち、ふらつき、繰り返し襲われる恐怖感、離人感である。Devlin さんは記録したものを集め、きわめて明白に見える何かを、彼女や、そして特に彼女を診てきた医師らがどのような理由で見逃してきた可能性があるだろうかと考えた。
数日後、Devlin さんは内科医を受診した。「それは失神ではなかった。てんかん発作です」医師がそう言ったことを彼女は覚えている。
Devlin さんはボストンにある Harvard の教育病院、Beth Israel Deaconess Medical Center(ベス・イスラエル・ディーコネス・メディカルセンター)に向かった。彼女は以前そこの患者だったことがある。専門医の一覧をスクロールし、てんかんおよび臨床神経生理学部門のチーフである Bernard S. Chang(バーナード・S・チャン)氏にたどりついた。
Obvious — and overlooked 明らかだが、見逃されていた
Chang氏に初めて会う前、緊張していたことを Devlinさんは覚えている。彼が、これまで受診した他の医師らと同じように、彼女を“例によって神経質な女性と決めつけてしまう”のではないかと心配したのである。
しかし実際にはそんなことはなく、飛行機内での出来事や、何十年か遡るあまり劇的でないエピソードについての彼女の説明にも Chang 氏は耳を傾けた。
彼女の病歴やカルテは側頭葉てんかん(temporal lobe epilepsy)に一致しているように思われると彼は Devlin さんに告げた。300万人以上のアメリカ国民が、慢性の神経疾患であるてんかんを持っていると考えられている。機内での出来事はおそらく、てんかんに関連する強直間代発作、あるいは大発作だった。これは、一般にてんかんに合併する激しいけいれん発作である。Devlin さんが話せなかったり、またある時に移動することができなかったりしたことは部分発作あるいは焦点発作を示すものだった。
てんかん発作は脳の異常な電気的活動の結果として起こる。てんかんは頭部外傷、疾患、あるいは発達異常によって引き起こされる;しかし多くのケースではその原因は不明であり、Devlin さんもこれに含まれる。てんかんの患者が、奇妙な感情や感覚を経験することはよくみられる。側頭葉てんかんの患者では、前兆(auras)を経験することがある。これは不吉な感覚、奇妙な臭いや味覚、あるいはジェットコースターに乗っている感覚に似た揺れ動く感覚などが引き起こされる。
不安や抑うつが、てんかん発作の結果として、あるいは、発作を抑制するための薬物の副作用として起こることがある。
てんかんには完治できる治療法はないが、大部分のケースでは薬剤で発作をコントロールできる。
この脳疾患は長らく誤った通念(myth)や恥辱(stigma)の対象となってきた。それは、一つには何世紀にも渡って“取り憑かれること”とか悪魔的であることとの関連付けから生じている。Chang 氏によると、恥辱は診断の遅れの一因となってきたという。てんかんはしばしば、統合失調症などの精神疾患と誤診される。
「私たちは、凝視症状があるために注意欠陥障害(attention-deficit disorder)と診断されている子供たちをみることがあります」凝視症状は欠神発作(absence seizures)でも一般に見られる行動である。
診断の遅れはまれではないが、50年の遅れはめずらしいと Chang 氏は言う。
Devlin さんのケースで診断するのは「今振り返ってみれば容易です」と彼は言うが、他の疾患を除外する必要がある。
「私たちは彼女に対しただちに薬物治療を開始することに十分な確信がありました」と Chang 氏は言う。それから Devlin さんは脳腫瘍を除外するために MRI 検査を受け、脳の電気的活動を記録する脳波検査を受けた。両検査とも正常だったが、神経内科医によると、てんかん患者での正常脳波はよくみられることだという。
Devlin さんの抗てんかん薬に対する急速で劇的な反応は診断を確かなものとした。
「私は恐れおののきました」内服を開始して数日で変化したと感じた Devlin さんは言う。
彼女はもはや就眠中に唇や頬の内側を咬むことはなくなった。筋肉の痛みで目を覚ますこともなかった。ふらつきとともに離人感も消失した。気持ちも落ち着いた。唯一の副作用は眠気だったが、これには慣れていった。
「ようやく診断が下され、知識を持った医師を、そして症状に対処する薬を得ることができたことに安堵するあまり、本当に泣きました」と彼女は言う。
恥辱と否定に加えて、彼女が自身の症状の説明に慎重だったこともあって、自身の発作が、寝ているときなど、頻回に起こるようになるまで診断が遅れていた可能性もあったと Devlin さんは思っている。
積極的に話すと“自分が頭がおかしいように思われそうだった”と彼女は考えていたのである。
Devlin さんの家族歴を考えると、てんかんを考慮しなかったことはとりわけ驚きだった。
彼女の姉妹の一人は20歳で側頭葉てんかんと診断されていた。また叔母には凝視発作があったが、診断は得られていなかった。(遺伝的因子は本疾患の一部の発現に関与していると考えられている)。
この診断は彼女の人生を大きく見直すきっかけになったと Devlin さんは言う。
「それは抗し難いものです」と彼女は述べ、さらに付け加えて言う。もし、自分が“ただの心配性で”重大な欠点があると思い込んで数十年間を過ごしてきたようなことがなかったとしたら、「自分の人生はどのように違っていただろうかと思っています」
てんかんには様々な種類があるが、ここでは
内側側頭葉てんかんについて記載する。
詳細は下記サイトをご参照いただきたい。
内側側頭葉てんかん(medial temporal lobe epilepsy)は
海馬・扁桃体など辺縁系を主座として起始するてんかんである。
原因は不明で、4~5歳以下の乳幼児期に先行損傷の既往
(熱性けいれん、外傷、低酸素脳症、中枢神経感染症など)を
持つ例が多いが全例ではない。
臨床発作は前兆として、上腹部不快感、上向性嘔気、恐怖感、
既視感、未視感、離人感、嗅覚・味覚症状などが生じる。
意識障害を伴う複雑部分発作では、意識減損、運動停止、
凝視、瞳孔散大、口や手の自動症などが認められ、
数分間の発作後もうろう状態が生じる。
また、優位半球焦点であれば発作時あるいは発作後に失語が
みられることもある。
強直間代発作に移行する二次性全般化発作が時にみられる。
記憶障害などの認知機能障害、抑うつなどを伴うことがある。
薬物治療が有効な症例もみられるが、
側頭葉てんかんに対する長期予後は良好でなく、
安定した発作抑制が得られない例も多い。
一側の海馬の病変(海馬硬化症)によるケースでは
近年、詳細な画像診断や発作時脳波・ビデオ同時記録など
慎重な術前診断で発作の原因となる病変を同定することで
病変切除術の成績の向上が得られてきている。
意識を失い、激しいけいれんの起こる発作であれば
診断も比較的容易だが、
気分や感覚の変化を来す程度の発作にとどまる場合には
診断が遅れる可能性もある。
本疾患に対する誤解や偏見が早期診断の障壁とならないよう、
周囲の十分な配慮が求められる。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます