日本人でも年間有病率が約8%といわれる片頭痛。
いまだその原因も明らかでなく、
前兆という奇妙な前触れの症状が見られるなど
なかなかその全貌がつかめていない病気である。
新しい治療が模索されているのだが…
Fresh Target in Hunt for a Migraine Cure 片頭痛治療探求の新たなターゲット
By SHIRLEY S. WANG
探求は片頭痛の新しい治療に向けられている。片頭痛は、人を消耗させることもあるありふれた頭痛だが、数十年にわたって科学者を悩ませてきた。
研究者の最大の焦点の一つに CGRP と呼ばれる脳内化学物質がある。これは痛みの伝達に関与していると考えられているが、認知や気分など他の脳機能には関与しない。脳内でその受容体を阻害することによって CGRP の作用を阻止するようなさまざまな実験的薬剤が研究者によって試みられている。片頭痛を引き起こす前に血中や脳内でこの化学物質を不活化する人工抗体の研究に取り組んでいる人たちもいる。
片頭痛が始まった場合、新しい薬で痛みに対処する必要性は高いと専門家は言う。というのも、現在の薬剤は患者のわずかに50~60%だけしか効果が見られず、心疾患のある患者や脳梗塞の既往のある患者では使うことができないからである。しかも、それらは根本的な治療薬ではないため多くの場合頭痛は24時間以内に再発する傾向がある。
予防的薬剤という別のカテゴリーもある。これらは、頻度がより高いか、もしくは消耗性となるような片頭痛に苦しんでいる少数の人たちに用いられる傾向にある。
「痛みを取り除き、痛みを遠のかせるだけでなく即効性のある片頭痛薬を患者は求めています」とニューヨークにある Montefiore Headache Center の Richard Lipton 所長は言う。
痛みの回路:片頭痛進展のより明確な全体像が分かってきた
1. 三叉神経尾側核システム(trigeminal nucleus caudalis [TNC] system)と呼ばれる脳の深部にある神経集団が過活動になると片頭痛が始まるようである。これが、顔面の知覚情報を伝達する三叉神経を活性化する。
2. 三叉神経の活性化によって血管の拡張が起こる。これによって刺激物の放出が促進され、血管近傍の神経を刺激し痛みを生ずる。頭痛疾患は世界中で最も多い症状の一つである。世界保健機関(WHO)によると、世界的に成人の10人に1人以上に片頭痛がみられ、それによって活動能力が奪われることもあるという。国際的な研究では、昨年一年間に成人の50~75%が頭痛を訴え、世界人口の4%で毎月半分以上の日数に頭痛があると、WHOはいう。
いわゆる“普通の”頭痛といったものは存在せず、正しくは300タイプ以上のものがあると Phoenix にある Mayo Clinic 分院の神経学教授で American Migraine Foundation の会長である David Dodick 氏は言う。片頭痛の患者は通常、激しい痛み、光に対する過敏、ふらつき、さらに時には嘔気や、前兆と呼ばれる視覚や知覚の症候が見られる。片頭痛以外の主要なタイプの頭痛には2つあって、筋緊張あるいは薬剤誘発が原因となって生ずる頭痛である。
イブプロフェンなどの非ステロイド系鎮痛薬は片頭痛患者の一部には有効である。しかし1990年代に市場に出たトリプタンと呼ばれる種類の片頭痛薬は、現在まで多くの患者にとって最良の、もしくは唯一の治療選択となっている。それでもなお患者の約半数はそれらに反応が得られず、また他の健康上の理由から内服できない状況にある。
カルシトニン遺伝子関連ペプチド神経伝達物質(calcitonin gene-related peptide neurotransmitter)の略号である CGRP はかなり以前より片頭痛に関与していると考えられてきたが、そのほとんどの期間、その理由が誤って捉えられていた。その混乱の一部は片頭痛そのものの間違った理解によるものだった。
なぜ片頭痛が起こるのかは依然明らかではないが、専門家によると、最近は片頭痛を血管の異常ではなく脳の異常として理解するようになっているという。約12年前までは、片頭痛が脳の血管の収縮によって発症すると信じられていた。続いて代償するための血管の拡張がズキズキする痛みをもたらす、との考えが展開されていた。
現在、片頭痛では脳の正常な痛覚回路が“ハイジャック”されているようだと Dodick 医師は言う。片頭痛においては、有害となるものに関連するメッセージを神経終末から脳に送る脳の正常な痛みの感覚系がうまく作動していないのである。
どのようにして片頭痛が引き起こされるのかについては専門家間で意見は一致していないが、その痛みの伝達には、顔面の知覚情報を伝達する重要な経路である三叉神経と、この神経と多数の他の神経との連絡、および脳が関与しているようである。
片頭痛の素因と関連している可能性のある特定の遺伝子も研究者らによって分離されていると Dodick 医師は言う。
血管収縮を促進し炎症を抑制するトリプタンは三叉神経において CGRP の放出を阻害する。CGRP は血管の拡張過程を促進する一方、片頭痛が起こっているとき脳内で神経を活性化するその役割が鍵となっているようである。
1980年代半ば、University of California San Francisco の神経内科医で頭痛専門医だった Peter Goadsby らは CGRP が片頭痛で放出され、トリプタンが CGRP の活性を抑制することを発見した。
様々な研究者や製薬会社が、この化学物質 CGRP が痛覚ネットワークを活性化するのを防ぐために CGRP 受容体に結合する薬品を開発しようとしてきた。体内で作用を開始するためにこの分子が結合する場所となる CGRP 受容体が複雑であることから、科学者らが CGRP の影響をどのように遮断すべきかを見つけだすのに15年を要し、さらに経口で投与できる化合物を開発するのにさらに時間を要したと Goadsby 医師は言う。
片頭痛に対して開発中の新薬のうち最先端のものとなっている CGRP 遮断薬、あるいは拮抗薬を市場にもたらすのは厳しかった。いくつかの試験研究中の化合物は肝臓に対して毒性があることが明らかとなっており、そのような課題があることで、脳に影響を及ぼす疾病に対して薬剤を開発することの困難さが浮き彫りになった。
CGRP 拮抗薬はトリプタンと同じように作用するわけではないようだが、こういった拮抗薬が心血管合併症を引き起こさないとみられる点で有利であると、Philadelphia にある Thomas Jefferson University’s Headache Center のセンター長で神経内科教授である Stephen Silberstein 氏は言う。
「ある種のリスクを別の種類のリスクと交換する感じです」数社の臨床試験で治験責任医師を務めた Silberstein 医師は言う。
メルク・アンド・カンパニー社は有望な CGRP 受容体拮抗薬を開発中であるが、後期臨床試験で一部の患者に肝酵素異常がみられることがわかった。昨年7月、同社は、すべての試験データを検討したあと、telcagepant という化合物の開発を中断していることを発表した。ドイツの Boehringer Ingelheim GmbH 社も CGRP 拮抗薬に取り組んでいたが開発を中止した。これについてスポークスマンはコメントを拒否している。
Bristol-Myers Squibb 社はCGRP 拮抗薬の早期段階の治験をおこなっており、他の数社も試験中であるか、あるいは類似の化合物の開発を始めている可能性がある。
研究者や製薬会社はさらに、注射によって、CGRP が脳内の受容体に到達する前に血中や脳内で CGRP を捕捉し、あるいは受容体を遮断することによって効果を発揮する人工抗体の開発を手掛けているところである。
これらの抗体を基礎とする生物学的アプローチの研究は、拮抗薬の治験に比べてまだ早期の段階にあるが、抗体は最終的には定期的に CGRP の作用を阻害できることからこれによって片頭痛が全く起こらなくなる可能性がある。
「CGRP のストーリーは、片頭痛の急性期治療の開発の話です」と Goadsby 医師は言う。「しかし、抗体のストーリーは、もし連続的に CGRP を遮断できるとしたら予防的治療手段を得ることにつながるという一歩進んだ考えを試すことなのです」
CGRP はカルシトニン遺伝子関連ペプチドのことで
中枢神経、心臓、血管など末梢の一次知覚神経終末に
存在するアミノ酸37個からなるペプチドである。
文中にあるように、
片頭痛では三叉神経末端が刺激され、そこから
CGRP が分泌され片頭痛が起こるとされる。
CGRP 受容体拮抗薬はトリプタンに続く
次世代の片頭痛急性期治療薬として期待が大きいが、
実用化にはもう少し時間がかかりそうである。