フッフッフの話

日常の中に転がっている面白い話、楽しい話!

「早春」

2006-03-12 19:46:45 | 
 藤沢 周平著 昭和62年
藤沢 周平作品中で、ただ一冊と言われる現代小説である。
 主人公岡村(56歳)は、妻を亡くした独り者であり、会社では市場調査室という
統計などを取るだけの、うんざりするように退屈な仕事を繰り返す、
窓ぎわ族と呼ばれる地位に甘んじている。
 妻と出会い、子供が生まれ、家を手に入れ、長男が家を離れ、妻が死に、
もう一人娘も離れようとしている。今自分だけがこの家に取り残される。

「子供や家に対するあの熱くて激しい感情は何だったのだろう。
こんなふうに何も残らずに消えるもののために、あくせくと働いたのだろうか。
窓の光はいつの間にか消えて、考えに沈んでいる岡村を、
冷えたうす闇の中に取り残した」


 和風スナックバー『きよ子』で酒を飲みながら、
ママの清子に胸中を語ったこともあった。清子との再婚を空想して、
ウキウキしたこともあった。が『きよ子』は予告もなしに店を閉め、
ビルの建設工事が始まる。
 岡村のところには、午前2時頃になると時々無言電話がかかる。
今夜もかかってきた。相手の気持ちが少しわかるような気がし、
「あなたも話し相手が欲しいんじゃないでしょうか。
なんだったら少しお相手してもいいですよ。どうせ眠れそうもありませんからね」


岡村の心情を、愛情をもってやさしく書いてある。
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