通でがんす

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豊国神社(千畳閣)に豊臣秀吉と一緒に祀られているのは誰?

2009年11月15日 | 広島の話題

宮島の塔の岡に立つ、大きな素木の建物が豊国神社(千畳閣)(とよくにじんじゃ(せんじょうかく))。


【問題】豊国神社(千畳閣)には豊臣秀吉の霊神が祀られていますが、一緒に祀られているのは次のうち誰でしょうか?

1.福島正則  2.安国寺恵瓊  3.加藤清正  4.毛利輝元


【ヒント】
豊臣秀吉の家臣で、「賤ヶ岳の七本槍(しずがたけ の しちほんやり)」の一人とされたが、秀吉死後は徳川の家臣となり、関ヶ原の戦いの働きによって肥後(ひご)熊本藩主となった。



宮島検定は2009(平成21)年11月29日(日)実施です。
受付期間:~11月20日(金)
受付期間を延長しました。



【正解】
3.加藤清正


【解説】

1587(天正15)年、豊臣秀吉は安国寺恵瓊(あんこくじ えけい)に大経堂(だいきょうどう)の建立(こんりゅう)を命じた。
秀吉の急死によって工事が中止されたため、未完成のまま現在に至る。

畳857枚分の広さがあることから、千畳閣と呼ばれてきた。
江戸時代、交流の場・納涼の場として人々に親しまれていた。
明治の神仏分離令により仏像は大願寺に遷され、秀吉公を祀る豊国神社となった。

大経堂の建立時に食べられていた、きなこ餅が「太閤の力餅(ちからもち)」。
この工事は大変な労力を要する大工事で、安国寺恵瓊は工事をする人たちに、きな粉をまぶした餅を間食として与えた。
これが美味しく、たいへん腹もちも良かったので、人々は「太閤の力餅」といって喜んで食べたのが始まりといわれている。

史的さんぽ 神社仏閣 人と神々が共に生きる島~宮島

宮島の味 人と神々が共に生きる島~宮島


と書いてあるんじゃが、「太閤の力餅」は一度も食ったことないし、そもそも、そんな食べ物は知らんかったぞ! ?
今度、食(く)うてみんにゃいけんのう。

千畳閣は、ええのう!
柱や梁(はり)は太い、飾られている絵馬や杓子(しゃもじ)もデカイ。
見とるだけで、気分が大きくなる。
さすがは、太閤秀吉さんの作った建物じゃ。

寒くなければ、ゴロリと横になって昼寝をしても、気持ちええ。
板間じゃけえ、あとで体が痛(いと)うなるがの…。


すぐ隣に、五重塔がある。
岡の上にあるせいで、下からの眺めがええ。
この角度から見上げることができる五重塔って、他にもあるんかの?


結局、なぜ加藤清正が祀られているのか、わからん!
明治時代に神仏分離令が出たとき、千畳閣から豊国神社と名前を変えられ、豊臣秀吉が祀られるようになったのはわかったんじゃが…。
ご存知の方、教えてください。


今日は豊国神社(千畳閣)について勉強させてもらいました。
「畳857枚分の広さがあるから千畳閣」というのは、初めて知りました。
今日もひとつ勉強になったでがんす。

今回は、「宮島検定サンプル問題」の「問15」から出題させてもらいました。感謝!


ほいじゃあ、またの。


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