あさがお
盆が過ぎて、草むらで虫が鳴き始めると、明け放した家の中に灯火に誘われて様々な種類の虫たちが集まってきた。
カブトムシ、コガネムシ、池の中からゲンゴロウまで低音を響かせて飛来し、不器用に灯の周りをまわって床に落ちたし、大きな蛾はパタパタと団扇で煽るような音を立て、壁ぶつかって鱗粉をこぼした。
誘われて飛来する蛾の中にひときわ大きなクスサン(楠蚕)がいた。
クスサンの幼虫シラガタロウはシナンドロという妖怪の様な名前で呼ばれていた。
この幼虫が繭(スカシダワラ)をつくる直前に10センチ近く成長し、緑の全身を覆う銀毛を光らせながらモックラモックラとすさまじい食欲で樹木の葉を食べつくした。
この頃からシナンドロは体の中に繭の原料となる、ある種の蛋白質を貯え始める。
それは蛙の卵を包んでいる、あの寒天ゼリーに良く似た弾力性の強い物質である。
その蛋白の塊を、食酢に付けてころあいを見計らって、引き上げると、糸状に伸びて丈夫なテグスができた。