或る「享楽的日記」伝

ごく普通の中年サラリーマンが、起業に向けた資格受験や、音楽、絵画などの趣味の日々を淡々と綴ります。

犬山城

2010-04-12 06:05:57 | 800 観光
別にロンブーの淳がこの城にご執心だとのカミさん情報があったからではないけど、結婚式に出席したついでに興味深々で出かけたのが愛知県の北部に位置する犬山城。以前に一度音訪れたことがあったけど、古くて小さいイメージしか記憶に残っていなくて。かつて豊臣秀吉の唯一の”負け戦”と言われている小牧長久手の合戦で、秀吉が本陣を敷いたのがこの城。

石段を登っていくと途中に国宝の看板が見えた。後で調べると、この城は”現存12天守”のひとつで、その中の4つが国宝の指定を受けている。他には松本城、彦根城そして姫路城。その選定基準は築城当時の天守の保存状態。逆にその維持・保存には、文化庁の指導のもと釘一本に至るまで伝統的な城郭建築の技法を求められるのだとか。つまり多額の経費がかかるということ。もともと城主であった成瀬家の個人保有であったのが財団法人としての運営に変更されたのもそのためか。

実際に城に入ってみて国宝の指定に納得。例えば地元の広島城でみれば、外観はそれなりに当時の姿が復元されてはいるものの、中に入ればコンクリートの近代的な造りで、ごくフツーのありきたりな歴史記念館になっている。これじゃ当時の雰囲気を偲ぶべくもない。それが犬山城はオール木造。特になるほどと思わせたのが階段。これが信じられないくらい狭くて急勾配。それだけにリアリティを強く感じさせる。つまり敵が攻撃してきた時に容易に上の階に登りにくい設計になっている。

とはいうものの、歴史小説を読むと殿様がそうなる前に家臣に火をつけろと命令しているケースが多いかな。敵に討ち取られるよりは自害して城と共に灰になるという武士の美学。なんてあれこれ思いを馳せながら天守の最上階に登って外に出た時にある出来事が。薄々予感はしていたけれど。膝から下がガクガクして。そう、高所恐怖症。この城は手摺がついているだけで、よくある金網が張られていない。中腰で手摺を掴み背中は壁に強く擦りつけたまま少しずつ移動。いや、情けなかった。

印象深かったのが四方の景色。特に北側は木曽川に面していて遠くに岐阜市等も見え壮観だった。一方で南側は城の庭園が一望でき、数はそんなに多くなかったけど植えられた桜が満開で、まさに年に一度の晴れやかさだったかな。