「手塚治虫劇画作品集 花とあらくれ」を購入した。
この本は、発売されるまでほとんど情報が出なかったが、だいたいは以前に予想していたとおりで、表題作の「花とあらくれ」をはじめとして、「刹那」「落盤」「指令!午前7時」「ジェット基地の幽霊」と、再録も含めて昭和30年代の貸本劇画誌に掲載された作品が復刻されている。カラーページもそのまま復刻しているので、原本の雰囲気が出ていて、なかなかいい感じだ。
収録作品の中では、特に「落盤」は好きな作品だ。正確な過去が明らかになっていくとともに、回想場面の絵がだんだんとマンガチックな絵から劇画調へと変化していき、「記憶のいい加減さ」が絵で表現される手法がいい。
この作品は「手塚治虫漫画全集」第4期で刊行された時に初めて読んだのだが、第3期までの300巻分をほとんど読み尽くして手塚作品に飢えていたせいもあって、まだこんな作品が埋もれていたのかと驚かされたものだった。
この本では、他に貸本誌掲載のショートーショートやエッセイも再録されており、さらに問題作「ハリケーンZ」の「スーパーX事件」が復刻されている。それどころか、単行本カバーイラストは「花とあらくれ」ではなくて「ハリケーンZ」第1回の扉ページが使われている。
この「ハリケーンZ」は、手塚先生自身が全集「アラバスター」のあとがきで「嫌いな作品」として挙げており、全集には収録されなかった曰く付きの作品。「少年クラブ」に「旋風Z」の続編として引き続いて連載されたのだが、明朗な少年漫画だった「旋風Z」とはうって変わって、暗くて不気味なイメージだったせいか、わずか半年の連載で終了(おそらく打ち切り)している。
私は、作者自身が「嫌い」とまで言ってしまう作品がどんな物か確かめたくて、国際児童文学館で当時の「少年クラブ」を閲覧したのだが、残念な事に連載第2回がまるまる別冊付録に回されており、その50ページ分を読む事が出来ず、今までずっと気になっていた。
それだけに復刻はありがたかったのだが、今回は初出の「少年クラブ」版ではなく貸本誌「炎」に再録されたものが収録されており、手元にある初出版第1回・第3回・第4回のコピーと比べると、かなり展開が違う。話の大筋は同じだが、スーパーXクラブの成り立ちや首領の動機が異なっているし、貸本版には首領の正体についての伏線が加えられている。また、貸本版の方が、話の流れが単純化しているようにも感じる。
おそらく、再録時にページ数の制限等があったのだろうが、そう言った事情を抜きにしても、単なる再録ではなくこれだけ直してしまうあたり、手塚治虫の作品改訂好きは相当なものだと、あらためて思わされた。もっとも、貸本版で描き直しても、なお「嫌いな作品」と言ってしまうのだから、よほど出来は気に入らないのだろう。
ところで、再録時の訂正で、おかしなミスも生まれている。初出では最初からZと水泳選手の間黒が親友として描かれているが、貸本版の第1回では初対面に変えられている。ところが、貸本版第2回でこの設定変更を忘れてしまったらしく、Zは間黒の事を「親友」だと言っているのだ。話全体で見ても無意味な改変だし、これはどんな意図があったのかよくわからない。
ともかく、今回貸本版で一通り「スーパーX事件」を読んだ事で、ますます初出版の第2回が気になってしまった。もし古書店に出ても高くなりそうだが、機会があれば読みたい。
なお、「ハリケーンZ」は連載第2回以外は全て本誌掲載なので、第2エピソード「十三の怪神像事件」は国際児童文学館で全編読む事が出来るし、手塚ファンクラブ京都の「ヒョウタンツギタイムス」24号でも復刻されている。
「十三の怪神像事件」では、「旋風Z」のラストで改心したはずの蛇沼博士が再び敵として登場していて驚いたが、もしかしたら蛇沼博士の改心は単行本での描き足しだったのだろうか。それを確かめたくて、「少年クラブ」の「旋風Z」最終回掲載号も見てみたのだが、こちらも別冊付録送りになっており、今のところ真相はわからない。
いずれにせよ、単行本版「旋風Z」とはつながらない設定であり、そのため余計に「ハリケーンZ」を単行本化しにくくなっていたのかもしれない。もっとも、手塚先生に単行本にする気があれば、蛇沼博士を別人に描き直すくらいの事はしていたと思うが。
全体的に「ハリケーンZ」には暗いムードが漂っている。「スーパーX事件」のフリークス設定などのせいで、最初に狙っていた路線から外れて暗い方向に展開して、取り返しがつかなくなったのではないだろうか。「十三の怪神像事件」の第1回ではZの父・鷹群博士を登場させて方向転換を図っていたようだが、第2回では宇宙人や怪しげな怪獣が登場して、またおかしくなっている。
要するに、作者に嫌われている点も含めて「アラバスター」の先駆的な作品なのだろう。「アラバスター」は単行本化されているだけ、まだマシだが。
ほとんど、「ハリケーンZ」の話ばかりになってしまったが、やはりこの作品の復刻は「花とあらくれ」の目玉だろう。正直言って、作品の出来はイマイチだと思うが、今まで40年以上埋もれていた作品が復刻された意義は大きい。素直に「買ってよかった」と思える本だ。
この勢いで、そろそろ育英出版の元祖「新宝島」も復刻されないだろうか。以前に出た「手塚治虫の「新宝島」 その伝説と真実」は面白い研究書だったが、比較的多く本編から図版が引用されているせいで、かえって残りの部分が気になってしまう。こればっかりは、講談社全集ではどうしようもない。かえって、全集のリメイク版が、オリジナル版復刻の足かせになっているのではないかと勘ぐってしまう。
もちろん今から読んでも、「まんが道」での満賀や才野と同じ感動を味わう事は出来ないだろうが、藤子両先生をはじめとして多くの人が感激したオリジナル版を、ぜひ当時に近い姿で味わってみたい。
この本は、発売されるまでほとんど情報が出なかったが、だいたいは以前に予想していたとおりで、表題作の「花とあらくれ」をはじめとして、「刹那」「落盤」「指令!午前7時」「ジェット基地の幽霊」と、再録も含めて昭和30年代の貸本劇画誌に掲載された作品が復刻されている。カラーページもそのまま復刻しているので、原本の雰囲気が出ていて、なかなかいい感じだ。
収録作品の中では、特に「落盤」は好きな作品だ。正確な過去が明らかになっていくとともに、回想場面の絵がだんだんとマンガチックな絵から劇画調へと変化していき、「記憶のいい加減さ」が絵で表現される手法がいい。
この作品は「手塚治虫漫画全集」第4期で刊行された時に初めて読んだのだが、第3期までの300巻分をほとんど読み尽くして手塚作品に飢えていたせいもあって、まだこんな作品が埋もれていたのかと驚かされたものだった。
この本では、他に貸本誌掲載のショートーショートやエッセイも再録されており、さらに問題作「ハリケーンZ」の「スーパーX事件」が復刻されている。それどころか、単行本カバーイラストは「花とあらくれ」ではなくて「ハリケーンZ」第1回の扉ページが使われている。
この「ハリケーンZ」は、手塚先生自身が全集「アラバスター」のあとがきで「嫌いな作品」として挙げており、全集には収録されなかった曰く付きの作品。「少年クラブ」に「旋風Z」の続編として引き続いて連載されたのだが、明朗な少年漫画だった「旋風Z」とはうって変わって、暗くて不気味なイメージだったせいか、わずか半年の連載で終了(おそらく打ち切り)している。
私は、作者自身が「嫌い」とまで言ってしまう作品がどんな物か確かめたくて、国際児童文学館で当時の「少年クラブ」を閲覧したのだが、残念な事に連載第2回がまるまる別冊付録に回されており、その50ページ分を読む事が出来ず、今までずっと気になっていた。
それだけに復刻はありがたかったのだが、今回は初出の「少年クラブ」版ではなく貸本誌「炎」に再録されたものが収録されており、手元にある初出版第1回・第3回・第4回のコピーと比べると、かなり展開が違う。話の大筋は同じだが、スーパーXクラブの成り立ちや首領の動機が異なっているし、貸本版には首領の正体についての伏線が加えられている。また、貸本版の方が、話の流れが単純化しているようにも感じる。
おそらく、再録時にページ数の制限等があったのだろうが、そう言った事情を抜きにしても、単なる再録ではなくこれだけ直してしまうあたり、手塚治虫の作品改訂好きは相当なものだと、あらためて思わされた。もっとも、貸本版で描き直しても、なお「嫌いな作品」と言ってしまうのだから、よほど出来は気に入らないのだろう。
ところで、再録時の訂正で、おかしなミスも生まれている。初出では最初からZと水泳選手の間黒が親友として描かれているが、貸本版の第1回では初対面に変えられている。ところが、貸本版第2回でこの設定変更を忘れてしまったらしく、Zは間黒の事を「親友」だと言っているのだ。話全体で見ても無意味な改変だし、これはどんな意図があったのかよくわからない。
ともかく、今回貸本版で一通り「スーパーX事件」を読んだ事で、ますます初出版の第2回が気になってしまった。もし古書店に出ても高くなりそうだが、機会があれば読みたい。
なお、「ハリケーンZ」は連載第2回以外は全て本誌掲載なので、第2エピソード「十三の怪神像事件」は国際児童文学館で全編読む事が出来るし、手塚ファンクラブ京都の「ヒョウタンツギタイムス」24号でも復刻されている。
「十三の怪神像事件」では、「旋風Z」のラストで改心したはずの蛇沼博士が再び敵として登場していて驚いたが、もしかしたら蛇沼博士の改心は単行本での描き足しだったのだろうか。それを確かめたくて、「少年クラブ」の「旋風Z」最終回掲載号も見てみたのだが、こちらも別冊付録送りになっており、今のところ真相はわからない。
いずれにせよ、単行本版「旋風Z」とはつながらない設定であり、そのため余計に「ハリケーンZ」を単行本化しにくくなっていたのかもしれない。もっとも、手塚先生に単行本にする気があれば、蛇沼博士を別人に描き直すくらいの事はしていたと思うが。
全体的に「ハリケーンZ」には暗いムードが漂っている。「スーパーX事件」のフリークス設定などのせいで、最初に狙っていた路線から外れて暗い方向に展開して、取り返しがつかなくなったのではないだろうか。「十三の怪神像事件」の第1回ではZの父・鷹群博士を登場させて方向転換を図っていたようだが、第2回では宇宙人や怪しげな怪獣が登場して、またおかしくなっている。
要するに、作者に嫌われている点も含めて「アラバスター」の先駆的な作品なのだろう。「アラバスター」は単行本化されているだけ、まだマシだが。
ほとんど、「ハリケーンZ」の話ばかりになってしまったが、やはりこの作品の復刻は「花とあらくれ」の目玉だろう。正直言って、作品の出来はイマイチだと思うが、今まで40年以上埋もれていた作品が復刻された意義は大きい。素直に「買ってよかった」と思える本だ。
この勢いで、そろそろ育英出版の元祖「新宝島」も復刻されないだろうか。以前に出た「手塚治虫の「新宝島」 その伝説と真実」は面白い研究書だったが、比較的多く本編から図版が引用されているせいで、かえって残りの部分が気になってしまう。こればっかりは、講談社全集ではどうしようもない。かえって、全集のリメイク版が、オリジナル版復刻の足かせになっているのではないかと勘ぐってしまう。
もちろん今から読んでも、「まんが道」での満賀や才野と同じ感動を味わう事は出来ないだろうが、藤子両先生をはじめとして多くの人が感激したオリジナル版を、ぜひ当時に近い姿で味わってみたい。